【実施例】
【0039】
以下の実施例は、本発明の実現方法および使用方法についての完全な開示および説明を当業者に提供するために示されるものであり、本発明者らが何を本発明としてみなされるかの範囲を限定することを意図するものではなく、以下の実験がすべてであるかまたは実施された実験のみであることを提示することを意図するものでもない。使用された数値(例えば、量、温度など)に関しては正確を期したが、ある程度の実験誤差および偏差は考慮されるべきである。そうでないことが示されない限り、部分は重量部分であり、分子量は重量平均分子量であり、温度は摂氏温度であり、圧力は大気圧または大気圧付近である。
【0040】
実施例1
ガリウムは、周期表の第13族(IIIa)の半金属元素である。ガリウムは、水溶液中で三価である(Ga
3+)。遊離水和イオンGa
3+は、ほぼ中性のpH値においてほとんど完全に加水分解し、高度に不溶性のアモルファスGa(OH)
3を容易に形成する。Gaは、水酸化物およびオキシ水酸化物として沈殿することに加え、ほぼ中性のpH値において、高不溶性のリン酸塩も形成するであろう。LR Bernstein (1998)により、ガリウムの溶液科学の短い解説が提供されている。pH7.4および25℃において、ガリウムの総水溶解度は約1μMに過ぎず、最低溶解度はpH5.2において10
-7.2Mである。ガリウムは、低いpH値および高いpH値において、桁が異なる高い溶解度を有する。例えば、pH2での溶解度は約10
-2Mであり、これはpH7.4での溶解度より約10,000倍高い値である。さらに、pH10での溶解度は約10
-3.3Mであり、これは、pH7.4での溶解度の約500倍高い値である。この溶解度の違いを、ガリウムまたはその塩(例えば、硝酸ガリウム)を非常に低いpHまたは非常に高いpHにおいて製剤化することにより、吸入製品に利用することができる。
【0041】
例えば、AERx(登録商標)技術を使用する場合、1つのAERx(登録商標)ストリップは、pH2での限界の溶解度(約10
-2M)に近いガリウム吸入液50μLを含有し得るであろう。AERx(登録商標)技術を使用する先行臨床治験では、剤形中に充填された薬物用量の50%以上の肺送達が実証されている。ガリウムの50%が肺全体に一様に沈着し、1剤形からの25μLのガリウム溶液が、20mLの肺液中において約pH7.4へと急速に平衡化すると仮定すれば、結果として生じるガリウム濃度(約12.5μM)は、pH7.4での平衡溶解度(約1μM)の約12.5倍超となるであろう。このことは、8%が可溶性のまま留まり、96%のガリウムが溶液外へと沈殿するであろうということを示唆している。したがって、経時的な固体状態からのガリウム放出という観点から、肺中においてデポ剤様の効果が存在するであろうということが予想されるであろう。これは、結果として、C
maxが低く、T
maxが遅延された、血流中へのガリウムの遅延された吸収プロフィールを生じるであろう。このことはさらに、高い全身性濃度の結果として生じる副作用を低減するかまたは排除するであろう。
【0042】
これら低いpH値または高いpH値におけるガリウムの溶解度をさらに高める他の製剤塩または賦形剤を慎重に使用することにより、結果として、pH7.4での本来の低い溶解度をおそらく乱さないと考えられる、1回の吸入において送達され得る用量の漸進的増加が得られるであろう。使用できる可能性のある賦形剤が多く存在し、界面活性剤、錯化剤、例えば、シクロデキストリンおよびリポゾーム製剤など、が挙げられる。さらに、ミクロ粒子またはポリマー性材料、例えば、PLGAなど、をガリウムを封入するために使用して、封入されたガリウムの懸濁液を設計することもできるであろう。懸濁液を使用することの実質的な効果は、AERxなどの溶液吸入器を使用して水性製剤または液体製剤を吸入送達することを容易なまま維持しながら、肺への送達の前に不溶性微粒子を形成することであろう。
【0043】
実施例2
第二の実施例は、肺感染症または肺疾患をより効果的に処置するための、抗感染症薬または抗生物質の吸入送達である。抗生物質は、細菌源に由来し細菌感染症を処置するために使用される抗感染症薬の部分群として非公式に定義され得る。他のクラスの薬物、とりわけスルホンアミドは、有効な抗菌薬であり得る。同様にいくつかの抗生物質には、二次的用途、例えば、抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(SIADH)を処置するためのデメクロサイクリン(デクロマイシン、テトラサイクリン誘導体)の使用などがあり得る。他の抗生物質は、原虫感染の処置において有用であり得る。
【0044】
細菌スペクトル(広いかそれとも狭いか)、または投与経路(注射可能か、経口か、それとも局所か)、または活性のタイプ(殺菌性かそれとも静菌性か)に基づいて、抗生物質に対するいくつかの分類体系が存在するが、最も有用であるのは、化学構造に基づくものである。構造的クラス内の抗生物質は、概して、有効性、毒性、およびアレルギーを引き起こす可能性において同様のパターンを示すであろう。
【0045】
ペニシリン。ペニシリンは抗生物質の最も古いクラスであり、セファロスポリンと同じ共通の化学構造を有する。これら2つの群はβ−ラクタム系抗生物質として分類され、概して殺菌性であり、すなわち細菌の増殖を阻害するよりはむしろ細菌を殺す。ペニシリンはさらに細かく分類することができる。天然のペニシリンは元来のペニシリンG構造をベースとしており、ペニシリナーゼ耐性ペニシリン、特にメチシリンおよびオキサシリンは、ほとんどの天然ペニシリンを不活性化させる細菌酵素の存在下においてさえ有効である。アミノペニシリン、例えばアンピシリンおよびアモキシシリンなどは、天然ペニシリンと比較して広域スペクトルでの作用を有しており、広域スペクトルのペニシリンはより広範囲の細菌に対して有効である。これらは概して、緑膿菌(Pseudomonas aeruginaosa)に対する適用範囲を含み、ならびにペニシリナーゼ阻害薬との組み合わせにおいてペニシリンが提供される。
【0046】
セファロスポリン。セファロスポリンならびに近縁種であるセファマイシンおよびカルバペネムは、ペニシリンと同様に、β−ラクタム化学構造を有する。その結果、これらのクラスの薬物の間には交差耐性および交差アレルギー性のパターンが存在する。「セファ」薬物は、抗生物質における最も多様なクラスの1つであり、第一、第二、および第三世代に小群に分類される。各世代は、その前の世代より広域の抗菌力スペクトルを有する。さらに、セファマイシン系であるセフォキシチンは、嫌気性細菌に対して活性が高く、腹部感染症の処置において有用性を提供する。第三世代の薬物であるセフォタキシム、セフチゾキシム、セフトリアキソン、および他のものは、血液脳関門を越え、髄膜炎および脳炎を処置するために使用することができる。セファロスポリンは、通常、外科的予防のために好ましい薬剤である。
【0047】
フルオロキノロン。フルオロキノロンは合成抗菌剤であり、細菌由来ではない。これらは、容易に従来の抗生物質と交換し得るのでここに含まれている。初期の、関連するクラスの抗菌剤であるキノロンはあまり吸収されず、尿路感染症を処置するためのみに使用することができた。フルオロキノロンはより古い群をベースとしており、ペニシリンまたはセファロスポリンとは化学的に無関係の広域スペクトルの殺菌薬である。これらは骨組織中によく分配され、かつ非常によく吸収されるため、概して静脈内注射と同様に経口経路によっても有効である。
【0048】
テトラサイクリン。テトラサイクリンは4つの環を有する化学構造を共有するために、その名前が付けられている。これらは、Streptomyces属の細菌の種に由来する。広域スペクトルの静菌剤であるテトラサイクリンは、多種多様の微生物、例えば、リケッチアおよび寄生性アメーバなど、に対して有効であり得る。
【0049】
マクロライド。マクロライド抗生物質はStreptomyces属の細菌に由来し、それらすべてが大環状ラクトン化学構造を有するためにその名前が付けられている。このクラスのプロトタイプであるエリスロマイシンは、ペニシリンと同様のスペクトルを有しペニシリンと同様に使用される。この群の新しいメンバーであるアジスロマイシンおよびクラリスロマイシンは、それらの肺への高レベルの浸透のために特に有用である。クラリスロマイシンは、胃潰瘍の原因であるHelicobacter pylori感染症を処置するために広く使用されている。
【0050】
その他。他のクラスの抗生物質としては、緑膿菌感染症の処置における有効性により特に有用なアミノグリコシドや、嫌気性病原菌に対して活性が高いリンコサミド、クリンダマイシン、およびリンコマイシンが挙げられる。他にも、ある特定の感染症において有用性を有し得る個々の薬物が存在する。
【0051】
多くの抗感染症薬または抗生物質が、本発明による肺感染症の改善された処置に適していることが予想される。一例は吸入トブラマイシン、例えばTOBIであり、これは肺線維症に対して処方され、60mg/mlのトブラマイシンを含有する5mLの形態で、1日2回投与される。これは患者にとって特に好都合な投与レジメンではなない。より持続的な放出プロフィールであれば投薬の頻度もより少なくできるであろうし、副作用を減じるような、より少ない用量においてより良好な効果が期待される。トブラマイシンは水に非常に可溶性であるが、一方、局所処置の治療に適応される他の抗生物質は、眼の適応症に対するオフロキサシンのように、中性pHにおいて溶解度が約3mg/mL未満であり、双性イオン種に関してpH7において最も低い溶解度となる。pHがpH5まで2log単位低下すると、溶解度は>95mg/mLに増加する。したがって、pH5未満において非常に高い濃度のオフロキサシンを製剤化することは可能だろうし、抗生物質が肺へ吸入送達されて肺の中性pHに平衡化されると溶液外へ沈殿し、それによって肺内における持続的なデポ剤様の放出が可能となり得る。
【0052】
別の例は、シプロフロキサシンである。Aradigmのリポソーム化塩酸シプロフロキサシンならびにBayer/Nektarのシプロフロキサシンおよびペグ化シプロフロキサシンの乾燥粉末製剤など、多くの会社が、肺感染症の処置のために吸入シプロフロキサシンについて研究開発を進めている。シプロフロキサシンが、中性pH(pH7.4)において最も低い溶解度を有し、双性イオン種として存在するということは周知である。pH7での塩酸シプロフロキサシンの溶解度は、0.1mg/mL未満である。実質的に中性から離れたpH値では、溶解度は指数関数的に増加し、低いpHおよび高いpHにおいて20mg/mLを超える。この特徴は、非常に低いpH(pH<4)または非常に高いpH(pH>9)のいずれかにおいて高濃度の塩酸シプロフロキサシン溶液を製剤化するために利用することができる。高濃度シプロフロキサシン製剤は、吸入され肺環境に沈着すると、シプロフロキサシンが急速に中性pHへと平衡化されるであろう。このことは、塩酸シプロフロキサシンまたは他のシプロフロキサシン塩が溶液外へ沈殿するか、または結晶を形成する原因となり得る。これらの不溶性結晶または沈殿物は時間と共にゆっくりと溶解し、肺におけるシプロフロキサシンの放出を減少させ、したがって、血流中への吸収を低下または長引かせ、すなわち、C
maxを低下させ、T
maxを長くするであろう。
【0053】
肺液の総量は成人において約20mLであると考えられる。肺に送達されるシプロフロキサシンの量が数mgを超える場合、シプロフロキサシン濃度は中性pHでのそれらの溶解度を超えるであろう。特定のエアロゾル送達方法および吸入パラメータに依存して、エアロゾル小滴が肺全体に一様には沈着しない可能性がある。この概念は、例えば中心領域もしくは末梢領域など領域的に明確な、またはより多くの小滴がどこに沈着するかによって変わる不明確な、肺の特定の領域において、シプロフロキサシンの局所の濃度が依然として溶解度限界を超えるようなさらに少ない量の抗生物質の送達を可能にすることによって、都合良く利用することができる。いずれにしても、その結果、経時的シプロフロキサシンのデポ剤様放出を提供するシプロフロキサシン構造体が形成され得る。
【0054】
この実施例は、概して、中性から離れたpH値において溶解性または安定性の向上のいずれかを示す他の抗生物質に適用することができる。
【0055】
以上は、単に本発明の原理を示したにすぎない。当業者であれば、本明細書に明示的に説明または示されてはいないが本発明の原理を具現化しかつ本発明の趣旨および範囲に含まれる様々な調整を考案することが可能であるだろうということは理解されるであろう。さらに、本明細書において列挙されたすべての実施例および条件的文言は、原則として、本発明の原理および当技術分野の進歩のために本発明者らによって提供される概念に対する読み手の理解を助けることを意図するものであり、そのような具体的に列挙された実施例および条件に限定されるわけではないとして解釈されるべきである。さらに、本発明の原理、局面、および態様、ならびにそれらの具体的な実施例を列挙する本明細書におけるすべての言明は、それらの構造的および機能的な同等物の両方を包含することが意図される。さらに、そのような同等物は、現在公知の同等物および将来開発される同等物の両方、すなわち、構造にかかわらず同じ機能を実施するように開発された任意の要素、を含むことが意図される。したがって、本発明の範囲は、本明細書において示されたまたは説明された例示的な態様に限定されることを意図するものではない。むしろ、本発明の範囲および趣旨は、添付の特許請求の範囲により具体化される。