【実施例1】
【0011】
本実施例では、主軸の動力を伝達機構を介して嵌合ピンに伝達し、工作機側嵌合部に嵌合ピンを押し付ける工具ホルダの回転防止装置について、本回転防止装置を有する工具ホルダの例を説明する。工作機の主軸に対して、それと直交する方向に回転させる構造の工具ホルダの一例である。
図1は、本発明の回転防止装置を備えた工具ホルダの側面図である。
【0012】
工具ホルダの第一回転軸1は上部非回転部材2と下部非回転部材3とケーシング4にベアリング5と6および7を介して回転可能に支持されている。嵌合ピン8が工作機側嵌合部43に嵌合されているため、第一回転軸1が回転した際に、上部非回転部材2と下部非回転部材3およびケーシング4の回転が防止される。
【0013】
工作機40の主軸41に装着された第一回転軸1の動力は、かさ歯車等の第一回転軸動力伝達機構9から、かさ歯車等の第二回転軸動力伝達機構11を介して第一回転軸1に対して直交して配置された第二回転軸10に伝わる。第二回転軸10はベアリング12,13で支持されるため、これにより、第二回転軸11にチャック14を介して取り付けられた工具15が回転され加工が可能となる。なお17,19もベアリングである。
【0014】
また、第一回転軸1の動力は、外歯歯車等の第一回転軸第二動力伝達機構16から第一動力伝達機構18と第二動力伝達機構20と第三下部動力伝達機構21に伝わる。第一動力伝達機構18と第二動力伝達機構20および第三下部動力伝達機構21も外歯歯車等から構成される。
【0015】
第三下部動力伝達機構21はスリップクラッチ21aを備えており、スリップクラッチ21aを介して第三上部動力伝達機構22に動力が伝わる。スリップクラッチ21aは、一方向の動力を設定されたトルクまで伝達し、トルク限界値を超えると動力が伝達しなくなり、逆方向の動力については伝達するものである。
【0016】
第三上部伝達機構22の内径と、これに対応する嵌合ピン8の外周には、ねじ8aおよび22aが形成されている。また、嵌合ピン8にはリニアボールベアリング23,24および25に対応する位置に溝8bが形成されている。これにより、第三上部動力伝達機構22が回転すると内径のねじ22aに合わせて嵌合ピン8が上下方向に移動する。
工具15が加工可能となる工作機の主軸41の回転方向(以後、正回転と称する)に合わせて嵌合ピン8が上方に移動する構成とすることで、第一回転軸1の動力により嵌合ピン8を上部に移動させて工作機側嵌合部43に押しつけることができる。押しつけ力が大きくなり第三下部伝達機構21のスリップクラッチ21aのトルク限界値を超えると、第三下部伝達機構21から第三上部伝達機構22に動力が伝わらなくなる。したがって、嵌合ピン8の工作機側嵌合部43の押しつけ力をスリップクラッチ21aのトルク限界値で制御することが可能となり、トルク限界値の調整により嵌合部は強固に接合できる。これにより溝加工のような高負荷な加工においても、嵌合ピン8と工作機械側嵌合部43および嵌合ピン8を強固に押し付ける機構からなる回転防止装置により、びびり振動等が抑制され高精度な加工や高能率の加工が可能となる。
【0017】
例えば、縦型旋盤であるターニングセンタの主軸に、それと直交する方向に回転させる構造の工具ホルダを取付けて、工具にエンドミルを用いて工具ホルダを上下方向に動かして溝加工した場合では、エンドミル加工は断続加工のため加工中に振動を生じやすく、ばね荷重により嵌合ピンを抑える回転防止装置や、コレットを用いて固定した構造の回転防止装置においても嵌合部に緩みを生じて工具ホルダの剛性が低下する場合がある。これに対して、本発明の第一回転軸の動力により嵌合ピンを工作機側嵌合部に押しつける構造の回転防止装置では、強固に嵌合ピンが押しつけられるため、工具ホルダの剛性が高くでき、加工中の振動による回転防止装置嵌合部の緩みを抑制できる。したがって、本発明の回転防止装置を備えた工具ホルダをターニングセンタに装着して、高負荷な溝加工等を高効率に行うことができる。
【0018】
なお、ここでは、工作機の主軸に直交する方向に回転させる構造の工具ホルダの例にあげたが、本回転防止装置は、主軸に対して工具の回転軸を直交以外傾ける工具ホルダや、主軸と同じ方向に工具を装着して回転数を増加させる増速型の工具ホルダ等にも用いることができる。
【0019】
また、第一回転軸1から嵌合ピン8への動力の伝達には、外歯歯車等から複数の伝達機構を用いたが、同様の効果が得られれば、伝達機構の構成要素数に限定はない。また、伝達機構として、歯車の例を示したが、同様の効果が得られればチェーンやベルト等による伝達機構を採用しても問題はない。
【0020】
また、嵌め合いピン8は、リニアボールベアリング24、25に対応する位置に溝28aが形成して回転を防止したが、嵌合ピン8の内部にスプライン溝等を形成し嵌合部蓋26にスプライン軸を固定して、嵌合ピン8の内部に回転防止機構を設けても構わない。
【0021】
次に、本発明の回転防止装置を備える工具ホルダの工作機の主軸への取付けと取り外す工程について説明する。
【0022】
図2は、本発明の回転防止装置を備えた工具ホルダを工作機の主軸に取付ける直前の状態を示す側面図である。
【0023】
第一回転軸1の第一回転軸窪み部1a付近をATCアームで保持し、工作機械の主軸41に挿入している途中の状態である。この状態では、回転軸ロック機構27が、ばね29により支持棒28と嵌合ピン8の外形に沿って持ち上げられ、回転軸ロック機構27の一部が第一回転軸第二切り欠き部1cに挿入されている(図中A)。これにより、第一回転軸1は、第一回転軸第一切り欠き部1bが工作機主軸突起部42に対応した位置でロックされている。
【0024】
図3は、本発明の回転防止装置を備えた工具ホルダを工作機の主軸に取付けた直後の状態を示す側面図である。
【0025】
第一回転軸1が工作機の主軸41に挿入され、第一回転軸1の上部のプルボルトが工作機に引っ張られ、第一回転軸1と工作機械40の主軸41のテーパ部が接触した状態で固定される。その際、第一回転軸第一切り欠き部1bに工作機主軸突起部42の一部が挿入される。また、嵌合ピン8の先端のテーパ部が、工作機側嵌合部43のテーパ部に挿入される。また工作機械側嵌合部43により回転軸ロック機構27が押されて支持棒28および嵌合ピン8に沿って下方向に移動し、第一回転軸第二切り欠き部1cから回転軸ロック機構27が外れた状態となる(図中B)。これにより、第一回転軸1はロックが外れて回転可能となる。
【0026】
次に嵌合ピン8を工作機側嵌合部43に押し付けた状態とする。この状態は
図1と同じであるため、
図1を用いて簡単に説明する。
【0027】
第一回転軸1を正回転すると、第一回転軸第二動力伝達機構16から第一動力伝達機構17と第二動力伝達機構20を介して第三下部動力伝達機構21に動力が伝わる。そして、第三下部動力伝達機構21からスリップクラッチ21aを介して第三上部動力伝達機構22に動力が伝わり、第三上部動力伝達機構22の回転により嵌合ピン8が上方に移動して工作機側嵌合部43へ押しつけられる。その後、嵌合ピン8の押しつけ力が強くなり、スリップクラッチ21aのトルク限界値を超えると第三下部動力伝達機構21から第三上部動力伝達機構22へ動力が伝達されなくなる。これにより、嵌合ピン8の工作機側嵌合部43への押しつけ力は、スリップクラッチ21aのトルク限界値で制御され、加工中は常に主軸は正回転するため、嵌合ピン8は工作機械側嵌合部43に対して一定のトルクで安定して押しつけられた状態となる。
【0028】
図4は、本発明の回転防止装置を備えた工具ホルダの嵌合ピンの押しつけを工作機側嵌合部から解除した状態を示す側面図である。
【0029】
第一回転軸1を逆回転すると、第一回転軸第二動力伝達機構16から第一動力伝達機構17と第二動力伝達機構20と第三下部動力伝達機構21およびスリップクラッチ21aを介して第三上部動力伝達機構22に動力が伝わり、嵌合ピン8が下方に移動する。嵌合ピン8の押しつけ解除の際は、嵌合ピン8が下がり過ぎないように、工作機40の主軸41の逆回転の回数をNCプログラムで制御する。
【0030】
その後、工作機40の主軸41をオリエンテーションにより工作機40の決められた方向に回転させてから、ATCのアームにより第一回転軸凹部1a付近を保持して取り外しを行う。
【0031】
図5は、従来のばね荷重により嵌合ピンを押しつける回転防止装置を備えた工具ホルダと、本発明の回転防止装置構造を備えた工具ホルダを工作機主軸に装着した際の動剛性測定結果である。
【0032】
動剛性は、工具にφ16mmエンドミルを用いて、工具に加速度ピックアップを取付け、インパルスハンマで加振して測定した。なお、本発明の回転防止装置では、一例として直径φ28mmの嵌合ピンにM27mmのねじを形成し、トルク限界値が25N・mのスリップクラッチを用いた。工作機械の主軸に取り付けて、嵌合ピンを主軸の動力により工作機側嵌合部に押しつけた後、工具の回転を停止して動剛性を測定した。また、従来のばね荷重により嵌合ピンを押しつける回転防止装置を備えた工具ホルダの嵌合ピンも同じ直径(φ28mm)とした。
【0033】
図5では、従来のばね荷重により嵌合ピンを押しつける回転防止装置を備えた工具ホルダに比べて、主軸動力の伝達により嵌合ピンを押しつける本発明の回転防止装置を備えた工具ホルダの方が動剛性が約2倍程度大きいことが分かる。なお、
図5では、従来の回転防止装置を備えた工具ホルダの動剛性を1.0として、規格化して表示している。
【0034】
この状態において、回転数を一定として送りを増加させてびびり振動が発生する限界の送り速度を確認したところ、従来の回転防止装置を備えた工具ホルダに比べて、主軸動力伝達により嵌合ピンを押しつける本発明の回転防止装置を備えた工具ホルダでは、約6倍の送り速度までびびり振動が抑制できることを確認した。
【0035】
また、従来の回転防止装置を備えた工具ホルダにおいて、びびり振動を発生しない加工条件で、本発明の回転防止装置を備えた工具ホルダを用いて加工した面の表面粗さを比較すると、表面粗さは算術平均粗さRaにおいて、約10%程度小さくなることを確認した。
【0036】
したがって、主軸動力を伝達して嵌合ピンを押しつける本発明の回転防止装置を備えた工具ホルダを用いることで、従来の回転防止装置を備えた工具ホルダに比べて剛性が高いため高品質な加工面が得られる。また送り速度を高く設定することができるため高効率な加工も実現できる。
【実施例2】
【0037】
本実施例では、主軸の動力をスリップクラッチを備えた伝達機構により嵌合ピンを回転させ、嵌合ピン先端部のねじを工作機側嵌合部のねじに結合する回転防止装置について、本回転防止装置を備えた工具ホルダの例を説明する。
【0038】
図6は、本発明の主軸の動力をスリップクラッチを備えた伝達機構により嵌合ピンを駆動する回転防止装置を備えた工具ホルダの側面図である。
【0039】
主軸の回転を嵌合ピンに伝達する機構と、嵌合ピンの先端部および工作機側嵌合部にねじを設けたこと以外の基本構成は実施例1と同じであり、同一の機能を有する箇所については、説明を省略する。
【0040】
第一回転軸1の動力は、外歯歯車等の第一回転軸第二動力伝達機構6から、第一動力伝達機構7と第二動力伝達機構20と第三動力伝達機構21に伝達される。なお、第一回転軸第二動力伝達機構16と第一動力伝達機構17と第二動力伝達機構20および第三動力伝達機構21は外歯歯車等から構成される。
【0041】
第三動力伝達機構21は内部にスリップクラッチ21aを備えており、スリップクラッチ21aを介して嵌合ピン8に動力が伝わり連れ回りする。スリップクラッチ21aは、一方向の動力を設定されたトルクまで伝達し、トルク限界値を超えると動力の伝達されなくなり、逆方向の動力については伝達するものである。
【0042】
嵌合ピン8の上部と工作機側嵌合部43には、相互に噛み合うねじ8cおよび43cが形成されている。回転軸1の動力により嵌合ピン8のねじ8cが工作機側嵌合部43cにかみ合い、嵌合ピン8が上方に移動して、その後、工作機側嵌合部43の上面43bに嵌合ピン8の上部が到達する。その後、スリップクラッチ21aのトルク限界値より大きくなると、第三動力伝達機構21から嵌合ピン8に動力が伝わらなくなり、嵌合ピン8と工作機側嵌合部43は接合された状態で維持される。
【0043】
これにより、嵌合ピン8と工作機側嵌合部43および嵌合ピン8に主軸の動力を伝達する機構からなる回転防止装置では、嵌合ピン58は工作機嵌合部43に対して、ねじにより結合できるため、嵌合部に高い剛性が得られる。
【0044】
図7は、本発明の主軸の動力をスリップクラッチを備えた伝達機構により嵌合ピンを駆動する回転防止装置を備えた工具ホルダを工作機の主軸に取り付けた直後の状態を示す側面図である。
【0045】
この状態では、工作機側嵌合部43に回転軸ロック機構27が下方向に押されて、回転軸1の第一回転軸第二切り欠き部1cから外れて回転が可能となり、また、嵌合ピン8がばね77に押されて工作機側嵌合部43に挿入されている。なお、嵌合ピン8の上部と工作機側嵌合部43の下部にはテーパ形状が形成されているため、嵌合ピン8が工作機械側嵌合部43に挿入し易い構造となっている。
【0046】
この後、工作機40の主軸41を正回転すると第一回転軸1の回転が嵌合ピン8に伝達されて回転し、嵌合ピン8のねじ8aが、工作機側嵌合部43のねじ43aに噛み込んで、嵌合ピン8は上方に移動する。その後、嵌合ピン8の上部が工作機側嵌合部43の上面43bに到達して、第三動力伝達機構21のスリップクラッチ21aのトルク限界値を超えると、第三動力伝達機構21から嵌合ピン8に動力が伝わらなくなり、嵌合ピン8と工作機側嵌合部43は強固に接続された状態となる。加工中においても主軸の回転方向は、正回転であるため、嵌合ピン8と工作機側嵌合部43は強固に接続された状態が維持される。
【0047】
工作機40の主軸41から工具ホルダを取り外す際は、あらかじめNCプログラムで逆回転の回転回数を制御して、嵌合ピン8を工作機側嵌合部43のねじ43aから外してから行う。
【0048】
なお、ATCの工具交換プログラムに、逆回転の回転回数を制御するプログラムを追加しておくことで、嵌合ピン8のねじ8aが工作機側嵌合部43のねじ43aに噛み合った状態で、取り外しを行う動作を防ぐことができる。
【0049】
次に、本発明の回転防止装置を備えた工具ホルダを用いて加工した製品について説明する。
【0050】
本発明の回転防止装置を備えた工具ホルダを用いて加工した製品は、例えば変速機等に用いられる部品等があり、これらの部品のキー溝やスプライン溝および内歯車や外歯車の歯形加工に適用可能である。
図8に加工した歯形形状を形成した変速機部品の内歯車の概略図を示す。
【0051】
内歯車101の内壁面102に歯形形状の溝103を形成した例である。本発明の工具ホルダの剛性が高いことにより、高負荷な切削条件でもびびり振動を抑制して加工が可能である。したがって、ターニングセンタを用いて変速機部品の外径および内径を加工した後、本発明の工具ホルダを用いて、歯形形状の溝等を加工することで、段取り換えが不要となり、効率よく変速機部品等の生産が可能となる。
【0052】
本発明は実施例にて詳述の工具ホルダの回転防止機構に限定されるものではなく、その技術的思想を用いた各種機構に適用可能であることはいうまでもない。またそれらを用いた工作機も本発明の範疇にあることはいうまでもない。