特許第5962835号(P5962835)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】5962835
(24)【登録日】2016年7月8日
(45)【発行日】2016年8月3日
(54)【発明の名称】エンジンのピストン
(51)【国際特許分類】
   F02F 3/26 20060101AFI20160721BHJP
   F02B 23/02 20060101ALI20160721BHJP
【FI】
   F02F3/26 C
   F02B23/02 E
   F02B23/02 A
【請求項の数】5
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2015-214478(P2015-214478)
(22)【出願日】2015年10月30日
【審査請求日】2015年11月20日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000000170
【氏名又は名称】いすゞ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100171619
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 顕雄
(72)【発明者】
【氏名】俊野 朋彦
(72)【発明者】
【氏名】橘川 功
【審査官】 山本 健晴
(56)【参考文献】
【文献】 実開昭62−141629(JP,U)
【文献】 国際公開第2013/154004(WO,A1)
【文献】 特開平10−184365(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/038044(WO,A1)
【文献】 特開2012−189041(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02F 3/26
F02B 23/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピストン頂部にキャビティが凹設され、前記キャビティの開口部周縁に径方向内側に突出する環状のリップ部が設けられ、前記キャビティの底部に上方に向けて突出する隆起部が設けられ、前記キャビティの前記リップ部と前記隆起部との間に、前記リップ部下端と前記隆起部下端とを接続すると共に、径方向外側且つ下側に向けて縦断面曲線状に突出する湾曲部が設けられ、前記湾曲部の、前記リップ部の径方向内側に最も突出する最突出端からピストン軸方向に下した鉛直線が交差するリップ直下方部と、前記湾曲部の下方に最も窪む最下端部との間の縦断面形状がピストン中心側に向かうに従い曲率が大きくなる曲線で形成された
エンジンのピストン。
【請求項2】
前記曲線がクロソイド曲線で形成された
請求項1に記載のエンジンのピストン。
【請求項3】
前記隆起部が、前記キャビティの底部から上方に向けて縦断面曲線状に突出して設けられると共に、当該隆起部の縦断面形状を規定する曲線の少なくとも一部がクロソイド曲線で形成された
請求項1又は2に記載のエンジンのピストン。
【請求項4】
前記リップ部に、当該リップ部の内周側上面から所定の深さで窪む環状の段差部が設けられた
請求項1からの何れか一項に記載のエンジンのピストン。
【請求項5】
前記段差部が、前記リップ部の内周縁から径方向外方に延びる環状の平坦部と、当該平坦部の外周縁から上方に向かって斜めに傾斜する環状の傾斜部とを含む
請求項に記載のエンジンのピストン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンのピストンに関し、特に、直噴式エンジンのピストンに関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、ディーゼルエンジン等の直噴式エンジンにおいては、ピストンの頂部中央に凹設されたキャビティ内にインジェクタから燃料を噴射して燃焼させている。
【0003】
この種のピストンとして、例えば、特許文献1には、キャビティの開口部周縁にリップ部を形成し、圧縮上死点近傍で噴射した燃料をリップ部に衝突させることで、燃料噴霧をキャビティ内とスキッシュエリアとに分散させる構造が開示されている。
【0004】
また、この種のピストンとして、例えば、特許文献2には、リップ部に段差部を設けることで、キャビティ内とスキッシュエリアとに分散される燃料噴霧の割合の最適化を図る構造も開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−151089号公報
【特許文献2】特開2014−222041号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、図5に示すように、ピストン200がリップ部220に段差部を有しない構造では、燃料噴霧(図中矢印参照)がスキッシュエリアSよりもキャビティ210内に多く分配される傾向がある。このため、燃焼室Aの中央付近における燃料噴霧の分配を考慮すると、キャビティ210の底部に行くほど燃料噴霧の量が多くなり、噴霧のエネルギを利用し易くなるが、スキッシュエリアSの空気(酸素)の利用効率は低下する課題がある。
【0007】
一方、図6に示すように、ピストン300がリップ部320に段差部330を有する構造では、スキッシュエリアSへの燃料噴霧Fの量が確保されることで、スキッシュエリアSの空気利用率を向上させることができる。しかしながら、キャビティ310内の燃料噴霧Fのエネルギは、段差部を有しない構造(図5参照)に比べて弱くなり、そのエネルギはキャビティ320内の角度が急な部分や直線部と曲線部との接続部分で減衰し易くなる傾向がある。このため、燃焼圧や多段噴射による燃焼制御が難しくなる課題がある。
【0008】
開示の技術は、燃焼室底部の形状を滑らかにすることで、キャビティ内における燃料噴霧のエネルギの減衰を効果的に防止することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
開示の技術は、ピストン頂部にキャビティが凹設され、前記キャビティの開口部周縁に径方向内側に突出する環状のリップ部が設けられ、前記キャビティの底部に上方に向けて突出する隆起部が設けられ、前記キャビティの前記リップ部と前記隆起部との間に、前記リップ部下端と前記隆起部下端とを接続すると共に、径方向外側且つ下側に向けて縦断面曲線状に突出する湾曲部が設けられ、前記湾曲部の縦断面形状がピストン中心側に向かうに従い曲率が大きくなる曲線で形成されたものである。
【0010】
前記湾曲部の、前記リップ部の径方向内側に最も突出する最突出端からピストン軸方向に下した鉛直線が交差するリップ直下方部と、前記湾曲部の下方に最も窪む最下端部との間の縦断面形状がピストン中心側に向かうに従い曲率が大きくなる曲線で形成されてもよい。
【0011】
前記曲線がクロソイド曲線で形成されてもよい。
【0012】
前記隆起部が、前記キャビティの底部から上方に向けて縦断面曲線状に突出して設けられると共に、当該隆起部の縦断面形状を規定する曲線の少なくとも一部がクロソイド曲線で形成されてもよい。
【0013】
前記リップ部に、当該リップ部の内周側上面から所定の深さで窪む環状の段差部が設けられてもよい。
【0014】
前記段差部が、前記リップ部の内周縁から径方向外方に延びる環状の平坦部と、当該平坦部の外周縁から上方に向かって斜めに傾斜する環状の傾斜部とを含むものでもよい。
【発明の効果】
【0015】
開示の技術によれば、燃焼室底部の形状を滑らかにすることで、キャビティ内における燃料噴霧のエネルギの減衰を効果的に防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の一実施形態に係るエンジンの一部を示す模式的な縦断面図である。
図2】本実施形態において、ピストンの圧縮上死点近傍で燃料を噴射した際の燃料噴霧の分配を説明する模式的な図である。
図3】本実施形態の燃焼の前半を説明する模式的な図である。
図4】本実施形態の燃焼の後半を説明する模式的な図である。
図5】リップ部に段差部を有しない従来構造の燃料噴霧の流れを説明する図である。
図6】リップ部に段差部を有する従来構造の燃料噴霧の流れを説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、添付図面に基づいて、本発明の一実施形態に係るエンジンのピストンを説明する。同一の部品には同一の符号を付してあり、それらの名称および機能も同じである。したがって、それらについての詳細な説明は繰返さない。
【0018】
図1は、本実施形態に係るエンジンの一部を示す模式的な縦断面図である。本実施形態のエンジン10は、好ましくは直噴式ディーゼルエンジンであって、シリンダブロック11と、シリンダブロック11の上部に配置されたシリンダヘッド12とを備えている。
【0019】
シリンダヘッド12には、吸気バルブ13の開閉動作により燃焼室Aに新気を導入する吸気ポート14及び、排気バルブ15の開閉動作により燃焼室Aから排気を導出する排気ポート16が形成されている。また、シリンダヘッド12の各ポート14,16間には、燃焼室A内に燃料を直接噴射するインジェクタ17が設けられている。
【0020】
インジェクタ17のノズル部17Aには、複数の微細な図示しない噴孔が形成されており、これら噴孔から燃焼室A内に燃料が放射状に噴射されるようになっている。
【0021】
シリンダブロック11には、円筒状のシリンダボア11Aが形成されている。このシリンダボア11A内には、ピストン20が上下方向に往復移動自在に収容されている。
【0022】
ピストン20の頂部には、ピストン20の頂面20Aから所定の深さで窪むキャビティ21が凹設されている。また、キャビティ21の開口部周縁には、径方向内側に突出する環状のリップ部22が設けられている。ピストン20が圧縮上死点近傍に達した際にインジェクタ17から燃料が噴射されると、燃料の噴霧Fは、リップ部22に衝突して、リップ部22よりも上方のスキッシュエリアSに流れ込む燃料噴霧Fと、リップ部22よりも下方のキャビティ21内に流れ込む燃料噴霧Fとに分散されるようになっている。
2の上面には、リップ部22の上側角部を所定の深さで断面略L字状に切り欠いて形成した段差部23が設けられている。より詳しくは、段差部23は、リップ部22の内周縁部(突出端)から径方向外方に向かって平坦に延びる環状の平坦面部23Aと、平坦面部23Aの外周縁からピストン20の頂面20Aに向かって斜めに傾斜して延びる環状の傾斜面部23Bとを備えて構成されている。このように、リップ部22の上面に段差部23を設けたことで、スキッシュエリアSに分散される燃料噴霧Fと、キャビティ21内に分散される燃料噴霧Fとの噴霧分配の最適化が図られるようになる。
【0023】
キャビティ21は、キャビティ21の底部中央から上側に凸となるように縦断面曲線状に隆起して形成された隆起部25と、リップ部22の下端22Aと隆起部25の下端25Aとに接続されて、径方向外側且つ下側に凸となるように縦断面曲線状に湾曲して形成された湾曲部24とを備えて構成されている。
【0024】
本実施形態において、湾曲部24の縦断面形状を規定する第1曲線部CL1及び、隆起部25の下端から頂部近傍に至る縦断面形状を規定する第2曲線部CL2は、それぞれクロソイド曲線で形成されている。より詳しくは、湾曲部24の第1曲線部CL1は、径方向外側且つ下側に凸となり、ピストン中心側に向かうに従い曲率が大きく設定された第1クロソイド曲線で規定され、隆起部25の第2曲線部CL2は上側に凸となる第2クロソイド曲線で規定されている。第1曲線部CL1は、少なくとも、リップ部22の径方向内側に最も突出する最突出端からピストン軸方向に下した鉛直線VLが第1曲線部CL1と交差するリップ直下方部24Aから、第1曲線部CL1が下方に最も窪む最下端部24Bまでの範囲を第1クロソイド曲線で形成されている。
【0025】
すなわち、キャビティ21の縦断面形状を直線部分が含まれない第1及び第2クロソイド曲線によって略S字状に形成し、第1曲線部CL1の曲率をピストン中心側に向かうに従い大きく設定したことで、キャビティ21内に流れ込む燃料噴霧Fが燃焼室Aの中央に位置する隆起部25に向かって円滑に流されるようになる。
【0026】
次に、図2〜4に基づいて、本実施形態のピストン20による作用について説明する。
【0027】
図2に示すように、ピストン20の圧縮上死点近傍でインジェクタ17から燃料が噴射されると、燃料の噴霧Fは、キャビティ21のリップ部22に衝突することで、リップ部22よりも上方のスキッシュエリアSに流れ込む燃料噴霧Fと、リップ部22よりも下方のキャビティ21内に流れ込む燃料噴霧Fとに分散される。本実施形態では、リップ部22に段差部23が設けられているので、スキッシュエリアSに分散される燃料噴霧Fと、キャビティ21内に分散される燃料噴霧Fとの噴霧分配の最適化が図られるようになっている。
【0028】
すなわち、図3に示すように、燃焼の前半は、燃料噴霧FがスキッシュエリアS内に効果的に拡散されることで、スキッシュエリアS内の空気(酸素)を有効に利用した燃焼が実現される。
【0029】
再び図2に戻って、リップ部22からキャビティ21内に流れ込んだ燃料噴霧Fの流れを説明する。図2中に破線で示す従来構造のキャビティ断面形状では、隆起部の急な傾斜角や、直線部と曲線部とのつながりの悪さによって、燃料噴霧Fはエネルギの減衰が大きくなり、早期に巻き上げられることで、燃焼室Aの中心部の空気を利用した燃焼を効果的に行えない課題があった。これに対し、本実施形態では、燃料噴霧Fがキャビティ21の縦断面形状を規定する二つの第1及び第2クロソイド曲線CL1,2に沿って移動し、特に第1クロソイド曲線CL1は、ピストン中心側に向かうに従い曲率が大きく設定されているため、燃料噴霧Fは、そのエネルギを大きく減衰されることなく、燃焼室Aの中央に位置する隆起部25に向かって円滑に流されるようになる。
【0030】
すなわち、図4に示すように、燃焼の後半は、クロソイド曲線に沿って流される燃料噴霧Fが燃焼室Aの中央付近まで円滑に達することで、燃料噴霧Fのエネルギを最大限に使用し、且つ、燃焼室Aの中央付近の空気(酸素)を有効に利用した燃焼が実現される。
【0031】
以上詳述したように、本実施形態によれば、リップ部22に段差部23を設けたことで、スキッシュエリアSに分散される燃料噴霧Fと、キャビティ21内に分散される燃料噴霧Fとの噴霧分配の最適化が図られるようになる。これにより、燃焼の前半は、燃料噴霧FがスキッシュエリアS内に効果的に拡散され、スキッシュエリアS内の空気(酸素)を有効に利用した燃焼を実現することができる。
【0032】
また、湾曲部24の縦断面形状を規定する第1曲線部CL1及び、隆起部25の下端から頂部近傍に至る縦断面形状を規定する第2曲線部CL2を第1及び第2クロソイド曲線CL1,2で形成し、特に第1クロソイド曲線CL1は、ピストン中心側に向かうに従い曲率を大きく設定したことで、燃料噴霧Fは、そのエネルギを大きく減衰させることなく、燃焼室Aの中央に位置する隆起部25に向かって流されるようになる。これにより、燃焼の後半は、燃料噴霧Fが燃焼室Aの中央付近まで円滑に達することで、燃料噴霧Fのエネルギを最大限に使用し、且つ、燃焼室Aの中央付近の空気(酸素)を有効に利用した燃焼を実現することが可能になる。
【0033】
すなわち、本実施形態によれば、燃焼の前半は燃焼室A内の外周側(スキッシュエリアS側)を利用した燃焼が行われ、さらに、燃焼の後半は燃焼室A内の中央付近を利用した燃焼が行われることで、燃焼室A内の空気を有効利用した燃焼が可能になり、燃焼効率を確実に向上することができる。
【0034】
なお、本発明は、上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、適宜変形して実施することが可能である。
【0035】
例えば、第1曲線部CL1は、その径方向外側に最も突出した最側端部24Cから下方に最も窪んだ最下端部24Bまでをクロソイド曲線で形成してもよい。
【0036】
また、第1曲線部CL1は、その径方向外側に最も突出した最側端部24Cから隆起部の下端25Aまでをクロソイド曲線で形成してもよい。
【0037】
また、第1曲線部CL1は、リップ部の下端から隆起部の下端25Aまでをクロソイド曲線で形成してもよい。
【0038】
また、第1曲線部CL1は、リップ部の下端から下方に最も窪んだ最下端部24Bまでをクロソイド曲線で形成してもよい。
【0039】
また、キャビティ21の縦断面形状を規定する曲線はクロソイド曲線に限定されず、燃料噴霧の流れを妨げないものであれば、三次放物線(三次曲線)又はサインカーブ(サイン半波長逓減曲線)等の他の曲線であってもよい。また、エンジン10は直噴式ディーゼルエンジンに限定されず、直噴式ガソリンエンジン等の他の直噴式エンジンであってもよい。
【符号の説明】
【0040】
10 エンジン
11 シリンダブロック
12 シリンダヘッド
13 吸気バルブ
14 吸気ポート
15 排気バルブ
16 排気ポート
17 インジェクタ
20 ピストン
21 キャビティ
22 リップ部
23 段差部
23A 平坦面部
23B 傾斜面部
24 湾曲部
25 隆起部
【要約】
【課題】燃焼室底部の形状を滑らかにすることで、キャビティ内における燃料噴霧のエネルギの減衰を効果的に防止する。
【解決手段】ピストン20頂部にキャビティ21が凹設され、キャビティ21の開口部周縁に径方向内側に突出する環状のリップ部22が設けられ、キャビティ21の底部に上方に向けて突出する隆起部25が設けられ、キャビティ21のリップ部22と隆起部25との間に、リップ部22下端と隆起部25下端とを接続すると共に、径方向外側且つ下側に向けて縦断面曲線状に突出する湾曲部24が設けられ、湾曲部24の縦断面形状が、ピストン中心側に向かうに従い曲率が大きくなる曲線で形成された。
【選択図】図1
図1
図2
図3
図4
図5
図6