【実施例】
【0039】
実施例1 毒素産生性C. difficileの検出
[I]材料及び方法
(A)使用菌株及び培養条件
C. difficile DSM 1296TはDeutsche Sammlung von Mikroorganizmen und Zellkulturen GmbH (DSMZ,Germany)から、ATCC 43255、43596、43598、700057はAmerican Type Culture Collection (USA)から、NTCT 13307、13366はHealth Protection Agency (UK)から、CCUG20309、37780、37785はCulture Collection University of Goteborg (Sweden)からそれぞれ購入した。C. difficile以外のClostridium属菌種はすべて、DSMZから購入した。
すべての菌株は、1% グルコース添加変法GAM培地(日水製薬)を用い、嫌気条件下、37 ℃で24時間培養した。菌液中の菌数測定は、DAPI染色法により行った。
【0040】
(B)TaqMan PCR反応
ABI7900HTシステムを用いて、TaqMan PCRを行った。PCRにはTakara ExTaq Hot Start Version (Takara)及びAmpdirect plus (shimadzu)を用いた。反応液組成は2×Ampdirect plus、プライマーF/R 0.2 μM、TaqManプローブ 0.2 μM、Rox Reference Dye、ExTaq DNA polymerase 0.4 Units及び鋳型DNA溶液5 μLであり、total 20 μLとした。95℃, 30秒でTaq酵素を活性化した後、95℃, 5秒、56℃,50秒を50サイクル行った。
【0041】
(C)DNA抽出用糞便サンプルの調製
RNAlaterを用いて調製した10%糞便懸濁液(w/v) 2 mL (200 mg糞便を含む)を遠心分離し、上清1 mLを除去した。リン酸緩衝生理食塩水(PBS(-))1 mLを添加してvortexで撹拌した後、遠心分離した全上清をデカンテーションで除去した。PBS(-) 1 mLを添加してvortexで撹拌した後、遠心分離した全上清を除去した。得られた糞便ペレットはDNA抽出に用いるまで、-80℃で保存した。
【0042】
(D)DNAの抽出
培養菌液からのDNA抽出は、松木らの方法( Matsuki, T., K. Watanabe, J. Fujimoto, Y. Kado, T. Takada, K. Matsumoto,and R. Tanaka. 2004. Quantitative PCR with 16S rRNA-gene-targeted species-specific primers for analysis of human intestinal bifidobacteria. Appl.Environ. Microbiol. 70:167-173)に従い行った。
糞便ペレットからのDNA抽出は、FastDNA SPIN Kit for Feces (MP Biomedicals)を用いた。抽出法の詳細を以下に示す。
【0043】
200 mg糞便ペレット入り2.0 mL tubeに、Lysing Matrix E 、Sodium phosphate buffer 825 μL及びPre-lysis solution 275 μLを添加して、vortexで10-15 s撹拌した。14,000×gで5 min遠心分離した上清を除去し、Sodium phosphate buffer 978 μL及びMT buffer 122 μLを添加して撹拌した。FastPrep level 6.0で45 s激しく振とうし、14,000×gで15 min遠心分離した。上清を新しい2.0 mL tubeに回収し、Protein precipitate solution 250 μLを添加して、激しく振とうして混和した。4 ℃で10 min静置した後、14,000×gで2 min遠心分離した上清を15 mL tubeに回収した。Binding matrix solution 1 mLを添加して穏やかに混和した後、室温で5 minインキュベートした。14,000×gで2 min遠心分離した上清を除去した後、Wash buffer-1を1 mL添加し、ピペッティングによりペレットを穏やかに再懸濁させた。懸濁液約600 μLをSPIN filter tubeに移し、14,000×gで1 min遠心分離したフロースルーを除去した。残りの懸濁液を再度SPIN filter tubeに移し、14,000×gで1 min遠心分離したフロースルーを除去した。Wash buffer-2を0.5 mL添加し、フィルター上のマトリックスをピペッティングにより穏やかに再懸濁させた後、14,000×gで2 min遠心分離したフロースルーを除去した。再度、14,000×gで2 min遠心分離し、フィルターを新しい1.9 mL catch tubeに移した。TES 100 μLを添加し、軽くタッピングしてマトリックスを懸濁させ、14,000×gで2 min遠心分離したフロースルーを回収した。
【0044】
[II]プライマー及びプローブの設計
C. difficileの毒素遺伝子tcdA及びtcdBを標的とし、それぞれに特異的なプライマー及びプローブを以下の手順で設計した。データベースから取得した20菌株のtcdA遺伝子配列(*1)及び22菌株のtcdB遺伝子配列(*2)を用いて、Clustal Xによる相同性検索(アライメント)を行った。TcdA及びTcdBはLarge Clostridial Toxin (LCTs)に分類され、一部の Clostridium属細菌が産生するLCTsと高い相同性を有する。そのため、対照としてClostridium sordeliiのtcsL [X82638] 、Clostridium novyiのtcnA [Z48636]、Clostridium perfringensのtcpL [AB262081]の遺伝子配列を併せてアライメントに用いた。アライメントの結果、標的毒素遺伝子とその他の遺伝子の相同性が高く、また、tcdA及びtcdBは両者の塩基配列間で約60%の相同性があったことから、プライマー作成用ソフトウェアではtcdA及びtcdB各々の標的毒素遺伝子に対する特異的な塩基配列を見出すことはできなかった。そこで、アライメント結果を目視により確認し、試行錯誤のうえ、標的遺伝子に特異的であり、かつ、菌株間で保存性が高いと思われる領域を選択して、プライマー及びプローブを設計した(表1)。
【0045】
*1 tcdA遺伝子のGenBank accession no. :M30307, NC_009089, NC_013316, NC_013315, AJ011301, NZ_ADVM01000023, NZ_ABHF02000018, NZ_ABHE02000016, NZ_ABFD02000006, NZ_ABHD02000008, NZ_ABHG02000011, NZ_ABKK02000013, NZ_AAML04000007, NZ_ABKL02000008, FN668941, FN668375, FN665652, FN665653, FN665654, Y12616, AJ132669
【0046】
*2 tcdB遺伝子のGenBank accession no. :M30307, Z23277, AJ011301, NC_009089, NC_013316, NC_013315, AF217292, NZ_ABHF02000018, NZ_ADVM01000023, NZ_ADNX01000011, NZ_ABHE02000016, NZ_ABHD02000008, NZ_ABFD02000006, NZ_ABKL02000008, NZ_ABKK02000013, NZ_ABHG02000011, NZ_AAML04000007, FN668941, FN668375, FN665652, FN665653, FN665654
【0047】
【表1】
【0048】
[III]プライマー及びプローブの特異性
(1)C. difficile菌株の毒素産生性の確認
イムノクロマト法を利用した毒素検出キットKeul-o-test Clostridium difficile Complete (BioGenTechnologies)を用いて、C. difficile 10菌株の毒素産生性を調べた。
BHI液体培地を用いて、各菌株を嫌気条件下、37 ℃で4日間培養した。培養上清をキットのプロトコールに従い供試し、TcdA及びTcdBの毒素産生を特異的なバンドの有無により判定した。その結果、下記表2に示すとおり、いずれも毒素産生性を示すことが確認された。
【0049】
【表2】
【0050】
(2)TaqMan PCR法における特異性(1)
C. difficile 10菌株(A+B+型5菌株、A-B+型2菌株、A-B-型3菌株)、Clostridium属10菌種、及び腸内菌12菌種を用いて、本発明のプライマー及びプローブセット(tcdA-F/R/P及びtcdB-F/R/P)の特異性を調べた。純培養菌体から抽出したDNA溶液を用い、反応当たり10
5個相当量を供試して、前記(B)の条件でTaqMan PCRを行い、増幅シグナルの有無を確認した。結果を表3に示す。
【0051】
【表3】
【0052】
表3より、DSM 1296
T株ではtcdAとtcdBの両方の増幅シグナルが検出され、毒素産生性と一致した。同様に、その他の菌株においても、毒素産生性に一致した増幅シグナルが確認された。一方、非標的菌株においてはシグナルが全く検出されず、プライマーダイマーのシグナルも全く認められなかった。
【0053】
(3)プライマー及びプローブの特異性(2)
前記特許文献1に記載のプライマーセット(J)のうち、tcdAを増幅するためのプライマー(配列39/40)と本願発明の上記プライマーtcdA-F/R/Pとの特異性を比較した。
すなわち、C. difficile 10菌株(A+B+型5菌株、A-B+型2菌株、A-B-型3菌株)に対する、特許文献1のプライマーセット(配列39/40)の反応性を調べた。純培養菌体から抽出したDNA溶液を用い、反応当たり10
5個相当量をPCRに供試した。PCRにはHotStartTaq DNA polymerase(株式会社キアゲン)を用い、反応液組成は10×PCR buffer、プライマーF/R 0.4 μM、dNTP 0.25 mM each、Rox Reference Dye、SYBR Green I、Taq DNA polymerase 0.25 Units及び鋳型DNA溶液 5 μLであり、total 20 μLとした。94℃で20秒、50℃で30秒、74℃で40秒を45サイクルの反応条件でPCRを行い、得られたCt値が、標準菌株(DSM 1296T)のCt値±3.3の範囲内であれば"+"、45以上であれば"-"と判定した。
上記(2)で得られたtcdA-F/R/Pの反応性についても、同一の判定基準で評価した。これらの結果を表4に示す。
【0054】
【表4】
【0055】
特許文献1のプライマーセット(J)(配列39/40)については、A+B+株に加えて、A-B+株でも増幅が認められたのに対し、本発明のtcdA-F/R/PではA-B+株では増幅せず、A+B+株のみを確実に増幅できることが示された。
【0056】
次に、標的菌株間で反応性に差異がないことを確認するために、各標的菌株の検量線をそれぞれ作成し比較した。その結果、いずれも供試した標的菌株をCt値2以内(菌数に換算して4倍以内)の差異で検出可能であった(
図1)。これらの結果から、本発明の方法は標的の毒素を産生する菌株のみを特異的、かつ正確に検出できることが示された。
【0057】
実施例2 毒素産生性C. difficileの検出(添加回収試験)
糞便中の毒素産生性C. difficileの検出下限値を検証するため、内在性のC. difficileが検出されない3名の糞便サンプルを用いて、添加回収試験を実施した。
あらかじめ内在性のC. difficileが存在しないことを確認した健常成人3名の糞便サンプルを選択し、TcdA及びTcdBの両方を産生するC. difficile DSM 1296
T株の純培養菌体を糞便中に1 g当たり10
8, 10
7, 10
6, 10
5, 10
4, 10
3個となるように添加した。なお、添加菌数はDAPIカウントの測定菌数に基づき調整した。
前記(C)及び(D)の方法に従ってDNA抽出を行い、抽出DNA原液及び2倍希釈液5 μLをそれぞれ用いて、前記(B)の条件でTaqMan PCRを行った。検量線作成用のスタンダードとして、PBS(-) 10 mL当たり10
8個(糞便1 g当たり10
8個に対応)となるように添加し、糞便サンプルと同様に抽出した。抽出したスタンダードDNAを10
5倍まで10倍系列希釈した計6ポイントのDNA溶液5 μL をPCRに供試して検量線を作成し、糞便添加サンプルの菌数算出に用いた。
その結果、tcdA-F/R/P及びtcdB-F/R/Pいずれに関しても、糞便1 g当たり10
3個を検出可能であった(
図2)。斯様に本発明の方法によれば、細菌DNAを標的として高感度な検出が可能であり、毒素産生性C. difficileを特異的かつ高感度(検出下限値:糞便1 gあたり10
3個)に定量することが可能である。
【0058】
実施例3 腸内に内在菌として棲息する菌株の検出
[I]材料及び方法
(1)CD16SrRNA-F/R/Pの作製
C.difficile総菌数を測定するためのプライマーセットCD16SrRNA-F及びCD16SrRNA-Rを作製し、さらにその増幅範囲に新たにプローブを設計したTaqManプローブCD16SrRNA-Pを設計した(表5)。
【0059】
【表5】
【0060】
(2)糞便DNAサンプル
日本の高齢者施設入居者及び職員102名から採取した糞便のうち、選択培養法によりC. difficileの分離が確認された16検体の糞便DNAを本解析に用いた。
【0061】
(3)選択培養法
凍結便を融解後、9倍容量の嫌気輸送培地に懸濁した。これを等量の98% エタノールと混和し、室温にて30分間インキュベートした。エタノール処理液0.1 mlをCycloserine cefoxin mannitol agar(CCMA)に塗抹し、本培地を37℃で24時間嫌気培養した。培地上に検出されたコロニーについて、性状及びグラム染色性からC. difficileと推定されるものの数を計測した。
【0062】
(4)DNA抽出法
2mLスクリューキャップチューブ中の検量線用菌液200μLまたは大便10倍希釈液に、0.3gのガラスビーズ(φ0.1mm), 300μLのTris-SDS溶液(250mLの200mM Tris-HCl, 80mM EDTA, pH 9.0と50mLの10% SDSを混合して調整する)、500μLのTris-EDTA buffer Saturated Phenolを加える。
サンプルの入ったチューブを振とう破砕機(FastPrep FP120)にセットする。パワーレベル5.0で30秒間激しく振とうし、菌体を破砕する。チューブを取り出し、15,000 rpmで5分間遠心分離する。
上清400μLを、新しい2mLスクリューキャップに移す。400μLのPhenol / Chloroform / Isoamyl alcohol (25:24:1)を加え、FastPrep FP120にセットする。パワーレベル4.0で45秒激しく振とうし、15,000 rpmで5分間遠心分離する。
新しい1.5mLチューブに250μLの上清を移す。25μLの3M酢酸Na (pH 5.4)を加えて混合する。
300μLのIsopropanolを加える。15,000 rpmで5分間遠心分離する。上清をデカンテーションで除く。500μLの70% Ethanol を加え、(撹拌しないでそのまま)再度、15,000 rpmで5分間遠心分離する。上清をデカンテーションで除く。
蓋を外して60℃のヒートブロックインキュベーターで約30分間加温しながら乾燥させる。Tris-EDTA bufferを加え、撹拌して均一に溶解させる。-30℃にて凍結保存する。
【0063】
(5)TaqMan PCR反応
実施例1[I](B)と同様の方法で行った。
【0064】
[II]結果
16検体のうち、8検体から毒素産生株が検出された(表6)。これら8検体のうち、7検体では、TapMan PCR法によるC. difficileの総菌数(CD16SrRNA-F/R/P)、TcdA産生性C. difficileの菌数(tcdA-F/R/P)、及びTcdB産生性C. difficileの菌数(tcdB-F/R/P)が同等であったことから、腸内にA+B+型の毒素産生株が優勢に存在していることがわかる。
毒素産生株が検出された8検体のうちの1検体(S-09)では、C. difficileの総菌数が毒素産生性C. difficileの菌数より対数値で1.5以上と大幅に高かったことから、毒素非産生性C. difficileが最優勢(腸内で最も優勢に存在する)であると判別できる他、最優勢でない毒素産生性C. difficileも検出できることがわかる。
すなわち、CD16SrRNA-F/R/P、tcdA-F/R/P及びtcdB-F/R/Pを組み合わせて使用することで、TaqMan PCR法により、C. difficileの総菌数(A+B+型、A-B+型及びA-B-型の菌数の総和)、TcdA産生性C. difficile(A+B+型)の菌数、及びTcdB産生性C. difficileの菌数(A+B+型及びA-B+型の菌数の総和)を測定することができるため、糞便中(腸内)におけるC. difficileの内訳(総菌数、総菌数に対する毒素産生性及び毒素非産生性C. difficileの比率)を正確に把握することができ、C. difficile感染症の診断、臨床研究等に貢献できる。
【0065】
【表6】