特許第5960102号(P5960102)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許5960102-植物栽培システムおよび植物栽培方法 図000003
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5960102
(24)【登録日】2016年7月1日
(45)【発行日】2016年8月2日
(54)【発明の名称】植物栽培システムおよび植物栽培方法
(51)【国際特許分類】
   A01G 31/00 20060101AFI20160719BHJP
【FI】
   A01G31/00 606
【請求項の数】7
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2013-169317(P2013-169317)
(22)【出願日】2013年8月19日
(65)【公開番号】特開2015-37386(P2015-37386A)
(43)【公開日】2015年2月26日
【審査請求日】2015年11月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】596009814
【氏名又は名称】メビオール株式会社
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 浩
(72)【発明者】
【氏名】森 有一
(72)【発明者】
【氏名】岡本 昭弘
(72)【発明者】
【氏名】三浦 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】水谷 知由
【審査官】 木村 隆一
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2012/043192(WO,A1)
【文献】 特開2012−170396(JP,A)
【文献】 特開2011−194694(JP,A)
【文献】 特開2005−102508(JP,A)
【文献】 特許第4142725(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 31/00−31/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物をその上で栽培するためのポリビニルアルコール(PVA)系フィルム、該PVA系フィルムの下面に接触するように配置された養液保持手段、および該養液を、該PVA系フィルムの下に供給するための手段を含む植物栽培用システムであって;該PVA系フィルムの水中(30℃)における平衡膨潤度が125%以上250%以下の範囲かつ該PVA系フィルムの水中平衡膨潤状態(30℃)での損失正接(tan δ)が0.005以上0.2以下であることを特徴とする、植物栽培用システム。
【請求項2】
該PVA系フィルムが二軸延伸されたものであることを特徴とする、請求項1に記載の植物栽培用システム。
【請求項3】
該PVA系フィルムの乾燥厚さが5〜100μmの範囲であることを特徴とする、請求項1または2に記載の植物栽培用システム。
【請求項4】
養液保持手段が水耕栽培用水槽であり、該PVA系フィルムの下面に接触するように配置された養液が水耕栽培用水槽に収容されてなることを特徴とする、請求項1〜3いずれかに記載の植物栽培用システム。
【請求項5】
該養液保持手段が水不透過性表面を有し、その上に該PVA系フィルムが敷設されてなり、PVA系フィルムと養液保持手段との間に該養液を連続的または間歇的に供給する養液供給手段をさらに含むことを特徴とする、請求項1〜3いずれかに記載の植物栽培用システム。
【請求項6】
養液供給手段が、PVA系フィルムと養液保持手段との間に設置された点滴灌水チューブであることを特徴とする、請求項5に記載の植物栽培用システム。
【請求項7】
(1)植物をその上で栽培するためのPVA系フィルム、該PVA系フィルムの下面に接触するように配置された養液保持手段、および該養液を、該PVA系フィルムの下に供給するための手段を含む植物栽培用システムであって;該PVA系フィルムの水中(30℃)における平衡膨潤度が125%以上250%以下の範囲かつ該PVA系フィルムの水中平衡膨潤状態(30℃)での損失正接(tan δ)が0.005以上0.2以下であることを特徴とする植物栽培用システムを提供し、
(2)該システム内のPVA系フィルムの上に植物を配置し、そして
(3)該養液を、該PVA系フィルムを介して該植物に接触させることによって、該PVA系フィルムの上で植物を栽培することを包含する植物栽培方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無孔性親水性フィルム、特にポリビニルアルコール(PVA)系フィルムを用いた、植物栽培システムおよび植物栽培方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、本発明者らは、無孔性親水性フィルムを使用した養液栽培について研究を重ねており、以下の植物栽培システムや栽培方法について開示している:養液と接触する無孔性親水性フィルム上で、該フィルムと植物の根を一体化させて植物を栽培する植物栽培用器具および植物栽培方法(特許文献1)、上記フィルム上部にも灌水する植物栽培用器具および植物栽培方法(特許文献2)、上記フィルムが養液上を連続的に移動する植物栽培システム(特許文献3)、上記フィルムとその上部に配置される蒸発抑制部材の間に空気層を設ける植物栽培システム(特許文献4)、上記フィルムの下面側に養液を連続的に供給する手段を用いる植物栽培システム(特許文献5)。
【0003】
【特許文献1】再表2004-64499号公報
【特許文献2】特許4425244号公報
【特許文献3】特開2008-182909号公報
【特許文献4】特開2008-193980号公報
【特許文献5】特許4142725号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記の特許文献1〜5に記載の植物栽培システムでは、長期間に亘って養液の上にその下面が養液に接触するように配置された、無孔性親水性フィルム上で根の強い植物を栽培した際、無孔性親水性フィルムに密着した植物の根が該フィルムを貫通してしまう問題があった。
【0005】
植物の根が該フィルムを貫通してしまうと、植物の根が養液に直接接触することとなり、フィルム上で栽培されている植物が養液中に繁殖した細菌やウイルスに感染してしまい、植物を健全な状態で栽培することができなくなる。
【0006】
また、植物の根が該フィルムを貫通してしまうと、フィルムに穴が開き、フィルム上に養液が浸水してしまうため、植物の根が根ぐされを起こし、植物を健全な状態で栽培することができなくなる。
【0007】
更に、植物の根が該フィルムを貫通してしまうと、植物の根が養液に直接接触することとなり、フィルムを介して水分を吸収することによる水分ストレスを十分に与えることが出来なくなり、植物の品質が低下してしまう。
【0008】
また、特許文献6に記載されるように、植物の根が該フィルムを貫通しないようにするためには、該フィルムの厚みを少なくとも60μm以上にする必要があった。フィルムの厚みを大きくすると、養液の透過速度が低下するために植物の生長が阻害されたり、フィルムのコスト上昇を招くなどの問題があった。
【0009】
【特許文献6】特開2008-61503号公報
【課題を解決するための手段】
【0010】
そこで、本発明者らは、かかる現況に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、水中所定温度(30℃)におけるポリビニルアルコール(PVA)系フィルムの平衡膨潤度が125%以上250%以下の範囲となるようにすることで、水または養液の吸収性、透過性に優れたPVA系フィルムとなることを見出した。
【0011】
さらに、この特性と合わせて、該PVA系フィルムの水中所定温度におけるポリビニルアルコール(PVA)系フィルムの動的粘弾性挙動、特に周波数1Hzの損失正接(tan δ)に着目し、水中平衡膨潤状態(30℃)でのPVA系フィルムの損失正接(tan δ)を0.005以上0.2以下とすることにより、植物栽培用としてフィルム強度に優れたPVA系フィルムとなることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、
1)植物をその上で栽培するためのポリビニルアルコール(PVA)系フィルム、該PVA系フィルムの下面に接触するように配置された養液保持手段、および該養液を、該PVA系フィルムの下に供給するための手段を含む植物栽培用システムであって;該PVA系フィルムの水中(30℃)における平衡膨潤度が125%以上250%以下の範囲かつ該PVA系フィルムの水中平衡膨潤状態(30℃)での損失正接(tan δ)が0.005以上0.2以下であることを特徴とする、植物栽培用システム。
2)該PVA系フィルムが二軸延伸されたものであることを特徴とする、上記1)に記載の植物栽培用システム。
3)該PVA系フィルムの乾燥厚さが5〜100μmの範囲であることを特徴とする、上記1)または2)に記載の植物栽培用システム。
4)養液保持手段が水耕栽培用水槽であり、該PVA系フィルムの下面に接触するように配置された養液が水耕栽培用水槽に収容されてなることを特徴とする、上記1)〜3)いずれかに記載の植物栽培用システム。
5)該養液保持手段が水不透過性表面を有し、その上に該PVA系フィルムが敷設されてなり、PVA系フィルムと養液保持手段との間に該養液を連続的または間歇的に供給する養液供給手段をさらに含むことを特徴とする、上記1)〜3)いずれかに記載の植物栽培用システム。
6)養液供給手段が、PVA系フィルムと養液保持手段との間に設置された点滴灌水チューブであることを特徴とする、上記5)に記載の植物栽培用システム。
7)(1)植物をその上で栽培するためのPVA系フィルム、該PVA系フィルムの下面に接触するように配置された養液保持手段、および該養液を、該PVA系フィルムの下に供給するための手段を含む植物栽培用システムであって;該PVA系フィルムの水中(30℃)における平衡膨潤度が125%以上250%以下の範囲かつ該PVA系フィルムの水中平衡膨潤状態(30℃)での損失正接(tan δ)が0.005以上0.2以下であることを特徴とする植物栽培用システムを提供し、
(2)該システム内のPVA系フィルムの上に植物を配置し、そして
(3)該養液を、該PVA系フィルムを介して該植物に接触させることによって、該PVA系フィルムの上で植物を栽培することを包含する植物栽培方法。
【発明の効果】
【0013】
水または養液の吸収性、透過性に優れ、しかもフィルム強度に優れたPVA系フィルムを用いる本発明の植物栽培システムを使用して植物の栽培を行うと、植物の病気を誘発する雑菌などからの感染を回避して、また根ぐされなどの原因となる根の酸素欠乏状態を招くことなく、効率的且つ安定的に、長期間に亘り十分な量の養分を植物の根から吸収させることができ、それにより長期間に亘り持続的に植物の生長を著しく促進させることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明について具体的に説明する。
本発明で用いられるPVA系フィルムは、PVAを原料とするもので、かかるPVAとしては、特に限定されず、公知の方法で製造することができる。すなわち、ビニルエステル系化合物を重合して得られたビニルエステル系重合体をケン化して得られるものである。
【0015】
かかるビニルエステル系化合物としては、ギ酸ビニル、酢酸ビニル、トリフルオロ酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、酪酸ビニル、カプリン酸ビニル、ラウリル酸ビニル、バーサティック酸ビニル、パルミチン酸ビニル、ステアリン酸ビニル等が単独又は併用で用いられるが、実用上は酢酸ビニルが好適である。
【0016】
また、本発明においては、本発明の目的を阻害しない範囲において、他の単量体を0.5〜10モル%程度共重合させることも可能で、かかる単量体としては、例えばプロピレン、イソブチレン、α−オクテン、α−ドデセン、α−オクタデセン等のオレフィン類、アクリル酸、メタクリル酸、クロトン酸、マレイン酸、無水マレイン酸、イタコン酸等の不飽和酸類あるいはその塩あるいはモノ又はジアルキルエステル等、アクリロニトリル、メタアクリロニトリル等のニトリル類、アクリルアミド、メタクリルアミド等のアミド類、エチレンスルホン酸、アリルスルホン酸、メタアリルスルホン酸等のオレフィンスルホン酸あるいはその塩、アルキルビニルエーテル類、N−アクリルアミドメチルトリメチルアンモニウムクロライド、アリルトリメチルアンモニウムクロライド、ジメチルジアリルアンモニウムクロリド、ジメチルアリルビニルケトン、N−ビニルピロリドン、塩化ビニル、塩化ビニリデン、ポリオキシエチレン(メタ)アリルエーテル、ポリオキシプロピレン(メタ)アリルエーテルなどのポリオキシアルキレン(メタ)アリルエーテル、ポリオキシエチレン(メタ)アクリレート、ポリオキシプロピレン(メタ)アクリレート等のポリオキシアルキレン(メタ)アクリレート、ポリオキシエチレン(メタ)アクリルアミド、ポリオキシプロピレン(メタ)アクリルアミド等のポリオキシアルキレン(メタ)アクリルアミド、ポリオキシエチレン(1−(メタ)アクリルアミド−1,1−ジメチルプロピル)エステル、ポリオキシエチレンビニルエーテル、ポリオキシプロピレンビニルエーテル、ポリオキシエチレンアリルアミン、ポリオキシプロピレンアリルアミン、ポリオキシエチレンビニルアミン、ポリオキシプロピレンビニルアミン、3,4−ジアセトキシ−1−ブテン、ビニルエチルカーボネート、酢酸イソプロペニル等を挙げることができる。
【0017】
重合(あるいは共重合)を行うに当たっては、特に制限はなく公知の重合方法が任意に用いられるが、通常は、メタノール、エタノールあるいはイソプロピルアルコール等のアルコールを溶媒とする溶液重合が実施される。勿論、乳化重合、懸濁重合も可能である。
また、重合反応は、アゾビスイソブチロニトリル、過酸化アセチル、過酸化ベンゾイル、過酸化ラウロイルなどの公知のラジカル重合触媒を用いて行われ、反応温度は35℃〜200℃(さらに好ましくは50〜80℃)程度の範囲から選択される。
【0018】
得られたビニルエステル系重合体をケン化するにあたっては、該重合体をアルコール又はアルコール/脂肪酸エステル系混合溶媒に溶解してアルカリ触媒の存在下に行なわれる。アルコールとしては、メタノール、エタノール、ブタノール等が挙げられる。かかる脂肪酸エステル系溶媒としては、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル等を挙げることができ、他にベンゼンやヘキサン等を併用してもよい。アルコール中の共重合体の濃度は、20〜50重量%の範囲から選ばれる。
【0019】
ケン化触媒としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、ナトリウムメチラート、ナトリウムエチラート、カリウムメチラート等のアルカリ金属の水酸化物やアルコラートの如きアルカリ触媒を用いることができる。かかる触媒の使用量はビニルエステル系共重合体に対して1〜100ミリモル当量にすればよい。なお、場合によっては、塩酸、硫酸、p−トルエンスルホン酸等の酸触媒によりケン化することも可能である。
【0020】
PVAのケン化度は90モル%以上(さらには95モル%以上、特には99モル%以上)のものが好ましく、かかるケン化度が90モル%未満では、耐水性が低下することがあり好ましくない。
【0021】
また、PVAの平均重合度は、1100以上(さらには1300〜4500、特には1300〜4200)ものが好ましく、かかる平均重合度が1100未満ではフィルムとした場合の強度が得られず、破断等が発生しやすくなる場合があり好ましくない。なお、かかる平均重合度は、JIS
K6726に準拠するものである。
【0022】
さらに、本発明に用いるPVAは、耐熱性や着色防止能の向上のために、含有される酢酸ナトリウムの量を0.8重量%以下(さらには0.5重量%以下)に調整することが好ましい。
【0023】
上記の如きPVAを用いて、フィルムを得るにあたっては、特に制限はなく、公知の方法により製造することができ、以下に製造例を挙げるが、これに限定されるものではない。フィルムの製造(製膜)に用いるPVA溶液としては、PVA含有量(濃度)が5〜70重量%(さらには10〜60重量%)のPVA水溶液を調製すればよい。
【0024】
また、かかる水溶液には、必要に応じてエチレングリコール、グリセリン、ポリエチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール等の多価アルコール類、フェノール系、アミン系等の抗酸化剤、リン酸エステル類等の安定剤、着色料、香料、増量剤、消包剤、剥離剤、紫外線吸収剤、無機粉体、界面活性剤等の通常の添加剤を適宜配合しても差し支えない。さらに、澱粉、カルボキシメチルセルロース、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース等のポリビニルアルコール以外の水溶性樹脂を混合してもよい。
【0025】
次いで、上記で調製したPVA水溶液は、製膜機(押出機)により、製膜される。押出機での溶融混練温度は、55〜140℃(さらには55〜130℃)が好ましく、かかる温度が55℃未満ではフィルム肌の不良を招き、140℃を超えると発泡現象を招き好ましくない。押出製膜されたフィルムは、次いで乾燥されるが、このときの乾燥温度は、70〜120℃(さらには80〜100℃)で行うことが好ましく、かかる温度が70℃未満では乾燥に時間がかかりすぎたり残存水分が過剰となり、逆に120℃を超えるとフィルムの柔軟性が失われて後の延伸工程に支障をきたす場合があり好ましくない。
【0026】
尚、PVAの製膜において、最初に調整される水溶液は、そのまま製膜に用いることも出来るが、これを一旦含水状態でペレット化あるいはフレーク化してから製膜機に供給して押出製膜することも可能である。
【0027】
かくして、本発明の植物栽培システムに用いるPVA系フィルムが得られるのであるが、本発明においては、かかるフィルムが延伸されていることが、可撓性、機械的強度の物性を安定付与できる点で好ましく、かかる延伸方法について説明する。
【0028】
延伸するにあたっては、縦(機械)方向に一軸延伸してもよいが、縦・横両方向に二軸延伸することが、上記の物性をより改善することができ好ましい。かかる二軸延伸は、逐次二軸延伸あるいは同時二軸延伸のどちらでもよく、二軸延伸するにあたっては、上記で得られたPVA系フィルムの含水率5〜30重量%(さらには20〜30重量%)に調整しておくことが好ましく、かかる含水率がこれらの範囲外では、延伸倍率を充分に高めることができず好ましくない。かかる含水率の調整にあたっては特に制限はなく、上記のPVA系フィルムの乾燥時に含水率を調整したり、含水率5重量%未満のPVA系フィルムを水に浸漬あるいは調湿等を施して含水率を調整したりする方法等を挙げることができる。
【0029】
延伸倍率については、特に制限はないが、縦方向の延伸倍率が1.5〜5.0、好ましくは2.0〜5.0倍、横方向の延伸倍率が1.5〜5.0、好ましくは2.0〜5.0倍であることが好ましく、該縦方向の延伸倍率が1.5倍未満では延伸による物性向上、即ち水中膨潤状態での損失正接(tanδ)減少が得難く、5.0倍を超えるとフィルムが縦方向へ裂けやすくなり好ましくない。また、横方向の延伸倍率が1.5倍未満では延伸による物性向上、即ち水中膨潤状態での損失正接(tanδ)減少が得難く、5.0倍を超えるとフィルムが破断することとなり好ましくない。
【0030】
二軸延伸を施した後は、熱固定を行うことが好ましく、かかる熱固定の温度は、ポリビニルアルコールの融点より低い温度を選択することが好ましい。ただし、融点より80℃以上低い温度の場合は寸法安定性が悪く、収縮率が大きくなり、一方融点より高い場合はフィルムの厚み変動が大きくなり好ましくない。例えば、ポリビニルアルコールが酢酸ビニル単独重合体のケン化物である場合の熱固定温度は、140〜250℃が好ましく、また、熱固定時間は1〜30秒間であることが好ましく、より好ましくは5〜10秒間である。
【0031】
熱固定温度が高いほど、熱固定時間が長いほどPVA系フィルムの、水中膨潤状態での損失正接(tanδ)は小さくなる傾向があるので、適宜熱固定温度と熱固定時間を調節することにより、所望の物性値、即ち水中膨潤状態での損失正接(tanδ)を得ることができる。熱固定は1段階で行っても、異なる温度、時間による複数段階に分けて行っても良いが、所望の物性値、即ち水中膨潤状態での損失正接(tanδ)を得るには複数段階に分けて行うことが好ましい。
【0032】
更にこの二軸延伸PVA系フィルムに必要に応じて水洗および乾燥の加工を施すが、水洗の方法および乾燥の方法については特に限定されない。例えば、適当な温度の水浴中に浸漬して含水させた後、常温の風あるいは高温の風を与えて乾燥することで水分量を調節することが考えられる。
【0033】
また、本発明で用いるPVA系フィルムの厚みは、5〜100μm(さらには10〜60μm)が好ましい。この範囲を下回るとPVA系フィルムが植物の根の貫通に耐え難くなり、この範囲を上回ると肥料成分の透過に時間を要するようになる。また、工業的な生産性でもこの範囲が有利である。
【0034】
本発明で用いるPVA系フィルムの水中(30℃)における平衡膨潤度は、125%以上250%以下の範囲であることが好ましく、150%以上200%以下であることがより好ましい。PVA系フィルムの該平衡膨潤度がこの範囲を下回ると、水と肥料成分の透過性が不十分となり、植物の生長速度が遅くなる。一方、PVA系フィルムの該平衡膨潤度がこの範囲を上回ると、水中におけるPVA系フィルムの強度が低下し、植物の根の貫通に耐え難くなる。
【0035】
ここで、PVA系フィルムの水中(30℃)における平衡膨潤度は以下のように測定する。まず、乾燥状態のPVA系フィルムを20cmx20cmの正方形に切り出し、その重量(a)gを測定する。次いで、切り出したPVA系フィルムを30℃の水に浸漬し、30分間静置する。該フィルムを水中から取り出し、フィルム表面に付着した余剰の水分を素早く拭き取り、該フィルムの重量(b)gを測定する。平衡膨潤度はb/a x 100%で算出する。
【0036】
本発明のPVA系フィルムに求められる動的粘弾性挙動は、水中(30℃)平衡膨潤状態におけるフィルムの貯蔵弾性率(G’)が5,000Pa以上100,000Pa以下となることである。さらに好ましくは、10,000Pa以上80,000Pa以下の範囲である。
【0037】
本発明のPVA系フィルムに求められる動的粘弾性挙動は、水中(30℃)平衡膨潤状態におけるフィルムの損失弾性率(G”)が100Pa以上10,000Pa以下となることである。さらに好ましくは、300Pa以上8,000Pa以下の範囲である。
【0038】
本発明のPVA系フィルムに求められる動的粘弾性挙動は、水中(30℃)平衡膨潤状態におけるフィルムの損失弾性率(G”)と貯蔵弾性率(G’)の比(G”/ G’)である損失正接(tanδ)が0.005以上0.2以下となることである。さらに好ましくは、0.01以上0.1以下の範囲である。
【0039】
水中(30℃)平衡膨潤状態における本発明のPVA系フィルムの損失正接(tanδ)が上記の範囲を上回ると、植物の根による貫通が起こり易くなるので好ましくない。一方、水中(30℃)平衡膨潤状態における本発明のPVA系フィルムの損失正接(tanδ)が上記の範囲を下回ると、フィルムの柔軟性が乏しくなり、フィルムの脆性破壊が起こり易くなるので好ましくない。
【0040】
水で膨潤したPVA系フィルムは、ハイドロゲルであり粘弾性体として挙動する。粘弾性体に応力を加えて変形させると、与えられた力の大部分は内部変形のエネルギーとして貯えられ、応力の除去に際し復元の原動力となるが、一部は歪みに伴う内部の分子移動の摩擦のために消費され、最終的に熱に変わる。そして、この内部摩擦の大小を示す値が損失正接(Tanδ)である。
【0041】
従って、水で膨潤したPVA系フィルムの損失正接(Tanδ)が小さいということは、変形させても元に戻る性質が強いことになる。逆に損失正接(Tanδ)が大きいということは、変形させる応力が加えられると水で膨潤したPVA系フィルム内で分子移動が起こり易く、変形によって応力が緩和されるということになる。
【0042】
植物の根によるPVA系フィルムの貫通は、以下のようにして発生するものと考えられる。該フィルムに密着した根は該フィルム下面に存在する養分を求めて、該フィルム下面方向に該フィルムを引き摺りながら伸張する。この時、該フィルムには根の伸張による応力が発生する。損失正接(Tanδ)が大きいPVAフィルムの場合は根の伸張による応力を緩和しようとして、該PVAフィルム内部の分子移動により該PVAフィルム自体が変形してしまう。この様なPVAフィルムの変形が続くことにより、損失正接(Tanδ)が大きいフィルムを根が貫通してしまう。すなわち、水で膨潤したPVA系フィルムは延性破壊に至る。
【0043】
一方、水で膨潤したPVA系フィルムの損失正接(Tanδ)が小さい場合、該フィルムに密着した根は伸張の際に該フィルムに応力を与えるが、その大部分は該フィルム内部変形のエネルギーとして貯えられる。根は生長しながら新たな接着点を探して伸張する。新たな接着点に根の生長点が接着することにより、植物の根がPVA系フィルムに与えていた応力は除去され、該フィルムは内部に貯えたエネルギーにより復元する。このように水で膨潤したPVA系フィルムの損失正接(Tanδ)が小さい場合、植物の根による貫通が回避されるものと考えられる。
【0044】
ここで、水中平衡膨潤PVA系フィルムの動的粘弾性挙動は次のようにして観測される。即ち、30℃の水に30分間浸漬したフィルムに、30℃飽和水蒸気環境下で1Hzの振動を与えた時に測定される貯蔵弾性率(G’)、損失弾性率(G”)、損失正接(tanδ)を測定する。
【0045】
本発明では、ストレス制御型粘弾性測定装置(ティー・エイ・インスツルメント・ジャパン株式会社製、レオメーター AR−500)を用いて、水中平衡膨潤PVA系フィルムの動的粘弾性挙動を観測する。
測定用セルの形状・寸法:ステンレス製平行円盤(直径4.0cm)、アルミ製ソルベントトラップ使用。
観測周波数:1Hz。
測定温度:30℃。
適用ストレス及び変位:線形領域内。具体的には、適用ストレスとして例えば10Pa〜200Pa、変位として10−6ラジアン〜10−5ラジアン。
【0046】
具体的な操作としては、
1)測定対象となるPVA系フィルムを30℃の水に30分間浸漬する。
2)上記操作により平衡膨潤状態となったPVA系フィルムを取り出し、測定デバイスであるステンレス製平行円盤(直径4.0cm)に合わせて直径4cmの円形に切り取る。
3)該フィルムを測定デバイスに密着させたまま、ソルベントトラップと溶媒としての水を乗せ、測定装置に装着する。
4)測定ステージを上昇させ、測定対象となるPVA系フィルムを測定デバイスと測定ステージの間に挟み、該フィルムが測定デバイスと測定ステージに密着するようギャップを調整する。この時、PVA系フィルムと、測定デバイスおよび測定ステージの間にすべりが生じないように、またフィルムを圧縮しないように注意する。
5)測定ステージの温度を30℃に設定し、観測周波数1Hzで線形領域内となるストレスおよび変位において動的粘弾性の観測を行う。
【0047】
本発明は、上記の如く得られたPVA系フィルムを植物栽培システムに用い、植物栽培を行うことを目的とするもので、かかる植物栽培システムおよび植物栽培方法について具体的に説明する。
【0048】
<植物栽培システム>
本発明の植物栽培システムの構成要素として、本発明のPVA系フィルムは必須であるが、養液保持手段の違いによって、大きく2種に分けることができる。第1のタイプは、養液保持手段が水耕栽培用水槽であり、本発明のPVA系フィルムの下面に接触するように配置された養液が水耕栽培用水槽に収容されてなることを特徴とする、植物栽培用システムである。このようなシステムについては、特許文献1に開示されている。
【0049】
第2のタイプは、養液保持手段が水不透過性表面を有し、その上に本発明のPVA系フィルムが敷設されてなり、本発明のPVA系フィルムと養液保持手段との間に養液を連続的または間歇的に供給する養液供給手段をさらに含むことを特徴とする植物栽培用システムであり、養液供給手段の代表的なものが本発明のPVA系フィルムと養液保持手段との間に設置された点滴灌水チューブである。即ち、この第2のタイプの栽培システムは、養液保持手段を基材層とし、その上に直接的または間接的に本発明のPVA系フィルムが積層されてなる多層構造を有するシステムである。このようなシステムについては、特許文献5に開示されている。
【0050】
図1は、第1のタイプの植物栽培システムの基本的な一態様を示す模式断面図である。図1の例においては、本発明のPVA系フィルム(1)の下に水槽(2)が設置され、水槽内に肥料成分を含む養液(3)が収容される。該養液(3)は、本発明のPVA系フィルム(1)に吸収され、植物(4)の根(5)は、本発明のPVA系フィルム(1)の上面に密着し、本発明のPVA系フィルム(1)に含まれる水、肥料成分を吸収する。
【0051】
必要に応じて、PVA系フィルム(1)の上に土壌などの植物栽培用支持体(6)、および/または、水蒸気を通さないか、または低透過性の蒸発抑制部材(例えば、後述するマルチング材)あるいは定植板(7)を配置することができる。PVA系フィルム(1)の上に植物栽培用支持体(6)を配置すると、植物体の根を保護する効果が得られる。また、蒸発抑制部材あるいは定植板(7)を配置することによりPVA系フィルム(1)から大気中に蒸散する水蒸気を蒸発抑制部材表面あるいは植物栽培用支持体(6)中に凝結させると、凝結した水蒸気を水として植物が利用できる。
【0052】
本発明の植物栽培システムによれば、肥料成分を含む養液(3)は本発明のPVA系フィルム(1)を介して植物に供給される。これに対して、植物の根が水(または養液)に浸かっている従来の水耕栽培方法においては、水や養液の表面が空気層と接しているため、空気中の細菌や菌類が容易に混入してしまい、細菌や菌類が植物の根に繁殖して著しい生育障害や植物の病気を誘発する。
【0053】
また、植物の根が水(または養液)に浸かっている従来の水耕栽培方法においては、根は水に溶存した酸素を吸収するため、栽培に使用する水の溶存酸素量を一定以上に保つ必要があった。これに対して、本発明の植物栽培システムにおいては、植物の根は本発明のPVA系フィルム(1)の上の空気層にあるので、酸素は空気中から吸収することができる。
【0054】
さらに、必要に応じて、フィルム(1)の上部に細霧噴霧用手段(8)(例えば、バルブ)を配置し、間歇的に水、養液または農薬希釈液を噴霧することができる。このような細霧噴霧用手段(8)を配置することにより、水の間歇的噴霧による特に夏季の冷却と、養液の噴霧による環境の冷却と葉面散布による肥料成分の供給、農薬の配合された水または養液の噴霧による農薬の散布などの自動化が可能となるというメリットを得ることができる。
【0055】
本発明の植物栽培システムによれば、本発明のPVA系フィルム(1)上で栽培される植物の根が本発明のPVA系フィルム(1)を介して養液を吸収しようとして、植物の根と本発明のPVA系フィルム(1)が実質的に一体化する。フィルムと根の「一体化」を促進させるためには、該フィルム(1)の下からは養液を供給することが好ましい。
【0056】
本発明のPVA系フィルム(1)の下面から水のみを供給した場合と比較して、養液を使用した方が、植物の生育のみならず、根とフィルムの接着強度が著しく向上する。これは、植物がフィルムを介して、水のみならず肥料成分をも吸収していることを示している。さらに、フィルムを介して水および肥料成分を効率良く吸収するためには、根がフィルム表面に強く密着することが必須であり、その結果として根とフィルムが一体化することになるものと考えられる。
【0057】
本発明のPVA系フィルム(1)と根の「一体化」が完成する前に、該フィルム上から水分を加え過ぎると、植物はフィルム上の取り易い水分を吸収して、該フィルム下からの水分を取る必要が減じ、その結果、根が該フィルムと一体化し難くなる傾向がある。従って、根が該フィルムと一体化するまでは、該フィルム上からは、過剰の水分を加えることは好ましくない。他方、根が本発明のPVA系フィルム(1)と一体化した後であれば、適宜、該フィルム上から水分/養分を与えても良い。
【0058】
<植物栽培用システムの構成>
以下、本発明の植物栽培システムにおける各部の構成について詳細に説明する。このような構成(ないしは機能)に関しては、必要に応じて、本発明者による文献(特許文献1〜5)の「発明の詳細な説明」、「実施例」等を参照することができる。
【0059】
(本発明のPVA系フィルム)
本発明の植物栽培システムにおいては、植物をその上で栽培するための本発明のPVA系フィルムが必須である。本発明で使用する本発明のPVA系フィルムの製造法や特徴的な物性については先にも述べたが、さらに、後述する種々の物性をすべて満足するものが好ましい。
【0060】
(一体化試験)
本発明のPVA系フィルムは、栽培している「植物体の根と実質的に一体化し得る」フィルムであることが重要である。「植物体の根と実質的に一体化し得る」フィルムとは、本発明の植物栽培用システムの本発明のPVA系フィルムの上で植物を35日間栽培した際に、本発明のPVA系フィルムを栽培した植物の根から剥離するための剥離強度が10g以上となるフィルムである。根とフィルムの一体化を測定するための「一体化試験」は、次のようにして実施することができる。
【0061】
「ざるボウルセット」を使い、ざる上に試験すべきフィルム(200×200mm)を乗せ、フィルムの上にバーミキュライト150g(水分73%、乾燥重量40g)を載せ、サニーレタスの幼苗(本葉1枚強)を2本植え付ける。このざるを、240〜300gの養液が張られたボウル中に設置し、該フィルムを該養液と接触させ、幼苗を栽培する。栽培はハウス内で行い、自然光を使用し、気温は0〜25℃、湿度は50〜90%RHの条件下で35日間行う。次に、栽培した植物の根元で茎葉を切断し、根の密着したフィルムの茎がほぼ中心になるように、該フィルムを巾5cm(長さ:約20cm)に切断して試験片とする。
【0062】
ばね式手秤に市販のクリップを付け、上記で得た試験片の一方をクリップで固定して、ばね式手秤の示す重量(試験片の自重に対応=Aグラム)を記録する。次いで試験片の中心にある茎を手で持ち、下方に緩やかに引き下げて、根とフィルムが離れる(または切断される)際の重量(荷重=Bグラム)をばね式手秤の目盛りから読み取る。この値から初期の重量を差し引いた(B−A)グラムを巾5cmの引き剥がし荷重とし、この引き剥がし荷重を剥離強度とする。
【0063】
本発明において使用する本発明のPVA系フィルムの剥離強度は、10g以上であることが好ましく、30g以上であることがさらに好ましく、100g以上であることが最も好ましい。
【0064】
(イオン透過性試験)
さらに本発明においては、本発明のPVA系フィルムが「植物体の根と実質的に一体化し得る」か否かを判断するための指標の1つとして、イオン透過性のバランスが挙げられる。
【0065】
本発明の植物栽培システムを使用して植物を栽培すると、植物はフィルムを通して肥料をイオンとして吸収する。従って、使用するフィルムの塩類(イオン)透過性が、植物に与えられる肥料成分の量に影響する。本発明においては、本発明のPVA系フィルムを介して水と0.5質量%塩水とを対向して4日間(96時間)接触させた際に、水と塩水の栽培温度において測定した電気伝導度(EC)の差が4.5dS/m以下となるフィルムが好ましい。
【0066】
水と塩水の電気伝導度の差は、3.5dS/m以下であることがさらに好ましく、2.0dS/m以下であることが最も好ましい。このようなフィルムを用いた際には、根に対する好適な水あるいは肥料溶液を供給し、該フィルムと根との一体化を促進することが容易となる。
【0067】
電気伝導度(EC、イーシー)は、液中に溶けている塩類(あるいはイオン)量の指標であり、比導電率とも言う。ECとしては、断面積1cm2の電極2枚を1cmの距離に離したときの電気伝導度の値を使用し、単位はシーメンス(S)であり、S/cmで表す。しかし、養液のECは小さいので、1/1000の単位となるmS/cmを使う(国際単位系ではdS/m(dはデシ)と表示する)。
【0068】
フィルムのイオン透過性は、以下のようにして測定することができる。市販の食塩10gを水2000mlに溶解して、0.5%塩水を作製する(EC:約9dS/m)。「ざるボウルセット」を使い、ざる上に試験すべきフィルム(サイズ:200〜260×200〜260mm)を乗せ、該フィルム上に水150gを加える。他方、ボウル側に上記の塩水150gを加え、得られた系全体を食品用ラップ(ポリ塩化ビニリデンフィルム、商品名:登録商標サランラップ、旭化成社製)で包んで、水分の蒸発を防ぐ。この状態で、常温で放置して、24時間毎に水側、塩水側のECを測定する。具体的には、電気伝導度計の測定部位(センサー部)にスポイトを用いて試料(即ち、水側または塩水側の溶液)を少量乗せ、導電率を測定する。
【0069】
(水分透過性/グルコース溶液透過性試験)
本発明においては、本発明のPVA系フィルムを介した植物の根の養分(有機物)吸収を容易とする点から、本発明のPVA系フィルムは、所定のグルコース透過性を示すことが好ましい。このグルコース透過性の優れたフィルムは、本発明のPVA系フィルムを介して水と5%グルコース水溶液とを対向して3日間(72時間)接触させた際に、水とグルコース溶液の栽培温度において測定した濃度(Brix%)の差が4以下、さらに好ましくは3以下、より好ましくは2以下、最も好ましくは1.5以下となるフィルムである。
【0070】
フィルムのグルコース透過性は、以下のようにして測定することができる。
市販のグルコース(ブドウ糖)を用いて5%グルコース溶液を作製する。上記イオン透過性試験と同様の「ざるボウルセット」を使い、ざる上に試験すべき本発明のPVA系フィルム(サイズ:200〜260×200〜260mm)を乗せ、該フィルム上に水150gを加える。他方、ボウル側に上記のグルコース溶液150gを加え、得られた系全体を食品用ラップ(ポリ塩化ビニリデンフィルム、商品名:登録商標サランラップ、旭化成社製)で包んで、水分の蒸発を防ぐ。この状態で、常温で放置して、24hrs毎に水側、グルコース溶液側の糖度(Brix%)を糖度計で測定する。
【0071】
(耐水圧)
さらに本発明においては、本発明のPVA系フィルムが耐水圧として10cm以上の水不透性を有することが好ましい。このような本発明のPVA系フィルムを用いた際には、根とフィルムの一体化を促進することができる。また、根に対する好適な酸素供給および本発明のPVA系フィルムを介しての病原菌汚染を防止することが容易となる。
【0072】
耐水圧はJIS L1092(B法)に準じた方法によって測定することができる。本発明で使用する本発明のPVA系フィルムの耐水圧は10cm以上であることが好ましく、より好ましくは20cm以上、さらに好ましくは30cm以上であり、特に好ましくは200cm以上である。
【0073】
<植物栽培用支持体>
本発明の植物栽培システムにおいては、植物体の根を保護するために、本発明のPVA系フィルムの上に土壌などの植物栽培用支持体を配置することができる。使用する植物栽培用支持体に特に限定はなく、通常使用される土壌ないし培地が使用可能である。このような土壌ないし培地としては、例えば、土耕栽培に用いられる土壌、および水耕栽培に用いられる培地が挙げられる。
【0074】
無機系の植物栽培用支持体としては、天然の砂、れき、パミスサンドなど、加工品(高温焼成等)では、ロックウール、バーミキュライト、パーライト、セラミック、籾殻くん炭などが挙げられ、有機系の植物栽培用支持体としては、天然のピートモス、ココヤシ繊維、樹皮培地、籾殻、ニータン、ソータンなどや、合成した粒状フェノール樹脂などが挙げられ、これらは単独でも、複数種を適宜混合して使用することもできる。また、合成繊維の布あるいは不織布も植物栽培用支持体として使用可能である。
【0075】
必要最小限の肥料および微量要素を上記植物栽培用支持体に加えてもよい。本発明者らの知見によれば、植物の根が、PVA系フィルムを介して接触する水/養液から水または養分を吸収可能な程度に伸びるまで、言い換えると根と本発明のPVA系フィルムが一体化するまでは、ここで言う「必要最小限の肥料および微量要素」として、養分を本発明のPVA系フィルム上の植物栽培用支持体に加えておくことが望ましい。
【0076】
<養液保持手段>
本発明の植物栽培システムは、養液を本発明のPVA系フィルムの下に保持するための養液保持手段を含んでいる。本発明の植物栽培システムにおいては、養液を収容する容器状の養液保持手段、あるいは水不透過性表面を有する基材層として機能する養液保持層の何れかが使用可能である。
【0077】
養液を収容する容器状の養液保持手段としては、必要な量の養液を保持することのできる容器である限り特に限定はなく、その材質としては、軽量化、易成形性および低コスト化の点からはポリスチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリアクリレート等の汎用プラスチックが好適に使用可能である。例えば、従来使用されてきた水耕栽培用水槽を使用することができる。
【0078】
養液保持層の水不透過性表面は水を通さない材質からなるものであれば特に限定はなく、合成樹脂、木材、金属あるいはセラミックなどが挙げられる。その養液保持層の形状にも特に限定はなく、フィルム状、シート状、板状、または箱状などが挙げられる。
【0079】
養液供給手段は、従来から水あるいは養液の連続的あるいは間歇的な供給に使用されている手段であれば特に限定はない。本発明においては、養液を少量ずつ供給することが可能な点滴灌水チューブ(「ドリップチューブ」とも称される)の使用が好ましい。点滴灌水チューブを使用した点滴潅水によって、作物の生育に必要な水および肥料をできるだけ少量供給することができる。
【0080】
さらに、養液保持層と養液供給手段とを含む態様においては、本発明のPVA系フィルムへの養液の供給を補助するために、さらに吸水性材料を本発明のPVA系フィルムと水不透過性表面との間に設置することができる。吸水性材料は、基本的には水を吸収して保持する材料であれば特に限定はない。一例としては、合成樹脂から作られたスポンジや不織布、織物からなる布、植物性の繊維状、チップ状、粉末状、または、ピートモスや水苔をはじめ一般的に植物支持体として使用される材料も使用可能である。
【0081】
本発明の植物栽培システムを使用して栽培することのできる植物については特に限定はなく、農業、林業、園芸の分野で普通に生育されている植物を全て対象とすることができる。
【0082】
<栽培方法>
本発明の栽培方法は、(1)植物をその上で栽培するための本発明のPVA系フィルム、植物の生育を促進する養液であって、該フィルムの下面に接触するように配置された養液、および該養液を、該フィルムの下に保持するための養液保持手段を含むことを特徴とする植物栽培用システムを提供し、(2)該システム内の本発明のPVA系フィルムの上に植物を配置し、そして(3)該養液を、該フィルムを介して該植物に接触させることによって、該フィルムの上で植物を栽培することを包含する植物栽培方法である。
【0083】
栽培を開始するに際し、植物は種子あるいは苗の状態で、養液を吸収した本発明のPVA系フィルム上に配置することができる。該フィルム上に種子の状態で播種された場合は、まず発芽、発根させる必要があり、種子の発芽、発根に必要な少量の灌水を行う。ここでフィルム上に多量の水分が存在すると、植物の根とフィルムの一体化を妨げるので、種子の発芽、発根に必要な最小限の灌水にとどめる必要がある。
【0084】
植物が本発明のPVA系フィルムに苗の状態で配置された場合は、発芽、発根のための灌水は必要ないが、苗の根が伸張してフィルムと一体化し、フィルムから水と養分を吸収できるようになるまでは、根が乾燥しないように根の周囲を湿潤状態に保つ必要がある。
【0085】
保水性の高い植物栽培用支持体をフィルム上に配置する態様によれば、上述のようなフィルム上に多量の水分が存在することを回避しつつ、根の周囲の湿潤状態を維持し易いので好ましい。
【0086】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。
【実施例】
【0087】
PVA系フィルム製造実施例
実施例1(F−1)
PVA(平均ケン化度99.7モル%、平均重合度1700、4%水溶液粘度(25℃)40mPa・s、酢酸ナトリウム含有量0.3%)40部を水60部に溶解させたポリビニルアルコール水溶液を定量ポンプにより、ジャケット温度を60〜150℃に設定した二軸押出型混錬機(スクリューL/D=40)に供給し、吐出量500kg/hrの条件で吐出した。この吐出物を直ちに、一軸押出機(スクリューL/D=30)に圧送し、温度85〜140℃にて、混錬後、Tダイより5℃に冷却されたキャストロールに流延固化させ、キャストロールから冷却されたフィルムを剥離し、90℃に調整された連続した10個の回転加熱ロールを用いて30秒間乾燥し、含水率25%のPVAフィルムを作成した。
【0088】
次いで、かかるPVAフィルムを縦方向に3倍延伸した後に、テンター延伸機で横方向に3.5倍延伸して、二軸延伸PVAフィルムとし、次いで130℃で8秒間熱処理(一段目熱処理)を行い、続いて、170℃で8秒間熱処理(二段目熱処理)を行い、含水率0.8%の二軸延伸PVAフィルム(F−1、厚み30μm)を得た。
【0089】
得られた厚さ30μmのフィルムから巻取り方向20.0cm、巾方向20.0cmの正方形で切り出し、重量を測定したところ、1.55gであった。このフィルムを30℃の水に30分間浸漬して膨潤させたところ、重量2.85gとなった。水中(30℃)における平衡膨潤度は、2.85 / 1.55 x 100 = 184%と算出された。
【0090】
実施例2(F−2)
実施例1において、5℃に冷却されたキャストロール以降の速度を0.75倍に変えて、含水率25%のPVAフィルムを作成する以外は実施例1と同様にして、含水率0.8%の二軸延伸PVAフィルム(F−2、厚み40μm)を得た。 実施例1と同様にして水中(30℃)における平衡膨潤度を求めたところ、183%と算出された。
【0091】
実施例3(F−3)
実施例1において、二軸延伸PVAフィルムを得た後、145℃で8秒間熱処理(一段目熱処理)を行い、続いて、180℃で8秒間熱処理(二段目熱処理)を行う以外は実施例1と同様にして、含水率0.8%の二軸延伸PVAフィルム(F−3、厚み30μm)を得た。 実施例1と同様にして水中(30℃)における平衡膨潤度を求めたところ、152%と算出された。
【0092】
実施例4(F−4)
実施例3において、5℃に冷却されたキャストロール以降の速度を0.75倍に変えて、含水率25%のPVAフィルムを作成する以外は実施例3と同様にして、含水率0.8%の二軸延伸PVAフィルム(F−4、厚み40μm)を得た。実施例1と同様にして水中(30℃)における平衡膨潤度を求めたところ、152%と算出された。
【0093】
比較例1(F−5)
PVA(平均ケン化度99.7モル%、平均重合度1700、4%水溶液粘度(25℃)40mPa・s、酢酸ナトリウム含有量0.3%)に、可塑剤としてグリセリン12部、界面活性剤としてポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート1.2部を水に溶解して18%水分散液を得た。そして、上記水分散液を用い、ステンレス製のエンドレスベルトを備えたベルト製製膜機により、10m/minの速度で流延製膜法に従い製膜し、温度120℃の条件で乾燥させ、PVAフィルム(F−5、厚み70μm)を得た。実施例1と同様にして水中(30℃)における平衡膨潤度を求めたところ、200%と算出された。
【0094】
比較例2(F−6)
比較例1において速度を12m/minの速度で製膜する以外は比較例1と同様にしてPVAフィルム(F−6、厚み60μm)を得た。得られたフィルム(60μm)を別途、200℃の条件で60秒乾燥させて熱処理を施したフィルムを得た。実施例1と同様にして水中(30℃)における平衡膨潤度を求めたところ、127%と算出された。
【0095】
比較例3(F−7)
PVA(平均ケン化度99.7モル%、平均重合度1700、4%水溶液粘度(25℃)40mPa・s、酢酸ナトリウム含有量0.3%)40部を水60部に溶解させたPVA水溶液を定量ポンプにより、ジャケット温度を60〜150℃に設定した二軸押出型混錬機(スクリューL/D=40)に供給し、吐出量500kg/hrの条件で吐出した。この吐出物を直ちに、一軸押出機(スクリューL/D=30)に圧送し、温度85〜140℃にて、混錬後、Tダイより5℃に冷却されたキャストロールに流延固化させ、キャストロールから冷却されたフィルムを剥離し、90℃に調整された連続した10個の回転加熱ロールを用いて30秒間乾燥し、含水率25%のPVAフィルムを作成した。次いで、かかるポリビニルアルコールフィルムを縦方向に3倍延伸した後に、テンター延伸機で横方向に3.5倍延伸して、二軸延伸PVAフィルムとし、次いで165℃で8秒間熱処理(一段目熱処理)を行い、続いて、205℃で8秒間熱処理(二段目熱処理)を行い、含水率0.8%の二軸延伸PVAフィルム(F−7、厚み25μm)を得た。実施例1と同様にして水中(30℃)における平衡膨潤度を求めたところ、118%と算出された。
【0096】
比較例4(F−8)
メビオール株式会社より販売されている「アイメックフィルム」(厚さ65μm)について、実施例1と同様にして水中(30℃)における平衡膨潤度を求めたところ、148%と算出された。
【0097】
比較例5(F−9)
メビオール株式会社より販売されている「アイメックフィルム2」(厚さ60μm)について、実施例1と同様にして水中(30℃)における平衡膨潤度を求めたところ、153%と算出された。
【0098】
実施例6(動的弾性率の測定)
実施例1〜4、比較例1〜5のフィルムサンプル(F−1)〜(F−9)をそれぞれ、30℃の水に30分間浸漬し、直径4cmの円形に切り抜き、ストレス制御型粘弾性測定装置(ティー・エイ・インスツルメント・ジャパン株式会社製、レオメーター AR−500)を用いて、動的粘弾性挙動を観測した。
測定条件は以下の通りとした。
【0099】
測定用セルの形状・寸法:ステンレス製平行円盤(直径4.0cm)、アルミ製ソルベントトラップ使用。
観測周波数:1Hz。
測定温度:30℃
適用ストレス及び変位:線形領域内。具体的には、適用ストレスとして10Pa〜200Pa、変位として10−6ラジアン〜10−5ラジアン。
【0100】
具体的な操作としては、
平衡膨潤状態となったPVA系フィルムを水中から取り出し、測定デバイスであるステンレス製平行円盤(直径4.0cm)に合わせて直径4cmの円形に切り取り、該フィルムを測定デバイスに密着させたまま、ソルベントトラップと溶媒としての水を乗せ、測定装置に装着した。次いで測定ステージを上昇させ、測定対象となるPVA系フィルムを測定デバイスと測定ステージの間に挟み、該フィルムが測定デバイスと測定ステージに密着するようギャップを調整した。この時、PVA系フィルムと、測定デバイスおよび測定ステージの間にすべりが生じないように、フィルムを圧縮しないように注意した。測定ステージの温度を30℃に設定し、観測周波数1Hzで線形領域内となるストレスおよび変位において動的粘弾性の観測を行い、損失正接(tanδ)を求めた。各サンプルの結果を表1に比較してまとめた。
【0101】
実施例7(根による貫通試験)
スチロール樹脂製トレー(縦19.5cmx横12.5cmx深さ5.5cm)に養液(大塚化学株式会社製、大塚ハウスA処方EC=2)600mL を入れ、養液に片面が接触するように実施例または比較例で得られたA4判サイズのPVAフィルムを配置した。PVAフィルムの上に、土壌として、ヤシガラチップを1.5cmの厚さで置き、芝の種(雪印種苗株式会社製 西洋芝「ペレニアルライグラス アクセント」)を50g/m2で蒔き、霧吹きで充分給水し、乾燥を防ぐため、全体を半透明ポリエチレンフィルム(好川産業株式会社製、YKシート、厚さ10μm)で覆った。これを25℃の室内に置き、6時〜20時までの間、蛍光灯を用いて播種からフィルムに根が張るまでは2,000ルクス、フィルムに根が張ってからは半透明ポリエチレンフィルムを数日かけて少しずつはずし、6,000ルクスの照度で栽培した。試験結果を表1に比較してまとめた。根がPVAフィルムを貫通した日が栽培を開始してから150日以上の場合を「○」(良好)と評価し、150日未満の場合は「×」(不良)と評価し、貫通までの日数をカッコ内に記した。尚、芝の生長が悪く、芝の根がPVAフィルムに張らなかった場合を「−」(不能)と評価した。
【0102】
【表1】
【0103】
実施例1〜4では、植物がPVAフィルムに根を張って順調に生育し、150日間以上に亘って植物の根がフィルムを貫通することを抑制した。一方、比較例3では養分のフィルム透過性が低いため、植物の生育が抑制された。比較例1、2、4、5ではフィルムの強度が不十分なため、比較的短期間で植物の根がフィルムを貫通してしまった。
【産業上の利用可能性】
【0104】
水または養液の吸収性、透過性に優れ、しかもフィルム強度に優れたPVA系フィルムを用いる本発明の植物栽培システムを使用して植物の栽培を行うと、植物の病気を誘発する雑菌などからの感染を回避することができる。また根ぐされなどの原因となる根の酸素欠乏状態を招くことなく、効率的且つ安定的に、長期間に亘り十分な量の養分を植物の根から吸収させることができ、それにより長期間に亘り持続的に植物の生長を著しく促進させることが可能となる。従って本発明は、植物の栽培が関わる産業、例えば農業や園芸、医薬品製造業など、幅広い分野で利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0105】
図1】は、本発明の植物栽培システムの基本的な態様の例を示す摸式断面図である。
【符号の説明】
【0106】
1. 本発明のPVA系フィルム 2. 水槽3. 養液4. 植物体5. 根6. 植物栽培用支持体7. 蒸発抑制部材あるいは定植板8. 細霧噴霧用手段
図1