特許第5957714号(P5957714)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5957714
(24)【登録日】2016年7月1日
(45)【発行日】2016年7月27日
(54)【発明の名称】無段変速機用プーリ及び無段変速機
(51)【国際特許分類】
   F16H 55/52 20060101AFI20160714BHJP
   F16H 9/12 20060101ALI20160714BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20160714BHJP
   C22C 38/18 20060101ALI20160714BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20160714BHJP
【FI】
   F16H55/52
   F16H9/12 Z
   C22C38/00 301N
   C22C38/18
   C22C38/54
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2011-270981(P2011-270981)
(22)【出願日】2011年12月12日
(65)【公開番号】特開2013-122286(P2013-122286A)
(43)【公開日】2013年6月20日
【審査請求日】2014年6月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】000231350
【氏名又は名称】ジヤトコ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100082670
【弁理士】
【氏名又は名称】西脇 民雄
(72)【発明者】
【氏名】吉田 誠
(72)【発明者】
【氏名】池田 篤史
(72)【発明者】
【氏名】辻 洋一
(72)【発明者】
【氏名】豊田 宏章
(72)【発明者】
【氏名】小川 洋平
(72)【発明者】
【氏名】小西 純
(72)【発明者】
【氏名】木野 伸朗
(72)【発明者】
【氏名】井上 圭介
(72)【発明者】
【氏名】石倉 亮平
(72)【発明者】
【氏名】登澤 雄介
(72)【発明者】
【氏名】中島 智之
(72)【発明者】
【氏名】石田 和久
【審査官】 高吉 統久
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2011/132722(WO,A1)
【文献】 特開2009−068608(JP,A)
【文献】 特開2010−222673(JP,A)
【文献】 特開2011−185415(JP,A)
【文献】 特開2008−163414(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 9/12
F16H 55/52
C22C 38/00
C22C 38/18
C22C 38/54
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともシリコン(Si)と、クロム(Cr)と、を含有する浸炭用鋼を使用し、無段変速機用ベルトと摩擦接触するシーブ面を備えた無段変速機用プーリにおいて、
前記浸炭用鋼は、前記シリコン(Si)の含有量を、Si:0.35〜1.2質量%に設定し、
前記クロム(Cr)の含有量を、Cr:0.30〜1.25質量%に設定し、
浸炭焼入れ、焼戻し後の、前記シーブ面の表面の炭素(C)の含有量を、C:0.65〜0.80質量%に設定し、
最大使用環境温度での焼戻し後の前記シーブ面の表面硬さをマイクロビッカース硬度でH、前記シーブ面の表面の炭素(C)の含有量をC質量%、前記シリコン(Si)の含有量をSi質量%、前記クロム(Cr)の含有量をCr質量%としたとき、
H=160×C+65×Si+30×Cr+455>625(Hv)
の関係を満たすことを特徴とする無段変速機用プーリ。
【請求項2】
請求項1に記載された無段変速機用プーリにおいて、
前記最大使用環境温度は、使用中に、前記無段変速機用ベルトとの摩擦により上昇するシーブ面温度の最大値に応じて設定することを特徴とする無段変速機用プーリ。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載された無段変速機用プーリにおいて、
前記浸炭用鋼は、前記シリコン(Si)の含有量を、Si:0.85質量%以下に設定し、
前記クロムCrの含有量を、(Cr):0.8質量%以下に設定し、
前記浸炭焼入れは、ガス浸炭焼入れとすることを特徴とする無段変速機用プーリ。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載された無段変速機用プーリにおいて、
前記浸炭用鋼は、モリブデン(Mo)と、ニオブ(Nb)と、チタン(Ti)と、ニッケル(Ni)と、ホウ素(B)のうちの少なくとも一つを含有し、
前記モリブデン(Mo)の含有量を、Mo:0.01〜0.30質量%に設定する第1条件、
前記ニオブ(Nb)の含有量を、Nb:0.005〜0.2質量%に設定する第2条件、
前記チタン(Ti)の含有量を、Ti:0.005〜0.2質量%に設定する第3条件、
前記ニッケル(Ni)の含有量を、Ni:0.05〜3.0質量%に設定する第4条件、
前記ホウ素(B)の含有量を、B:0.0005〜0.005質量%に設定する第5条件のうち、少なくとも一つの条件を満たすことを特徴とする無段変速機用プーリ。
【請求項5】
無段変速機用ベルトが掛け渡され、この無段変速機用ベルトと摩擦接触するシーブ面を有する無段変速機用プーリを備えた無段変速機において、
前記無段変速機用プーリは、請求項1から請求項4のいずれか一項に記載された無段変速機用プーリであることを特徴とする無段変速機。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、少なくともシリコン(Si)と、クロム(Cr)とを含有する鋼を用いた無段変速機用プーリ及びこれを備えた無段変速機に係り、高面圧の負荷においても耐久性に優れた無段変速機用プーリ及びこれを備えた無段変速機に関するものである。
【背景技術】
【0002】
無段変速機は、無段変速機用プーリと無段変速機用ベルトを備えている。ここで、前記無段変速機用プーリは、入力側プーリと出力側プーリの二組から構成されている。一方、前記無段変速機用ベルトは、入力側プーリと出力側プーリの間に掛け渡した無端ベルトである。そして、入力側プーリ及び出力側プーリは、無段変速機用ベルトをそのシーブ面で両側から挟みこみ、このときの押し付け力によって、入力側プーリから無段変速機用ベルトを介して出力側プーリへとトルクを伝達する。
【0003】
現在、環境保全や資源保護の観点から自動車の燃費性能の向上が要求されており、変速機において燃費性能の向上を図るためには、変速比幅を拡大することが有効である。無段変速機では、プーリ径を拡大することで入力側プーリと出力側プーリに対する無段変速機用ベルトの巻き付き径の差を大きく取ることができ、変速比幅を拡大することが可能となる。しかし、プーリ径を拡大すると無段変速機全体が大型化してしまい搭載性の悪化や重量の増加等の問題が生じて、燃費性能の向上の効果を小さくしてしまう。
【0004】
この問題を回避するために、よりプーリの内側部分(より中心に近い位置)に無段変速機用ベルトが巻き付くようにすることで変速比幅を拡大する方法がある。この場合、無段変速機用ベルトとシーブ面との接触面積が小さくなる。そのため、トルクを伝達させるためには、無段変速機用ベルトとシーブ面の間に作用する面圧をより高くして作動する必要があり、プーリのシーブ面に強い耐久性が要求される。
【0005】
プーリのシーブ面の耐久性を確保するためには、シーブ面の表面に高い硬さが必要である。一般的には、JIS G 4053に規定されるクロム鋼又はクロムモリブデン鋼を用いて浸炭焼入れ焼戻しの熱処理を行い、その後に研削加工とショットピーニング処理を実施したものが用いられている。
【0006】
従来、JIS G 4053に規定されているクロム鋼やクロムモリブデン鋼のシリコン(Si)含有量の範囲を、0.35を超え1.0質量%以下に増加し、浸炭窒化処理後のシーブ面の表面の炭素含有量の範囲を0.65〜1.40質量%にし、浸炭窒化処理後のシーブ面の表面の窒素含有濃度N%と表面硬さHとの関係を、H≧−320×N+700に設定した無段変速機用プーリが提案されている(特許文献1参照)。
【0007】
また、上記特許文献1に規定される同組成の鋼にて、浸炭処理とショットピーニングを行い、シーブ面の表面の硬さを800Hv以上と高い硬さにした無段変速機用プーリが提案されている(特許文献2参照)。
【0008】
また、上記特許文献1に規定される同組成の鋼にて、浸炭処理とショットピーニングを行い、シーブ面の表面硬さHと表面粗さRaとの関係を、H≧500×Ra+650に設定した無段変速機用プーリが提案されている(特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2009-68608号公報
【特許文献2】特開2009-68609号公報
【特許文献3】特開2009-185321号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
無段変速機用プーリのシーブ面は、ベルトからシーブ面へ繰り返し高面圧が負荷される場合、プーリのシーブ面に疲労亀裂を伴う摩耗が発生し、損傷が生じる。さらに、シーブ面は、作動時における無段変速機用ベルトとの摩擦接触によって発熱して温度上昇し、シーブ面の軟化が起こり疲労亀裂を伴なう摩耗を促進してしまう。プーリの未動作時にはベルトとの摩擦接触がなくなり自然冷却されて温度が低下する。すなわち、作動時による発熱と未作動時の自然冷却にてシーブ面がいわゆる焼戻し処理を行った状態になる。
【0011】
これに対し、上記特許文献1,2,3に記載の無段変速機用プーリにあっては、シーブ面の表面硬さの範囲を含有する窒素濃度、圧縮残留応力、表面粗さとの関係を示してシーブ面の摩耗低減を図っていると共に、摩擦発熱による高温の使用環境下での硬さの軟化抑制の考え方は示されている。又、耐摩耗性を確保する影響因子としては初期硬さを用いてそれぞれの関係を定義している。
【0012】
すなわち、上記特許文献1,2,3に記載の無段変速機用プーリにあっては、シリコン(Si)・クロム(Cr)・浸炭窒化処理後の炭素(C)の各含有量を規定(増加)することで、シーブ面硬度を上げることが述べられている。また、浸炭窒化熱処理により同様にシーブ面の硬度を上げる技術も述べられている。
また、使用時はベルトとの摩擦接触による発熱で温度上昇し、その熱によりシーブ面の硬さが軟化する。この結果としてシーブ面の摩耗が促進することが考えられるが、従来文献ではそれらが考慮されていない。
【0013】
本発明は、ベルトとの摩擦接触に伴う発熱によるプーリシーブ面の硬さの軟化抑制が必要である考えは上記特許文献1,2,3と同様である。しかしながら、本発明は、使用環境での熱履歴であり、更に高温硬さと相関がある焼戻し硬さに着目し、鋼材の合金成分及び表面硬化熱処理後の炭素含有量の範囲を設定することにより、耐摩耗性を向上させることができるとの新たな知見を得た。その範囲は、上記特許文献1,2,3に記載の無段変速機用プーリにおける範囲とは異なる範囲である。
【0014】
本発明は、上記問題に着目してなされたもので、ベルトとの摩擦接触に伴う発熱によって温度上昇した際の軟化を抑制し、シーブ面の耐摩耗性を向上して高面圧での使用に耐え得ることができる無段変速機用プーリ及びこれを備えた無段変速機を提供することが解決しようとする課題である。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記目的を達成するため、本発明では、少なくともシリコン(Si)と、クロム(Cr)と、を含有し、表面硬化熱処理を実施する鋼を使用し、無段変速機用ベルトと摩擦接触するシーブ面を備えた無段変速機用プーリにおいて、
前記鋼は、前記シリコン(Si)の含有量を、Si:0.35〜1.2質量%に設定し、
前記クロム(Cr)の含有量を、Cr:0.30〜1.25質量%に設定し、
前記表面硬化熱処理は、浸炭焼入れ、焼戻しを実施し、
前記表面硬化熱処理後の、前記シーブ面の表面の炭素(C)の含有量を、C:0.65〜1.0質量%に設定し、
最大使用環境温度での焼戻し後の前記シーブ面の表面硬さをマイクロビッカース硬度でH、前記シーブ面の表面の炭素(C)の含有量をC質量%、前記シリコン(Si)の含有量をSi質量%、前記クロム(Cr)の含有量をCr質量%としたとき、
H=160×C+65×Si+30×Cr+455>625(Hv)
の関係を満たすことを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
軟化抵抗性の高い、シリコン(Si)とクロム(Cr)を上述する範囲にすることで、シーブ面へ高面圧が負荷される無段変速機用プーリにおいて、摺動発熱によるシーブ面の温度上昇に起因するシーブ面の硬さの軟化が抑制される。このため、シーブ面に疲労亀裂が生じることを抑制し、シーブ面の耐摩耗性を向上させることができる。すなわち、本発明の無段変速機用プーリでは、ベルトとの摩擦接触に伴う発熱によって温度上昇した際の軟化を抑制し、シーブ面の耐摩耗性を向上して高面圧での使用に耐え得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実施例1の無段変速機用プーリを備えた無段変速機で最大減速状態を示す斜視図である。
図2】無段変速機用ベルトの一部分を示す拡大斜視図である。
図3】実施例1の無段変速機用プーリを形成する鋼におけるシリコン(Si)含有量とクロム(Cr)含有量、及び最大使用環境温度焼戻し硬さとの関係を示すグラフであり、(a)は熱処理後の炭素(C)含有量が0.65質量%の場合を示し、(b)は熱処理後の炭素(C)含有量が0.8質量%の場合を示す。
図4】実施例1の無段変速機用プーリを形成する鋼におけるクロム(Cr)含有量と熱処理後の炭素(C)含有量との関係をシリコン(Si)含有量ごとに示すグラフである。
図5】実施例1の摩耗試験用試験体及び比較例の試験体における鋼の組成、熱処理後炭素含有量、最大使用環境温度焼戻し硬さを示す表である。
図6】実施例1及び比較例の摩耗試験後の摩耗深さを示す表である。
図7】実施例1及び比較例の摩耗試験の結果を示すマップ図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の無段変速機用プーリ及びそれを備えた無段変速機を実施するための形態を、図面に示す実施例1に基づいて説明する。
【実施例1】
【0019】
[無段変速機の構成]
図1は、実施例1の無段変速機用プーリを備えた無段変速機で最大減速状態を示す斜視図である。図2は、無段変速機用ベルトの一部分を示す拡大斜視図である。以下、実施例1の無段変速機用プーリを備えた無段変速機の構成について説明する。
【0020】
実施例1の無段変速機Mは、図1に示すように、無段変速機用プーリPと、無段変速機用ベルトVとを備えている。
【0021】
前記無段変速機用プーリPは、入力側プーリ1と出力側プーリ2の二組から構成されている。ここで、図外のエンジンからのトルクは、トルクコンバータ及び前後進切替機構を通して入力側プーリ1に伝わり、無段変速機用ベルトVを介して、出力側プーリ2から図外の減速歯車及びドライブシャフトを通じてタイヤに伝わる。前記入力側プーリ1は、固定プーリ11とスライドプーリ12を有し、入力軸方向にプーリ間隔を可変とする。前記出力側プーリ2は、固定プーリ21とスライドプーリ22を有し、出力軸方向にプーリ間隔を可変とする。そして、スライドプーリ12,22は、ピストン油圧により無段変速機用ベルトVを狭持する方向に押し付け力を発生させる。さらに、各プーリ11,12,21,22は、無段変速機用ベルトVと接触するシーブ面11a,12a,21a,22aを有している。なお、実施例1の無段変速機用プーリPでは、各シーブ面11a,12a,21a,22aの傾斜であるシーブ角度を、例えば11°程度に設定している。
【0022】
前記無段変速機用ベルトVは、入力側プーリ1と出力側プーリ2の間に掛け渡した無端ベルトである。この無段変速機用ベルトVは、図2に示すように、環状リングを内から外へ多数重ね合わせた積層リング3と、両側に2組のプーリ1,2のシーブ面11a,12a,21a,22bと接触するフランク面4aを有する板状のエレメント4と、を備えている。そして、無段変速機用ベルトVは、図2に示すように、2組の積層リング3,3を、板厚方向に多数枚重ねたエレメント4,…のサドル溝4b,4bに両側から挟み込み、これら多数のエレメント4,…を束ねることで構成する。そして、この無段変速機用ベルトVを固定プーリ11,21とスライドプーリ12,22の間に挟みこんでのトルク伝達時、エレメント4が外径方向に広がろうとする力を積層リング3が支え、2組のプーリ1,2からの押し付け力をエレメント4が支える。前記積層リング3は、厚さ0.2mmほどのマレージング鋼相当の最高強度材料の薄板を溶接して環状リングとし、僅かに径を異ならせた複数の環状リングを内から外へ層状に重ね合わせることで構成する。前記エレメント4は、厚さ2mm程度の鋼板を、打ち抜き金型により打ち抜いた打ち抜き成形品である。
【0023】
[無段変速機用プーリを形成する鋼の組成範囲]
図3は、実施例1の無段変速機用プーリを形成する鋼におけるシリコン(Si)含有量とクロム(Cr)含有量、及び最大使用環境温度焼戻し硬さとの関係を示すグラフであり、(a)は熱処理後の炭素(C)含有量が0.65質量%の例を示し、(b)は熱処理後の炭素(C)含有量が0.8質量%の例を示す。
【0024】
前記無段変速機用プーリPは、少なくともシリコン(Si)と、クロム(Cr)と、を含有する鋼により形成する。
【0025】
この鋼は、図3に示すように、シリコン(Si)の含有量を0.35〜1.2質量%の範囲に設定し、クロム(Cr)の含有量を0.30〜1.25質量%の範囲に設定する。また、浸炭焼入れ、焼戻しを実施する表面硬化熱処理後のシーブ面11a,12a,21a,22aの表面の炭素(C)の含有量を0.65〜1.0質量%の範囲に設定する。そして、最大使用環境温度での焼戻し後のシーブ面11a,12a,21a,22aの表面硬さをマイクロビッカース硬度でH、熱処理後シーブ面11a,12a,21a,22aの表面の炭素(C)含有量をC質量%、シリコン(Si)含有量をSi質量%、クロム(Cr)含有量をCr質量%としたとき、シリコン(Si)・クロム(Cr)・熱処理後炭素(C)の各含有量を、上記範囲内にあって、下記式(1)の関係を満たすように設定する。
H=160×C+65×Si+30×Cr+455>625(Hv) ・・・(1)
ここで、最大使用環境温度は、無段変速機Mの使用中に、無段変速機用ベルトVとの摩擦により上昇するシーブ面温度の最大値に応じて設定される温度である。
【0026】
図3では、同じ焼戻し硬さが得られる成分位置が右下がりの直線で示される。そして、前記無段変速機用プーリPを形成する鋼の成分範囲は、シーブ面硬さが625Hv以上となり、且つ、シリコン(Si)含有量及びクロム(Cr)含有量がそれぞれ上記範囲に該当するエリア(斜線で示すエリア)である。
なお、熱処理後炭素(C)の含有量が変化に伴い該当するエリアは変化する。熱処理後炭素(C)が増加する場合は、該当するエリア(斜線で示すエリア)が広がる。
【0027】
無段変速機用プーリPを形成する鋼の成分は、モリブデン(Mo)、ニオブ(Nb)、チタン(Ti)、ニッケル(Ni)、ホウ素(B)を以下の範囲で1種類以上を含有してもよい。
モリブデン(Mo)の含有量 Mo:0.01〜0.30質量%、
ニオブ(Nb)の含有量 Nb:0.005〜0.2質量%、
チタン(Ti)の含有量を Ti:0.005〜0.2質量%、
ニッケル(Ni)の含有量を Ni:0.05〜3.0質量%、
ホウ素(B)の含有量を、B:0.0005〜0.005質量%。
【0028】
シリコン(Si)は、焼戻し軟化抵抗性を向上させるために有用である。シリコン(Si)含有量は、0.35質量%以上に設定することで、焼戻し軟化抵抗性を向上させることができる。しかしながら、シリコン(Si)含有量を1.2質量%より多く設定すると、靭性を低下させるおそれがあると共に、プーリ製造時の熱間鍛造を行う際、金型への攻撃性を高め、製造性を悪化させる。又、表面硬化熱処理としてガス浸炭処理を施す場合、浸炭性の阻害の恐れがある。このため、シリコン(Si)含有量を、0.35〜1.2質量%に設定した。
【0029】
クロム(Cr)は、焼戻し軟化抵抗性を向上させる元素であり、シリコン(Si)含有量との組み合わせにより、その含有量を0.30質量%以上に設定する。また、クロム(Cr)含有量を1.25質量%より多く設定すると、加工性が低下するおそれがある。このため、クロム(Cr)含有量を、0.30〜1.25質量%に設定した。
【0030】
モリブデン(Mo) は焼戻し軟化抵抗を向上させる元素であり、含有すると焼戻し耐摩耗性を向上させる。含有により耐摩耗性を劣化させることは無いため、鋼材の製造における不可避不純物元素としての含有量0.01質量%からJIS鋼で設定の上限値0.30質量%の範囲にて含有してもよい。
【0031】
ニオブ(Nb)は、鋼中の炭素及び窒素と結合して炭窒化物を形成し、浸炭処理における結晶粒の粗大化抑制の働きがあり、耐衝撃性の低下を抑制する効果を発揮する。この効果を期待するには、ニオブ(Nb)含有量を0.005質量%以上に設定する必要がある。一方、ニオブ(Nb)含有量が0.2質量%を越えると粗大化抑制効果が飽和する。このため、ニオブ(Nb)の含有量は0.005〜0.2質量%に設定する。
【0032】
チタン(Ti)は、鋼中の炭素及び窒素と結合して炭窒化物を形成し、浸炭処理における結晶粒の粗大化抑制の働きがあり耐衝撃性の低下を抑制する効果を発揮する。この効果を期待するには、チタン(Ti)含有量を0.005質量%以上に設定する必要がある。一方、チタン(Ti)含有量が0.2質量%を越えると、結晶粒の粗大化抑制効果が飽和する。このため、チタン(Ti)含有量は0.005〜0.2質量%に設定する。
【0033】
ニッケル(Ni)は、鋼の焼入れ性を確保するために有効な元素である。しかし、この効果を期待するには、ニッケル(Ni)含有量を0.05質量%以上に設定する必要がある。一方、ニッケル(Ni)含有量が3.0質量%を越えると、加工性を低下させる。このため、ニッケル(Ni)含有量は0.05〜3.0質量%に設定する。
【0034】
ホウ素(B)は、鋼の焼入れ性を確保するために有効な元素である。しかし、この効果を期待するには、ホウ素(B)含有量を0.0005質量%以上に設定する必要がある。一方、ホウ素(B)含有量が0.005質量%を越えると、加工性を低下させる。このため、ホウ素(B)含有量は0.0005〜0.005質量%に設定する。
【0035】
ここで、シーブ面の硬さを決定する浸炭焼入れ、焼戻しを実施する表面硬化熱処理において、鋼製品を真空炉において減圧した浸炭性ガスの中で加熱して浸炭する真空浸炭(減圧浸炭)を行うことが望ましい。通常のガス浸炭処理(雰囲気浸炭処理)を施す場合、シリコン(Si)の含有量とクロム(Cr)の含有量によって浸炭性が影響される。そのため、ガス浸炭処理性能を向上させるためには、シリコン(Si)含有量及びクロム(Cr)含有量を最適範囲にする必要がある。
ガス浸炭(雰囲気浸炭)にて、炭素(C)含有量を0.65質量%確保するためには、シリコン(Si)含有量を0.85質量%以下に設定すると共に、クロム(Cr)含有量を0.8質量%以下に設定することが望ましい。
【0036】
図5に示すように異なったシリコン(Si)、クロム(Cr)を含有する鋼材(実施例1は鋼材No.1〜19、比較例は鋼材No.20〜28)を用いて、熱間鍛造、機械加工、真空浸炭焼入れ処理、焼戻し処理、シーブ面の研削加工及び研摩加工、シーブ面へのショットピーニング処理、フィルムラップ加工を行い、図1に示す無段変速機用プーリPを製作した。このとき、シーブ面の表面粗さは、算出平均粗さRaで0.15〜0.2μmの範囲とした。同成分と同製造条件にて複数個の無段変速機用プーリを製作し、一部を摩耗試験に使用し、一部を最大使用環境温度での1時間の空冷の焼戻しを行った上でシーブ面の硬さを測定した。このときのシーブ面の熱処理後炭素含有量と、最大使用環境温度焼戻し硬さはそれぞれ図5に示す通りとなっている。
【0037】
[摩耗試験]
上述のように製作した試験用プーリを搭載した無段変速機を、入力トルクを任意に変更できる装置に取り付け、摩耗試験を行った。プーリの使用環境条件として最も変速比が最大となるように入力側プーリ1のシーブ面11a,12aの小径部に無段変速機用ベルトVの巻き付け位置を固定し、入力トルク及びシーブ面11a,12aにかかる面圧を過負荷になる状態にしてシーブ面摩耗試験を行った。
【0038】
摩耗試験は、入力トルク300Nm、入力側プーリ1の入力回転数6000rpm、油温100℃の条件下で、50時間運転することで行った。そして、入力側プーリ1のシーブ面11a,12aに生じた摩耗による段付き深さを形状測定機を用いて測定した。この段付き深さを「摩耗深さ」と定義する。
【0039】
この結果を図6及び図7に示す。
【0040】
この結果より、シーブ面11a,12a,21a,22aの摩耗深さは、最大使用環境温度焼戻し硬さと強い相関があることが分かる。すなわち、最大使用環境温度焼戻し硬さの増加により、シーブ面11a,12a,21a,22aの摩耗深さが減少する傾向がある。そのため、シーブ面摩耗量を無段変速機としての機能に支障がない程度に抑えるためには、最大使用環境温度焼戻し硬さが、マイクロビッカース硬度で625Hvより大きい値にする必要があることが分かる。
【0041】
さらに、この最大使用環境温度焼戻し硬さは、熱処理後炭素(C)含有量をC質量%、シリコン(Si)含有量をSi質量%、クロム(Cr)含有量をCr質量%としたとき、上述の式(1)より求められる。そのため、鋼の各組成の含有量は、熱処理後炭素(C)含有量を0.65〜1.0質量%に設定し、シリコン(Si)含有量を0.35〜1.2質量%に設定し、クロム(Cr)含有量を0.30〜1.25質量%に設定すると共に、上記式(1)を満たす値に設定しなければならないことが分かる。
【0042】
すなわち、比較例の鋼材(鋼材No.20〜No.28)によって製作した試験用プーリでは、いずれも最大使用環境温度焼戻し硬さが625Hv以下となっている。そのため、無段変速機の使用による発熱で、シーブ面11a,12a,21a,22aの表面が焼戻し処理を行った状態になると、このシーブ面11a,12a,21a,22aが軟化して、摩耗が進むと考えられる。
【0043】
これに対し、実施例1の鋼材(鋼材No.1〜No.19)によって製作した試験用プーリでは、最大使用環境温度焼戻し硬さがいずれも625Hvを超えている。このため、シーブ面11a,12a,21a,22aの摩擦によって焼戻し状態になった際のシーブ面軟化を抑制することができる。この結果、シーブ面11a,12a,21a,22aの耐摩耗性に優れ、高面圧での使用に耐え得ることができるので、摩耗を抑えることができると考えられる。
【0044】
[実施例1の効果]
実施例1の無段変速機用プーリ及び無段変速機にあっては、下記に列挙する効果を得ることができる。
【0045】
(1) 少なくともシリコン(Si)と、クロム(Cr)と、を含有し、表面硬化熱処理を実施する鋼を使用し、無段変速機用ベルトVと摩擦接触するシーブ面11a,12a,21a,22aを備えた無段変速機用プーリPにおいて、前記鋼は、前記シリコン(Si)の含有量を、Si:0.35〜1.2質量%に設定し、前記クロム(Cr)の含有量を、Cr:0.30〜1.25質量%に設定し、前記表面硬化熱処理は、浸炭焼入れ、焼戻しを実施し、前記表面硬化熱処理後の、前記シーブ面11a,12a,21a,22aの表面の炭素(C)の含有量を、C:0.65〜1.0質量%に設定し、最大使用環境温度での焼戻し後の前記シーブ面11a,12a,21a,22aの表面硬さをマイクロビッカース硬度でH、前記シーブ面の表面の炭素(C)の含有量をC質量%、前記シリコン(Si)の含有量をSi質量%、前記クロム(Cr)の含有量をCr質量%としたとき、H=160×C+65×Si+30×Cr+455>625(Hv)
の関係を満たす構成とした。
このため、ベルトVとの摩擦接触に伴う発熱によって温度上昇した際の軟化を抑制し、シーブ面11a,12a,21a,22aの耐摩耗性を向上して高面圧での使用に耐え得ることができる。
【0046】
(2) 前記最大使用環境温度は、使用中に、前記無段変速機用ベルトVとの摩擦により上昇するシーブ面温度の最大値に応じて設定する構成とした。
このため、上記(1)に記載の効果に加え、シーブ面11a,12a,21a,22aが摩擦熱によって温度上昇しても、シーブ面11a,12a,21a,22aの耐摩耗性の低下を確実に防止することができる。
【0047】
(3) 前記鋼は、前記シリコン(Si)の含有量を、Si:0.85質量%以下に設定し、前記クロム(Cr)の含有量を、Cr:0.8質量%以下に設定し、前記浸炭焼入れは、ガス浸炭焼入れとする構成とした。
このため、上記(1)又は(2)に記載の効果に加え、浸炭炉の管理が容易なガス浸炭焼入れにおいて、シーブ面11a,12a,21a,22aの表面の炭素C含有量を設定範囲にすることができ、浸炭性を確保することができる。
【0048】
(4) 前記鋼は、モリブデン(Mo)と、ニオブ(Nb)と、チタン(Ti)と、ニッケル(Ni)と、ホウ素(B)のうちの少なくとも一つを含有し、前記モリブデン(Mo)の含有量を、Mo:0.01〜0.30質量%に設定する第1条件、前記ニオブ(Nb)の含有量を、Nb:0.005〜0.2質量%に設定する第2条件、前記チタン(Ti)の含有量を、Ti:0.005〜0.2質量%に設定する第3条件、前記ニッケル(Ni)の含有量を、Ni:0.05〜3.0質量%に設定する第4条件、前記ホウ素(B)の含有量を、B:0.0005〜0.005質量%に設定する第5条件のうち、少なくとも一つの条件を満たす構成とした。
このため、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の効果に加え、モリブデン(Mo)を添加すれば焼戻し軟化抵抗性を向上させることができ、ニオブ(Nb)又はチタン(Ti)を添加すれば結晶粒粗大化を抑制することができ、ニッケル(Ni)又はホウ素(B)を含有すれば、焼入れ性を確保することができる。
すなわち、上記の各条件を少なくとも一つ満足する元素を添加することにより、シーブ面の11a,12a,21a,22aの耐摩耗性を向上させることができる。
【0049】
(5) 無段変速機用ベルトVが掛け渡され、この無段変速機用ベルトVと摩擦接触するシーブ面11a,12a,21a,22aを有する無段変速機用プーリPを備えた無段変速機Mにおいて、前記無段変速機用プーリPは、上記(1)又は(2)又は(3)又は(4)に記載した構成とした。
このため、ベルトVとの摩擦接触に伴う発熱によって温度上昇した際の軟化を抑制し、シーブ面11a,12a,21a,22aの耐摩耗性を向上して高面圧での使用に耐え得ることができる。
【0050】
以上、本発明の無段変速機用プーリ及び無段変速機を実施例1に基づき説明してきたが、具体的な構成については、この実施例1に限られるものではなく、特許請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計の変更や追加等は許容される。
【0051】
特に最大使用環境温度については、通常の変速機使用条件から予測するほか、例えば、無段変速機のユニット、車両等の入力トルク、環境条件(例えば、周辺外気温度等)、運転条件(例えば、登坂路走行、ワインディングロード走行、走行中の急加減速時、積載量等に応じた車両重量等)等の温度と、製造過程による焼戻し温度との相関によって設定される温度であればよい。
【符号の説明】
【0052】
M 無段変速機
P 無段変速機用プーリ
V 無段変速機用ベルト
1 入力側プーリ
2 出力側プーリ
11a,12a,21a,22a シーブ面
3 積層リング
4 エレメント
4a フランク面
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7