特許第5958312号(P5958312)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5958312
(24)【登録日】2016年7月1日
(45)【発行日】2016年7月27日
(54)【発明の名称】積層塗膜諸元の設定方法
(51)【国際特許分類】
   B05D 5/06 20060101AFI20160714BHJP
   B05D 1/36 20060101ALI20160714BHJP
【FI】
   B05D5/06 G
   B05D1/36 Z
   B05D5/06 101A
【請求項の数】4
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2012-266319(P2012-266319)
(22)【出願日】2012年12月5日
(65)【公開番号】特開2014-111237(P2014-111237A)
(43)【公開日】2014年6月19日
【審査請求日】2015年3月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】特許業務法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】篠田 雅史
(72)【発明者】
【氏名】加藤 秀和
【審査官】 横島 隆裕
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−028926(JP,A)
【文献】 特許第4727411(JP,B2)
【文献】 特開2002−086057(JP,A)
【文献】 特開2006−289247(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B05D 1/00−7/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
着色剤として顔料又は染料を含有し下地を隠蔽する第1ベース塗膜と、この第1ベース塗膜の上側に積層され着色剤として顔料又は染料を含有し且つ可視光線透過性を有する第2ベース塗膜とによって特定色を発色させるようにした積層塗膜において、その発色のための諸元を設定する方法であって、
上記積層塗膜の塗色を、上記第2ベース塗膜の着色剤濃度X及び膜厚Yを変数として指数関数的に変化する色空間上の色座標値Nで表すモデルを設定するステップと、
上記積層塗膜によって上記特定色を発色させるための目標とする色座標値の上限THと下限TLとを設定するステップと、
上記第2ベース塗膜の実塗装時の目標膜厚Ytと該目標膜厚Ytを基準とする膜厚変動率Zを設定するステップと、
上記モデルに基いて、上記第2ベース塗膜の膜厚Yが膜厚変動幅の下限値であるときに上記色座標値Nが上記目標色座標値の下限TLとなり、上記第2ベース塗膜の膜厚Yが膜厚変動幅の上限値であるときに上記色座標値Nが上記目標色座標値の上限THとなる条件下に、上記膜厚変動率Zに応じた、上記第1ベース塗膜の色座標値B1及び上記第2ベース塗膜の着色剤濃度Xを設定するステップとを備えていることを特徴とする積層塗膜諸元の設定方法。
【請求項2】
請求項1において、
上記モデルを設定するステップにおいて、上記積層塗膜の塗色を色空間上の色座標値Nで表す次の着色モデル式(1)を設定し、
N=P−(P−B1)×exp(−AXY) ……(1)
(但し、Pは当該色空間における100%隠蔽が得られる色座標値、Xは上記第2ベース塗膜の着色剤濃度(質量分率)、Yは上記第2ベース塗膜の膜厚(μm)、Aは、上記着色剤を用いて調製した積層塗膜サンプルについて実測したN値、P値、B1値、X値及びY値を上記モデル式(1)に代入して得られる上記着色剤の着色力である。)
上記第2ベース塗膜の膜厚がYt(1+Z)であるときに上記色座標値Nが上記目標色座標値の上限THとなり、上記第2ベース塗膜の膜厚がYt(1−Z)であるときに上記色座標値Nが上記目標色座標値の下限TLとなる条件下に、上記モデル式(1)に基いて、上記膜厚変動率Zに応じた上記第1ベース塗膜の色座標値B1及び上記第2ベース塗膜の着色剤濃度Xを設定することを特徴とする積層塗膜諸元の設定方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2において、
上記第1ベース塗膜は、上記着色剤及び光輝材を含有するメタリックベース塗膜であることを特徴とする積層塗膜諸元の設定方法。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれか一において、
上記第2ベース塗膜は、上記特定色の光線透過率が55%以上であり、上記特定色の色相をマンセル色相環の中央値としてマンセル色相環を百分割し左廻り+50、右廻り−50で色相範囲を表示したときの−25以上+25以下を特定色の色相範囲としたとき、この色相範囲外の波長域の平均光線透過率が50%以下であることを特徴とする積層塗膜諸元の設定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、下地を隠蔽する第1ベース塗膜と、可視光線透過性を有する第2ベース塗膜とによって特定色を所定の態様で発色させるようにした積層塗膜に関し、その塗装のための諸元を設定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車等の高い意匠性が求められる被塗物については、例えば、ハイライトの彩度が高く、且つ強い深みを有する塗色を得ることが要望される。自動車では、車体の塗装に2コート1ベークや3コート1ベークが採用され、第1ベース塗膜は顔料及び光輝材を含有し下地を隠蔽するメタリックベース層とし、第2ベース塗膜は顔料を含有し且つ可視光線透過性を有するカラークリヤ層とすることで、上記意匠の実現が図られている。
【0003】
例えば、特許文献1には、メタリックベース塗膜の上に着色ベース塗膜及び透明クリヤ塗膜を積層してなる積層塗膜において、膜厚のバラツキによる色ムラの発生、額縁現象の発生及びポリッシュ補修による色相の変化を抑制し、彩かさと深み感を得るべく積層塗膜の諸元を設定することが記載されている。具体的には、メタリックベース塗膜の明度L値を60以下とし、着色ベース塗膜の波長400nm以上700nm以下の光線透過率を30%以上50%以下とし、着色ベース塗膜の膜厚を5μm以上20μm以下とし、クリヤ塗膜の膜厚を25μm以上45μm以下とする、というものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第4727411号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、下地を隠蔽する第1ベース塗膜と、可視光線透過性を有する第2ベース塗膜とによって特定色を所定の態様で発色させる場合、その発色意図に基いて、第1ベース塗膜及び第2ベース塗膜各々の色相を決め、意図する発色が得られるように第2ベース塗膜の膜厚、顔料濃度等を設定することが行なわれている。
【0006】
しかし、発色意図に適合する第1ベース塗膜及び第2ベース塗膜の色相の決定、第2ベース塗膜の膜厚及び顔料濃度の決定のためには、塗装条件を種々に変えて試行を繰り返す必要があり、手間及びコストが多大になるととともに、熟練した技能を要する。特に、実塗装では、目標膜厚を定めて第2ベース塗膜の塗装を行なったとき、必ずしも目標膜厚にならず、その塗装方法や塗料の種類等に応じて膜厚が目標膜厚から多少ずれることがあり、この膜厚変動によって所期の発色効果が得られないケースも出てくる。
【0007】
そこで、本発明は、第1ベース塗膜に第2ベース塗膜を積層してなる積層塗膜に関し、特定色を所定の態様で発色させるための諸元を簡単に設定する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記課題を解決するために、積層塗膜の塗色を、第2ベース塗膜の着色剤(顔料又は染料)濃度及び膜厚を変数として指数関数的に変化する色空間上の色座標値で表すモデルを設定し、このモデルに基いて特定色を発色させるための諸元を設定するようにした。
【0009】
すなわち、ここに提示する好ましい積層塗膜諸元の設定方法は、着色剤として顔料又は染料を含有し下地を隠蔽する第1ベース塗膜と、この第1ベース塗膜の上側に積層され着色剤として顔料又は染料を含有し且つ可視光線透過性を有する第2ベース塗膜とによって特定色を発色させるようにした積層塗膜において、その発色のための諸元を設定する方法であって、
上記積層塗膜の塗色を、上記第2ベース塗膜の着色剤濃度X及び膜厚Yを変数として指数関数的に変化する色空間上の色座標値Nで表すモデルを設定するステップと、
上記積層塗膜によって上記特定色を発色させるための目標とする色座標値の上限THと下限TLとを設定するステップと、
上記第2ベース塗膜の実塗装時の目標膜厚Ytと該目標膜厚Ytを基準とする膜厚変動率Zを設定するステップと、
上記モデルに基いて、上記第2ベース塗膜の膜厚Yが膜厚変動幅の下限値であるときに上記色座標値Nが上記目標色座標値の下限TLとなり、上記第2ベース塗膜の膜厚Yが膜厚変動幅の上限値であるときに上記色座標値Nが上記目標色座標値の上限THとなる条件下に、上記膜厚変動率Zに応じた、上記第1ベース塗膜の色座標値B1及び上記第2ベース塗膜の着色剤濃度Xを設定するステップとを備えていることを特徴とする。
【0010】
例えば、上記モデルを設定するステップにおいて、上記積層塗膜の塗色を色空間上の色座標値Nで表す次の着色モデル式(1)を設定し、
N=P−(P−B1)×exp(−AXY) ……(1)
(但し、Pは当該色空間における100%隠蔽(完全隠蔽)が得られる色座標値、Xは上記第2ベース塗膜の着色剤濃度(質量分率)、Yは上記第2ベース塗膜の膜厚(μm)、Aは、上記着色剤を用いて調製した積層塗膜サンプルについて実測したN値、P値、B1値、X値及びY値を上記モデル式(1)に代入して得られる上記着色剤の着色力である。)
【0011】
上記第2ベース塗膜の膜厚がYt(1+Z)であるときに上記色座標値Nが上記目標色座標値の上限THとなり、上記第2ベース塗膜の膜厚がYt(1−Z)であるときに上記色座標値Nが上記目標色座標値の下限TLとなる条件下に、上記モデル式(1)に基いて、上記膜厚変動率Zに応じた上記第1ベース塗膜の色座標値B1及び上記第2ベース塗膜の着色剤濃度Xを設定する。
【0012】
本発明者の研究によれば、積層塗膜の色座標値Nは、第2ベース塗膜の膜厚Yが増大するに従って対数関数的に増大する。また、この対数関数的増大は、第2ベース塗膜の着色剤濃度Xが低くなるほど緩やかになり、また、第1ベース塗膜の色座標値B1が高くなるほど緩やかになる。
【0013】
そこで、上記モデル式(1)は、第2ベース塗膜の着色剤濃度X及び膜厚Y各々が増大するに従って当該積層塗膜の色座標値Nが対数関数的に増大するように、負の数「−AXY」を指数とする指数関数で色座標値Nの増大特性を近似し、且つ、第1ベース塗膜の色座標値B1が高くなるほど当該対数関数的増大が緩やかになるように設定している。
【0014】
ここに、実塗装では第2ベース塗膜の膜厚変動が避けられないことから、その膜厚変動があっても、得られる積層塗膜の色座標値Nが目標色座標値の上限THを越えないように、且つ目標色座標値の下限TLを下回らないようにしなければならない。すなわち、上記下限TLが得られる膜厚Yから上記上限THが得られる膜厚Tまでが第2ベース塗膜に許容される膜厚範囲になる。
【0015】
一方、当然のことながら、積層塗膜の色座標値Nの対数関数的増大が緩やかになるほど、上記下限TLが得られる膜厚Yと上記上限THが得られる膜厚Tとの差が大きくなる、つまり、第2ベース塗膜に許容される膜厚変動率Zが大きくなる。
【0016】
以上のように、第1ベース塗膜の色座標値B1が高くなるほど積層塗膜の色座標値Nの対数関数的増大が緩やかになり、この対数関数的増大が緩やかになるほど第2ベース塗膜に許容される膜厚変動率Zが大きくなるから、この第2ベース塗膜の膜厚変動率Zの大小は第1ベース塗膜の色座標値B1の大小に対応することになる。
【0017】
従って、上記P値、目標色座標値の上限TH及び下限TL、並びに第2ベース塗膜の膜厚変動率Zが与えられると、第1ベース塗膜の色座標値B1が得られる。
【0018】
この点をモデル式(1)でみると、これに上限TH、下限TL及び膜厚変動率Zを与えると、次式(2)及び(3)が得られる。
【0019】
TL=P−(P−B1)×exp{−AXY(1−Z)} ……(2)
TH=P−(P−B1)×exp{−AXY(1+Z)} ……(3)
【0020】
この連立方程式をB1について解くと、次式(4)が得られ、第1ベース塗膜の色座標値B1が得られることがわかる。
【0021】
B1=P−{(P−TL)1+Z/(P−TH)1−Z}1/2Z ……(4)
【0022】
また、上記P値、目標色座標値の上限TH及び下限TL、上記着色剤の着色力A、目標膜厚Yt、並びに上記膜厚変動率Zが与えられると、第2ベース塗膜の着色剤濃度Xが得られる。
【0023】
すなわち、モデル式(1)から導かれる式(2)及び(3)の連立方程式をAXYについて解くと、次式(5)が得られ、そのAXYの値に上記着色剤の着色力A及び目標膜厚Ytを与えると、第2ベース塗膜の着色剤濃度Xが得られることがわかる。
【0024】
AXY=(1/2Z)・ln{(P−TL)/(P−TH)} ……(5)
【0025】
上記第1ベース塗膜は、上記着色剤及び光輝材を含有するメタリックベース塗膜であることが好ましい。
【0026】
上記第2ベース塗膜は、上記特定色の光線透過率が55%以上であり、上記特定色の色相をマンセル色相環の中央値としてマンセル色相環を百分割し左廻り+50、右廻り−50で色相範囲を表示したときの−25以上+25以下を特定色の色相範囲としたとき、この色相範囲外の波長域の平均光線透過率が50%以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、着色剤として顔料又は染料を含有し下地を隠蔽する第1ベース塗膜と、この第1ベース塗膜の上側に積層され着色剤として顔料又は染料を含有し且つ可視光線透過性を有する第2ベース塗膜とによって特定色を所定の態様で発色させるようにした積層塗膜において、当該発色のための諸元を簡便に効率良く設定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】積層塗膜の構造を模式的に示す断面図である。
図2】第2ベース塗膜単独での膜厚と色座標値との関係を示すグラフ図である。
図3】第2ベース塗膜の膜厚と積層塗膜の色座標値Nとの関係を示すグラフ図である。
図4】第2ベース塗膜の膜厚とモデル式に基づく積層塗膜の色座標値Nとの関係を示すグラフ図である。
図5】目標色座標値の上限TH及び下限TLと膜厚変動幅との関係を示すグラフ図である。
図6】第2ベース塗膜の膜厚と積層塗膜のL座標実測値との関係を示すグラフ図である。
図7】第2ベース塗膜の膜厚と積層塗膜のa座標実測値との関係を示すグラフ図である。
図8】第2ベース塗膜の膜厚と積層塗膜のb座標実測値との関係を示すグラフ図である。
図9】第2ベース塗膜の膜厚と積層塗膜の変換L座標値との関係を示すグラフ図である。
図10】第2ベース塗膜の膜厚とAXY計算値との関係を示すグラフ図である。
図11】第2ベース塗膜の膜厚とL座標値の実測値及び理論値との関係を示すグラフ図である。
図12】目標色座標値の許容幅が広いときの、第2ベース塗膜の膜厚変動率と第1ベース塗膜及び第2ベース塗膜のL座標値B1,B2との関係を示すグラフ図である。
図13】目標色座標値の許容幅が狭いときの、第2ベース塗膜の膜厚変動率と第1ベース塗膜及び第2ベース塗膜のL座標値B1,B2との関係を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明を実施するための形態を図面に基づいて説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0030】
図1は自動車の車体(鋼板)1の外面に設けられた積層塗膜2の一例を模式的に示す。この積層塗膜2は、第1ベース塗膜4、第2ベース塗膜5及び透明のクリヤ塗膜6を順に積層してなる。第1ベース塗膜4は光輝材7及び着色剤としての顔料8を含有するメタリックベース塗膜である。第2ベース塗膜5は着色剤としての顔料8を含有する。車体1の表面にはカチオン電着塗装によって電着塗膜3が形成され、電着塗膜3の上に中塗り塗膜9が形成され、この中塗り塗膜9の上に上記積層塗膜2が設けられている。
【0031】
この積層塗膜2は、下地(中塗り塗膜9)を隠蔽する第1ベース塗膜4と、この第1ベース塗膜4の表面に直接積層された可視光線透過性を有する第2ベース塗膜5とによって特定色を発色させるようにしている。第2ベース塗膜5は、特定色の光線透過率が55%以上70%以下が好ましく、特定色の色相をマンセル色相環の中央値としてマンセル色相環を百分割し左廻り+50、右廻り−50で色相範囲を表示したときの−25以上+25以下を特定色の色相範囲としたとき、この色相範囲外の波長域の平均光線透過率が50%以下であることが好ましい。
【0032】
<発色メカニズムの一例>
上記第1ベース塗膜4と第2ベース塗膜5とによる発色のメカニズムを、着色剤として赤の顔料8を採用して特定色として赤を発色させるケースで説明する。
【0033】
クリヤ塗膜6を透過した光は第2ベース塗膜5に入射する。第2ベース塗膜5には、例えば、高彩度・高明度の実現のために、赤い光をできるだけ多く透過させる機能、赤以外の色の光をできるだけ吸収する機能を与える。そのための主な制御因子は、顔料8の種類、並びに顔料8の量(濃度,膜厚)である。顔料8の種類によって光線透過率の波長特性が変わる。顔料8の量が多くなると、赤い光の透過率はそれほど大きく低下しないが、赤以外の光の透過率が低下してくる(赤以外の光がよく吸収される)。
【0034】
第2ベース塗膜5を透過した光は第1ベース塗膜4で反射される。第1ベース塗膜4には、例えば、深み感を高めるためにFF(フリップフロップ)を大きくする機能、彩度を高めるために赤い光を反射し赤以外の光をできるだけ反射させない機能を与える。深み感を与えるための主な制御因子は、光輝材7の種類(光輝材種、粒径ないしアスペクト比)、光輝材7の量(濃度,膜厚)及び光輝材7の配向性である。彩度を高めるための主な制御因子は、第2ベース塗膜5の場合と同じく、顔料8の種類、並びに顔料8の量(濃度,膜厚)である。
【0035】
第1ベース塗膜4で反射された光は第2ベース塗膜5を透過し、さらにクリヤ塗膜6を透過して外に出ることになる。
【0036】
<積層塗膜の塗装諸元の設定>
1.発色モデル式の設定(構築)
第2ベース塗膜5の着色剤による着色力(発色力)は次のように表すことができる。
【0037】
塗膜の着色力=単位膜厚当たりの着色力×膜厚Y
【0038】
「単位膜厚当たりの着色力」は「着色剤着色力A×着色剤濃度X」と表すことができる。従って、次のようになる。
【0039】
塗膜の着色力=着色剤着色力A×着色剤濃度X×膜厚Y
【0040】
ここに、着色剤着色力Aは着色剤固有の着色力である。着色剤濃度Xは質量分率で表した第2ベース塗膜5の着色剤濃度である。膜厚Yは第2ベース塗膜5の膜厚であり、単位はμmである。
【0041】
本発明者の研究によれば、図2に示すように、第2ベース塗膜5単独での塗色を、例えば、Lab表色系(「L表色系」を便宜上「Lab表色系」と記す。)の色座標軸の一つであるa軸でみたとき、その色座標値は、着色剤濃度Xが一定のとき、膜厚Yが増大するに従って、100%隠蔽(完全隠蔽)が得られる色座標値Pを漸近線として対数関数的に増大していく(当然のことながら、膜厚Yを一定として着色剤濃度Yを増大させた場合も同じである。)。そして、膜厚Yの増大に伴う当該色座標値aの対数関数的増大は、着色剤濃度Xが高くなるほど急になる。
【0042】
従って、色座標値aの対数関数的増大特性は、負の数「−AXY」を指数とする指数関数で近似することができる。
【0043】
ここでは、説明の便宜上、Lab表色系のa軸(一次元)で代表させるが、三次元であっても、また、XYZ、RGBなど他の表色系であっても原理は同じである。
【0044】
第1ベース塗膜4に第2ベース塗膜5が積層された積層塗膜の場合、その塗色の色座標値(これを「色座標値N」とする。)は、次式で示すように、第1ベース塗膜4単独での色座標値B1に第2ベース塗膜5単独での色座標値B2が加算された値になる。
【0045】
色座標値N=B1+B2
【0046】
すなわち、積層塗膜では、第1ベース塗膜4による着色力によって色座標値NのベースレベルがB1だけ高くなる。その結果、第2ベース塗膜5の膜厚Yの増大に伴う色座標値Nの対数関数的増大傾向は図3に示すようになる。同図において、B1(α)は、第1ベース塗膜4の塗色が第2ベース塗膜5の塗色に近いケース(第1ベース塗膜4における着色剤量が多いケース)であり、B1(β)は、第1ベース塗膜4の塗色が第2ベース塗膜5の塗色から離れているケース(第1ベース塗膜4における着色剤量が少ないケース)である。
【0047】
そこで、本発明では上記色座標値Nの増大特性を踏まえ、色座標値Nを次の着色モデル式(1)で近似して表す。
【0048】
N=B1+B2=P−(P−B1)×exp(−AXY) ……(1)
【0049】
ここに、着色剤着色力Aは、当該着色剤を用いて調製した積層塗膜サンプルについて実測したN値、P値、B1値、X値及びY値を上記モデル式(1)に代入して得ることができる。この点は後述する。
【0050】
参考のために、モデル式(1)において、仮にP=100、B1=20、A=10を与えたときの、着色剤濃度Xが1%(質量分率0.01)であるとき、2%(質量分率0.02)であるとき、並びに3%(質量分率0.03)であるときの、各々における色座標値Nの膜厚Yによる変化特性を図4に示す。
【0051】
2.積層塗膜2の目標色座標値の上限及び下限の設定
塗装条件を変えた種々のサンプルを作製し、発色意図に適合する積層塗膜が得られたサンプルの色座標値を測色計で測定し、目標色座標値の上限TH及び下限TLを設定する。
【0052】
3.第2ベース塗膜5の膜厚変動率Zの設定
第2ベース塗膜5の塗装を行なったときの実測膜厚の平均値Yとこの平均値Yから変動幅ΔYとに基いて、膜厚変動率Z=ΔY/Yを設定する。なお、この膜厚変動率Zは、通常は塗装方法に応じて決まり、目標膜厚の大小に拘わらず略一定になる。
【0053】
4.色座標値B1,B2及び着色剤濃度Xの算出式の設定
第2ベース塗膜5の膜厚に変動があっても、得られる積層塗膜2の色座標値Nが目標色座標値の上限THを越えないように、且つ上記下限TLを下回らないようにしなければならない。そこで、図5に示すように、第2ベース塗膜5の目標膜厚をYtとするとき、目標膜厚Ytの下限値Yt(1−Z)において積層塗膜2の色座標値Nが目標色座標値の下限TLとなり、上限値Yt(1+Z)において目標色座標値の上限THとなるとする。すなわち、モデル式(1)に上限TH、下限TL及び膜厚変動率Zを与えると、次式(2)及び(3)が得られる。
【0054】
TL=P−(P−B1)×exp{−AXY(1−Z)} ……(2)
TH=P−(P−B1)×exp{−AXY(1+Z)} ……(3)
【0055】
式(2)、(3)の連立方程式をB1について解くと、次式(4)が得られ、第1ベース塗膜4の色座標値B1が、P値、TL値、TH値及びZ値から求まる。
【0056】
(P−TL)/(P−B1)=exp{−AXY(1−Z)}
(P−TH)/(P−B1)=exp{−AXY(1+Z)}
ln{(P−TL)/(P−B1)}=−AXY(1−Z)
ln{(P−TH)/(P−B1)}=−AXY(1+Z)
(P−TL)1+Z/(P−TH)1−Z=(P−B1)2Z
B1=P−{(P−TL)1+Z/(P−TH)1−Z}1/2Z ……(4)
【0057】
式(2)、(3)の連立方程式をAXYついて解くと、次式(5)が得られ、次式(5)が得られ、第2ベース塗膜5の着色剤濃度Xが、P値、TL値、TH値、Z値、着色剤の着色力A及び目標膜厚Ytから求まる。
【0058】
(P−TL)/(P−TH)=(P−B1)exp{−AXY(1−Z)}/(P−B1)exp{−A XY(1+Z)}
={exp(AXYZ)}
AXY=(1/2Z)・ln{(P−TL)/(P−TH)} ……(5)
【0059】
第2ベース塗膜5の色座標値B2は、モデル式(1)から次式(6)で表すことができる。
【0060】
B2=(P−B1){1−exp(−AXY)} ……(6)
【0061】
以上のとおりであるが、色座標値B1,B2及び着色剤濃度Xの設定のためには、100%隠蔽が得られる色座標値P及び着色剤着色力Aを得る必要がある。
【0062】
5.100%隠蔽が得られる色座標値P及び着色剤着色力Aの決定
[色座標値の実測]
顔料濃度1%の第1ベース塗膜4上に、顔料濃度及び膜厚が異なる複数の第2ベース塗膜5を積層してなるサンプルを同じ塗装方法によって調製した。第1ベース塗膜4及び第2ベース塗膜5の顔料としてはいずれも赤を採用した。第2ベース塗膜5の顔料濃度は1%と2%の2種類であり、その膜厚は、6〜24μmの範囲で変化させた。そうして、各サンプルの積層塗膜の塗色のLab表色系におけるL座標、a座標及びb座標の各値をエックスライト社製分光測色計MA68IIによって反射角15゜で測定した。結果を表1及び図6〜8に示す。
【0063】
【表1】
【0064】
図6〜8によれば、実験に供した顔料の場合、L座標軸の吸収度合が変化する特性を有するため、以下では色座標値としてL座標値を採用して説明する。
【0065】
[実測データのモデル式へのフィッティング]
上記測色計は白色光からサンプルによって吸収された光の量を検出して数値化するものである。そこで、この測色計で得られたL座標値を着色モデル式(1)にフィッティングするために、「L←100−L」の変換を行なう。その結果は表2及び図9に示すとおりである。
【0066】
【表2】
【0067】
図9のグラフを線形的に外挿して100%隠蔽が得られるL座標値P=63、第1ベース塗膜4のL座標値B1=35を得た。
【0068】
一方、モデル式(1)から次式(7)が得られる。
【0069】
exp(−AXY)=(P−L)/(P−B1)
AXY=−ln{(P−L)/(P−B1)} ……(7)
【0070】
P=63、B1=35、並びに表2の変換色座標値Lを式(7)に代入してAXY値を求めた。結果を表3及び図10に示す。
【0071】
【表3】
【0072】
図10によれば、第2ベース塗膜5の膜厚の増大に伴ってAXY値が直線的に(略正比例で)増大しており、AXY値が塗膜の着色力を表していることがわかる。
【0073】
以下では簡単のために顔料濃度2%のケースに限って説明を続ける。表3のAXY値を膜厚Yで割って単位膜厚当たりの値AXに変換する。結果を表4に示す。
【0074】
【表4】
【0075】
表4のAX値を顔料濃度X(質量分率0.02)で割り、平均をとって、顔料着色力A=4.342を得た。
【0076】
6.L座標値に関する実測値と理論値の比較
上記5で得られたP=63、B1=35及びA=4.342、並びに顔料濃度X(質量分率0.02)を用い、モデル式(1)に基いて積層塗膜のL座標値(理論値)を求めた。結果を実測値と併せて表5及び図11に示す。なお、L座標値(理論値)は実測値に対応させるために、モデル式(1)に基く計算値に対して再度「L←100−L」の変換を行なっている。
【0077】
【表5】
【0078】
図11において、各プロットは実測値を示し、特性線Lは理論値を示す。同図によれば、理論値が実測値によく合致していることがわかる。
【0079】
7.膜厚変動率Zに応じたB1、B2及び顔料濃度Xの設定
積層塗膜2の目標L座標値の上限をTH=45に、その下限をTL=40に設定し、且つ図11の結果を踏まえて、P=63、A=4.342として、膜厚変動率Zに対するB1を式(4)によって求め、膜厚変動率Zに対するB2を式(5)及び(6)によって求める。
【0080】
B1=P−{(P−TL)1+Z/(P−TH)1−Z}1/2Z ……(4)
AXY=(1/2Z)・ln{(P−TL)/(P−TH)} ……(5)
B2=(P−B1){1−exp(−AXY)} ……(6)
【0081】
結果を図12に示す。第2ベース塗膜5の目標膜厚Ytが12μm、膜厚変動が12±2μmであるとき、膜厚変動率はZ=0.167となる。このケースでは、Z=0.167のとき、B1=21.16、B2=21.49、AXY=0.7209となる。A=4.342、目標膜厚Yt=12μmであるから、目的とする顔料濃度Xは、質量分率で0.01387(約1.4%)となる。
【0082】
積層塗膜2の目標L座標値の上限をTH=43に、その下限をTL=40に設定すると、膜厚変動率Zに対するB1及びB2の変動特性は図13のグラフのようになる。このケースでは、膜厚変動率がZ=0.167であるとき、B1=30.65、B2=10.90、AXY=0.4111となる。A=4.342、目標膜厚Yt=12μmであるから、このケースの目的とする顔料濃度Xは、質量分率で0.0078893(約0.8%)となる。
【0083】
後者のケースのように、積層塗膜2の目標色座標値の上限THと下限TLとの幅が狭い場合は、第2ベース塗膜5に対する塗色変動の制限要求が厳しくなる。この点に関し、本発明によれば、上述の如く、上限THと下限TLとの幅が狭くなるほど、第1ベース塗膜4のB1が大になり(塗色が濃くなり)、第2ベース塗膜5のB2が小になる(顔料濃度Xが低くなって塗色が薄くなる)から、上記制限要求に自動的に応ずることができる効果が得られる。
【0084】
なお、先にも述べたが、上記実施形態は本発明の例示に過ぎず、顔料の種類によってはa軸やb軸の色座標値、或いは三次元の色座標値に基いて積層塗膜の諸元を設定することができ、さらには、XYZ、RGBなど他の表色系にも本発明は応用することができる。また、着色剤として染料を採用する場合も、上記実施形態に倣って積層塗膜の諸元を設定することができる。
【0085】
また、上記実施形態は第2ベース塗膜を第1ベース塗膜の表面に直接積層したケースであるが、第1ベース塗膜と第2ベース塗膜との間に透明クリヤ塗膜が介在するケースであっても本発明は適用可能である。
【符号の説明】
【0086】
1 車体(鋼板)
2 積層塗膜
3 電着塗膜
4 第1ベース塗膜(メタリックベース塗膜)
5 第2ベース塗膜
6 クリヤ塗膜
7 光輝材
8 顔料
9 中塗り塗膜
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13