【課題を解決するための手段】
【0010】
我々は、いくつかの液体中で一桁ナノダイヤモンド粒子の希薄なコロイド溶液は、驚くほど低摩擦係数を示すことをここに開示する(
図1)。この結果は、コロイド溶液中の一桁ナノ粒子の個数密度が高いため、境界条件が満たされるたびに、それらがユビキタススペーサーとして作用すると解釈される(非特許文献6、7)。一桁ナノダイヤモンド結晶は、この目的のためにその他のすべての要件を備えている(非特許文献8)。それは、我々が唯一の潤滑流体として長期にわたり使用してきた油の使用を、最終的に除くことができるようになるかもしれないことを示している。
非特許文献6: Design of Nanodiamond Based Drug Delivery Patch for Cancer
Therapeutics and Imaging Applications, Liu, W. K. et
al., in Ho, D. Ed. Nanodiamonds: Applications in Biology and Nanoscale
Medicine, Chapter 12, Springer Science+Business Media, Inc., Norwell, MA.,
2010, p. 249-284.
非特許文献7: Chemistry of Single-Nano Diamond Particles, Osawa, E. in Wudl, F.; Nagase, S.; Akasaka, K. Eds., Chemistry
of Nanocarbons, John Wiley & Sons, Oxford, 2010, Chapt. 17, p. 413-432.
非特許文献8: Monodisperse Single-Nano Diamond Particulates, Osawa, E., Pure & Appl. Chem., 80, 1365-1379 (2008)
【0011】
ナノころ潤滑の最も普通でない一見予想しにくい特徴は、境界条件下で初期の真の接触点でスペーサーのユビキタス利用が可能になることです。この特徴は、本発明の中心的な事項なので、ナノテクノロジーで見落とされていた原理(非特許文献6、7)に由来する背景を、最初に説明しましょう。
【0012】
本発明で使用するスペーサー粒子は、我々が最近再発見した爆轟法ナノダイヤモンド一次粒子(
図2)(非特許文献9)です。本説明を通して、私たちはこれを5nmのバッキーダイヤモンド(5nBD)(非特許文献10)という名前によって呼ぶ。
5nBD粒子のサイズの測定値はほんの4.7 nmです。それほど小さく軽いのでほんのわずかの重量でも天文学的数字の5nBDの粒子が含まれることになる(
図2)。例えば、その1%水溶液のコロイド溶液1μlは、10
11(1000億)個の5nBD粒子が含まれています!また、5nBDはスペーサーに必要な他のすべての性質を持っている: 地球上で最も硬い物質、準球形の形状(後記参照)、安定したコロイド(
図2)となり、調整が容易(非特許文献7)、そのほか(以下参照)などです。
非特許文献9: Unusually tight aggregation in detonation nanodiamond identification
and disintegration, Krueger, A.; Kataoka, F.; Ozawa, M.; Aleksenskii, A.; Vul’,
A. Ya; Fujino, Y.; Suzuki, A.; Osawa, E., Carbon 43,
1722-1730 (2005).
非特許文献10: Ultradispersity of diamond at the nanoscale, Raty, J.-Y., Galli,
G., Nature Mater. 2, 792-795 (2003).
【0013】
粒子数効果(非特許文献6、7)が、実際の状況でどのように機能するかを説明しましょう。一対の金属板が1パーセント5nBDコロイド水溶液中で互いに動いており、互いに近づきすぎているとする(
図3(1))。最近接の凹凸間の直線距離が5nBDの水和有効半径7nm(
図2)の限界距離以下になると、スペーサーが金属板を感じ始める(
図3(2))。我々は両方の凹凸が直径1mmの円形の先端を持っていると仮定するなら、316個の5nBD粒子がマイクロ空間S×hに単一粒子層を形成することが単純な計算でわかる(
図3(2) ')。この凹凸先端の想定直径は、報告されている最少の真の接触点が26mm(NPL3)であるという事実を考慮すると、摩擦の初期段階に相当すると考えられる。我々は、凹凸の先端間に閉じ込められた300個のナノころという図が合理的であると考え、このような多数のスペーサーは金属板のさらなるアプローチを止めるには十分であろうと考える。
【0014】
そこで締め付けられた300個の 5nBDスペーサーは、自分自身を回転させだす(
図3(2) ')。すると、前の瞬間まで閉じつつあった凹凸のペアが離れ出す(
図3(2)→(3))。このようにして、金属板間のすべての真の接触点はユビキタスナノころの回転運動により、その初期の段階で繰り返し接触点は反発し、スペーサーが分散したままで、負荷下で準球形の形状を維持する限り、本当の摩擦過程は起こらない。
【0015】
以上は物語があまりにも調子よく語られているように見えるかもしれない。確かにそうだ。したがって、1パーセント5nBD水性コロイドがサファイアボール(2mmφ)/
Siウェーハシステムに対して超潤滑を示したとき(μ= 0.005から0.01)(実験例3)私たちは本当に驚いた。純水は、同一条件(
図1)の下で0.086のμ値を示した。明らかに、このような低摩擦係数は摩擦従来の融合機構(非特許文献3)が消失し、摩擦の主な原因がナノころの回転に変化していることを示している。
【0016】
以上の説明は、5nBDスペーサーが球形または少なくとも準球形に成形されていることを示唆している。実際に我々は、ダイヤモンドに予想される八面体またはその頂点を切り捨てた形のように見えない5nBDのTEM像(非特許文献8、9、11)に長い間当惑していたが、今我々は、画像が実際にはビーズミリング(非特許文献12)の結果として結晶の稜が削られた準球形形状になっていることを理解した(
図4)。これとは別に我々は最近、地下深部から地表への上昇過程の間に天然ダイヤモンドでは八面体から多くの多面的な準球形形状になる幾何学的変換経路があることを明らかにした(非特許文献13)。同様な形態学的変化が5nBD粒子を製造するビーズミリング中に発生して準球形ができている可能性がある。
5nBD粒子の形状のより正確な写真を取るべきであるという問題はまだ残っているものの、5nBDにおける研磨された表面形態という認識は、ナノころの超潤滑を解釈する上で重要な役割を果たした。
非特許文献11: Preparation and behaviors of brownish clear nanodiamond colloids,
Ozawa, M.; Inakuma, M.; Takahashi, M.; Kataoka, F.; Krueger, A.; Osawa, E. Adv.
Mater. 19, 1201-1206 (2007).
非特許文献12: Self-assembly in nanodiamond agglutinates. Barnard, A., J.
Mater. Chem. 18, 4038-4041 (2008).
非特許文献13: Morphological Transformation
Pathways Map of Diamond Crystals. Osawa, E.; Barnard,
A. S.; Chang,
L. Y.; Matsubara, S.; Nakagawa, H.; Sato, I., Manuscript in preparation.
【0017】
ナノころ潤滑方式の検証の過程で得られた5nBD水溶液の著しく低い摩擦に5nBDの以下の特徴が寄与しているように見える。第一に、SCC DFTB計算(非特許文献14)、ラマン共鳴の強いGバンド(非特許文献9)、およびX線回折の相対強度(非特許文献15、
図2)等によると、ナノダイヤモンド結晶の{111}面上の表面のダイヤモンド数層の相転移によって欠陥を持つ数層のグラフェン片が形成されると信じられている。これらのグラフェン様の小片は、Siとサファイア表面の両方に対して固体潤滑剤として役立っていると考えられる。
非特許文献14: Crystallinity and surface electrostatics of diamond nanoparticles,
Barnard, A.; Sternberg, M., J. Mater. Chem. 17, 4811-4819 (2007).
非特許文献15: New prospects and frontiers of nanodiamond clusters., Baidakova,
M.; Vul’, A., J. Phys. D: Appl. Phys. 40, 6300-6311 (2007).
【0018】
第二に、ナノダイヤモンド結晶表面上に異常に強く結合している水和は、溶媒水分子と{111}面に存在する高い負の静電荷の間の強い水素結合形成の結果として解釈され(非特許文献16)、また、5nBDヒドロゲル中の不凍水(非特許文献17、18、
図2)の示差走査熱量計での観察に基づいている。柔らかい水和殻は、スペーサーとしての機能によるせん断応力を減少させるだけでなく、転がり摩擦をも低減する。
非特許文献16: Consequences of strong and diverse electrostatic potential field on
the surface of detonation nanodiamond particles, Osawa, E.; Ho, D.;
Huang, H.; Korobov, M. V.; Rozhkova, N. N., Diam. Rel. Mater. 18,
904-909 (2009).
非特許文献17: Nanophase of
water in nanodiamond gel, Korobov M. V., Avramenko N. V.; Bogachev, A. G.;
Rozhkova N. N.; Osawa E., J. Phys. Chem. C. 111, 7330-7334 (2007).
非特許文献18: Aggregate structure of single-nano buckydiamond in gel and
dried powder by differential scanning calorimetry and nitrogen adsorption,
Korobov, M. V.; Batuk, M. M.; Avramenko, N. V.; Ivanova, N. I.; Rozhkova, N.
N.; Osawa, E. Diam. Rel. Mater. 19, 665-671 (2010).
【0019】
私たちは、許容可能なμの値、例えば、0.02以下になるのに必要な可能な限り低い濃度又はスペーサーの最小数を知りたい。水性潤滑剤で5nBD濃度を低減すると比較的速くμは増加し、5nBD 0.3%の濃度で0.015にまで増加した(
図1)。このμの増加は、低濃度では接触面からスペーサーが離脱することが加速されるためであろうと考えた。このスペーサーの損失は、分散媒体の粘度を増加させることによって防止することができる。しかし、粘度が高すぎると流体潤滑剤の動きに粘性抵抗が増え、したがってmも増す。したがって、高粘性の分散媒体は避けなければならない。
【0020】
このような理由から、我々は次の媒体としてエチレングリコール(EG)を選択した。
EGは5nBDに対してかなり良好な親和性を有しており、直接の溶媒置換法(実施例1)で3.5%まで非常に安定したコロイド溶液を与えた。
【0021】
予想通り5nBD/EGコロイドは0.1%の濃度でも非常に満足な0.01という摩擦係数を示した(
図1)。EGは水よりも16倍以上の粘度であるが、水と同等の摩擦係数を示した。それ故、EG自体はスペーサーが存在しない場合でも、いくらかの潤滑効果を持っている。低コストであり、急性毒性が皆無で、取り扱いが容易で、透明性、無着色性、水との任意の割合での混和性を考慮すると、EGは汎用流体媒体の有力候補になる。
【0022】
粘度の重要性は流体媒体としてジメチルスルホキシド(DMSO)を用いた場合にさらに明確に実証された。
DMSOは水と同程度の粘度を持っており、5nBDが存在しない場合0.095の摩擦係数を示した。それゆえ、その潤滑性は、水と同等と判断することができる。 0.1%の5nBDをDMSOに溶解した場合、得られるコロイドは許容できる摩擦係数0.023となったが(
図1)、この値はEGに2倍劣っていた。おそらくSiウェーファーとサファイアボールが擦れる瞬間にスペーサーのいくらかが接触面の外に漏れたためであろう。DMSOは10%以上5nBDを溶解し、水やほとんどすべての他の溶媒と混ざるため、5nBD(非特許文献11)の最もよく知られる溶剤(実際には分散剤)として認識されていることに留意すべきである。したがって、5nBDの非常に高い個数密度が必要になった場合は、DMSOは便利な溶媒になる。
EGと他の溶媒との混合溶媒も興味深いものになるであろう。
【0023】
他の有機溶媒での5nBDのコロイド溶液も興味深いものだが、今のところいくつかの溶媒しか5nBDに実用的な親和性を示していない。ポリビニルアルコールを含む多価アルコール類、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、グリセリン及びそれらのエステルまたはエーテルのようなポリオキシエチレン類、プロピレングリコール、1,4
‐ ブタンジオールのようなポリアルキレングリコール類は、数%の濃度まで5nBDの安定したコロイドを与える。多価アルコール類は粘性流体から高融点固体までの広い範囲をカバーしているので、ナノころ潤滑の原理をグリースおよびワックスに展開するのに適している。
【0024】
この発明過程において、この分野でよく行われる5nBDの乾燥凝集粉末を分散溶媒に分散させる方法ではなく、水性コロイドから直接溶媒交換反応(DSER)により多価アルコールおよび他の高沸点溶剤で十分に分散したコロイドが合成できることを私たちは発見した。DSERの成功は、主に2つの要因によるものである。要因の一つは、コロイド溶液の高い熱安定性である。他の要因は、水と多価アルコールの両方が5nBDに親和性の高い良溶媒であり、5nBDの表面上の溶媒和殻中で両溶媒の高速交換が可能であるという事実である。
【0025】
以上のまとめとして、私たちは再度、我々の新しい潤滑システムにおけるスペーサーのために必要な6要件を確認し、これまでの悪名高き潤滑油を置き換えることを目指すことにする。
【0026】
(1)ユビキタス性。この条件は、最初手ごわいように見えたが、ナノ粒子に固有の粒子数効果により迅速に解決した(非特許文献6、7)。実際の問題として、私たちの考えるスペーサー潤滑は粒子数効果が必要なので、ナノ粒子でのみ動作する。おそらく粒子数効果が重要な役割を果たしている他の多くの現象も生じるだろう。
【0027】
ナノころが有効に機能するにはどの程度粒子が小さい必要があるのだろうか。スペーサーのサイズの上限は、動く物体の相対運動での表面の平滑性、σ
αに依存する。:ナノころの直径Dが表面のσ
αよりも大きい場合は、ナノころは中空の領域で擦られ物体の表面に傷を付けることになる。
Dがσ
αより小さい場合、ナノころは凹凸の下に隠されたままで傷を付けないだろう。したがって5nBDを用いるナノころ潤滑は5nm未満のσ
αを有する高度に研磨された表面では作動しないだろう。
【0028】
(2)真球性。この要件は(1)に似ているが、5nBDが最初はこの条件を満たすだろうとは私たちは思わなかった。ナノころ潤滑のこととは別のこととして、私たちは小さな天然ダイヤモンド結晶中にかなりの数のほぼ球状だが、多くの面を持つ表面形態を発見し、地下150〜300キロからダイヤモンドが地表に登るような過酷な環境下で生き残るために、準球形が最善の形態であると推測した。我々はビーズミリングによる爆轟法ナノダイヤモンド結晶凝集体の解砕時にも同様にナノダイヤモンドに過酷な条件がかかっているものと想定している(非特許文献13)。
【0029】
(3)分散性。この要件も、予期せぬ方法で満たされた。我々が最初に水でビーズミリングによって爆轟法ナノダイヤモンドの凝集体を解砕することに成功したときは、黒色で沈殿のない均一な溶液を得た。我々は、大変に驚き、ダイヤモンドを水に溶解させることができるのか疑問に思った。我々は5nBDゲルのDSCの非凍結ピークに気づいたとき、この問題は解消した(非特許文献17、18)。その後、私たちは、5nBD粒子がそのユニークな幾何学的および電子的構造により自発的に分極して結晶面上に高い静電場を生成することに気づいた。水素結合する水のような溶媒やアルコールおよび双極性非プロトン性溶媒のいくつかは強く5nBDの表面の負の静電荷と相互作用する(非特許文献12、13、14)。厳密に言うと、我々が持っているものは真の溶液ではなく、コロイドだが、我々には5nmの粒子を見ることはできないので、コロイドが真の溶液のように見える。いくつかの溶媒中での5nBDの高い "溶解性"は、本発明を構成する大きな利点の一つです。
【0030】
(4)硬さと強さ。ダイヤモンドのこれらの典型的な特性は5nBDがスペーサーとして選ばれたときに有利に働くことが十分予想される。しかし、ダイヤモンドは、{111}面の方向に沿って容易に劈開することが知られている。これらの劈開面は黒鉛微小片で覆われていると考えられるので、劈開は平面に沿って力を繰り返し及ぼした後にのみ起こると考えられ、私たちのナノころ潤滑システムにおける5nBD粒子は非常に過剰に存在するので、我々はスペーサー挙動に影響がでるほどに劈開が頻繁には起こらないだろうと考える。
【0031】
(5)入手容易性。 5nBDの原料は、最も汎用な爆発物で軍で過剰生産された爆発物であるComposition Bが保管期限切れになった物である。世界に平和が広まり将来武器の開発や生産競争が終結し爆薬原料の入荷が停止しても、我々は、他の合成法、例えばグラファイトのレーザーアブレーションなどの方法が合成法として見つかるだろうと信じている。少なくとも今から半世紀の間、我々は軍事国から十分な原料供給を受けることができるだろう。
【0032】
(6)健康リスク。ダイヤモンドは化学反応性がないため毒性が無い。細胞毒性がないことはよく研究され、確認されている(非特許文献19−21)。
非特許文献19: Differential biocompatibility of carbon nanotubes and nanodiamonds, Schrand,
A. M.; Dai, L.; Schlager, J. J.; Hussain, S. M.; Osawa, E., Diam. Rel.
Mater. 16, 2118-2123 (2007).
非特許文献20: Are diamond nanoparticles cytotoxic?, Schrand, A. M.; Huang,
H.; Carlson, C.; Schlager, J. J.; Osawa, E.; Hussain, S. M.; Dai, L., J.
Phys. Chem. B. 111, 2-7 (2007).
非特許文献21: Cytotoxicity and genotoxity of carbon nanomaterials, Schrand,
A. M.; Johnson, J.; Dai, L.; Hussain, S. M.; Schlager, J. J.; Zhu, L.; Hong,
Y.; Osawa, E., in Safety of Nanoparticles: From Manufacturing to Medical
Applications, Webster, T. J. (Ed.), Springer Science+Business Media, New
York, 2008, Chapter 8, p. 159-188.
【0033】
結論として、我々はナノテクノロジーのおかげでナノころ潤滑のための理想的な材料として5nBD粒子を使用することが可能になったと考える。ナノテクノロジーの知識がなければ、ナノころ潤滑の考え方は生まれなかっただろう。結果として我々はここで、クリーンで実用的で効率の高い潤滑の新しいコンセプトを持った。これは近い将来には潤滑油を置き換えるであろうと信じている。