特許第5957241号(P5957241)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5957241フェライト系快削ステンレス鋼棒線およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5957241
(24)【登録日】2016年6月24日
(45)【発行日】2016年7月27日
(54)【発明の名称】フェライト系快削ステンレス鋼棒線およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20160714BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20160714BHJP
   C21D 8/06 20060101ALI20160714BHJP
   B21B 3/02 20060101ALI20160714BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/60
   C21D8/06 B
   B21B3/02
【請求項の数】6
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2012-37743(P2012-37743)
(22)【出願日】2012年2月23日
(65)【公開番号】特開2013-173966(P2013-173966A)
(43)【公開日】2013年9月5日
【審査請求日】2014年10月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】新日鐵住金ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100108578
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 詔男
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100129403
【弁理士】
【氏名又は名称】増井 裕士
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(72)【発明者】
【氏名】日笠 裕也
(72)【発明者】
【氏名】高野 光司
(72)【発明者】
【氏名】梶村 治彦
【審査官】 相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−237603(JP,A)
【文献】 特開2011−184717(JP,A)
【文献】 特開2010−132998(JP,A)
【文献】 特開平06−033146(JP,A)
【文献】 特開2011−122237(JP,A)
【文献】 特表2008−505247(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 8/00− 8/10
C21D 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.030%以下、
Si:1.0%以下、
Mn:2.0%以下、
P:0.02〜0.10%,
S:0.15〜0.50%,
Cr:15.0〜20.0%,
Ni:2.0%以下,
N:0.005〜0.030%,
B:0.001〜0.010%を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、
BとNとを含み最大粒径が0.1〜10.0μmの金属間化合物を有し、前記金属間化合物が0.1mm当たり個以上存在し、かつ、Sを含有する前記金属間化合物の個数が、前記金属間化合物の総個数に対して5%以上であることを特徴とするフェライト系快削ステンレス鋼棒線。
【請求項2】
Mn/S≦2.0(なお、式中のMn、Sは、ステンレス鋼中の各成分の含有量[質量%]である。)を満たすことを特徴とする請求項1に記載のフェライト系快削ステンレス鋼棒線。
【請求項3】
さらに質量%でMo:3.0%以下を含有することを特徴とする請求項1または請求項2記載のフェライト系快削ステンレス鋼棒線。
【請求項4】
さらに質量%で、
Nb:1.0%以下,
Ti:1.0%以下,
W:1.0%以下の1種以上を含有することを特徴とする請求項1〜請求項3の何れか1項に記載のフェライト系快削ステンレス鋼棒線。
【請求項5】
さらに質量%で、
Ca:0.020%以下,
Zr:0.020%以下,
Al:0.01%以下,
O:0.003〜0.015%,
Mg:0.005〜0.05%,
REM:0.0005〜0.20%の1種以上を含有することを特徴とする請求項1〜請求項4の何れか1項に記載のフェライト系快削ステンレス鋼棒線。
【請求項6】
請求項1〜請求項5の何れか1項に記載のフェライト系快削ステンレス鋼棒線の製造方法であって、
請求項1〜請求項5の何れか1項に記載の成分組成を有する鋳片を1000℃〜1250℃の温度で20〜60分で加熱する鋳片加熱工程と、
900℃以上の仕上げ圧延温度で圧延する熱間圧延工程と、
700℃以上1000℃未満の温度で10分以上300分未満熱処理する熱処理工程とを含むことを特徴とするフェライト系快削ステンレス鋼棒線の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト系快削ステンレス鋼棒線およびその製造方法に関し、特に、優れた被削性を有し、かつ、Pb、Se、Te等の希少な重金属を含まない環境に優しいフェライト系快削ステンレス鋼棒線に関する。
【背景技術】
【0002】
OA(Office Automation)機器や電子機器部品等に用いられる切削部品には、切削加工後に高精度の表面性状が得られる高い被削性を有することに加え、高い耐工具磨耗性が求められる。
これらの要求に対し、従来はSを0.15%以上添加したSUS430Fや切削性を更に向上させるためPb、Se、Teを単独もしくは複合添加したフェライト系快削ステンレス鋼が使用されてきた(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
一方、環境問題の観点からPb、Se、Teなどの使用を削減する要求が高まっており、B添加によりBNやBを含む酸化物を分散させた切削性に優れたステンレス鋼が提案されている(例えば、特許文献2、3、4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭63−86848号公報
【特許文献2】特開2004−332021号公報
【特許文献3】特開2008−274361号公報
【特許文献4】特開2011−231387号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の技術では、製造工程の熱間圧延工程における熱間加工性が不十分であり、ステンレス鋼棒線の製造性を向上させることが要求されていた。また、従来のステンレス鋼棒線では、所定の部品形状とするために切削加工時に使用される工具の寿命を十分に確保できないため、耐工具摩耗性を向上させることが望まれていた。さらに、ステンレス鋼棒線においては、耐食性や、切削後の表面性状などの性能を満足する必要がある。とりわけ、切削後の表面性状においては、切削速度≧20m/min、切込み≧0.05mm、送り≧0.005mm/revの工業的な切削条件において、表面粗さRa≦0.5μmの精度が要求されている。
【0006】
本発明の目的は、製造工程の熱間圧延工程における熱間加工性が優れているため良好な製造性を有し、OA機器、電子機器部品などの精密部品で求められる優れた表面精度(表面粗さ)と、優れた耐工具磨耗性、十分な耐食性が得られ、しかもPb等の重金属を含まない快削ステンレス鋼棒線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために種々検討した。その結果、所定の化学組成を有するS含有フェライト系ステンレス快削鋼において、優れた表面性状及び十分な工具寿命を確保するため、BとNとを含む金属化合物を所定の粒径および密度で析出させ、かつ一定の割合以上でBとNに加えてSを含有する金属化合物を析出させることで、硫化物との複合効果により、良好な製造性と十分な耐食性が得られ、かつ飛躍的に表面精度(表面粗さ)及び耐工具磨耗性を向上できることを見出した。このことにより、Pb等の高い重金属を添加することなく、優れた表面精度及び耐工具磨耗性を確保できることがわかった。
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであり、その要旨とするところは以下の通りである。
【0008】
(1)質量%で、C:0.030%以下、Si:1.0%以下、Mn:2.0%以下、P:0.02〜0.10%,S:0.15〜0.50%,Cr:15.0〜20.0%,Ni:2.0%以下,N:0.005〜0.030%,B:0.001〜0.010%を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、BとNとを含み最大粒径が0.1〜10.0μmの金属間化合物を有し、前記金属間化合物が0.1mm当たり個以上存在し、かつ、Sを含有する前記金属間化合物の個数が、前記金属間化合物の総個数に対して5%以上であることを特徴とするフェライト系快削ステンレス鋼棒線である。
【0009】
(2)Mn/S≦2.0(なお、式中のMn、Sは、ステンレス鋼中の各成分の含有量[質量%]である。)を満たすことを特徴とする(1)に記載のフェライト系快削ステンレス鋼棒線である。
(3)さらに質量%でMo:3.0%以下を含有することを特徴とする(1)または(2)記載のフェライト系快削ステンレス鋼棒線である。
(4)さらに質量%で、Nb:1.0%以下,Ti:1.0%以下,W:1.0%以下の1種以上を含有することを特徴とする(1)〜(3)の何れか1項に記載のフェライト系快削ステンレス鋼棒線である。
(5)さらに質量%で、Ca:0.020%以下,Zr:0.020%以下,Al:0.01%以下,O:0.003〜0.015%,Mg:0.005〜0.05%,REM:0.0005〜0.20%の1種以上を含有することを特徴とする(1)〜(4)の何れか1項に記載のフェライト系快削ステンレス鋼棒線である。
【0010】
(6)(1)〜(5)の何れかに記載のフェライト系快削ステンレス鋼棒線の製造方法であって、(1)〜(5)の何れか1項に記載の成分組成を有する鋳片を1000℃〜1250℃の温度で20〜60分で加熱する鋳片加熱工程と、900℃以上の仕上げ圧延温度で圧延する熱間圧延工程と、700℃以上1000℃未満の温度で10分以上300分未満熱処理する熱処理工程とを含むことを特徴とする記載のフェライト系快削ステンレス鋼棒線の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によるフェライト系快削ステンレス鋼棒線は、Pb等の重金属を添加させることなく、耐食性、製造工程の熱間圧延工程における熱間加工性が優れ、切削加工時に優れた耐工具磨耗性を示すとともに、表面精度の高い精密切削部品を提供できる効果を発揮する。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本発明の請求項1記載の限定理由について説明する。
なお、本発明における棒線とは鋼線材、及び鋼線のことを意味する。
まず、本発明のフェライト系快削ステンレス鋼棒線の成分組成について説明する。なお、%の表記は、特に断りのない場合は質量%を意味する。
Bは、工具寿命改善効果のあるBとNとを含む金属間化合物(以下「BN化合物」という場合がある)の析出に必要な合金成分である。最大粒径0.1〜10.0μmのBN化合物を0.1mm当たり1個以上析出させるためには、Bを0.001%以上含有させることが必要である。しかし、0.010%を超えてBを含有させると、製造工程における熱間加工性が劣化する。このため、B含有量の上限を0.010%とした。B含有量は好ましくは0.003〜0.008%である。
【0013】
Sは、硫化物を形成して切削加工時の応力集中を低減させるとともに、潤滑効果により切削抵抗を低減させ、切削表面精度を劣化させることなく、工具寿命を向上させるのに有効である。工具寿命改善に寄与するSを含有するBN化合物の個数を、BN化合物の総個数に対して5%以上とするためには、Sを0.15%以上含有させる必要がある。しかしながら、0.50%を超えてSを含有させると、製造工程における熱間加工性が劣化して製造性が著しく悪くなるばかりか、粗大硫化物が析出して切削加工後の表面精度が著しく劣化する。そのため、S含有量の上限を0.50%とする。S含有量は好ましくは、0.20〜0.40%である。
【0014】
Niは、耐食性を改善する効果を有する。耐食性を向上させる効果を十分に得るためには、Niを0.1%以上含有させることが好ましい。しかし、多量の添加はコストの上昇を招くため、Ni含有量の上限を2.0%とした。Ni含有量は好ましくは0.1〜0.5%である。
【0015】
Mnは、Sと硫化物をつくり工具寿命を向上させる元素である。しかし、2.0%を超えてMnを含有させるとその効果は飽和するとともに、靭性が低下し、製造性が劣化するため、上限を2.0%とした。Mn含有量を0.1%未満にすると、製造コストが上昇するため、下限を0.1%以上とするのが好ましい。また、Mnは硫化物を形成し、耐食性を劣化させる元素であるため、Mn含有量は好ましくは1.0%以下であり、さらに好ましくは0.5%以下である。
【0016】
Crはマトリックスに固溶し、耐食性を向上させる元素である。しかし、多量に添加すると、熱間でスケール生成を抑制し、熱間圧延疵の原因となり製造性が劣化することから、Cr含有量を20.0%以下とした。しかし、Cr含有量が15.0%未満になると耐食性が劣化するため、下限を15.0%とする。好ましいCr含有量の範囲は、15.5〜18.0%である。
【0017】
Siは、脱酸のために添加する。脱酸効果を十分に得るためには、Siを0.05%以上含有させることが好ましい。しかし、Siを1.0%超添加すると棒線熱間圧延時のスケール生成を抑制し、熱間圧延疵を助長するため製造性が劣化する。そのため、Si含有量の上限を1.0%とする。Si含有量は0.7%以下であることが好ましい。
【0018】
Cは、炭窒化物を生成し、耐食性を劣化させるばかりか、強度上昇により工具寿命を劣化させるため、C含有量を0.030%以下とする。しかし、C含有量を0.003%未満にするためには、製造時間を長くする必要があり、コスト増加につながる可能性があるため、0.003%以上とすることが好ましい。C含有量は好ましくは0.003〜0.020%である。
【0019】
Nは工具寿命改善効果のあるBとNとを含む金属間化合物(BN化合物)の析出に必要な合金成分である。最大粒径0.1〜10.0μmの大きさのBN化合物を0.1mmあたり1個以上析出させるためには、N含有量を0.005%以上とする必要である。しかし、0.030%超の添加は耐食性を劣化させるばかりか、強度上昇により工具寿命を劣化させるため、N含有量を0.030%以下とする。N含有量は好ましくは0.007〜0.025%である。
【0020】
Pは、粒界偏析して切削加工時の材料延性を低下させる効果があるため、表面精度を向上させる。そのため、P含有量を0.02%以上とする。しかしながら、Pを0.10%超添加するとその効果は飽和するばかりか、製造工程における熱間加工性が劣化し、製造性が著しく悪くなる。そのため、P含有量の上限を0.10%とする。P含有量は好ましくは、0.025〜0.05%である。
【0021】
本発明のステンレス鋼棒線は、フェライト系であるので、例えば、マルテンサイト系のステンレス鋼棒線と比較して、切削加工性に優れ、表面精度の高い切削部品を提供できる。
【0022】
BとNとを含む金属間化合物の粒径と面積当たりの個数は、工具寿命向上に重要である。本発明者らの検討によれば、最低でも0.1mmあたり1個以上のBN化合物がなければ工具寿命の向上は認められなかった。また、BN化合物の最大粒径が0.1μm未満である場合、BN化合物が0.1mmあたり1個以上存在していても工具寿命改善効果は不十分となる。また、BN化合物の最大粒径が10.0μm超であって、BN化合物の個数が0.1mmあたり1個以上存在している場合にも、工具寿命改善効果は不十分となる。したがって、本発明者らは、工具寿命を向上させるために、最大粒径0.1〜10.0μmのBN化合物が0.1mmあたり1個以上存在しているステンレス鋼棒線とした。BN化合物は、工具寿命を向上させるために、0.1mmあたり2個以上存在していることが好ましい。また、BN化合物が過剰に析出することによるデメリットは存在しないため、上限は設定しない。
【0023】
更に本発明者らは、BN化合物中に、Sを含有するBN化合物が含まれている場合に工具寿命が顕著に向上するという新たな知見を見出した。Sを含有するBN化合物の個数が、BN化合物の総個数に対して5%未満であると、工具寿命改善効果は不十分である。したがって、工具寿命を向上させるために、Sを含有するBN化合物の個数をBN化合物の総個数に対して、5%以上とした。工具寿命を向上させるために、Sを含有するBN化合物の個数は、BN化合物の総個数に対して7%以上であることが好ましい。Sを含有するBN化合物が多すぎることで生じる不具合はないため、Sを含有するBN化合物の割合の上限は設定しない。また、BN化合物中にSを含有させるためには後述の製造方法で製造すればよい。
【0024】
本発明の請求項2記載の限定理由について述べる。
S含有のフェライト系快削ステンレス鋼は、MnS系硫化物を形成するために耐食性が不十分となる恐れがある。Mn[質量%]/S[質量%]比を2.0以下にして硫化物中のMn濃度を低減し、硫化物中のCr濃度を増加させることで、耐食性劣化を著しく抑制できる。そのため必要に応じて、Mn/S比を2.0以下に限定することが好ましく、より好ましくは、1.5以下である。
【0025】
本発明の請求項3記載の限定理由について述べる。
Moは、耐食性を向上させる元素であり、必要に応じて添加できる。耐食性向上効果を十分に得るためには、Moを0.05%以上含有させることが好ましい。しかし、多量に添加すると、靭性が低下し、製造性が劣化するため、Mo含有量の上限を3.0%とし、好ましくは2.0%とする。
【0026】
本発明の請求項4記載の限定理由について述べる。
Nb,Ti,Wは、いずれも炭窒化物を形成し、耐食性を改善する効果がある元素であり、必要に応じて1種又は2種以上を添加できる。耐食性向上効果を十分に得るためにNb,Ti,W各々は、0.05%以上含有させることが好ましい。しかし、多量の添加は、工具寿命を劣化させることからNb,Ti,W各々の含有量の上限を1.0%とし、好ましくは、それぞれ0.50%とする。
【0027】
本発明の請求項5記載の限定理由について述べる。
Ca,Zr,Al,O,Mg,REMは任意添加元素であり、必要に応じて1種又は2種以上を添加することが出来る。
Alは脱酸元素として重要な元素である。脱酸効果を十分に得るためには、Alを0.001%以上含有させることが好ましい。しかし、0.01%を超えてAlを添加すると硬質なAl系の酸化物が形成し、工具寿命を劣化させる。そのため、Al含有量の上限を0.01%とし、好ましくは、0.008%とする。
【0028】
Oは、凝固時の脱酸生成物を粗大化させることで工具寿命を向上させる元素である。そのため、Oを含有する場合、0.003%以上添加し、0.005%以上含有することが好ましい。しかし、0.015%を超えて添加すると硬質な介在物が増加し、工具寿命を劣化させる。そのためO含有量の上限を0.015%とし、好ましくは、0.013%とする。
【0029】
Zrは強度を向上させる効果がある。強度向上効果を十分に得るためには、Zrを0.001%以上含有させることが好ましい。しかし、Zr含有量が0.020%を超えると靭性が低下し、製造性が劣化することから、上限を0.020%とし、好ましくは0.005%である。
Caは工具寿命を改善する効果がある。工具寿命改善効果を十分に得るためには、Caを0.001%以上含有させることが好ましい。しかし、Ca含有量が0.020%を超えると工具寿命改善効果が飽和し、熱間加工性が低下し、製造性が劣化する。このことから、Caを含有する場合、上限を0.020%とし、好ましくは0.010%とする。
【0030】
La,Ce,Y等のREMは、熱間加工性の劣化を防止するのに有効な元素である。その効果を得るには0.0005%以上含有させる必要があるが、多量に添加すると熱間加工性が低下し、製造性が劣化するため、上限を0.20%とする。REMの含有量は0.0005〜0.10%であることがより好ましい。
Mgは熱間加工性を向上させる元素であり、Mgを含有する場合には0.005%以上添加する。しかし、0.05%以上の添加はかえって熱間加工性を低下させ、製造性が劣化することから、Mg含有量の上限を0.05%とする。また、Mgの含有量は0.005〜0.01%であることがより好ましい。
【0031】
本発明の請求項6記載の限定理由について述べる。
本発明のステンレス鋼棒線の製造方法は、鋳片加熱工程、熱間圧延工程、及び熱処理工程を含むものである。
優れた工具寿命を得るために、所定の最大粒径のBN化合物を有し、BN化合物が所定の単位面積あたりの個数で存在し、Sを含有するBN化合物の個数の割合が所定の範囲である本発明のステンレス鋼棒線を製造するためには、上述した成分組成を有する鋳片を所定の条件で加熱する鋳片加熱工程を行って、熱間圧延及び熱処理を施さなければならない。
【0032】
鋳片加熱工程では、鋳片を1000℃から1250℃で20〜60分加熱する。加熱温度が1000℃未満であったり、20分未満であったりすると、鋳造時に析出したBN化合物が再固溶せず、10μm超のBN化合物しか存在せず工具寿命改善の効果が不十分となる。また、加熱温度が1250℃を超えると、鋳片が湾曲するなど製造工程における製造性が劣化する。また、加熱時間が60分を超えると、BN化合物の再固溶の効果が飽和し、生産性の低下からコスト上昇につながる。
【0033】
熱間圧延工程では、900℃以上の仕上げ圧延温度で熱間圧延を施すことが必要である。900℃未満の温度で熱間圧延を行うと、再析出したBN化合物が0.1μm以上に成長せず工具寿命改善の効果が不十分となる。
【0034】
熱処理工程では、700℃以上1000℃未満の温度で10分以上300分未満熱処理を行うことが必要である。700℃未満で熱処理を行うと、BN化合物の粒径の成長が不十分となる。1000℃以上で熱処理を行うと、BN化合物が10.0μm超となり、工具寿命改善効果が不十分となる。また、熱処理が10分未満であると、BN化合物の粒径の成長が不十分となる。熱処理を300分以上行うと、10.0μm超となり、工具寿命改善効果が不十分となる。
【0035】
本発明のフェライト系快削ステンレス鋼棒線を得るためには、鋳片加熱工程、熱間圧延工程、及び熱処理工程が上記の条件を満たせばよく、他の工程やその条件は適宜適用することができる。その他の工程としては、例えば酸洗や、鍛造、引抜き加工(伸線工程)が挙げられる。
【実施例】
【0036】
「実施例1」
以下に本発明の実施例について説明する。表1および表2に実施例のステンレス鋼棒線の成分組成を示す。
【0037】
【表1】
【0038】
【表2】
【0039】
表1および表2に示す成分組成のNo.1〜No.74の鋼を150kgの真空溶解炉にて溶解し、φ180mmの鋳片に鋳造した。そして、得られた鋳片を1200℃で30分加熱し(鋳片加熱工程)、仕上げ圧延温度が1000℃となる熱間圧延工程を行った後、900℃で30分加熱する熱処理を行った(熱処理工程)。その後、熱処理後に得られた棒材に引抜き加工を施してφ10mmのNo.1〜No.74の棒線とした。
【0040】
このようにして得られたNo.1〜No.74の棒線について、以下に示す評価方法により、BN化合物の最大粒径(粒径)、単位面積当たりの個数、BN化合物の総個数に対するSを含有するBN化合物の個数の割合(S含有BN率)、外周切削後の表面性状(表面粗度)及び工具寿命、耐食性、製造性について評価を実施した。その結果を表3および表4に示す。表3は本発明鋼の評価結果、表4は比較鋼の評価結果である。
【0041】
【表3】
【0042】
【表4】
【0043】
「金属間化合物(BN化合物)」
樹脂に埋め込み、鏡面研磨を行った棒線の横断面3.0mmの面積を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し、金属間化合物(BN化合物)の最大粒径(表5における粒径)及び金属間化合物の個数(表5における個数)を測定し、0.1mm当たりのBN化合物の個数を算出した。
また、樹脂に埋め込み、鏡面研磨を行った棒線の横断面3.0mmの面積を、走査型電子顕微鏡(SEM)に付属のEDS(エネルギー分散型X線)分析装置を用いて分析することにより、BとNを含む金属間化合物に含まれるS濃度を測定し、BN化合物の総個数に対するSを含有するBN化合物の個数の割合(表5におけるS含有BN率)を算出した。
【0044】
「表面性状(表面粗度)」
使用工具:超硬P種、刃先R0.4mm,切削速度:50m/min,送り量:0.02mm/rev,切込み:0.1mm,切削油(鉱物油):有りの条件で、棒線の外周を周方向に切削加工し、切削加工後の表面について、接触式の粗さ測定機により中心線平均粗さ(Ra)を測定した。中心線平均粗さの測定は、基準長さ2.5mmで各5点ずつ測定し、その平均値を値とした。
【0045】
「工具寿命」
使用工具:超硬P種、刃先R0.4mm,切削速度:200m/min,送り量:0.15mm/rev,切込み:1mm,切削油(鉱物油):有りの条件で、棒線の外周を周方向に切削加工し、30分間切削加工した使用後の工具の状態を調べた。
使用後の工具のフランク摩耗量が30μm以下であれば◎、30μm超、50μm以下であれば○、50μm超の場合は×と評価した。
【0046】
「耐食性」
発銹試験は、棒線を長さ20mmに切断し、表面を#500で研磨し、洗浄したものについて実施した。各棒線5個ずつ、温度70℃、湿度85%の環境下に120時間放置し、取り出し後、発銹の有無について観察を行った。そして、無発銹のものはAランク、発銹起点の総数が1〜5個のものをBランク、6〜10個のものをCランク、10個以上のものをDランクとして評価した。
【0047】
「製造性」
製造性は、熱間圧延工程後に深さ0.15mm以上の表面疵が発生した場合を「製造性劣化」として判断した。
【0048】
表3に示すNo.1〜No.50の棒線(本発明鋼)については、BN化合物の最大粒径は0.1〜10μmであり、BN化合物が0.1mmあたり1個以上存在する分布状態を示した。本発明鋼については、Sを含有するBN化合物の個数はBN化合物の総個数に対して5%以上であった。
また、No.1〜No.50の棒線の中心平均粗さ(Ra)は0.5μm以下と良好であり、工具寿命は50μm以下と良好であった。また、No.1〜No.50の棒線は、耐食性の評価にDランクはなく、十分な耐食性を有しており、製造性も良好であった。
【0049】
表4に示すNo.51〜No.74の棒線(比較鋼)は、製造条件が本発明範囲内であったため、BとNがともに本発明下限以上含まれている例(つまり、No.51〜60、62、64〜74)においては、BN化合物の最大粒径、単位面積当たりの個数、BN化合物の総個数に対するSを含有するBN化合物の個数の割合は本発明範囲であった。一方、B又はNが本発明下限未満である例(つまり、No.61、63)においては、後述するようにBN化合物の単位面積当たりの個数が本発明範囲を外れていた。
【0050】
なお、上記のようにBN化合物の存在状態(最大粒径、単位面積当たりの個数、BN化合物の総個数に対するSを含有するBN化合物の個数の割合)が本発明範囲内であったNo.51〜60、62、64〜74は、本発明で規定する何れかの成分組成が本発明外であるため、表面性状、工具寿命、耐食性、製造性、コスト上昇のいずれかの項目で目標の特性を満たしていなかった。即ちNo.51〜No.74の棒線では、耐食性の劣化、製造性の劣化、コストUP無しに、表面性状および工具寿命の両特性を満足できておらず、本発明鋼の優位性が明らかである。
【0051】
「実施例2」
本実施例では、鋳片の加熱温度および加熱時間、仕上げ圧延温度、熱処理温度および時間の影響を調査するために、表1および表2に示す一部の鋼を、鋳片加熱条件:900〜1300℃,10〜90分、仕上げ圧延温度:800〜1100℃、熱処理条件:600〜1100℃,5〜310分を表5に示す条件で製造し、その他の工程はNo.1の棒線と同様にして、No.75〜No.103の棒線を得た。
【0052】
【表5】
【0053】
このようにして得られたNo.75〜No.103の棒線についても、No.1〜No.74の棒線と同様にして評価を実施した。その結果を表5に示す。
【0054】
表5に示すように、鋳片の加熱温度が1000℃未満である場合や、加熱温度が1000〜1250℃で加熱時間が20分未満である場合、BN化合物の最大粒径、0.1mm当たりのBN化合物の個数が本発明を満足せず、工具寿命、製造性、コスト上昇のいずれかの項目で目標の特性を満たしていなかった。
【0055】
また、No.96の棒線(鋼No.56)については、S含有量が本発明下限を下回っているため、本発明範囲内の条件で製造しても、Sを含有するBN化合物が適正に析出せず、BN化合物の総個数に対するSを含有するBN化合物の個数の割合が少なく、求められる工具寿命が得られなかった。
No.97〜No.100の棒線(鋼No.61、63)については、B又はNの含有量が本発明下限を下回っているため、本発明範囲内の条件で製造しても、BN化合物が適正に析出せず、求められる工具寿命が得られなかった。
【0056】
また、熱間圧延工程における仕上げ圧延温度が900℃未満であると、BN化合物の最大粒径、0.1mm当たりのBN化合物の個数が本発明を満足せず、求められる工具寿命が得られない。
熱処理温度が700℃未満,1000℃以上または、熱処理時間が10分未満、300分以上である場合、BN化合物の最大粒径、単位面積当たりの個数、BN化合物の総個数に対するSを含有するBN化合物の個数の割合が本発明を満足せず、求められる工具寿命が得られない。
【産業上の利用可能性】
【0057】
以上の各実施例から明らかなように、本発明により、切削加工後の表面精度、工具寿命に優れた安価なフェライト系快削ステンレス鋼棒線を製造できる。そして、本発明によれば、切削加工後の表面粗さ(Ra)が0.5μm以下の安定した表面高精度と耐工具磨耗性を付与でき、Pb等の重金属を添加させることなく高い被削性を有するステンレス鋼棒線を安価に提供することができ、産業上極めて有用である。