【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者等は上記課題解決のため鋭意検討を行い、薄皮材を有する無フラックスろう付け用ブレージングシートの接合工程による不安定性の主原因として、薄皮材表面に形成される酸化皮膜にあると考えた。上記の通り、従来の無フラックスろう付け用ブレージングシートにおけるろう付け工程では、ろう溶融時に薄皮材の結晶粒界等からろうが滲みだすことがその有用性の基礎となっている。この点につき本発明者等は、ろう付け性に影響を与える要因として、薄皮材表面の酸化皮膜がろうの滲みだしを阻害し、酸化皮膜の厚さによっては相手材となるアルミニウム合金の表面を改質するだけの十分なろうが得られないと考察した。
【0010】
上記考察に基づけば、酸化皮膜の厚さは、薄いほどろう付け性が向上するのは当然といえるが、単に酸化皮膜の厚さを薄くすれば良いという対応は好適ではない。工業的生産における製造条件等を考慮すれば、ブレージングシート表面の酸化皮膜を一定数値以下でコンスタントに制御することを要求するのは現実的ではないからである。その一方で、本発明者等はろう材中のMgには上記した相手材の表面改質作用に加えて、薄皮材の酸化皮膜に対しても有効な作用を有すると考えた。そして、薄皮材表面に多少厚みのある酸化皮膜が形成されていても、これに対するろう材中のMgの作用を考慮することで、酸化皮膜によるろう付け性の安定化を図ることができると考えた。
【0011】
即ち、Al−Si−Mg系合金ろう材を適用する無フラックスろう付け用ブレージングシートにおいては、ろう材中のMgがろう付け加熱の開始段階から薄皮材に拡散し始め、ろう付け温度に達する頃には薄皮材表面の酸化皮膜(Al
2O
3)の酸素と結合し酸化皮膜を還元し易くするものと推察される。このMgの酸化皮膜破壊作用が有効に作用すれば、ろう材溶融時のろう材の滲みだしも問題なく生じ、ろう付けが可能となると考えた。この考察によれば、ろう材から酸化皮膜へのMgの供給が十分にある場合、多少の酸化皮膜が形成されていても接合性の確保に支障はないといえる。そこで、本発明者等は薄皮材の酸化皮膜破壊のためにはろう材中のMg量と薄皮皮膜中の酸素量とのバランス(比率)に適切な範囲が存在すると推定した。そして、ろう材中のMg量と薄皮皮膜中の酸素量の比率について詳細な実験・検討を行い、本発明に想到した。
【0012】
本願発明は、心材と、前記心材の少なくとも片面に配されるろう材と、前記ろう材上に配される薄皮材とからなる無フラックスろう付け用ブレージングシートであって、前記心材は前記ろう材より融点が高いアルミニウム合金からなり、前記ろう材はAl−Si−Mg系合金からなり、25〜250μmの厚さを有し、前記薄皮材は前記ろう材より溶融開始温度が高く実質的にMgを含有しないアルミニウム合金からなり、5〜30μmの厚さを有し、ろう付け加熱前の状態における、前記ろう材のMg濃度をX(mass%)、ろう材厚さをh(μm)、前記薄皮材表面の酸化皮膜厚さαを(Å)としたとき、下記関係式で求められるZの値が0.12以上であることを特徴とする無フラックスろう付け用ブレージングシートである。
【数1】
【0013】
以下本発明について詳細に説明する。本願明細書において、材料組成に関する「%」は、「mass%」を意味する。上記の通り、本発明に係る無フラックスろう付け用ブレージングシートでは、安定してろう付けを行うため、ろう付け加熱前のろう材中のMg量と薄皮皮膜中の酸素量の比としてZを用い、その値を0.12以上に規定する。上記関係式において、X、h、αの意義は上記の通りであり、(X×h)はブレージングシート中のMgを、αは薄皮材表面の酸化皮膜中の酸素を表している。 そして、Zはろう材の厚さ、ろう材Mg濃度、酸化皮膜厚さで決定される。つまり、ろう材中のMg量はろう材の厚さ及びろう材Mg濃度により、酸化皮膜中の酸素量は酸化皮膜厚さにより規定される。
ろう材が厚く、Mg濃度が大きいほど酸化皮膜破壊に必要なMgが多く供給されるためろう付けに有利となるが、ろう材の厚さとろう材のMg濃度の値は、製品ごとの板厚や必要強度等の要求特性により制限を受けることから、むやみにこれらを大きくすることは好ましくない。このため、ろう付けにはZの値を制御することが重要となる。
【0014】
本発明に係る無フラックスろう付け用ブレージングシートでは、安定してろう付けを行うためZが0.12以上となるように制御する。0.12以上という閾値は実験より求めた値である。上記数値を下回った場合、酸化皮膜破壊に十分なMg量が供給されずろう付け不良が生じる。この閾値について、ろう材中のMgが全て薄皮材表面の酸化皮膜の還元に使用され、ろう付け加熱中の酸化皮膜成長も無いと仮定すれば、理論上Zは0.12以下であってもろう付け可能といえる。しかし、ろう材中のMgは、その一部のみしか酸化皮膜の破壊に関与せず、また炉中に含まれる数十ppm程度の酸素によりろう付け加熱中にも酸化皮膜は成長する。そのため、安定したろう付けのためには、Zは0.12以上としなければならない。
【0015】
一方、Zの上限については19とするのが好ましい。この数値は、ろう付け性が最も良好となるような条件、例えば、薄皮材表面に対して水酸化ナトリウム溶液による洗浄後、硝酸にてデスマットするといった場合のようにアルミニウムの自然酸化皮膜を最小となるような処理を行い、ろう材のMg濃度とろう材厚さを規定された範囲の中で最大とした場合を想定して求められる値である。
【0016】
尚、上記のようにしてアルミニウムの自然酸化皮膜の厚さを最小にする処理を行った場合、その値は20Å程度である。そして、薄皮材表面の酸化皮膜の厚さの範囲は、20〜1000Åであることが好ましい。厚さを20Å未満に制御することは困難であり、1000Åを超えると如何にろう材中のMgの作用を考慮しても接合性に支障をきたすこととなる。尚、本発明における酸化皮膜の厚さは、20〜300Åの範囲であることがより好ましい。
【0017】
ここで、本発明を構成する薄皮材、ろう材、心材の内容について詳細に説明する。まず、薄皮材について説明する。薄皮材は、材料製造時やろう付けの加熱中に表面でMg酸化物を多く含む酸化皮膜が形成されるのを防ぐ働きをする。更に、ろう溶融
開始温度ではこの薄皮材の結晶粒界等から滲みだしたAl−Si−Mg溶融ろうが継ぎ手接合に寄与する。薄皮材は最終的にはろうに溶融する。
【0018】
薄皮材の材質としては、Al−Si−Mg合金ろうの溶融開始温度(約580℃)に対して、より高い溶融開始温度を有する純Al系合金又はAl−Mn系合金が好適である。特に限定はしないが、JIS合金記号の1080、1070、1050、1100あるいは3003合金等が使用可能である。
また、薄皮材はMgを実質的に含有しないものであることが必要である。Mgを含有すると、Mg酸化物を多く含む酸化皮膜が形成されろう付け性を阻害する。但し、未規定の不純物元素の一般的な許容量である0.05%未満の含有は許容される。
【0019】
薄皮材の厚さの適正範囲は5〜30μmである。この厚さが5μm未満では、ろう付け加熱時にろう材からのMgの拡散が容易になり、薄皮材表面にMgを含む酸化物が多く形成されるためろう流れを阻害する。逆に薄皮材の厚さが30μmを超えると、ろう付け時に薄皮材が溶け残って接合のばらつきを引き起こすおそれがある。また、薄皮材は、部位による厚さのばらつきが小さいものが好ましく、同一材の中で薄皮材の厚のばらつきは、平均厚さの30%以内に管理されたものが好ましい。
【0020】
次に、ろう材について説明する。本発明のろう材はAl−Si−Mg系合金からなり、薄皮材の内側に配される。ろう材の合金組成としては、Si5〜13%、Mg0.2〜1.5%を含むものが好適である。
【0021】
Siは融点を下げ、ろうとしての特性を与える必須元素であり、5%未満の含有量であると、ろう流れ性が低下する。また、Siが13%を超えると、ろう材組織中に粗大なSi粒子が形成され、ろう付け時に心材あるいは接合の相手材を部分的に侵食することがある。
【0022】
Mgはろう材溶融時に薄皮材から滲みだし蒸発することで、酸化皮膜を破る効果あるいは接合部直近の酸素量を下げる効果により、無フラックスでのろう付けを可能とする必須元素である。Mgが0.2%未満ではその効果が不十分である。Mgが1.5%以上であると、クラッド材(ブレージングシート)製造のための熱間圧延の際、ろう材と薄皮材の界面にMgを含む酸化物を形成する傾向があり、この酸化物が接合を阻害する原因になることがある。但し、Mgは薄皮材の酸化皮膜破壊にも供される成分でありMg濃度を高くすることはZの値を増大させることとなることから、クラッド材の製造工程を改良することにより、ろうと薄皮材との界面に酸化物が生成し難くすることができるのであれば、Mg濃度の上限を増加させることができる。
【0023】
また、ろう材はSi及びMgに加え、Bi0.01〜0.5%を添加しても良い。Biはろう流れ性を向上させる効果があり、上記範囲より少なければその効果が得られず、範囲を超える量を添加してもそれ以上のろう流れ性向上につながらない。
【0024】
更に、ろう材には、Zn:0.1〜5%、In:0.01〜0.1%、Sn:0.01〜0.1%、Cu:0.05〜0.5%を添加してもよい。これらは、ろう付け後のろう材の電位を調整して防食効果を発揮するために適宜添加される元素であり、上記範囲で添加してもろう付け性は確保される。
【0025】
また、アルミニウムの鋳造時の結晶微細化剤としてTi:0.001〜0.1%、B:0.0001〜0.02%を添加してもよい。その他、ろう材は不可避的不純物として0.6%までのFeの含有を許容する。
【0026】
ろう材の厚さは25〜250μmが好適である。25μmより薄い場合、ろうの不足によりろう付け接合が不十分になる。また、ろう厚さが250μmを超える場合、ろう過多による心材や相手材のろう侵食が顕著になるので不適当である。尚、薄皮材はろう付け時にろうに溶け込むことから、ろう材厚さは薄皮材厚さより十分に厚いことが好ましく、具体的には5倍以上であることが好ましい。
【0027】
心材は、ろう材より融点が高いアルミニウム合金からなる。例えば、JIS合金分類の3000系合金(Al−Mn系合金)、例えば3003、3005、3004等が好適である。また、6000系合金(Al−Mg−Si系合金)も適用可能である。但し、これらに限定するものではない。
【0028】
以上の通り、本発明は心材にろう材と薄皮材を配するブレージングシートであり、心材の片面にこれらを配した3層構成であってもよく、心材の表裏両面にろう材と薄皮材を配した5層構成でも良い。尚、本発明ブレージングシートの板厚は0.4〜6mmが好適である。
【0029】
次に、本発明に係る無フラックスろう付け用ブレージングシートの製造方法について説明する。本発明に係る製造方法は、基本的には従来の無フラックスろう付け用ブレージングシートの製造工程と同様である。ここで、従来の製造方法としては、心材のスラブと各層の材料を組み合わせて熱間圧延時にクラッド接合され、冷間圧延等の工程を経て作製される。また、最終熱処理工程として最終焼鈍がなされることが一般的である。
【0030】
本発明に係るブレージングシートを製造するにあたっては、上記従来工程において、ろう材中のMg量と酸化皮膜中の酸素量の比を適正な範囲に調整することを主題事項とする。即ち、心材となるアルミニウム合金からなる板材と、ろう材となるAl−Si−Mg系合金からなる板材と、薄皮材となる実質的にMgを含有しないアルミニウム合金からなる板材と、を接合してクラッド材を得るクラッド工程と、前記クラッド工程の後、クラッド材を焼鈍する最終焼鈍工程を含みつつ、これに薄皮材表面の酸化皮膜の厚さを調整する方法を付加したものである。ここで、薄皮材表面の酸化皮膜厚さの調整法としては、以下の2つの工程が挙げられる。
【0031】
薄皮材表面の酸化皮膜厚さの第1の調整法は、上記ブレージングシートの製造工程の最終工程である最終焼鈍の熱処理雰囲気を調整して薄皮材の酸化皮膜成長を抑制し、Zが0.12以上となるように制御するものである。ここで、最終焼鈍の熱処理雰囲気としては、不活性雰囲気又は真空とする。不活性雰囲気の例としては、窒素等の不活性ガス雰囲気、天然ガスやプロパン等の炭化水素ガスと空気とを混合して酸素濃度が調整されたいわゆるDXガス等が挙げられる。このDXガスの一例として、酸素3〜6%、露点−30℃以下がある。また、本発明における真空とは10
2Pa以下の条件をいう。
【0032】
最終焼鈍の他の条件については、従来の工程が適用できる。ここで、通常の最終焼鈍温度は、300〜500℃である。また、処理時間は、1〜8時間とする。尚、この最終焼鈍の温度、時間は、後述する酸化皮膜厚さの第2の調整法においても適用される。
【0033】
薄皮材表面の酸化皮膜厚さの第2の調整法は、クラッド工程後のクラッド材の薄皮材表面の酸化皮膜を機械的又は化学的に除去し、Zが0.12以上となるように、薄皮材表面の酸化皮膜厚さを制御するものである。
【0034】
具体的な酸化皮膜除去方法は、機械的方法としては切削やブラシ等による研磨等が適用される。また、化学的方法としては酸やアルカリによるエッチングが適用できる。これらの内、化学的方法がより効果的である。また、切削を行う場合には、切削油の付着の影響を除くために化学的なエッチングを併用することが好ましい。
【0035】
機械的に又は化学的に酸化物除去を行うのは、クラッド工程後に行うことが必要であり、最終焼鈍の前後いずれで行っても良いが、最終焼鈍の後に行うことが好ましい。
【0036】
尚、酸化皮膜の厚さ調整は、第1の方法である最終焼鈍の熱処理雰囲気を調整する工程を組み合わせても良い。即ち、最終焼鈍の熱処理雰囲気を調整して薄皮材の酸化皮膜成長を抑制し、その後、酸化皮膜を機械的又は化学的に除去してZが0.12以上となるようにしても良い。
【0037】
また、本発明に係る無フラックスろう付け用ブレージングシートの製造方法は、上記の酸化皮膜の厚さ調整の工程以外は従来の方法と同様である。よって、クラッド工程前後に冷間圧延、焼鈍等を組み合わせて、目的の板厚及び調質のブレージングシートを得ることができる。また、レべリング、トリミング、スリッティング、カッティング等も適宜行うことができる。
【0038】
本発明に係る無フラックスろう付け用ブレージングシートを適用する接合工程では、接合する相手材と組み合わせて組み上げられた後、非酸化性ガス雰囲気にてフラックスを用いずにろう付けされる。ブレージングシート及び相手材は、必要形状にプレス等で成形しても良い。ろう付け前の各素材は、油分等を表面から除去するために洗浄を行うことが好ましい。ろう付けの雰囲気ガスとしては、窒素や不活性ガスが使用可能であり、ろう付け炉内の酸素濃度を100ppm以下とすることが好ましい。ろう付け炉は、工業的に普及しているフラックスブレージングの一種であるノコロックブレージング用の窒素雰囲気炉が適用でき、ろう付け温度は590〜610℃とするのが好ましい。