特許第5960809号(P5960809)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 新日鐵住金株式会社の特許一覧

特許5960809精密加工用ステンレス鋼板およびその製造方法
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5960809
(24)【登録日】2016年7月1日
(45)【発行日】2016年8月2日
(54)【発明の名称】精密加工用ステンレス鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20160719BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20160719BHJP
   C22C 38/48 20060101ALI20160719BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C21D9/46 Q
   C22C38/48
【請求項の数】5
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2014-517304(P2014-517304)
(86)(22)【出願日】2013年9月2日
(86)【国際出願番号】JP2013073537
(87)【国際公開番号】WO2014038510
(87)【国際公開日】20140313
【審査請求日】2014年4月15日
【審判番号】不服2015-3251(P2015-3251/J1)
【審判請求日】2015年2月20日
(31)【優先権主張番号】特願2012-194214(P2012-194214)
(32)【優先日】2012年9月4日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101557
【弁理士】
【氏名又は名称】萩原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100096389
【弁理士】
【氏名又は名称】金本 哲男
(74)【代理人】
【識別番号】100095957
【弁理士】
【氏名又は名称】亀谷 美明
(72)【発明者】
【氏名】渋谷 将行
(72)【発明者】
【氏名】藤澤 一芳
(72)【発明者】
【氏名】澤田 正美
(72)【発明者】
【氏名】脇田 昌幸
【合議体】
【審判長】 木村 孔一
【審判官】 鈴木 正紀
【審判官】 富永 泰規
(56)【参考文献】
【文献】 特開2003−3244(JP,A)
【文献】 特開2009−299171(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 1/00-49/14
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C≦0.030%、Si≦0.80%、Mn≦1.20%、P≦0.045%、S≦0.01%、Cu≦0.60%、Mo≦0.60%、Al≦0.02%、18.0%≦Cr≦19.0%、8.0%≦Ni≦9.0%、0.03%<Nb≦0.12%、0.02%≦N≦0.1%、残部が鉄と不純物からなり、
(1)式で定義されるMd30値が25〜55であり、
平均結晶粒径が5μm以下である、精密加工用ステンレス鋼板。
Md30=497−462(C+N)−9.2(Si)−8.1(Mn)−13.7(Cr)−20(Ni+Cu)−18.5(Mo) ・・・ (1)式
ここで、(1)式において、C、N、Si、Mn、Cr、Ni、Cu、Moは、鋼中の各元素の含有量(単位:質量%)を意味する。
【請求項2】
板厚が0.15mm以下である、請求項1に記載の精密加工用ステンレス鋼板。
【請求項3】
板厚ばらつきが該板厚の±4%以下である、請求項2に記載の精密加工用ステンレス鋼板。
【請求項4】
質量%で、C≦0.030%、Si≦0.80%、Mn≦1.20%、P≦0.045%、S≦0.01%、Cu≦0.60%、Mo≦0.60%、Al≦0.02%、18.0%≦Cr≦19.0%、8.0%≦Ni≦9.0%、0.03%<Nb≦0.12%、0.02%≦N≦0.1%、残部が鉄と不純物からなり、上記(1)式で定義されるMd30値が25〜55であるオーステナイトステンレス鋼板を、65%を超える冷間圧延率で冷間圧延を施した後、810〜940℃の焼鈍を行う、請求項1〜3のいずれかに記載の精密加工用ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記焼鈍が600秒未満である、請求項4に記載の精密加工用ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼板およびその製造方法に関する。より詳しくは、耐食性と形状の平坦性に優れ、最近の精密性が要求されるエッチング加工やレーザー加工に適するように結晶粒が十分に微細化された、精密加工用に好適なステンレス鋼板およびその製造方法に関する。本願は、2012年9月4日に日本に出願された特願2012−194214号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、精密加工技術は急速に進歩し、従来よりも加工性に優れたステンレス材料が求められている。特に要求されている点は、耐食性、形状の平坦性、結晶粒が十分に細粒化されていることおよび経済的であることである。
【0003】
フォトエッチング加工やレーザーカット加工のような微細加工には、結晶粒が微細化されたステンレス鋼板が適している。このようなステンレス鋼板は、例えば、以下に示すものが挙げられる。
【0004】
特許文献1には、C:0.03%以下、Si:1.0%以下、Mn:2.0%以下、P:0.1%以下、Ni:4.0%以上20.0%以下、Cr:12.0%以上25.0%以下、N:0.20%以下、およびNb:0.01%以上0.3%以下の範囲で含有し、残部がFeおよび不純物からなり、平均結晶粒径が15μm以下のフォトエッチング加工用ステンレス鋼板とその製法が開示されている。
【0005】
特許文献2には、上記と同様にC:0.08%以下、Si:1.0%以下、Mn:2.0%以下、P:0.045%以下、S:0.05%以下、Ni:5.0%以上15%以下、Cr:15%以上20%以下の範囲で含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、平均結晶粒径が15μm以下のフォトエッチング加工用ステンレス鋼板とその製法が開示されている。
【0006】
また、特許文献3や4にも、フォトエッチング加工用ステンレス鋼板が開示されている。
【0007】
ここで、結晶粒を微細化するには、準安定オーステナイト系ステンレス鋼を用い、冷間圧延で加工歪を導入すると共に加工誘起マルテンサイト変態を促進し、比較的低温でオーステナイト組織へ逆変態させることが有効であることが知られている。
【0008】
また、オーステナイト安定度が低く、加工誘起マルテンサイト変態が容易なSUS301やSUS301Lが比較的細粒化し易い成分系として知られている。これらの鋼板は、自動車のシリンダーヘッドガスケットやダイヤフラム用圧縮機のダイヤフラム板などで実用化されている。あるいはフォトエッチング加工やレーザー加工用の母材として細粒化した材料が実用化されている。
【0009】
しかしながら、このような301系材料ではCrとNiの含有量がSUS304よりも低く、耐食性が要求される環境では安心して使用できないという問題がある。このため、最も一般的に使用されているステンレス鋼板は、18%以上のCrと8%以上のNiを含有するSUS304である。
【0010】
しかし、SUS304と同等以上の耐食性を持ち、十分に結晶粒が微細化された材料は以前より強く求められていたが、工業的には実現されていなかった。例えば、特許文献1の表2の鋼種Dでは、平均結晶粒径が、6、7、8、15μmである。特許文献2の表3の鋼種C、Dでは、平均結晶粒径が、7、8μmである。特許文献3の表2の合金Bでは、平均結晶粒径が、6、7、9μmである。特許文献4の表2の合金Bでは、平均結晶粒径が、6、9μmである。このように、18%以上のCrと8%以上のNiを含有する従来のステンレス鋼板では、近年の高集積化したメタルマスク用途等で使用するには、平均結晶粒径が粗すぎるという問題があった。これら特許文献1〜4において、平均結晶粒径が5μm以下を満足しているのは、いずれもCr:18%未満、Ni:8%未満の耐食性に劣る組成範囲である。このように、細粒化を目的としたこれら特許文献1〜4により、18%以上のCrと8%以上のNiを含有した耐食性に優れるステンレス鋼板では、平均結晶粒径を5μm以下とすることが困難であることが確認できる。
【0011】
その理由は次の通りである。オーステナイト安定度が比較的高いSUS304の成分系では、通常の圧延を実施しただけでは加工誘起マルテンサイト変態が不十分であり、低温焼鈍を実施したとしても十分な細粒材を得ることは困難であるためである。
【0012】
また、上記の特許文献1〜4には細粒化焼鈍前の圧延圧下率として以下の記載がある。
【0013】
特許文献1の段落0024には、「最終焼鈍前の冷間圧延時の圧下率も特に制限はなく通常行っている40%程度以上の圧下率であればよい。」と記載されている。また、同文献には、実験室的な実施例の試作条件が[表2]に記載されている。しかし、焼鈍前圧下率は、全14例中の13例で50%、1例だけ65%で実施されている。
【0014】
特許文献4の請求項3には、「圧延率が30%以上で冷間圧延した後、700℃以上900℃以下の温度で熱処理することによって平均結晶粒径を10μm以下とする」ことが記載されている。また、同文献の段落[0026]には、「圧延率が30%未満では再結晶の駆動力となる十分な歪が入らず、その後の熱処理において混粒組織となり、エッチング面が粗面化する。したがって、圧延率を30%以上とする。」と記載されている。このように、同文献では、30%程度の低い圧延率であることが確認される。
【0015】
さらに同文献の段落[0030]〜[0032]には、実施例として、2.5mm厚さから1mm厚さまで冷間圧延した後に、低温での細粒化焼鈍したことが記載されている。このときの圧延率は60%に過ぎない。
【0016】
特許文献3には、特許文献4と同様に細粒化焼鈍前の圧下率に関して記載されている。しかし、細粒化焼鈍前の圧下率が細粒化の促進に寄与することについての記載はなく、単に再結晶が起きれば良いというだけの極めて低い圧下率の条件が記載されている。
【0017】
特許文献2には、細粒化焼鈍前の圧下率が細粒化焼鈍後の平均結晶粒径に及ぼす影響についての記載はない。同文献の実施例には、2.5mmから1mmまで圧延した、60%の事例が記載されているだけである。
【0018】
焼鈍前の加工歪が結晶粒の微細化に寄与することは古くから知られている。にもかかわらず、結晶粒の微細化を目指したこれらの発明において、細粒化焼鈍前の圧下率についての十分な記載がない理由は、実際の量産製造において、大きな圧延率を確保することが生産性と品質の観点から困難であるからに他ならない。
【0019】
SUS304系の成分系であっても、特別に冷却して圧延した場合や、生産性の低下を許容して何パスも繰り返すような圧延を実施して徹底的な大圧下を加えた場合には、マルテンサイトへの変態が進んで結晶粒を微細化できる可能性はある。しかし、そのような特別な圧延による結晶粒の微細化は、工業的に効率的な生産とはなり難く、事実そのような製品は見当たらない。
【0020】
ここで、特別な圧延による結晶粒の微細化に関して、例えば次の報告がある。特許文献5、6には、プレス成形性の改善を目的として、冷間圧延時のステンレス鋼板を水冷することによってマルテンサイト変態を促進した結果、SUS304系の成分でも5μm以下の細粒化ができたとの記載がある(特許文献5の表2の鋼No.25、表3の試験No.31、特許文献6の表2の鋼No.25、表3の試験No.32)。しかしながら、水冷という特別な冷間圧延を実施しなかった場合には、細粒化させやすいSUS301L系の成分(鋼No.1)でさえ、7μmまでしか細粒化できていない。細粒化が困難なSUS304系の成分については、水冷なしの試験すら実施されていない。
【0021】
加えて、これらの特許文献5、6の実施例では、粒成長が防止可能な低温で1〜12時間の長時間焼鈍をすることによって細粒化を達成している。しかし、そのような長時間焼鈍は生産性に劣る。そればかりか、材料表面の酸化皮膜が成長したり、材料に含まれているSiが表層部に濃化するなどして、後段のエッチング加工性やレーザー加工性を低下させてしまうので、精密加工用ステンレス鋼板の熱処理としては相応しくない。
【0022】
なお、光輝焼鈍の際にステンレス鋼板に生成する酸化皮膜がエッチング加工性に及ぼす悪影響については、以前より特許文献7や特許文献8が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0023】
【特許文献1】特開2003−3244号公報
【特許文献2】特開2005−314772号公報
【特許文献3】特開2005−320586号公報
【特許文献4】特開2005−320587号公報
【特許文献5】特開2009−299171号公報
【特許文献6】特開2011−117024号公報
【特許文献7】特開2002−275541号公報
【特許文献8】特開平11−269613号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0024】
生産性の低下を許容して多パスの冷間圧延を実施した場合には、単に圧延コストが上昇するだけでなく、大きな圧延荷重で圧延することによって製品形状を平坦に維持することが困難となり、本来の目的である精密加工用途に適用することが難しくなるという問題もある。
【0025】
また、精密加工用途では製品板厚が150μm以下のステンレス鋼板が多用されているが、このような板厚が薄いものは、大きな圧下率を確保することがより困難であり、しかも平坦ではなくなった形状をテンションレベラ等で矯正することも難しいので、解決策が望まれていた。
【0026】
本発明は上記現状に鑑みてなされたものであり、一般的に使用されているSUS304と同等以上の耐食性を確保するために、18%以上のCrと8%以上のNiを含有しつつ、平均結晶粒径を5μm以下とした精密加工に好適なステンレス鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0027】
加工誘起マルテンサイト変態を促進するためには、添加元素の量を減らし、オーステナイト組織の安定度を低くすることが有効である。ただし、CrとNiは耐食性の観点から制約を受けるため、それ以外の元素の添加量を悪影響がでない範囲で慎重に減ずることが大切である。
【0028】
単純に、硬い組織であるマルテンサイトへの変態を促進しただけでは、材料は硬くなり、安定した圧延あるいは経済的な圧延が困難となってしまう。そこで本発明者らは、生成したマルテンサイト組織の硬度にC量が大きく影響することに注目し、Cの添加量を減らす方向で成分系を調整した。さらに結晶粒成長の抑制に大きな効果的であるNbの添加量を適正化した。
【0029】
本発明では、合金を形成する全ての組成範囲を詳細に見直して適正な範囲に制御することにより、特別な冷間圧延を実施することなく、加工誘起マルテンサイト変態を十分に促進できるが、大きな加工硬化は生じず、圧延性と圧延後の形状平坦性に優れ、結晶粒の微細化に適した、しかも耐食性に優れた準安定オーステナイト系の精密加工用ステンレス鋼板を実現した。
【0030】
上記知見に基づいてなされた本発明は、次の通りである。
[1]
質量%で、C≦0.030%、Si≦0.80%、Mn≦1.20%、P≦0.045%、S≦0.01%、Cu≦0.60%、Mo≦0.60%、Al≦0.02%、18.0%≦Cr≦19.0%、8.0%≦Ni≦9.0%、0.03%<Nb≦0.12%、0.02%≦N≦0.1%、残部が鉄と不純物からなり、
(1)式で定義されるMd30値が25〜55であり、
平均結晶粒径が5μm以下である、精密加工用ステンレス鋼板。
Md30=497−462(C+N)−9.2(Si)−8.1(Mn)−13.7(Cr)−20(Ni+Cu)−18.5(Mo) ・・・ (1)式
ここで、(1)式において、C、N、Si、Mn、Cr、Ni、Cu、Moは、鋼中の各元素の含有量(単位:質量%)を意味する。
[2]
板厚が0.15mm以下である、[1]に記載の精密加工用ステンレス鋼板。
[3]
板厚ばらつきが該板厚の±4%以下である、[2]に記載の精密加工用ステンレス鋼板。
[4]
質量%で、C≦0.030%、Si≦0.80%、Mn≦1.20%、P≦0.045%、S≦0.01%、Cu≦0.60%、Mo≦0.60%、Al≦0.02%、18.0%≦Cr≦19.0%、8.0%≦Ni≦9.0%、0.03%<Nb≦0.12%、0.02%≦N≦0.1%、残部が鉄と不純物からなり、上記(1)式で定義されるMd30値が25〜55であるオーステナイトステンレス鋼板を、65%を超える冷間圧延率で冷間圧延を施した後、810〜940℃の焼鈍を行う、[1]〜[3]のいずれかに記載の精密加工用ステンレス鋼板の製造方法。
[5]
前記焼鈍が600秒未満である、[4]に記載の精密加工用ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0031】
本発明は、合金を形成する全ての組成範囲を詳細に見直して適正な範囲に制御することにより、特別な冷間圧延を実施することなく、加工誘起マルテンサイト変態を十分に促進できるが、大きな加工硬化は生じない、圧延性と圧延後の形状平坦性に優れ、結晶粒の微細化に適した、しかも耐食性に優れた準安定オーステナイト系の精密加工に好適なステンレス鋼板を実現する。
【0032】
特に、板厚等のばらつき許容公差が小さく、製品の形状矯正が困難な板厚が150μm以下の場合には、本発明の効果は顕著である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
まず、本発明のステンレス鋼板について説明する。本発明において化学組成を上記のように限定した理由について説明する。なお、本明細書において化学組成を規定する「%」は全て「質量%」である。
【0034】
・C≦0.030%
Cは本特許において重要な意味を持つ元素である。
【0035】
Cの含有は、オーステナイト安定度を強力に高めてマルテンサイト変態を抑制し、変態したマルテンサイト組織の強度を著しく高め、圧延加工性を低下させる。そのため、Cの上限は0.030%に限定する。Cは、低温で焼鈍した際にクロム炭化物を生成し、耐食性を低下させる。また、再結晶挙動を不安定にする。そのため、0.025%以下であることが好ましい。下限は特に設けないが、通常の製造では0.003%以上である。
【0036】
・Si≦0.80%
Siは、製鋼時の脱酸剤として使用される。Siの化合物はエッチング加工時にスマットとなりエッチング速度を低下させる。また、含有量が多いとMd値は低くなり、加工誘起マルテンサイト変態が抑制される。そのため、Siの上限を0.80%とする。製造工程上で脱酸不足などの問題がなければ、0.7%以下であることが好ましい。下限は特に設けないが、通常は0.10%以上である。
【0037】
・Mn≦1.20%
Mnは、オーステナイト生成元素であり、Md値を低くする。そのため、Mnの上限を1.20%とする。多量のMnは、耐食性を低下させるため、1.0%以下であることが好ましい。下限は特に設けないが、鋼の強度への寄与もあるため、0.30%以上であることが好ましい。
【0038】
・P≦0.045%
熱間加工性を損なうPは少ない方が好ましく、0.045%を上限とする。
【0039】
・S≦0.01%
熱間加工性を損なうSは少ない方が好ましく、0.01%を上限とする。より好ましくは、0.007%以下である。
【0040】
・Cu≦0.60%
Cuは、オーステナイト生成元素であり、Md値を低くする。そのため、Cuの上限を0.60%とする。0.5%以下であることが好ましい。下限は特に設けないが、スクラップ原料等から持ち込みにより0.05%以上含有することがある。
【0041】
・18.0%≦Cr≦19.0%
Crは、耐食性の観点から18.0%以上を必須とする。Md値を高くする観点から、Crの上限は19.0%とする。耐食性とコストのバランスから、18.5%以下であることが好ましい。
【0042】
・8.0≦Ni≦9.0%
Niは、耐食性の観点から8.0%以上を必須とする。Md値を高くする観点から、Niの上限を9.0%に限定する。Niはオーステナイト安定度を高め、しかも高価な元素であることから、8.5%以下であることが好ましい。
【0043】
・Mo≦0.60%
Moは、Md値を高くする観点から、その上限を0.60%に限定する。Moは高価な材料であるため、その含有量は0.50%以下とすることが好ましい。下限は特に設けないが、耐食性の向上に寄与するため、0.05%以上の添加が有効である。
【0044】
・0.03%<Nb≦0.12%
Nbは、結晶粒の成長を抑制し、細粒化を進めるために必須な元素であり0.03%を超える含有を必須とする。0.03%以下では、これらの十分な効果を発揮することができない。
【0045】
本発明の化学組成は301L系よりも細粒化し難いため、0.05%を超えるNbを含有することが好ましい。過剰な含有はコスト上昇を招くだけでなく、再結晶を阻害するためその上限は0.12%とする。安定した再結晶挙動を確保するためには、0.10%以下であることが好ましい。
【0046】
・0.02%≦N≦0.1%
Nは、Cと同様にオーステナイト安定度を大きく高めるため、その上限は0.1%に制限する。Nは熱間圧延での圧延性を低下させ、表面キズを増加させるので、0.08%以下が好ましい。ただし、固溶強化により鋼の強度向上に寄与するので、0.02%以上を添加する。強度向上の観点からは、0.03%以上の添加が好ましい。
【0047】
・Al≦0.02%
Alは脱酸剤として使用されるが、圧延で破砕され難い硬質の介在物を生成して、最終製品に悪影響を及ぼすことがある。そのため、Alの上限は0.02%とする。好ましくは、0.015%以下である。また、エッチング加工されたステンレス鋼板を拡散接合により積層する用途では、Alが拡散接合性を低下させることが知られており、このような用途では0.01%以下とすることが好ましい。より好ましくは、0.008%以下である。下限は特に設定しないが、意図的な添加をせずかつ脱酸剤としてAlを使用しない場合でも、0.001%程度は含有していることが多い。
【0048】
・Md30値:25〜55
オーステナイト組織の安定度を示すMd30値は、(1)式(Gladmanの式)によって鋼の化学組成から求められる値である。
【0049】
Md30=497−462(C+N)−9.2(Si)−8.1(Mn)−13.7(Cr)−20(Ni+Cu)−18.5(Mo) ・・・ (1)式
ここで、(1)式におけるC、N、Si、Mn、Cr、Ni、Cu、Moは鋼中の各元素の含有量(単位:質量%)を意味する。
【0050】
Md30値が意味するところは、30%の歪みを加えた際に50%のマルテンサイト変態が起こる温度である。Md30値が高い程マルテンサイト変態が促進され、逆変態による細粒化は容易となる。特別な冷却をする冷間圧延や著しく多パスの冷間圧延を行うことなく、5μm以下の平均結晶粒径を実現できるMd30値は、25以上に限定される。マルテンサイト変態を促進する観点から、Md30値は28以上が好ましく、さらに好ましくは30以上である。他方、Md30が高くオーステナイトの安定度が低い場合には、冷間圧延時の加工硬化が大きく、圧延負荷が大きくなるのでその上限は55とする。また、オーステナイト安定度が低い場合には焼鈍温度を高くすることが必要となり、細粒化することが難しくなるため、焼鈍温度を下げる観点から、Md30値は48以下が好ましく、さらに好ましくは40以下である。
【0051】
・平均結晶粒径≦5μm
平均結晶粒径は5μm以下に限定する。その限定理由を以下に示す。エッチング加工面やレーザー加工面は結晶粒径の影響を受け、細粒であればあるほど平滑な加工面が得られることが知られている。最近の高性能メタルマスクでは、板厚150μm〜80μmのステンレス鋼板が主に採用されている。高性能なメタルマスクや精密なエッチング加工用途に提供される材料では、±4%の板厚精度が保証され、実製品の板厚ばらつきは±3%以内に収まっていることが一般的である。
【0052】
上記のケースにおいて板厚で表現すると、±3.2〜6.0μmの板厚精度が保証され、実製品では±2.4〜4.5μm以下の板厚ばらつきに抑えられているということである。
【0053】
このように板厚が高精度で管理されていたとしても、結晶粒径が粗大であれば加工面の平滑性が損なわれてしまい、製品の最終的な精度が結晶粒径によって大きく支配されてしまう。つまり、製品板厚が薄く、板厚ばらつきが小さい範囲に抑制されている材料では、その特性を活かすために特別に小さい平均結晶粒径が要求され、その数値は5μm以下であることが必要となる。
【0054】
一般的な高性能メタルマスク材の板厚を考慮すると、平均結晶粒径は4.5μm以下であることが好ましい。特に高性能メタルマスクとして多用されている板厚が100μm以下の製品のことを考慮すると、平均結晶粒径は3.0μm以下であることがさらに好ましい。
【0055】
本発明のステンレス鋼板は、精密加工用途以外でも、耐食性と結晶粒の微細化が要求される用途で有効である。そのような用途例としては、結晶粒の微細化により疲労強度の向上が期待される用途(例えば、自動車のシリンダーヘッドガスケットダイヤフラム式圧縮機のダイヤフラム板等)あるいは成形加工後に粗面化しないことが好ましい用途(ステンレス筺体やメカシャーシあるいは印刷装置のトナーブレードなどの機器部品)があげられる。
【0056】
メタルマスクやトナーブレード等、表面の平滑性が求められる用途では、通常Ra(平均粗さ)で0.1μm以下のステンレス鋼板が使用され、最近は0.05μm以下のものも使用されつつある。本願の細粒材と組み合わせることによって、加工面の平滑性が格段に良好となる。表面の平滑化は、特に最終圧延のロール表面粗度を低くするように研磨して、圧延することによって容易に達成でき、また必要に応じて無潤滑圧延などを併用すれば、Raで0.01μm以下程度のものは、コストアップとはなるが、十分に製造可能である。
【0057】
次に、本発明のステンレス鋼板の製造方法について説明する。
本発明では、所定の化学組成となるように原料を溶解し、静止鋳造または連続鋳造したものを熱間圧延して焼鈍する。その後、表面の酸化スケールを除去した熱延鋼板について、所定の圧延率で冷間圧延を行い、所定の温度で焼鈍する。
【0058】
・熱間圧延
本発明のステンレス鋼板では、材料の平坦度が強く要求される。そのため、母材の熱間圧延コイルにも平坦度に優れたものが要求される。一般に熱間圧延コイルでは、幅方向中央部の板厚が厚く端部が薄いという板厚偏差(シートクラウン)が存在する。本発明では、製品幅と同様な幅を有する熱間圧延コイルを用いることが有効である。例えば、600mm幅の製品を製造する場合、1200mm幅の熱間圧延コイルを母材とし、幅方向で半分に分割して使用すると、600mm幅の圧延時に初期状態での左右の板厚(母材での幅中央部と端部の板厚)が異なるため片側だけが伸びる圧延となり、安定した圧延は困難となる。この逆に、始めから600mm幅の熱間圧延コイルを採用すれば、冷間圧延は安定し、大きな圧下率を確保することも比較的容易となる。本発明の精密加工用ステンレス鋼板では、製品幅と同様な幅を有する熱間圧延コイルを母材とすることが望ましい。
【0059】
・冷間圧延率(圧下率)>65%
細粒化の焼鈍を実施する直前の冷間圧延では、加工誘起マルテンサイト変態の促進と十分な加工歪を導入する観点から65%を超える圧下率を必須とする。焼鈍後の粒径を微細化する観点からは、この圧下率は高ければ高い程良い。量産時に製造ばらつきがあっても安定して細粒化を実現するためには、70%超の圧下率が好ましい。冷間圧延時に圧延形状が悪化しないのであれば、75%以上の圧下率とすることが、さらに好ましい。
【0060】
一般に、Md30値が25を超える準安定オーステナイト鋼で、65%を超える圧下率で冷間圧延を行うと加工硬化が進み、安定した圧延は難しくなってくる。特に最終製品の板厚が150μm以下の場合、冷間圧延前の板厚は概ね300μm以下となり、ワークロール径に対して圧延材の板厚が薄いことが影響して大きな圧下率を確保することが特に困難となる。
【0061】
本発明では、ステンレス鋼板の化学組成において、Cの含有量を0.030%以下に限定することにより、変態したマルテンサイト組織の硬度上昇を抑制し、マルテンサイト変態が進みやすい成分系でも圧下率が70%を超える冷間圧延を安定して実施できるようにした。
【0062】
圧下率の上限は特に定めないが、圧延に伴って材料の硬度が上昇して圧延が困難となるため、通常は90%以下である。
【0063】
・焼鈍温度:810〜940℃
焼鈍温度が高いと結晶粒が成長・粗大化してしまうので、焼鈍温度の上限は940℃とする。粒成長を防止する観点から、900℃以下が好ましい。平均粒径を3μm以下とするためには、875℃以下が好ましい。一方、焼鈍温度が低すぎると未再結晶領域が多くなり成形加工性が低下するため、焼鈍温度は810℃以上に限定する。好ましくは825℃以上である。再結晶挙動は選択した成分系と焼鈍前の圧下率に依存して変化するため、微細化した組織を安定して確保するためには、上記の温度範囲内で適切な焼鈍温度を定めることが好ましい。
【0064】
成分や圧下率が本発明の範囲内であれば、焼鈍時間の影響は比較的小さく、短時間で再結晶が進むため、焼鈍時間の下限は特に限定しない。一般的な製造条件で実施すれば良く、具体的には、目的の温度に1秒以上保持すればよい。再結晶挙動だけを考慮するのであれば、過剰な粒成長をしない範囲であれば上限値も特に限定する必要はないが、通常は生産性の観点から600秒未満である。
【0065】
より低い温度で600秒以上の長時間の焼鈍を実施することにより、粒成長を防止しつつ細粒化した再結晶組織を得ることが可能となる。しかし、600秒以上の長時間の焼鈍は、生産性に劣るだけでなく、表面皮膜の成長やSi酸化物の表面への濃縮が進行するため、エッチング加工性やレーザー加工性が低下してしまうという問題がある。
【実施例】
【0066】
本発明の実施例を以下に説明する。
【0067】
(実施例1)
表1に示す化学組成A〜Iについて、30kgの試験溶解を実施した。各合金の設定思想は以下の通りである。以下の表において、アンダーラインは、本発明の範囲外を示す。化学組成の「−」は、含有を意図していないことを示す。
【0068】
合金A:発明例、本発明の好ましい形態の一例。
【0069】
合金B:発明例、本発明範囲内で、Cの含有量を低めとすることにより、Md30値を高くしたもの。
【0070】
合金C:発明例、本発明範囲内で、Cの含有量を高めとすることにより、Md30値を低くしたもの。
【0071】
合金D:比較例、一般的なSUS304の成分系で、Cの含有量とMd30値が本発明の範囲外となるもの。
【0072】
合金E:比較例、合金DからCuとMoの含有量を減らしてMd30値を本発明範囲としたもの。Cは範囲外。
【0073】
合金F:比較例、一般的なSUS304Lの成分系。Ni量とMd30値が本発明の範囲外となるもの。
【0074】
合金G:比較例、化学組成を減らし過ぎて、Md30値が本発明の範囲を超過したもの。
【0075】
合金H:比較例、細粒材として実績のあるSUS301L系。CrとNiの含有量が低く本発明の範囲外となるもの。
【0076】
合金I:比較例、CrとNiの含有量を高くし過ぎて、Md30値が本発明の範囲を下回ったもの。
【0077】
なお、圧延加工性と耐食性に劣ることが明らかなSUS301の成分系については、試験を実施していない。
【0078】
【表1】
【0079】
合金A〜Iを高周波溶解炉で溶解し、インゴットに静止鋳造して約30kgの鋳塊(60mm×200mm×340mm)得た。鋳塊の表面に機械的な切削による手入を実施した後に、1150℃に加熱して熱間圧延により板厚6mmまで圧延した。熱延後、1130℃で4分間保持して焼き鈍し、機械的な研削により表面の酸化スケールを除去しつつ、板厚を5mmに調整した。その後、冷間圧延機により2mmまで冷間圧延し、2mm×180mm×1000mm超の冷延鋼板を各々6枚ずつ作製し、Axガス(水素75%−窒素25%)雰囲気中にて1100℃に2分間保持することにより焼き鈍した。
【0080】
その後、板厚0.5mm、0.6mm、0.7mm、0.8mmおよび1.0mmの5水準まで冷間圧延を行い、再びAxガス雰囲気中にて1100℃に1分間保持することにより焼き鈍した。
【0081】
これら5水準の板厚から0.2mmまでの冷間圧延を行い、異なる圧下率(60%、67%、71%、75%、および80%)で加工歪が導入された試験片を製作した。この圧延では、ワークロール径が120mmの可逆式の4段冷間圧延機を使用し、圧延荷重と圧延に要する電流値(ミル電流)が計測され、圧延の負荷を判断した。
【0082】
こうして圧延された試験片は、Axガス雰囲気中で、800℃、820℃、870℃、920℃、および960℃の温度に30秒間保持することにより熱処理が実施された。
【0083】
熱処理後の試験片は、圧延と垂直方向に切断され、その断面を光学顕微鏡で観察することにより平均結晶粒径が測定された。
【0084】
<細粒化焼鈍前の圧下率の検討>
・焼鈍条件を870℃×30秒保持に固定して、各成分系での圧下率の影響を確認した。表2に細粒化焼鈍前に行った冷間圧延の圧下率と、焼鈍後の平均結晶粒径の関係を示す。
【0085】
【表2】
【0086】
・全ての成分系において、焼鈍前の圧下率が高ければ高い程、細粒化している。
・合金D、F、およびIでは、粒径が5μm以下となることがなかった。
【0087】
・合金A、B、C、E、およびGでは、圧下率が65%を超えると粒径は5μm以下となった。
【0088】
・合金Hだけは、圧下率が60%のときでも粒径は5μm以下となり、細粒化に適した成分系であることがあらためて確認された。
【0089】
このように、粒径5μm以下の平均結晶粒径を得るには、合金A、B、C、E、GおよびHを選択し、65%を超える圧下率で冷間圧延(合金Hについては60%以上でも可)すると良いことが確認される。
【0090】
<圧延負荷の調査>
冷間圧延は、1パスの圧延荷重が40トンを超えない範囲で、徒にパス回数が増加しないようなパススケジュールを各々選択して実施された。表3に調査結果を示す。
【0091】
【表3】
【0092】
表3より、合金D、E、G、およびHでは、最大の圧延荷重が25トンを超過し、圧延負荷が大きい傾向が確認された。
【0093】
圧延負荷の最終的な判断は、圧延時に圧延モーターが消費した最大の電流(ミル電流)値にて、80Aを超過したものを、圧延負荷が過大であると判断した。表4に調査結果を示す。
【0094】
【表4】
【0095】
表3および4より、過大な圧延負荷を回避しつつ、65%を超える圧下率を確保するには、合金A、B、C、F、およびIを選択すると良いことが確認される。
【0096】
<焼鈍温度と焼鈍時間の調査>
圧下率75%で冷間圧延を実施したサンプルを用いて、焼鈍温度を800℃、820℃、870℃、920℃および960℃に変化させて30秒間保持したときの平均結晶粒径を調査した。また、焼鈍温度を800℃として3600秒間保持したときの平均結晶粒径を調査した。表5に調査結果を示す。
【0097】
【表5】
【0098】
焼鈍温度が800℃で30秒間保持した場合には、全ての合金において未再結晶の組織が支配的であった。
一方、焼鈍温度が800℃で3600秒間保持した場合には、全ての合金で再結晶が確認された。
合金A、B、C、E、GおよびHでは、800℃の焼鈍温度で3600秒間保持することによって平均結晶粒径が3μmを下回ることが確認された。
【0099】
また、焼鈍温度が960℃で30秒間保持した場合には、全ての合金において平均結晶粒径は5μmを超過した。
【0100】
合金A、B、C、E、G、およびHでは、820℃〜920℃の焼鈍温度で30秒間保持した場合に、平均結晶粒径が5μmを下回ることが確認された。
【0101】
合金A、B、G、およびHは上記の焼鈍温度域で30秒間保持した際に、平均粒径が3.0μm以下になることが確認された。
【0102】
<耐食性の評価>
合金AとHについて、圧下率75%で冷間圧延後に920℃で焼鈍した試験片を用いて、JIS G 0577に準じて動電位法による孔食電位測定を行って耐食性の評価を実施した。
試験面積は1cm2とし、pH=7.0に調整された200mol/m3の塩化ナトリウム水溶液を用いて、60℃の環境中で0.3mV/s の電位掃引速度で実施した。評価はVc’ 100により行い、飽和カロメル電極基準で300mV以上を合格、それ未満を不合格と判断した。
【0103】
本評価において、合金Aは合格レベルだったが、CrとNiの含有量が少ない合金Hは不合格となった。
【0104】
<エッチング加工性の評価>
合金Aについて、800℃で3600秒間の焼鈍を実施したものと870℃で30秒間の焼鈍をした試験片を0.1mmまで冷間圧延し、0.1mm×150mm×360mmに切断して、エッチング加工性の評価を実施した。この試験片にアルカリ脱脂をした後に、試験片の両面にアクリル樹脂系のフォトレジストを厚さ10μmで塗布し、幅0.1mm、長さ5mmの長方形のスリット状のパターンを多数形成した。その後、液温50℃でボーメ度が45度(質量パーセントで約42mass%)の塩化第二鉄水溶液を用いて、0.5MPaに加圧してスプレーノズルからエッチング液を両面に噴霧してエッチング加工を実施した。その後、フォトレジスト膜を除去して、スリットパターンの形状を実態顕微鏡を用いて観察すると共に、長方形のスリットパターンの狭い方の開口幅を各々36か所について1μm単位で測定した。測定部位は、各スリットパターンの長手方向中央部に限定した。
【0105】
870℃で30秒間焼鈍した試験片では、レジストパターン通りの長方形で明瞭なエッチング加工が実施できていることが確認され、精密加工用のステンレス鋼板として問題ないと判断した。一方、800℃で3600秒間焼鈍したサンプルでは、エッチング加工部の直線性に劣ることが確認されるとともにパターン毎に加工孔の形状がばらついていることが確認され、精密加工用のステンレス鋼板として使用できないと判断した。
【0106】
スリット開口幅の測定結果は、870℃で30秒間焼鈍した試験片では、平均値が102μm、標準偏差は3μm(平均値に対して2.9%)である。これに対して、800℃で3600秒間焼鈍した試験片では、平均値は104μm、標準偏差は7μm(平均値に対して6.7%)とばらつきが大きく、精密加工用の素材として相応しくないことが確認された。
【0107】
エッチング加工部の直線性が劣化した原因は、ステンレス鋼板とフォトレジストとの密着性が劣っていることに起因していると考えられる。パターン毎に加工孔の形状がばらついた原因は、強固な皮膜層の存在によりエッチング加工初期の活性化時間に差異が生じたため、場所によって溶解量の違いができたことに起因していると考えられる。
【0108】
以上の実験室試験から、(1)圧延負荷が小さく、細粒化に適し、耐食性に優れた成分系の合金を選択し、(2)圧下率が65%を超える冷間圧延を加えた後に、(3)820℃〜920℃で比較的短時間の焼鈍をすることにより、過大な圧延負荷を回避しつつ5μm以下の細粒材を提供できることが確認された。
【0109】
<実施例2>
上記実験室試験によって得られた知見に基づいて、表6に示す合金J〜Mについて、スケールアップした試作と評価を実施した。各合金の設定思想は以下の通りである。
【0110】
合金J:発明例、本発明の好ましい形態の一例で実験室試験の合金Aに相当。
【0111】
合金K:比較例、一般的なSUS304の成分系で、C量とMd30値が本発明の範囲外の化学組成であり、実験室試験の合金Dに相当。
【0112】
合金L:比較例、合金DからCuとMoを減らしてMd30値は本発明範囲としたもの。Cは範囲外の化学組成であり、実験室試験の合金Eに相当。
【0113】
合金M:比較例、一般的なSUS304Lの成分系。Ni量とMd30値が本発明の範囲外の化学組成であり、実験室試験の合金Fに相当。
【0114】
【表6】
【0115】
各成分の合金は、2.5トンの大気溶解と連続鋳造を行い、90mm×640mm×5400mmの連続鋳造スラブを得た。切削加工により表面の手入れを実施し、85mm×640mm×4800mmとした。
【0116】
1200℃に加熱して熱間圧延を行い、板厚6mmの熱間圧延コイルを得た。
熱間圧延コイルは、1150℃で大気焼鈍をした後に、フッ酸と硝酸の混合液により酸洗された。
【0117】
その後、コイル研磨を行って熱延時に生成したコイル表面の疵等が除去された。
可逆式の20段冷間圧延機を用いて、2mmまで冷間圧延を実施した。(圧下率=67%)この一番最初の冷間圧延を、第1冷間圧延と呼ぶ。冷間圧延後は、1150℃で大気焼鈍をした後に、フッ酸と硝酸の混合液により酸洗された。
【0118】
その後、可逆式の6段冷間圧延機を用いて、0.37mmtまで冷間圧延(第2冷間圧延)を実施した。このときの圧下率は82%である。
【0119】
加工硬化により材料が硬くなったものでも、パス回数を増やすことにより目的の0.37mmまでの圧延を実施した。
【0120】
光輝焼鈍炉を用いて、還元性のAxガス雰囲気中(水素75%−窒素25%)850℃×48秒の焼き鈍し熱処理を実施した。
【0121】
その後、可逆式の6段冷間圧延機を用いて、0.15mmまでの仕上げ圧延を実施した。テンションレベラによる形状矯正を実施後、600〜800℃の範囲で熱処理を実施し、残留応力を低減した。
【0122】
平均結晶粒径は、光輝焼鈍炉での熱処理後に少量のサンプルを切り出し、圧延と垂直方向の断面で光学顕微鏡を用いたミクロ観察を実施することにより測定された。
【0123】
また、製造されたステンレス圧延板は、0.15mm×600mm×420mmに切断され、エッチング加工に供された。エッチング加工は、液温50℃でボーメ度が43度(質量パーセントで約40mass%)の塩化第二鉄水溶液を用いて、0.5MPaに加圧しスプレーノズルからエッチング液を片面にのみ100秒間噴霧して実施した。こうして板厚のおよそ半分までがエッチングされたハーフエッチング面の表面粗度を、触針式の表面粗さ計を用いて、圧延と垂直方向の中心線平均粗さ(Ra)を測定することにより、エッチング加工性を評価した。測定長さは4.0mmでうねりを除去するためのカットオフ値は0.80mmとした。
【0124】
表7に、各合金での第2冷間圧延での圧延パス回数、総圧下率(82%)を各々の圧延パス回数で割った値、光輝焼鈍後の平均結晶粒径、仕上げ圧延後測定されたハーフエッチング面の中心線平均粗さ(Ra)および総合判断結果を示す。
【0125】
【表7】
【0126】
本発明のポイントの一つとして、過大な圧延負荷を伴わずに細粒化焼鈍前に大きな圧下率を確保できることが重要である。本実施例では、全ての合金において目的とした圧延率82%の冷間圧延を実施したが、その際のパス回数や圧延荷重は合金に依存して変化した。
【0127】
表7に示すように、合金JとMでは7パスで所定の圧延が完了したのに対して、合金Kでは12パス、合金Lでは14パスのパス回数が必要となった。実際の圧延作業に要した時間は、合金JとMが80分程度だったのに対し、合金Kでは140分、合金Lでは160分と圧延生産性に劣ることが確認された。
【0128】
圧延の圧下率をその圧延に要したパス回数で割った「総圧下率/パス回数」のパラメータ評価では、合金JとMは11.6%/回の圧延生産性であったに対し、合金KとLでは10%/回を下回り、圧延生産性に劣ることが確認される。
【0129】
また、合金Kの最終の4パスと合金Lの最終の5パスは、大きな引張張力と圧延荷重を加えて圧延しているにもかかわらず、1パス当たりの圧延率が10%を下回っており、単に圧延負荷が高いだけでなく圧延後の製品形状が悪くなり易い大荷重かつ低圧下率の条件での圧延を余儀なくされた。
【0130】
光輝焼鈍炉を用いた細粒化焼鈍後の平均結晶粒径は、合金JとLで3.0μm以下になることが確認された。合金KとMでも、大圧下圧延と低温熱処理が実施されたことにより、10μm以下に細粒化されてはいるが、本発明が目的とする5.0μm以下にはなっていない。
【0131】
また、最終製品でのハーフエッチング後のハーフエッチング面の中心線平均粗さは、合金JとLでは、各々0.28μm、0.32μmと他の合金よりも平滑化していることが確認される。
【0132】
以上の結果から、合金KとLは圧延生産性に劣り、合金KとMは平均結晶粒径を5μm以下にすることができず、総合判断としては合金Jだけが優れていることが確認された。