(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、ガラス組成物の成分を示す%表示は特に断らない限り、すべてmol%を意味する。また、本明細書において、「実質的に構成される」とは、列挙された成分の含有率の合計が99.5mol%以上、好ましくは99.9mol%以上、より好ましくは99.95mol%以上を占めることを意味する。「実質的に含有しない」とは、当該成分の含有質が0.1mol%以下、好ましくは0.05mol%以下であることを意味する。
【0015】
特許文献1および特許文献2に開示されているガラスでは、高温粘性が高く、高いT
4を示す。高いT
4は、ディスプレイのカバーガラスをフロート法により製造するうえでは不利であり、またディスプレイのカバーガラスとしてガラスを薄く成形するうえでも不利である。
【0016】
そこで、本発明では、特にAl
2O
3、Na
2O、アルカリ土類酸化物、アルカリ金属酸化物の含有率を、各酸化物が特性に及ぼす影響を考慮しながら抜本的に見直し、併せてその他の成分の含有率を総合的に調整することによりT
4を下げて、フロート法による製造に適し、特にディスプレイ用のカバーガラスとしてガラスをより薄く成形(例えば1mm以下)するのに有利な、傷や割れの生じにくいガラス組成物を提供することとした。
【0017】
以下の観点は、本発明において必須の観点ではない。しかし、本発明は場合によっては、以下の観点に着目することができる。
【0018】
本発明は、従来のフロート法による製造設備に用いられているガラス溶融窯に適合しやすいように比較的低いT
2を示すガラス組成物を提供するものである。また、フロート法でのガラス成形に適しやすいように、T
4から液相温度TLを差し引いた値が負に大きくなりすぎない値または正の値(例えば−10℃以上、好ましくは0℃以上、より好ましくは10℃以上)を示すガラス組成物を提供するものである。
【0019】
以下、本発明によるガラス組成物を構成する各成分について説明する。
【0020】
(SiO
2)
SiO
2は、ガラス組成物を構成する主要成分であり、その含有率が低すぎるとガラスの耐水性など化学的耐久性および耐熱性が低下する。他方、SiO
2の含有率が高すぎると、高温でのガラス組成物の粘性が高くなり、溶解および成形が困難になる。したがって、SiO
2の含有率は、56〜66%の範囲が適切であり、57〜64%が好ましく、57〜62%が更に好ましい。
【0021】
(Al
2O
3)
Al
2O
3はガラス組成物の耐水性など化学的耐久性を向上させ、さらにガラス中のアルカリ金属イオンの移動を容易にする。また、化学強化後の強度の維持に寄与する成分でもある。他方、Al
2O
3の含有率が高すぎると、ガラス融液の粘度を増加させ、T
2、T
4を増加させると共にガラス融液の清澄性が悪化し高品質なガラス板を製造することが難しくなる。
【0022】
したがって、Al
2O
3の含有率は、6〜12%の範囲が適切である。Al
2O
3の含有率は11%以下が好ましく、10%以下がより好ましい。また、Al
2O
3の含有率は、7%以上が好ましく、8%以上がより好ましい。
【0023】
さて、SiO
2とAl
2O
3の含有量に関し、本発明のガラス組成物を含むその近傍の組成範囲においては、以下の傾向が見られる。
【0024】
ガラス板をフロート法で製造するという観点、および化学強化処理を比較的低温かつ短時間で行いたいという観点からは、ガラス組成物にある程度の含有率でNa
2Oを含有させる必要がある。したがって、本発明のガラス組成物は、Na
2Oを17%以上含有するものである。
【0025】
一方、化学強化したガラス物品において、表面圧縮応力・圧縮応力層の深さと、ビッカース圧子による圧痕にクラックが生じる確率が50%になる押し込み荷重として定義される耐クラック荷重との観点から、ガラス組成物は2つの組成物群に分類されることが分かった。
【0026】
第1のガラス組成物群は、検討した何れかの化学強化処理によって、750MPa以上の表面圧縮応力を得ることができるガラス組成物からなる。第1のガラス組成物群においては、表面圧縮応力・圧縮応力層の深さと、化学強化したガラス物品における耐クラック荷重との間には相関が見られず、該耐クラック荷重は専らそのガラス組成で決まる。
【0027】
第2のガラス組成物群は、検討したすべての化学強化処理によっても、表面圧縮応力が750MPa未満に留まったガラス組成物からなる。第2のガラス組成物群においては、化学強化したガラス物品における耐クラック荷重は表面圧縮応力と強い正の相関があり、表面圧縮応力の低下に伴って、該耐クラック荷重は急激に低下する。さらに第2のガラス組成物群に属するガラス組成物の全てにおいて、該耐クラック荷重は非常に低い値に留まっていた。
【0028】
上記の知見に基づき、本発明では、上記第1のガラス組成物群に属し、さらに、SiO
2の含有率は66%以下であり、Al
2O
3の含有率は6%以上であるガラス組成物を選択した。SiO
2とAl
2O
3がこの条件を満たし、さらにその他の成分を適切に調整することで、本発明のガラス組成物から、表面圧縮応力が900MPa以上、耐クラック荷重が3.9kgf以上、かつ厚さが25μm以上である強化ガラス物品、さらに表面圧縮応力が1000MPa以上かつ圧縮応力層の深さ30μm以上の強化ガラス物品を得ることができる。
【0029】
しかし、SiO
2の含有率からAl
2O
3のそれを引いた差(SiO
2−Al
2O
3)は、ガラス組成物の耐酸性と正の相関を持つ。耐酸性の低いガラス組成物からなるガラス物品は、化学強化処理の有無にかかわらず、フッ酸水溶液など酸性液に浸漬したときにその表面に荒れが生じる。この観点から、本発明のガラス組成物は、SiO
2の含有率は56%以上であり、Al
2O
3の含有率は12%以下である。
【0030】
(Na
2O)
Na
2Oは、ナトリウムイオンがカリウムイオンと置換されることにより、表面圧縮応力を大きくし、表面圧縮応力層の深さを大きくする成分である。しかし、適量を超えて含有率を増やすと、化学強化処理でのイオン交換による表面圧縮応力の発生を、化学強化処理中の応力緩和が上回るようになり、結果として表面圧縮応力が低下する傾向にある。
【0031】
また、Na
2Oは溶解性を向上させ、T
4、T
2を低下させる成分である一方、Na
2Oの含有率が高すぎると、ガラスの耐水性が著しく劣化する。
【0032】
したがって、本発明のガラス組成物におけるNa
2Oの含有率は、17〜24%の範囲が適切である。Na
2Oの含有率は、18.5%以上が好ましく、19%以上がより好ましい。また、Na
2Oの含有率は、22%以下が好ましく、21%以下がより好ましい。ただし、その他の成分の含有率によっては、T
4などを確実に低下させるために、Na
2Oの含有率を22%以上としてもよい。
【0033】
(MgO)
MgOはガラスの溶解性を向上させる効果がアルカリ土類酸化物(RO)の中で最も大きい。この効果を十分に得る観点から、本発明のガラス組成物ではMgOの含有率が5%以上ある。一方、適量を越えて含有率を増やすと、化学強化により得られる強化性能、特に表面圧縮応力層の深さが急激に減少するとともに、耐クラック荷重も減少する。この悪影響は、MgOがROの中で最も少ないが、本発明のガラス組成物においては、MgOの含有率は14%以下である。また、MgOの含有率が高いと、ガラス組成物の液相温度TLが上昇してしまう。
【0034】
したがって、本発明のガラス組成物においては、MgOの含有率は5〜14%の範囲であり、7%以上であることが好ましく、8%以上であることがより好ましい。また12%以下が好ましく、11%以下がより好ましい。
【0035】
(CaO)
CaOは、高温での粘性を低下させる効果を有する。しかし、CaOの含有率が高すぎると、ガラス組成物におけるナトリウムイオンの移動が阻害されてしまうと共に、ガラス組成物が失透しやすくなる。しかし、少量のCaOの含有は、液相温度TLを下げる効果があるため、含有させることが好ましい。
【0036】
したがって、CaOの含有率は0〜1%の範囲が適切である。CaOの含有率は、0.7%以下が好ましく、0.5%以下がより好ましい。CaOの含有率は、0.3%以上であってもよい。
【0037】
(SrO,BaO)
SrO,BaOは、ガラス組成物の粘性を大きく低下させ、少量の含有では液相温度TLを低下させる効果がCaOより顕著である。しかし、SrO,BaOは、ごく少量の添加であっても、ガラス組成物におけるナトリウムイオンの移動を顕著に妨げ、表面圧縮応力・圧縮応力層の深さの両方に大きな悪影響を与える。
【0038】
したがって、本発明のガラス組成物においては、SrO,BaOを実質的に含有しないことが好ましい。
【0039】
(K
2O)
K
2Oは、Na
2Oと同様、ガラスの溶解性を向上させる成分である。また、K
2Oの含有率が低い範囲では、化学強化におけるイオン交換速度が増加し、同時に圧縮応力層の深さが大きくなると同時に、ガラス組成物の失透温度TLを低下させる。したがってK
2Oは低い含有率で含有させることが好ましい。
【0040】
一方、K
2Oは、Na
2Oと比較して、ガラス融液の清澄性を阻害する。また、含有率を過度に高くすると、化学強化後の耐クラック荷重が低下する傾向にある。さらに、含有率が高くなるほど、化学強化に用いる溶融塩の劣化によって化学強化性能が影響を受けやすくなる。
【0041】
したがって、K
2Oの含有率は0〜3%の範囲が適切である。K
2Oの含有率は、1.5%以下が好ましく、1%以下がより好ましい。また、K
2Oの含有率は、0.2%以上、さらには0.5%以上であってもよい。
【0042】
(Li
2O)
Li
2Oは、少量含有されるだけであっても圧縮応力層の深さを著しく低下させる。また、Li
2Oを含むガラス物品を硝酸カリウム単独の溶融塩で化学強化処理する場合、Li
2Oを含まないガラス物品の場合と比較して、その溶融塩が劣化する速度が著しく速い。具体的には、同じ溶融塩で繰り返し化学強化処理を行なう場合に、化学強化特性が速く、つまり少ない繰り返し回数で劣化する。したがって、本発明のガラス組成物においては、実質的にLi
2Oを含有しないことが好ましい。
【0043】
(R
2O)
R
2Oは、Li
2O、Na
2OおよびK
2Oを示す。R
2Oの含有率が低すぎると、ガラス組成物の粘性を下げる成分が不足して溶解が困難となる。他方、本発明のガラス組成物は、R
2OとAl
2O
3,MgOの関係において、化学強化時に溶融塩由来のイオンが拡散し侵入することによって生じる圧縮応力が、ガラス構造の構造緩和によってその圧縮応力が緩和し低下しやすい領域にある。この悪影響を極力回避するために、本発明のガラス組成物においては、R
2Oの含有率には上限が生じる。
【0044】
したがって、R
2Oの含有率(Li
2O、Na
2OおよびK
2Oの含有率の合計)は、18.5〜24%の範囲が適切である。R
2Oの含有率は、19%以上であることが好ましく、22%以下であることが好ましい。ただし、その他の成分の含有率によっては、T
4などを確実に低下させるために、R
2Oの含有率を22%以上としてもよい。
【0045】
(B
2O
3)
B
2O
3は、ガラス組成物の粘性を下げ、溶解性を改善する成分である。しかし、B
2O
3の含有率が高すぎると、ガラス組成物が分相しやすくなり、ガラス組成物の耐水性が低下する。また、B
2O
3とアルカリ金属酸化物とが形成する化合物が揮発してガラス溶解室の耐火物を損傷するおそれが生じる。さらに、B
2O
3の含有は化学強化における圧縮応力層の深さを減少させてしまう。したがって、B
2O
3の含有率は3%以下が適切である。本発明では、B
2O
3を実質的に含有しないガラス組成物であることがより好ましい。
【0046】
(Fe
2O
3)
通常Feは、Fe
2+又はFe
3+の状態でガラス中に存在する。Fe
3+はガラスの紫外線吸収特性を高める成分であり、Fe
2+は熱線吸収特性を高める成分である。しかし、ガラス組成物をディスプレイのカバーガラスとして用いる場合、着色が目立たないことが求められるため、Feの含有率は少ない方が好ましい。Feは工業原料により不可避的に混入する場合があるが、Fe
2O
3に換算した酸化鉄の含有率が0.1%以下とすることがよく、0.02%以下であることが好ましい。また、本発明においては、酸化鉄を実質的に含有しないガラス組成物としてもよい。
【0047】
(TiO
2)
TiO
2は、ガラス組成物の粘性を下げると同時に、化学強化による表面圧縮応力を高める成分である。しかし、TiO
2の高い含有率は、ガラス組成物に黄色の着色を与え、この着色は好ましくない。したがって、TiO
2の含有率は0〜1%が適切である。TiO
2は工業原料により不可避的に混入し、ガラス組成物において0.05%含有されることがあるが、この程度の含有率であれば、好ましくない着色は現れない。
【0048】
(ZrO
2)
ZrO
2は、ガラスの耐水性を向上させ、また、化学強化による表面圧縮応力を高める成分である。しかし、ZrO
2の高い含有率は、液相温度TLの急激な上昇を引き起こすことがある。したがって、ZrO
2の含有率は0〜1%が適切である。また、本発明においては、ZrO
2を実質的に含有しないガラス組成物であってもよい。
【0049】
(SO
3)
フロート法においては、ボウ硝(Na
2SO
4)など硫酸塩が清澄剤として汎用される。硫酸塩は溶融ガラス中で分解してガス成分を生じ、これによりガラス融液の脱泡が促進されるが、ガス成分の一部はSO
3としてガラス組成物中に溶解し残留する。本発明のガラス組成物においては、SO
3は0.1〜0.3%であることが好ましい。
【0050】
(SnO
2)
フロート法により成形されたガラス板において、成型時にスズ浴に触れた面はスズ浴からスズが拡散し、そのスズがSnO
2として存在することが知られている。また、ガラス原料に混合させたSnO
2は、脱泡に寄与する。本発明のガラス組成物においては、SnO
2は0〜0.4%であることが好ましい。
【0051】
(その他の成分)
本発明によるガラス組成物は、上記に列挙した各成分(Al
2O
3〜SnO
2)から実質的に構成されていることが好ましい。ただし、本発明によるガラス組成物は、上記に列記した成分以外の成分を、好ましくは各成分の含有率が0.1%未満となる範囲で含有していてもよい。
【0052】
含有が許容される成分としては、上述のSO
3とSnO
2以外に溶融ガラスの脱泡を目的として添加される、As
2O
5、Sb
2O
5、CeO
2、Cl、Fを例示できる。ただし、As
2O
5、Sb
2O
5、Cl、Fは、環境に対する悪影響が大きいなどの理由から添加しないことが好ましい。また、含有が許容されるまた別の例は、ZnO、P
2O
5、GeO
2、Ga
2O
3、Y
2O
3、La
2O
3である。工業的に使用される原料に由来する上記以外の成分であっても0.1%を超えない範囲であれば許容される。これらの成分は、必要に応じて適宜添加したり、不可避的に混入したりするものであるから、本発明のガラス組成物は、これらの成分を実質的に含有しないものであっても構わない。
【0053】
以下、本発明によるガラス組成物の特性について説明する。
【0054】
(ガラス転移点:Tg)
本発明によれば、ガラス組成物の転移点(Tg)を610℃以下、さらには、590℃以下、場合によっては、570℃以下にまで引き下げて、溶融ガラスの徐冷が容易で製造しやすいガラス組成物を提供できる。なお、ガラス転移点の下限は特に制限されないが、イオン交換によって生じた圧縮応力が緩和しないように、530℃以上、好ましくは550℃以上がよい。
【0055】
(作業温度:T
4)
フロート法では、溶融ガラスを溶融窯からフロートバスに流入させる際に、溶融ガラスの粘度が10
4dPa・s(10
4P)程度に調整される。フロート法による製造は、溶融ガラスの粘度が10
4dPa・sとなる温度(作業温度;T
4)が低い方が好ましく、例えばディスプレイのカバーガラスのためにガラスを薄く成形するためには、溶融ガラスの作業温度T
4が1100℃以下であることが好ましい。本発明によれば、ガラス組成物のT
4を、1090℃以下、さらには1075℃以下、場合によっては1060℃以下まで低減し、フロート法による製造に適したガラス組成物を提供できる。T
4の下限は特に限定されないが、例えば1000℃である。
【0056】
(溶融温度:T
2)
溶融ガラスの粘度が10
2dPa・sになる温度(溶融温度;T
2)が低いと、ガラス原料を熔かすために必要なエネルギー量を抑制することができ、ガラス原料がより容易に溶解してガラス融液の脱泡および清澄が促進される。本発明によれば、T
2を1550℃以下、さらには1530℃以下にまで低下させることができる。
【0057】
(作業温度と液相温度との差分:T
4−TL)
フロート法では、溶融ガラスの温度がT
4において、溶融ガラスが失透しないこと、言い換えれば作業温度(T
4)の液相温度(TL)からの差が大きいことが好ましい。本発明によれば、作業温度から液相温度を差し引いた差分が、−10℃以上、さらには0℃以上にまで大きい、ガラス組成物を提供できる。また本発明によれば、TLを1050℃以下、さらには1000℃以下にまで低下させて、T
4−TLを大きくすることに寄与できる。
【0058】
(密度(比重):d)
電子機器の軽量化のため、電子機器に搭載されるディスプレイのカバーガラスの密度は小さいことが望ましい。本発明よれば、ガラス組成物の密度を2.53g・cm
−3以下、さらには2.51g・cm
−3以下、場合によっては2.50g・cm
−3以下にまで減少させることができる。
【0059】
フロート法などでは、ガラス品種間の密度の相違が大きいと、製造するガラス品種を切り換える際に溶融窯の底部に密度が高い方の溶融ガラスが滞留し、品種の切り換えに支障が生じる場合がある。現在、フロート法で量産されているソーダライムガラスの密度は約2.50g・cm
−3である。したがって、フロート法による量産を考慮すると、ガラス組成物の密度は、上記の値に近いこと、具体的には、2.45〜2.55g・cm
−3、特に2.47〜2.53g・cm
−3が好ましい。
【0060】
(弾性率:E)
イオン交換を伴う化学強化を行うと、ガラス基板に反りが生じることがある。この反りを抑制するためには、ガラス組成物の弾性率は高いことが好ましい。本発明によれば、ガラス組成物の弾性率(ヤング率:E)を70GPa以上、さらには72GPa以上にまで増加させることができる。
【0061】
(熱膨張係数:α)
本発明によれば、50〜350℃の範囲における線熱膨張係数が95×10
−7〜112×10
−7/℃の範囲にあるガラス組成物を提供できる。この範囲の線熱膨張係数を有するガラス組成物は、一般的なガラス部材の線熱膨張係数(70〜100×10
−7/℃)よりも大きな線熱膨張係数を有する材料と接合した場合に、反りや歪みが生じにくいという利点を有する。本発明の好ましい実施形態によれば、50〜350℃の範囲における線熱膨張係数が100×10
−7/℃以上の範囲にあるガラス組成物を提供できる。
【0062】
(耐クラック荷重:Rc)
ディスプレイのカバーガラスには、傷や割れが入りにくいことが求められる。本発明のガラス組成物について、ガラス表面への傷や割れの入りにくさを示す指標として、後述する試験により定まる耐クラック荷重を採用した。本発明の強化ガラス物品の耐クラック発生は3.9kgf(キログラムフォース)以上を示し、さらには4kgf以上、場合によっては5kgf以上、さらには5.2kgf以上にまで増加させることができる。
【0063】
以下、ガラス組成物の化学強化について説明する。
【0064】
(化学強化の条件と圧縮応力層)
ナトリウムを含むガラス組成物を、ナトリウムイオンよりもイオン半径の大きい一価の陽イオン、好ましくはカリウムイオン、を含む溶融塩に接触させ、ガラス組成物中のナトリウムイオンを上記の一価の陽イオンによって置換するイオン交換処理を行うことにより、本発明によるガラス組成物の化学強化を実施することができる。これによって、表面に圧縮応力が付与された圧縮応力層が形成される。
【0065】
溶融塩としては、典型的には硝酸カリウムを挙げることができる。硝酸カリウムと硝酸ナトリウムとの混合溶融塩を用いることもできるが、混合溶融塩は濃度管理が難しいため、硝酸カリウム単独の溶融塩が好ましい。
【0066】
強化ガラス物品における表面圧縮応力と圧縮応力層深さとは、該物品のガラス組成だけではなく、イオン交換処理における溶融塩の温度と処理時間によって制御することができる。
【0067】
本発明のガラス組成物は、硝酸カリウム溶融塩と接触させることによって、耐クラック荷重が非常に高く、かつ、圧縮応力層の厚さが適度に厚く表面圧縮応力が適度に高い強化ガラス物品を得ることができる。具体的には、表面圧縮応力が900MPa以上、圧縮応力層の深さが25μm以上である強化ガラス物品であって、さらに耐クラック荷重が3.9kgf以上、さらには5kgf以上、場合によっては6kgfである強化ガラス物品を得ることができる。
【0068】
この強化ガラス物品は、非常に高い耐クラック荷重を有しているため、表面にクラックや傷が生じにくく、ディスプレイのカバーガラスに適した強度を有している。
【0069】
また、本発明のガラス組成物は、硝酸カリウム溶融塩と接触させることによって、表面圧縮応力が非常に高く、かつ圧縮応力層の厚さが非常に厚く、強化ガラス物品を得ることができる。具体的には、表面圧縮応力は1000MPa以上、場合によっては1200MPa以上、1400MPa以上、圧縮応力層の厚さが30μm以上、場合によっては40μm以上、50μm以上である強化ガラス物品を得ることができる。
【0070】
この強化ガラス物品は、非常に高い表面圧縮応力を有しているため、表面に傷が生じにくい。また、圧縮応力層の厚さが非常に厚いため、表面に傷が生じた場合であっても、その傷が圧縮応力層よりガラス物品内部に届くことが少なく、よって傷による強化ガラス物品の破損を減らすことができる。この強化ガラス物品は、ディスプレイのカバーガラスに適した強度を有している。
【0071】
本発明によれば、比較的低いT
4を示し、フロート法による製造に適し、ディスプレイのカバーガラスとしてガラスを薄く成形するのに有利なガラス組成物を提供することができる。
【0072】
本発明のガラス組成物を化学強化して得られた強化ガラス物品は、電子機器に搭載される液晶ディスプレイ、有機ELディスプレイ等やタッチパネル式ディスプレイのカバーガラスとして好適である。ただし、本発明によるガラス組成物は、化学強化処理を施し、あるいはこの処理を施さずに、電子デバイスの基板などとして用いることもできる。
【実施例】
【0073】
以下では、実施例および比較例を用いて本発明をさらに詳細に説明する。
【0074】
(ガラス組成物の作製)
表1〜6に示すガラス組成となるように、汎用のガラス原料である、シリカ、酸化チタン、アルミナ、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、塩基性炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム、炭酸ストロンチウム、炭酸バリウムを用いてガラス原料(バッチ)を調合した。炭酸ナトリウムの一部を硫酸ナトリウムとした。比較例8および比較例9については、さらに、酸化ジルコニウム、酸化ホウ素および酸化スズ(IV)をガラス原料に加えた。調合したバッチを白金ルツボに投入し、電気炉内で1550℃で4時間加熱して溶融ガラスとした。次いで、溶融ガラスを鉄板上に流し出し、冷却してガラスプレートとした。次いで、このガラスプレートを再び電気炉へ入れ、600℃で2時間保持した後、炉の電源を切り、室温まで徐冷して試料ガラスとした。
【0075】
試料ガラスについて、ガラス転移点Tg、軟化点Ts、作業温度T
4、溶融温度T
2、液相温度TL、熱膨張係数α、密度dおよびヤング率Eを測定した。
【0076】
ガラス転移点Tgおよび熱膨張係数αは示差熱膨張計(理学電機株式会社サーモフレックスTMA8140)を用いて測定した。作業温度T
4および溶融温度T
2は、白金球引き上げ法により測定した。密度dはアルキメデス法により測定した。ヤング率EはJIS(日本工業規格) R1602に従って計測した。
【0077】
液相温度TLは、以下の方法により測定した。試料ガラスを粉砕してふるいにかけ、2380μmのふるいを通過し、1000μmのふるい上に留まったガラス粒を得た。このガラス粒をエタノールに浸漬して超音波洗浄した後、恒温槽で乾燥させた。このガラス粒の25gを、幅12mm、長さ200mm、深さ10mmの白金ボート上にほぼ一定の厚さになるように入れて測定試料とし、この白金ボートを約850〜1200℃の温度勾配を有する電気炉(温度勾配炉)内に24時間保持した。その後、測定試料を倍率100倍の光学顕微鏡で観察し、失透が観察された部位の最高温度を液相温度とした。なお、全ての実施例及び比較例において、測定試料は温度勾配炉中でガラス粒が互いに融着し棒状体となった。
【0078】
(強化ガラスの作製)
上記のようにして作製した試料ガラスを25mm×35mmに切り出し、その両面をアルミナ砥粒で研削し、さらに酸化セリウム研磨砥粒を用いて鏡面研磨した。こうして、両面の表面粗さがRaが2nm以下である厚さ5mmのガラスブロックを組成毎に複数個得た(RaはJIS B0601−1994に従う)。このガラスブロックを380〜420℃の所定の温度の硝酸カリウム溶融塩中に4〜8時間の所定の時間だけ浸漬するイオン交換(I/E)を実施して化学強化を行った。化学強化処理後のガラスブロックを80℃の熱水で洗浄し、強化ガラスブロックを得た。
【0079】
なお、溶融塩に浸漬する前後には、ガラスブロックにかかる熱衝撃を緩和するために、浸漬前に予熱、浸漬終了後(つまり溶融塩から取り出した後)に徐冷を行なった。予熱は、溶融塩が保持されている容器内であって、溶融塩の液面上方にあたる空間に、ガラスブロックを10分間保持する、という操作により行なった。徐冷は、予熱と同じ操作を行なった。この徐冷の操作は、取り出したガラスブロックに付着してきた溶融塩を、できるだけ溶融塩容器に戻すという効果も有する。
【0080】
上記のようにして得た強化ガラスブロックについて、表面の圧縮応力CSおよび圧縮深さ(圧縮応力層の深さ)DOLを折原製作所製表面応力計「FSM−6000」を用いて測定した。結果を、表1〜6に併せて示す。
【0081】
(耐クラック荷重Rcの評価)
上記のようにして得た強化ガラスブロックのいくつかについて、耐クラック荷重を評価した。アカシ製作所製ビッカース硬度計を用いて、耐クラック荷重を以下の手順で算出した。まず、試料ガラスの表面にビッカース圧子を押し当て、1kgfの荷重を15秒間加えた。除荷の5分後に試料ガラスの表面に残る正方形の圧痕において、その頂点からクラックが生じている数を計測した。この計測を10回繰り返して行ない、クラックが生じた数を頂点の数の合計40ヶ所で除してクラック発生確率Pを算出した。荷重を2kgf、5kgf、10kgf、20kgfと段階的に増やし、それぞれの荷重について同様にクラック発生確率Pを求めた。このようにして、P=50%を跨いで隣り合う2段階の荷重WH、WLとその時の発生確率PH、PL(PL<50%<PH)を得た。2点(WH,PH)および(WL, PL)を通る直線がP=50%をとるときの荷重を求め、耐クラック荷重Rcとした。結果を表1〜6に併せて示す。
【0082】
ほとんどの実施例では、ガラス転移点Tgが610℃以下、作業温度T
4が1100℃以下となった。また、実施例の一部について測定した溶融温度T
2は1550℃以下であった。また、作業温度T
4から液相温度TLを差し引いた差分T
4−TLは、
多くの実施例において、−1℃以上であった。各実施例の密度dは、2.48〜2.52g・cm
-3となった。
【0083】
また、全ての実施例において、表面圧縮応力が非常に高く(1100MPa以上)かつ圧縮応力層の厚さが適度に厚い(25μm以上)強化ガラス物品、あるいは圧縮応力層の厚さが非常に厚く(30μm以上)かつ表面圧縮応力が適度に高い(900〜1100MPa)強化ガラス物品を得ることができた。また一部の実施例では表面圧縮応力が非常に高く(1000MPa以上)かつ圧縮応力層の厚さが非常に厚い(30μm以上)強化ガラス物品を得ることができた。別の一部の実施例では、表面圧縮応力が極めて高い(1200MPa以上、1400MPa以上)強化ガラス物品や、圧縮応力層の厚さが極めて厚く(40μm以上、50μm以上)かつ表面圧縮応力が適度に高い(900〜1100MPa)強化ガラス物品を得ることができた。
【0084】
さらに、全ての実施例において、表面圧縮応力が900MPa以上、圧縮応力層の深さが25μm以上である強化ガラス物品であって、かつ耐クラック荷重が大きい(3.9kgf以上)強化ガラス物品を得ることができ、その一部の実施例では、耐クラック荷重が5kgf以上、場合によっては6kgfと非常に耐クラック荷重が大きい強化ガラス物品を得ることができた。
【0085】
これに対し、比較例1〜5においては、表面圧縮応力が900MPa未満となった。
【0086】
比較例6〜9においては、3.9kgf以上の耐クラック荷重、900MPa以上の表面圧縮応力および厚さ2.5μm以上の圧縮応力層のすべてを満たす強化ガラス物品を得ることができなかった。
【0087】
【表1】
【0088】
【表2】
【0089】
【表3】
【0090】
【表4】
【0091】
【表5】
【0092】
【表6】