【実施例】
【0249】
以下、本発明について、実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に何ら制約されるものではない。
【0250】
本実施例において、融点は、ヤナコ機器製微量融点測定装置を用いて測定した。
1H、
11B、
13C NMRスペクトルは、JEOL AL-400(
1H:400 MHz、
13C:100 MHz、
11B:128MHz)を用いて測定した。化学シフトはppmで表記し、
1H、
13C NMR測定時は内部標準に重溶媒中の残存溶媒を用い、
11B NMR測定時はBF
3・OEt
2(Et:エチル基;0ppm)を外部標準に用いた。質量分析は日本電子のBruker micrOTOF Focusを用いて測定した。紫外可視吸収スペクトルは島津UV-3150を、蛍光スペクトルは日立F-4500を、絶対量子収率は浜松ホトニクスC9920-02システムを用いて測定した。カラムクロマトグラフィーは、富士シリシアPSQ 100Bを用いて行った。反応は、特に記述がない限り乾燥させた容器、脱水溶媒を用いてAr雰囲気下で行った。光物性測定に用いたTHFはナカライテスク製の溶媒をArバブリングして用いた。Pd触媒を用いた反応には上記の脱水溶媒を30分以上Arバブリングして用いた。4−ブロモ−2,6−ジメチルヨードベンゼン:
【0251】
【化61】
【0252】
の合成については、文献に従って合成した(非特許文献2)。
【0253】
平面固定ボラン部位をπ電子系に組み込むために、メタル化、カップリング等による構造修飾を行うための官能基を有する誘導体を合成する必要がある。そのような鍵前駆体として、実施例1では、臭素原子を有するモノブロモ平面固定ボラン:
【0254】
【化62】
【0255】
を、4−ブロモ−2,6−ジメチルアニリン:
【0256】
【化63】
【0257】
から出発して合成した。
【0258】
[合成例1:4−ブロモ−2,6−ジメチルヨードベンゼン]
【0259】
【化64】
【0260】
アセトニトリル中0℃で亜硝酸ナトリウムと塩酸を用いて4−ブロモ−2,6−ジメチルアニリンをジアゾ化し、ヨウ化カリウムを加えることでアミノ基をヨウ素に変換して、4−ブロモ−2,6−ジメチルヨードベンゼンを収率96%で得た。この方法は、文献(非特許文献2)記載の公知の方法である。
【0261】
[合成例2:5−ブロモ−2−ヨード−1,3−ベンゼンジカルボン酸ジメチル]
【0262】
【化65】
【0263】
合成例1で得た4−ブロモ−2,6−ジメチルヨードベンゼンのメチル基を過マンガン酸カリウムで酸化し、ジカルボン酸を得た後、メタノール中で塩化チオニルを作用させてジカルボン酸ジメチル体を収率77%で得た。具体的には、以下のとおりである。
【0264】
4−ブロモ−2,6−ジメチルヨードベンゼン(37.7g、121mmol)のt−ブタノール/水(体積比で1:1)懸濁液(410mL)に過マンガン酸カリウム(99.6g、630mmol)とセライト(登録商標)(約80g)を加え、16.5時間加熱還流した。沈殿物をろ別してメタノールで洗浄し、ろ液は減圧下溶媒を留去して約3分の1に濃縮した。これに濃塩酸100mLを加え、生じた白色沈殿を吸引ろ過し、乾燥させて5−ブロモ−2−ヨード−1,3−ベンゼンジカルボン酸:
【0265】
【化66】
【0266】
の粗生成物を白色固体として得た(38.6g)。
1H NMR (270 MHz, DMSO-d
6) δ 7.78 (s, 2H).
【0267】
これ以上精製せずに次の合成に用いた。この白色固体にメタノール(192mL)を加え、0℃で塩化チオニル(SOCl
2、23mL、315mmol)を15分かけて滴下した後、加熱還流下で12時間撹拌した。室温まで放冷した後、水125mLを加えてジクロロメタンで3回抽出し、有機相を飽和炭酸水素ナトリウム水溶液と飽和食塩水で洗浄して無水硫酸マグネシウムで乾燥した。硫酸マグネシウムをろ別し、減圧下溶媒を留去して得られた白色固体をカラムクロマトグラフィー(シリカゲル、酢酸エチル)により精製することで、37.2g(93mmol)の5−ブロモ−2−ヨード−1,3−ベンゼンジカルボン酸ジメチル:
【0268】
【化67】
【0269】
を白色固体として収率77%で得た。
5−ブロモ−2−ヨード−1,3−ベンゼンジカルボン酸ジメチル:融点86〜87℃;
1H NMR (400 MHz, CDCl
3) δ 7.75 (s, 2H), 3.96 (s, 6H);
13C{H} NMR (100 MHz, CDCl
3) δ166.62, 141.95, 134.20, 122.12, 90.09, 53.04; HRMS (APCI, positive) calcd for C
10H
8BrIO
4m/z 397.8651, found: 397.8654.
【0270】
[合成例3:4−ブロモ−2,6−ジ(2−ヒドロキシ−2−プロピル)ヨードベンゼン]
【0271】
【化68】
【0272】
合成例2で得た5−ブロモ−2−ヨード−1,3−ベンゼンジカルボン酸ジメチル1モルに対して5.5モルのヨウ化メチルマグネシウムを作用させることでジヒドロキシ体を収率24%で得た。具体的には、以下のとおりである。
【0273】
削状マグネシウム(3.95g、162mmol)を少量のジエチルエーテルに浸し、そこへヨードメタン(13.5mL、217mmol)のジエチルエーテル溶液(137mL)を室温で1.5時間かけて滴下し、加熱還流下で1時間撹拌した。合成例2で得た5−ブロモ−2−ヨード−1,3−ベンゼンジカルボン酸ジメチル(15.9g、39.7mmol)のTHF溶液(114mL)を室温で1時間かけて滴下し、加熱還流下で15.5時間撹拌すると溶液は橙色から褐色に変わり、白色固体が沈殿した。ヨウ素(約10g、約39mmol)とTHF(30mL)を加えて室温まで放冷しながら3時間撹拌した。飽和塩化アンモニウム水溶液と飽和亜硫酸ナトリウム水溶液を加え、有機相と水相に分離した。水相をジクロロメタンで抽出して有機相に加え、無水硫酸マグネシウムで乾燥した。硫酸マグネシウムをろ別し、減圧下溶媒を留去して得られた褐色液体をジクロロメタンからの再結晶により精製することで、3.84g(9.63mmol)の4−ブロモ−2,6−ジ(2−ヒドロキシ−2−プロピル)ヨードベンゼン:
【0274】
【化69】
【0275】
を白色固体として収率24%で得た。
【0276】
この反応では、目的とするグリニャール試薬のエステル基への求核攻撃とともに、1位のヨウ素原子とグリニャール試薬とのハロゲン−金属交換反応が競争して起こったため、単体ヨウ素を用いて1位を再びヨウ素化することを試みた。
4−ブロモ−2,6−ジ(2−ヒドロキシ−2−プロピル)ヨードベンゼン:融点147〜148℃;
1H NMR (400 MHz, CDCl
3) δ 7.72 (s, 2H), 1.84 (s, 12H);
13C{H} NMR (100 MHz, CDCl
3) δ152.08, 129.38, 123.24, 92.20, 75.25, 30.63; HRMS (APCI, positive) calcd for C
12H
16BrIO
2m/z 397.9378, found: 397.9366.
【0277】
[合成例4:4−ブロモ−2,6−ジイソプロピルフェニルヨードベンゼン]
【0278】
【化70】
【0279】
次に、4−ブロモ−2,6−ジ(2−ヒドロキシ−2−プロピル)ヨードベンゼンをp−トルエンスルホン酸一水和物を用いて脱水することで、オレフィン体を収率97%で得た。具体的には、以下のとおりである。
【0280】
この実験は空気下で行った。合成例3で得た4−ブロモ−2,6−ジ(2−ヒドロキシ−2−プロピル)ヨードベンゼン(3.84g、9.63mmol)とp−トルエンスルホン酸一水和物(0.372g、1.95mmol)をトルエン(50mL)に溶解させ、加熱還流下で1時間撹拌した。室温まで放冷した後、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液を加え、有機相と水相に分離した。水相をジエチルエーテルで3回抽出して有機相に加え、無水硫酸マグネシウムで乾燥した。硫酸マグネシウムをろ別し、減圧下溶媒を留去して得られた橙褐色液体をカラムクロマトグラフィー(シリカゲル、ヘキサン)により精製することで、3.39g(9.33mmol)の4−ブロモ−2,6−ジイソプロピルフェニルヨードベンゼン:
【0281】
【化71】
【0282】
を白色固体として収率97%で得た。
4−ブロモ−2,6−ジイソプロピルフェニルヨードベンゼン:融点47〜48℃;
1H NMR (400 MHz, CDCl
3) δ 7.19 (s, 2H), 5.23 (s, 2H), 4.90 (s, 2H), 2.06 (s, 6H);
13C{H} NMR (100 MHz, CDCl
3) δ 151.51, 148.17, 129.31, 122.00, 116.48, 98.08, 23.83; HRMS (APCI, positive) calcd for C
12H
12BrI m/z 361.9167, found: 361.9168.
【0283】
[実施例1:9−(4−ブロモ−2,6−ジイソプロピルフェニル)−9,10−ジヒドロ−9−ボラアントラセン]
【0284】
【化72】
【0285】
さらに、合成例4で得た4−ブロモ−2,6−ジイソプロピルフェニルヨードベンゼン1モルに対して、n−ブチルリチウムを1モル作用させて1位をモノリチオ化し、続いて、原料1モルに対して1モルのホウ素試薬(9−ブロモ−9,10−ジヒドロ−9−ボラアントラセン)を作用させることで、9−(4−ブロモ−2,6−ジイソプロピルフェニル)−9,10−ジヒドロ−9−ボラアントラセンを収率77%で得た。具体的には、以下のとおりである。
【0286】
合成例4で得た4−ブロモ−2,6−ジイソプロピルフェニルヨードベンゼン(3.34g、9.20mmol)のトルエン溶液(48mL)にn−ブチルリチウム−ペンタン溶液(6.0mL、9.60mmol)を0℃で10分かけて滴下した。ゆっくりと室温まで昇温し6時間撹拌すると、黄色溶液から橙色懸濁液、そして黄色懸濁液に変化した。そこへ9−ブロモ−9,10−ジヒドロ−9−ボラアントラセン:
【0287】
【化73】
【0288】
のトルエン溶液(30mL)を0℃で滴下し、室温まで昇温して4.5時間撹拌すると白濁した。飽和炭酸水素ナトリウム水溶液を加え、有機相と水相に分離した。水相をジエチルエーテルで3回抽出し、有機相と合わせて無水硫酸マグネシウムで乾燥した。硫酸マグネシウムをろ別し、減圧下溶媒を留去して得られた黄色固体をカラムクロマトグラフィー(シリカゲル、ヘキサン:ジクロロメタン=体積比で4:1)により精製することで、2.94g(7.12mmol)の9−(4−ブロモ−2,6−ジイソプロピルフェニル)−9,10−ジヒドロ−9−ボラアントラセン:
【0289】
【化74】
【0290】
を白色固体として収率77%で得た。
9−(4−ブロモ−2,6−ジイソプロピルフェニル)−9,10−ジヒドロ−9−ボラアントラセン:融点167〜168℃;
1H NMR (400 MHz, CD
2Cl
2) δ7.60 (d, J
HH = 7.59 Hz, 2H), 7.50 (m, 6H), 7.26 (m, 2H), 4.64 (s, 2H), 4.50 (s, 2H), 4.44 (s, 2H), 1.89 (s, 6H);
11B NMR (128 MHz, CD
2Cl
2) δ59.11;
13C{H} NMR (100 MHz, CD
2Cl
2) δ 149.07, 146.85, 146.76, 137.15, 132.13, 128.50, 128.38, 125.84, 121.61, 117.77, 38.44, 24.05; HRMS (APCI, positive) calcd for C
25H
22BBr m/z 412.0998, found: 412.1001.
【0291】
[実施例2:モノブロモ平面固定ボラン]
【0292】
【化75】
【0293】
実施例1で得た9−(4−ブロモ−2,6−ジイソプロピルフェニル)−9,10−ジヒドロ−9−ボラアントラセンにルイス酸触媒としてトリフルオロメタンスルホン酸スカンジウム(III)を1,2−ジクロロエタン中加熱還流下で作用させることで、分子内フリーデル−クラフツ反応が進行し、目的とするモノブロモ平面ボランを収率58%で得ることができた。具体的には、以下のとおりである。
【0294】
実施例1で得た9−(4−ブロモ−2,6−ジイソプロピルフェニル)−9,10−ジヒドロ−9−ボラアントラセン(1.01g、2.43mmol)とトリフルオロメタンスルホン酸スカンジウム(III)(2.38g、4.84mmol)に1,2−ジクロロエタン(600mL)を加え、加熱還流下で54時間撹拌した。室温まで放冷したのち、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液を加えて有機相と水相に分離し、水相をジクロロメタンで抽出して有機相と合わせて無水硫酸マグネシウムで乾燥した。硫酸マグネシウムをろ別し、減圧下溶媒を留去して得られた黄褐色の固体をカラムクロマトグラフィー(シリカゲル、ヘキサン:ジクロロメタン=4:1(体積比))により精製することで、585.5mg(1.42mmol)のモノブロモ平面ボラン:
【0295】
【化76】
【0296】
を白色固体として収率58%で得た。
モノブロモ平面固定ボラン:融点234〜235℃;
1H NMR (400 MHz, CDCl
3) δ 7.80 (s, 2H), 7.68 (m, 4H), 7.43 (d, J
HH = 6.79 Hz, 2H), 4.59 (s, 2H), 1.78 (s, 12H);
11B NMR (128 MHz, CDCl
3) δ 45.06;
13C{H} NMR (100 MHz, CDCl
3) δ 158.21, 155.67, 146.15, 132.56, 128.36, 127.58, 125.24, 123.89, 42.94, 37.36, 34.29, 2; HRMS (APCI, positive) calcd for C
25H
2211BBr m/z 412.0998, found: 412.1002.
【0297】
後述の試験例に示されるように、この化合物はかさ高い置換基による立体保護がないにもかかわらず、空気中で扱うことが可能であり、シリカゲルカラムクロマトグラフィーで精製できるほどの安定性を示した。
【0298】
また、この化合物は、ルイス塩基アミンである
【0299】
【化77】
【0300】
と反応しなかった。
【0301】
[実施例3:平面固定ボラン置換チオフェン]
【0302】
【化78】
【0303】
平面固定ボラン置換チオフェンは、実施例2で得たモノブロモ平面固定ボランと2,5−チオフェンジボロン酸との鈴木−宮浦クロスカップリングにより合成した。
【0304】
ここでは、2010年にBuchwaldらによって報告されたPd錯体:
【0305】
【化79】
【0306】
[式中、XPhosは2−ジシクロヘキシルホスフィノ−2’,4’,6’−トリイソプロピルビフェニルである。]
を触媒として用いる検討を行った。このPd錯体は、開始反応が速く、アリールボロン酸のトランスメタル化を促進して、室温〜40℃程度という穏和な条件で反応を進行させることができるため、ペルフルオロフェニルボロン酸、ヘテロアリールボロン酸等のカップリング条件下で不安定なボロン酸を使う場合に有効であるとされている(非特許文献3)。このPd錯体を用いて、チオフェンジボロン酸1モルに対して2モルのモノブロモ平面固定ボランをTHF/K
3PO
4水溶液中40℃で反応させると、カップリング反応が進行し、目的化合物:
【0307】
【化80】
【0308】
の生成が確認された。反応混合物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーによって精製することで、平面ボラン置換チオフェンを黄色固体として収率57%で得ることに成功した。具体的には、以下のとおりである。
【0309】
実施例2で得たモノブロモ平面固定ボラン(417.8mg、1.01mmol)、2,5−チオフェンジボロン酸:
【0310】
【化81】
【0311】
(87.0mg、0.506mmol)、Pd錯体:
【0312】
【化82】
【0313】
[式中、XPhosは2−ジシクロヘキシルホスフィノ−2’,4’,6’−トリイソプロピルビフェニルである。]
(43.1mg、54.8μmol)にTHF(1mL)、リン酸三カリウム(214.8mg、1.01mmol)の水溶液(2mL)を加えて加熱還流下で3時間撹拌した後、40℃で23.5時間撹拌した。途中、2,5−チオフェンジボロン酸(43.7mg、0.254mmol)のTHF溶液(0.5mL)を2回に分けて追加した。室温まで放冷した後、有機相と水相を分離した。水相をジクロロメタンで3回抽出し、有機相と合わせて無水硫酸マグネシウムで乾燥した。硫酸マグネシウムをろ別し、減圧下溶媒を留去して得られた黄色固体をカラムクロマトグラフィー(シリカゲル、ヘキサン:クロロホルム=7:3(体積比))により精製することで、216.5mg(0.289mmol)の平面固定ボラン置換チオフェンを黄色固体として収率57%で得た。
平面固定ボラン置換チオフェン:融点137〜138℃(分解);
1H NMR (400 MHz, CDCl
3) δ 7.98 (s, 4H), 7.68 (m, 8H), 7.59 (s, 2H), 7.45 (d, J
HH= 6.8 Hz, 4H), 4.62 (s, 4H), 1.90 (s, 24H);
11B NMR (128 MHz, CDCl
3) δ 45.97;
13C{H} NMR (100 MHz, CDCl
3) δ 157.21, 156.34, 146.26, 145.53, 138.33, 132.53, 125.35, 125.07, 124.14, 121.88, 43.20, 37.59, 34.69; HRMS (APCI, positive) calcd for C
54H
4711B
2S [M+H]
+ m/z 749.3596, found: 746.3592.
【0314】
[比較例1:.参照化合物]
【0315】
【化83】
【0316】
実施例3で得た平面固定ボラン置換チオフェンのホウ素置換基の物性に及ぼす効果について調べるために、中心骨格となる2,5−ビス(3,5−ジメチルフェニル)チオフェンを参照化合物として、1−ブロモ−3,5−ジメチルベンゼンと2,5−チオフェンジボロン酸との鈴木−宮浦クロスカップリング反応により合成した。具体的には、以下のとおりである。
【0317】
2,5−チオフェンジボロン酸(171.2mg、0.997mmol)、Pd錯体:
【0318】
【化84】
【0319】
[式中、XPhosは2−ジシクロヘキシルホスフィノ−2’,4’,6’−トリイソプロピルビフェニルである。]
(46.7mg、59.4μmol)、1−ブロモ−3,5−ジメチルベンゼン:
【0320】
【化85】
【0321】
(373.4mg、2.02mmol)のTHF溶液(2mL)にリン酸三カリウム(419.7mg、1.99mmol)の水溶液(4mL)を加え、室温で21時間撹拌した。有機相と水相に分離し、水相をジエチルエーテルで3回抽出して有機相と合わせて無水硫酸マグネシウムで乾燥した。硫酸マグネシウムをろ別し、減圧下溶媒を留去して得られた褐色固体をカラムクロマトグラフィー(シリカゲル、ヘキサン)により精製することで、100.9mg(0.345mmol)の2,5−ビス(3,5−ジメチルフェニル)チオフェン:
【0322】
【化86】
【0323】
を白色固体として収率35%で得た。
2,5−ビス(3,5−ジメチルフェニル)チオフェン:融点106〜107℃;
1H NMR (400 MHz, アセトン−d
6) δ 7.41 (s, 2H), 7.32 (s, 4H), 6.96 (s, 2H), 2.34 (s, 12H);
13C{H} NMR (100 MHz, アセトン−d
6) δ144.32, 139.50, 135.15, 130.21, 125.09, 124.20, 21.44; HRMS (APCI, positive) calcd for C
20H
21S [M+H]
+m/z 293.1358, found: 293.1310.
【0324】
[試験例1:光物性]
実施例3で得た平面固定ボラン置換チオフェンについて、THF溶液中の紫外可視吸光スペクトル、蛍光スペクトル、絶対蛍光量子収率の測定を行った。また、平面固定ホウ素をπ共役骨格に組み込んだ効果について考察するために、比較例1で得た参照化合物についても同様の測定を行った。結果を表1及び
図1に示す。なお、
図1において、14は実施例3で得た平面固定ボラン置換チオフェン、26は比較例1で得た参照化合物を示す。
【0325】
【表1】
【0326】
実施例3で得た平面固定ボラン置換チオフェンは391nm(ε=5.64×10
4M
-1cm
-1)に吸収極大を示し、また、441nmを極大波長として、青色の強い蛍光(Φ
F=0.92)を示した。一方、比較例1で得た参照化合物は吸収極大波長330nm(ε=2.81×10
4M
-1cm
-1)の吸収と、極大波長395nm(Φ
F=0.17)の弱い蛍光を示した。実施例3で得た平面固定ボラン置換チオフェン、比較例1で得た参照化合物の吸収及び蛍光スペクトルの形状がおおむね一致していることから、これらは同様の遷移に由来するものであると考えられる。これらの結果から、ジフェニルチオフェンというπ共役骨格に平面固定ボラン部位を導入することで、π共役系が効果的に拡張され、より長波長に吸収および蛍光スペクトルが観測されることがわかった。また、実施例3で得た平面固定ボラン置換チオフェンに比べ、比較例1で得た参照化合物ではモル吸光係数ε及び絶対蛍光量子収率Φ
Fの著しい増大が見られ、基底状態−励起状態間の遷移確率、失活経路等が異なることが示唆された。
【0327】
[試験例2:X線結晶構造解析]
強度データは、Rigaku Single Crystal CCD X線回折装置(Saturn 70 with MicroMax-007, Mo Kα照射(λ=0.71070Å), Vari Max)を用いて123Kで得た。
【0328】
比較例1で得た参照化合物の結晶は、シクロヘキサンからの再結晶により得た。構造は直接法 F
2 (SHELXS-97(非特許文献4))により解き、full-matrix least-squares on F
2 (SHELXS-97)により最適化した。水素原子以外は異方的に最適化し、水素原子はAFIX instructionsを用いて配置した。結晶データ:C
20H
20S; FW = 292.42, Orthorhombic, Pbca, a = 13.665(15) Å, b= 16.268(12) Å, c = 14.394(11) Å, V= 3200(5) Å
3, Z= 8, D
c = 1.214 g/cm
3, F(000) = 1248, Reflections collected = 19484, Independent reflections = 2772 [R(int) = 0.0310], GOF = 1.192, R
1 [I>2σ(I)] = 0.0398, wR
2(all data) = 0.1611.
【0329】
比較例1で得た参照化合物のX線結晶構造を
図2に示す。
【0330】
実施例3で得た平面固定ボラン置換チオフェンの結晶はクロロホルム/ヘキサンの蒸気拡散法による再結晶で得た。構造は直接法 F
2 (SHELXS-97(非特許文献4))により解き、full-matrix least-squares on F
2 (SHELXS-97)により最適化した。結晶格子中に含まれる溶媒分子に由来する複雑に分散して観測された電子密度は、PLATONのSQUEESEプログラムを用いて除いた(非特許文献5〜6)。水素原子以外に関しては電子密度の異方性に対してISOR 0.001、SIMU 0.005の制限をかけて最適化した。水素原子はAFIX instructionsを用いて配置した。結晶データ:C
54H
46B
3S; FW = 748.59, Monoclinic, P2
1, a = 14.544(11) Å, b= 26.440(19) Å, c = 25.33(3) Å, β = 93.68(2)°, V = 9719(16) Å
3, Z = 8, D
c = 1.023 g/cm
3, F(000) = 3168, Reflections collected = 64636, Independent reflections = 25657 [R(int) = 0.0480], GOF = 1.195, R
1 [I>2σ(I)] = 0.1110, wR
2(all data) = 0.3099.
【0331】
結果を表2及び
図3に示す。
【0332】
【表2】
【0333】
実施例3で得た平面固定ボラン置換チオフェンの結晶構造では、単位格子中に結晶学的に独立な四分子が存在していた。それらは、平面ボラン部位とチオフェンとが成す二面角α及びβが異なる値をとっていた。
【0334】
平面固定ボラン部位に注目してみると、C−B結合距離にもこの骨格の特徴が見られた。結果を表3に示す。なお、表3において、平面固定ボランとは、式:
【0335】
【化87】
【0336】
で示される化合物のことであり、合成例1〜実施例2までの経路と同様の経路により合成することができる。また、Mes
3Bとは、式:
【0337】
【化88】
【0338】
で示される化合物のことである。
【0339】
【表3】
【0340】
表3から、Mes
3BにおけるC−B結合距離(非特許文献1)に比べて、実施例3で得た平面固定ボラン置換チオフェンでは明らかに短くなっていた。この傾向は平面固定ボランにおいても見られることから、ホウ素上の三つのアリール基をメチレン基で架橋することによってC−B結合が短くなったと考えられる。
【0341】
さらに、パッキング構造を
図4に示す。
【0342】
結晶構造中には直径約1〜1.4nmの空隙が存在し、中には溶媒分子を取り込んでいた。実施例3で得た平面固定ボラン置換チオフェンの平面ボラン部位はメチレン基に結合した二つのメチル基の立体障害のために効果的なπ−πスタッキングを形成できないと考えられる。そこで、平面ボラン部位同士はCH…π相互作用により凝集し、生じた空隙を溶媒分子で埋めることで、このような複雑な結晶構造を形成したと考えられる。
【0343】
[試験例3:理論計算]
実施例3で得た平面ボラン置換チオフェンと比較例1で得た参照化合物の紫外可視吸光スペクトル及び蛍光スペクトルの違いを考察するために、分子軌道計算による構造最適化及びTD-DFT計算を行った。結果を
図5に示す。
【0344】
この結果から、実施例3で得た平面ボラン置換チオフェンと比較例1で得た参照化合物それぞれの吸収はともに分子全体に広がったHOMOからLUMOへの遷移に帰属されるものであることがわかった。ホウ素部位を導入したことで、HOMOには顕著な違いがみられないものの、p−π*共役によってLUMOのエネルギー準位が大きく低下しており、HOMO−LUMOギャップが縮められていることがわかった。このことは、実施例3で得た平面ボラン置換チオフェンの吸収及び蛍光スペクトルが、比較例1で得た参照化合物と比べて長波長シフトしていたことと一致している。また、振動子強度fについて比較例1で得た参照化合物ではf = 0.9014であるのに対し、実施例3で得た平面ボラン置換チオフェンではf = 1.4719に達することからモル吸光係数εの増大という実験事実とも一致する。
【0345】
[実施例4:9,10−ビス[2,6−(プロパ−1−エン−2−イル)フェニル]−9,10−ジボラアントラセン(10)]
【0346】
【化89】
【0347】
2,6−ジイソプロピルフェニルヨードベンゼン(S3; 244.8 mg, 1.03 mmol)のトルエン溶液(5 mL)にn-ブチルリチウム(1.6 M ヘキサン溶液, 0.80 mL, 1.09 mmol)を0℃で滴下しながら加えた。室温で6.5時間撹拌した後、9,10−ジボラアントラセン(9;174.3 mg, 0.52 mmol)のトルエン溶液(5 mL)を加えた。反応混合物を室温で12時間撹拌した。反応混合物に水を加え、ジクロロメタンで抽出を行った。得られた有機相を無水硫酸マグネシウムで乾燥した後、ろ過し、そのろ液を減圧濃縮した。シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより分離を行い(ジクロロメタン/ヘキサン = 1/5, R
f =0.35)、148.3 mg (0.30 mmol)の目的物10を無色固体として収率58%で得た。
融点:255.0-256.0℃.
1H NMR (400 MHz, CD
2Cl
2) δ (7.53-7.50, m, 4H), 7.44-7.42 (m, 2H), 7.40-7.36 (m, 6H), 4,61 (d, J
HH = 1.6 Hz, 2H), 4,60 (d, J
HH = 7.6 Hz, 2H), 1.96 (s, 2H);
13CNMR δ (148.5, 147.0, 137.4, 131.7, 127.5, 125.6, 116.5, 24.2;
11BNMR (128 MHz, CD
2Cl
2) δ 61.7 ppm (h
1/2= 1000 Hz). HRMS cald for C
36H
34B
2, 488.2847, found. 488.2863.
【0348】
[実施例5:平面9,10−ジフェニル−9,10−ジヒドロ−9,10−ジボラアントラセン(4)]
【0349】
【化90】
【0350】
Sc(OTf)
3 (528.3 mg, 1.07 mmol)と9,10−ビス[2,6−(プロパ−1−エン−2−イル)フェニル]−9,10−ジボラアントラセン(10)(111 mg, 0.27 mmol)の混合物に1,2−ジクロロエタン(100 mL)を加え、24時間環流した。反応混合物に水30 mLを加え、ジクロロメタンを用いて抽出を行った。得られた有機相を無水硫酸マグネシウムで乾燥した後、ろ過し、そのろ液を減圧濃縮した。シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより分離を行い(ジクロロメタン/ヘキサン = 1/5, R
f =0.40)、28 mg (0.068 mmol)の目的物4を無色固体として収率25%で得た。
融点 > 300 °C;
1H NMR (300 MHz, CDCl
3) δ 7.99 (s, 4H), 7.76 (q, 2H, J
HH = 7.76 Hz), 7.72 (t, 4H, J
HH = 7.76 Hz), 1.83(s, 24);
13C NMR (75 MHz, CDCl
3) δ 156.7, 154.2, 132.8, 131.3, 124.2, 42.5, 33.4;
11BNMR (128 MHz, CDCl
3) δ 48.4 ppm (h
1/2= 1000 Hz); HRMS cald for C
36H
34B
2, 488.2847, found. 488.2852. Anal. Calcd for C
36H
42B
2: C, 88.55; H, 7.02. Found: C, 88.30; H, 7.02.
【0351】
[実施例6:カルボニル架橋平面トリフェニルボラン(8)]
【0352】
【化91】
【0353】
化合物7(40.7 mg, 0.122 mmol)の酢酸溶液(10 mL)にCrO
3(18.3 mg, 0.180 mmol)を加え、1時間加熱環流した。反応混合物に水を加え、ジクロロメタンを用いて抽出を行った。得られた有機相を無水硫酸マグネシウムで乾燥した後、ろ過し、そのろ液を減圧濃縮した。シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより分離を行い(ジクロロメタン/ヘキサン = 1/1, R
f=0.30)、27.7 mg(0.078 mmol)の目的物8を無色固体として収率65%で得た。
融点:289-290 ℃.
1H NMR (300 MHz, CDCl
3) δ 8.28 (dd, 2H, J
HH = 7.5 Hz, 0.9 Hz), 7.97 (dd, 2H, J
HH = 7.5 Hz, 0.9 Hz), 7.80 (t, 3H, J
HH = 7.5 Hz), 7.69 (d, 2H, J
HH = 7.5 Hz),1.81 (s, 12H);
13C NMR (75 MHz, CDCl
3) δ 189.3, 156.5, 156.0, 138.2, 134.2, 133.5, 132.9 (br), 131.4, 128.7 (br), 125.6, 124.3, 43.0, 33.5 ppm;
11BNMR (128 MHz, CDCl
3) δ 45.3 ppm (h
1/2= 770 Hz). HRMS cald for C
25H
21BO, 348.1685 found, 348.1670.
【0354】
[実施例7:平面固定トリフェニルボラン誘導体(1)]
【0355】
【化92】
【0356】
TiCl
4(2.5 mL, 1 M ジクロロメタン溶液, 2.5 mmol)を10 mLのジクロロメタンで希釈し、この溶液にジメチル亜鉛のトルエン溶液(2 M, 1.26 mL, 2.52 mmol)を-25℃で加えた。30分同じ温度で撹拌した後、実施例6で得た化合物8(87.5 mg, 0.251 mmol)のジクロロメタン溶液(12 mL)をゆっくりと加えた。そして、反応混合物を-25℃で12 時間撹拌した。反応混合物に水を加え、ジクロロメタンを用いて抽出を行った。得られた有機相を無水硫酸マグネシウムで乾燥した後、ろ過し、そのろ液を減圧濃縮した。シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより分離を行い(ジクロロメタン/ヘキサン = 1/4, R
f=0.50)、69.1 mg (0.191 mmol)の目的物1を無色固体として収率76%で得た。
融点:290.0-291.0 ℃ (sublimation 231.1-232.0 ℃),
1H NMR (300 MHz, CDCl
3) δ7.71 (t, 3H, J
HH = 8.0 Hz), 7.66 (d, 6H, J
HH = 8.0 Hz), 1.80 (s, 18H);
1H NMR (300 MHz, THF-d
8) δ 7.68 (br, 9H), 1.76 (s, 18H);
13C NMR (CDCl
3, 75 MHz) δ 156.0, 132.7, 123.9, 42.8, 34.5 ppm;
11B NMR (128 MHz, CDCl
3). δ 48.6 ppm (h
1/2= 1000 Hz). HRMS Calcd for C
27H
27B, 362.2206. Found, 362.2188,Anal. Calcd for C
27H
27B: C, 89.50; H, 7.51. Found: C, 89.46; H, 7.49.
【0357】
[試験例4:X線結晶構造解析]
実施例7で得た平面固定トリフェニルボラン誘導体の構造は直接法F
2(SHELXS-97(非特許文献4))により解き、full-matrix least-squares on F
2(SHELXS-97)により最適化した。水素原子以外は異方的に最適化し、水素原子はAFIX instructionsを用いて配置した。結果を
図6に示す。結晶データ:C
27H
27B; FW = 362.30, crystal size 0.20×0.20×0.10 mm
3, Orthorhombic, Pbcn, a = 9.8794(10)Å, b = 18.5005(18)Å, c = 11.0075(10) Å, V = 2011.9(3) Å
3, Z = 4, D
c = 1.196 g cm
-3. The refinement converged to R
1 = 0.0480, wR
2 = 0.0696(I > 2σ(I)), GOF = 1.096
【0358】
実施例5で得た平面9,10−ジフェニル−9,10−ジヒドロ−9,10−ジボラアントラセンの構造は直接法 F
2(SHELXS-97(非特許文献4))により解き、full-matrix least-squares on F
2(SHELXS-97)により最適化した。結果を
図7に示す。水素原子以外は異方的に最適化し、水素原子はAFIX instructionsを用いて配置した。結晶データ:C
37H
34B
2Cl
2; FW = 571.16, crystal size 0.08×0.08×0.02 mm
3, Monoclinic, C2/c, a = 27.583(7)Å, b = 9.566(2)Å, c = 12.031(3)Å, β= 104.380(4)°, V = 3075.0(13) Å
3, Z = 4, D
c = 1.234g cm
-3. The refinement converged to R
1 = 0.0650, wR
2 = 0.1667(I > 2σ(I)), GOF = 1.084.
【0359】
[試験例5:電気化学特性]
実施例7で得た平面固定トリフェニルボラン誘導体、及び実施例5で得た平面9,10−ジフェニル−9,10−ジヒドロ−9,10−ジボラアントラセンのサイクリックボルタンメトリーはALS/chi-617A電気化学アナライザーを用いて測定した。測定には、グラッシー炭素電極と白金対電極、Ag/AgNO
3参照電極から構成される電気化学セルを用いた。THFを溶媒に用い、サンプルと支持電解質n-Bu
4N
+PF
6-の濃度がそれぞれ1 mM、0.1Mになるようにアルゴン雰囲気下で調製し、測定を行った。得られた酸化還元電位は内部標準として用いたフェロセンの酸化還元電位を基準として補正した。結果を
図8に示す。