【実施例】
【0066】
本発明の実施例を以下に説明する。
【0067】
(実施例1)
表1に示す化学組成A〜Iについて、30kgの試験溶解を実施した。各合金の設定思想は以下の通りである。以下の表において、アンダーラインは、本発明の範囲外を示す。化学組成の「−」は、含有を意図していないことを示す。
【0068】
合金A:発明例、本発明の好ましい形態の一例。
【0069】
合金B:発明例、本発明範囲内で、Cの含有量を低めとすることにより、Md30値を高くしたもの。
【0070】
合金C:発明例、本発明範囲内で、Cの含有量を高めとすることにより、Md30値を低くしたもの。
【0071】
合金D:比較例、一般的なSUS304の成分系で、Cの含有量とMd30値が本発明の範囲外となるもの。
【0072】
合金E:比較例、合金DからCuとMoの含有量を減らしてMd30値を本発明範囲としたもの。Cは範囲外。
【0073】
合金F:比較例、一般的なSUS304Lの成分系。Ni量とMd30値が本発明の範囲外となるもの。
【0074】
合金G:比較例、化学組成を減らし過ぎて、Md30値が本発明の範囲を超過したもの。
【0075】
合金H:比較例、細粒材として実績のあるSUS301L系。CrとNiの含有量が低く本発明の範囲外となるもの。
【0076】
合金I:比較例、CrとNiの含有量を高くし過ぎて、Md30値が本発明の範囲を下回ったもの。
【0077】
なお、圧延加工性と耐食性に劣ることが明らかなSUS301の成分系については、試験を実施していない。
【0078】
【表1】
【0079】
合金A〜Iを高周波溶解炉で溶解し、インゴットに静止鋳造して約30kgの鋳塊(60mm×200mm×340mm)得た。鋳塊の表面に機械的な切削による手入を実施した後に、1150℃に加熱して熱間圧延により板厚6mmまで圧延した。熱延後、1130℃で4分間保持して焼き鈍し、機械的な研削により表面の酸化スケールを除去しつつ、板厚を5mmに調整した。その後、冷間圧延機により2mmまで冷間圧延し、2mm×180mm×1000mm超の冷延鋼板を各々6枚ずつ作製し、Axガス(水素75%−窒素25%)雰囲気中にて1100℃に2分間保持することにより焼き鈍した。
【0080】
その後、板厚0.5mm、0.6mm、0.7mm、0.8mmおよび1.0mmの5水準まで冷間圧延を行い、再びAxガス雰囲気中にて1100℃に1分間保持することにより焼き鈍した。
【0081】
これら5水準の板厚から0.2mmまでの冷間圧延を行い、異なる圧下率(60%、67%、71%、75%、および80%)で加工歪が導入された試験片を製作した。この圧延では、ワークロール径が120mmの可逆式の4段冷間圧延機を使用し、圧延荷重と圧延に要する電流値(ミル電流)が計測され、圧延の負荷を判断した。
【0082】
こうして圧延された試験片は、Axガス雰囲気中で、800℃、820℃、870℃、920℃、および960℃の温度に30秒間保持することにより熱処理が実施された。
【0083】
熱処理後の試験片は、圧延と垂直方向に切断され、その断面を光学顕微鏡で観察することにより平均結晶粒径が測定された。
【0084】
<細粒化焼鈍前の圧下率の検討>
・焼鈍条件を870℃×30秒保持に固定して、各成分系での圧下率の影響を確認した。表2に細粒化焼鈍前に行った冷間圧延の圧下率と、焼鈍後の平均結晶粒径の関係を示す。
【0085】
【表2】
【0086】
・全ての成分系において、焼鈍前の圧下率が高ければ高い程、細粒化している。
・合金D、F、およびIでは、粒径が5μm以下となることがなかった。
【0087】
・合金A、B、C、E、およびGでは、圧下率が65%を超えると粒径は5μm以下となった。
【0088】
・合金Hだけは、圧下率が60%のときでも粒径は5μm以下となり、細粒化に適した成分系であることがあらためて確認された。
【0089】
このように、粒径5μm以下の平均結晶粒径を得るには、合金A、B、C、E、GおよびHを選択し、65%を超える圧下率で冷間圧延(合金Hについては60%以上でも可)すると良いことが確認される。
【0090】
<圧延負荷の調査>
冷間圧延は、1パスの圧延荷重が40トンを超えない範囲で、徒にパス回数が増加しないようなパススケジュールを各々選択して実施された。表3に調査結果を示す。
【0091】
【表3】
【0092】
表3より、合金D、E、G、およびHでは、最大の圧延荷重が25トンを超過し、圧延負荷が大きい傾向が確認された。
【0093】
圧延負荷の最終的な判断は、圧延時に圧延モーターが消費した最大の電流(ミル電流)値にて、80Aを超過したものを、圧延負荷が過大であると判断した。表4に調査結果を示す。
【0094】
【表4】
【0095】
表3および4より、過大な圧延負荷を回避しつつ、65%を超える圧下率を確保するには、合金A、B、C、F、およびIを選択すると良いことが確認される。
【0096】
<焼鈍温度と焼鈍時間の調査>
圧下率75%で冷間圧延を実施したサンプルを用いて、焼鈍温度を800℃、820℃、870℃、920℃および960℃に変化させて30秒間保持したときの平均結晶粒径を調査した。また、焼鈍温度を800℃として3600秒間保持したときの平均結晶粒径を調査した。表5に調査結果を示す。
【0097】
【表5】
【0098】
焼鈍温度が800℃で30秒間保持した場合には、全ての合金において未再結晶の組織が支配的であった。
一方、焼鈍温度が800℃で3600秒間保持した場合には、全ての合金で再結晶が確認された。
合金A、B、C、E、GおよびHでは、800℃の焼鈍温度で3600秒間保持することによって平均結晶粒径が3μmを下回ることが確認された。
【0099】
また、焼鈍温度が960℃で30秒間保持した場合には、全ての合金において平均結晶粒径は5μmを超過した。
【0100】
合金A、B、C、E、G、およびHでは、820℃〜920℃の焼鈍温度で30秒間保持した場合に、平均結晶粒径が5μmを下回ることが確認された。
【0101】
合金A、B、G、およびHは上記の焼鈍温度域で30秒間保持した際に、平均粒径が3.0μm以下になることが確認された。
【0102】
<耐食性の評価>
合金AとHについて、圧下率75%で冷間圧延後に920℃で焼鈍した試験片を用いて、JIS G 0577に準じて動電位法による孔食電位測定を行って耐食性の評価を実施した。
試験面積は1cm
2とし、pH=7.0に調整された200mol/m
3の塩化ナトリウム水溶液を用いて、60℃の環境中で0.3mV/s の電位掃引速度で実施した。評価はVc’ 100により行い、飽和カロメル電極基準で300mV以上を合格、それ未満を不合格と判断した。
【0103】
本評価において、合金Aは合格レベルだったが、CrとNiの含有量が少ない合金Hは不合格となった。
【0104】
<エッチング加工性の評価>
合金Aについて、800℃で3600秒間の焼鈍を実施したものと870℃で30秒間の焼鈍をした試験片を0.1mmまで冷間圧延し、0.1mm×150mm×360mmに切断して、エッチング加工性の評価を実施した。この試験片にアルカリ脱脂をした後に、試験片の両面にアクリル樹脂系のフォトレジストを厚さ10μmで塗布し、幅0.1mm、長さ5mmの長方形のスリット状のパターンを多数形成した。その後、液温50℃でボーメ度が45度(質量パーセントで約42mass%)の塩化第二鉄水溶液を用いて、0.5MPaに加圧してスプレーノズルからエッチング液を両面に噴霧してエッチング加工を実施した。その後、フォトレジスト膜を除去して、スリットパターンの形状を実態顕微鏡を用いて観察すると共に、長方形のスリットパターンの狭い方の開口幅を各々36か所について1μm単位で測定した。測定部位は、各スリットパターンの長手方向中央部に限定した。
【0105】
870℃で30秒間焼鈍した試験片では、レジストパターン通りの長方形で明瞭なエッチング加工が実施できていることが確認され、精密加工用のステンレス鋼板として問題ないと判断した。一方、800℃で3600秒間焼鈍したサンプルでは、エッチング加工部の直線性に劣ることが確認されるとともにパターン毎に加工孔の形状がばらついていることが確認され、精密加工用のステンレス鋼板として使用できないと判断した。
【0106】
スリット開口幅の測定結果は、870℃で30秒間焼鈍した試験片では、平均値が102μm、標準偏差は3μm(平均値に対して2.9%)である。これに対して、800℃で3600秒間焼鈍した試験片では、平均値は104μm、標準偏差は7μm(平均値に対して6.7%)とばらつきが大きく、精密加工用の素材として相応しくないことが確認された。
【0107】
エッチング加工部の直線性が劣化した原因は、ステンレス鋼板とフォトレジストとの密着性が劣っていることに起因していると考えられる。パターン毎に加工孔の形状がばらついた原因は、強固な皮膜層の存在によりエッチング加工初期の活性化時間に差異が生じたため、場所によって溶解量の違いができたことに起因していると考えられる。
【0108】
以上の実験室試験から、(1)圧延負荷が小さく、細粒化に適し、耐食性に優れた成分系の合金を選択し、(2)圧下率が65%を超える冷間圧延を加えた後に、(3)820℃〜920℃で比較的短時間の焼鈍をすることにより、過大な圧延負荷を回避しつつ5μm以下の細粒材を提供できることが確認された。
【0109】
<実施例2>
上記実験室試験によって得られた知見に基づいて、表6に示す合金J〜Mについて、スケールアップした試作と評価を実施した。各合金の設定思想は以下の通りである。
【0110】
合金J:発明例、本発明の好ましい形態の一例で実験室試験の合金Aに相当。
【0111】
合金K:比較例、一般的なSUS304の成分系で、C量とMd30値が本発明の範囲外の化学組成であり、実験室試験の合金Dに相当。
【0112】
合金L:比較例、合金DからCuとMoを減らしてMd30値は本発明範囲としたもの。Cは範囲外の化学組成であり、実験室試験の合金Eに相当。
【0113】
合金M:比較例、一般的なSUS304Lの成分系。Ni量とMd30値が本発明の範囲外の化学組成であり、実験室試験の合金Fに相当。
【0114】
【表6】
【0115】
各成分の合金は、2.5トンの大気溶解と連続鋳造を行い、90mm×640mm×5400mmの連続鋳造スラブを得た。切削加工により表面の手入れを実施し、85mm×640mm×4800mmとした。
【0116】
1200℃に加熱して熱間圧延を行い、板厚6mmの熱間圧延コイルを得た。
熱間圧延コイルは、1150℃で大気焼鈍をした後に、フッ酸と硝酸の混合液により酸洗された。
【0117】
その後、コイル研磨を行って熱延時に生成したコイル表面の疵等が除去された。
可逆式の20段冷間圧延機を用いて、2mmまで冷間圧延を実施した。(圧下率=67%)この一番最初の冷間圧延を、第1冷間圧延と呼ぶ。冷間圧延後は、1150℃で大気焼鈍をした後に、フッ酸と硝酸の混合液により酸洗された。
【0118】
その後、可逆式の6段冷間圧延機を用いて、0.37mmtまで冷間圧延(第2冷間圧延)を実施した。このときの圧下率は82%である。
【0119】
加工硬化により材料が硬くなったものでも、パス回数を増やすことにより目的の0.37mmまでの圧延を実施した。
【0120】
光輝焼鈍炉を用いて、還元性のAxガス雰囲気中(水素75%−窒素25%)850℃×48秒の焼き鈍し熱処理を実施した。
【0121】
その後、可逆式の6段冷間圧延機を用いて、0.15mmまでの仕上げ圧延を実施した。テンションレベラによる形状矯正を実施後、600〜800℃の範囲で熱処理を実施し、残留応力を低減した。
【0122】
平均結晶粒径は、光輝焼鈍炉での熱処理後に少量のサンプルを切り出し、圧延と垂直方向の断面で光学顕微鏡を用いたミクロ観察を実施することにより測定された。
【0123】
また、製造されたステンレス圧延板は、0.15mm×600mm×420mmに切断され、エッチング加工に供された。エッチング加工は、液温50℃でボーメ度が43度(質量パーセントで約40mass%)の塩化第二鉄水溶液を用いて、0.5MPaに加圧しスプレーノズルからエッチング液を片面にのみ100秒間噴霧して実施した。こうして板厚のおよそ半分までがエッチングされたハーフエッチング面の表面粗度を、触針式の表面粗さ計を用いて、圧延と垂直方向の中心線平均粗さ(Ra)を測定することにより、エッチング加工性を評価した。測定長さは4.0mmでうねりを除去するためのカットオフ値は0.80mmとした。
【0124】
表7に、各合金での第2冷間圧延での圧延パス回数、総圧下率(82%)を各々の圧延パス回数で割った値、光輝焼鈍後の平均結晶粒径、仕上げ圧延後測定されたハーフエッチング面の中心線平均粗さ(Ra)および総合判断結果を示す。
【0125】
【表7】
【0126】
本発明のポイントの一つとして、過大な圧延負荷を伴わずに細粒化焼鈍前に大きな圧下率を確保できることが重要である。本実施例では、全ての合金において目的とした圧延率82%の冷間圧延を実施したが、その際のパス回数や圧延荷重は合金に依存して変化した。
【0127】
表7に示すように、合金JとMでは7パスで所定の圧延が完了したのに対して、合金Kでは12パス、合金Lでは14パスのパス回数が必要となった。実際の圧延作業に要した時間は、合金JとMが80分程度だったのに対し、合金Kでは140分、合金Lでは160分と圧延生産性に劣ることが確認された。
【0128】
圧延の圧下率をその圧延に要したパス回数で割った「総圧下率/パス回数」のパラメータ評価では、合金JとMは11.6%/回の圧延生産性であったに対し、合金KとLでは10%/回を下回り、圧延生産性に劣ることが確認される。
【0129】
また、合金Kの最終の4パスと合金Lの最終の5パスは、大きな引張張力と圧延荷重を加えて圧延しているにもかかわらず、1パス当たりの圧延率が10%を下回っており、単に圧延負荷が高いだけでなく圧延後の製品形状が悪くなり易い大荷重かつ低圧下率の条件での圧延を余儀なくされた。
【0130】
光輝焼鈍炉を用いた細粒化焼鈍後の平均結晶粒径は、合金JとLで3.0μm以下になることが確認された。合金KとMでも、大圧下圧延と低温熱処理が実施されたことにより、10μm以下に細粒化されてはいるが、本発明が目的とする5.0μm以下にはなっていない。
【0131】
また、最終製品でのハーフエッチング後のハーフエッチング面の中心線平均粗さは、合金JとLでは、各々0.28μm、0.32μmと他の合金よりも平滑化していることが確認される。
【0132】
以上の結果から、合金KとLは圧延生産性に劣り、合金KとMは平均結晶粒径を5μm以下にすることができず、総合判断としては合金Jだけが優れていることが確認された。