特許第5959046号(P5959046)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5959046アニオン伝導電解質膜およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5959046
(24)【登録日】2016年7月1日
(45)【発行日】2016年8月2日
(54)【発明の名称】アニオン伝導電解質膜およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/02 20160101AFI20160719BHJP
   H01B 1/06 20060101ALI20160719BHJP
   H01B 13/00 20060101ALI20160719BHJP
   C08J 5/22 20060101ALI20160719BHJP
   C08J 7/12 20060101ALI20160719BHJP
   C08J 7/18 20060101ALI20160719BHJP
   H01M 8/10 20160101ALN20160719BHJP
【FI】
   H01M8/02 P
   H01B1/06 A
   H01B13/00 Z
   C08J5/22 105
   C08J7/12 ACEW
   C08J7/18
   !H01M8/10
【請求項の数】6
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2012-49960(P2012-49960)
(22)【出願日】2012年3月7日
(65)【公開番号】特開2013-186989(P2013-186989A)
(43)【公開日】2013年9月19日
【審査請求日】2015年1月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】505374783
【氏名又は名称】国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
(73)【特許権者】
【識別番号】000002967
【氏名又は名称】ダイハツ工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100074631
【弁理士】
【氏名又は名称】高田 幸彦
(72)【発明者】
【氏名】吉村 公男
(72)【発明者】
【氏名】越川 博
(72)【発明者】
【氏名】八巻 徹也
(72)【発明者】
【氏名】浅野 雅春
(72)【発明者】
【氏名】前川 康成
(72)【発明者】
【氏名】猪谷 秀幸
(72)【発明者】
【氏名】田中 裕久
(72)【発明者】
【氏名】山口 進
(72)【発明者】
【氏名】朝澤 浩一郎
(72)【発明者】
【氏名】山本 和矢
(72)【発明者】
【氏名】三瓶 文寛
【審査官】 高木 康晴
(56)【参考文献】
【文献】 特開2000−331693(JP,A)
【文献】 特開平11−135137(JP,A)
【文献】 特開2009−256654(JP,A)
【文献】 特開2009−087687(JP,A)
【文献】 特開2010−285508(JP,A)
【文献】 特開2012−033367(JP,A)
【文献】 特開2012−049111(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/02
H01M 4/86−4/98
H01B 1/06
C08J 5/00−5/22
C08J 7/00−7/18
B29C 71/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素系高分子、オレフィン系高分子又は芳香族系高分子からなる高分子基材と、ハロゲン化アルキル基を含むビニルモノマーを放射線グラフト重合して導入されたグラフト鎖と有機強塩基との反応で得られる4級塩と、を含むことを特徴とするアニオン伝導電解質膜。
【請求項2】
前記ハロゲン化アルキル基を含むビニルモノマーが、クロロメチルスチレンであることを特徴とする請求項1記載のアニオン伝導電解質膜。
【請求項3】
前記有機強塩基が、2−t−ブチル−1,1,3,3−ペンタメチルグアニジン、1,1,2,3,3−ペンタメチルグアニジン、7−メチル−1,5,7−トリアザビシクロ[4.4.0]デカ−5−エン、1,5−ジアザビシクロ[4.3.0]ノナ−5−エン、1−メチルベンズイミダゾール、1−メチルイミダゾールから選択される少なくとも1種である請求項1又は2に記載のアニオン伝導電解質膜。
【請求項4】
フッ素系高分子、オレフィン系高分子又は芳香族系高分子からなる高分子基材に、ハロゲン化アルキル基を含むビニルモノマーを放射線グラフト重合する工程と、放射線グラフト重合により導入された当該高分子基材上のグラフト鎖の少なくとも一部を、有機強塩基で4級化する工程と、前記4級化されたグラフト鎖のハロゲンアニオンを水酸化物イオンで置換する工程とから成るアニオン伝導電解質膜の製造方法。
【請求項5】
前記ハロゲン化アルキル基を含むビニルモノマーがクロロメチルスチレンであることを特徴とする請求項4に記載のアニオン伝導電解質膜の製造方法。
【請求項6】
前記有機強塩基が、2−t−ブチル−1,1,3,3−ペンタメチルグアニジン、1,1,2,3,3−ペンタメチルグアニジン、7−メチル−1,5,7−トリアザビシクロ[4.4.0]デカ−5−エン、1,5−ジアザビシクロ[4.3.0]ノナ−5−エン、1−メチルベンズイミダゾール、1−メチルイミダゾールから選択される少なくとも1種であることを特徴とする請求項4又は5に記載のアニオン伝導電解質膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子電解質型燃料電池等において使用されるアニオン伝導電解質膜及びその製造方法に係り、さらに詳細には、例えばフッ素系高分子から成る高分子基材に導入された、ハロゲン化アルキル基を有するグラフト鎖の少なくとも一部が4級アンモニウム塩に変換されている、低含水率、高導電性のアニオン伝導電解質膜及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素を燃料とするプロトン伝導燃料電池は、発電効率が高く化石燃料枯渇の有望な解決策となること、また、二酸化炭素排出が大幅に削減できるため地球温暖化の抑止手段となることから、家庭向けコジェネレーション用や自動車用の電源としてその開発が望まれている。その中でも特に固体高分子形燃料電池は、作動温度が低く、電解質の抵抗が少ないことに加え、活性の高い触媒を用いるので小型でも高出力を得ることができ、早期の実用化が見込まれている。
【0003】
一方、メタノールやヒドラジンを燃料としたアニオン伝導燃料電池については、液体燃料としての搭載の簡易性、安全性や出力密度の高さから、特に、コンパクトカーを意識した燃料電池自動車への適用が進められている。このシステムにおいては、運転時にプロトン伝導燃料電池のように強酸条件を必要としないことから、電極に白金のような貴金属ではなく安価な鉄やコバルトを利用できることが最大の特徴である。従って、低コスト且つ高出力の燃料電池が期待できる。しかしながら、実用に耐えるアニオン伝導電解質膜が殆ど開発されていない状況であり、ナフィオンはじめ、利用実績のあるプロトン伝導電解質膜に比べて現状のアニオン伝導電解質膜は、導電性や機械的強度、燃料透過率などの性能が著しく低いことが最大の問題となっている。
【0004】
アニオン形燃料電池において、アニオン伝導電解質膜は、水酸化物イオン(アニオン)を伝導するためのいわゆる「電解質」として、さらに、燃料であるメタノール、ヒドラジンと酸素とを直接混合させないための「隔膜」として作用する。この高分子電解質膜としては、イオン伝導性が大きいこと、長期間の使用に耐える化学的な安定性、電池の作動温度以上での長期間耐熱性があること、また、イオン伝導性を高く保持するために膜の保水性が一定であることが要求される。一方、隔膜としての役割から、膜の機械的な強度や寸法安定性が優れていることや、メタノール、ヒドラジン及び酸素に対する高いバリア性を有することなどが要求される。
【0005】
そこで、これまで上記諸問題を解決するアニオン伝導電解質膜の開発が活発に進められてきた。例えば、多孔質のポリエチレン等の炭化水素系フィルムを基材として、その細孔に架橋されたアニオン交換樹脂を充填したアニオン伝導電解質膜が開発、市販されている(特許文献1〜3)。また、ハロアルキルスチレン、エラストマー、エポキシ化合物の混合物を重合させたものを基材膜として、4級化反応によってアニオン交換基を導入するアニオン伝導電解質膜の製造方法が提示されている(特許文献4)。さらに、フッ素系高分子からなる基材に、アニオン交換基を導入できる基を含有するモノマーを放射線グラフト重合させた後、アニオン交換基を導入させるようにした、アニオン伝導電解質膜の製造方法も提示されている(特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−367626
【特許文献2】特開2009−203455
【特許文献3】特開2010−92660
【特許文献4】特開2011−202074
【特許文献5】特開2000−331693
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、いずれのアニオン膜においても、アニオン交換基はトリメチルアミンなどのアルキルアミンの4級化により得られるアルキルアンモニウム塩からなり、含水率が高くなる傾向にある。後述するように、4級化を図って導電率を高めても、含水率が高いと燃料電池本体が破壊される可能性が出てくるため、高導電率化と同時に含水率を低く抑える必要がある。
【0008】
従って、本発明の目的は、導電率と含水率のバランスのとれた高導電率のアニオン伝導電解質膜及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一つの観点によれば、本発明のアニオン伝導電解質膜は、アニオン伝導電解質膜フッ素系高分子、オレフィン系高分子又は芳香族系高分子からなる高分子基材と、ハロゲン化アルキル基を含むビニルモノマーを放射線グラフト重合して導入されたグラフト鎖と有機強塩基との反応で得られる4級塩と、を含む構造を有する。
【0010】
また、本発明の他の観点によれば、本発明のアニオン伝導電解質膜は、フッ素系高分子、オレフィン系高分子又は芳香族系高分子からなる高分子基材に、ハロゲン化アルキル基を含むビニルモノマーを放射線グラフト重合する工程と、放射線グラフト重合により導入された当該高分子基材上のグラフト鎖の少なくとも一部を、有機強塩基で4級化する工程と、前記4級化されたグラフト鎖のハロゲンアニオンを水酸化物イオンで置換する工程とによって製造される。
【0011】
本発明のさらに他の観点によれば、本発明の高導電率かつ低含水率のアニオン伝導電解質膜は、放射線グラフト重合により、高温での機械特性や化学安定性に優れたフッ素系高分子、オレフィン系高分子又は芳香族系高分子からなる高分子基材に、ハロゲン化アルキル基を含むグラフト鎖を導入し、塩基性強度の高い種々のアミン(有機強塩基)とハロゲン化アルキル部分との反応により、弱塩基性の4級アンモニウム塩を導入することで、最も弱い酸である水酸化物イオンと安定な弱酸-弱塩基の組み合わせにより得られる。
【発明の効果】
【0012】
本発明では、アニオン伝導電解質膜に弱塩基性の4級アンモニウム塩をアニオン交換基とすることで、最も弱い酸である水酸化物イオンと、弱塩基と弱酸性と安定性の高い組み合わせの塩が形成される。更に、種々の有機強塩基を用いた4級化反応により4級アンモニウム塩の弱塩基性を制御することで、導電率と含水率のバランスがとれた高導電率を持つアニオン伝導電解質膜が実現できる。
【0013】
また、放射線グラフト重合により付加されたハロゲン化アルキル基を有するグラフト鎖は、放射線の照射時間や、グラフト重合時間によって簡便に導入量を変更でき、従来法では困難であった4級アンモニウム塩の種類や導入量を任意の値に調整することができる。
【0014】
本発明によれば、アニオン伝導電解質膜の高い含水率に起因する、従来のアニオン伝導性高分子形燃料電池における諸問題を解決することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明のアニオン伝導電解質膜における基材高分子、グラフト高分子と4級アンモニウム塩の関係を表す模式図である。
図2】本発明における実施例1及び4、並びに比較例1の塩化物状態の熱重量分析結果を示した図である。
図3】本発明における実施例1及び4、並びに比較例1の水酸化物状態の熱重量分析結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明のアニオン伝導電解質膜は、基本的には、フッ素系高分子、オレフィン系高分子又は芳香族系高分子からなる高分子基材に、ハロゲン化アルキル基を含むビニルモノマーを放射線グラフト重合する工程と、放射線グラフト重合により導入された当該高分子基材上のグラフト鎖の少なくとも一部を、有機強塩基で4級化する工程と、前記4級化されたグラフト鎖のハロゲンアニオンを水酸化物イオンで置換する工程とによって製造される。
【0017】
本発明において高分子基材として用いることができるフッ素系高分子としては、ポリテトラフルオロエチレン(以下、PTFEと略す)、テトラフルオロエチレン−六フッ化プロピレン共重合体(以下、FEPと略す)、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(以下、PFAと略す)、ポリフッ化ビニリデン(以下、PVDFと略す)、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(以下、ETFEと略す)、ポリフッ化ビニル(以下、PVFと略す)、ポリクロロトリフルオロエチレン共重合体(以下、ECTFEと略す)が挙げられる。また、フッ素系高分子を予め架橋しておくと、電解質膜の耐熱性や膨潤抑制能をさらに向上することができる。
【0018】
本発明において高分子基材として用いることができるオレフィン系高分子としては、低密度、高密度、超高分子量のポリエチレンやポリプロピレン、及びトリメチルペンテンを重合単位とするポリマーを挙げることができる。また、オレフィン系高分子をあらかじめ架橋しておくと、電解質膜の耐熱性や膨潤抑制能をさらに向上することができる。
【0019】
本発明において高分子基材として用いることができる芳香族炭化水素高分子としては、高機能樹脂(スーパーエンジニアリングプラスチック)と称されるポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエーテルイミド、ポリエチレンナフタレート、液晶性芳香族ポリマー、ポリエーテルエーテルケトン、ポリフェニレンオキシド、ポリフェニレンスルフィド、ポリスルホン、及び、ポリエーテルスルホンが挙げられる。また、フッ素系高分子を予め架橋しておくと、電解質膜の耐熱性や膨潤抑制能をさらに向上することができる。
【0020】
なお、アニオン伝導電解質膜の耐久性向上や膨潤の抑制を目的に、熱可塑性樹脂と各種無機フィラーとのコンポジット材料、又は高分子アロイを高分子基材として使用することもできる。
【0021】
本発明においては、例えば、上記高分子基材にアミンと反応し4級アンモニウム塩を形成するハロゲン化アルキル基を有するスチレン誘導体を、放射線グラフト重合により導入する。スチレン誘導体のハロゲン化アルキル基としては、クロロメチル基、クロロエチル基、クロロプロピル基などの炭素数1〜6の塩化アルキル基、ブロモメチル基、ブロモエチル基、ブロモプロピル基などの炭素数1〜6の臭化アルキル基、ヨードメチル基、ヨードエチル基、ヨードブチル基などの炭素数1〜6のヨウ化アルキル基などが挙げられる。このようなハロゲン化アルキル基のなかで、好ましくはクロロメチル基が挙げられる。
【0022】
ハロゲン化アルキル基を有するスチレン誘導体をグラフト重合する際には、複数種のモノマーを混合して用いることもでき、溶媒中に希釈して用いることもできる。ただし、炭化水素系ビニルモノマー及び/又は炭化フッ素系ビニルモノマーを70重量%(wt%)以上添加すると、4級アンモニウム塩の含有量が減少し、導電率が低下するので、添加量は70重量%未満とすることが好ましい。
【0023】
既炭化水素系ビニルモノマーとしては、スチレン、アクリロニトリル、ビニルケトン、イソブテン、ブタジエン、イソプレン、アセチレン誘導体などが挙げられる。
【0024】
既フッ化水素系ビニルモノマーとしては、ヘプタフルオロプロピルトリフルオロビニルエーテル、エチルトリフルオロビニルエーテル、ヘキサフルオロプロペン、パーフルオロ(プロピルビニルエーテル)、ペンタフルオロエチルトリフルオロビニルエーテル、パーフルオロ(4−メチル−3,6−ジオキサノン−1−エン)、トリフルオロメチルトリフルオロビニルエーテル、ヘキサフルオロ−1,3−ブタジエンなどが挙げられる。
【0025】
本発明の、放射線グラフト重合工程において、多官能性モノマーなどの架橋剤をビニルモノマーと併用することで、グラフト鎖を架橋してもよい。多官能性モノマーとしては、ビス(ビニルフェニル)エタン、ジビニルベンゼン、2,4,6−トリアリロキシ−1,3,5−トリアジン(トリアリルシアヌレート)、トリアリル−1,2,4−ベンゼントリカルボキシレート(トリアリルトリメリテート)、ジアリルエーテル、ビス(ビニルフェニル)メタン、ジビニルエーテル、1,5−ヘキサジエン、ブタジエンなどが挙げられる。
【0026】
架橋剤は、ビニルモノマーとの重量比で20%以下用いることが好ましい。20%以上使用すると高分子電解質膜が脆くなる。架橋により化学結合が増えるため、電解質膜の機械的強度が上昇する。結果として、含水膨潤による電解質膜の変形が軽減され、燃料電池作動状態における電解質膜の劣化が抑制できる。
【0027】
本発明の放射線グラフト重合において、高分子基材への放射線の照射は、室温〜150℃の温度、不活性ガス又は酸素存在下で、1〜500kGy照射することにより行うことが好ましい。1kGy以下では十分な導電率を得るために必要なグラフト率を得ることが困難であり、500kGy以上だと高分子基材が脆くなる。
【0028】
放射線グラフト重合は、高分子基材とビニルモノマー誘導体を同時に放射線照射してグラフト重合させる同時照射法と、高分子基材を先に放射線照射してからビニルモノマー誘導体と接触させてグラフト重合させる前照射法により行うことができるが、ホモポリマーの生成量の少ない前照射法が好ましい。前照射法においては、高分子基材を不活性ガス中で照射するポリマーラジカル法と、高分子基材を酸素存在下で照射するパーオキサイド法とがあるが、いずれも使用可能である。
【0029】
高分子基材へのグラフト重合は、上記条件で照射した高分子基材をビニルモノマー誘導体液体中に浸漬して行う。高分子基材のグラフト重合性、グラフト重合して得られるグラフト高分子基材の重合溶液中での膜形状維持の観点から、ジクロロエタン、クロロホルム、N−メチルホルムアミド、N−メチルアセトアミド、N−メチルピロリドン、γ−プチロラクトン、n−ヘキサン、メタノール、エタノール、1−プロパノール、t−ブタノール、トルエン、シクロヘキサン、シクロヘキサノン、ジメチルスルホオキシドなどの溶媒で希釈したビニルモノマー誘導体溶液中に、高分子基材を浸漬する方法を用いることが好ましい。
【0030】
本発明において、グラフト率は高分子基材に対し、5〜100重量%、好ましくは30〜80重量%である。20重量%以下では燃料電池として必要な導電率を得ることが困難である。
【0031】
なお、電解質膜の導電率を上げるためには、電解質膜の厚さを薄くして膜抵抗を減少させることも考えられる。しかし現状では、あまりに薄い電解質膜では破損しやすいため、通常では30μm〜200μm厚の範囲の電解質膜が使われている。本発明の燃料電池用電解質膜においても、膜厚は5μm〜200μmの範囲のものが有用である。
【0032】
本発明においては、アニオン伝導電解質膜の原材料となる高分子基材と、塩基性強度の高い種々のアミンとを反応させることにより、弱塩基性の4級アンモニウム基を有するアニオン伝導電解質膜が製造される。
【0033】
より具体的には、まず、それぞれの塩基性強度の異なるアミンを各種溶媒に溶解し、アミン溶液を調製する。次いでアニオン伝導電解質膜の原材料となる高分子膜を浸漬する。これによって、高分子膜の有するハロゲン化アルキル基と、3級アミンとが反応し、ハロゲン化アルキル基のハロゲン原子と3級アミンとが置換されることで、4級アンモニウム基が導入され、アニオン伝導電解質膜が製造される。
【0034】
塩基性強度の異なる有機強塩基として、例えば、2−t−ブチル−1,1,3,3−ペンタメチルグアニジン、1,1,2,3,3−ペンタメチルグアニジン、7−メチル−1,5,7−トリアザビシクロ[4.4.0]デカ−5−エン、1,5−ジアザビシクロ[4.3.0]ノナ−5−エン、4−ジメチルアミノピリジン、1−メチルベンズイミダゾール、1,2−ジメチルイミダゾール、1−メチルイミダゾール、N,N−ジメチルアニリン及びそれらの誘導体が挙げられる。
【0035】
本発明では、グラフト鎖のハロゲン化アルキル基と塩基性強度の高い種々のアミン(有機強塩基)との反応により、弱塩基性の4級アンモニウム塩が形成される。本発明では、アニオン伝導電解質膜に弱塩基性の4級アンモニウム塩をアニオン交換基とすることで、最も弱い酸である水酸化物イオンと、弱塩基と弱酸性と安定性の高い組み合わせの塩が形成される。更に、種々の有機強塩基を用いた4級化反応により4級アンモニウム塩の弱塩基性を制御することで、含水率と導電率のバランスがとれた膜が実現できる。
【0036】
このような有機強塩基は、単独で使用してもよく、あるいは、併用することもできる。
【0037】
溶媒としては、例えば、水、例えば、メタノール、エタノール、プロパノールなどのアルコール類、例えば、メチルエチルケトンなどのケトン類が挙げられる。このような溶媒は、単独で使用してもよく、あるいは、併用することもできる。
【0038】
3級アミン溶液の濃度は、例えば、10〜50質量%が好ましい。
【0039】
浸漬条件としては、時間が、例えば、2〜48時間、好ましくは、24〜48時間、温度が、例えば、5〜80℃、好ましくは、10〜60℃である。
【0040】
次いで、必要により、製造されたアニオン伝導電解質膜を、純水で洗浄した後、酸性溶液もしくはアミンが溶解する溶媒に浸漬し、過剰のアミンを除去する。その後、再度水で洗浄し、真空乾燥させる。
【0041】
酸性溶液としては、例えば、硝酸、硫酸、塩酸などの無機酸水溶液、ギ酸、酢酸などの有機酸水溶液が挙げられる。このような酸性溶液は、単独で使用してもよく、あるいは、併用することもできる。また、このような酸性溶液のなかでは、好ましくは、無機酸水溶液が挙げられる。酸性溶液の濃度としては、例えば、0.1〜5mol/L、好ましくは、0.5〜2mol/Lである。溶媒濃度としては、例えば、80%以上のものが望ましい。
【0042】
溶媒としては、例えば、エタノール、テトラヒドロフラン、トルエン、キシレンなどが挙げられる。その中でも極性が高いものが望ましい。
【0043】
浸漬時間としては、例えば、0.2〜48時間である。
【0044】
このように製造されたアニオン伝導電解質膜の4級化率は、例えば、70〜100%である。
【0045】
このように製造されたアニオン伝導電解質膜は、4級アンモニウム基の対イオンとして、ハロゲンイオンを有している。ハロゲンイオンは、アニオン伝導電解質膜の用途に応じて、例えば、水酸化物イオン、炭酸イオンなどと適宜置換することができる。例えば、アニオン伝導電解質膜を固体高分子形燃料電池などに用いる場合には、対イオンを、ハロゲンイオンから水酸化物イオンに置換する。
【0046】
ハロゲンイオンを水酸化物イオンと置換するには、例えば、ハロゲンイオンを対イオンとするアニオン伝導電解質膜を、塩基性溶液に浸漬して、対イオンを、ハロゲンイオンから水酸化物イオンに置換する。
【0047】
塩基性溶液としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどの水溶液などが挙げられる。このような塩基性溶液のなかでは、好ましくは、水酸化カリウム水溶液が挙げられる。塩基性溶液の濃度としては、例えば、0.1〜5mol/Lである。
【0048】
このような水酸化物溶液は、単独で使用してもよく、あるいは、併用することもできる。
【0049】
浸漬条件としては、浸漬時間が、例えば、5〜24時間、浸漬温度が、例えば、5〜50℃である。
【0050】
このようなアニオン伝導電解質膜においては、本来すべての評価を水酸化物イオンを対イオンとして行うのが好ましい。しかし対イオンである水酸化物イオンは大気中の二酸化炭素と速やかに反応し重炭酸イオンへと変化してしまう。そこで、安定した測定値を得るために塩基性溶液に浸漬後に行う洗浄とイオン伝導測定は、窒素バブリングにより炭酸を除いた脱イオン水下で行っている。
【0051】
本発明における各測定値は以下のようにして求めた。
【0052】
(1)グラフト率(%)
高分子基材を主鎖部、ビニルモノマーとのグラフト重合した部分をグラフト鎖部とすると、主鎖部に対するグラフト鎖部の重量比は、次式のグラフト率(Xdg[重量%])として表される。
【0053】
【数1】
【0054】
(2)イオン交換容量(mmol/g)
高分子電解質膜のイオン交換容量(Ion Exchange Capacity, IEC)は次式で表される。
【0055】
【数2】
【0056】
[n(塩基性基)obs]の測定は、以下の手順で行う。水酸化物(以下OH型と記す)の高分子電解質膜を容量を正確に量りとった0.1M塩酸溶液中に室温で12時間浸漬し、完全に塩化物(以下Cl型と記す)とした後、残存の塩酸溶液の濃度を0.1M NaOHで逆滴定することで、高分子電解質膜の塩基性基濃度を求める。
【0057】
(3)4級化率(%)
高分子電解質膜の4級化率は次式で表される。
【0058】
【数3】
【0059】
(4)含水率(%)
室温下、水中で保存のCl型またはOH型の高分子電解質膜を取り出し、表面の水を軽くふき取った後、重量を測定する(W(g))。この膜を40℃にて16時間、真空乾燥後、重量測定することで高分子電解質膜の乾燥重量W(g)を求め、W、Wから次式により含水率を算出する。
【0060】
【数4】
【0061】
(5)電気伝導度(S/cm)
交流法による測定:白金電極からなる膜抵抗測定セルとヒュ−レットパッカード製のLCRメータ、E−4925Aを使用した。室温で水中で飽和膨潤状態にある高分子電解質膜を取り出し、白金電極間にはさみ、60℃の脱イオン水に浸漬2分後のインピーダンスによる膜抵抗(Rm)を測定した。高分子電解質膜の電気伝導度を次式を用いて算出した。
【0062】
【数5】
【実施例】
【0063】
以下、本発明を実施例および比較例により説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0064】
(実施例1)
膜厚50μmのETFE膜(旭硝子社製)を、アルゴン雰囲気下、室温において、50kGyのγ線を照射した後、60℃において、クロロメチルスチレン(CMS)/キシレン溶液中(クロロメチルスチレン:キシレン=1:1)に、2時間浸漬させ、幹となるエチレン・4フッ化エチレン共重合体にクロロメチルスチレンをグラフト重合した(グラフト率70%)。
【0065】
得られたグラフト膜と、1−メチルイミダゾール(下記式I)のメチルエチルケトン溶液(10モル%)とを、スクリュー管に入れ、60℃の恒温槽中で42時間反応させた。脱イオン水で洗浄した後、1Mの塩酸に24時間浸漬し、その後、脱イオン水に浸漬して2時間洗浄することで、4級化の反応収率100%でハロゲンイオンを対イオンとするアニオン伝導電解質膜を得た。
【0066】
次いで、真空乾燥した後、1Mの水酸化カリウムに10時間浸漬し対イオンを置換し、その後、窒素バブリングにより炭酸を除いた脱イオン水で3回洗浄し、さらに20分震とうする操作を3回繰り返すことにより、水酸化物イオンを対イオンとするアニオン伝導電解質膜を得た。
【0067】
【化1】
【0068】
(実施例2)
γ線の照射量を50kGy、CMS:キシレン=1:1溶液に浸漬する時間を4時間として、グラフト率を80%に変更した以外は、実施例1と同様にして、4級化の反応収率99%で所定のアニオン伝導電解質膜を得た。
【0069】
(実施例3)
γ線の照射量を30kGy、CMS:キシレン=1:1溶液に浸漬する時間を1時間として、グラフト率を50%に変更した以外は、実施例1と同様にして4級化の反応収率103%で所定のアニオン伝導電解質膜を得た。
【0070】
(実施例4)
実施例1で用いたアミン溶液を1,5−ジアザビシクロ[4.3.0]ノナ−5−エン(下記式I)のアセトン溶液(5モル%)に変更し、50℃の恒温槽中で16時間反応させた以外は、実施例1と同様にして4級化の反応収率94%で所定のアニオン伝導電解質膜を得た。
【0071】
【化2】
【0072】
(実施例5)
実施例1で用いたアミン溶液を1−メチルベンズイミダゾール(下記式I)のエタノール溶液(10モル%)に変更し、60℃の恒温槽中で42時間反応させた以外は、実施例1と同様にして4級化の反応収率87%で所定のアニオン伝導電解質膜を得た。
【0073】
【化3】
【0074】
(実施例6)
実施例1で用いたアミン溶液を2−t−ブチル−1,1,3,3−ペンタメチルグアニジン(下記式I)のアセトン溶液(10モル%)に変更し、50℃の恒温槽中で40時間反応させた以外は、実施例1と同様にして4級化の反応収率50%で所定のアニオン伝導電解質膜を得た。
【0075】
【化4】
【0076】
(比較例1)
実施例1で用いたアミン溶液を30%トリメチルアミン(下記式I)水溶液に変更し、室温で20時間反応させた以外は、実施例1と同様にして4級化の反応収率100%程度で所定のアニオン伝導電解質膜を得た。
【0077】
【化5】
【0078】
(比較例2)
実施例1で用いたアミン溶液を3,3−ジメチルブチルアミン(下記式I)のエタノール溶液(10モル%)に変更し、室温で20時間反応させた以外は、実施例1と同様にして4級化の反応収率93%で所定のアニオン伝導電解質膜を得た。
【0079】
【化6】
【0080】
夫々アニオン伝導電解質膜の4級化の反応収率は、おおむね90%を上回っており、溶媒種類とアミンの濃度、そして反応温度を最適化することで、4級化反応はほぼ定量的に進行した。
【0081】
〈導電率、含水率の評価〉
本発明において夫々作成したアニオン伝導電解質膜について、Cl型およびOH型の導電率と含水率を測定し、OH型についてはIECを算出した。結果を表‐1に示した。
【0082】
【表1】
【0083】
アニオン伝導電解質膜で用いるOH型では、比較例の含水率110および105%に対して、実施例1〜3では59.4〜72.8と、含水率が約半分に抑えられていた。また、実施例4〜6では、1/6〜1/3程度に抑えられていた。導電率を比較すると、比較例の0.144および0.131S/cmに対して、実施例1〜3では0.113〜0.143S/cmとなり、含水率が比較例の約半分であるにもかかわらず、高い導電率を示した。実施例4〜6では0.018〜0.035S/cmとなり、低含水率にもかかわらずアニオン伝導燃料電池に適用できる導電率を示した。
【0084】
〈耐熱性の評価〉
アニオン伝導電解質膜においては、その耐久性を見積もる際に、耐熱性の評価が重要な指標となる。本発明で作製したアニオン伝導電解質膜のCl型およびOH型の熱重量分析結果を図4に示す。図から、Cl型では実施例1および4いずれにおいても比較例1よりも第一の熱分解温度が上昇しており、熱分解開始温度以降の重量減少も低く抑えられている。この傾向はOH型においてより顕著に表れ、実施例1〜3のイミダゾール化合物や、実施例4の有機強塩基では、比較例1のアルキルアミンに比べて著しく耐熱性が向上することがわかる。
図1
図2
図3