特許第5958957号(P5958957)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5958957アミノ基含有非ペプチド化合物を高効率かつ高感度で多重定量する方法およびそのためのキット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5958957
(24)【登録日】2016年7月1日
(45)【発行日】2016年8月2日
(54)【発明の名称】アミノ基含有非ペプチド化合物を高効率かつ高感度で多重定量する方法およびそのためのキット
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20060101AFI20160719BHJP
【FI】
   G01N27/62 V
   G01N27/62 X
【請求項の数】10
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2012-36598(P2012-36598)
(22)【出願日】2012年2月22日
(65)【公開番号】特開2012-215556(P2012-215556A)
(43)【公開日】2012年11月8日
【審査請求日】2014年12月5日
(31)【優先権主張番号】特願2011-80943(P2011-80943)
(32)【優先日】2011年3月31日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504145320
【氏名又は名称】国立大学法人福井大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000231235
【氏名又は名称】大陽日酸株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100122688
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 健二
(74)【代理人】
【識別番号】100117743
【弁理士】
【氏名又は名称】村田 美由紀
(74)【代理人】
【識別番号】100163658
【弁理士】
【氏名又は名称】小池 順造
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(72)【発明者】
【氏名】松川 茂
(72)【発明者】
【氏名】成田 和巳
(72)【発明者】
【氏名】下平 晴記
【審査官】 伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2008/156139(WO,A1)
【文献】 特開2006−189277(JP,A)
【文献】 特開平02−001430(JP,A)
【文献】 特開2007−163423(JP,A)
【文献】 松川茂,1回のMALDI/MSまたはLC/MS分析で多試料中の神経アミンとアミノ酸の一斉定量を可能にする方法の開発,生化学,2009年 6月25日,抄録CD,Page.ROMBUNNO.4P-773
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60−27/70
H01J 40/00−49/48
G01N 33/97
C07C 211/48
C07D 213/20
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む、1以上の生体試料に含まれる、測定の対象とするアミノ基含有非ペプチド化合物の定量方法。
(工程1)分析の対象とする1以上の生体試料、および、既知量の該アミノ基含有非ペプチド化合物を含有する内部標準試料を調製する工程;
(工程2)混合比の指標となる化合物として、該1以上の生体試料中および内部標準試料中には存在しないアミノ基含有非ペプチド化合物を、該1以上の生体試料および内部標準試料のそれぞれに、既知の濃度となるように添加する工程;
(工程3)式(I):
【化1】
(式中、R、RおよびRはそれぞれ同一または異なって、水素、ハロゲンまたはアルキルを示す。)
で表される化合物またはその塩の2種以上の安定同位体の組み合わせを標識化合物として用いて、該1以上の生体試料および内部標準試料のそれぞれに含まれる該アミノ基含有非ペプチド化合物および該混合比の指標となる化合物に質量差を与える工程;
(工程4)該1以上の生体試料および該内部標準試料からそれぞれ一定量をとり、それらを混合して混合液を調製する工程;
(工程5)該混合液を質量分析に供し、該アミノ基含有非ペプチド化合物に対応し、かつ、互いに対して該質量差を有する2以上の質量スペクトル、および、該混合比の指標となる化合物に対応し、かつ、互いに対して該質量差を有する2以上の質量スペクトルを取得する工程;
(工程6)該1以上の生体試料のそれぞれに由来する該アミノ基含有非ペプチド化合物に対応する各質量スペクトルと、該内部標準試料に由来する該アミノ基含有非ペプチド化合物に対応する質量スペクトルとの強度の比に基づいて、該混合液中に含まれる、互いに質量差を有する該アミノ基含有非ペプチド化合物の量比を決定する工程;
(工程7)該混合比の指標となる化合物に対応する2以上の質量スペクトルの比較に基づいて試料の混合比を決定することにより、工程6で決定された量比に基づいて、該1以上の生体試料のそれぞれに含まれる該アミノ基含有非ペプチド化合物の絶対量を決定する工程。
【請求項2】
式(I)の化合物が、2,4,6−トリメチルピリリウムである、請求項1記載の定量方法。
【請求項3】
前記工程5において取得される質量スペクトルが由来する、該標識化合物で標識されたアミノ基含有非ペプチド化合物および混合比の指標となる化合物の少なくともいずれかが、式(II):
【化2】
(式中、RおよびRは前記と同義を示し、Rは任意に置換されていてもよい任意の炭化水素基を示す。)
で表される化合物(但し、ペプチド結合を有する化合物を除く。)またはその塩である、請求項1記載の定量方法。
【請求項4】
前記組み合わせが5種以上の安定同位体を含む、請求項1記載の定量方法。
【請求項5】
前記アミノ基含有非ペプチド化合物が、生理活性アミンおよび/またはアミノ酸である、請求項1記載の定量方法。
【請求項6】
前記生理活性アミンがドーパミンである、請求項5記載の定量方法。
【請求項7】
質量分析が、ナノ液体クロマトグラフ質量分析装置によって為される、請求項1記載の定量方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の定量方法に用いるためのキットであって、式(I):
【化3】
(式中、R、RおよびRはそれぞれ同一または異なって、水素、ハロゲンまたはアルキルを示す)
で表される化合物またはその塩の2種以上の安定同位体の組み合わせを標識化合物として含む、キット。
【請求項9】
式(I)の化合物が、2,4,6−トリメチルピリリウムである、請求項8記載のキット。
【請求項10】
前記2種以上の安定同位体の組み合わせが、式(III):
【化4】
(式中、黒丸で示された炭素原子は、質量数13の炭素原子を示す。)に示されるPy0、Py1、Py2、Py3、Py4、Py5、Py6、Py7およびPy8からなる群から選択される2種以上の化合物またはそれらの塩を含む、請求項9記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体試料中に含まれるアミノ基含有非ペプチド化合物を定量する方法およびそのためのキット等に関する。より詳細には、本発明は、質量分析装置を用いて、分析の対象とする1以上の生体試料に対して、各試料に含まれる、生理活性アミンまたはアミノ酸などの分析の対象とするアミノ基含有非ペプチド化合物を多重定量する方法、および該方法を行うために用いられ得るキット等に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、アミノ酸の分析では、20種以上の生体アミノ酸を1回の高速液体クロマトグラフィー(High performance liquid chromatography; HPLC)分析で相互分離した後でニンヒドリンと反応させ、その生成物の吸光度に基づいて、アミノ酸を定量する方法が一般的である。しかしながら、この方法は感度が低く、低濃度のアミノ酸の分析には適していない。
そのため、より高い感度を実現するために、蛍光標識の使用が提案されており、それにより、約10倍以上の高感度化が実現されている。
さらに、それでも検出できない低濃度のアミノ酸に対しては、液体クロマト分離した後に質量分析装置を連結して検出する方法が採用されている。この場合、分離したアミノ酸をイオン化し易くするために、アミノ基と反応する試薬を用いてアミノ酸を誘導体化してから、それを液体クロマト分離および質量分析に供する方法が採用されてきた。しかしながら、この方法論に従った場合でも、従来の技術では高感度分析には限界があった。
【0003】
ところで、本発明者らの一人は以前、下記式:
【0004】
【化1】
【0005】
(式中、R、RおよびRはそれぞれ同一または異なって、水素、ハロゲンまたはアルキルを示す)
で表される化合物またはその塩の2種以上の安定同位体の組み合わせを標識化合物として用いてそれぞれの試料に含まれる同一タンパク質に質量差を与えることを含む、質量分析計を用いる2以上の試料にそれぞれ含まれる該タンパク質の定量方法を開発した(特許文献1)。該文献で開示された技術は、機能性、効率性、利便性、経済性等における従来技術の問題点により、タンパク質定量の現実の適用において存在していた困難を克服するものであった。
【0006】
このようにタンパク質定量においては優れた技術が本発明者らの一人により提案されたが、上述のようにアミノ酸、あるいは生理活性アミン等のアミノ基含有非ペプチド化合物については、存在するニーズに耐え得る技術は存在しないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2008/156139号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したような当該技術分野における現状から、生体試料中のアミノ基含有非ペプチド化合物をより高感度に定量し得る方法が求められている。また、複数の生体試料を多重定量して、各試料中に存在する生理活性アミンやアミノ酸等を網羅的に分析できる方法を提供することは非常に有用である。本発明はそのような方法を提供する。本発明はまた、そのような方法を行うために使用され得るキット等も提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討を行った。その結果、更なる高感度化に対応するためにナノ液体クロマトグラフ質量分析システムを採用し、更に、分析の対象とするアミノ基含有非ペプチド化合物のイオン化効率を向上させるために、pH非依存的に正帯電するようなアミノ基反応試薬を用いて誘導体化を行い、かつ、複数試料を一括して分析するために、該試薬において、安定同位体の組み合わせを用いることで互いに対する質量差を与える方法論に想到した。当該方法論に従って分析を行うことで、生体試料中のアミノ基含有非ペプチド化合物を高感度に検出し得るのみならず、複数試料を同時に定量して、各試料中に含まれるアミノ基含有非ペプチド化合物を網羅的に分析できることを見出した。また、生体試料中のアミノ基含有非ペプチド化合物を上記アミノ基反応試薬で標識すると、従来知られていた反応経路より予想される生成物に加えて、それとは異なる構造を有する生成物も得られることを見出した。本発明者らは、これらの知見に基づいて更に研究を進めた結果、本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明はすなわち、以下を提供する。
[1]以下の工程を含む、1以上の生体試料に含まれる、測定の対象とするアミノ基含有非ペプチド化合物の定量方法。
(工程1)分析の対象とする1以上の生体試料、および、既知量の該アミノ基含有非ペプチド化合物を含有する内部標準試料を調製する工程;
(工程2)混合比の指標となる化合物として、該1以上の生体試料中および内部標準試料中には存在しないアミノ基含有非ペプチド化合物を、該1以上の生体試料および内部標準試料のそれぞれに、既知の濃度となるように添加する工程;
(工程3)式(I):
【0011】
【化2】
【0012】
(式中、R、RおよびRはそれぞれ同一または異なって、水素、ハロゲンまたはアルキルを示す)
で表される化合物またはその塩の2種以上の安定同位体の組み合わせを標識化合物として用いて、該1以上の生体試料および内部標準試料のそれぞれに含まれる該アミノ基含有非ペプチド化合物および該混合比の指標となる化合物に質量差を与える工程;
(工程4)該1以上の生体試料および該内部標準試料からそれぞれ一定量をとり、それらを混合して混合液を調製する工程;
(工程5)該混合液を質量分析に供し、該アミノ基含有非ペプチド化合物に対応し、かつ、互いに対して該質量差を有する2以上の質量スペクトル、および、該混合比の指標となる化合物に対応し、かつ、互いに対して該質量差を有する2以上の質量スペクトルを取得する工程;
(工程6)該1以上の生体試料のそれぞれに由来する該アミノ基含有非ペプチド化合物に対応する各質量スペクトルと、該内部標準試料に由来する該アミノ基含有非ペプチド化合物に対応する質量スペクトルとの強度の比に基づいて、該混合液中に含まれる、互いに質量差を有する該アミノ基含有非ペプチド化合物の量比を決定する工程;
(工程7)該混合比の指標となる化合物に対応する2以上の質量スペクトルの比較に基づいて試料の混合比を決定することにより、工程6で決定された量比に基づいて、該1以上の生体試料のそれぞれに含まれる該アミノ基含有非ペプチド化合物の絶対量を決定する工程。
[2]式(I)の化合物が、2,4,6−トリメチルピリリウムである、上記[1]記載の定量方法。
[3]前記工程5において取得される質量スペクトルが由来する、該標識化合物で標識されたアミノ基含有非ペプチド化合物および混合比の指標となる化合物の少なくともいずれかが、式(II):
【0013】
【化3】
【0014】
(式中、RおよびRは前記と同義を示し、Rは任意に置換されていてもよい任意の炭化水素基を示す。)
で表される化合物(但し、ペプチド結合を有する化合物を除く。)またはその塩である、上記[1]記載の定量方法。
[4]前記組み合わせが5種以上の安定同位体を含む、上記[1]記載の定量方法。
[5]前記アミノ基含有非ペプチド化合物が、生理活性アミンおよび/またはアミノ酸である、上記[1]記載の定量方法。
[6]前記生理活性アミンがドーパミンである、上記[5]記載の定量方法。
[7]質量分析が、ナノ液体クロマトグラフ質量分析装置によって為される、上記[1]記載の定量方法。
[8]1以上の生体試料に含まれる、測定の対象とするアミノ基含有非ペプチド化合物の定量用キットであって、式(I):
【0015】
【化4】
【0016】
(式中、R、RおよびRはそれぞれ同一または異なって、水素、ハロゲンまたはアルキルを示す)
で表される化合物またはその塩の2種以上の安定同位体の組み合わせを標識化合物として含む、キット。
[9]式(I)の化合物が、2,4,6−トリメチルピリリウムである、上記[8]記載のキット。
[10]前記2種以上の安定同位体の組み合わせが、式(III):
【0017】
【化5】
【0018】
(式中、黒丸で示された炭素原子は、質量数13の炭素原子を示す。)に示されるPy0、Py1、Py2、Py3、Py4、Py5、Py6、Py7およびPy8からなる群から選択される2種以上の化合物またはそれらの塩を含む、上記[9]記載のキット。
[11]式(II):
【0019】
【化6】
【0020】
(式中、RおよびRはそれぞれ同一または異なって、水素、ハロゲンまたはアルキルを示し、Rは任意に置換されていてもよい任意の炭化水素基を示す。)
で表され、かつ式(II)中のR以外の位置において質量数13の炭素原子を少なくとも1つ有する化合物(但し、ペプチド結合を有する化合物を除く。)またはその塩。
[12]式(IV):
【0021】
【化7】
【0022】
(式中、R、RおよびRはそれぞれ同一または異なって、水素、ハロゲンまたはアルキルを示し、Rは任意に置換されていてもよい任意の炭化水素基を示す。)
で表され、かつ式(IV)中のR以外の位置において質量数13の炭素原子を少なくとも1つ有する化合物(但し、ペプチド結合を有する化合物を除く。)またはその塩。
【発明の効果】
【0023】
本発明の定量方法を使用することにより、体液(血液、尿、髄液等)や生体組織(脳等)において低濃度(例:0.01〜0.1ピコモル)で存在するアミノ基含有非ペプチド化合物(例:神経アミン等の生理活性アミンやアミノ酸、覚せい剤等)の存在量を定量することが可能となる。しかも、本発明の分析方法により、多数の生体試料(例:9試料)中の上記化合物を一斉に検出し、更にその構造を推定することも可能となる。
より具体的には例えば、本発明の分析方法により、脳内神経伝達アミン(例:L−ドーパ、ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニン、ヒスタミン等)またはアミノ酸(例:グルタミン酸、グリシン、アラニン、トリプトファン等)の分析による神経精神疾患および情動性障害の原因解明、血液、髄液、涙液中等の生理活性アミン、アミノ酸、覚せい剤および麻薬の分析による臨床医学および法医学検査、ならびに、微生物作用により生成されるアレルギー様食中毒の原因物質の不揮発性腐敗アミン(例:ヒスタミン、チラミン、スペルミジン、スペルミン、プトレシン、カダベリン等)の検出および定量による環境中または食品中のアミノ基含有非ペプチド化合物の分析において、高感度および高効率での多重定量が実現される。
本発明のキットおよび標識生成物は、本発明の定量方法を行うために有用である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】Py化合物(Py0〜Py8)によるドーパミンの標識を示す模式図である。
図2】種々のアミノ基含有非ペプチド化合物について、Py化合物で標識された誘導体の化学式および分子量(Py0で標識した場合の分子量で示している)等を示す図である。
図3】マイクロLC分離した質量M/z 258.1±0.1のイオンクロマトグラフを示す図である。
図4図3のイオンクロマトグラフにおける、1のピーク(生成物1)に対応するマススペクトルデータを示す図である。
図5図3のイオンクロマトグラフにおける、2のピーク(生成物2)に対応するマススペクトルデータを示す図である。
図6-1】L−アラニン、L−グルタミン酸、グリシン、GABAおよびヒスタミンのそれぞれについて、マイクロLC分離でのイオンクロマトグラフを示す図である。
図6-2】オルニチン、ドーパミン、ノルアドレナリン、L−ドーパおよびセロトニンのそれぞれについて、マイクロLC分離でのイオンクロマトグラフを示す図である。
図7】ナノLC分離した質量M/z 258.1±0.1のイオンクロマトグラフを示す図である。
図8図7のイオンクロマトグラフ中の矢印部分(保持時間:32.9分)の質量スペクトルを示す図である。
図9】ナノLC分離におけるM/z=244.1に対応する部分の質量スペクトルを示す図である。
図10】5種類のPy化合物を用いたドーパミンの検出感度の確認実験において得られた質量スペクトルを示す図である。図中、1、2、3、4および5はそれぞれ、Py0、Py2、Py4、Py6およびPy8で標識されたドーパミンに対応している。
図11図10における1〜5の質量スペクトルの強度を、対応する各々の試料中のドーパミンの初期量に対してプロットしたグラフを示す図である。
図12】ラット脳内のカテコラミンの定量実験における、各試料に対応する脳切片中の位置を示す図である。画像中に付した番号は、反応させたPy試薬の種類に対応しており、0はPy0、2はPy2、4はPy4、6はPy6、8はPy8に対応している。
図13】ラット脳内のカテコラミンの定量実験において得られたナノスペクトルデータを示す図である。用いた標識試薬とピークとの対応関係が矢印で示されている。
図14図13で得られたスペクトル強度に基づいて、脳の各部位のドーパミン量を算出した結果のグラフを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
(定量方法)
以下、本発明の定量方法を詳細に説明する。
【0026】
本発明の定量方法により、分析の対象とする1以上の生体試料に含まれる、測定対象のアミノ基含有非ペプチド化合物の絶対量を決定することができる。
分析の対象とされる生体試料の個数は、各生体試料に含まれる該アミノ基含有非ペプチド化合物を安定同位体の組み合わせによって標識して質量差を与えることができる限り、特に制限されない。例えば、後述する2,4,6−トリメチルピリリウムの安定同位体の組み合わせを標識化合物として利用する場合、内部標準試料として用いられる試料以外に最大8個の生体試料を一度に分析することができる。
さらに、本発明の定量方法では、生体試料中の測定対象のアミノ基含有非ペプチド化合物の絶対量が決定され得るため、同様の手順を繰り返すことにより、対象とする生体試料がどれだけ増えても分析を行うことが可能である。
【0027】
分析の対象とされる生体試料の由来や種類は特に制限されず、分析の目的に応じて任意の由来および組織等から取得され得る。具体的には例えば、該生体試料としては、哺乳動物(例:ヒト、サル、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、ウサギ、ハムスター、モルモット、マウス、ラット等)の種々の体液(例:血液、骨髄液、髄液、唾液、涙液、胃液、腹水、滲出液、羊膜液、膵液、胆汁など)、排泄物(例:尿、大便など)、および組織(例:脳、脊髄、眼球、胃、膵臓、腎臓、肝臓、生殖腺、甲状腺、胆嚢、骨髄、副腎、皮膚、肺、消化管(例:大腸、小腸)、血管、心臓、胸腺、脾臓、顎下腺、末梢血、前立腺、睾丸、卵巣、胎盤、子宮、骨、関節、脂肪組織、骨格筋など)含有試料などが例示されるがこれらに限定されない。
【0028】
本明細書においてアミノ基含有非ペプチド化合物とは、分子内に1つ以上のアミノ基を有し、かつ、分子内にペプチド結合を有しない任意の化合物を意味し、ここでアミノ基とは、アンモニア、第一級アミン(すなわち、アンモニアの水素原子を任意に置換されていてもよい任意の炭化水素基で1つ置換した化合物)または第二級アミン(すなわち、アンモニアの水素原子を、それぞれ同一または異なる任意に置換されていてもよい任意の炭化水素基で、2つ置換した化合物)から水素を除去した1価の官能基をいう。従って、アミノ基含有非ペプチド化合物は、NH、NHR、またはNHRR’(式中、RおよびR’はそれぞれ同一または異なって、任意に置換されていてもよい任意の炭化水素基をそれぞれ示す。)の化学式を有する非ペプチド性の化合物である。但し、NHRR’の化学式を有する化合物については、本発明の方法で用いられる標識試薬とは反応しないか、もしくは極めて低反応性であると考えられる。それ故、本発明の方法の対象となるアミノ基含有非ペプチド化合物は、通常、NHR(式中、Rは水素または任意に置換されていてもよい任意の炭化水素基を示す。)の化学式を有する非ペプチド性の化合物である。
測定の対象とするアミノ基含有非ペプチド化合物の分子量は、本発明の定量方法を可能とする限り特に限定されないが、一般的には低分子量の化合物である。具体的な分子量としては17〜1000であり、好ましくは17〜700、より好ましくは17〜500である。測定の対象とするアミノ基含有非ペプチド化合物としては、例えば、生理活性アミン、アミノ酸、薬物、覚醒剤、麻薬、不揮発性腐敗アミン、および、それらの代謝物でアミノ基を保有する化合物等が挙げられる。一度の分析において、複数種類のアミノ基含有非ペプチド化合物を測定の対象とすることもできる。
【0029】
アミノ基含有非ペプチド化合物のより具体的な例としては、以下に限定されないが、神経系に作用する生理活性アミン(例:L−ドーパ、ノルエピネフリン(ノルアドレナリン)、ドーパミン、トリプタミン、セロトニン、プトマイン、ヒスタミン、チラミン、タウリン等)、種々の生体アミノ酸(例:アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン、グルタミン酸、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リシン、メチオニン、フェニルアラニン、セリン、トレオニン、トリプトファン、チロシン、バリン、γ−アミノ酪酸(GABA)、およびそれらの修飾体(例:リン酸化体等)等)、薬物や麻薬(例:フェネチルアミン、アンフェタミン、カチン、カチノン、フェンテルミン、メスカリン、MDA、メトキシアンフェタミン、BDB、HMA、2C-B、DOB、DOM、DOET、MMDA、TMA、2C-I、2C-D、2C-N、2C-T-2、2C-T-7、DOI、DON、2,5-DMA、3,4−DMA等)、不揮発性腐敗アミン類(例:スペルミジン、スペルミン、プトレシン、カダベリン等)、ならびに、アミノ基を保有するそれらの代謝物等が挙げられる。
【0030】
上記工程1では、分析の対象とする1以上の生体試料、および、既知量の該アミノ基含有非ペプチド化合物を含有する内部標準試料が調製される。
【0031】
分析の対象とする生体試料は、上述したような由来や組織等から、自体公知の方法で採取され得る。次いで、固相抽出等の適当な手段を用いて、各生体試料において測定の対象とするアミノ基含有非ペプチド化合物を濃縮することが好ましい。該濃縮は例えば、以下の手順により行うことができる。すなわち、採取した生体試料のそれぞれにおいて、測定の対象とするアミノ基含有非ペプチド化合物とタンパク質とを分離するために、酸抽出等の適当な手段により除タンパク質処理を行う。次いで、除タンパク質液体試料中の測定対象のアミノ基含有非ペプチド化合物を、それを選択的に捕捉する陽イオン交換樹脂を用いて捕捉する。次いで、非特異的に樹脂に吸着した酸性または中性の低分子物質をアルコールにより洗浄する。さらに、残存する樹脂結合陽イオンを塩酸等を用いて溶出し、その後塩酸を減圧除去する。このようにして、分析の対象とする生体試料が調製され得る。
【0032】
一方、本明細書において内部標準試料とは、分析の対象とする試料と同様の処理に供せられる試料であって、測定の対象とするアミノ基含有非ペプチド化合物を既知の濃度で含むことにより、分析の対象とする各試料に含まれる該化合物の絶対量を決定するために利用され得る試料をいう。
内部標準試料の調製は例えば、測定対象の化合物の市販品を0.05MのHClに溶解することによって行うことができる。また、内部標準試料中に存在する、測定の対象とするアミノ基含有非ペプチド化合物の濃度は特に制限されないが、一般には、分析の対象とする試料中での該化合物の予想される濃度と近いことが好ましい。
【0033】
上記工程2では、混合比の指標となる化合物が、該1以上の生体試料および内部標準試料のそれぞれに、既知の濃度となるように添加される。本明細書で用いられる場合、「混合比の指標となる化合物」とは、各試料において既知の濃度で存在することにより、後の工程4において、上記の1以上の生体試料および内部標準試料から混合液を調製した際に、その混合比を決定するために利用できる化合物を意味する。詳細は後述するように、該混合比の決定は、該混合液中に存在する、各試料由来の混合比の指標となる化合物の量比の決定に基づいて行うことができる。そのため、混合比の指標となる化合物は、分析対象である1以上の生体試料中および内部標準試料中のいずれにも存在しないアミノ基含有非ペプチド化合物である必要がある。具体的には、混合比の指標となる化合物としては、ジヒドロキシベンジルアミン(DHBA)等が例示される。また、混合比の指標となる化合物の添加量は、その後の質量分析に支障を生じさせない限り特に制限されないが、例えば、各試料中の混合比の指標となる化合物の濃度が0.2〜10pmol、好ましくは0.5〜5pmol、より好ましくは1〜3pmolとなるように添加される。また、好ましくは、該1以上の生体試料および内部標準試料のいずれにおいても等しい濃度となるように、混合比の指標となる化合物は添加される。
【0034】
続いて上記工程3では、上記の1以上の生体試料および内部標準試料のそれぞれに含まれる測定対象のアミノ基含有非ペプチド化合物および混合比の指標となる化合物が、アミノ基反応試薬で標識される。本発明の定量方法においては、式(I):
【0035】
【化8】
【0036】
(式中、R、RおよびRはそれぞれ同一または異なって、水素、ハロゲンまたはアルキルを示す)
で表される化合物またはその塩の2種以上の安定同位体の組み合わせが標識化合物として用いられる。
【0037】
式(I)中のR、RおよびRはそれぞれ同一または異なって、水素、ハロゲンまたはアルキルを示す。R、RおよびRは、好ましくは水素、ハロゲン、または炭素数1〜6のアルキル(例えば、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、sec−ブチル、イソブチル、tert−ブチル、ペンチル、ヘキシル等)であり、より好ましくは炭素数1〜3のアルキル(例えば、メチルまたはエチル)である。また、前記ハロゲンとしては、例えばフッ素、塩素、臭素、ヨウ素等が挙げられる。
【0038】
式(I)の化合物の好ましい例としては、2,4,6−トリメチルピリリウム、2−エチル−4,6−ジメチルピリリウムおよび2,6−ジエチル−4−メチルピリリウムなどが挙げられ、特に好ましくは、2,4,6−トリメチルピリリウムである。
【0039】
本発明の定量方法において、式(I)の化合物は、通常、塩の形態で利用される。その場合、該塩は式(I)の化合物および任意の陰イオン原子または陰イオン分子からなる塩である。該陰イオン原子または陰イオン分子としては、ヘキサフルオロリン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、テトラフルオロホウ酸等の陰イオンが挙げられ、アミノ基含有非ペプチド化合物の標識反応を妨げない限り特にその種類は限定されないが、好ましくはテトラフルオロホウ酸の陰イオンである。
【0040】
従って、好ましいアミノ基反応試薬の例としては、2,4,6−トリメチルピリリウム・テトラフルオロホウ酸、2−エチル−4,6−ジメチルピリリウム・テトラフルオロホウ酸塩または2,6−ジエチル−4−メチルピリリウム・テトラフルオロホウ酸などが挙げられ、特に好ましくは、2,4,6−トリメチルピリリウム・テトラフルオロホウ酸である。
【0041】
上記工程3の標識は、安定同位体により互いに質量差を有する上記アミノ基反応試薬を用いることにより、分析の対象とする1以上の生体試料および内部標準試料のそれぞれに含まれる測定対象のアミノ基含有非ペプチド化合物および混合比の指標となる化合物に質量差を与えるものである。使用される安定同位体間の質量差は、質量分析計により質量差を与えられた同種のアミノ基含有非ペプチド化合物を分離することができる限り特に限定されない。質量差は1以上であり、場合により互いに2以上の質量差を有する安定同位体のみを選んで使用することもできる。質量差の上限も、アミノ基反応試薬が安定に存在し得る限り特に限定されず、通常は化合物間の質量差を12Cと13Cとの間の質量差により与えるので、質量差の上限はアミノ基反応試薬中に含まれる炭素原子の個数に等しい。
【0042】
上述の通り、本発明の定量方法で用いられる式(I)の化合物の好ましいものとして、2,4,6−トリメチルピリリウムが挙げられる。2,4,6−トリメチルピリリウムは、下記式:
【0043】
【化9】
【0044】
を有する化合物であり、8個の炭素原子を含む。本発明において標識化合物として用いられる安定同位体では、炭素同位体13Cの個数は0〜8個のいずれであってもよく、また、13Cの個数に応じて、その位置について特別の配慮が払われている。すなわち、13Cの位置は1位の酸素と4位の炭素とを結ぶ直線に対して対称となるように配置されている。
【0045】
本発明の定量方法で用いられるアミノ基反応試薬の特に好ましい例として、以下に示す、2,4,6−トリメチルピリリウムの質量差1毎の9種の安定同位体の組み合わせが挙げられる。
【0046】
【化10】
【0047】
(式中、黒丸で示された炭素原子は、質量数13の炭素原子である。)以下、これらの化合物をPy化合物と総称し、Py化合物に含まれる各安定同位体を分子中の13Cの個数に基づいて、Py0、Py1、Py2、Py3、Py4、Py5、Py6、Py7、Py8と呼称する。例えば、上記Py化合物のテトラフルオロホウ酸塩を本発明の定量方法では好適に用いることができる。また、上記9種の化合物から選択される、任意の2種以上(例:2種、3種、4種、5種、6種、7種、8種、9種)を組み合わせて本発明の定量方法に用いることができる。
【0048】
上記アミノ基反応試薬は、例えば
1) Balaban, A.T., Boulton A.J., Organic Synthesis, Coll., vol.5, p.1112(1973);vol.49, p.121(1969).
2) Balaban, A.T., Boulton A.J., Organic Synthesis, Coll., vol.5, p.1114(1973)
3) Ghiviriga I., Czerwinski E. W., Balaban A.T., Croatia Chemica Acta, vol.77(1-2), p.391-396 (2004)
等で教示されている方法に従って合成することが出来る。
【0049】
上記Py化合物での標識は以下のようにして行うことができる。すなわち、Py化合物では9種類の安定同位体の組み合わせが存在するため、内部標準試料のために1種類の安定同位体を使用し、それ以外の8種類のいずれかを、分析の対象とする1〜8個の生体試料のために使用するように割り振る。異なる生体試料中に含まれるアミノ基含有非ペプチド化合物は、異なる質量を有する安定同位体で標識される。標識反応を行う前に、各生体試料を予め適当なpH(例:pH8.5〜pH11、好ましくはpH9〜pH10)に調整することが好ましい。次いで、各標識試薬を各試料に添加し、25℃〜60℃、例えば50℃で適当な時間(例:10分〜180分間、例えば30分間)反応させる。反応が完了したら、例えば塩酸を添加して酸性条件として反応を停止させる。
【0050】
Py化合物は、以下の反応経路に従ってアミノ基含有非ペプチド化合物を標識する(例えば、C.Toma and Balaban A.T., Tetrahedron,Vol.22 suppliment No.7 p.9-22 (1966)を参照)。Py化合物以外の上記式(I)に示される標識化合物についても、同様の経路に従ってアミノ基含有非ペプチド化合物を標識する。
【0051】
【化11】
【0052】
上記反応経路に示されるように、標識により、互いに分子量が異なる2種類の標識体(生成物1および生成物2)が生成する。生成物1と生成物2との存在割合は、対象とするアミノ基含有非ペプチド化合物の種類と反応条件に応じて変動する。これら2種類の標識体については後の液体クロマトグラフィー分析において容易に分離することができる。
【0053】
具体例として、図1には、ドーパミンをPy化合物で質量差を与えて標識した例が示されている。ドーパミンをPy0、Py1、Py2、Py3、Py4、Py5、Py6、Py7、Py8化合物のそれぞれで標識した場合、Py化合物が有する互いに対する質量差に基づいて、おおよその分子量として258、259、260、261、262、263、264、265、266、267のPy標識ドーパミンが得られる。
また、図2には、いくつかのアミン類またはアミノ酸について、Py化合物(具体的には、Py0化合物)で標識した場合の誘導体の化学式および分子量が示されている。
【0054】
続いて上記工程4では、互いに質量差を有するアミノ基反応試薬で標識された上記1以上の生体試料および内部標準試料のそれぞれから一定量を取り、それらを混合して混合液を調製する。混合液の調製に際して各試料から採取される量は等量であることが好ましいが、それに限定されない。また、必ずしも必要ではないが、混合液中に存在する過剰な標識試薬を除去してもよい。過剰な標識試薬の除去は、酢酸エチルなどを用いる有機溶媒抽出、または、陽イオン交換樹脂を用いて行うことができる。さらに、質量分析に供する前に、該混合液を濃縮することが好ましい。混合液の濃縮は、平衡化した陽イオン交換樹脂(H型)に混合液を付加し、水でよく洗浄してから、1%アンモニア水または0.1M塩酸により反応物を溶出する。溶出液は、減圧遠心濃縮器で適当な量まで濃縮することにより行うことができる。
【0055】
上記工程5では、上記の手順に従って調製した混合液が質量分析に供される。質量分析は公知の方法に従って行うことができる。本発明の定量方法では任意の質量分析システムを用いることができるが、高感度での定量を可能とするために、ナノ液体クロマトグラフィー質量分析(ナノLC/MS)システムを用いて分析することが好ましい。使用され得るナノLC/MS装置としては、例えば、NanoFrontier eLD (日立ハイテクノロジーズ社製)等が挙げられる。質量分析は例えば、具体的には以下のようにして行うことができる。すなわち、分離用カラムとしてモノリス型のMonoCap for FastFlow (0.075mm IDx150mmL, Merck社)、トラップカラムとしてC18-Monolithトラップカラム(0.05mm IDx150mm L Hitachi)を用い、流量200nl/分、移動層としてA)ギ酸/水/アセトニトリル(0.1:98:2)、B) ギ酸/水/アセトニトリル(0.1:2:98)からなるグラジエント溶出を行う(すなわち、A/B=98/2(0分)−50/50(50分)-0/100(50.1-70分)−98/2(70.1-90分))。サンプル注入量は50nlとする。質量部設定:イオン化モードはナノESI(正イオン化)、スプレー電圧は1400V、検出器電圧は2150V、カウンター窒素ガス量は0.8L/分、スキャン範囲は50-1000 m/zとする。質量分析結果は、50分間記録する。
同位体標識によって、異なる試料由来の同種のアミノ基含有非ペプチド化合物は互いに異なる質量を持つため、質量分析により得られる質量スペクトルにおいては、異なる試料由来のアミノ基含有非ペプチド化合物は分離したピークとして現れる。そのようにして、測定の対象とするアミノ基含有非ペプチド化合物に対応し、かつ、互いに対して、安定同位体間の質量差を有する異なる試料由来の2以上の質量スペクトル、および、混合比の指標となる化合物に対応し、かつ、互いに対して、安定同位体間の質量差を有する異なる試料由来の2以上の質量スペクトルが取得できる。以下、同一化合物に対応し、かつ、互いに対して安定同位体間の質量差を有する異なる試料由来の2以上の質量スペクトルを質量スペクトル群ともいう。上述したように、各化合物に対して互いに分子量と化学的特性が異なる2つの標識体(すなわち、上記の生成物1および生成物2)が得られるため、化合物毎に2種類の質量スペクトル群を得ることができる。以下の工程では、同一の質量スペクトル群に含まれる2以上の質量スペクトル間での強度の比較が行われることに留意されたい。アミノ基含有非ペプチド化合物の種類によって生成物1と生成物2の形成量は異なるので、スペクトル強度の高い方の生成物の質量スペクトル群内での強度比較を行なうことが好ましい。
【0056】
上記の工程6および工程7では、上記のようにして取得された質量スペクトル群から、分析の対象とする各生体試料に含有される、測定の対象とするアミノ基含有非ペプチド化合物の絶対量が決定される。
【0057】
先ず工程6では、測定の対象とするアミノ基含有非ペプチド化合物の各試料間での相対量が決定される。そのために、分析の対象とする生体試料のそれぞれについて、該試料に由来する該化合物に対応する質量スペクトルと、内部標準試料に由来する該化合物に対応する質量スペクトルとの強度の比を取得する。該強度の比は、質量分析に供した混合液中に含まれる、同位体標識により互いに質量差を有する該化合物の量比に対応している。従って、該強度の比に基づいて、該混合液中に含まれる、各試料由来の該化合物の量比を決定することができる。
【0058】
続いて工程7において、上記混合液の調製における、分析の対象とする1以上の生体試料および内部標準試料の混合比が決定される。上述の通り、混合比の指標となる化合物は、混合前の各試料に既知の濃度となるように添加されているため、混合比の指標となる化合物に対応する質量スペクトル群に含まれる2以上の質量スペクトルの比較に基づいて、該混合比を決定することができる。さらに、該混合比と、上記工程6で決定された各試料由来の該化合物の量比とを利用することにより、分析の対象とする1以上の生体試料のそれぞれに含まれる該化合物の絶対量を決定することができる。
【0059】
(定量用キット)
本発明はまた、上述したアミノ基含有非ペプチド化合物の定量方法に用いることができる試薬キットであって、標識化合物として式(I)で表される化合物またはその塩の2種以上の安定同位体の組み合わせを含む、キット(以下、本発明のキットともいう)を提供する。式(I)で表される化合物またはその塩に関する定義、安定同位体や組み合わせの態様は上述の通りである。
【0060】
本発明のキットは、前記安定同位体の組み合わせ以外に、1種以上の反応緩衝液、洗浄溶液、または本発明の標識試薬との組み合わせ使用に必要若しくは好適なその他の成分を含んでいても良い。本発明のキットはまた、任意でその使用説明書を含む。また、本発明のキットは、未反応成分除去試薬(洗浄試薬)、制限酵素、精製用カラム、精製用溶媒などを更に含んでいてもよい。
【0061】
(標識生成物)
本発明は更に、下記式:
【0062】
【化12】
【0063】
(式中、R、RおよびRはそれぞれ同一または異なって、水素、ハロゲンまたはアルキルを示し、Rは任意に置換されていてもよい任意の炭化水素基を示す。)
で表され、かつ式中のR以外の位置において質量数13の炭素原子を少なくとも1つ有する化合物(但し、ペプチド結合を有する化合物を除く。)(以下、化合物1ともいう)およびその塩、ならびに下記式:
【0064】
【化13】
【0065】
(式中、RおよびRはそれぞれ同一または異なって、水素、ハロゲンまたはアルキルを示し、Rは任意に置換されていてもよい任意の炭化水素基を示す。)
で表され、かつ式中のR以外の位置において質量数13の炭素原子を少なくとも1つ有する化合物(但し、ペプチド結合を有する化合物を除く。)(以下、化合物2ともいう)およびその塩を提供する(以下、これらの化合物を総称して、本発明の標識生成物ともいう)。本発明の標識生成物は、例えば、本発明の定量方法における内部標準試料(分析の対象とされるアミノ基含有非ペプチド化合物が13Cを有する標識試薬で既に標識されている)の調製のために利用できる。
【0066】
本発明の標識生成物は、例えば、本発明の定量方法で用いられる標識試薬(13Cを有するものに限る)により、上で定義した所与のアミノ基含有非ペプチド化合物を標識することにより生成したものであってよい。すなわち、該標識試薬により上で定義したアミノ基含有非ペプチド化合物を標識することにより得られる化合物はいずれも本発明の標識生成物に包含される。
【0067】
従って、化合物1または化合物2の式中のR、RおよびRの定義は、本発明の定量方法での標識化合物におけるR、RおよびRについて上述したものと同じである。その組み合わせとしても該標識化合物におけるものと同様であり、例えば、化合物1においてR、RおよびRがいずれもメチル基である組み合わせ、化合物2においてRおよびRがいずれもメチル基である組み合わせ等が例示される。
化合物1または化合物2の式中のRについても、本発明の定量方法において上述した、NHR(式中、Rは水素または任意に置換されていてもよい任意の炭化水素基を示す。)の化学式を有する任意のアミノ基含有非ペプチド化合物におけるRと同じものであってよい。
化合物1または化合物2の塩は任意の塩であってよく、例えば、式(I)の化合物の塩として例示したもの(例えば、ヘキサフルオロリン酸塩、トリフルオロメタンスルホン酸塩、テトラフルオロホウ酸塩等)、および硝酸塩、塩酸塩、硝酸塩、硫酸塩等である。
13Cの個数は、1つ以上であり、かつ化合物1または化合物2の式中のR以外の位置にある炭素原子の総数以下である任意の個数である。13Cの位置は、該標識試薬における13Cの位置(上述)およびその標識反応(上述)に従って導出される位置である。
【0068】
以下に実施例等を示して本発明の定量方法をより具体的に説明するが、本発明の範囲は以下の実施例等に限定されない。
【実施例】
【0069】
実験例1:マイクロLC/MSによる、互いに質量差2を有する5種類のPy化合物を用いたドーパミンの分析
10mMドーパミン標準液(0.05M塩酸溶液に溶解)1μlに50mMホウ酸ナトリウム緩衝液(pH 10.0)を5μl、50 mM Py試薬(50mM Py0、Py2、Py4、Py6、Py8の等量混合液)を1μl、蒸留水3μlを加えて全量10μlとして50℃で30分間加熱保温した。終了後1M塩酸を2μl加えて酸性条件にしてから、その2μlをマイクロLC/MSに直接導入し、MS分析を行った。LC条件は逆相系のDevelosil C30-UG-3 2.0mmID x 150mm Lカラムを用い、流量を200μl/分に設定した。移動相はA液として0.1%ギ酸水溶液、B液として0.1%ギ酸含有アセトニトリルを用い、濃度勾配溶出法を採用し、A/B=10/90(0分)−0/100(10〜20分)−10/90(20.1分)とした。カラム温度は40℃に設定した。MSの測定条件は、セミミクロ正イオン化ESIモードのイオン化モードを採用し、ネブライザーガス流速は3.0L/分、AUXガス流速は12.0L/分、ガス温度は600℃とした。スプレー印加電圧を3500Vとして、検出器の印加電圧は2200Vとした。質量スキャン範囲は50〜500の範囲とした。
図3は、LC分離した質量M/z 258.1±0.1のイオンクロマトグラフを示しており、2つのピークが観察される。これらが生成物1と生成物2に対応するが、溶出条件とピリジニウムイオンの特性からみて、5.6分のピーク1が生成物1に対応し、8.1分のピーク2がキシリジン型の生成物2と推定された。両者の質量は本来1だけ違うが、生成物2では[M+H]+となり生成物1と区別ができない。なお、ピーク1と2の量比は反応条件で変動することが分かっている。図4はピーク1、図5はピーク2の質量スペクトルを示している。いずれも、質量244.1から質量2違いの5本のピークが大体同じ強度で観察されることが分かる。
【0070】
実験例2:アミン及びアミノ酸の複数成分の分析例
上記実験例1と同様に、ドーパミン以外のアミンやアミノ酸(図2)について、個々の10mM標準溶液をPy誘導体化してマイクロLC/MS分析を行ない、個々に分析した。各々の誘導体について、質量M/z値の示すイオンクロマトグラフを図6に示している。
10種類の物質とPy試薬は反応して誘導体を形成するが、実験例1と同じ条件では、生成物1および生成物2が生成することが図中の★印で示された。また、それらの溶出時間と生成量比は対象物質により異なること、および、物質相互の分離も可能であることが分かった。
【0071】
実験例3:ナノLC/MSによる、互いに質量差2を有する5種類のPy化合物を用いたドーパミンの分析
高感度分析のためにナノLC/MSを用いて、以下の通りに実験を行った。
10mM ドーパミン標準溶液(0.05M HCl)2μl、10mM DHBA(dihydroxybenzoic acid)2μl、50mM ナトリウムホウ酸緩衝液(pH10.0)10μl、25mM Py試薬(各25mM Py0、Py2、Py4、Py6、Py8の5種類の等量混合物)2μl、蒸留水4μlで総量20μlとして50℃で120分保温した。冷却後1M HClを2μl加えて、酸性にした反応液を0.05M HCl で希釈してマニュアルインジェクターでナノLC/MS分析に導入した。ナノLCの分析条件とMS計測の条件は前述と同じである。
図7に示されるように、ナノLC分離で32.9分に質量M/z=258.1の物質が溶出していた。その部分の質量スペクトルを図8に示した。Py試薬でラベルされたドーパミンに相当して、2Da毎に5本のピークが検出された。これらはPy0、Py2、Py4、Py6、Py8で標識されたドーパミンにそれぞれ対応する。
さらに、同じクロマトグラフィーで、ドーパミンとは異なった時間に溶出するM/z=244.1の位置の質量分析をした結果、図9に示したように、244.1078から2Da差で5本のスペクトル(黒矢先)が観察された。これが内部標準としてドーパミンとPy試薬の反応物の固相精製などの操作の回収率の補正に利用され得る。
【0072】
実験例4:ドーパミンの検出感度の確認
ドーパミンを5本のチューブに5.0pmol 、1.25pmol、0.625pmol、0.3pmol、0.15pmolをとり、5% TCAで総量を8μlとした。2Mリン酸K緩衝液、pH 11を12μl加え、pH 10に保った。100mM Py試薬5種(Py0を5.0pmol、 Py2を1.25 pmol、Py4を0.625pmol、Py6を0.3pmol、Py8を0.15pmolに対応させる)を1μl加え、50℃で5分間保温した。反応は6M塩酸を4μl加え停止した。総量25μlとした。各反応チューブから20μlを採取し混合した。混合液100μlをPBA(phenylboronic acid)樹脂(MonoSpinPBAカラム:GLサイエンス)により処理し、カテコール基を持つPy誘導体化合物を精製した。即ち、PBAカラムを2%TFA(トリフルオロ酢酸)含有50%アセトニトリルにより活性化し、100mM リン酸カリウム緩衝液、pH8.0でよく洗浄する。上記混合液に等量の1Mリン酸カリウム緩衝液、pH 10を加えてよく攪拌したのち、このカラムに負荷した。アセトニトリルで2回、100mMリン酸カリウム、pH8.0でカラムを2回洗浄し30μlの2% TFA(トリフルオロ酢酸)含有50%アセトニトリルで溶出した。10μlまで濃縮し、その5μlを注入し、ナノLC/MSにより分析した。分析条件は前記と同じであった。
Py0と反応したドーパミン(Py0-dopamine)の質量は258.0879、Py2-dopamineは260.0943、Py4-dopamineは262.1008、Py6-dopamineは264.1090、Py8-dopamineは266.1128であり、丁度、質量差は2.0038〜2.0080の範囲にあり、Py試薬の質量差を反映したスペクトルを与えることが分かった(図10)。このスペクトル強度をドーパミンの初期量に対してプロットすると直線関係が得られたことから(図11)、0.15pmolのドーパミンが定量できることが判明した。
【0073】
実施例1:ラット脳内のカテコラミンの定量
以下に、本発明の方法によりラット脳微少組織中のドーパミン定量を行った実施例を示す。
まずラット頭部にマイクロウェーブの照射(5kW,1,7秒)を行い(マイクロウェーブアプリケーター、室町機械)、固定を行った。脳摘出後、凍結ミクロトーム(CM3050S,ライカ)を用い40μm厚の脳組織切片を作成し、レーザーマイクロダイセクション(ASLMD、ライカ)により、一辺500μm四方、厚さ40μmの脳組織を得た。図12には、脳の様々の部位から採取した試料の位置が脳切片の画像の中に白く表示されており、画像中に付した番号は、反応させたPy試薬の種類である(すなわち、0はPy0、2はPy2、4はPy4、6はPy6、8はPy8に対応している)。Py試薬の種類と、脳の部位との対応を以下の表1に示す。
【0074】
【表1】
【0075】
採取された各切片は、0.5mm四方で厚さ40μm、従って体積は0.01μlに相当する。
続いて、内部標準物質としてDHBAを各試料あたり2pmol添加し、さらに酸抽出法により除タンパク処理を行った。その後、Py化合物と試料中のドーパミンとを反応させ(反応条件は50℃, 5分)、塩酸添加により反応を停止させた。
次に、官能基にフェニルホウ酸(PBA)を持つカラム(MonoSpin PBA、GLサイエンス)により試料中のドーパミン−Py化合物の精製を行った。ドーパミン−Py化合物を含む試料にアルカリ溶液(りん酸水素二カリウム水溶液)を加えpH 8-9に調整した後、ドーパミン−Py化合物をPBAに結合させ、アセトニトリルおよび水で洗浄してから2%トリフルオロ酢酸含有50%アセトニトリル溶液でドーパミン−Py化合物を溶出した。発明を実施するための形態において上述したようにして、溶出液を減圧遠心濃縮機により濃縮した後、ナノLC/MSシステムにより分析を行った。得られたナノスペクトルデータを図13に示している。
得られた強度から、各部位のドーパミンの量が算出されたものを図14に示した。その結果、Py0を用いて線条体10nlの2枚分、計20nl中のドーパミンを測定したところ、およそ1.3pmolの値が得られた。Py2およびPy6を用いて線条体10nl中のドーパミンを測定したところ、およそ0.5pmolの値が、Py4を用いて脳梁10nl中のドーパミンを測定したところ、およそ0.2pmolの値が得られた。また、Py8を用いて大脳皮質10nl中のドーパミンを測定したところ、検出感度以下であった。
本結果より、MonoSpin PBAによるドーパミン−Py化合物の精製と本発明の方法であるPy試薬を用いた測定法を組み合わせることにより、脳組織10nl中のドーパミン濃度の測定が可能であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明の定量方法を使用することにより、体液(血液、尿、髄液等)や生体組織(脳等)において低濃度(例:0.01〜0.1ピコモル)で存在するアミノ基含有非ペプチド化合物(例:神経アミン等の生理活性アミンやアミノ酸、覚せい剤等)の存在量を定量することが可能となる。しかも、本発明の分析方法により、多数の生体試料(例:9試料)中の上記化合物を一斉に検出し、更にその構造を推定することも可能となる。
より具体的には例えば、本発明の分析方法により、脳内神経伝達アミン(例:L−ドーパ、ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニン、ヒスタミン等)またはアミノ酸(例:グルタミン酸、グリシン、アラニン、トリプトファン等)の分析による神経精神疾患および情動性障害の原因解明、血液、髄液、涙液中などの生理活性アミン、アミノ酸、覚せい剤および麻薬の分析による臨床医学および法医学検査、ならびに、微生物作用により生成されるアレルギー様食中毒の原因物質の不揮発性腐敗アミン(例:ヒスタミン、チラミン、スペルミジン、スペルミン、プトレシン、カダベリンなど)の検出および定量による環境中または食品中のアミノ基含有非ペプチド化合物の分析において、高感度および高効率での多重定量が実現される。
本発明のキットおよび標識生成物は、本発明の定量方法を行うために有用である。
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図6-1】
図6-2】
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