(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
固定側に固定される円環状の固定環と、回転軸とともに回転する円環状の回転環とが対向して各摺動面を相対回転させることにより、当該相対回転摺動する前記摺動面の径方向の一方側に存在する被密封流体を密封する摺動部品において、
前記固定環または回転環のいずれか一方の摺動面には、固定環と回転環との相対回転摺動によりポンピング作用を生起するポンピング部が被密封流体収容空間と連通するように円周方向に分離されて複数形成され、
前記複数のポンピング部は、被密封流体を吸い込む方向に作用する吸入ポンピング部と被密封流体を吐き出す方向に作用する吐出ポンピング部を備え、
前記固定環または回転環の他方の摺動面には、固定環と回転環との相対回転摺動により動圧を発生する動圧発生溝が被密封流体収容空間と連通するように円周方向に複数形成されることを特徴とする摺動部品。
前記ポンピング部は、線状の凹凸の周期構造の構成をしており、前記線状の凹凸は、当該凹凸の方向が当該摺動面の摺動方向に対して所定の角度傾斜するように形成されていることを特徴とする請求項1または2記載の摺動部品。
前記ポンピング部の前記線状の凹凸の周期構造は、隣接するポンピング部の前記線状の凹凸の方向が当該摺動面の摺動方向に対して対称となるように形成されていることを特徴とする請求項3記載の摺動部品。
前記固定環と回転環との摺動面間に形成される液膜厚さをhとした場合、摺動面からのポンピング部の線状の凹凸の頂点を結ぶ仮想平面の深さd1が、d1=0〜10hの範囲に設定され、また、ポンピング部の線状の凹凸の深さd2が、d2=0.1h〜10hの範囲に設定されることを特徴とする請求項3ないし5のいずれか1項に記載の摺動部品。
前記吸入ポンピング部及び吐出ポンピング部は、側面視において線状の凹凸が円周方向または/及び径方向において、それぞれ任意に傾斜して形成されていることを特徴とする請求項3ないし6のいずれか1項に記載の摺動部品。
前記吸入ポンピング部は、側面視において線状の凹凸が相手側摺動部材の回転方向に向かって次第に高くなるように形成され、吐出ポンピング部は、側面視において線状の凹凸が相手側摺動部材の回転方向に向かって次第に低くなるように形成されていることを特徴とする請求項7記載の摺動部品。
前記吸入ポンピング部は、側面視において線状の凹凸が内周方向に向かって次第に低くなるように形成され、吐出ポンピング部は、側面視において線状の凹凸が外周方向に向かって次第に低くなるように形成されていることを特徴とする請求項7または8記載の摺動部品。
前記動圧発生溝は、互いに隣り合う一対の半径方向溝を一組として複数組の動圧発生用溝組を構成する半径方向溝を境界部が谷となるように円周方向に沿って互いに逆向きのテーパ形状とし、境界部に両半径方向溝を隔てるダム部を設けてなることを特徴とする請求項1ないし9のいずれか1項に記載の摺動部品。
前記動圧発生溝は、摺動面の外周側端部から内周側に向かって略径方向に延びるとともに、内周側において折れ曲がって略周方向に延びる略L字状の溝の形状をなしていることを特徴とする請求項10記載の摺動部品。
【背景技術】
【0002】
被密封流体の漏れを防止する密封装置として、相対的回転し、かつ平面上の端面同士が摺動するように構成された2部品からなるもの、例えば、メカニカルシールにおいて、密封性を長期的に維持させるためには、「密封」と「潤滑」という相反する条件を両立させなければならない。特に、近年においては、環境対策などのために、被密封流体の漏れ防止を図りつつ、機械的損失を低減させるべく、より一層、低摩擦化の要求が高まっている。低摩擦化の手法としては、回転により摺動面間に動圧を発生させ、液膜を介在させた状態で摺動する、いわゆる流体潤滑状態とすることにより達成できる。しかしながら、この場合、摺動面間に正圧が発生するため、流体が正圧部分から摺動面外へ流出する。この流体流出はシールの場合の漏れに該当する。
【0003】
従来、回転により摺動面間に動圧を発生させるようにしたメカニカルシールとして
図10に示すものが知られている(以下、「従来技術1」という。例えば、特許文献1参照。)。
図10に示す従来技術1では、摺動部品の一方であるメイティングリング30の摺動面31に、回転時に動圧を発生させる半径方向溝32R、32Lが円周方向に複数設けられており、1対の半径方向溝32R、32Lの境界部が谷となるように円周方向に沿って互いに逆向きのテーパ面33R、33Lを有し、境界部には両半径方向溝32R、32Lを隔てるダム部34が設けられている。
摺動部品が相対回転すると、
図10(b)に示すように、ガス流Gの上流側の半径方向溝32Rにおいて圧力が低下して負の浮力が作用し、ダム部34を越えた下流側の半径方向溝32Lの部分でテーパ面33Lのくさび作用によって圧力が増大し正の浮力が発生する。その際、ダム部34の作用によって負の圧力は小さく、正の圧力が大きくなり、全体として正の圧力が作用し、大きな浮力が得られるというものである。
【0004】
一方、本出願人らは、先に、
図11に示されるように、相対回転摺動する摺動面の径方向一方側に存在する被密封流体をシールするメカニカルシールにおいて、摺動面に、相互に平行な複数の直線状の凹凸部が所定のピッチで所定の区画内に形成されたグレーティング部50が、内径R1及び外径R4の摺動面51の半径R2〜R3の範囲に、かつ、周方向において各々分離して複数形成され、複数のグレーティング部の直線状の凹凸部が、当該凹凸部の方向が当該摺動面の摺動方向に対して所定の角度を成して傾斜するように形成されることにより、摺動面間への被密封流体の導入及びその保持を良好にし、安定的かつ良好な潤滑性を得るようにしたメカニカルシール摺動材の発明を特許出願している(以下「従来技術2」という。特許文献2参照。)。
【0005】
従来技術1のように、摺動抵抗を緩和させるため動圧を利用する方式の場合、軸の回転速度がある程度高速にならないと動圧が発生しない。そのため、回転し始めから動圧が発生するまでの間は、十分な量の被密封流体を摺動面に介在させることができず、潤滑性が低下する。十分な量の密封流体が摺動面に介在しない状態になると、トルクが高くなり、焼付き、振動、騒音等が発生し、摺動抵抗が不安定になるという問題があった。
【0006】
また、従来技術2において、複数のグレーティング部の直線状の凹凸部の凹凸の高さは1μm以内のオーダーであるため、摺動部材が高温・高圧環境において長時間の運転に供された場合、熱、圧力または荷重により変形し、相対するもう一方の摺動部材との隙間が部分的に大きくなり、1μm程度の微細な凹凸では被密封流体の摺動面間への導入及びその保持の制御ができないという問題があった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、従来技術の問題を解決するためになされたものであって、静止時に漏れず、回転初期を含み回転時には流体潤滑で作動するとともに漏れを防止し、密封と潤滑を両立させることのできる摺動部品を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため本発明の摺動部品は、第1に、固定側に固定される円環状の固定環と、回転軸とともに回転する円環状の回転環とが対向して各摺動面を相対回転させることにより、当該相対回転摺動する前記摺動面の径方向の一方側に存在する被密封流体を密封する摺動部品において、
前記固定環または回転環のいずれか一方の摺動面には、固定環と回転環との相対回転摺動によりポンピング作用を生起するポンピング部が被密封流体収容空間と連通するように円周方向に分離されて複数形成され、
前記複数のポンピング部は、被密封流体を吸い込む方向に作用する吸入ポンピング部と被密封流体を吐き出す方向に作用する吐出ポンピング部を備え、
前記固定環または回転環の他方の摺動面には、固定環と回転環との相対回転摺動により動圧を発生する動圧発生溝が被密封流体収容空間と連通するように円周方向に複数形成されることを特徴としている。
【0010】
また、本発明の摺動部品は、第2に、第1の特徴において、前記ポンピング部は前記固定環に形成され、前記動圧発生溝は前記回転環に形成されることを特徴としている。
【0011】
また、本発明の摺動部品は、第3に、第1または第2の特徴において、前記ポンピング部は、線状の凹凸の周期構造の構成をしており、前記線状の凹凸は、当該凹凸の方向が当該摺動面の摺動方向に対して所定の角度傾斜するように形成されていることを特徴としている。
また、本発明の摺動部品は、第4に、第3の特徴において、前記前記ポンピング部の線状の凹凸の周期構造は、隣接するポンピング部の前記線状の凹凸の方向が当該摺動面の摺動方向に対して対称となるように形成されていることを特徴としている。
また、本発明の摺動部品は、第5に、第3または第4の特徴において、前記ポンピング部の線状の凹凸の周期構造は、フェムト秒レーザの照射により形成されることを特徴としている。
【0012】
また、本発明の摺動部品は、第6に、第1ないし第5のいずれかの特徴において、前記ポンピング部は、摺動面に形成された複数の凹部の底部に設けられることを特徴としている。
【0013】
また、本発明の摺動部品は、第7に、第3ないし第6のいずれかの特徴において、前記固定環と回転環との摺動面間に形成される液膜厚さをhとした場合、摺動面からのポンピング部の線状の凹凸の頂点を結ぶ仮想平面の深さd1が、d1=0〜10hの範囲に設定され、また、ポンピング部の線状の凹凸の深さd2が、d2=0.1h〜10hの範囲に設定されることを特徴としている。
【0014】
また、本発明の摺動部品は、第8に、第3ないし第7のいずれかの特徴において、前記吸入ポンピング部及び吐出ポンピング部は、側面視において線状の凹凸が円周方向または/及び径方向において、それぞれ任意に傾斜して形成されていることを特徴としている。
また、本発明の摺動部品は、第9に、第8の特徴において、前記吸入ポンピング部は、側面視において線状の凹凸が相手側摺動部材の回転方向に向かって次第に高くなるように形成され、吐出ポンピング部は、側面視において線状の凹凸が相手側摺動部材の回転方向に向かって次第に低くなるように形成されていることを特徴としている。
また、本発明の摺動部品は、第10に、第8または第9の特徴において、前記吸入ポンピング部は、側面視において線状の凹凸が内周方向に向かって次第に低くなるように形成され、吐出ポンピング部は、側面視において線状の凹凸が外周方向に向かって次第に低くなるように形成されていることを特徴としている。
【0015】
また、本発明の摺動部品は、第11に、第1ないし第10のいずれかの特徴において、前記動圧発生溝は、互いに隣り合う一対の半径方向溝を一組として複数組の動圧発生用溝組を構成する半径方向溝を境界部が谷となるように円周方向に沿って互いに逆向きのテーパ形状とし、境界部に両半径方向溝を隔てるダム部を設けてなることを特徴としている。
また、本発明の摺動部品は、第12に、第11の特徴において、前記動圧発生溝は、摺動面の外周側端部から内周側に向かって略径方向に延びるとともに、内周側において折れ曲がって略周方向に延びる略L字状の溝の形状をなしていることを特徴としている。
【発明の効果】
【0016】
本発明は、以下のような優れた効果を奏する。
(1)上記第1及び第2の特徴により、静止時には漏れず、また、回転し始めの低速時においては被密封流体がポンピング部に取り込まれるとともに摺動面に潤滑膜が生成されるため、十分潤滑することができ、摺動抵抗を低く、安定した摺動特性を得ることができる。さらに、回転時においては、動圧発生溝により摺動面に動圧が発生されて、回転環と固定環の摺動面に間に被密封流体による潤滑膜が形成され、摺動特性が向上される。
さらに、ポンピング部を固定環または回転環の摺動面のいずれか一方に、また、動圧発生溝を固定環または回転環の摺動面の他方に形成することにり、設計の自由度が増大され、ポンピング部及び動圧発生溝を構成する面積が広くとれるので、回転し始め及び回転時における潤滑膜の生成を十分に行うことができる。
【0017】
(2)上記第3の特徴により、ポンピング部を線状の凹凸の周期構造から形成できるため、ポンピングの形成が容易であり、また、傾斜角度を調節することでポンピング性能を自在に調節することができる。
(3)上記第4の特徴により、摺動面が両方向に回転する場合に好適である。
(4)上記第5の特徴により、ポンピング部の線状の凹凸の周期構造がフェムト秒レーザの照射により形成されるため、その方向性の制御が可能であり、加工位置の制御も可能であるため、離散的な小区画に分けて各区画ごとに所望の周期構造の形成ができる。
【0018】
(5)上記第6の特徴により、ポンピング部が回転部材の外周面に形成された凹部の底部に設けられるため、起動時に、凹部内に取り込まれた被密封流体を利用して素早く潤滑流体膜を形成することができる。
(6)上記第7の特徴により、ポンピング効果を最良のものとすることができる。
【0019】
(7)上記第8ないし第10の特徴により、吸入ポンピング部においては、より一層、被密封流体を取り込んで吐出ポンピング部に送り込むことができ、また、吐出ポンピング部においては、送り込まれた被密封流体を、より一層、被密封流体側に戻すことができるため、摺動面の潤滑性及び漏れを防止をさらに向上させることができる。
【0020】
(8)上記第11及び第12の特徴により、被密封流体が徐々に絞られ、回転環と固定環とを互いに引き離すように作用する動圧が発生され、回転環と固定環の摺動面の間に被密封流体による潤滑膜が形成されやすくなり、摺動特性を向上することができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明に係る摺動部品を実施するための形態を図面を参照しながら詳細に説明する。
なお、本実施形態においてはメカニカルシールを構成する部品が摺動部品である場合を例にして説明するが、本発明はこれに限定されて解釈されるものではなく、本発明の範囲を逸脱しない限りにおいて、当業者の知識に基づいて、種々の変更、修正、改良を加えうるものである。
【0023】
図1は、一般産業機械用のメカニカルシールの一例を示す正面断面図である。
図1のメカニカルシールは摺動面の外周から内周方向に向かって漏れようとする被密封流体を密封する形式のインサイド形式のものであって、被密封流体側のポンプインペラ(図示省略)を駆動させる回転軸1側にスリーブ2を介してこの回転軸1と一体的に回転可能な状態に設けられた円環状の回転環3と、ポンプのハウジング4に固定されたシールカバー5に非回転状態かつ軸方向移動可能な状態で設けられた円環状の固定環6とが、この固定環6を軸方向に付勢するベローズ7によって、ラッピング等によって鏡面仕上げされた摺動面S同士で密接摺動するようになっている。すなわち、このメカニカルシールは、回転環3と固定環6との互いの摺動面Sにおいて、被密封流体が回転軸1の外周から大気側へ流出するのを防止するものである。
回転環3及び固定環6は、代表的にはSiC(硬質材料)同士またはSiC(硬質材料)とカーボン(軟質材料)の組み合わせで形成されるが、摺動材料にはメカニカルシール用摺動材料として使用されているものは適用可能である。SiCとしては、ボロン、アルミニウム、カーボンなどを焼結助剤とした焼結体をはじめ、成分、組成の異なる2種類以上の相からなる材料、例えば、黒鉛粒子の分散したSiC、SiCとSiからなる反応焼結SiC、SiC−TiC、SiC−TiNなどがあり、カーボンとしては、炭素質と黒鉛質の混合したカーボンをはじめ、樹脂成形カーボン、焼結カーボン、などが利用できる。また、上記摺動材料以外では、金属材料、樹脂材料、表面改質材料(コーティング材料)、複合材料なども適用できる。
【0024】
図2は、ウォータポンプ用のメカニカルシールの一例を示す正面断面図である。
図2のメカニカルシールは摺動面の外周から内周方向に向かって漏れようとする冷却水を密封する形式のインサイド形式のものであって、冷却水側のポンプインペラ(図示省略)を駆動させる回転軸1側にスリーブ2を介してこの回転軸1と一体的に回転可能な状態に設けられた円環状の回転環3と、ポンプのハウジング4に非回転状態かつ軸方向移動可能な状態で設けられた円環状の固定環6とが、この固定環6を軸方向に付勢するコイルドウェーブスプリング8及びベローズ9によって、ラッピング等によって鏡面仕上げされた摺動面S同士で密接摺動するようになっている。すなわち、このメカニカルシールは、回転環3と固定環6との互いの摺動面Sにおいて、冷却水が回転軸1の外周から大気側へ流出するのを防止するものである。
【0025】
〔実施形態1〕
図3は、
図1及び2のメカニカルシールにおいて、固定環6及び回転環3の摺動面のうち、径方向の幅が小さい固定環6の摺動面Sにポンピング部が形成される場合の一実施形態を示す平面図である。
図3において、固定環6は、シールリングと呼ばれ、多くは、カーボン(軟質材料)から形成される。この固定環6の摺動面Sには、円周方向に分離された複数のポンピング部10が、摺動面Sの径方向の一部であって被密封流体収容空間と外周側12を介して直接連通するように形成されている。
なお、被密封流体側が回転環3及び固定環6の内側に存在するアウトサイド形のメカニカルシールの場合、ポンピング部10は、摺動面Sの径方向の一部であって被密封流体収容空間と内周側を介して直接連通するように形成すればよい。
ポンピング部10の径方向の幅aは、摺動面Sの径方向の幅Aのおよそ1/3〜2/3であり、また、ポンピング部10の周方向の角度範囲bは、隣接するポンピング部10、10間に存在する摺動面の角度範囲Bと同じかやや大きく設定される。
【0026】
メカニカルシールを低摩擦化させるためには、被密封流体の種類、温度などによるが、通常、摺動面間に0.1μm〜10μmほどの液膜が必要である。この液膜を得るために、上記したように、摺動面Sに、固定環6と回転環3との相対回転摺動によりポンピング作用を生起するポンピング部10は円周方向に独立して複数形成されている。該ポンピング部10は、被密封流体を吸い込む方向に作用する吸入ポンピング部10aと被密封流体を吐き出す方向に作用する吐出ポンピング部10bとを備えている。
【0027】
ポンピング部10の各々には、後記する
図5で詳細に説明するように、相互に平行で一定のピッチの複数の線状の凹凸(本発明においては、「線状の凹凸の周期構造」ともいう。)が形成され、該線状の凹凸の周期構造は、例えば、フェムト秒レーザにより形成される微細な構造である。
なお、本発明において「線状の凹凸」には、直線状の凹凸の他、直線状の凹凸形成の過程で出現される多少彎曲された凹凸、または曲線状の凹凸も包含される。
【0028】
前記ポンピング部10が形成された摺動面の被密封流体側と反対側である内周側は静止時において漏れを発生させないためのシールダムとして機能する必要がある。このシールダム機能を奏するシールダム部13は被密封流体(潤滑性流体)が十分には行きわたらない部分であるため貧潤滑状態となり摩耗が発生し易い。シールダム部13の摩耗を防止し、摺動摩擦を低減させるため、シールダム部13は潤滑性に優れた摺動材料より形成されるのが望ましい。
【0029】
図4は、
図3のポンピング部を説明するものであって運転時の状態を示しており、
図4(a)は要部の拡大平面図、
図4(b)は
図4(a)のX−X断面図である。
図4において、固定環6は実線で、また、相手側摺動部材である回転環3は二点差線で示されており、回転環3はR方向に回転する。
図4(a)に示すように、複数のポンピング部10は、円周方向において隣接するポンピング部10、10と摺動面Sのランド部14により分離され、また、大気側とも摺動面Sのシールダム部13により非連通となっている。また、
図4(b)に示すように、ポンピング部10は、摺動面Sの径方向の一部に形成されており、摺動面Sと面一、あるいは、摺動面Sよりd1だけ低い段差の底部に形成されてもよい(段差d1については後に詳細に説明する。)。また、ポンピング部10は、被密封流体収容空間とは外周側12を介して直接連通している。このため、静止時には、固定環6及び回転環3の摺動面間は固体接触状態となるため、円周方向に連続した摺動面によりシール性が維持されるとともに、起動時においては、
図4(a)において二点差線の矢印で示すように、ポンピング部10へ被密封流体の取り込みが行われるようになっている。
さらに、
図4(a)に示すように、ポンピング部10に形成される線状の凹凸は、摺動面Sの摺動方向、換言すれば摺動面Sの回転接線方向に対して所定の角度θで傾斜するように形成される。所定の角度θは、摺動面Sの回転接線に対して内径方向及び外径方向の両方向において各々10°〜80°の範囲であることが好ましい。
【0030】
複数のポンピング部10の各々におけるポンピング部10の線状の凹凸の回転接線に対する傾斜角度θは、全て同じであってもよいし、ポンピング部10ごとに異なっていてもよい。しかし、この傾斜角度θに応じて摺動面Sの摺動特性が影響を受けるので、要求される潤滑性や摺動条件等に応じて、適切な特定な傾斜角度θに各ポンピング部10の凹凸の傾斜角度を統一するのが安定した摺動特性を得るために有効である。
【0031】
従って、摺動面Sの回転摺動方向が一方向であれば、複数のポンピング部10の各々における線状の凹凸の回転接線に対する傾斜角度θは、最適な特定の角度に規定される。
【0032】
また、摺動面Sの回転摺動方向が正逆両方向であれば、一方の方向の回転の際に適切な摺動特性となる第1の角度で回転接線に対して傾斜する線状の凹凸を有する第1のポンピング部と、それとは反対方向の回転の際に適切な摺動特性となる第2の角度で回転接線に対して傾斜する線状の凹凸を有する第2のポンピング部とを混在させることが望ましい。そのような構成であれば、摺動面Sが正逆両方向に回転する際に、各々適切な摺動特性を得ることができる。
【0033】
さらに具体的には、摺動面Sが正逆両方向に回転する場合には、吸入ポンピング部10aと吐出ポンピング部10bとの各線状の凹凸の傾斜角度θは、回転接線に対して対称となるような角度となるように形成しておくのが好適である。
また、吸入ポンピング部10aと吐出ポンピング部10bとは、摺動面Sの周方向に沿って交互に配置されるように形成するのが好適である。
図3及び
図4に示す摺動面Sは、そのような摺動面Sが両方向へ回転する場合に好適な摺動面Sの構成である。
なお、吸入ポンピング部10aと吐出ポンピング部10bとは、摺動面Sの周方向に沿って交互に配置されなくてもよく、例えば、吸入ポンピング部10aが2個、吐出ポンピング部10bが1個の割合で配置されても、あるいは、逆の割合で配置されてもよい。
【0034】
相互に平行で一定のピッチの複数の線状の凹凸を精度よく所定のピッチで配置した構造(線状の凹凸の周期構造)であるポンピング部10は、例えば、フェムト秒レーザを用いて、摺動面Sの所定の領域に厳密に区画分けされ、さらに各区画において線状の凹凸の方向を精度よくコントロールして形成される。
加工しきい値近傍の照射強度で直線偏光のレーザを基板に照射すると、入射光と基板の表面に沿った散乱光又はプラズマ波の干渉により、波長オーダーのピッチと溝深さを持つ線状の凹凸の周期構造が偏光方向に直交して自己組織的に形成される。この時、フェムト秒レーザをオーバーラップさせながら操作を行うことにより、その線状の凹凸の周期構造のパターンを表面に形成することができる。
【0035】
このようなフェムト秒レーザを利用した線状の凹凸の周期構造では、その方向性の制御が可能であり、加工位置の制御も可能であるため、離散的な小区画に分けて各区画ごとに所望の線状の凹凸の周期構造の形成ができる。すなわち、円環状のメカニカルシール摺動材の摺動面を回転させながらこの方法を用いれば、摺動面に選択的に微細な周期パターンを形成することができる。そしてまたフェムト秒レーザを利用した加工方法では、メカニカルシールの潤滑性向上及び漏洩低減に有効なサブミクロンオーダーの深さの線状の凹凸の形成が可能である。
【0036】
前記ポンピング部10の形成は、フェムト秒レーザに限らず、ピコ秒レーザや電子ビームを用いてもよい。また、前記ポンピング部10の形成は、線状の凹凸の周期構造を備えた型を用いて円環状のメカニカルシール摺動材の摺動面を回転させながらスタンプ又は刻印することにより行われてもよい。
さらに、前記ポンピング部が摺動面より低い段差に形成される場合、凹部の形成は、エッチングで行い、その後、フェムト秒レーザなどにより凹部の底部に線状の凹凸の周期構造を形成させてもよい。さらに、フェムト秒レーザなどにより、摺動面に線状の凹凸の周期構造のみ形成させ、その後、線状の凹凸の周期構造が形成されていない摺動面にメッキあるいは成膜を行うことで、ポンピング部10を形成させてもよい。
【0037】
一方、シールダム部13は摺動面Sの一部を構成し、摺動面Sと面一をなすもので、複数の被密封流体収容ブロック10の形成された区域より内周側の摺動面Sがシールダム部13となる。このシールダム部13は潤滑性に優れた材料から形成されるとよい。
【0038】
図5は、
図3及び
図4のポンピング部を説明するもので、被密封流体側から見た斜視図である。
固定部材と回転部材と摺動面を低摩擦化させるためには、被密封流体の種類、温度などによるが、通常、摺動面間に0.1μm〜10μmの液膜h(
図4(b)参照。)が形成されるが、その場合、ポンピング部10において、凹凸の頂点を結ぶような仮想平面をとると、該仮想平面は液膜hに応じてd1=0〜10hの範囲で摺動面Sと面一か、あるいは、摺動面Sより低く設定されている。
図5(a)には、d1=0、すなわち、仮想平面が摺動面Sと面一の場合が示され、また、
図5(b)には、摺動面Sに形成された凹部11の底部に摺動面Sよりd1だけ低い位置にポンピング部10が形成される場合が示されている。仮想平面が摺動面Sより低く形成される場合、凹部11内の空間に被密封流体が取り込まれ、ポンピング部10により被密封流体が大気側に漏れないような液体の流れが生起されるのである。
【0039】
摺動面Sに形成された凹部11の底部にポンピング部10が形成される場合、フェムト秒レーザにより、まず、凹部11が形成され、その後続いて、ポンピング部10が形成される。
また、凹凸の頂点と底部との深さd2は、d2=0.1h〜10hの範囲が望ましい。
ポンピング部10の線状の凹凸のピッチpは、被密封流体の粘度に応じて設定されるが、0.1μm〜100μmが望ましい。被密封流体の粘度が高い場合、溝内に流体が十分に入り込めるようにピッチpを大きくした方がよい。
【0040】
上記のように、静止時には、円周方向に連続した摺動面Sが形成されていることにより漏れを防止するとともに、起動時には、ポンピング部10内に被密封流体を取り込むことによってすばやく潤滑流体膜を形成することができ、摺動面Sの摺動トルクを低くし摩耗を低減することができる。さらに、運転時には、吸入ポンピング部10a内に被密封流体を取り込み、この被密封流体を摺動面Sのランド部14を介して分離された位置にある吐出ポンピング部10bに送り込み、吐出ポンピング部10bの作用によりこの被密封流体を被密封流体側に戻すものである。このような被密封流体の流れを通じて、摺動面Sの潤滑性を確保するとともに、漏れを防止し、シール性を保つことができる。特に、ポンピング部10の凹凸の頂点を結ぶ仮想平面が摺動面Sより低く設定される場合、仮想平面が摺動面Sと段差d1を有する形状となっていることにより、起動時に、凹部11内に取り込まれた被密封流体を利用して素早く潤滑流体膜を形成することができる。
【0041】
図6は、本発明の実施形態1に係り、固定環6及び回転環3の摺動面のうち、径方向の幅が大きい回転環3の摺動面Sに形成された動圧発生溝を説明する図であって、
図6(a)は平面図、
図6(b)は
図6(a)のY−Y断面図である。
前記動圧発生溝20は、互いに隣り合う一対の半径方向溝20a、20bを一組として複数組の動圧発生用溝組を構成する半径方向溝を境界部が谷となるように円周方向に沿って互いに逆向きのテーパ形状とし、境界部に両半径方向溝を隔てるダム部21を設けてなるものである。
図6(a)に示される動圧発生溝20は、回転環3の摺動面Sの外周側端部から内周側に向かって略径方向に延びるとともに、内周側において折れ曲がって略周方向に延びる略L字状の形状をしている。動圧発生溝20は、回転環3の外周面で被密封流体側に連通しており、被密封流体を溝内に引き込みやすく構成されている。
【0042】
図6(b)に示すように、動圧発生溝20の深さは、周方向に延びる部分において、摺動方向に沿って徐々に変化する。具体的には、動圧発生溝20の深さは、半径方向溝20aにおいては矢印r1方向に沿ってステップ状に浅くなるように構成され、半径方向溝20bにおいては矢印r2方向に沿ってステップ状に浅くなるように構成されている。
なお、動圧発生溝20は、溝の深さを
図6(b)に示すようにステップ状に変化させるのに限らず、溝底を摺動面Sに対して一様に傾斜した面で構成し、溝深さを直線的に変化させる構成としてもよい。あるいは、角度の異なる複数の傾斜面を組み合わせたり、溝底面を曲面で構成し曲線状に変化させてもよい。
【0043】
動圧発生溝20とこれに対向する固定環6の摺動面との間のスペースは、被密封流体側から溝内に引き込まれた被密封流体の進路にしたがい、まず、径方向の内側に進むにしたがい狭くなり、次に、周方向に曲がる部分で広くなるが、周方向に進むにしたがい次第に浅くなるため、結局、被密封流体の流は絞られれることになる。被密封流体が徐々に絞られることで、回転環3と固定環6とを互いに引き離すように作用する動圧が発生される。これにより、回転環3と固定環6の摺動面Sの間に被密封流体による潤滑膜が形成されやすくなり、摺動特性が向上される。
【0044】
動圧発生溝20は、鏡面加工された摺動面Sに、YVO
4レーザやサンドブラストによる微細加工を施すことにより形成することができる。また、製品サイズによっては切削によって形成してもよい。本実施形態による回転環では、最深部における深さが1〜100μmとなるように動圧発生溝を形成している。
【0045】
図7は、本発明の実施形態1に係り、動圧発生溝20が形成された回転環3にポンピング部10が形成された固定環6を重ねた状態を説明する図であって、
図7(a)は平面図、
図7(b)は
図7(a)のZ−Z断面図である。
図7において、回転環3は実線で、固定環6は二点鎖線で示されており、固定環6の摺動面Sに形成されたポンピング部10と回転環3に形成された動圧発生溝20とが径方向の位置においておおよそ重複するように設定され、ポンピング部10及び動圧発生溝20の内周部分もおおよそ一致するように設定されている。また、回転環3の動圧発生溝20の内周側に位置するシールダム部13と固定環6のポンピング部10の内周側に位置するシールダム部13も径方向においておおよそ重なり、静止時におけるシール性が確保される。
【0046】
上記のように、固定環6または回転環3ののいずれか一方の摺動面Sには、固定環6と回転環3との相対回転摺動によりポンピング作用を生起するポンピング部10が被密封流体収容空間と連通するように円周方向に分離されて複数形成され、複数のポンピング部は、被密封流体を吸い込む方向に作用する吸入ポンピング部と被密封流体を吐き出す方向に作用する吐出ポンピング部を備え、固定環6または回転環3の他方の摺動面には、固定環と回転環との相対回転摺動により動圧を発生する動圧発生溝20が被密封流体収容空間と連通するように円周方向に複数形成されることにより、静止時には漏れず、また、回転し始めの低速時においては被密封流体がポンピング部10に取り込まれるとともに摺動面に潤滑膜が生成されるため、十分潤滑することができ、摺動抵抗を低く、安定した摺動特性を得ることができる。さらに、回転時においては、動圧発生溝20により摺動面Sに動圧が発生されて、回転環3と固定環6の摺動面Sに間に被密封流体による潤滑膜が形成され、摺動特性が向上されるものである。
さらに、ポンピング部10を固定環6または回転環3の摺動面のいずれか一方に、また、動圧発生溝20を固定環6または回転環3の摺動面の他方に形成することにり、設計の自由度が増大され、ポンピング部10及び動圧発生溝20を構成する面積が広くとれるので、回転し始め及び回転時における潤滑膜の生成を十分に行うことができる。
【0047】
〔実施形態2〕
図8は、本発明の実施形態2に係り、実施形態1とは逆に、回転環3の摺動面にポンピング部10が形成され、固定環6の摺動面に動圧発生溝20が形成される場合を示す断面図である。
図8において、回転環3は、メイティングリングと呼ばれ、多くは、SiC(硬質材料)から形成される。この回転環3の摺動面Sに、円周方向に分離された複数のポンピング部10が形成されている。これら複数のポンピング部10は、摺動面Sの径方向の外方及び内方を残して一部に形成され、かつ、ポンピング部10の被密封流体側の一部が相対する固定環6の摺動面Sで覆われないように形成されるものである。
固定環6は、シールリングと呼ばれ、多くはカーボン(軟質材料)から形成される。この固定環6の摺動面Sに動圧発生溝20が形成されている。動圧発生溝20は外周側が被密封流体側と連通している。
【0048】
回転環3の摺動面Sのポンピング部10の区域より内周側(大気側)、及び、固定環6の摺動面Sの動圧発生溝20の区域より内周側(大気側)には、例えば、潤滑性に優れた摺動材料よりなるシールダム部13が形成されている。
【0049】
〔実施形態3〕
図9は、本発明の実施形態3に係り、ポンピング部の他の実施形態を示すもので、摺動面に直交する面で切断した断面図である。
実施形態1において、ポンピング部10は、円周方向及び径方向において軸と直交する面と平行に形成されているが、
図9においては、吸入ポンピング部10aは、周方向において、その線状の凹凸が相手側摺動材である回転環3の回転方向Rに向かって次第に高く(浅く)なるように形成され、吐出ポンピング部10bは、その線状の凹凸が相手側摺動材である回転環3の回転方向Rに向かって次第に低く(深く)なるように形成されている。
このように、線状の凹凸が、平面から見た際の回転接線に対する傾斜に加えて、側面から見ても周方向に傾斜して形成されていることから、吸入ポンピング部10aにおいては、より一層、被密封流体を取り込んで吐出ポンピング部10bに送り込むことができ、また、吐出ポンピング部10bにおいては、送り込まれた被密封流体を、より一層、被密封流体側に戻すことができる。
本例の場合、前記固定環と回転環との摺動面間に形成される液膜厚さをhとした場合、摺動面からのポンピング部の凹凸の頂点を結ぶ仮想平面の最深部及び最浅部の深さが、0〜10hの範囲内に入るように設定されればよい。
【0050】
ポンピング10は、円周方向または/及び径方向において、必要に応じて、任意に傾斜させることができる。例えば、
図3に示すようにポンピング部10が形成される場合、吸入ポンピング部10aは、径方向内側に向かって次第に低くなるように形成されて被密封流体を吸い込み易くし、吐出ポンピング部10bは、径方向内側に向かって次第に高くなるように形成されて被密封流体を吐出し易くすることが考えられる。
本例の場合も、前記固定環と回転環との摺動面間に形成される液膜厚さをhとした場合、摺動面からのポンピング部の凹凸の頂点を結ぶ仮想平面の最深部及び最浅部の深さが、0〜10hの範囲内に入るように設定されればよい。
【0051】
なお、被密封流体側が回転環3及び固定環6の内側に存在するアウトサイド形のメカニカルシールの場合は、ポンピング部10及び動圧発生溝20は内側に臨んで形成されるものであり、その際、ポンピング部10の径方向内側の一部が相対する摺動面により覆われないように配置すればよい。