(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
板表面における{111}面からのX線回折強度をI{111}、{200}面からのX線回折強度をI{200}、{220}面からのX線回折強度をI{220}、{311}面からのX線回折強度をI{311}、{220}面からのX線回折強度の割合R{220}をR{220}=I{220}/(I{111}+I{200}+I{220}+I{311})とした場合に、R{220}が0.9以下とされていることを特徴とする請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の電子・電気機器用銅合金。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、最近では、電子・電気機器のさらなる軽量化にともない、これら電子機器や電気機器等に使用されるコネクタ等の端子、リレー、リードフレーム等の電子・電気機器用部品の薄肉化及び微細化が図られている。このため、電子・電気機器用部品の素材となる電子・電気機器用銅合金塑性加工材においては、従来よりも、板厚を薄く、あるいは、線径を細く加工することが求められている。
ここで、電子・電気機器用銅合金の内部に酸化物等の粗大な介在物が多く存在している場合には、これら介在物等を起因とした欠陥が発生し、製造歩留が大幅に低下するといった問題があった。特にMgは活性な元素であることから、上述のCu−Mg合金においては、Mgを起因とする介在物が発生しやすい傾向にあり、加工時に欠陥が発生し易いといった問題があった。
【0009】
この発明は、前述した事情に鑑みてなされたものであって、機械的特性に優れるとともに、板厚を薄く、あるいは、線径を細く加工した場合であっても欠陥の発生を抑制することが可能な電子・電気機器用銅合金、電子・電気機器用銅合金塑性加工材、
電子・電気機器用銅合金塑性加工材の製造方法、電子・電気機器用部品及び端子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この課題を解決するために、本発明の電子・電気機器用銅合金は、Mgを1.3mass%以上2.8mass%以下の範囲で含み、
残部がCu及び不可避不純物とされ、Hの含有量が10massppm以下、Oの含有量が100massppm以下、Sの含有量が50massppm以下、Cの含有量が1massppm以下とされて
おり、圧延方向に対して平行方向に引張試験を行った際の強度TSと、0.2%耐力YSと、から算出される降伏比YS/TSが90%を超えることを特徴としている。
【0011】
上述の構成とされた電子・電気機器用銅合金においては、Oの含有量が100massppm以下、Sの含有量が50massppm以下とされているので、Mg酸化物やMg硫化物等からなる介在物を低減でき、加工時における欠陥の発生を抑制できる。また、O及びSと反応することでMgが消費されることを防止でき、機械的特性の劣化を抑制することができる。
また、Hの含有量が10massppm以下とされているので、鋳塊内にブローホール欠陥が発生することを抑制することができ、加工時における欠陥の発生を抑制することができる。
さらに、Cの含有量が10massppm以下とされているので、冷間加工性を確保することができ、加工時における欠陥の発生を抑制することができる。
また、圧延方向に対して平行方向に引張試験を行った際の強度TSと0.2%耐力YSとから算出される降伏比YS/TSが90%超えとなっていることから、0.2%耐力YSが強度TSに対して相対的に高くなっている。よって、耐力―曲げバランスが向上し、圧延方向に対して平行方向における曲げ加工性が優れることになる。そのため、リレーや大型端子のように、銅合金圧延板の圧延方向に対して平行方向に曲げ加工し、複雑な形状に成形した場合であっても、割れ等の発生を抑制することができる。
【0012】
ここで、本発明の電子・電気機器用銅合金では、走査型電子顕微鏡観察において、粒径0.1μm以上のCuとMgを主成分とする金属間化合物の平均個数が、1個/μm
2以下とされていることが好ましい。
この場合、
図1の状態図に示すように、Mgを固溶限度以上の1.3mass%以上2.8mass%以下(3.3原子%以上6.9原子%以下)の範囲で含有しており、かつ、走査型電子顕微鏡観察において、粒径0.1μm以上のCuとMgを主成分とする金属間化合物の平均個数が、1個/μm
2以下とされていることから、CuとMgを主成分とする金属間化合物の析出が抑制されており、Mgが母相中に過飽和に固溶したCu−Mg過飽和固溶体となる。
【0013】
なお、粒径0.1μm以上のCuとMgを主成分とする金属間化合物の平均個数は、電界放出型走査電子顕微鏡を用いて、倍率:5万倍、視野:約4.8μm
2で10視野の観察を行って算出する。
また、CuとMgを主成分とする金属間化合物の粒径は、金属間化合物の長径(途中で粒界に接しない条件で粒内に最も長く引ける直線の長さ)と短径(長径と直角に交わる方向で、途中で粒界に接しない条件で最も長く引ける直線の長さ)の平均値とする。
【0014】
このようなCu−Mg過飽和固溶体からなる銅合金においては、母相中には、割れの起点となる粗大なCuとMgを主成分とする金属間化合物が多く分散されておらず、曲げ加工性が向上することになることから、複雑な形状のコネクタ等の端子、リレー、リードフレーム等の電子・電気機器用部品等を成形することが可能となる。
さらに、Mgを過飽和に固溶させていることから、加工硬化によって強度を向上させることが可能となる。
【0015】
また、本発明の電子・電気機器用銅合金においては、導電率σ(%IACS)が、Mgの含有量をA原子%としたときに、
σ≦1.7241/(−0.0347×A
2+0.6569×A+1.7)×100の範囲内とされていることが好ましい。
この場合、
図1の状態図に示すように、Mgを固溶限度以上のMgを1.3mass%以上2.8mass%以下(3.3原子%以上6.9原子%以下)の範囲で含有しており、かつ、導電率が上記の範囲内とされていることから、Mgが母相中に過飽和に固溶したCu−Mg過飽和固溶体となる。
よって、上述のように、母相中には、割れの起点となる粗大なCuとMgを主成分とする金属間化合物が多く分散されておらず、曲げ加工性が向上すること。
さらに、Mgを過飽和に固溶させていることから、加工硬化によって強度を向上させることが可能となる。
なお、Mgの原子%については、不可避不純物元素を無視し、CuとMg及びその他の元素のみからなると仮定して算出すればよい。
【0016】
また、本発明の電子・電気機器用銅合金においては、Sn、Al、Ni、Si、Mn、Li、Ti、Fe、Co、Cr、Zr、Pのうち1種または2種以上を合計で0.01mass%以上
0.37mass%以下の範囲内で含んでおり、
さらに、Snの含有量の上限が0.29mass%以下、Alの含有量の上限が0.11mass%以下、Niの含有量の上限が0.14mass%以下、Siの含有量の上限が0.02mass%以下、Mnの含有量の上限が0.18mass%以下、Liの含有量の上限が0.02mass%以下、Tiの含有量の上限が0.02mass%以下、Feの含有量の上限が0.05mass%以下、Coの含有量の上限が0.14mass%以下、Crの含有量の上限が0.03mass%以下、Zrの含有量の上限が0.03mass%以下、Pの含有量の上限が0.01mass%以下とされ、導電率が30%IACS以上とされていてもよい。
これらの元素は、Cu−Mg合金の強度等の特性を向上させる作用効果を有することから、要求特性に応じて適宜添加することが好ましい。ここで、上述の元素の添加量の合計が0.01mass%未満では、上述した強度向上の作用効果を十分に得ることができない。一方、上述の元素の添加量の合計が
0.37mass%を超えると導電率が大きく低下することになる。そこで、本発明では、上述の元素の添加量の合計を0.01mass%以上
0.37mass%以下の範囲内に設定している。
【0017】
さらに、本発明の電子・電気機器用銅合金においては、0.2%耐力が400MPa以上の機械的特性を有することが好ましい。
0.2%耐力が400MPa以上である場合には、容易に塑性変形しなくなるため、コネクタ等の端子、リレー、リードフレーム等の電子機器用部品に特に適している。
【0018】
また、本発明の電子・電気機器用銅合金においては、板表面における{111}面からのX線回折強度をI{111}、{200}面からのX線回折強度をI{200}、{220}面からのX線回折強度をI{220}、{311}面からのX線回折強度をI{311}、{220}面からのX線回折強度の割合R{220}をR{220}=I{220}/(I{111}+I{200}+I{220}+I{311})とした場合に、R{220}が0.9以下とされていることが好ましい。
この場合、板表面における{220}面からのX線回折強度の割合R{220}が0.9以下とされていることから、板表面において{220}面の存在が抑えられていることになる。{220}面は、圧延加工により形成され易く、この{220}面の割合が高くなると、圧延方向に対して曲げの軸を平行としたときの曲げ加工性が著しく低下することになる。よって、この板表面における{220}面からのX線回折強度の割合R{220}を0.9以下に抑制することによって、曲げ加工性を確保することができ、耐力―曲げバランスを向上させることができる。
なお、上述の電子・電気機器用銅合金においては、R{220}が0.3以上0.9以下とされていることが好ましい。
【0020】
上述の電子・電気機器用銅合金においては、平均結晶粒径が100μm以下とされていることが好ましい。
結晶粒径と降伏比YS/TSとの関係を調査した結果、結晶粒径を小さくすることによって降伏比YS/TSを向上することが可能であることが判明した。そして、本発明のCu−Mg系合金においては、平均結晶粒径を50μm以下に抑制することにより、上述の降伏比を大きく向上させて90%を超えるようにすることができる。
【0021】
本発明の電子・電気機器用銅合金塑性加工材は、上述の電子・電気機器用銅合金から
なることを特徴としている。なお、この明細書において塑性加工材とは、いずれかの製造工程において、塑性加工が施された銅合金をいうものとする。
この構成の銅合金塑性加工材においては、上述のように、機械的特性に優れた電子・電気機器用銅合金からなることから、電子・電気機器用部品の素材として特に適している。
また、本発明の電子・電気機器用銅合金塑性加工材においては、表面にSnめっきが施されている構成としてもよい。
【0022】
本発明の電子・電気機器用銅合金塑性加工材の製造方法は、上述の電子・電気機器用銅合金からなる銅素材を400℃以上900℃以下の温度にまで加熱するとともに、加熱された前記銅素材を60℃/min以上の冷却速度で200℃以下にまで冷却する熱処理工程と、前記銅素材を塑性加工する塑性加工工程と、を有する
ことを特徴としている。
この場合、上述の組成の銅素材を400℃以上900℃以下の温度にまで加熱することにより、Mgの溶体化を行うことができる。また、加熱された前記銅素材を、60℃/min以上の冷却速度で200℃以下にまで冷却することにより、冷却の過程で金属間化合物が析出することを抑制でき、銅素材をCu−Mg過飽和固溶体とすることが可能となる。よって、母相中に粗大なCuとMgを主成分とする金属間化合物が多く分散されておらず、曲げ加工性が向上することになる。
【0024】
本発明の電子・電気機器用部品は、上述の電子・電気機器用銅合金塑性加工材からなることを特徴としている。なお、本発明における電子・電気機器用部品とは、コネクタ等の端子、リレー、リードフレーム等を含むものである。
また、本発明の端子は、上述の電子・電気機器用銅合金塑性加工材からなることを特徴としている。
この構成の電子・電気機器用部品及び端子は、機械的特性に優れた電子・電気機器用銅合金塑性加工材を用いて製造されているので、複雑な形状であっても割れ等が発生せず、信頼性が向上することになる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、機械的特性に優れるとともに、板厚を薄く、あるいは、線径を細く加工した場合であっても欠陥の発生を抑制することが可能な電子・電気機器用銅合金、電子・電気機器用銅合金塑性加工材、
電子・電気機器用銅合金塑性加工材の製造方法、電子・電気機器用部品及び端子を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下に、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。
【0028】
(第一の実施形態)
本実施形態である電子・電気機器用銅合金の成分組成は、Mgを1.3mass%以上2.8mass%以下の範囲で含み、残部が実質的にCu及び不可避不純物とされており、いわゆるCu−Mgの2元系合金とされている。
また、本実施形態である電子・電気機器用銅合金においては、0.2%耐力が400MPa以上とされている。
【0029】
ここで、導電率σ(%IACS)が、Mgの含有量をA原子%としたときに、
σ≦1.7241/(−0.0347×A
2+0.6569×A+1.7)×100の範囲内とされている。
また、走査型電子顕微鏡観察において、粒径0.1μm以上のCuとMgを主成分とする金属間化合物の平均個数が、1個/μm
2以下とされている。
すなわち、本実施形態である電子・電気機器用銅合金は、CuとMgを主成分とする金属間化合物がほとんど析出しておらず、Mgが母相中に固溶限度以上に固溶したCu−Mg過飽和固溶体とされているのである。
【0030】
そして、本実施形態である電子・電気機器用銅合金においては、不純物元素であるH,O,S,Cの含有量が以下のように定められている。
H:10massppm以下
O:100massppm以下
S:50massppm以下
C:10massppm以下
【0031】
ここで、上述のように成分組成、導電率、析出物の個数を規定した理由について以下に説明する。
【0032】
(Mg:1.3mass%以上2.8mass%以下)
Mgは、導電率を大きく低下させることなく、強度を向上させるとともに再結晶温度を上昇させる作用効果を有する元素である。また、Mgを母相中に固溶させることにより、優れた曲げ加工性が得られる。
ここで、Mgの含有量が1.3mass%未満では、その作用効果を奏功せしめることはできない。一方、Mgの含有量が2.8mass%を超えると、溶体化のために熱処理を行った際に、CuとMgを主成分とする金属間化合物が残存してしまい、その後の熱間加工及び冷間加工時に割れが発生してしまうおそれがある。このような理由から、Mgの含有量を、1.3mass%以上2.8mass%以下(3.3原子%以上6.9原子%以下)に設定している。
【0033】
なお、Mgの含有量が少ないと、強度が十分に向上しない。また、Mgは活性元素であることから、過剰に添加されることによって、溶解鋳造時に、酸素と反応して生成されたMg酸化物を巻きこむおそれがある。したがって、Mgの含有量を、1.4mass%以上2.6mass%以下(3.6原子%以上6.5原子%以下)の範囲とすることが、さらに好ましい。
ここで、上述の原子%の組成値については、本実施形態ではCuとMgの2元合金とされていることから、不可避不純物元素を無視してCuとMgのみからなると仮定し、mass%の値から算出したものである。
【0034】
(H(水素):10massppm以下)
Hは、鋳造時にOと結びついて水蒸気となり、鋳塊中にブローホール欠陥を生じさせる元素である。このブローホール欠陥は、鋳造時には割れ、圧延時にはふくれ及び剥がれ等の欠陥の原因となる。これらの割れ、ふくれ及び剥がれ等の欠陥は、応力集中して破壊の起点となるため、強度、耐応力腐食割れ特性を劣化させることが知られている。ここで、Hの含有量が10massppmを超えると、上述したブローホール欠陥が発生しやすくなる。
そこで、本実施形態では、Hの含有量を10massppm以下に規定している。なお、ブローホール欠陥の発生をさらに抑制するためには、Hの含有量を4massppm以下とすることが好ましく、2massppm以下とすることがさらに好ましい。
【0035】
(O(酸素):100massppm以下)
Oは、銅合金中の各成分元素と反応して酸化物を形成する元素である。これらの酸化物は、破壊の起点となるため、冷間圧延性が低下し、さらに曲げ加工性も悪くなる。また、Oが100massppmを超えた場合には、Mgと反応することにより、Mgが消費されてしまい、Cuの母相中へのMgの固溶量が低減し、機械的特性が劣化するおそれがある。
そこで、本実施形態では、Oの含有量を100massppm以下に規定している。なお、Oの含有量は、上記の範囲内でも特に50massppm以下が好ましく、20massppm以下がさらに好ましい。
【0036】
(S(硫黄):50massppm以下)
Sは金属間化合物又は複合硫化物などの形態で結晶粒界に存在する元素である。これらの粒界に存在する金属間化合物又は複合硫化物は、熱間加工時に粒界割れを起こし、加工割れの原因となる。また、これらは破壊の起点となるため、冷間圧延性や曲げ加工性が劣化する。さらに、Mgと反応することにより、Mgが消費されてしまい、Cuの母相中へのMgの固溶量が低減し、機械的特性が劣化するおそれがある。
そこで、本実施形態では、Sの含有量を50massppm以下に規定している。なお、Sの含有量は、上記の範囲内でも特に40massppm以下が好ましく、30massppm以下がさらに好ましい。
【0037】
(C(炭素):10massppm以下)
Cは、溶湯の脱酸作用を目的として、溶解、鋳造において溶湯表面を被覆するように使用されるものであり、不可避的に混入するおそれがある元素である。Cの含有量が10massppmを超えると、鋳造時のCの巻き込みが多くなる。これらのCや複合炭化物、Cの固溶体の偏析は冷間圧延性を劣化させる。
そこで、本実施形態では、Cの含有量を10massppm以下に規定している。なお、Cの含有量は、上記の範囲内でも5massppm以下が好ましく、1massppm以下がさらに好ましい。
【0038】
その他の不可避不純物としては、Ag,B,Ca,Sr,Ba,Sc,Y,希土類元素,Hf,V,Nb,Ta,Mo,W,Re,Ru,Os,Se,Te,Rh,Ir,Pd,Pt,Au,Cd,Ga,In,Ge,As,Sb,Tl,Pb,Bi,Be,N,Hg等が挙げられる。これらの不可避不純物は、総量で0.3mass%以下であることが望ましい。
【0039】
(導電率σ)
CuとMgとの2元系合金において、導電率σが、Mgの含有量をA原子%としたときに、σ≦1.7241/(−0.0347×A
2+0.6569×A+1.7)×100の範囲内である場合には、金属間化合物がほとんど存在しないことになる。
すなわち、導電率σが上記式を超える場合には、金属間化合物が多量に存在し、サイズも比較的大きいことから、曲げ加工性が大幅に劣化することになる。よって、導電率σが、上記式の範囲内となるように、製造条件を調整する。
なお、上述の作用効果を確実に奏功せしめるためには、導電率σ(%IACS)を、
σ≦1.7241/(−0.0292×A
2+0.6797×A+1.7)×100の範囲内とすることが好ましい。この場合、CuとMgを主成分とする金属間化合物がより少量であるために、曲げ加工性がさらに向上することになる。
【0040】
(析出物)
本実施形態である電子・電気機器用銅合金においては、走査型電子顕微鏡で観察した結果、粒径0.1μm以上のCuとMgを主成分とする金属間化合物の平均個数が、1個/μm
2以下とされている。すなわち、CuとMgを主成分とする金属間化合物がほとんど析出しておらず、Mgが母相中に固溶しているのである。
ここで、溶体化が不完全であったり、溶体化後にCuとMgを主成分とする金属間化合物が析出することにより、サイズの大きい金属間化合物が多量に存在すると、これらの金属間化合物が割れの起点となり、曲げ加工性が大幅に劣化することになる。
【0041】
組織を調査した結果、粒径0.1μm以上のCuとMgを主成分とする金属間化合物が合金中に1個/μm
2以下の場合、すなわち、CuとMgを主成分とする金属間化合物が存在しないあるいは少量である場合、良好な曲げ加工性が得られることになる。
さらに、上述の作用効果を確実に奏功せしめるためには、粒径0.05μm以上のCuとMgを主成分とする金属間化合物の個数が合金中に1個/μm
2以下であることが、より好ましい。
【0042】
なお、CuとMgを主成分とする金属間化合物の平均個数は、電界放出型走査電子顕微鏡を用いて、倍率:5万倍、視野:約4.8μm
2で10視野の観察を行い、その平均値を算出する。
また、CuとMgを主成分とする金属間化合物の粒径は、金属間化合物の長径(途中で粒界に接しない条件で粒内に最も長く引ける直線の長さ)と短径(長径と直角に交わる方向で、途中で粒界に接しない条件で最も長く引ける直線の長さ)の平均値とする。
ここで、CuとMgを主成分とする金属間化合物は、化学式MgCu
2、プロトタイプMgCu
2、ピアソン記号cF24、空間群番号Fd−3mで表される結晶構造を有するものである。
【0043】
次に、このような構成とされた本実施形態である電子・電気機器用銅合金の製造方法及び電子・電気機器用銅合金塑性加工材の製造方法について、
図2に示すフロー図を参照して説明する。
【0044】
(溶解・鋳造工程S01)
まず、銅原料を溶解して得られた銅溶湯に、前述の元素を添加して成分調整を行い、銅合金溶湯を製出する。なお、Mgの添加には、Mg単体やCu−Mg母合金等を用いることができる。また、Mgを含む原料を銅原料とともに溶解してもよい。また、本合金のリサイクル材およびスクラップ材を用いてもよい。
ここで、銅溶湯は、純度が99.99質量%以上とされたいわゆる4NCuとすることが好ましい。特に、本実施形態では、H,O,S,Cの含有量を上述のように規定していることから、これらの元素の含有量の少ない原料を選別して使用することになる。また、溶解工程では、Mgの酸化を抑制するために、真空炉、あるいは、不活性ガス雰囲気または還元性雰囲気とされた雰囲気炉を用いることが好ましい。
そして、成分調整された銅合金溶湯を鋳型に注入して鋳塊を製出する。なお、量産を考慮した場合には、連続鋳造法または半連続鋳造法を用いることが好ましい。
【0045】
(均質化/溶体化工程S02)
次に、得られた鋳塊の均質化および溶体化のために加熱処理を行う。鋳塊の内部には、凝固の過程においてMgが偏析で濃縮することにより発生したCuとMgを主成分とする金属間化合物等が存在することになる。そこで、これらの偏析および金属間化合物等を消失または低減させるために、鋳塊を400℃以上900℃以下にまで加熱する加熱処理を行うことで、鋳塊内において、Mgを均質に拡散させたり、Mgを母相中に固溶させたりするのである。なお、この均質化/溶体化工程S02は、非酸化性または還元性雰囲気中で実施することが好ましい。また、400℃以上900℃以下にまで加熱された銅素材を、200℃以下の温度にまで、60℃/min以上の冷却速度で冷却する。
ここで、加熱温度が400℃未満では、溶体化が不完全となり、母相中にCuとMgを主成分とする金属間化合物が多く残存するおそれがある。一方、加熱温度が900℃を超えると、銅素材の一部が液相となり、組織や表面状態が不均一となるおそれがある。よって、加熱温度を400℃以上900℃以下の範囲に設定している。より好ましくは500℃以上850℃以下、更に好ましくは520℃以上800℃以下とする。
【0046】
(熱間加工工程S03)
粗加工の効率化と組織の均一化のために、熱間加工を行ってもよい。この熱間加工工程S03における温度条件は特に限定はないが、400℃から900℃の範囲内とすることが好ましい。また、加工後の冷却方法は、水焼入など60℃/min以上の冷却速度で200℃以下にまで冷却することが好ましい。さらに、加工方法については、特に限定はなく、例えば圧延、線引き、押出、溝圧延、鍛造、プレス等を採用することができる。
【0047】
(中間加工工程S04)
次に、銅素材を必要に応じて切断するとともに、表面に生成された酸化膜等を除去するために必要に応じて表面研削を行う。そして、所定の形状へと塑性加工を行う。
なお、この中間加工工程S04における温度条件は特に限定はないが、冷間または温間加工となる−200℃から200℃の範囲内とすることが好ましい。また、加工率は、最終形状に近似するように適宜選択されることになるが、最終形状を得るまでの中間熱処理工程S05の回数を減らすためには、20%以上とすることが好ましい。また、加工率を30%以上とすることがより好ましい。塑性加工方法は特に限定されないが、例えば圧延、線引き、押出、溝圧延、鍛造、プレス等を採用することができる。
【0048】
(中間熱処理工程S05)
中間加工工程S04後に、溶体化の徹底、再結晶組織化または加工性向上のための軟化を目的として熱処理を実施する。
熱処理の方法は特に限定はないが、好ましくは400℃以上900℃以下の条件で、非酸化雰囲気または還元性雰囲気中で熱処理を行う。より好ましくは400℃以上850℃以下、さらに好ましくは520℃以上800℃以下とする。
なお、中間加工工程S04及び中間熱処理工程S05は、繰り返し実施してもよい。
【0049】
ここで、中間熱処理工程S05においては、400℃以上900℃以下にまで加熱された銅素材を、200℃以下の温度にまで、60℃/minの冷却速度で冷却することが好ましい。このように急冷することによって、母相中に固溶したMgがCuとMgを主成分とする金属間化合物として析出することが抑制されることになり、銅素材をCu−Mg過飽和固溶体とすることができる。
【0050】
(仕上加工工程S06)
中間熱処理工程S05後の銅素材を所定の形状に仕上加工を行う。なお、この仕上加工工程S06における温度条件は特に限定はないが、常温で行うことが好ましい。また、加工率は、最終形状に近似するように適宜選択されることになるが、加工硬化によって強度を向上させるためには、20%以上とすることが好ましい。また。さらなる強度の向上を図る場合には、加工率を30%以上とすることがより好ましい。ここで、加工方法に特に限定はなく、例えば最終形態が板や条の場合には圧延、線や棒の場合には線引きや押出や溝圧延等、バルク形状の場合には鍛造やプレス、を採用することができる。
【0051】
(仕上熱処理工程S07)
次に、仕上加工工程S06によって得られた塑性加工材に対して、仕上熱処理を実施する。
熱処理温度は、100℃以上800℃以下の範囲内とすることが好ましい。なお、この仕上熱処理工程S07においては、溶体化されたMgが析出しないように、熱処理条件(温度、時間、冷却速度)を設定する必要がある。例えば200℃では1分〜24時間程度、800℃では1秒〜5秒程度とすることが好ましい。この熱処理は、非酸化雰囲気または還元性雰囲気中で行うことが好ましい。
【0052】
また、冷却方法は、水焼入など、加熱された前記銅素材を、60℃/min以上の冷却速度で、100℃以下にまで冷却することが好ましい。このように急冷することにより、母相中に固溶したMgがCuとMgを主成分とする金属間化合物として析出することが抑制されることになり、銅素材をCu−Mg過飽和固溶体とすることができる。
さらに、上述の仕上加工工程S06と仕上熱処理工程S07とを、繰り返し実施してもよい。
【0053】
このようにして、本実施形態である電子・電気機器用銅合金及び電子・電気機器用銅合金塑性加工材が製出されることになる。なお、電子・電気機器用銅合金塑性加工材の表面にSnめっきを形成してもよい。
また、本実施形態である電子・電気機器用部品及び端子は、上述の電子・電気機器用銅合金塑性加工材に対して、打ち抜き加工、曲げ加工等を施すことによって製造される。
【0054】
以上のような構成とされた本実施形態である電子・電気機器用銅合金によれば、Oの含有量が100massppm以下、Sの含有量が50massppm以下とされているので、Mg酸化物やMg硫化物等からなる介在物量を低減することができ、加工時における欠陥の発生を抑制することができる。また、O及びSと反応することでMgが消費されることを防止でき、機械的特性の劣化を抑制することができる。
また、Hの含有量が10massppm以下とされているので、鋳塊内にブローホール欠陥が発生することを抑制することができ、加工時における欠陥の発生を抑制することができる。
さらに、Cの含有量が10massppm以下とされているので、冷間加工性を確保することができ、加工時における欠陥の発生を抑制することができる。
【0055】
また、本実施形態の電子・電気機器用銅合金においては、走査型電子顕微鏡観察において、粒径0.1μm以上のCuとMgを主成分とする金属間化合物の平均個数が、1個/μm
2以下とされるとともに、導電率σ(%IACS)が、Mgの含有量をA原子%としたときに、
σ≦1.7241/(−0.0347×A
2+0.6569×A+1.7)×100の範囲内とされており、Mgが母相中に過飽和に固溶したCu−Mg過飽和固溶体とされている。
【0056】
このため、母相中には、割れの起点となる粗大なCuとMgを主成分とする金属間化合物が多く分散されておらず、曲げ加工性が向上することになる。よって、複雑な形状のコネクタ等の端子、リレー、リードフレーム等の電子・電気機器用部品等を成形することが可能となる。さらに、Mgを過飽和に固溶させていることから、加工硬化によって強度を向上させることが可能となる。
【0057】
ここで、本実施形態では、上述の組成とされた銅素材を400℃以上900℃以下の温度にまで加熱するとともに、加熱された銅素材を60℃/min以上の冷却速度で、200℃以下にまで冷却する均質化/溶体化処理工程S02、中間熱処理工程S05及び仕上熱処理工程S07と、銅素材を塑性加工する中間加工工程S04及び仕上加工工程S06と、を有する製造方法によって製造されているので、電子・電気機器用銅合金を、上述のように、Mgが母相中に過飽和に固溶したCu−Mg過飽和固溶体とすることができる。
【0058】
また、本実施形態である電子・電気機器用部品及び端子は、上述の電子・電気機器用銅合金塑性加工材を用いて製造されているので、耐力が高く、かつ、曲げ加工性に優れており、複雑な形状であっても割れ等がなく、信頼性が向上することになる。
【0059】
(第二の実施形態)
次に、本発明の第二の実施形態である電子・電気機器用銅合金について説明する。
本実施形態である電子・電気機器用銅合金の成分組成は、Mgを1.3mass%以上2.8mass%以下の範囲で含み、残部が実質的にCu及び不可避不純物とされており、いわゆるCu−Mgの2元系合金とされている。
【0060】
また、本実施形態である電子・電気機器用銅合金においては、不純物元素であるH,O,S,Cの含有量が以下のように定められている。
H:10massppm以下
O:100massppm以下
S:50massppm以下
C:10massppm以下
【0061】
そして、本実施形態である電子・電気機器用銅合金においては、板表面における{111}面からのX線回折強度をI{111}、{200}面からのX線回折強度をI{200}、{220}面からのX線回折強度をI{220}、{311}面からのX線回折強度をI{311}、{220}面からのX線回折強度の割合R{220}をR{220}=I{220}/(I{111}+I{200}+I{220}+I{311})とした場合に、R{220}が0.9以下とされている。
【0062】
板表面における{220}面は、圧延集合組織によるものであり、この{220}面の割合が高くなると、圧延方向に対して曲げの軸が平行となるように曲げ加工を行った場合に、曲げ加工の応力方向に対して滑り系が活動しにくい方位関係となる。これにより、曲げ加工時に変形が局所的に発生し、クラックの原因となる。
このため、本実施形態では、板表面における{220}面からのX線回折強度の割合R{220}を0.9以下に抑制している。また、{220}面からのX線回折強度の割合R{220}は、上記の範囲内でも0.85以下が好ましく、さらには0.8以下が好ましい。
なお、{220}面からのX線回折強度の割合R{220}の下限には、特に規定はないが、0.3以上とすることが好ましい。さらには下限を0.4以上とすることが好ましい。
【0063】
次に、このような構成とされた本実施形態である電子・電気機器用銅合金の製造方法及び電子・電気機器用銅合金塑性加工材の製造方法について、
図3に示すフロー図を参照して説明する。
本実施形態では、
図3に示すように、溶解・鋳造工程S01、均質化/溶体化処理工程S02、粗加工工程S13、熱処理工程S14、中間加工工程S04、中間熱処理工程S05、仕上加工工程S06、仕上熱処理工程S07を備えており、
図2に示す第一の実施形態における電子・電気機器用銅合金の製造方法のうち、熱間加工工程S03が粗加工工程S13及び熱処理工程S14に置き換えられている。よって、溶解・鋳造工程S01、均質化/溶体化処理工程S02、中間加工工程S04、中間熱処理工程S05、仕上加工工程S06、仕上熱処理工程S07は、第一の実施形態と同様である。
【0064】
(粗加工工程S13)
粗加工工程S13では、鋳造組織の均一化をさらに促進させるために、均質化/溶体化工程S02を経た鋳塊に対して粗加工を行う。なお、この粗加工工程S13における温度条件は特に限定はないが、析出を抑制するために、冷間または温間加工となる−200℃から200℃の範囲内とすることが好ましい。加工率については、20%以上が好ましく、30%以上がさらに好ましい。また、加工方法については、特に限定はなく、例えば圧延、線引き、押出、溝圧延、鍛造、プレス等を採用することができる。
【0065】
(熱処理工程S14)
溶体化の徹底のため、粗加工工程S13の後に熱処理を行う。熱処理条件は、400℃以上900℃以下で、非酸化雰囲気中または還元雰囲気中で行うことが好ましい。
また、冷却方法は、水焼入など、加熱された前記銅素材を、60℃/min以上の冷却速度で、200℃以下にまで冷却することが好ましい。
【0066】
このようにして、本実施形態である電子・電気機器用銅合金及び電子・電気機器用銅合金塑性加工材が製出されることになる。
また、本実施形態である電子・電気機器用部品及び端子は、上述の電子・電気機器用銅合金塑性加工材に対して、打ち抜き加工、曲げ加工等を施すことによって製造される。
【0067】
以上のような構成とされた本実施形態である電子・電気機器用銅合金によれば、第一の実施形態と同様の作用効果を奏することが可能となる。
また、本実施形態においては、板表面における{220}面からのX線回折強度の割合R{220}が0.9以下とされているので、圧延集合組織である{220}面の割合が少なく、圧延方向に対して曲げの軸が平行となるように曲げ加工した場合であっても、クラックの発生を抑制することができる。よって、耐力を維持したまま曲げ加工性を向上させることができ、耐力−曲げバランスを著しく向上させることが可能となる。
【0068】
(第三の実施形態)
次に、本発明の第三の実施形態である電子・電気機器用銅合金について説明する。
本実施形態である電子・電気機器用銅合金の成分組成は、Mgを1.3mass%以上2.8mass%以下の範囲で含み、残部が実質的にCu及び不可避不純物とされており、いわゆるCu−Mgの2元系合金とされている。
【0069】
また、本実施形態である電子・電気機器用銅合金においては、不純物元素であるH,O,S,Cの含有量が以下のように定められている。
H:10massppm以下
O:100massppm以下
S:50massppm以下
C:10massppm以下
【0070】
そして、本実施形態である電子・電気機器用銅合金においては、圧延方向に対して平行方向に引張試験を行った際の強度TSと0.2%耐力YSとから算出される降伏比YS/TSが90%を超えるように構成されている。
さらに、本実施形態である電子・電気機器用銅合金においては、平均結晶粒径が50μm以下とされている。
【0071】
(降伏比)
圧延方向に対して平行方向に引張試験を行った際の強度TSと0.2%耐力YSとから算出される降伏比YS/TSが90%を超えていると、強度TSに対して相対的に0.2%耐力が高くなる。曲げ性は、破壊の問題であり、強度と強い相関がある。このため、強度に対して相対的に0.2%耐力が高い場合には、耐力―曲げバランスが高くなり、曲げ加工性に優れることになる。
ここで、上述の作用効果を確実に奏功せしめるためには、降伏比を91%以上、さらには92%以上とすることが好ましい。
【0072】
(平均結晶粒径)
本実施形態である電子・電気機器用銅合金においては、平均結晶粒径が50μm以下とされている。結晶粒径が小さくなると降伏比YS/TSが向上することから、平均結晶粒径を50μm以下に設定することで、圧延方向に対して平行方向における降伏比YS/TSを確実に90%超えとすることが可能となる。
なお、平均結晶粒径は、40μm以下とすることが好ましく、30μm以下とすることがさらに好ましい。最も望ましくは10μmが良い。
【0073】
次に、このような構成とされた本実施形態である電子・電気機器用銅合金の製造方法及び電子・電気機器用銅合金塑性加工材の製造方法について、
図4に示すフロー図を参照して説明する。
本実施形態では、
図4に示すように、溶解・鋳造工程S01、加熱工程S22、急冷工程S23、中間加工工程S04、中間熱処理工程S05、仕上加工工程S06、仕上熱処理工程S07を備えており、
図2に示す第一の実施形態における電子・電気機器用銅合金の製造方法のうち、均質化/溶体化工程S02及び熱間加工工程S03が加熱工程S22及び急冷工程S23に置き換えられている。よって、溶解・鋳造工程S01、中間加工工程S04、中間熱処理工程S05、仕上加工工程S06、仕上熱処理工程S07は第一の実施形態と同様である。
【0074】
(加熱工程S22)
加熱工程S22では、得られた鋳塊の均質化および溶体化のために加熱処理を行う。鋳塊の内部には、凝固の過程においてMgが偏析で濃縮することにより発生したCuとMgを主成分とする金属間化合物等が存在することになる。そこで、これらの偏析および金属間化合物等を消失または低減させるために、鋳塊を400℃以上900℃以下にまで加熱する加熱処理を行うことで、鋳塊内において、Mgを均質に拡散させたり、Mgを母相中に固溶させたりするのである。なお、この加熱工程S22は、非酸化性または還元性雰囲気中で実施することが好ましい。
ここで、加熱温度が400℃未満では、溶体化が不完全となり、母相中にCuとMgを主成分とする金属間化合物が多く残存するおそれがある。一方、加熱温度が900℃を超えると、銅素材の一部が液相となり、組織や表面状態が不均一となるおそれがある。よって、加熱温度を400℃以上900℃以下の範囲に設定している。より好ましくは400℃以上850℃以下、更に好ましくは420℃以上800℃以下とする。
【0075】
(急冷工程S23)
急冷工程S23では、加熱工程S22において400℃以上900℃以下にまで加熱された銅素材を、200℃以下の温度にまで、60℃/min以上の冷却速度で冷却する。この急冷工程S23により、母相中に固溶したMgが、CuとMgを主成分とする金属間化合物として析出することを抑制し、走査型電子顕微鏡観察において、粒径0.1μm以上のCuとMgを主成分とする金属間化合物の平均個数を1個/μm
2以下とすることができる。すなわち、銅素材をCu−Mg過飽和固溶体とすることができるのである。
なお、粗加工の効率化と組織の均一化のために、前述の加熱工程S22の後に熱間加工を実施し、この熱間加工の後に上述の急冷工程S23を実施する構成としてもよい。この場合、加工方法に特に限定はなく、加工方法に特に限定はなく、例えば圧延、線引き、押出、溝圧延、鍛造、プレス等を採用することができる。
【0076】
このようにして、本実施形態である電子・電気機器用銅合金及び電子・電気機器用銅合金塑性加工材が製出されることになる。
また、本実施形態である電子・電気機器用部品及び端子は、上述の電子・電気機器用銅合金塑性加工材に対して、打ち抜き加工、曲げ加工等を施すことによって製造される。
【0077】
以上のような構成とされた本実施形態である電子・電気機器用銅合金によれば、第一の実施形態と同様の作用効果を奏することが可能となる。
また、本実施形態においては、圧延方向に対して平行方向に引張試験を行った際の強度TSと0.2%耐力YSとから算出される降伏比YS/TSが90%超えとされているので、耐力―曲げバランスが高くなり、圧延方向に対して平行方向における曲げ加工性が優れる。
よって、リレーや大型端子のように、銅合金圧延板の圧延方向に対して平行方向に曲げ加工させた場合であっても、割れ等の発生を抑制することができる。
【0078】
また、本実施形態の電子・電気機器用銅合金においては、平均結晶粒径が50μm以下とされているので、降伏比YS/TSを向上させることができ、圧延方向に対して平行方向における降伏比YS/TSを確実に90%超えとすることが可能となる。
【0079】
以上、本発明の実施形態である電子・電気機器用銅合金、電子・電気機器用銅合金塑性加工材、電子・電気機器用部品及び端子について説明したが、本発明はこれに限定されることはなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
例えば、上述の実施形態では、電子・電気機器用銅合金の製造方法及び電子・電気機器用銅合金塑性加工材の製造方法の一例について説明したが、製造方法は本実施形態に限定されることはなく、既存の製造方法を適宜選択して製造してもよい。
【0080】
また、本実施形態では、Cu−Mgの2元系合金を例に挙げて説明したが、これに限定されることはなく、Sn、Zn、Al、Ni、Si、Mn、Li、Ti、Fe、Co、Cr、Zr、Pのうち1種または2種以上を合計で0.01mass%以上3.0mass%以下の範囲内で含んでいてもよい。
Sn、Zn、Al、Ni、Si、Mn、Li、Ti、Fe、Co、Cr、Zr、Pといった元素は、Cu−Mg合金の強度等の特性を向上させる元素であることから、要求特性に応じて適宜添加することが好ましい。ここで、添加量の合計を0.01mass%以上としているので、Cu−Mg合金の強度を確実に向上させることができる。一方、添加量の合計を3.0mass%以下としているので、導電率を確保することができる。
なお、上述の元素を含有する場合には、実施形態で説明した導電率の規定は適用されないが、析出物の分布状態からCu−Mgの過飽和固溶体であることを確認することができる。
【実施例】
【0081】
(実施例1)
以下に、本発明の効果を確認すべく行った確認実験の結果について説明する。
H含有量が0.1ppm以下、O含有量が1.0ppm以下、S含有量が1.0ppm以下、C含有量が0.3ppm以下、Cuの純度99.99質量%以上の選別した銅を原料として準備し、これを高純度アルミナ坩堝内に装入して、高純度Arガス(露点−80℃以下)雰囲気において高周波溶解炉を用いて溶解した。銅合金溶湯内に、各種元素を添加するとともに、H,Oを導入する場合には、溶解時の雰囲気を高純度Arガス(露点−80℃以下)、高純度N
2ガス(露点−80℃以下)、高純度O
2ガス(露点−80℃以下)、高純度H
2ガス(露点−80℃以下)を用いて、Ar−N
2―H
2およびAr−O
2混合ガス雰囲気とした。Cを導入する場合には、溶解において溶湯表面にC粒子を被覆させ、溶湯と接触させた。また、Sを導入する場合には、直接、Sを添加した。これにより、表1に示す成分組成の合金溶湯を溶製し、鋳型に注湯して鋳塊を製出した。なお、鋳塊の大きさは、厚さ約120mm×幅約220mm×長さ約300mmとした。
続いて各鋳塊について、切断・表面研削を実施後、鋳塊の成分分析を行った。なお、Mg及びその他の添加元素の分析は、誘導結合プラズマ発光分光分析法で行った。また、Hの分析は、熱伝導度法で行い、O,S,Cの分析は、赤外線吸収法で行った。
【0082】
得られた鋳塊から鋳肌近傍を面削し、100mm×200mm×100mmのブロックを切り出した。
このブロックを、Arガス雰囲気中において、表2に記載の温度条件で4時間の加熱を行い、均質化/溶体化処理を行った。
【0083】
熱処理を行った銅素材を、適宜、最終形状に適した形にするために、切断するとともに、酸化被膜を除去するために表面研削を実施した。その後、常温で、表2に記載された圧延率で中間圧延を実施した。
そして、得られた条材に対して、表2に記載された条件でソルトバスにて中間熱処理を実施した。その後、水焼入れを実施した。
【0084】
次に、表2に示す圧延率で仕上圧延を実施し、厚さ0.25mm、幅約200mmの薄板を製出した。上記の仕上圧延時には、表面に圧延油を塗布して冷間圧延を行った。
そして、仕上圧延後に、表2に示す条件で、Ar雰囲気中で仕上熱処理を実施し、その後、水焼入れを行い、特性評価用薄板を作成した。
【0085】
(加工性評価)
加工性の評価として、前述の中間圧延及び仕上圧延時における耳割れの有無を観察した。目視で耳割れが全くあるいはほとんど認められなかったものを◎、長さ1mm未満の小さな耳割れが発生したものを○、長さ1mm以上3mm未満の耳割れが発生したものを△、長さ3mm以上の大きな耳割れが発生したものを×、耳割れに起因して圧延途中で破断したものを××とした。
なお、耳割れの長さとは、圧延材の幅方向端部から幅方向中央部に向かう耳割れの長さのことである。
【0086】
(析出物観察)
各試料の圧延面に対して、鏡面研磨、イオンエッチングを行った。CuとMgを主成分とする金属間化合物の析出状態を確認するため、FE−SEM(電界放出型走査電子顕微鏡)を用い、1万倍の視野(約120μm
2/視野)で観察を行った。
次に、CuとMgを主成分とする金属間化合物の密度(個/μm
2)を調査するために、金属間化合物の析出状態が特異ではない1万倍の視野(約120μm
2/視野)を選び、その領域で、5万倍で連続した10視野(約4.8μm
2/視野)の撮影を行った。金属間化合物の粒径については、金属間化合物の長径(途中で粒界に接しない条件で粒内に最も長く引ける直線の長さ)と短径(長径と直角に交わる方向で、途中で粒界に接しない条件で最も長く引ける直線の長さ)の平均値とした。そして、粒径0.1μm以上のCuとMgを主成分とする金属間化合物の密度(個/μm
2)を求めた。
【0087】
(機械的特性)
特性評価用条材からJIS Z 2241に規定される13B号試験片を採取し、JIS Z 2241のオフセット法により、0.2%耐力σ
0.2を測定した。また、弾性域の傾きからヤング率を算出した。なお、試験片は、圧延方向に垂直な方向で採取した。
【0088】
(引張試験の破断回数)
上記の13B号試験片を用いて引張試験を10回行い、降伏点を迎える前に弾性域で引張試験片が破断した個数を引張試験の破断回数とし、測定を行った。なお弾性域とは応力ひずみ曲線において線形の関係を満たす領域のことを指す。この破断回数が多いほど、介在物によって加工性が低下していることになる。
【0089】
(導電率)
特性評価用条材から幅10mm×長さ150mmの試験片を採取し、4端子法によって電気抵抗を求めた。また、マイクロメータを用いて試験片の寸法測定を行い、試験片の体積を算出した。そして、測定した電気抵抗値と体積とから、導電率を算出した。なお、試験片は、その長手方向が特性評価用条材の圧延方向に対して垂直になるように採取した。
【0090】
条件、評価結果について、表1、2、3に示す。
【0091】
【表1】
【0092】
【表2】
【0093】
【表3】
【0094】
Mgの含有量が本発明の範囲よりも低い比較例1においては、0.2%耐力が453MPaと低かった。
Mgの含有量が本発明の範囲よりも高い比較例2においては、中間圧延時に大きな耳割れが発生し、その後の特性評価を実施することが不可能であった。
Hの含有量が本発明の範囲よりも高い比較例3においては、中間圧延時に長さ1mm以上の耳割れが発生した。また、引張試験を10回実施したが全て弾性域で引張試験片が破断してしまい、0.2%耐力σ
0.2を測定できなかった。
Oの含有量が本発明の範囲よりも高い比較例4及びSの含有量が本発明の範囲よりも高い比較例5においては、中間圧延時に長さ1mm以上の耳割れが発生した。また、引張試験を10回実施した結果、弾性域における引張試験片の破断が8回発生しており、介在物による加工性の劣化が認められた。
Cの含有量が本発明の範囲よりも高い比較例6においては、引張試験を10回実施した結果、弾性域における引張試験片の破断が6回発生しており、介在物による加工性の劣化が認められた。
【0095】
これに対して、Mg,H,O,S,Cの含有量が本発明の範囲内とされた本発明例1−7においては、0.2%耐力が高く、かつ、耳割れの発生もなく、引張試験における弾性域での破断も確認されなかった。
また、Mg,H,O,S,Cの含有量が本発明の範囲内とされ、さらに添加元素を含有する本発明例8−14においても、0.2%耐力が高く、かつ、耳割れの発生もなく、引張試験における弾性域での破断も確認されなかった。
【0096】
以上のことから、本発明例によれば、機械的特性に優れるとともに、板厚を薄く、あるいは、線径を細く加工した場合であっても欠陥の発生を抑制することが可能な電子・電気機器用銅合金、電子・電気機器用銅合金塑性加工材、電子・電気機器用部品及び端子を提供することができることが確認された。
【0097】
(実施例2)
次に、実施例1と同様の方法によって、表4に示す成分組成の鋳塊を製出した。なお、鋳塊の大きさは、厚さ約150mm×幅約350mm×長さ約2000mmとした。得られた鋳塊から鋳肌近傍を10mm以上面削し、100mm×200mm×100mmのブロックを切り出した。
このブロックを、Arガス雰囲気中において、表5に記載の温度条件で4時間の加熱を行い、均質化/溶体化処理を行った。
その後、表5に記載の条件で粗加工として粗圧延を実施した後、ソルトバスを用いて表1に記載された温度条件で1時間の熱処理を行い、水焼入れを実施した。
【0098】
熱処理を行った銅素材を切断するとともに、酸化被膜を除去するために表面研削を実施した。その後、常温で、表5に記載された圧延率で中間圧延を実施した。
そして、得られた条材に対して、表5に記載された条件でソルトバスにて中間熱処理を実施した。その後、水焼入れを実施した。
次に、表5に示す圧延率で仕上圧延を実施し、厚さ0.25mm、幅約200mmの薄板を製出した。上記の冷間圧延時には、表面に圧延油を塗布して冷間圧延を行った。
そして、仕上圧延後に、表5に示す条件で、Ar雰囲気中で仕上熱処理を実施し、その後、水焼入れを行い、特性評価用薄板を作成した。
【0099】
実施例1と同様に、加工性評価(中間圧延及び仕上圧延時における耳割れの有無)、析出物観察、0.2%耐力、導電率の測定を行った。また、以下のような手順により、X線回折強度、曲げ加工性を評価した。
【0100】
(X線回折強度)
板表面における{111}面からのX線回折強度をI{111}、{200}面からのX線回折強度I{200}、{220}面からのX線回折強度I{220}、{311}面からのX線回折強度I{311}は、次のような手順で測定する。特性評価用薄板から測定試料を採取し、反射法で、測定試料に対して1つの回転軸の回りのX線回折強度を測定した。ターゲットにはCuを使用し、KαのX線を使用した。管電流40mA、管電圧40kV、測定角度40〜150°、測定ステップ0.02°の条件で測定し、回折角とX線回折強度のプロファイルにおいて、X線回折強度のバックグラウンドを除去後、各回折面からのピークのKα1とKα2を合わせた積分X線回折強度Iを求め、以下の式から、R{220}の値を求めた。
R{220}=I{220}/(I{111}+I{200}+I{220}+I{311})
【0101】
(曲げ加工性)
日本伸銅協会技術標準JCBA−T307:2007の4試験方法に準拠して曲げ加工を行った。
圧延方向と試験片の長手方向が垂直になるように、特性評価用条材から幅10mm×長さ30mmの試験片を複数採取し、曲げ角度が90度、曲げ半径0.25mmのW型の治具を用い、W曲げ試験を行った。
そして、曲げ部の外周部を目視で確認し割れが観察された場合は×、破断や微細な割れを確認できない場合を○として判定を行った。
【0102】
成分組成、製造条件、評価結果について、表4、5,6に示す。
【0103】
【表4】
【0104】
【表5】
【0105】
【表6】
【0106】
{220}面からのX線回折強度の割合R{220}が、0.9以下とされた本発明例101−114においては、0.2%耐力が高く、かつ、曲げ加工性も良好であり、耐力―曲げバランスに優れていることが確認された。
【0107】
(実施例3)
次に、実施例1と同様の方法によって、表7に示す成分組成の鋳塊を製出した。鋳塊を製出した。なお、鋳塊の大きさは、厚さ約150mm×幅約350mm×長さ約2000mmとした。得られた鋳塊から鋳肌近傍を10mm以上面削し、100mm×200mm×100mmのブロックを切り出した。
このブロックを、Arガス雰囲気中において、表8に記載の温度条件で4時間の加熱を行う加熱工程を実施し、その後、水焼き入れを実施した。
【0108】
熱処理後の鋳塊を切断するとともに、酸化被膜を除去するために表面研削を実施した。
その後、常温で、表1に記載された圧延率で中間圧延を実施した。そして、得られた条材に対して、表8に記載された温度の条件でソルトバスにて中間熱処理を実施した。その後、水焼入れを実施した。
次に、表8に示す圧延率で仕上圧延を実施し、厚さ0.25mm、幅約200mmの条材を製出した。
そして、仕上圧延後に、表8に示す条件で、Ar雰囲気中で仕上熱処理を実施し、その後、水焼入れを行い、特性評価用条材を作成した。
【0109】
実施例1と同様に、加工性評価(中間圧延及び仕上圧延時における耳割れの有無)、析出物観察、導電率の測定を行った。また、以下のような手順により、平均結晶粒径、機械的特性を評価した。
【0110】
(平均結晶粒径)
各試料において、圧延面を鏡面研磨した後エッチングを行い、光学顕微鏡にて、圧延方向が写真の横になるように撮影し、1000倍の視野(約300×200μm
2)で観察を行った。そして、結晶粒径をJIS H 0501の切断法にしたがい、写真の縦、横の所定長さの線分を5本ずつ引き、完全に切られる結晶粒数を数え、その切断長さの平均値を平均結晶粒径として算出した。
結晶粒径が10μm以下と微細な場合は、SEM−EBSD(Electron Backscatter Diffraction Patterns)測定装置によって、平均結晶粒径を測定した。耐水研磨紙、ダイヤモンド砥粒を用いて機械研磨を行った後、コロイダルシリカ溶液を用いて仕上げ研磨を行った。その後、走査型電子顕微鏡を用いて、試料表面の測定範囲内の個々の測定点(ピクセル)に電子線を照射し、後方散乱電子線回折による方位解析により、隣接する測定点間の方位差が15°以上となる測定点間を大傾角粒界とし、15°以下を小傾角粒界とした。大傾角粒界を用いて、結晶粒界マップを作成し、JIS H 0501の切断法に準拠し、結晶粒界マップに対して、縦、横の所定長さの線分を5本ずつ引き、完全に切られる結晶粒数を数え、その切断長さの平均値を平均結晶粒径とした。
【0111】
(機械的特性)
特性評価用条材からJIS Z 2241に規定される13B号試験片を採取し、JIS Z 2241のオフセット法により、強度TS、0.2%耐力YSを測定した。なお、試験片は、圧延方向に平行な方向で採取した。そして、得られた強度TS、0.2%耐力YSから、降伏比YS/TSを算出した。
【0112】
成分組成、製造条件、評価結果について、表7、8,9に示す。
【0113】
【表7】
【0114】
【表8】
【0115】
【表9】
【0116】
本発明例201−214においては、いずれも降伏比YS/TSが90%を超えており、強度TS、0.2%耐力YSともに高くなっていた。さらに、曲げ加工性も良好であることが確認された。