特許第5960001号(P5960001)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ NTN株式会社の特許一覧

特許5960001鉄系焼結金属製の機械部品及びその製造方法
<>
  • 特許5960001-鉄系焼結金属製の機械部品及びその製造方法 図000002
  • 特許5960001-鉄系焼結金属製の機械部品及びその製造方法 図000003
  • 特許5960001-鉄系焼結金属製の機械部品及びその製造方法 図000004
  • 特許5960001-鉄系焼結金属製の機械部品及びその製造方法 図000005
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5960001
(24)【登録日】2016年7月1日
(45)【発行日】2016年8月2日
(54)【発明の名称】鉄系焼結金属製の機械部品及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20160719BHJP
   B22F 3/10 20060101ALI20160719BHJP
   C22C 33/02 20060101ALI20160719BHJP
【FI】
   C22C38/00 304
   B22F3/10 E
   C22C33/02 103E
【請求項の数】6
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2012-200340(P2012-200340)
(22)【出願日】2012年9月12日
(65)【公開番号】特開2014-55322(P2014-55322A)
(43)【公開日】2014年3月27日
【審査請求日】2015年5月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107423
【弁理士】
【氏名又は名称】城村 邦彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120949
【弁理士】
【氏名又は名称】熊野 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100155457
【弁理士】
【氏名又は名称】野口 祐輔
(72)【発明者】
【氏名】毛利 敏彦
(72)【発明者】
【氏名】永田 大春
【審査官】 守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開平09−049064(JP,A)
【文献】 特開平08−041607(JP,A)
【文献】 特開昭48−044108(JP,A)
【文献】 特開2008−202123(JP,A)
【文献】 特開平09−049047(JP,A)
【文献】 特開昭51−014804(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/122558(WO,A1)
【文献】 国際公開第2006/080554(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
B22F 3/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄組織がフェライト相を主体として形成され、前記鉄組織同士が銅−錫合金で結合され、銅を1〜10重量%、錫を0.5〜2重量%、炭素を0.1〜0.5重量%含み、残部を鉄とした鉄系焼結金属からなる機械部品。
【請求項2】
遊離黒鉛を含む請求項1に記載の機械部品。
【請求項3】
銅に対する錫の配合割合を重量比で1/5以上1以下とした請求項1記載の機械部品。
【請求項4】
請求項1〜3の何れかに記載の機械部品で構成された可変バルブタイミング機構のオイルシール。
【請求項5】
銅を1〜10重量%、錫を0.5〜2重量%、炭素を0.1〜0.5重量%含み、残部を鉄とした鉄系焼結金属からなる機械部品の製造方法であって、
1〜10重量%の銅粉、0.5〜2重量%の錫粉、0.1〜0.5重量%の黒鉛粉を含み、残部を鉄粉とした原料粉を圧縮して圧粉体を成形する工程と、前記圧粉体を750〜900℃の範囲の温度で焼結して、銅−錫合金により鉄組織同士を結合する工程とを有する機械部品の製造方法。
【請求項6】
銅を1〜10重量%、錫を0.5〜2重量%、炭素を0.1〜0.5重量%含み、残部を鉄とした鉄系焼結金属からなる可変バルブタイミング機構のオイルシールの製造方法であって、
鉄粉、銅粉、及び錫粉を含む原料粉を圧縮して圧粉体を成形する工程と、前記圧粉体を750〜900℃の範囲の温度で焼結して、銅−錫合金により鉄組織同士を結合する工程とを有する可変バルブタイミング機構のオイルシールの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄系焼結金属からなる機械部品(特に、可変バルブタイミング機構のオイルシール)及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
可変バルブタイミング機構のオイルシール(以下、単にオイルシールとも言う。)は、シール性を高めるために高い寸法精度が要求されるため、高精度に成形可能な焼結金属で形成される場合がある。この場合、材料コストの観点から、鉄系焼結金属が用いられることが多い。鉄系焼結金属は、通常、鉄粉に微量の黒鉛粉及び銅粉を混合した原料粉を圧縮成形して圧粉体を形成した後、この圧粉体を高温(1100℃以上)で焼結することで形成される。これにより、黒鉛中の炭素が鉄組織中に拡散してパーライト相が形成されると共に、銅が鉄組織中に固溶することにより、高強度の焼結体が得られる。
【0003】
上記のように圧粉体を高温で焼結する場合、圧粉体を均一に加熱しないと場所によって収縮量が異なって要求される寸法精度が得られない恐れがあるため、圧粉体の向きや姿勢を揃えて整列させた状態で焼結する必要がある。しかし、焼結される前の圧粉体は強度が低いため、圧粉体を整列させるためにロボットハンド等で掴んだ際に圧粉体が損傷する恐れがある。例えば特許文献1では、非整列状態の圧粉体を比較的低温(750〜900℃程度)で仮焼結してある程度強度を高めた後、仮焼結体を整列させて高温で焼結することで、圧粉体の損傷を防止している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−246939号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、可変バルブタイミング機構のオイルシールには、板バネによりハウジングに押し付けられる荷重や、油圧によるせん断力といった比較的小さい荷重しか加わらない。このような機械部品を、上記の特許文献1に示されている鉄系焼結金属で形成すると、2回の焼結工程を要するため生産性が低下する上、必要以上に高い強度が付与されることになる。
【0006】
例えば、鉄粉、銅粉、及び黒鉛粉からなる一般的な鉄系焼結金属の原料粉を用いて圧粉体を形成し、この圧粉体を比較的低温(例えば750〜900℃)で焼結すると、炭素が鉄組織中に十分に拡散しないためパーライト相はほとんど形成されず、比較的軟らかいフェライト相を主体として鉄組織が形成される。また、焼結温度が低いと、銅は鉄組織中に固溶しないため、銅により焼結体の強度は高められない。このため、上記の焼結体の強度は、通常の焼結温度(1100〜1150℃)で焼結した焼結体と比べてはるかに小さく、本発明者らの検証によれば通常の焼結体の2割程度の静的強度しか得られなかった。このように、一般的な原料粉を用いて鉄系焼結金属を形成する際に、単に焼結温度を低くするだけでは焼結体の強度が低くなりすぎるため、たとえ加わる荷重が比較的小さい機械部品であっても、必要とされる強度は得られない。
【0007】
本発明が解決すべき課題は、ある程度の強度を有し、且つ、生産性の高い鉄系焼結金属製の機械部品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために、本発明は、鉄組織がフェライト相を主体として形成され、鉄組織同士を接合するために銅及び錫が配合された鉄系焼結金属からなる機械部品を提供する。この機械部品は、鉄粉、銅粉、及び錫粉を含む原料粉を圧縮して圧粉体を成形する工程と、この圧粉体を750〜900℃の範囲の温度で焼結して、銅及び錫により鉄組織同士を結合する工程とを有する製造方法により製造できる。
【0009】
このように、鉄粉を含む原料粉からなる圧粉体を比較的低温で焼結することで、鉄組織はフェライト相を主体として形成されるため、パーライト相を主体とする従来の鉄系焼結金属と比べると強度は低いが、鉄組織同士が銅及び錫で結合されているため、強度をある程度確保することができる。すなわち、溶融した錫が銅と接触して液相化し、この液相化した銅−錫合金が鉄組織の間に入り込んで鉄組織同士を結合する(液相焼結)。このとき、錫単体は鉄との濡れ性が低いため鉄組織同士を結合する力は弱いが、鉄との濡れ性が高い銅と合金化することで、鉄組織同士をある程度強固に結合することができる。本発明者らの検証によれば、このような焼結体は、一般的な鉄系焼結金属の原料粉からなる圧粉体を通常の焼結温度(1100〜1150℃)で焼結した場合と比べて、4割程度の静的強度を有することが分かった。この程度の強度を有していれば、加わる荷重が比較的小さい用途で使用される機械部品(例えば可変バルブタイミング機構のオイルシール)として十分実用化できる。このように低温で焼結することで、焼結による圧粉体の収縮量が小さくなるため、圧粉体を整列させて焼結しなくても要求される寸法精度を確保できる。従って、上記の特許文献1のように焼結工程を2回に分けて行う必要がなくなり、生産性が高められる。
【0010】
上記の原料粉に黒鉛粉を配合した場合、焼結温度が比較的低温であるため黒鉛中の炭素の鉄組織中に拡散されにくく、また、銅−錫合金が鉄組織の間に入り込むことで炭素の鉄組織中への拡散が阻害されるため、黒鉛のほとんどが焼結金属中に遊離黒鉛として残存する。例えば、機械部品が他部品と摺動する場合、遊離黒鉛を他部品との摺動面に露出させることで、摺動性を高めて摩耗を抑えることができる。
【0011】
上記の機械部品は、例えば銅を1〜10重量%(好ましくは1〜8質量%)、錫を0.5〜2重量%、炭素を0.1〜0.5重量%含み、残部を鉄とした焼結金属で形成することが好ましい。以下、各材料の配合割合の上限及び下限の理由を説明する。銅が1重量%未満あるいは錫が0.5重量%未満であると、鉄組織の間に介在する銅−錫合金が過小となり、鉄組織同士を結合する力が不足し、強度不足となる恐れがある。銅が8重量%を超えると強度向上効果が鈍くなり、10重量%を超えるとそれ以上配合量を増やしても強度はほとんど向上しないため、高価な銅の配合量は必要最小限とするために、銅は10質量%以下、好ましくは8質量%以下とすることが望ましい。錫が2重量%を超えると、銅との合金化による鉄組織の結合力はほとんど向上しないため、高価な錫の配合量を必要最小限とするために、錫は2重量%以下とした。750〜900℃の比較的低温で焼結する場合、銅に対する錫の配合割合は重量比で1/5以上1以下が最も強度向上に効果的であり、1を超えると錫が析出する可能性が高くなる。炭素が0.1重量%未満であると、遊離黒鉛による摺動性向上効果が得られず、炭素が0.5重量%を超えるとコスト高を招く。
【発明の効果】
【0012】
以上のように、本発明によれば、ある程度の強度を有し、且つ、優れた生産性を有する鉄系焼結金属製の機械部品を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】(a)は可変バルブタイミング機構のカムシャフト軸方向と直交する方向の断面図であり、(b)は(a)図のX−X線における断面図、(c)は(a)図のY−Y線における断面図である。
図2】オイルシールの(a)平面図、(b)側面図、及び(c)正面図である。
図3】オイルシールの製造工程を示す概略斜視図である。
図4】オイルシールの表面組織の拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0015】
図1に、本発明の一実施形態に係る機械部品としてのオイルシール20が組み込まれた可変バルブタイミング機構1を示す。可変バルブタイミング機構1は、カムシャフトSと一体に回転するロータ3と、エンジンのクランクシャフト(図示省略)と同期して回転し、ロータ3を相対回転自在に収容するハウジング4とを備える。
【0016】
ロータ3は、図1(a)に示すように、外周側に突出する複数(図示例では4つ)のベーン5を有する。ハウジング4は、複数のベーン5の周方向間に突出する複数(図示例では4つ)のティース6を有する。ベーン5とティース6との周方向間には油圧室7,8が形成される。ベーン5の周方向一方側の油圧室7は、ロータ3を進角側に駆動する際に油圧が供給される進角室を成す。ベーン5の周方向他方側の油圧室8は、ロータ3を遅角側に駆動する際に油圧が供給される遅角室を成す。
【0017】
油圧室7及び8は、オイルシール20により液密的に区画される。図1(a)に示すように、ベーン5に設けられるオイルシール20は、ベーン5の先端面に形成された溝部5aに嵌合し、ハウジング4の内周面と摺動する。ティース6に設けられるオイルシール20は、ティース6の先端面に形成された溝部6aに嵌合し、ロータ3の外周面と摺動する。図1(b),(c)に示すように、オイルシール20と溝部5a,6aの溝底面との間には板バネ9が設けられ、この板バネ9によりオイルシール20の一側面(以下、底面21と言う。)がハウジング4の内周面あるいはロータ3の外周面に押し付けられる。
【0018】
オイルシール20は、図2に示すように、底面21と、底面21の反対側に設けられた側面(以下、上面22と言う。)と、底面21の短辺方向両側に設けられた一対の平坦な側面23,23と、底面21の長辺方向両側に設けられた一対の平坦な端面24,24とを備える。上面22の長辺方向両端部には一対の凸部22aが設けられ、この一対の凸部22aの間に板バネ9が装着される(図1(b),(c)参照)。底面21は、図1(c)に誇張して示すように、短辺方向中央部を頂点とした凸円筒面状に形成される。
【0019】
オイルシール20は、鉄系焼結金属からなり、具体的には、鉄組織がフェライト相を主体として形成され、鉄組織同士を結合するために銅及び錫が配合された鉄系焼結金属からなる。鉄組織同士は、銅−錫合金で結合されている。本実施形態のオイルシール20は、銅を1〜10重量%(好ましくは1〜8重量%)、錫を0.5〜2重量%、炭素を0.1〜0.5重量%含み、残部を鉄とした鉄系焼結金属からなる。銅に対する錫の配合割合は重量比で1/5以上1以下とされる。鉄系焼結金属は遊離黒鉛を含み、本実施形態では、鉄系焼結金属中の炭素のほとんどが遊離黒鉛として存在する。鉄系焼結金属中の銅及び錫は大半が銅−錫合金として存在しており、銅単体、あるいは錫単体の組織はほとんど存在していない。具体的に、焼結金属中の銅成分に対する銅単体組織の比率は5重量%以下、及び、焼結金属中の錫成分に対する錫単体組織の比率は、0.1重量%以下とされる。
【0020】
上記のオイルシール20は、各種粉末を混合した原料粉を金型に充填し、これを圧縮して圧粉体を成形した後、圧粉体を比較的低温で焼結することで形成される。原料粉は、鉄粉、銅粉、錫粉、および黒鉛粉を主成分とする混合粉末である。この混合粉末には、必要に応じて各種成形助剤(潤滑剤や離型剤等)が添加される。本実施形態では、鉄粉、銅粉、錫粉、および黒鉛粉に、潤滑剤としてステアリン酸亜鉛が配合された原料粉が用いられる。以下、原料粉および製造手順について詳細に述べる。
【0021】
鉄粉としては、還元鉄粉、水アトマイズ鉄粉等の公知の粉末が広く使用可能である。本実施形態では、含油性に優れた還元鉄粉を使用する。還元鉄粉は、略球形でありながら不規則形状でかつ多孔質状をなし、表面に微小な凹凸を有する海綿状となることから、海綿鉄粉とも呼ばれる。鉄粉としては、粒度40μm〜150μm、見かけ密度2.0〜2.8g/cm3程度のものを使用する。見かけ密度の定義は、JIS Z 8901の規定に準じる(以下、同じ)。なお、鉄粉に含まれる酸素量は0.2重量%以下とする。
【0022】
銅粉としては、焼結金属用として汎用されている球状や樹枝状の銅粉が広く使用可能であり、例えば電解粉や水アトマイズ粉等が用いられる。なお、これらの混合粉も使用可能である。銅粉としては、粒度が20μm〜100μm程度、見かけ密度が2.0〜3.3g/cm3程度のものを使用する。銅粉は、錫と合金化して鉄組織同士を結合することを目的として配合される。すなわち、銅粉のほぼ全てが錫と反応することにより液相化して鉄組織の間に入り込むように、銅及び錫の配合割合が設定される。
【0023】
錫粉としては、アトマイズ錫粉等の公知のものが使用され、例えば粒度が10〜50μm程度、見かけ密度が1.8〜2.6g/cm3程度のものが使用される。黒鉛粉としては、鱗状黒鉛粉等の公知のものが使用され、例えば平均粒径が10〜20μm程度、見かけ密度が0.2〜0.3g/cm3程度とされる。
【0024】
上記各粉末を配合した原料粉は、銅粉を1〜10重量%(好ましくは1〜8重量%)、錫粉を0.5〜2重量%、黒鉛粉を0.1〜0.5重量%含み、残部を鉄粉とした混合粉末に対し、微量のステアリン酸亜鉛粉が添加されたものである。尚、錫粉の銅粉に対する配合割合は、重量比で1/5以上1以下とされる。
【0025】
上記組成の原料粉を公知の混合機で混合した後、成形機の金型に供給する。図3に示すように、金型は、ダイ51、上パンチ52、および下パンチ53からなり、これらによって区画されたキャビティに原料粉が充填される。上下パンチ52,53を接近させて原料粉を圧縮すると、原料粉が、ダイ51の内周面及び上下パンチ52,53の端面からなる成形面によって成形され、オイルシール20と略同形状の圧粉体30が得られる。
【0026】
圧粉体30は、向きや姿勢を統一されることなく非整列状態で耐熱性敷部材60(例えばメッシュベルト)上に移載され、耐熱性敷部材60と共に焼結炉内に搬入されて焼結される。焼結条件は、黒鉛に含まれる炭素が鉄と反応せず(炭素の拡散が生じない)、且つ、溶融した錫が銅と接触して合金状態で液相化する条件とする。具体的には、焼結温度が750〜900℃、好ましくは800〜850℃とされる。また、従来の焼結金属の製造工程では、焼結雰囲気として、液化石油ガス(ブタン、プロパン等)と空気を混合してNi触媒で熱分解させた吸熱型ガス(RXガス)を使用する場合が多いが、吸熱型ガス(RXガス)では炭素が拡散して表面を硬化させるおそれがある。このため、焼結雰囲気は、炭素を含有しないガス雰囲気(水素ガス、窒素ガス、アルゴンガス等)あるいは真空とする。これらの対策により、原料粉では炭素と鉄の反応が生じず、パーライト相γFeからなる硬い組織(HV300以上)は析出しない。従って、焼結後の鉄組織は比較的軟らかいフェライト相αFe(HV200以下)を主体として形成され、本実施形態では鉄組織のほぼ全て(例えば鉄組織の95重量%以上)がフェライト相で形成される。焼結に伴い、原料粉に潤滑剤として配合されていたステアリン酸亜鉛は、焼結体内部から揮散する。
【0027】
上記のように、比較的低温で焼結されたフェライト相主体の鉄系焼結金属は、パーライト相を主体とした鉄系焼結金属と比べて強度は劣る。しかし、本実施形態では、銅粉と、銅に対して高い濡れ性を有する錫粉を原料粉に配合することで、銅−錫合金による液相焼結が進行し、鉄組織同士の結合強度が強化される。すなわち、原料粉に銅粉のみを配合しても、上記の焼結温度では銅は溶融しないため、鉄組織同士を結合することはできない。また、原料粉に錫粉のみを配合した場合、上記の焼結温度で溶融するが、錫は鉄に対して濡れ性が低いため、錫と鉄との結合力は弱く、強度はそれ程高まらない。従って、原料粉に銅粉及び錫粉を配合することで液相焼結を進行させ、銅及び錫が鉄組織の間に入り込んで鉄組織同士が結合されることで、ある程度の強度を確保することができる。
【0028】
また、上記のように比較的低温で焼結することで、焼結時の熱による曲げや反り等の変形が生じ難いため、焼結時に圧粉体の向きや姿勢を統一しなくても、オイルシール20として要求される寸法精度を得ることができる。従って、耐熱性敷部材60上に複数の圧粉体30を整列する必要がなくなるため、作業が簡略化されると共に、整列作業時に圧粉体が損傷する事態を回避できる。
【0029】
また、上記のように比較的低温で焼結すると、黒鉛中の炭素が鉄組織中に拡散しにくい。特に、本実施形態では、銅−錫合金が鉄組織の間に入り込んでいるため、黒鉛中の炭素の鉄組織中への拡散が阻害される。以上より、黒鉛はほとんど鉄組織中に拡散することはなく、ほぼ全てが遊離黒鉛として残存する。この遊離黒鉛はオイルシール20の底面21を含む表面全体に露出している。
【0030】
以上に述べた焼結工程を経ることで、多孔質の焼結体が得られる。この焼結体に、必要に応じてバレル処理及びサイジングを施すことにより、図示に示すオイルシール20が完成する。上記のように、焼結時に炭素と鉄を反応させず、鉄組織を軟質のフェライト相で形成することにより、サイジング時に焼結体が塑性流動を生じやすくなり、高精度のサイジングを行うことができる。なお、特に必要がなければ、バレル処理及びサイジング工程の一方あるいは双方を省略することもできる。
【0031】
以上の製作工程を経たオイルシール20の表面の金属組織は、図4に示すように、フェライト相からなる鉄組織αFeの間に銅−錫合金(散点で示す)が入り込み、この銅−錫合金により鉄組織αFe同士が結合されている。このように、鉄組織がフェライト相を主体として形成されることで、オイルシール20が軟質化され、ハウジング4あるいはロータ3に対する攻撃性を弱めることができる。また、この金属組織には、遊離黒鉛(黒塗りで示す)が点在しており、この遊離黒鉛が摺動面(オイルシール20の底面21)に露出していることで、ハウジング4あるいはロータ3との摺動性を高めることができる。
【0032】
本発明は上記の実施形態に限られない。例えば、上記の実施形態では焼結金属の原料粉に黒鉛を配合し、焼結金属中に遊離黒鉛として分散させた場合を示したが、例えば、他部材と摺動する摺動部品でない場合は、黒鉛を配合しなくてもよい。
【0033】
また、上記の実施形態では、本発明を可変バルブタイミング機構のオイルシールに適用した場合を示したが、これに限らず、加わる荷重が比較的小さい用途で使用される機械部品(例えば、軸受や歯車)であれば本発明を好適に適用することができる。
【符号の説明】
【0034】
1 可変バルブタイミング機構
3 ロータ
4 ハウジング
9 板バネ
20 オイルシール(機械部品)
30 圧粉体
51 ダイ
52 上パンチ
53 下パンチ
60 耐熱性敷部材
S カムシャフト
図1
図2
図3
図4