特許第5957300号(P5957300)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5957300
(24)【登録日】2016年6月24日
(45)【発行日】2016年7月27日
(54)【発明の名称】浸炭部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/22 20060101AFI20160714BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20160714BHJP
   C23C 8/02 20060101ALI20160714BHJP
【FI】
   C23C8/22
   C21D1/06 A
   C23C8/02
【請求項の数】3
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2012-125786(P2012-125786)
(22)【出願日】2012年6月1日
(65)【公開番号】特開2013-249521(P2013-249521A)
(43)【公開日】2013年12月12日
【審査請求日】2015年4月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000126115
【氏名又は名称】エア・ウォーター株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109472
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 直之
(72)【発明者】
【氏名】横山 敬志
【審査官】 深草 祐一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−077422(JP,A)
【文献】 国際公開第2006/112214(WO,A1)
【文献】 特開2007−039804(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/02,8/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーステナイト系ステンレス鋼材からなるワークを浸炭ガス雰囲気で加熱して浸炭処理を行うことによる浸炭部材の製造方法であって、
研磨加工によってミラー面とされたワークの表面に生じた加工変質層をあらかじめ除去し、浸炭ガスとしてアセチレン系ガスを使用し、
大気圧下において600℃以下の温度に加熱保持して浸炭を行う
ことを特徴とする浸炭部材の製造方法。
【請求項2】
表面のベイルビー層を含む加工変質層を除去する
請求項1記載の浸炭部材の製造方法。
【請求項3】
加工変質層を除去したのち、前処理としてフッ化処理を行うことなく、浸炭を行う
請求項1または2記載の浸炭部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、いわゆる黒粉や黒皮を生じることなく、大気圧において低温で浸炭層を形成することができる浸炭部材の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鋼材に対して低温で浸炭処理する技術として、浸炭処理の前工程としてNFなどのガスによって被処理物を事前にフッ化し、その後一酸化炭素などの浸炭性ガスによって浸炭する方法がある。また、アセチレンを用いた真空浸炭方法など黒粉や黒皮の発生の少ない浸炭方法の特許が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平6−108223号公報
【特許文献2】特開平8−325701号公報
【特許文献3】特開2001−295074号公報
【特許文献4】特開2004−124196号公報
【特許文献5】特開2007−277710号公報
【特許文献6】特開2011−214038号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
フッ化処理後に浸炭する技術は、前処理としてフッ化工程を行うことにより、処理前の表面状態に依存せずに浸炭を可能とする技術である。ところが、事前にフッ化処理することによって、いわゆる黒粉や黒皮と呼ばれる炭素系の被膜が発生するという欠点があった。黒粉や黒皮は製品の外観面でマイナスとなるだけでなく、作業環境にも悪影響を及ぼしかねない。
【0005】
この黒粉や黒皮を除去するために、浸炭処理後に酸やアルカリで処理する必要があった。この除去処理のために設備、処理剤、工数等のコストがかかっていた。また、被膜が強固な場合は、長時間の酸・アルカリの処理が必要になったり、酸やアルカリの処理だけでなく研磨工程を行う必要が生じたりもする。このようなときは、浸炭前の寸法と最終製品の寸法が大きく異なってしまう問題も起こりうる。このような様々な弊害を避けるために、黒粉や黒皮が発生しない処理方法の開発が待たれていた。
【0006】
一方、アセチレンを用いた真空浸炭方法など黒粉や黒皮の発生の少ない浸炭方法の特許が提案されている。ところが、これらのアセチレンを用いた浸炭方法の特許は、真空を用いる方法で、設備的に高価で処理能力にも制限がある真空浸炭炉を使用しなければならなかった。また、従来開示された真空浸炭方法では、鏡面に研磨した表面には充分に浸炭せず、表面状態によって浸炭状態に大きな差が出るという問題があった。このため、安定した品質で製品を得ることができず、工業的な利用には極めて制限的であった。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みなされたもので、いわゆる黒粉や黒皮を生じることなく、大気圧において低温で浸炭層を形成することができる浸炭部材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明の浸炭部材の製造方法は、オーステナイト系ステンレス鋼材からなるワークを浸炭ガス雰囲気で加熱して浸炭処理を行うことによる浸炭部材の製造方法であって、
研磨加工によってミラー面とされたワークの表面に生じた加工変質層をあらかじめ除去し、浸炭ガスとしてアセチレン系ガスを使用し、大気圧下において600℃以下の温度に加熱保持して浸炭を行うことを要旨とする。
【0009】
本発明者は、機械加工をしたオーステナイト系ステンレス鋼材からなるワークに浸炭しようとすると、鏡面に研磨した表面などには充分に浸炭しないという問題に着目した。このような表面状態によって浸炭状態に大きな差が出るという事象について研究を重ねた。そして、べイルビー層を含む加工処理に起因する加工変質層が存在すると、浸炭状態が悪化するのではないかという着想に基づき、研究を重ねた。その結果、機械加工されたオーステナイト系ステンレス鋼材からなるワークの表面に生じた加工変質層をあらかじめ除去し、浸炭ガスとしてアセチレン系ガスを使用し、大気圧下において600℃以下の温度に加熱保持して浸炭を行ないうることを見出し、本発明を完成した。
【発明の効果】
【0010】
本発明の浸炭部材の製造方法は、研磨加工によってミラー面とされたオーステナイト系ステンレス鋼材からなるワーク表面の加工処理に起因する加工変質層をあらかじめ除去した。これにより、アセチレン系ガスを用い、大気圧下、低温で充分に浸炭できるようになった。しかも、いわゆる黒皮や黒粉の発生もほとんど生じない浸炭部材が得られる。
【0011】
本発明において、加工変質層の除去により、少なくとも表面のベイルビー層を除去する場合には、アセチレン系ガスを用い、大気圧下、低温で充分に浸炭でき、いわゆる黒皮や黒粉の発生もほとんど生じない。
本発明において、加工変質層を除去したのち、前処理としてフッ化処理を行うことなく、浸炭を行う場合には、フッ化処理で問題となる黒粉や黒皮が発生しない。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施例1:塩酸前処理時間と表面硬度の関係を示す。
図2】実施例1:SUS316未処理のミラー面をTEM観察した像である。
図3】実施例1:SUS316未処理のミラー面をTEM観察した像である。
図4】実施例1:塩酸前処理を120分施したSUS316ミラー面の断面TEM写真である。
図5】実施例1:図4においてa部で示されている部位の高倍率断面TEM写真である。
図6】実施例2:サンプルであるスプーン10本を治具にセットした状態を示す。
図7】実施例2:浸炭処理終了後の浸炭治具とスプーンの外観状態である。
図8】実施例2:浸炭処理終了後のスプーンの外観状態である。
図9】実施例2:ビッカース硬度計で表面硬度を測定した結果である。
図10】実施例2:断面顕微鏡で観察した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
つぎに、本発明を実施するための形態を説明する。
【0014】
本実施形態の浸炭部材の製造方法は、オーステナイト系ステンレス鋼材からなるワークを浸炭ガス雰囲気で加熱して浸炭処理を行うことによる浸炭部材の製造方法である。
【0015】
本実施形態では、研磨加工によってミラー面とされたワークの表面に生じた加工変質層をあらかじめ除去し、浸炭ガスとしてアセチレン系ガスを使用し、大気圧下において600℃以下の温度に加熱保持して浸炭を行う。
【0016】
本発明が対象とする鋼材は、ステンレス鋼、特にオーステナイト系のステンレス鋼である
【0017】
本発明では、上記鋼材からなるワークは機械加工されたものが対象となる。機械加工としては、研磨、バフ研磨等のミラー面に加工する各種の加工方法をあげることができる。少なくとも加工後の表面に加工変質層を生じる金属加工である。
【0018】
浸炭処理に先立って、機械加工されたワークの表面に生じた加工変質層をあらかじめ除去する。加工変質層の除去は、例えば、酸性溶液に浸漬して、表面の加工変質層を溶解する湿式処理を行うことができる。また、腐食性ガスの雰囲気中に存在させる乾式処理でも可能である。好ましくは、塩素を含む薬品での処理が行われる。
【0019】
湿式処理に用いる酸性溶液としては、塩酸、硫酸、シュウ酸、硝酸、フッ酸、リン酸、ホウ酸等、各種のものをあげることができる。これらのなかでも、特に塩酸を好適に用いることができる。
【0020】
乾式処理に用いる腐食性ガスとしては、塩素ガス、塩化水素、等を用いることができる。また、BCl、POCl、等の塩素を含む化合物ガスも使用可能である。
【0021】
塩酸を使用した湿式処理の場合、具体的には、例えば10%程度の塩酸水溶液に約10分〜10時間ワークを浸漬し、その後水洗乾燥させればよい。
【0022】
ここで、ベイルビー層とは加工変質層の最外部に生じる非晶質層である。バフ研磨などの機械的加工を施した金属の表面には、表面から順にベイルビー層、破砕結晶層、塑性変形層等の加工変質層が残存する。本発明では、少なくとも表面のベイルビー層を含む加工変質層を除去する。
【0023】
加工変質層を除去したワークについて、浸炭ガスとしてアセチレン系ガスを使用し、大気圧下において600℃以下の温度に加熱保持して浸炭を行う。
【0024】
アセチレン系ガスは、浸炭の炭素原としてアセチレンを含むガスである。希釈ガスとして窒素ガス、アルゴンガス等の不活性ガスを使用することができる。また、アセチレン以外の炭素原ガス、例えば一酸化炭素ガスやメタン、エタン、プロパン等の炭化水素ガスを併用した混合ガスとすることができる。さらに、アンモニア等の窒素源を併せて用い、浸炭と同時に窒化を行うようにしてもよい。
【0025】
上記加工変質層を除去したワークを600℃以下の温度に加熱した雰囲気炉に装入し、アセチレン系ガスを導入して大気圧で加熱保持することにより、浸炭処理を実施する。加熱保持時間は、必要とされる浸炭硬化層の厚さに応じて決定することができるが、実用上1時間以上とするのが好ましい。
【0026】
従来、浸炭を阻害するのは表面に存在する酸化膜や不動態膜が原因とされていた。ところが、アセチレンなどの3重結合を含む浸炭ガスは浸炭力が強く、酸化膜や不動態膜が存在したとしても浸炭が可能である(特許文献2)。
【0027】
一般に、アセチレンガスによる浸炭では、2B(スキンパスロール+ブライト仕上げ)やBA(光輝焼鈍)処理を施した面には、事前になんら前処理を行うことなく、浸炭可能であることがわかっている。この2BやBA面には、不動態膜は存在するにもかかわらず、この不動態膜を突き破って浸炭が行われたと考えられる。また、800℃程度であえて酸化膜を表面に施したサンプルにも、アセチレンガスを用いることによって、低温で浸炭可能であることも確認できている。
【0028】
しかしながら、アセチレンガスによる浸炭は、上述したように、真空浸炭を行う必要があり、生産性やコストの面で問題があった。
【0029】
一方、事前にフッ化工程を行って酸化膜や不動態膜を除去することにより、低温で浸炭を行う技術が開発されてきた。ところが、フッ化処理を入れると、黒粉や黒皮が発生するのが問題となっていた。
【0030】
アセチレンによる浸炭では、黒粉や黒皮が発生させるフッ化工程を行わずに浸炭が可能である(特許文献2)。
【0031】
しかしながら、特許文献2の方法によってアセチレンで熱処理しても、一見傷ひとつ無いように仕上がった表面であっても、機械加工を施した面、特に研磨やバフ研磨で仕上げた面には浸炭できないことが明らかになった。
【0032】
これは、上述した非晶質層や破砕結晶層あるいは塑性変形層が、浸炭ガスの侵入あるいは炭素原子の鋼中への拡散を妨げるためであると考えられた。すなわち、不動態膜や酸化膜が表面に存在することによって浸炭を阻害しているのではないと考えられた。
【0033】
上述した非晶質層や破砕結晶層あるいは塑性変形層を適切な処理方法で除去し、アセチレンを浸炭ガスとして用いることによって、600℃以下、さらには500℃以下の低温において、大気圧での浸炭処理が可能となる。このようにして浸炭した浸炭部材には、いわゆる黒粉や黒皮の発生もほとんど無いことがわかった。
【0034】
加工変質層を適切に除去する方法としては、塩酸や塩素ガス等による処理をあげることができる。フッ素やNFによっても加工変質層を除去することが可能であるが、事前に形成されるフッ化膜が浸炭工程において多量の黒粉や黒皮の発生をもたらす。
【0035】
このようにして得られた浸炭部材は、黒皮や黒粉の発生がなく、かつビッカース硬度で800Hv以上の硬度を有した硬化層が形成される。
【0036】
つぎに、実施例について説明する。
【実施例1】
【0037】
まず、処理面の表面状態の違いによる浸炭可否について検討を行った。
【0038】
前処理としてフッ化処理を行った後に浸炭する技術においても、概してミラー処理した面には浸炭しにくいという経験則があった。アセチレンの浸炭においても、2B面には浸炭が可能であるが、ミラー面には浸炭しない状態であった。これまで、その原因を表面積の違いをもとに定性的に説明していたが、信憑性は定かでなかった。本発明では、ミラー面での浸炭を阻害している要因を表面に形成された加工による歪層であるという仮定の元に、塩酸で前処理することによってアセチレンで浸炭処理を行った。その結果、ミラー面でも充分に浸炭が可能になったのである。
【0039】
バフ研磨などの機械的加工を施した金属の表面には、表面から順にベイルビー層、破砕結晶層、塑性変形層等の加工変質層が残存する。ベイルビー層とは、加工変質層の最上部に生じる非晶質層のことである。これが、浸炭を阻害していると考えられた。
【0040】
これを取り除くため、10%の塩酸溶液にテストピースを浸漬して、表面をわずかにエッチングし、その後浸炭を行った。このとき、塩酸溶液は室温とし、ビーカーに入れてマグネットスターラーで常時攪拌して浸漬した。浸漬処理時間としては、10〜240分として、処理時間と表面硬度によって評価した。テストピースとして、SUS316のミラー面、SUS316の2B面、SUS304のミラー面、SUS304の2B面のものを準備した。ミラー面は、バフ研磨によって得られた鏡面である。
【0041】
このときの浸炭条件は、C=10sccm、N=3slmの雰囲気において、470℃で7時間浸炭を行った。
【0042】
図1に、塩酸前処理時間と表面硬度の関係を示す。
【0043】
図によると、SUS316のミラー面では、表面硬度に少々のバラツキがあるが、およそ1時間の処理によって2B面と遜色のない表面硬度を示すようになっている。またSUS304では、120分までほぼリニアに表面硬度が上昇している。
【0044】
塩酸前処理時間は、表面処理状態にもよるため、一意的には決定できないが、およそ60分がひとつの目安である。なお、60分では黒粉の発生は気にならない程度であるが、120分以上では少々指に付着する程度に黒粉の発生があった。ただし、後述するSUS316製スプーンでは、120分の塩酸前処理を行っても、黒粉の発生はほとんど無かった。
【0045】
つぎに、加工変質層の確認を行った。
【0046】
加工変質層の存在を評価するため、その手法を検討した。通常は、テストピースを切断してミラー研磨までを行い、SEMやTEMで評価するが、ミラー研磨を行うことによってベイルビー層を含む加工変質層を形成してしまうため、正確に評価できない。そこで、FIB(Focused Ion Beam:収束イオンビーム)を用いてサンプルを薄く加工してTEM観察することとした。なお、FIBによるTEM試料作製は、マイクロプロービングシステム法により行った。
【0047】
図2および図3は、SUS316未処理のミラー面をTEM観察した像である。FIB加工に際して表面を保護するため、第1層にカーボンを蒸着し、第2層にはE−GUNにより、第3層はスパッタによってカーボンを3層、トータル約1μmでポジションさせて観察している。
【0048】
図2によると、ミラー面の表面には、およそ50〜200nmの黒くなった層(矢印↑↓で示す)が存在するのが観察できる。これが、研磨によって形成された破砕結晶層とベイルビー層であると思われる。この層が浸炭の炭素原子の鋼中への拡散を妨げる層として機能し、浸炭を阻害したものと思われる。
【0049】
さらに、この層の下におよそ50nmのコントラストがわずかに違う層が存在する。これが塑性変形層と思われる。
【0050】
図3は、この加工変質層を表面に近い部位でさらに拡大した断面TEM像である。確かに表面近傍で10〜30nmの層が存在し、ベイルビー層と思われる層が存在するのがわかる。
【0051】
つぎに、塩酸前処理による加工変質層除去の確認を行った。
【0052】
図4に塩酸前処理を120分施したSUS316ミラー面の断面TEM写真を示す。
【0053】
図で示した未処理のミラー面の図には、表面に50〜200nmの黒い層が観察されたが、今回の塩酸前処理120分を施したミラー面には、明確な黒い層は観察されず、ほとんど塩酸前処理によって除去されている。
【0054】
図5は、図4においてa部で示されている部位の高倍率断面TEM写真である。
【0055】
表面近傍(図中↑↓)に、わずかにコントラストが変化した層が15nm程度観察される。これは、塩酸前処理によって完全に除去されず残った加工変質層の一部と見られる。
【実施例2】
【0056】
水2700mlに塩酸特級300mlをビーカーに入れて塩酸溶液とした。マグネットスターラーにて攪拌しながら、25℃±2℃に温度をコントロールして、その中にサンプルとしてミラー研磨を施したSUS316L製スプーン10本を入れ、120分放置した。120分後スプーンを取り出し充分に水洗して自然乾燥させた。
【0057】
図6にサンプルであるスプーン10本を治具にセットした状態を示す。これを内容積30リットルのピット炉に入れて、ロータリーポンプまたはドライポンプにて1Pa以下に真空引き後、炉内にNを3slmにて導入した。約10分後炉内が大気圧以上になった時点で、排気ラインを開けて排ガスを排気して排ガス中の酸素をモニタし、1%以下であることを確認した後、加熱処理を開始した。
【0058】
約1時間で炉内温度が室温から550℃になるように昇温した。その際、引き続きNのみを1.5slmで炉内に導入した。炉内の攪拌ファンは900rpmで攪拌を行った。
【0059】
次に、Cを10sccm炉内に導入(引き続きNは1.5slmにて導入)し、浸炭を開始した。なお、排ガスは主に水素で10000ppmであった。水素の爆発範囲には入らないが、Cを炉内に導入している間の充分な安全を確保するため、排ガスラインに希釈用のNを10slmで導入した。
【0060】
を導入し始めてから22時間後に、Cのみを停止し、炉内温度を約1時間かけて室温まで冷却した。冷却工程の間も炉内へのNは3slmで導入を続けた。排ガスラインへの希釈用のNは冷却工程では停止した。充分に温度が室温に近づいてから、炉内から浸炭治具ごとスプーンを取り出した。
【0061】
図7は浸炭処理終了後の浸炭治具とスプーンである。図8は浸炭処理終了後のスプーンの外観状態である。治具にはスーチングを起こしているが、スプーンは黒皮や黒粉の発生はほとんど見受けられない。
【0062】
図9は、10本のスプーンのうち1本について、ビッカース硬度計で表面硬度を測定した結果である。
【0063】
図10は、スプーンの柄の部分を切断し研磨して、腐食液マーブルにて処理後、断面顕微鏡で観察した写真である。厚み約47μmの浸炭硬化層が観察できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10