特許第5958979号(P5958979)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5958979イネCW型雄性不稔細胞質に対する稔性回復遺伝子及び稔性回復方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5958979
(24)【登録日】2016年7月1日
(45)【発行日】2016年8月2日
(54)【発明の名称】イネCW型雄性不稔細胞質に対する稔性回復遺伝子及び稔性回復方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/09 20060101AFI20160719BHJP
   C12N 15/113 20100101ALI20160719BHJP
   A01H 1/00 20060101ALI20160719BHJP
   A01H 5/00 20060101ALI20160719BHJP
【FI】
   C12N15/00 AZNA
   C12N15/00 G
   A01H1/00 A
   A01H5/00 A
【請求項の数】8
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-246945(P2014-246945)
(22)【出願日】2014年12月5日
(62)【分割の表示】特願2010-502704(P2010-502704)の分割
【原出願日】2009年2月21日
(65)【公開番号】特開2015-70850(P2015-70850A)
(43)【公開日】2015年4月16日
【審査請求日】2014年12月26日
(31)【優先権主張番号】特願2008-62879(P2008-62879)
(32)【優先日】2008年3月12日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(有用遺伝子活用のためのイネゲノム研究・ゲノム育種による効率的品種育成技術の開発、農業生物資源研究所、平成17年度から19年度研究課題「雄性不稔細胞質[cms−CW]および[cms−ld]に対する稔性回復遺伝子のクローニング」、産業技術強化法第19条の適用を受ける特許出願)
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100100181
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 正博
(72)【発明者】
【氏名】鳥山 欽哉
(72)【発明者】
【氏名】藤井 壮太
【審査官】 伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2004/0123343(US,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2006/0123505(US,A1)
【文献】 Plant Molecular Biology,2007, Vol.63, pp.405-417
【文献】 Theoretical and Applied Genetics,2005, Vol.111, pp.696-701
【文献】 Proceedings of the National Academy of Sciences of USA,1996, Vol.93, pp.11259-11263
【文献】 Nature,2002, Vol.420, pp.316-320
【文献】 "Oryza sativa genomic DNA, chromosome 4, BAC clone: OSJNBa0022H21, complete sequence.",,AL731582.2, [online], National Center for Biotechnology Information, 2005年4月16日掲載, 2015年12月17日検索, インターネット,URL,http://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/AL731582
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の群から選択される塩基配列から成る核酸:
(a)CW型細胞質雄性不稔性のイネに対する稔性回復系統の第4染色体由来のゲノム断片であって配列番号1に示す全塩基配列、若しくは、該全塩基配列の一部から成る部分塩基配列であって少なくとも1611〜4835番目の塩基を含む該部分塩基配列、又は
(b)塩基配列(a)と95%以上である配列同一性を示す塩基配列、但し、配列番号1に示す塩基配列の1812番目に相当する塩基がチミン(T)であってCW型細胞質雄性不稔性イネの稔性を回復させることのできる塩基配列、
をCW型細胞質雄性不稔性のイネに導入することにより、該イネの稔性を回復させる方法。
【請求項2】
ゲノム断片が配列番号1に示す全塩基配列から成る、請求項1記載の方法。
【請求項3】
請求項1又は2のいずれか一項に記載の方法により稔性が回復したイネを用いて一代雑種品種を育種する方法。
【請求項4】
以下の群から選択される塩基配列から成る核酸:
(a)CW型細胞質雄性不稔性のイネに対する稔性回復系統の第4染色体由来のゲノム断片であって配列番号1に示す全塩基配列、若しくは、該全塩基配列の一部から成る部分塩基配列であって少なくとも1611〜4835番目の塩基を含む該部分塩基配列、又は
(b)塩基配列(a)と95%以上である配列同一性を示す塩基配列、但し、配列番号1に示す塩基配列の1812番目に相当する塩基がチミン(T)であってCW型細胞質雄性不稔性イネの稔性を回復させることのできる塩基配列。
【請求項5】
請求項4記載の核酸を含むベクター。
【請求項6】
請求項5記載のベクターによって形質転換された植物。
【請求項7】
請求項5記載のベクターによって形質転換されたCW型細胞質雄性不稔性イネである植物であって、その稔性が回復された前記植物。
【請求項8】
アグロバクテリウム法により形質転換された請求項6又は7記載の植物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、CW型細胞質雄性不稔性のイネの稔性を回復させる方法、稔性回復遺伝子の有無の識別方法等に関する。高等植物に存在する細胞質雄性不稔性(Cytoplasmic Male Sterility; 以下「CMS」ともいう)とは、ミトコンドリア遺伝子の変異が原因で受精能力のある花粉の形成が阻害され、種子が稔らないもので、いくつかのCMSでは、核にコードされている稔性回復遺伝子(Rf)の働きによって花粉稔性が回復することが知られている。
【背景技術】
【0002】
一代雑種育種法はハイブリッド品種育種法とも呼ばれ、両親の優れた形質を合わせ持ち、かつ、雑種強勢を示す品種が育種できるため、品種育成に利用されている。多量にかつ経済的にF1種子を採種するために、イネにおけるハイブリッド品種の種子生産には、細胞質雄性不稔性を利用した三系法が利用されている。三系法とは、雄性不稔系統を保有する系統である不稔系統、稔性回復系統、および、核遺伝子は不稔系統と同一であって不稔細胞質を保有しない系統である維持系統を利用する方法をいう。これらの3系統を用いて、(i)不稔系統に回復系統の花粉を交配させることによりハイブリッド種子を獲得することができ、(ii)一方、不稔系統に維持系統の花粉を交配することにより不稔系統を維持することができる。
【0003】
三系法を用いたハイブリッド品種に育成には世界的にBT型雄性不稔細胞質とWA型雄性不稔細胞質が用いられてきたが、本発明に関わるCW型雄性不稔細胞質は、稔性回復遺伝子Rf17(非特許文献1)の具体的な構造及び機能等が明らかでなかったため、これまで利用されてこなかった。しかし、これまで用いられてきた雄性不稔細胞質のみでは遺伝資源が限られているため品種崩壊の危険があるので、新規な雄性不稔細胞質の利用開発が望まれている。
【0004】
従来、植物体中でのRf17遺伝子座の遺伝子型を推定するためには、まず、検定交配を行った交配種子から植物体(F1)を育成し、次いでF1植物を自殖させてその種子形成率が一定以上(例えば90%以上)である個体の出現頻度を調査する必要があった。DNAマーカーを用いた遺伝子型の判定は行うことはできなかった。
【非特許文献1】Sota Fujii and Kinya Toriyama (2005) Molecular mapping of the fertility restorer gene for ms-CW-type cytoplasmic male sterility of rice. Theor. Appl. Genet. 111:696-701
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
三系法でCW型雄性不稔細胞質を利用するにあたっては、回復系統のイネを育種する各過程でイネがRf17遺伝子を保有すること、また、最終段階ではRf17遺伝子をホモで保有することを確認する必要が有る。
従って、本発明の主な目的は、Rf17遺伝子座の遺伝子型をその具体的な塩基配列情報に基づき、直接同定する技術を提供すること、及び、人為的に稔性回復系統を作成する技術を提供すること等である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、CW型雄性不稔細胞質に対する稔性回復遺伝子Rf17を含む塩基配列として配列番号1に示す配列を決定した。さらに、塩基配列2に示した遺伝子の発現を抑制することにより、CW型細胞質雄性不稔イネの稔性を回復させることに成功し、本発明を完成した。
【0007】
即ち、本発明は以下の態様に係るものである。
[態様1]CW型細胞質雄性不稔性のイネにおいて、配列番号2に示す塩基配列から成る遺伝子の発現を抑制又は減少することにより、該イネの稔性を回復させる方法。
[態様2]CW型細胞質雄性不稔性に対する稔性回復系統の第4染色体由来のゲノム断片であり、配列番号1に示す塩基配列における少なくとも1611〜4835番目の塩基配列を有する核酸を含むゲノム断片をCW型細胞質雄性不稔性のイネに導入することにより稔性を回復する、態様1記載の方法。
[態様3]ゲノム断片が配列番号に1示す全塩基配列から成る、態様2記載の方法。
[態様4]RNA干渉法を用いて配列番号2の遺伝子発現を抑制することにより、CW型細胞質雄性不稔性のイネの稔性を回復させる、態様1記載の方法。
[態様5]配列番号2に示す塩基配列から成る遺伝子又はその3’非翻訳領域における100〜500個の連続した塩基配列及びその相補配列を含み、細胞内でRNA干渉を誘導し得る二重鎖RNAを発現するベクターをCW型細胞質雄性不稔性のイネに導入することによりRNA干渉を誘導する、態様4記載の方法。
[態様6]配列番号2に示す塩基配列における638〜815番目の連続した塩基配列及びその相補配列を含み、細胞内でRNA干渉を誘導し得る二重鎖RNAを発現するベクターを用いる、態様5記載の方法。
[態様7]態様1〜6のいずれか一項に記載の方法により稔性が回復したイネ。
[態様8]態様7記載のイネを用いて一代雑種品種を育種する方法。
[態様9]態様8記載の育種方法によって得られる一代雑種品種から採種されたF1種子。
[態様10]被検定イネにおいて配列番号1に示す塩基配列の第1812番目の塩基における一塩基多型(SNP)を同定することなら成る、CW型細胞質雄性不稔性に対する稔性回復遺伝子であるRf17遺伝子の有無の識別方法。
[態様11]CAPS法により一塩基多型 (SNP; single nucleotide polymorphism)を同定する、態様10記載の方法。
[態様12]切断認識配列 GT(A)AACを持つ制限酵素を使用する、態様11記載の方法。
[態様13]制限酵素がMaeIIIである、態様12記載の方法。
[態様14]態様10〜13のいずれか一項に記載の方法に使用するキット。
【発明の効果】
【0008】
本発明によって、CW型雄性不稔に対する稔性回復は、ORF11の発現減少によることが明らかになった。更に、CW型雄性不稔に対する稔性回復に効果がある塩基配列を同定することに成功し、稔性を回復させることが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】相補性試験で稔性が回復した遺伝子断片に存在する遺伝子の模式図。
図2】RNA干渉を誘導するベクターを導入した形質転換植物における花粉のデンプンの分解の有無を示す写真。稔性回復系統(CWR)とORF11のRNA干渉ベクターを導入した個体(RNAi ORF11_3)ではデンプンの分解が見られるが、雄性不稔系統(CWA)とPPR2のRNA干渉ベクターを導入した個体(RNAi PPR2_1)ではデンプンの分解が見られなかった。
図3】PCR法を用いたCAPSマーカーによるRf17遺伝子型の判定を示す電気泳動の写真。稔性回復系統(CWR)は370 bpのバンドを生じたが、稔性回復力を持たない品種(台中65号, T65)は276と84 bpのバンドを生じた。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明者は、常法に従いマップベースクローニング法により、イネの第4染色体における、CW型雄性不稔細胞質に対する稔性回復遺伝子Rf17を含むゲノム領域(配列番号1)を特定することに成功し、更に、配列番号2に示される遺伝子の発現を抑制又は減少することにより、CW型細胞質雄性不稔イネの稔性を回復することに成功した。尚、配列番号2に示す塩基配列から成る遺伝子(ORF11)の機能は未知である。
【0011】
尚、マップベースクローニング法は 単離をしようとする遺伝子の近傍に位置するDNAマーカーを利用して、遺伝子が存在するゲノム領域を絞り込む方法であり、染色体歩行法とも呼ばれ、遺伝子の翻訳産物や機能が推定できない場合の遺伝子単離法の一つである。この手法は従来から一部の動植物における遺伝子単離に利用されてきたが、計画的に実験用分離集団を作出できる植物においてより有効に活用されている。本発明おけるマップベースクローニングでは、日本晴型イネのゲノム配列(http://rgp.dna.affrc.go.jp/J/index.html)を利用した。
【0012】
本明細書の実施例に記載のように、本発明者は、配列番号2に示す塩基配列から成る遺伝子の発現を抑制又は減少する方法として、CW型細胞質雄性不稔性に対する稔性回復系統の第4染色体由来のゲノム断片であり、配列番号1に示す塩基配列における少なくとも1611〜4835番目(最初の塩基を1番目とする)の塩基配列を有する核酸を含むゲノム断片をCW型細胞質雄性不稔性のイネに導入することを見出した。このようなゲノム断片の例としては、配列番号1に示す全塩基配列を挙げることが出来る。
【0013】
更に、上記ゲノム断片の例として、配列番号1に示す塩基配列又はその一部からなる核酸と相補的な塩基配列からなる核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする核酸、及び、上記核酸と約80%以上、好ましくは約95%以上である配列相同性を示す塩基配列からなる核酸であって、CW型細胞質雄性不稔性イネの稔性を回復させることのできるものも含まれる。
【0014】
ここで、ハイブリダイゼーションは、例えば、Molecular cloninng third.ed.(Cold Spring Harbor Lab.Press,2001)に記載の方法等、当業界で公知の方法あるいはそれに準じる方法に従って行うことができる。また、市販のライブラリーを使用する場合、添付の使用説明書に記載の方法に従って行うことができる。
【0015】
本明細書において、「ストリンジェントな条件下」とは、例えば、温度60℃〜68℃において、ナトリウム濃度150〜900mM、好ましくは600〜900mM、pH6〜8であるような条件を挙げることができる。
【0016】
従って、配列番号1で示される塩基配列又はその一部からなる核酸と相補的な塩基配列からなる核酸とハイブリダイズできる核酸としては、例えば、該核酸の全塩基配列との相同性の程度が、全体の平均で、約80%以上、好ましくは約95%以上、より好ましくは99%以上である塩基配列を含有する核酸等を挙げることができる。
【0017】
尚、2つの塩基配列又はアミノ酸配列における配列相同性を決定するために、配列は比較に最適な状態に前処理される。例えば、一方の配列にギャップを入れることにより、他方の配列とのアラインメントの最適化を行う。その後、各部位におけるアミノ酸残基又は塩基が比較される。第一の配列におけるある部位に、第二の配列の相当する部位と同じアミノ酸残基又は塩基が存在する場合、それらの配列は、その部位において同一である。2つの配列における配列相同性は、配列間での同一である部位数の全部位(全アミノ酸又は全塩基)数に対する百分率で示される。
【0018】
上記の原理に従い、2つの塩基配列における配列相同性は、例えば、Karlin及びAltschulのアルゴリズム(Proc.Natl.Acad.Sci.USA 87:2264−2268、1990及びProc.Natl.Acad.Sci.USA 90:5873−5877、1993)により決定される。このようなアルゴリズムを用いたBLASTプログラムやFASTAプログラムは、主に与えられた配列に対し、高い配列相同性を示す配列をデータベース中から検索するために用いられる。これらは、例えば米国National Center for Biotechnology Informationのインターネット上のウェブサイトにおいて利用可能である。
【0019】
上記のような塩基配列の配列相同性を示すような核酸は、上記のようにハイブリダイゼーションを指標に得ることもでき、ゲノム塩基配列解析等によって得られた機能未知のDNA群又は公共データベースの中から、本技術分野の研究者か通常用いている方法により、例えば、前述のBLASTソフトウェアを用いた検索により発見することも容易である。さらに、本発明遺伝子は種々の公知の変異導入方法によって得ることもできる。
【0020】
CW型細胞質雄性不稔性のイネにおいて、配列番号2に示す塩基配列から成る遺伝子の発現を抑制又は減少する方法としては、その他、当業者に公知の任意の手段を使用することが出来る。例えば、アンチセンスRNA法、及び、本明細書の実施例に記載されているように、RNA干渉法を用いて配列番号2の遺伝子発現を抑制することにより、CW型細胞質雄性不稔性のイネの稔性を回復させることが可能である。
【0021】
即ち、例えば、配列番号2に示す塩基配列から成る遺伝子の発現を抑制又減少させることができるようにRNA干渉を誘導し得る二重鎖RNAを発現するよう適宜設計されたベクターをCW型細胞質雄性不稔性のイネに導入することでRNA干渉を誘導することが出来る。このようなベクターとして、例えば、配列番号2に示す塩基配列から成る遺伝子又はその3’非翻訳領域における100〜500個、好ましくは、150〜200個の連続した塩基対からなる塩基配列及びその相補配列を含み、細胞内でRNA干渉を誘導し得る二重鎖RNAを発現するベクターを挙げることが出来る。その一例として、本明細書の実施例に記載された、配列番号2に示す塩基配列における638〜815番目(最初の塩基を1番目とする)の連続した178塩基長から成る塩基配列及びその相補配列を含み、細胞内でRNA干渉を誘導し得る二重鎖RNAを発現するベクターがある。
【0022】
上記ベクターは、当業者に公知の適当な遺伝子工学的な手段を用いて、上記DNAをベクター内に連結することにより調製することができる。該ベクターには、宿主細胞中で本発明の遺伝子を発現することのできる適当なプロモーター及びその他の各種制御配列(例えば、エンハンサー配列、ターミネーター配列、ポリアデニル化配列等を含むことが出来る。
【0023】
CW型細胞質雄性不稔性のイネにおいて配列番号2に示す塩基配列から成る遺伝子の発現を抑制又は減少するために使用するゲノム領域又は上記ベクターは、当業者に公知の適当な方法、例えば、アグロバクテリウム法、凍結融解法及びエレクトロポレーション法等により、目的のイネに導入させることが出来る。
【0024】
その結果、CW型細胞質雄性不稔性のイネにおいて稔性が回復する。従って、かかる稔性が回復したイネを用いて一代雑種品種を育種し、F1種子を採種することが可能となる。
【0025】
本発明は更に、被検定イネにおける配列番号1に示す塩基配列の第1812番目の塩基におけるSNP(A/T)を同定することなら成る、CW型細胞質雄性不稔性に対する稔性回復遺伝子であるRf17遺伝子または該遺伝子を含むゲノム領域の有無の識別する方法に係るものである。
【0026】
このようなSNPの同定は当業者に公知の任意の方法で行なうことができる。例えば、塩基配列決定法、SSCP(single strand conformation polymorphism)法、対立遺伝子特異的増幅法(Allele specific amplification: ASA)、プライマー伸長法(primer extension)、タクマン法、侵入法、dot-blot-SNP法、FRIP(Fluorogenic Ribonuclease Protection)法、及び、TILLING(Targeting Induced Local Lesion in Genome)法等を挙げることが出来る。
【0027】
更に、本明細書の実施例に記載されているようなCAPS(Cleaved Amplified Polymorphic Sequence)法がある。該方法は、SNPがある位置で制限酵素認識部位が出来るようにプライマーを設計し、ポリアクリルアミドゲルでPCR-RFLP分析するものである。この方法の利点は、安定な結果が得られやすく、検査をする人やサンプルの状態、DNA抽出方法などによって結果が左右されにくいことである。更に、手法も比較的簡単でDNAシーケンサ等の高価な解析装置や技術も必要としない。
【0028】
以上の各SNP同定法に使用する、プライマー、マーカーまたはプローブ等は、各測定原理に応じて、上記データベース及び本明細書に開示された配列番号1又は2で表されるDNA配列情報に基づき当業者が容易に設計し調製することが出来る。例えば、CAPS法におけるPCRで使用するプライマーの長さは、通常、数十bp程度、例えば、10〜30bpの長さを有する。
【0029】
例えば、プライマー、マーカーまたはプローブ等として使用する各種のオリゴヌクレオチド(オリゴDNA)は、当業者に公知の方法、例えば、Carruthers(1982)Cold Spring Harbor Symp. Quant. Biol. 47:411-418; Adams(1983)J. Am. Chem. Soc. 105:661; Belousov(1997)Nucleic Acid Res. 25:3440-3444; Frenkel(1995)Free Radic. Biol. Med. 19:373-380; Blommers(1994)Biochemistry 33:7886-7896; Narang(1979)Meth. Enzymol. 68:90; Brown(1979)Meth. Enzymol. 68:109; Beaucage(1981)Tetra. Lett. 22:1859; 米国特許第4,458,066号)に記載されているような周知の化学合成技術により、in vitroにおいて合成することもできる。又、検出のために、当業者に公知の任意の標識物質を結合させることが出来る。
【0030】
尚、被検定イネとしては、例えば、イネの任意の一部(例えば、種子、葉及び茎等)を挙げることが出来る。これら試料からのDNAの抽出及び調製は、当業者に公知の方法で行うことができる。試料から調製されるDNAの種類に特に制限はないが、ゲノムDNA及びcDNA等を挙げることが出来る。これらはその性質、並びに、試料の種類・性質等に応じた当業者に公知の適当な方法で抽出・精製することが出来る。例えば、ゲノムDNAの場合には、CTAB法、ボイル法、及び必要に応じて、アミラーゼ又はプロテアーゼなど処理を伴う酵素法を使用することもできる。
【0031】
更に、被検定イネから抽出したDNAの量が検出に十分であれば、特に増幅することなく、以後の操作に供することが出来る。通常は、PCR(Polymerase Chain Reaction)法又はRT−PCR法、並びに、その他のICAN(Isothermal and chimeric primer-initiated amplification of nucleic acids)法、NASABA(Nucleic acid sequence based amplification)法、TMA(Transcription-mediated amplification)法およびSDA(Strand Displacement Amplification)法等の当業者に公知の任意の遺伝子増幅法により適当な量に増幅した後に、SNP同定を実施することもできる。
【0032】
本発明は、更に、Rf17遺伝子の有無の識別方法に使用するキットに係る。SNP分析の種類等に応じて、該キットは各SNP同定法に使用する、プライマー、マーカーまたはプローブ等を含む。更に、DNA増幅用の各種プライマーセット及び/又はマーカー、制限酵素、その他、当業者に公知の他の要素又は成分、例えば、各種試薬、酵素、緩衝液、並びに反応プレート(容器)等の中からその構成・目的等に応じて、適宜、必要なものを含むことが出来る。
【0033】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例の記載によって何ら限定して解釈されるものではない。なお、本明細書において使用される用語は特に言及しない場合には、当該技術分野において通常使用される意味で用いられている。
【0034】
又、特に記載のない場合には、各操作は、例えば、Sambrook and Maniatis, in Molecular Cloning-A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York, 1989; Molecular cloning third.ed.(Cold Spring Harbor Lab.Press,2001); Ausubel, F. M. et al., Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, New York, N.Y, 1995等に記載されている、当業者に公知の標準的な遺伝子工学及び分子生物学的技術に従い実施することが出来る。又、本明細書中に引用された文献の記載内容は本明細書の開示内容の一部を構成するものである。
【実施例1】
【0035】
配列番号1に記載したゲノム断片をCW型CMS系統に導入することによる稔性回復
CW型CMSに対する稔性回復系統(CWR系統)を材料とし、Rf17のマッピングを行ったところ、第4染色体の77 kbの範囲に存在することがわかり、当該領域の塩基配列を決定した。このゲノム領域を7個の断片に分けて、サブクローニングし、それぞれのゲノム断片をアグロバクテリウム法によりCW型CMS系統へ遺伝子導入して、得られた形質転換植物の種子稔性稔性を調査した。ゲノム断片No.5を導入した形質転換植物において稔性が回復した個体が得られた(表1)。再分化系統44系統の中で4個体について稔性が回復した。これらの4個体の種子稔性はそれぞれ79.3, 23.1, 25.3, 68.1%であった。ゲノム断片No.5の塩基配列を配列番号1に示す。
【0036】
【表1】
【0037】
この断片には、PPR遺伝子と機能未知の遺伝子(ORF11と名付けた)の2つの遺伝子が予測された(図1)。CMS系統と稔性回復系統で発現を比較すると、PPR遺伝子の発現には差がなく、ORF11ではCMS系統で発現が高いが稔性回復系統で発現が低かった。ORF11の発現減少は稔性が回復した形質転換系統の次世代についても観察された。塩基配列をCMS系統と回復系統で比較すると、PPR遺伝子の内部に1塩基置換があり、稔性回復系統でストップコドンが生じていた(図1)。1塩基置換の場所はORF11の5’上流域に相当するため、この変異により稔性回復系統でORF11の発現が減少したと考えられる。これより、稔性回復は,機能不明の遺伝子であるORF11の発現減少であると結論した。以上の結果より、配列番号1に記載した塩基配列を有するゲノム断片をCW型細胞質雄性不稔系統に導入することにより、稔性を回復させることができることが明らかとなった。
【0038】
因みに、「PPR」とはpentatricopeptide repeatの略で、35アミノ酸からなる保存配列の繰り返しをもつタンパク質のことで、PPRタンパク質はオルガネラのRNAに結合してRNAのプロセッシングや安定化、翻訳の制御を行っていると考えられている。
【実施例2】
【0039】
配列番号2の遺伝子発現を抑制することによる稔性回復
CW型CMSに対する稔性回復遺伝子Rf17のマッピングを行い、77 kbの候補領域に14個の候補遺伝子を見いだした。CMS系統と稔性回復系統で多型解析を行ったところ、アミノ酸変異を生じる遺伝子はPPR遺伝子(図1のPPR2遺伝子)1個のみであり、稔性回復系統(CWR)のアリルでストップコドンが生じていた。14個の候補遺伝子それぞれについて発現解析を行ったところ、CMS系統と稔性回復系統(CWR)で差が見られた遺伝子はORF11遺伝子のみであった。ORF11遺伝子のコード領域、その5’及び3’非翻訳領域を含む塩基配列を配列番号2に示す。配列番号2における638 〜815番目(最初の塩基を1番目とする)に相当する塩基配列、または、配列番号1における772 〜1505番目(最初の塩基を1番目とする)に相当する塩基配列(PPR2遺伝子に対応)を、それぞれ配列番号3及び4、並びに配列番号5及び6に示したプライマーを用いてPCR法により増幅し、それぞれセンスおよびアンチセンス方向でpANDAベクターのユビキチンプロモーターの下流に連結してRNA干渉を誘導するベクターに作成した。これらのベクターをアグロバクテリウム法によりCW型CMS系統に遺伝子導入して花粉の形態と種子稔性を調査した。その結果、ORF11のRNA干渉ベクターを導入した7系統においてORF11の発現が30〜77%に減少し、その中の4系統において、回復系統に特徴的な花粉のデンプン分解を示し(図2)、さらに、種子稔性が部分的に回復し、2〜3%の種子稔性を示した。他方、PPR2のRNA干渉ベクターを導入した6系統においてPPR2の発現が27〜75%に減少したが、CMS系統と同様に花粉のデンプン分解は見られず(図2)、種子稔性は0%であった。
以上の結果より、ORF11の発現抑制によりCW型CMSの稔性を回復できることを明らかにした。
【実施例3】
【0040】
PCRを用いたRf17遺伝子型の判定
稔性回復遺伝子Rf17を含む配列番号1に記載した塩基配列と、公開されている日本晴の塩基配列を比較すると、配列番号1に記載した塩基配列の1812番目が稔性回復系統(CWR)ではTであるが、稔性回復力が無い日本晴ではAである。この変異を簡便に判定するため、CAPSマーカーを作成した。配列番号7及び8に示した2種類にプライマーを用いてPCRを行い、増幅断片を制限酵素MaeIII で処理してから電気泳動を行うと、稔性回復系統(CWR)は370 bpのバンドを生じるが、稔性回復力を持たない品種は276 bpと84 bpのバンドを生じる(図3)。
以上より、CAPSマーカーを用いてRf17の有無を簡便に判定できることを明らかにした。なお、制限酵素はMaeIIIに限定されるものではなく、切断認識配列 GT(A)AACを持つ制限酵素が利用できる。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明により、CW型雄性不稔細胞質を用いた三系法によるハイブリッド品種の育成が可能となる。
図1
図2
図3
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]