【実施例】
【0029】
1.有機セレン化合物の合成
3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン1については過去に合成方法が報告されている(U. Ashauer, C. Wolff, R. Haller, Arch. Pharm. (Wienheim) 1986, 319, 43-52.)。フェニルジセレニド3およびジフェニルジスルフィド12は市販品をそのまま利用した。
【化10】
【0030】
(1)ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニド6の合成(O. Niyomura, Y. Yamaguchi, S. Tamura, M. Minoura, Y. Okamoto, Chem. Lett. 2011, 40 (5), 449-451.)
【化11】
【0031】
2-(アミノメチル)ピリジン(0.202g, 1.86mmol)を50mLナスフラスコに入れた後、水10mLに溶かした二酸化セレン(0.621g, 5.59mmol)を加え、3時間加熱還流した。還流後、クロロホルム50mLで抽出し、水洗した(20mL×2)。有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥した後、濃縮することで茶褐色の固体を得た。得られた固体をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒:クロロホルム)で精製することによりビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニド6を赤色固体(95.7mg, 収率36%)として得た。クロロホルムから再結晶することにより赤色結晶を得た。
【0032】
(2)ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル] ジセレニド ニッケル(II)ナイトレイト10の合成(饒村 修、山口佳美、岡本義久 第37回複素環化学討論会 2007, 10, 18. [2P-63]他)
【化12】
【0033】
ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニド6 0.051g(0.092mmol)を50mLナスフラスコにとりクロロホルム10mLに溶解した。ここに硝酸ニッケル六水和物0.027g(0.092mmol)のメタノール(1mL)溶液をゆっくり滴下し、室温で1時間撹拌した。反応後、吸引濾過を行うことによりビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニド ニッケル(II)ナイトレイト10を橙色固体(0.049g, 収率76%)として得た。メタノールから再結晶することにより橙色結晶を得た。
【0034】
(3)ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル] ジセレニド ニッケル(II)クロライド11の合成(饒村 修、山口佳美、岡本義久 第37回複素環化学討論会 2007, 10, 18. [2P-63]他)
【化13】
【0035】
ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニド6 0.0523g(0.096mmol)を50mLナスフラスコにとりクロロホルム10mLに溶解した。ここに塩化ニッケル六水和物0.0225g(0.095mmol)のメタノール(1mL)溶液をゆっくり滴下し、室温で1時間撹拌した。反応後、吸引濾過を行うことによりビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニド ニッケル(II)クロライド11を黄色固体(0.047g, 収率72%)として得た。
【0036】
(4)[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル] フェニル ジセレニド17の合成(新規化合物)
【化14】
【0037】
ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニド6 0.208g(0.381mmol)とフェニルジセレニド3 0.122g(0.392mmol)を50mLナスフラスコにとり、アルゴン置換した。ここにエタノール10mLを加え懸濁させた後、水素化ホウ素ナトリウムを過剰量加え、アルゴン雰囲気下室温で40分間撹拌した。その後開放系にして空気雰囲気下、一晩放置すると固体が析出した。吸引ろ過により得た固体をクロロホルム(20mL)に溶解した後、水洗、乾燥(硫酸ナトリウム)および濃縮することによって赤色固体を得た。薄層クロマトグラフィーで確認すると、ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル] ジセレニド6、フェニルジセレニド3および[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル] フェニル ジセレニド17の生成が確認された。これをシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒:クロロホルム)で精製することにより[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル] フェニル ジセレニド17を赤色固体(3.5mg)として得た。
【0038】
2.Wip1阻害物質の探索
<方法>
(A)酵素の精製
(1)マウスWip1ホスファターゼcDNAは、RT-PCRによりマウス単球由来RAW264細胞からクローニングを行い、塩基配列を解析してGenBankの登録配列と一致することを確認した。このcDNAを鋳型として再度、PCRを行い、1から1260塩基までを増幅した。次にこれをpColdII(TAKARA)に組込んで、C末端の178アミノ酸を欠損した、420アミノ酸から成るWip1の発現ベクターを構築した。この発現ベクターによって、N末端にHis-tagを融合した、C末端欠損型のWip1を大腸菌で発現誘導することができる。
【0039】
(2)Wip1発現ベクターを大腸菌(BL21)に導入し、IPTGを加えて発現を誘導し、24時間培養後、集菌した。Ni Sepharose結合溶液(50mM Tris-HCl, 500mM NaCl, 20mMイミダゾール, pH7.5)を加え、大腸菌の超音波破砕を行った後、Triton X-100溶液を1%になるよう加えて、遠心分離を行った。得られた上清にNi Sepharose 6 Fast Flow(GE Healthcare)の50%懸濁液を加えて4℃で1時間、緩やかに撹拌した。撹拌後、遠心分離を行って、Ni Sepharose 6 Fast Flowから上清を除去し、Ni Sepharose結合溶液を加えて懸濁することによってNi Sepharose 6 Fast Flowを洗浄した。最期にNi Sepharose 6 溶出溶液(50mM Tris-HCl, 500mM NaCl, 300mMイミダゾール, pH7.5)を加えて、4℃で1時間、緩やかに撹拌した。これを遠心分離して上清を回収し、Wip1ホスファターゼ溶液とした。
【0040】
(3)マウスPP2Cα、PP2CβおよびPP2Cεは、GST融合タンパク質として大腸菌で発現し、Glutathione Sepharose 4Bを用いて、同様に精製した。
【0041】
(B)マラカイトグリーンアッセイ
(1)15mlチューブに1ウェルあたり50mM Tris-HCl pH7.5 10μl、1M MgCl
2 2μl、4.0μg/μl α-カゼインを10μl混合し、22μl/ウェルの基質溶液をタッピング、スピンダウンして調製した。4.5μg/μlのα‐カゼインの場合は、α‐カゼインが9μl、50mM Tris-HCl pH7.5 10μl、1M MgCl
2 2μlとして基質溶液21μl/ウェル、5.0μg/μlのα‐カゼインの場合はα‐カゼインが8μl、50mM Tris-HCl pH7.5が10μl、1M MgCl
2が2μlとして基質溶液20μl/ウェルで調製した。基質溶液は最終濃度100mM Tris-HCl pH7.5、20mM MgCl
2、40μg/100μl α-カゼインとなるように調製した。
(2)96穴プレートに滅菌水72.7μl、基質溶液22μl、化合物を1μl、酵素溶媒および酵素溶液4.3μl(0.03U)の順に全量100μl/ウェルになるように96穴プレートに分注して混合した。酵素溶媒と酵素溶液を分注するときは、96穴プレートを氷上で冷やしながら混合した。酵素溶液は有機セレン化合物の場合、0.03Uで測定を行った。
(3)このプレートを37℃で1時間インキュベ―トを行った。検量線はインキュベート中に別の96穴プレートに調製した。即ちα‐カゼイン濃度4.0μg/μlの場合、滅菌水54.6,54.1,53.6,52.6,51.6,50.6,49.6,48.6,47.6,46.6,45.6,44.6μlをそれぞれ各ウェルに加え、ここに基質溶液を1ウェルあたり15.4μl、1mM K
3PO
4を各ウェルに0,0.5,1,2,3,4,5,6,7,8,9,10μl加え、全量70μlとなるように調製した。
(4)Malachite Green Dye Solutionを200μl/ウェルとTween20(SIGMA P-7949)を0.02μl/ウェルの割合であらかじめ混合して、ガラスビーカーに染色液を調製した。
(5)酵素反応を行っているものとは別の96穴プレートに、染色液を200μl/ウェルずつ、酵素反応のウェルと同じ数のウェルに氷上で分注した。
(6)1時間のインキュベート後、反応液の上清を70μl取り、染色液が分注されている96穴プレートにピペッティングして加え、染色した。
(7)検量線を調製したウェルにも染色液を200μl/ウェルずつ分注して染色した。
(8)室温で15分間静置し、発色反応を行った。
(9)分光光度計(Viento MGX200DN)を使用して、吸光度650nmでの吸光度を測定し、測定した吸光度から真のOD値(酵素を加えた時のOD値から酵素を加えていない時のOD値を引いた数値)を算出した。酵素活性は真のOD値を0μM(試験化合物を加えず、溶媒のDMSOのみ)の時の平均のOD値で割り、100を乗じることで、0μMのときを100%として酵素の活性を比較した。
【0042】
(2)結果
有機セレン化合物は、特異な反応性を示すことから、様々な有機合成に用いられている。また、生体における微量必須元素でもあるため、医薬品開発において注目されている。そこで、新規合成したものを含め、20種類の有機セレン化合物について、PPCTに対する影響(阻害又は活性化)を検討した。有機セレン化合物はすべてDMSOに溶解し、10mMに調製した。低濃度で阻害又は活性化する化合物を発見するために、最終濃度が100μMとなるように1μlずつ加えて有機セレン化合物のPP2Cαに対する影響を測定した。一次スクリーニングで阻害効果を認めた化合物について、濃度と活性との関係を調べたところ、7種類の化合物にPP2Cαを阻害する効果が見られた。PP2Cαに対して高い阻害効果のあった化合物17([3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]フェニルジセレニド)の有機セレン化合物のPP2CファミリーおよびPPPファミリーであるPP2Aに対する影響を調べた結果、PP2CβおよびWip1、PP2Aに対して阻害効果を示した。PP2Cαに対してIC
50は8.56μM、PP2Cβに対してのIC
50は40.29μM、Wip1に対してのIC
50は0.21μM、PP2Aに対してのIC
50は23.4μMであった(
図1)。PP2Cεに対しては効果が見られなかった。このように、化合物17はPP2CαよりもWip1に対して低濃度で高い阻害効果があることが判明した。この結果を踏まえると、有機セレン化合物はWip1に対して高い阻害効果を発揮するのではないかと期待された。そこで、各種有機セレン化合物のWip1の活性に対する影響を測定した。その結果、有機セレン化合物3(フェニルジセレニド)、有機セレン化合物6(ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニド)、有機セレン化合物10(ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニドニッケル(II)ナイトレイト)、有機セレン化合物11(ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニドニッケル(II)クロライド)、有機セレン化合物17([3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]フェニルジセレニド)がWip1に対して高い阻害効果を示した(
図2)。IC
50を算出すると、化合物1は61.74μM、化合物3は0.19μM、化合物6は2.52μM、化合物11は8.1μM、化合物17は0.21μMとなった。この中で、化合物17よりも低濃度でWip1に対する阻害効果を示した化合物3について、Wip1とは別のPP2Cアイソフォームに対する効果と、PPPファミリーであるPP2Aに対する影響を調べた。その結果、PP2Cα、PP2Cβ、PP2Aに対して阻害効果を示し、PP2Cεに対しては阻害効果を示さなかった。IC
50を算出した結果、PP2Cαに関しては20.9μM、PP2Cβに関しては6.9μM、Wip1に関しては0.19μM、PP2Aに関しては11.84μMとなった(
図3)。
【0043】
Wip1に対して阻害活性を示した有機セレン化合物3、6、10、11、17には、抗ガン剤への利用や、Wip1の機能解析への利用が期待できる。低濃度で高い阻害活性を示した化合物3および17は特に有用と考えられる。これら二つの化合物の阻害定数Ki値を調べた結果、化合物3は0.71μM、化合物17は0.75μMとなった。
【0044】
以上の通り、化合物3、17は、同じPPMファミリーに属する異なるホスファターゼであるPP2Cαに対する阻害活性の場合と比較して、格段に低い濃度でWip1に対して阻害活性を示した。即ちWip1に対する特異性が極めて高いことが明らかとなった。また、Wip1阻害化合物として、環状ペプチドや数種類の低分子有機化合物などが報告されているが、化合物3及び17は、過去に報告された化合物の最も阻害効果が高いものと同等のKi値やIC
50値を持ち、優るとも劣らないWip1に対する阻害効果を示した。尚、化学修飾などを施すことにより、阻害活性や特異性の更なる向上を期待できる。