【実施例1】
【0019】
[無段変速機の構成]
図1は、実施例1の無段変速機用プーリを備えた無段変速機で最大減速状態を示す斜視図である。
図2は、無段変速機用ベルトの一部分を示す拡大斜視図である。以下、実施例1の無段変速機用プーリを備えた無段変速機の構成について説明する。
【0020】
実施例1の無段変速機Mは、
図1に示すように、無段変速機用プーリPと、無段変速機用ベルトVとを備えている。
【0021】
前記無段変速機用プーリPは、入力側プーリ1と出力側プーリ2の二組から構成されている。ここで、図外のエンジンからのトルクは、トルクコンバータ及び前後進切替機構を通して入力側プーリ1に伝わり、無段変速機用ベルトVを介して、出力側プーリ2から図外の減速歯車及びドライブシャフトを通じてタイヤに伝わる。前記入力側プーリ1は、固定プーリ11とスライドプーリ12を有し、入力軸方向にプーリ間隔を可変とする。前記出力側プーリ2は、固定プーリ21とスライドプーリ22を有し、出力軸方向にプーリ間隔を可変とする。そして、スライドプーリ12,22は、ピストン油圧により無段変速機用ベルトVを狭持する方向に押し付け力を発生させる。さらに、各プーリ11,12,21,22は、無段変速機用ベルトVと接触するシーブ面11a,12a,21a,22aを有している。なお、実施例1の無段変速機用プーリPでは、各シーブ面11a,12a,21a,22aの傾斜であるシーブ角度を、例えば11°程度に設定している。
【0022】
前記無段変速機用ベルトVは、入力側プーリ1と出力側プーリ2の間に掛け渡した無端ベルトである。この無段変速機用ベルトVは、
図2に示すように、環状リングを内から外へ多数重ね合わせた積層リング3と、両側に2組のプーリ1,2のシーブ面11a,12a,21a,22bと接触するフランク面4aを有する板状のエレメント4と、を備えている。そして、無段変速機用ベルトVは、
図2に示すように、2組の積層リング3,3を、板厚方向に多数枚重ねたエレメント4,…のサドル溝4b,4bに両側から挟み込み、これら多数のエレメント4,…を束ねることで構成する。そして、この無段変速機用ベルトVを固定プーリ11,21とスライドプーリ12,22の間に挟みこんでのトルク伝達時、エレメント4が外径方向に広がろうとする力を積層リング3が支え、2組のプーリ1,2からの押し付け力をエレメント4が支える。前記積層リング3は、厚さ0.2mmほどのマレージング鋼相当の最高強度材料の薄板を溶接して環状リングとし、僅かに径を異ならせた複数の環状リングを内から外へ層状に重ね合わせることで構成する。前記エレメント4は、厚さ2mm程度の鋼板を、打ち抜き金型により打ち抜いた打ち抜き成形品である。
【0023】
[無段変速機用プーリを形成する鋼の組成範囲]
図3は、実施例1の無段変速機用プーリを形成する鋼におけるシリコン(Si)含有量とクロム(Cr)含有量、及び最大使用環境温度焼戻し硬さとの関係を示すグラフであり、(a)は熱処理後の炭素(C)含有量が0.65質量%の例を示し、(b)は熱処理後の炭素(C)含有量が0.8質量%の例を示す。
【0024】
前記無段変速機用プーリPは、少なくともシリコン(Si)と、クロム(Cr)と、を含有する鋼により形成する。
【0025】
この鋼は、
図3に示すように、シリコン(Si)の含有量を0.35〜1.2質量%の範囲に設定し、クロム(Cr)の含有量を0.30〜1.25質量%の範囲に設定する。また、浸炭焼入れ、焼戻しを実施する表面硬化熱処理後のシーブ面11a,12a,21a,22aの表面の炭素(C)の含有量を0.65〜1.0質量%の範囲に設定する。そして、最大使用環境温度での焼戻し後のシーブ面11a,12a,21a,22aの表面硬さをマイクロビッカース硬度でH、熱処理後シーブ面11a,12a,21a,22aの表面の炭素(C)含有量をC質量%、シリコン(Si)含有量をSi質量%、クロム(Cr)含有量をCr質量%としたとき、シリコン(Si)・クロム(Cr)・熱処理後炭素(C)の各含有量を、上記範囲内にあって、下記式(1)の関係を満たすように設定する。
H=160×C+65×Si+30×Cr+455>625(Hv) ・・・(1)
ここで、最大使用環境温度は、無段変速機Mの使用中に、無段変速機用ベルトVとの摩擦により上昇するシーブ面温度の最大値に応じて設定される温度である。
【0026】
図3では、同じ焼戻し硬さが得られる成分位置が右下がりの直線で示される。そして、前記無段変速機用プーリPを形成する鋼の成分範囲は、シーブ面硬さが625Hv以上となり、且つ、シリコン(Si)含有量及びクロム(Cr)含有量がそれぞれ上記範囲に該当するエリア(斜線で示すエリア)である。
なお、熱処理後炭素(C)の含有量が変化に伴い該当するエリアは変化する。熱処理後炭素(C)が増加する場合は、該当するエリア(斜線で示すエリア)が広がる。
【0027】
無段変速機用プーリPを形成する鋼の成分は、モリブデン(Mo)、ニオブ(Nb)、チタン(Ti)、ニッケル(Ni)、ホウ素(B)を以下の範囲で1種類以上を含有してもよい。
モリブデン(Mo)の含有量 Mo:0.01〜0.30質量%、
ニオブ(Nb)の含有量 Nb:0.005〜0.2質量%、
チタン(Ti)の含有量を Ti:0.005〜0.2質量%、
ニッケル(Ni)の含有量を Ni:0.05〜3.0質量%、
ホウ素(B)の含有量を、B:0.0005〜0.005質量%。
【0028】
シリコン(Si)は、焼戻し軟化抵抗性を向上させるために有用である。シリコン(Si)含有量は、0.35質量%以上に設定することで、焼戻し軟化抵抗性を向上させることができる。しかしながら、シリコン(Si)含有量を1.2質量%より多く設定すると、靭性を低下させるおそれがあると共に、プーリ製造時の熱間鍛造を行う際、金型への攻撃性を高め、製造性を悪化させる。又、表面硬化熱処理としてガス浸炭処理を施す場合、浸炭性の阻害の恐れがある。このため、シリコン(Si)含有量を、0.35〜1.2質量%に設定した。
【0029】
クロム(Cr)は、焼戻し軟化抵抗性を向上させる元素であり、シリコン(Si)含有量との組み合わせにより、その含有量を0.30質量%以上に設定する。また、クロム(Cr)含有量を1.25質量%より多く設定すると、加工性が低下するおそれがある。このため、クロム(Cr)含有量を、0.30〜1.25質量%に設定した。
【0030】
モリブデン(Mo) は焼戻し軟化抵抗を向上させる元素であり、含有すると焼戻し耐摩耗性を向上させる。含有により耐摩耗性を劣化させることは無いため、鋼材の製造における不可避不純物元素としての含有量0.01質量%からJIS鋼で設定の上限値0.30質量%の範囲にて含有してもよい。
【0031】
ニオブ(Nb)は、鋼中の炭素及び窒素と結合して炭窒化物を形成し、浸炭処理における結晶粒の粗大化抑制の働きがあり、耐衝撃性の低下を抑制する効果を発揮する。この効果を期待するには、ニオブ(Nb)含有量を0.005質量%以上に設定する必要がある。一方、ニオブ(Nb)含有量が0.2質量%を越えると粗大化抑制効果が飽和する。このため、ニオブ(Nb)の含有量は0.005〜0.2質量%に設定する。
【0032】
チタン(Ti)は、鋼中の炭素及び窒素と結合して炭窒化物を形成し、浸炭処理における結晶粒の粗大化抑制の働きがあり耐衝撃性の低下を抑制する効果を発揮する。この効果を期待するには、チタン(Ti)含有量を0.005質量%以上に設定する必要がある。一方、チタン(Ti)含有量が0.2質量%を越えると、結晶粒の粗大化抑制効果が飽和する。このため、チタン(Ti)含有量は0.005〜0.2質量%に設定する。
【0033】
ニッケル(Ni)は、鋼の焼入れ性を確保するために有効な元素である。しかし、この効果を期待するには、ニッケル(Ni)含有量を0.05質量%以上に設定する必要がある。一方、ニッケル(Ni)含有量が3.0質量%を越えると、加工性を低下させる。このため、ニッケル(Ni)含有量は0.05〜3.0質量%に設定する。
【0034】
ホウ素(B)は、鋼の焼入れ性を確保するために有効な元素である。しかし、この効果を期待するには、ホウ素(B)含有量を0.0005質量%以上に設定する必要がある。一方、ホウ素(B)含有量が0.005質量%を越えると、加工性を低下させる。このため、ホウ素(B)含有量は0.0005〜0.005質量%に設定する。
【0035】
ここで、シーブ面の硬さを決定する浸炭焼入れ、焼戻しを実施する表面硬化熱処理において、鋼製品を真空炉において減圧した浸炭性ガスの中で加熱して浸炭する真空浸炭(減圧浸炭)を行うことが望ましい。通常のガス浸炭処理(雰囲気浸炭処理)を施す場合、シリコン(Si)の含有量とクロム(Cr)の含有量によって浸炭性が影響される。そのため、ガス浸炭処理性能を向上させるためには、シリコン(Si)含有量及びクロム(Cr)含有量を最適範囲にする必要がある。
ガス浸炭(雰囲気浸炭)にて、炭素(C)含有量を0.65質量%確保するためには、シリコン(Si)含有量を0.85質量%以下に設定すると共に、クロム(Cr)含有量を0.8質量%以下に設定することが望ましい。
【0036】
図5に示すように異なったシリコン(Si)、クロム(Cr)を含有する鋼材(実施例1は鋼材No.1〜19、比較例は鋼材No.20〜28)を用いて、熱間鍛造、機械加工、真空浸炭焼入れ処理、焼戻し処理、シーブ面の研削加工及び研摩加工、シーブ面へのショットピーニング処理、フィルムラップ加工を行い、
図1に示す無段変速機用プーリPを製作した。このとき、シーブ面の表面粗さは、算出平均粗さRaで0.15〜0.2μmの範囲とした。同成分と同製造条件にて複数個の無段変速機用プーリを製作し、一部を摩耗試験に使用し、一部を最大使用環境温度での1時間の空冷の焼戻しを行った上でシーブ面の硬さを測定した。このときのシーブ面の熱処理後炭素含有量と、最大使用環境温度焼戻し硬さはそれぞれ
図5に示す通りとなっている。
【0037】
[摩耗試験]
上述のように製作した試験用プーリを搭載した無段変速機を、入力トルクを任意に変更できる装置に取り付け、摩耗試験を行った。プーリの使用環境条件として最も変速比が最大となるように入力側プーリ1のシーブ面11a,12aの小径部に無段変速機用ベルトVの巻き付け位置を固定し、入力トルク及びシーブ面11a,12aにかかる面圧を過負荷になる状態にしてシーブ面摩耗試験を行った。
【0038】
摩耗試験は、入力トルク300Nm、入力側プーリ1の入力回転数6000rpm、油温100℃の条件下で、50時間運転することで行った。そして、入力側プーリ1のシーブ面11a,12aに生じた摩耗による段付き深さを形状測定機を用いて測定した。この段付き深さを「摩耗深さ」と定義する。
【0039】
この結果を
図6及び
図7に示す。
【0040】
この結果より、シーブ面11a,12a,21a,22aの摩耗深さは、最大使用環境温度焼戻し硬さと強い相関があることが分かる。すなわち、最大使用環境温度焼戻し硬さの増加により、シーブ面11a,12a,21a,22aの摩耗深さが減少する傾向がある。そのため、シーブ面摩耗量を無段変速機としての機能に支障がない程度に抑えるためには、最大使用環境温度焼戻し硬さが、マイクロビッカース硬度で625Hvより大きい値にする必要があることが分かる。
【0041】
さらに、この最大使用環境温度焼戻し硬さは、熱処理後炭素(C)含有量をC質量%、シリコン(Si)含有量をSi質量%、クロム(Cr)含有量をCr質量%としたとき、上述の式(1)より求められる。そのため、鋼の各組成の含有量は、熱処理後炭素(C)含有量を0.65〜1.0質量%に設定し、シリコン(Si)含有量を0.35〜1.2質量%に設定し、クロム(Cr)含有量を0.30〜1.25質量%に設定すると共に、上記式(1)を満たす値に設定しなければならないことが分かる。
【0042】
すなわち、比較例の鋼材(鋼材No.20〜No.28)によって製作した試験用プーリでは、いずれも最大使用環境温度焼戻し硬さが625Hv以下となっている。そのため、無段変速機の使用による発熱で、シーブ面11a,12a,21a,22aの表面が焼戻し処理を行った状態になると、このシーブ面11a,12a,21a,22aが軟化して、摩耗が進むと考えられる。
【0043】
これに対し、実施例1の鋼材(鋼材No.1〜No.19)によって製作した試験用プーリでは、最大使用環境温度焼戻し硬さがいずれも625Hvを超えている。このため、シーブ面11a,12a,21a,22aの摩擦によって焼戻し状態になった際のシーブ面軟化を抑制することができる。この結果、シーブ面11a,12a,21a,22aの耐摩耗性に優れ、高面圧での使用に耐え得ることができるので、摩耗を抑えることができると考えられる。
【0044】
[実施例1の効果]
実施例1の無段変速機用プーリ及び無段変速機にあっては、下記に列挙する効果を得ることができる。
【0045】
(1) 少なくともシリコン(Si)と、クロム(Cr)と、を含有し、表面硬化熱処理を実施する鋼を使用し、無段変速機用ベルトVと摩擦接触するシーブ面11a,12a,21a,22aを備えた無段変速機用プーリPにおいて、前記鋼は、前記シリコン(Si)の含有量を、Si:0.35〜1.2質量%に設定し、前記クロム(Cr)の含有量を、Cr:0.30〜1.25質量%に設定し、前記表面硬化熱処理は、浸炭焼入れ、焼戻しを実施し、前記表面硬化熱処理後の、前記シーブ面11a,12a,21a,22aの表面の炭素(C)の含有量を、C:0.65〜1.0質量%に設定し、最大使用環境温度での焼戻し後の前記シーブ面11a,12a,21a,22aの表面硬さをマイクロビッカース硬度でH、前記シーブ面の表面の炭素(C)の含有量をC質量%、前記シリコン(Si)の含有量をSi質量%、前記クロム(Cr)の含有量をCr質量%としたとき、H=160×C+65×Si+30×Cr+455>625(Hv)
の関係を満たす構成とした。
このため、ベルトVとの摩擦接触に伴う発熱によって温度上昇した際の軟化を抑制し、シーブ面11a,12a,21a,22aの耐摩耗性を向上して高面圧での使用に耐え得ることができる。
【0046】
(2) 前記最大使用環境温度は、使用中に、前記無段変速機用ベルトVとの摩擦により上昇するシーブ面温度の最大値に応じて設定する構成とした。
このため、上記(1)に記載の効果に加え、シーブ面11a,12a,21a,22aが摩擦熱によって温度上昇しても、シーブ面11a,12a,21a,22aの耐摩耗性の低下を確実に防止することができる。
【0047】
(3) 前記鋼は、前記シリコン(Si)の含有量を、Si:0.85質量%以下に設定し、前記クロム(Cr)の含有量を、Cr:0.8質量%以下に設定し、前記浸炭焼入れは、ガス浸炭焼入れとする構成とした。
このため、上記(1)又は(2)に記載の効果に加え、浸炭炉の管理が容易なガス浸炭焼入れにおいて、シーブ面11a,12a,21a,22aの表面の炭素C含有量を設定範囲にすることができ、浸炭性を確保することができる。
【0048】
(4) 前記鋼は、モリブデン(Mo)と、ニオブ(Nb)と、チタン(Ti)と、ニッケル(Ni)と、ホウ素(B)のうちの少なくとも一つを含有し、前記モリブデン(Mo)の含有量を、Mo:0.01〜0.30質量%に設定する第1条件、前記ニオブ(Nb)の含有量を、Nb:0.005〜0.2質量%に設定する第2条件、前記チタン(Ti)の含有量を、Ti:0.005〜0.2質量%に設定する第3条件、前記ニッケル(Ni)の含有量を、Ni:0.05〜3.0質量%に設定する第4条件、前記ホウ素(B)の含有量を、B:0.0005〜0.005質量%に設定する第5条件のうち、少なくとも一つの条件を満たす構成とした。
このため、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の効果に加え、モリブデン(Mo)を添加すれば焼戻し軟化抵抗性を向上させることができ、ニオブ(Nb)又はチタン(Ti)を添加すれば結晶粒粗大化を抑制することができ、ニッケル(Ni)又はホウ素(B)を含有すれば、焼入れ性を確保することができる。
すなわち、上記の各条件を少なくとも一つ満足する元素を添加することにより、シーブ面の11a,12a,21a,22aの耐摩耗性を向上させることができる。
【0049】
(5) 無段変速機用ベルトVが掛け渡され、この無段変速機用ベルトVと摩擦接触するシーブ面11a,12a,21a,22aを有する無段変速機用プーリPを備えた無段変速機Mにおいて、前記無段変速機用プーリPは、上記(1)又は(2)又は(3)又は(4)に記載した構成とした。
このため、ベルトVとの摩擦接触に伴う発熱によって温度上昇した際の軟化を抑制し、シーブ面11a,12a,21a,22aの耐摩耗性を向上して高面圧での使用に耐え得ることができる。
【0050】
以上、本発明の無段変速機用プーリ及び無段変速機を実施例1に基づき説明してきたが、具体的な構成については、この実施例1に限られるものではなく、特許請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計の変更や追加等は許容される。
【0051】
特に最大使用環境温度については、通常の変速機使用条件から予測するほか、例えば、無段変速機のユニット、車両等の入力トルク、環境条件(例えば、周辺外気温度等)、運転条件(例えば、登坂路走行、ワインディングロード走行、走行中の急加減速時、積載量等に応じた車両重量等)等の温度と、製造過程による焼戻し温度との相関によって設定される温度であればよい。