特許第5962775号(P5962775)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5962775クロマトグラフ質量分析用データ処理装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5962775
(24)【登録日】2016年7月8日
(45)【発行日】2016年8月3日
(54)【発明の名称】クロマトグラフ質量分析用データ処理装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 30/86 20060101AFI20160721BHJP
   G01N 30/74 20060101ALI20160721BHJP
   G01N 30/72 20060101ALI20160721BHJP
   G01N 27/62 20060101ALI20160721BHJP
【FI】
   G01N30/86 J
   G01N30/74 E
   G01N30/72 A
   G01N30/72 C
   G01N27/62 D
   G01N27/62 X
【請求項の数】5
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2014-556234(P2014-556234)
(86)(22)【出願日】2013年1月8日
(86)【国際出願番号】JP2013050062
(87)【国際公開番号】WO2014108992
(87)【国際公開日】20140717
【審査請求日】2015年5月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】勝山 祐治
【審査官】 大瀧 真理
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2012/004847(WO,A1)
【文献】 特開2010−181350(JP,A)
【文献】 特開2001−108665(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/00 − 30/96
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マルチチャンネル型検出器を有するクロマトグラフと質量分析装置とを組み合わせたクロマトグラフ質量分析装置により収集されたデータを処理するデータ処理装置であって、
a)前記マルチチャンネル型検出器により収集された、時間、波長、及び吸光度をディメンジョンとする第1の3次元クロマトグラムデータに基づいて作成されるクロマトグラムにおいて目的化合物由来のピークを検出する第1ピーク検出部と、
b)前記質量分析装置により収集された、時間、質量電荷比、及び信号強度をディメンジョンとする第2の3次元クロマトグラムデータに基づいて作成されるクロマトグラムにおいて前記目的化合物由来のピークを検出する第2ピーク検出部と、
c)前記第1ピーク検出部で検出された目的化合物由来のピークについて、該ピークが現れる期間中の他の各時点における評価対象吸光度スペクトルと、該ピークのピークトップにおける基準吸光度スペクトル又は前記評価対象吸光度スペクトルから所定期間離れた時点における基準吸光度スペクトルとのパターンの類似度をそれぞれ計算する第1類似度算出部と、
d)前記第2ピーク検出部で検出された前記目的化合物由来のピークについて、該ピークが現れる期間中の各時点における評価対象マススペクトルと、該ピークのピークトップにおける基準マススペクトル又は前記評価対象マススペクトルから所定期間離れた時点における基準マススペクトルとのパターンの類似度をそれぞれ計算する第2類似度算出部と、
e)前記第1類似度算出部により算出された各時点における類似度を時間軸上にプロットしたグラフ、及び前記第2類似度算出部により算出された各時点における類似度を時間軸上にプロットしたグラフを作成し、それら二つの類似度に関するグラフを表示画面上に比較可能に表示する類似度評価情報提示部と、
を備えることを特徴とするクロマトグラフ質量分析用データ処理装置。
【請求項2】
マルチチャンネル型検出器を有するクロマトグラフと質量分析装置とを組み合わせたクロマトグラフ質量分析装置により収集されたデータを処理するデータ処理装置であって、
a)前記マルチチャンネル型検出器により収集された、時間、波長、及び吸光度をディメンジョンとする第1の3次元クロマトグラムデータに基づいて作成されるクロマトグラムにおいて目的化合物由来のピークを検出する第1ピーク検出部と、
b)前記質量分析装置により収集された、時間、質量電荷比、及び信号強度をディメンジョンとする第2の3次元クロマトグラムデータに基づいて作成されるクロマトグラムにおいて前記目的化合物由来のピークを検出する第2ピーク検出部と、
c)前記第1ピーク検出部で検出された目的化合物由来のピークについて、該ピークが現れる期間中の他の各時点における評価対象吸光度スペクトルと、該ピークのピークトップにおける基準吸光度スペクトル又は前記評価対象吸光度スペクトルから所定期間離れた時点における基準吸光度スペクトルとのパターンの類似度をそれぞれ計算する第1類似度算出部と、
d)前記第2ピーク検出部で検出された前記目的化合物由来のピークについて、該ピークが現れる期間中の各時点における評価対象マススペクトルと、該ピークのピークトップにおける基準マススペクトル又は前記評価対象マススペクトルから所定期間離れた時点における基準マススペクトルとのパターンの類似度をそれぞれ計算する第2類似度算出部と、
e)前記第1類似度算出部により算出された各時点における類似度を時間軸上にプロットしたグラフ、及び前記第2類似度算出部により算出された各時点における類似度を時間軸上にプロットしたグラフ、に基づき、前記目的化合物由来のピークが単一成分由来であるか否かを判定する判定部と、
を備えることを特徴とするクロマトグラフ質量分析用データ処理装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のクロマトグラフ質量分析用データ処理装置であって、
前記第類似度算出部による類似度に基づく前記グラフ上で、類似度が落ち込む負のピークのピークトップ付近のマススペクトルと、その負のピークに近く該ピークの立ち下がり前又は立ち上がり後である時点のマススペクトルとの差分マススペクトルを求める減算処理部と、
前記差分マススペクトルに基づいて前記負のピークに対応した成分を推定する不純物推定部と、
をさらに備えることを特徴とするクロマトグラフ質量分析用データ処理装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のクロマトグラフ質量分析用データ処理装置であって、
前記第類似度算出部は、類似度の計算前に各マススペクトルのバックグラウンドノイズを除去する処理を実行することを特徴とするクロマトグラフ質量分析用データ処理装置。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載のクロマトグラフ質量分析用データ処理装置であって、
前記第類似度算出部は、類似度の計算前に各マススペクトルに対し所定の閾値以下のピークを除去する処理を実行することを特徴とするクロマトグラフ質量分析用データ処理装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体クロマトグラフ質量分析装置(LC/MS)やガスクロマトグラフ質量分析装置(GC/MS)等のクロマトグラフ質量分析装置で収集されたデータを処理するクロマトグラフ質量分析用データ処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
液体クロマトグラフ(LC)やガスクロマトグラフ(GC)などにより試料を分析すると、該試料に含まれる成分に対応するピークがクロマトグラム上に現れる。クロマトグラム上のピークの大きさは成分の濃度又は量に依存するから、ピークが単一成分に対応するものであれば、該ピークの高さ値や面積値に基づいて該当成分の濃度や含有量を求めることが可能である。しかしながら、クロマトグラム上で単一形状に見えるピークが必ずしも単一成分によるものであるとは限らず、カラムで充分には分離されなかった複数の成分が重なり合っている場合や、夾雑物等、意図しない成分が目的成分に重なってしまっている場合がしばしばある。そこで、従来より、クロマトグラム上のピークが単一成分によるものかどうかを判定するために、クロマトグラムピーク純度判定処理が行われている。
【0003】
例えば非特許文献1、特許文献1には、PDA(Photo Diode Array)検出器等のマルチチャンネル型検出器を用いた液体クロマトグラフで得られるクロマトグラムにおけるピーク純度判定処理手法が開示されている。この液体クロマトグラフでは、カラムからの溶出液に対して吸光度スペクトルを繰り返し取得することで、時間、波長、及び吸光度という三つのディメンジョンを持つ3次元クロマトグラムデータ(図2(a)参照)を得ることができ、該データからクロマトグラムに現れるピークの任意の時点における吸光度スペクトルを作成することができる。
【0004】
いま、吸光度スペクトルは波長毎の吸光度の集合であると捉えることができるから、或る二つの吸光度スペクトルS1、S2を次のようなベクトルとして表現することとする。
↑S1=(a11)、a12)、…、a1n))
↑S2=(a21)、a22)、…、a2n))
ここで、a1i)、a2i)は波長λiにおける吸光度である。
【0005】
波長がλ1、λ2の二つのみであるとすると、ベクトル表現された二つの吸光度スペクトル↑S1、↑S2は、図6に示すように、2次元空間上で原点を始点とするベクトルとして表せる。波長数が三以上である場合には、その波長数の多次元空間上のベクトルを考えればよい。或る二つの吸光度スペクトルS1、S2のカーブの形状が相似形であれば、二つのベクトル↑S1、↑S2は同じ方向を向き、両ベクトル↑S1、↑S2のなす角度θは零になる。一般に、この角度θが小さいほど二つの吸光度スペクトルS1、S2のカーブの形状の類似度は高くなる。そこで、cosθを計算し、これを二つの吸光度スペクトルS1、S2の類似度SIとして定義する。即ち、或る二つの吸光度スペクトルS1、S2の類似度SIは次の(1)式から求まる。
【数1】
また、ベクトル↑S1、↑S2の各要素で(1)式を表現すると(2)式となる。
【数2】
(1)式又は(2)式により計算される類似度SIの値が1に近いほど、二つの吸光度スペクトルS1、S2の形状はよく一致しているといえる。
【0006】
特許文献1に記載のピーク純度判定方法では、例えば純度判定対象である目的のクロマトグラムピークのピークトップにおける吸光度スペクトルをS1、該目的ピークの開始点から終了点までのピーク期間中の任意の時点で得られた吸光度スペクトルをS2とし、各時点における類似度SIをそれぞれ計算する。そして、計算された類似度SIの値の時間経過に対する変化が一目で分かるように、クロマトグラムピークの領域内を類似度SIの値に応じて色分け表示するようにしている。
【0007】
目的ピークが目的成分のみに由来するものであれば、上記類似度SIはピークトップ付近で最も高く、ピークトップから遠ざかるに従い徐々に低くなり、その形状はピークの中心軸を挟んで概ね左右対称となる。これに対し、目的ピークのピークトップよりも前方又は後方に不純物が存在する場合には、目的ピークのピークトップの前方又は後方の一方において他方に比べて大きな類似度の低下がみられる筈である。これにより、オペレータはその付近の時間範囲において不純物が含まれる可能性が高いと判断することができる。
【0008】
しかしながら、上述した従来のピーク純度判定方法では、或る目的ピークに対して、吸光度スペクトルのカーブの形状が類似している別の成分のピークが重なった場合、それによる類似度の低下の度合いは小さいために不純物が含まれているか否かの判定は困難であった。また、目的ピークに不純物が重なっていることが判明したとしても、その不純物が何であるのかまで推定することはできなかった。
【0009】
なお、特に単一成分を含む試料中の該成分の定量分析を行う場合には、カラムを用いない(つまりは成分分離を行わない)フローインジェクション分析(FIA=Flow Injection Analysis)法が用いられることがある。FIA法は、液体クロマトグラフ用のインジェクタなどを用いて一定流量で送給される移動相中に所定量の試料を注入し、移動相の流れに乗せて試料を検出器へと導入する手法であり、カラム出口からの溶出液と同様に、目的成分の濃度は時間経過に伴って略山型状に変化する。このようなFIA法により導入された試料をマルチチャンネル型検出器で検出する場合に得られるデータも、時間、波長、及び吸光度という三つのディメンジョンを持つ3次元データとなり、上記のような液体クロマトグラフにより収集されるデータと実質的に同じである。そのため、本明細書でいうところの「クロマトグラフ質量分析装置」は、クロマトグラフのカラムを通してだけでなく、FIA法により質量分析装置に試料を導入する装置も含むものとする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第2936700号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】水戸康敬、北岡光夫、「島津HPLC用フォトダイオードアレイUV−VIS検出器SPD−M6A」、島津評論、第46巻、第1号、1989年7月、pp.21-28
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その主たる目的は、目的とする化合物のクロマトグラムピークに対して該目的化合物と吸光度スペクトルの形状が類似した別の成分のピークが重なっているような場合であっても不純物の重なりを識別することができる、信頼性の高いピーク純度判定を行うことが可能なクロマトグラフ質量分析用データ処理装置を提供することにある。
【0013】
また本発明の他の目的は、目的化合物のクロマトグラムピークに別の成分が重なっていることが判明した場合に、その成分が何であるのかを推定することができるクロマトグラフ質量分析用データ処理装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するために成された本発明の第1の態様は、マルチチャンネル型検出器を有するクロマトグラフと質量分析装置とを組み合わせたクロマトグラフ質量分析装置により収集されたデータを処理するデータ処理装置であって、
a)前記マルチチャンネル型検出器により収集された、時間、波長、及び吸光度をディメンジョンとする第1の3次元クロマトグラムデータに基づいて作成されるクロマトグラムにおいて目的化合物由来のピークを検出する第1ピーク検出部と、
b)前記質量分析装置により収集された、時間、質量電荷比、及び信号強度をディメンジョンとする第2の3次元クロマトグラムデータに基づいて作成されるクロマトグラムにおいて前記目的化合物由来のピークを検出する第2ピーク検出部と、
c)前記第1ピーク検出部で検出された目的化合物由来のピークについて、該ピークが現れる期間中の他の各時点における評価対象吸光度スペクトルと、該ピークのピークトップにおける基準吸光度スペクトル又は前記評価対象吸光度スペクトルから所定期間離れた時点における基準吸光度スペクトルとのパターンの類似度をそれぞれ計算する第1類似度算出部と、
d)前記第2ピーク検出部で検出された前記目的化合物由来のピークについて、該ピークが現れる期間中の各時点における評価対象マススペクトルと、該ピークのピークトップにおける基準マススペクトル又は前記評価対象マススペクトルから所定期間離れた時点における基準マススペクトルとのパターンの類似度をそれぞれ計算する第2類似度算出部と、
e)前記第1類似度算出部により算出された各時点における類似度を時間軸上にプロットしたグラフ、及び前記第2類似度算出部により算出された各時点における類似度を時間軸上にプロットしたグラフを作成し、それら二つの類似度に関するグラフを表示画面上に比較可能に表示する類似度評価情報提示部と、
を備えることを特徴としている。
【0015】
また上記目的を達成するために成された本発明の第2の態様は、マルチチャンネル型検出器を有するクロマトグラフと質量分析装置とを組み合わせたクロマトグラフ質量分析装置により収集されたデータを処理するデータ処理装置であって、
a)前記マルチチャンネル型検出器により収集された、時間、波長、及び吸光度をディメンジョンとする第1の3次元クロマトグラムデータに基づいて作成されるクロマトグラムにおいて目的化合物由来のピークを検出する第1ピーク検出部と、
b)前記質量分析装置により収集された、時間、質量電荷比、及び信号強度をディメンジョンとする第2の3次元クロマトグラムデータに基づいて作成されるクロマトグラムにおいて前記目的化合物由来のピークを検出する第2ピーク検出部と、
c)前記第1ピーク検出部で検出された目的化合物由来のピークについて、該ピークが現れる期間中の他の各時点における評価対象吸光度スペクトルと、該ピークのピークトップにおける基準吸光度スペクトル又は前記評価対象吸光度スペクトルから所定期間離れた時点における基準吸光度スペクトルとのパターンの類似度をそれぞれ計算する第1類似度算出部と、
d)前記第2ピーク検出部で検出された前記目的化合物由来のピークについて、該ピークが現れる期間中の各時点における評価対象マススペクトルと、該ピークのピークトップにおける基準マススペクトル又は前記評価対象マススペクトルから所定期間離れた時点における基準マススペクトルとのパターンの類似度をそれぞれ計算する第2類似度算出部と、
e)前記第1類似度算出部により算出された各時点における類似度を時間軸上にプロットしたグラフ、及び前記第2類似度算出部により算出された各時点における類似度を時間軸上にプロットしたグラフ、に基づき、前記目的化合物由来のピークが単一成分由来であるか否かを判定する判定部と、
を備えることを特徴としている。
【0016】
ここで、「クロマトグラフ」は、液体クロマトグラフ、ガスクロマトグラフのいずれでもよい。また、「マルチチャンネル型検出器」は、分光器とそれによる波長分散光を略一斉に検出するフォトダイオードアレイ(PDA)検出器との組み合わせが一般的であるが、得られるスペクトル波形形状が比較的ブロードである(変化が緩やかである)ものであればよく、吸光度スペクトルを得るために波長走査を伴う紫外可視分光光度計、赤外分光光度計、近赤外分光光度計、蛍光分光光度計、などであってもよい。
【0017】
また、「クロマトグラフ質量分析装置」は、クロマトグラフにおいて成分分離のためのカラムを経た試料を質量分析装置に導入する代わりに、液体クロマトグラフのインジェクタなどを利用したFIA法により、成分分離されていない試料を質量分析装置に導入するものであってもよい。
【0018】
また、「第1の3次元クロマトグラムデータに基づいて作成されるクロマトグラム」は通常、特定の質量電荷比におけるマスクロマトグラム(「抽出イオンクロマトグラム」ともいう)であるが、原理的にはトータルイオンクロマトグラムでもよい。
【0019】
本発明の第1及び第2の態様に係るクロマトグラフ質量分析用データ処理装置では、クロマトグラムに現れる目的化合物由来のピークの純度を判定するために、従来用いられていた吸光度スペクトルのパターンの類似性のみならず、質量分析装置により得られるマススペクトルのパターンの類似性も併せて利用する。
【0020】
即ち、質量分析装置において複数の質量電荷比に対するSIM(選択イオンモニタリング)測定や所定質量電荷比範囲に対するスキャン測定を実行すると、時間、質量電荷比、及び信号強度をディメンジョンとする3次元クロマトグラムデータが得られるから、第2ピーク検出部はこの3次元クロマトグラムデータに基づいて例えば目的化合物に対応する(典型的には目的化合物を特徴付ける定量イオンの)質量電荷比におけるマスクロマトグラムを作成し、該クロマトグラム上で目的化合物の保持時間付近のピークを検出する。第2類似度算出部は、検出された目的化合物由来のピークについて、該ピークが現れる期間中の或る一つの時点における評価対象マススペクトルと、その評価対象マススペクトルから所定期間離れた時点における基準マススペクトル(又はピークトップにおける基準マススペクトル)とのパターンの類似度を計算する、という処理を、ピーク期間中の全時点又は少なくともその一部範囲の時点について繰り返し実行する。
【0021】
なお、基準マススペクトルとして評価対象マススペクトルから所定期間離れた時点におけるマススペクトルを用いる場合、オペレータが該所定期間の値を適宜設定できるようにしておくとよい。何故なら、目的化合物由来のピークに重なる不純物の時間的な広がりに応じて、所定期間を調整できることが好ましいからである。
【0022】
本発明の第1の態様に係るクロマトグラフ質量分析用データ処理装置では、類似度評価情報提示部が、吸光度スペクトルに基づいて算出された各時点における類似度を時間軸上にプロットしたグラフと、マススペクトルに基づいて算出された各時点における類似度を時間軸上にプロットしたグラフとを作成し、それら二つの類似度に関するグラフを表示画面上に比較可能に、例えば同じ時間軸上に重ねて表示する。
【0023】
目的化合物と不純物とで吸光度スペクトルのパターンが類似している場合であっても、その目的化合物と不純物とでマススペクトルのパターンまでもが類似していることは稀である。逆に、目的化合物と不純物とでマススペクトルのパターンが類似している場合であっても、目的化合物と不純物とで吸光度スペクトルのパターンまでもが類似していることも稀である。したがって、目的化合物由来のピークに不純物が重なっている場合には、類似度に関する二つのグラフのいずれかにおいて類似度の落ち込みが観測される可能性が高い。そこで、オペレータは表示された異なる二つの類似度に関するグラフを目視で確認することで、その目的化合物由来のピークに不純物の重なりがあるのか否かを的確に且つ直感的に判断することができる。
【0024】
一方、本発明の第2の態様に係るクロマトグラフ質量分析用データ処理装置では、判定部が上述したようなオペレータの判断に代わる判定処理を実行する。具体的には例えば、類似度の時間的変化を示すカーブの傾斜や変化率などを算出し、そうした算出結果に基づく類似度の低下の度合いが閾値以上であるような落ち込みがある場合に、不純物の重なりがあると判断する。もちろん、こうした自動判定を実行する判定部と二つの類似度に関するグラフを表示する類似度評価情報提示部とを併設してもよい。
【0025】
また本発明の第1及び第2の態様に係るクロマトグラフ質量分析用データ処理装置において、好ましくは、
前記第類似度算出部による類似度に基づく前記グラフ上で、類似度が落ち込む負のピークのピークトップ付近のマススペクトルと、その負のピークに近く該ピークの立ち下がり前又は立ち上がり後である時点のマススペクトルとの差分マススペクトルを求める減算処理部と、
前記差分マススペクトルに基づいて前記負のピークに対応した成分を推定する不純物推定部と、
をさらに備える構成とするとよい。
なお、マススペクトル上のピーク強度は各時点における含有成分の濃度(量)に依存するから、差分マススペクトルを算出する際には、二つのマススペクトルにおける目的化合物の濃度の差を補正するとよい。
【0026】
理想的には、上記差分マススペクトルは不純物由来のマススペクトルとなるから、不純物推定部は、例えば差分マススペクトルのパターンを化合物定性用データベース中のマススペクトルパターンと照合することにより、不純物を定性する。もちろん、類似度に関するグラフから不純物のおおよその保持時間も判明するから、不純物を定性する際にはこの保持時間の情報も併せて利用することができる。それにより、不純物が重なっていることが判明するだけでなく、その成分も知ることが可能となる。
【0027】
なお、マススペクトルには様々な要因によるノイズピークが現れるから、本発明の第1及び第2の態様に係るクロマトグラフ質量分析用データ処理装置において、第類似度算出部は、類似度の計算前に各マススペクトルのバックグラウンドノイズを除去する処理を実行することが好ましい。
【0028】
また通常、質量分析装置のイオン源においては一つの化合物から様々な質量電荷比を持つイオンが生成され、そのうちの1又は少数の特徴的なイオンさえ捉えられれば、該化合物の有無の判定は可能である。そこで、本発明の第1及び第2の態様に係るクロマトグラフ質量分析用データ処理装置において、第類似度算出部は、類似度の計算前に各マススペクトルに対し所定の閾値以下のピークを除去する処理を実行するとよい。
【0029】
上述したようなバックグラウンドノイズの除去やそれ以外の不要なピークの除去を類似度算出に先立って行うことで、マススペクトルのパターンが含有化合物の特徴を残したまま単純化されるので、類似度算出処理が簡単になりこれに要する時間を短縮することができる。また、類似度算出の精度自体も向上し、ピーク純度判定の正確性を改善することができる。
【発明の効果】
【0030】
本発明に係るクロマトグラフ質量分析用データ処理装置によれば、クロマトグラムに現れるピークの純度の判定を従来よりも高い信頼性を以て行うことが可能となる。特に、従来のピーク純度判定方法では検出できないような不純物も検出することができるため、ピーク純度判定の正確性が大幅に向上する。
また、本発明に係るクロマトグラフ質量分析用データ処理装置において減算処理部及び不純物推定部を加えた好ましい構成によれば、目的化合物由来のピークに不純物が重なっているか否かを単に判定することができるのみならず、その不純物が何であるのかも知ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】本発明の一実施例であるクロマトグラフ質量分析用データ処理装置を備えた液体クロマトグラフ質量分析装置(LC/MS)の要部の構成図。
図2】本実施例のLC/MSで得られる3次元クロマトグラムデータの一例を示す概念図であり、(a)はPDA検出器で得られるデータ、(b)は質量分析装置で得られるデータ。
図3】本実施例のLC/MSにおけるピーク純度判定方法を説明するための、マスクロマトグラム及び特定の時点におけるマススペクトルを示す図。
図4】本実施例のLC/MSにおいてピーク純度判定を行う際のマススペクトル類似度算出方法の説明図。
図5】本実施例のLC/MSにおけるピーク純度判定用の類似度グラフの表示例を示す図。
図6】クロマトグラムピーク純度判定のための二つの吸光度スペクトルの類似度の説明図。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明に係るクロマトグラフ質量分析用データ処理装置を備えたLC/MSの一実施例について、添付図面を参照して詳細に説明する。
図1は本実施例のLC/MSの要部の構成図、図2は本実施例のLC/MSで得られる3次元クロマトグラムデータの一例を示す概念図である。
【0033】
LC部1は、移動相容器11、送液ポンプ12、試料注入部13、カラム14、及びPDA検出器15を含む。送液ポンプ12は移動相容器11から移動相を吸引し、一定の流量で試料注入部13へと送給する。試料注入部13は所定のタイミングで試料を移動相中に注入する。注入された試料は移動相の流れに乗ってカラム14に送り込まれ、カラム14を通過する間に試料中の各成分は時間方向に分離され溶出する。マルチチャンネル型検出器の一種であるPDA検出器15は、図示しない光源からの光を溶出液に照射し、溶出液を透過した光を波長分散させて各波長の光の強度をPDAリニアセンサによってほぼ同時に検出する。PDA検出器15により繰り返し得られた検出信号はA/D変換器17によってデジタル信号に変換された後、時間、波長、吸光度という三つのディメンジョンを有する3次元クロマトグラムデータ(図2(a)参照)としてデータ処理部2へ出力される。
【0034】
PDA検出器15を通過した溶出液(又はPDA検出器15の手前で分岐された一部の溶出液)は、LC部1の後段に設けられた大気圧イオン化質量分析計16に導入される。大気圧イオン化質量分析計16は例えばエレクトロスプレーイオン化法や大気圧化学イオン化法などによるイオン源や四重極マスフィルタなどの質量分析器を備え、導入される溶出液中の成分をイオン化し、生成されたイオンを質量電荷比m/zに分離して検出する。大気圧イオン化質量分析計16により繰り返し得られた検出信号はA/D変換器18によってデジタル信号に変換された後、時間、質量電荷比、信号強度という三つのディメンジョンを有する3次元クロマトグラムデータ(図2(b)参照)としてデータ処理部2へ出力される。
【0035】
データ処理部2は、A/D変換器17から出力された3次元クロマトグラムデータ(以下「UVデータ」という)を格納するためのUVデータ記憶部20と、A/D変換器18から出力された3次元クロマトグラムデータ(以下「MSデータ」という)を格納するためのMSデータ記憶部21と、所定の波長における吸光度の時間変化を表す波長クロマトグラム又は所定の質量電荷比における信号強度の時間変化を表すマスクロマトグラムを作成するクロマトグラム作成部22と、該波長クロマトグラム又はマスクロマトグラムにおいてオペレータにより指示された目的化合物に対応するピークを検出するピーク検出部23と、目的化合物に対応するピークが現れる期間中の各時点における吸光度スペクトル又はマススペクトルの類似度を計算する類似度計算部24と、吸光度スペクトルの類似度を記憶するUV類似度記憶部25と、マススペクトルの類似度を記憶するMS類似度記憶部26と、吸光度スペクトル及びマススペクトルの類似度の時間的変化を示すグラフを作成する類似度グラフ作成部27と、作成された類似度グラフに基づいて目的化合物由来のピークに不純物が存在するか否かを判定するピーク純度判定部28と、類似度グラフに基づいて目的化合物由来のピークに重なっている不純物を同定する不純物同定部29と、を機能ブロックとして含む。
【0036】
また、分析制御部19は、試料に対するLC/MS分析を遂行するために、LC部1の各部や大気圧イオン化質量分析計16などの動作を制御する。また、制御部3は分析制御部19よりも上位のシステム全体の制御やユーザインターフェイスを司るものであり、オペレータにより操作される操作部4やモニタ等の表示部5が接続されている。
なお、データ処理部2、制御部3、分析制御部19の機能の一部又は全部は、パーソナルコンピュータやワークステーションにインストールされた専用の制御・処理ソフトウエアを実行することにより達成される。
【0037】
本実施例のLC/MSにより目的化合物の定量分析を行う場合には、その目的化合物を特徴付ける1乃至複数の質量電荷比がオペレータにより指示され、大気圧イオン化質量分析計16では、該質量電荷比に対するSIM測定と所定質量電荷比範囲に亘るスキャン測定とが少なくともその化合物が溶出する保持時間付近の所定の時間範囲内で繰り返し実行される。1回のスキャン測定毎に所定質量電荷比範囲に亘るマススペクトルデータが得られるから、MSデータ記憶部21には、図2(b)に示すように、所定の時間間隔Δt2毎に1組のマススペクトルデータが格納される。一方、PDA検出器15では1回(1周期)の測定毎に所定波長範囲に亘る吸光度スペクトルデータが得られるから、UVデータ記憶部20には、図2(a)に示すように、所定の時間間隔Δt1毎に1組の吸光スペクトルデータが格納される。なお、通常、Δt1とΔt2とは同一ではない。
【0038】
図2(a)、(b)に示すように、UVデータ及びMSデータがそれぞれ記憶部20、21に格納されている状態で、データ処理部2を中心に実行される目的化合物由来のクロマトグラムピーク純度判定処理について、図3図5を参照して詳しく説明する。
図3はピーク純度判定方法を説明するためのマスクロマトグラム及び特定の時点におけるマススペクトルの一例を示す図、図4はマススペクトル類似度算出方法の説明図、図5はピーク純度判定用の類似度グラフの表示例を示す図である。
【0039】
例えばオペレータが操作部4から目的とする化合物を指定すると、これを受けてクロマトグラム作成部22はMSデータ記憶部21から、指定された目的化合物の保持時間付近の所定時間範囲のMSデータを読み出し、該目的化合物を最も特徴付けるイオン(一般に「定量イオン」と呼ばれる)の質量電荷比における各時点の信号強度を抽出して、該質量電荷比に対するマスクロマトグラムを作成する。次に、ピーク検出部23はそのマスクロマトグラムにおいて時間方向に信号強度の変化を調べることにより保持時間付近のピークを検出し、ピークの始点、ピークの終点、ピークトップなどの時刻を求める。例えば、図2(b)右方に示したマスクロマトグラムの曲線の傾斜量を時間方向に順次調べ、その傾斜量が所定値以上になったときにピークの始点であると判断し、傾斜量が正から零になりさらに負に転じたときにピークトップであると判断し、さらに傾斜量の絶対値が所定値以下になったときにピークの終点であると判断する。
【0040】
なお、定量イオンのマスクロマトグラムは、スキャン測定により収集されたデータから作成するのではなく、スキャン測定と並行して実施された定量イオンをターゲットするSIM測定により収集されたデータから作成するようにしてもよい。一般に定量のためのピーク面積値を計算する際にはSIM測定により得られた定量イオンのマスクロマトグラムが使用されるが、ピーク純度判定の際に使用されるクロマトグラムはこれに限らない。
【0041】
次に、類似度計算部24は、検出されたピークの始点から終点までのピーク期間中の各時点で得られるマススペクトルの類似度を以下のようにしてそれぞれ算出する。
いま一例として、目的化合物由来のm/z307におけるマスクロマトグラムが図3中に示すように得られ、これに対しピーク検出が実施されてピーク期間Pが定められたものとする。図3には、このピーク期間に含まれるピーク始点、ピーク終点、及びピークトップの各時刻におけるマススペクトルと、ピーク期間外の或る時刻におけるマススペクトル(ベースラインのマススペクトル)も併せて示している。
【0042】
マススペクトルの横軸、つまり質量電荷比の範囲はスキャン測定の際に決まっているから、吸光度スペクトルが波長毎の吸光度の集合であるとみなせるのと同様に、マススペクトルも質量電荷比毎の信号強度の集合であるとみなすことができる。そこで、二つのマススペクトルQ1、Q2を次のような要素からなるベクトルとして表現するものとする。
↑Q1=(b1(m/z1)、b1(m/z2)、…、b1(m/zn))
↑Q2=(b2(m/z1)、b2(m/z2)、…、b2(m/zn))
ここで、b1(m/zi)、b2(m/zi)は質量電荷比m/ziにおける信号強度値である。
【0043】
ただし、マススペクトルは吸光度スペクトルと比べて横軸方向(マススペクトルでは質量電荷比方向、吸光度スペクトルでは波長方向)の信号強度の変化がシャープである、換言すれば、マススペクトルは吸光度スペクトルに比べて分解能が高い反面、ノイズピークも比較的明瞭に現れる。そこで、マススペクトルに基づいて類似度を計算するに当たっては、予めマススペクトルのバックグラウンドノイズデータを除去しておくことが望ましい。これは、マススペクトルに対して一般的に行われるバックグラウンドノイズ除去処理、例えばいずれの成分も存在しない時点において得られているマススペクトルをベースラインマススペクトルとしてこれを差し引く等の処理、を利用すればよい。
【0044】
また、通常、一つの化合物からは質量電荷比が異なる複数のイオンが生成され、場合によっては(例えばイオン化条件などによっては)その種類が多く、類似度の計算が煩雑になる。そこで、信号強度に対して予め適宜の閾値を設定しておき、信号強度が該閾値以下であるようなデータは強度値を0として実質的に計算から除外するようにするとよい。上記バックグラウンドノイズの除去と併せて、このような不要ピークデータの除外処理を行うことにより、ベクトルを構成する要素の数が減って類似度の計算が簡単になり、その計算速度を上げることができる。
【0045】
吸光度スペクトルの類似度と同様に、二つのマススペクトルQ1、Q2のパターンが類似しているほど、二つのベクトル↑Q1、↑Q2のなす角度θは零に近くなる。そこで、ここでは或る二つのマススペクトルの類似度SI(MS)を(2)式と同様の、次の(3)式で以て定義する。
【数3】
このマススペクトルの類似度SI(MS)の値が1に近いほど、二つのマススペクトルQ1、Q2のパターンはよく一致しているといえる。
【0046】
上述したように、ここではピーク期間中の各時点におけるマススペクトルの類似度SI(MS)をそれぞれ求める。そこで、図4に示すように、ピーク期間中の或る時点t1で得られる評価対象のマススペクトルM1の類似度を、その時点よりもnスキャン分(つまりはn個のマススペクトル分)だけ遡った時点t2で得られるマススペクトルM2を基準マススペクトルとして算出するものとする。即ち、まずピークの始点におけるマススペクトルを評価対象のマススペクトルM1とし、それからnスキャン分だけ遡った時点で得られるベースラインのマススペクトルを基準マススペクトルM2に設定して、その二つのマススペクトルについて(3)式により類似度SI(MS)を計算する。
【0047】
次いで、ピークの始点から1スキャン分だけ後方のマススペクトルを評価対象マススペクトルM1とするとともに、基準マススペクトルも1スキャン分だけ後方にずらし(つまりnの値を維持し)、(3)式により類似度SI(MS)を計算する。基準マススペクトルがピーク終点に達するまでこれを繰り返し、ピーク期間中の全範囲に含まれるマススペクトルの類似度SI(MS)をそれぞれ計算する。目的化合物由来のピークに不純物の重なりが全くない理想的な状態では、二つのマススペクトルQ1、Q2がともにピーク期間に入っているときには類似度はほぼ1となる筈であり、不純物の重なりがあれば、その重なりがある時間範囲において類似度は低下する。
【0048】
図3に示した例では、不要ピーク除去のための信号強度の閾値を例えば25,000に設定すると、ベースラインのマススペクトルでは、m/z238とm/z420の二つのピークのみが残り、他のピークは全て削除される。即ち、このときのベースラインのマススペクトルのベクトル表現は、↑Q1=(b1(m/z238)、b1(m/z420)となる。例えばピーク始点やピークトップにおけるマススペクトルに対するバックグラウンドノイズ除去処理として上記ベースラインのマススペクトルを差し引く処理を行うと、信号強度の大きなピークとしては目的化合物を特徴付けるm/z307のピークのみが残る。したがって、不純物に由来する大きな信号強度のピークが存在しなければ、二つのマススペクトルがともにピーク期間に入るときにはそれらマススペクトルにはm/z307におけるピークのみが現れる筈であり類似度SI(MS)はほぼ1となる。これに対し、m/z307以外の質量電荷比にピークが存在すれば、類似度SI(MS)は下がることになる。このようにMSデータに基づいて計算された目的化合物のピークに対応する各時点での類似度SI(MS)は、MS類似度記憶部26に一旦格納される。
【0049】
なお、類似度を計算する際の二つのマススペクトルの時間間隔を決める「n」の値は、不純物のピークの幅等に応じて決めることが望ましい。そのため、オペレータが操作部4から入力設定できるようにしておくとよい。
【0050】
次に、クロマトグラム作成部22はUVデータ記憶部20から、指定された目的化合物の保持時間付近の所定時間範囲のUVデータを読み出し、例えば目的化合物の典型的な吸収波長における各時点の吸光度を抽出し、波長クロマトグラムを作成する。次に、ピーク検出部23はマスクロマトグラムに対して実行したのと同様に、その波長クロマトグラムにおいて保持時間付近のピークを検出し、ピークの始点、ピークの終点、ピークトップなどの時刻を求める。
【0051】
類似度計算部24は、検出されたピークの始点から終点までのピーク期間中の各時点で得られる吸光度スペクトルの類似度をマススペクトルに対する類似度と同様にそれぞれ算出する。即ち、上述したように二つの吸光度スペクトルS1、S2をベクトルとして表現し、上記(2)式により二つの吸光度スペクトルS1、S2の類似度SI(UV)を定義する。そして、マススペクトルの類似度SI(MS)と同様に、波長クロマトグラム上のピーク期間中の各時点における吸光度スペクトルの類似度SI(UV)をそれぞれ計算する。この類似度SI(UV)も、二つの吸光度スペクトルのカーブの形状が近いほど1に近くなる。こうしてUVデータに基づいて計算された目的化合物のピークに対応する各時点での類似度SI(UV)はUV類似度記憶部25に一旦格納される。つまり、同一の目的化合物について、クロマトグラムピークの出現期間付近におけるマススペクトルの類似度SI(MS)と吸光度スペクトルの類似度SI(UV)とが求まる。
【0052】
類似度グラフ作成部27は、UV類似度記憶部25に格納されている類似度データとMS類似度記憶部26に格納されている類似度データとをそれぞれ読み出し、それぞれ横軸を時間とし縦軸を類似度としたグラフを作成する。そして、この二つの類似度グラフを同一のグラフ枠に重ねて例えば異なる表示色で描出し、これを制御部3を通して表示部5の画面上に表示する(図5参照)。目的化合物由来のピークに重なっている不純物の組成や分子構造が目的化合物と全く相違していても、該不純物の吸光特性が目的化合物の吸光特性と類似している場合がある。そうした場合、吸光度スペクトルの類似度SI(UV)は1に近くても、組成や構造の相違が反映されるマススペクトルの類似度SI(MS)は1よりも低下する。逆に、不純物の組成や構造は目的化合物に類似していても吸光特性が相違する場合もある。その場合には、マススペクトルの類似度SI(MS)は1に近いが、吸光特性の相違が反映される吸光度スペクトルの類似度SI(UV)は1よりも低下する。
【0053】
図5の表示例では、点線で囲んだ領域C中に示すようにマススペクトルの類似度SI(MS)には明確な落ち込み、つまり負のピークが観測できる。この負のピークの発生している期間に、吸光度スペクトルの類似度SI(UV)には落ち込みは見られないものの、不純物の重なりが疑われる。オペレータはこのような類似度グラフを目視で確認し、その落ち込みの程度などを例えば経験的に判断して、不純物の有無を判断することができる。
【0054】
また、ピーク純度判定部28は、上記の二つの類似度グラフにおける類似度の時間的な変化量に基づいてピークの純度を自動的に判定する。目的化合物由来のピークに不純物の重なりがあると図5に示したようにいずれかの類似度SI(MS)又はSI(UV)に負のピークが現れるから、例えばその負のピークのピークトップの類似度と該負のピークの始点の直前又は終点の直後の時点における類似度との差を計算し、この差(又は変化率など)を閾値と比較することで不純物の有無を判定すればよい。このような自動的なピーク純度判定結果を表示部5に表示することで、オペレータの判断を補助することができる。もちろん、類似度グラフを表示することなく自動的なピーク純度判定を行ってその結果のみを表示してもよいが、類似度グラフを併せて表示することで、自動判定の適否をオペレータが目視で確認できる。
【0055】
ピーク純度判定部28において不純物の混入ありと判定された場合や、オペレータが類似度グラフを観察した結果、不純物の混入ありと判断し、その旨を操作部4から指示した場合に、以下のようにして不純物同定部29は不純物の成分同定を実行する。
不純物同定が可能であるのはマススペクトルの類似度グラフに負のピークが観測される場合のみであるので、この負のピークが観測されなければ不純物同定不可と結論付ける。マススペクトルの類似度グラフに負のピークが観測される場合には、その負のピークのピークトップにおけるマススペクトルと類似度が1に近く且つ負のピーク期間を外れている適宜の時点でのマススペクトルを取得する。そして、目的化合物由来の特徴的なピーク(通常、類似度が1に近い時点でのマススペクトルに現れる最大強度のピーク)の強度を揃えるように一方のマススペクトルに所定倍率を乗じた上で、両者の差をとった差分マススペクトルを計算する。
【0056】
この差分マススペクトルでは目的化合物由来のピークは消え、不純物由来のピークが残る。即ち、差分マススペクトルは不純物に対するマススペクトルと同等であるから、不純物同定部29は、この差分マススペクトルのスペクトルパターンを予め与えられている成分定性用データベースと照合することにより、不純物を同定する。この同定に際しては、類似度グラフにおける負のピークの出現位置から推定される不純物のおおよその保持時間も利用することができる。また、確定的な同定ができない場合には、複数の成分を候補として抽出してもよい。こうした不純物の同定結果も、制御部3を通して表示部5の画面上に表示される。これにより、目的化合物由来のピークに不純物が重なっている場合に、その不純物が何であるのかをオペレータに知らせることができる。
【0057】
なお、上記実施例は本発明の一例であり、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、追加、修正を加えても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【0058】
例えば、上記実施例は本発明をLC/MSに適用した例であるが、クロマトグラフがガスクロマトグラフであるGC/MSにも適用することが可能である。ただし、PDA検出器等のマルチチャンネル型検出器を用いるクロマトグラフは通常、液体クロマトグラフである。また、クロマトグラフのカラムで分離された試料を検出器で検出して得られるデータでなく、FIA法により成分分離されることなく導入された試料中の成分をマルチチャンネル型検出器及び質量分析装置で検出して得られるデータを処理する装置にも本発明を適用できることは上述したとおりである。
【符号の説明】
【0059】
1…液体クロマトグラフ(LC)部
11…移動相容器
12…送液ポンプ
13…試料注入部
14…カラム
15…PDA検出器
16…大気圧イオン化質量分析計
17、18…A/D変換器
19…分析制御部
2…データ処理部
20…UVデータ記憶部
21…MSデータ記憶部
22…クロマトグラム作成部
23…ピーク検出部
24…類似度計算部
25…UV類似度記憶部
26…MS類似度記憶部
27…類似度グラフ作成部
28…ピーク純度判定部
29…不純物同定部
3…制御部
4…操作部
5…表示部
図1
図2
図3
図4
図5
図6