(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
運転者による制動操作に依存することなく車両の走行安定性を高めるために車輪毎に摩擦制動部材の押圧力を調整して制動力を発生させる車両安定性制御を行う制御手段を備えた車両の制動力制御装置であって、
前記車両安定性制御中において、前記車両安定性制御に起因して制動力が発生し、且つ、その制動力が摩擦制動部材の押圧力に応じた制動力に対して低下している車輪、である制動力低下輪が存在するか否かを判定する判定手段と、
前記制動力低下輪が存在するとの判定に基づいて、前記制動力低下輪を除いた複数の車輪のうち、前記車両安定性制御において前記走行安定性を高めるために制動力を発生すべき車輪についての予め定められた優先順位が最も高い車輪、である第1制動力分配輪を特定し、前記第1制動力分配輪の前記摩擦制動部材の押圧力を前記制動力低下輪における制動力の不足分に基づいて増大する制動力補償手段と、
を備え、
前記判定手段が、
前記各車輪のホイールシリンダ液圧に基づいて推定された前記各車輪の第1制動力と、
前記各車輪のスリップ率に基づいて得られる前記車輪と一体回転するディスク部材と前記各摩擦制動部材との間の摩擦係数に、前記各車輪の接地荷重をそれぞれ乗じることによって求められる、前記各車輪の第2制動力と、
を比較して、前記制動力低下輪が存在するか否かを判定することを特徴とする車両の制動力制御装置。
【背景技術】
【0002】
従来より、車両に発生している制動力(制動トルク)が、摩擦制動部材の押圧力(或いは、ホイールシリンダ液圧)に応じた制動力(制動トルク)に対して低下する現象が知られている。この現象は、摩擦制動部材(ブレーキパッド)の過剰な温度上昇により摩擦制動部材
(ブレーキパッド)とディスク部材(ブレーキディスク)との間の摩擦係数が低下する現象(所謂、フェード)、或いは、摩擦制動部材(ブレーキパッド)とディスク部材(ブレーキディスク)との間に氷雪が侵入して両者間の摩擦係数が低下する現象(所謂、スノーフェード)等に起因して発生し得る。以下、この現象が発生している車輪を「制動力低下輪」と呼ぶ。
【0003】
制動力低下輪が存在すると、所期の車両状態(減速状態、旋回状態等)が実現され難い。特に、オーバステア抑制制御、アンダステア抑制制御等の車両安定性制御の実行中において同制御に起因して制動力が発生している車輪が制動力低下輪となる場合、所期の旋回モーメント等が発生し難いこと等に起因して同制御が達成され難くなる。
【0004】
この問題に対処するため、特許文献1には、スノーフェードに起因する制動力低下輪が存在する場合、制動力低下輪についてホイールシリンダ液圧を周期的に大きく変動させる、或いは、制動力低下輪についてホイールシリンダ液圧を一時的に過剰な高圧にする、等のスノーフェード解消制御を行って、制動力低下輪のスノーフェードを解消することが記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、アンチロックブレーキ制御中にフェードに起因する制動力低下輪が存在する場合、制動力低下輪について、ホイールシリンダ液圧を増大する、ホイールシリンダ液圧の減圧速度を小さくする、或いは、ホイールシリンダ液圧の増圧速度を大きくする、等の制御を行って、制動距離の増大を抑制することが記載されている。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明による車両のブレーキ制御装置の実施形態について図面を参照しつつ説明する。
【0017】
(第1実施形態)
図1は、本発明の実施形態に係る車両のブレーキ制御装置を含む車両のブレーキ装置10を搭載した車両の概略構成を示している。以下、各種変数等の末尾に付された「**」は、各種変数等が車輪FR、FL、RR、RLのいずれに関するものであるかを示すために各種変数等の末尾に付される「fr」,「fl」等の包括表記である。
【0018】
車両のブレーキ装置10は、車輪**にホイールシリンダ液圧による摩擦制動力(摩擦制動トルク)を発生させるブレーキ液圧制御部30を含んでいる。
図2に示すように、ブレーキ液圧制御部30は、ブレーキペダルBPのストローク(或いは、踏力)に応じた液圧を発生するブレーキ液圧発生部32と、車輪**に配置されたホイールシリンダW**に供給されるホイールシリンダ液圧を調整可能なブレーキ液圧調整部33〜36と、還流ブレーキ液供給部37と、を含んで構成されている。車輪**では、W**のホイールシリンダ液圧に応じた押圧力で摩擦制動部材(ブレーキパッド)が「車輪と一体回転するブレーキディスク」に押し付けられることによって、前記ホイールシリンダ液圧に応じた摩擦制動トルクが付与される。
【0019】
ブレーキ液圧発生部32は、ブレーキペダルBPに応動するバキュームブースタVBと、バキュームブースタVBに連結されたマスタシリンダMCとから構成されている。バキュームブースタVBは、図示しないエンジンの吸気管内の空気圧力(負圧)を利用してブレーキペダルBPの操作力を所定の割合で助勢して助勢された操作力をマスタシリンダMCに伝達するようになっている。
【0020】
マスタシリンダMCは、2つの出力ポートを有していて、リザーバRSからのブレーキ液の供給を受けて、上記助勢された操作力に応じた液圧(マスタシリンダ液圧Pm)を上記2つのポートからそれぞれ発生するようになっている。マスタシリンダMC及びバキュームブースタVBの構成及び作動は周知であるので、ここではそれらの詳細な説明を省略する。
【0021】
マスタシリンダMCの一方のポートと、ブレーキ液圧調整部33、34の上流部との間には、常開リニア電磁弁PC1が介装され、マスタシリンダMCの他方のポートと、ブレーキ液圧調整部35、36の上流部との間には、常開リニア電磁弁PC2が介装されている。リニア電磁弁PC1、PC2の詳細については後述する。
【0022】
ブレーキ液圧調整部33〜36は、2ポート2位置切換型の常開電磁開閉弁である増圧弁PU**と、2ポート2位置切換型の常閉電磁開閉弁である減圧弁PD**とで構成されている。増圧弁PU**は、ブレーキ液圧調整部33〜36のうち対応する調整部の上流部とホイールシリンダW**とを連通・遮断できるようになっている。減圧弁PD**は、ホイールシリンダW**とリザーバRS1、RS2のうち対応するリザーバとを連通・遮断できるようになっている。この結果、増圧弁PU**、及び減圧弁PD**を制御することでホイールシリンダW**の液圧(ホイールシリンダ液圧Pw**)が増圧・保持・減圧され得るようになっている。
【0023】
還流ブレーキ液供給部37は、直流モータMTと、モータMTにより同時に駆動される2つの液圧ポンプ(ギヤポンプ)HP1、HP2を含んでいる。液圧ポンプHP1、HP2は、減圧弁PD**から還流されてきたリザーバRS1、RS2内のブレーキ液をそれぞれ汲み上げ、汲み上げたブレーキ液をブレーキ液圧調整部33〜36の上流部にそれぞれ供給するようになっている。
【0024】
次に、常開リニア電磁弁PC1、PC2について説明する。常開リニア電磁弁PC1、PC2の弁体には、図示しないコイルスプリングからの付勢力に基づく開方向の力が常時作用しているとともに、ブレーキ液圧調整部33〜36のうち対応する調整部の上流部の圧力からマスタシリンダ液圧Pmを減じることで得られる差圧(リニア弁差圧ΔP)に基づく開方向の力と、常開リニア電磁弁PC1、PC2に供給される電流(指令電流Id)に応じて比例的に増加する吸引力に基づく閉方向の力が作用するようになっている。
【0025】
この結果、
図3に示したように、リニア弁差圧ΔPの指令値である指令差圧ΔPdが指令電流Idに応じて比例的に増加するように決定される。ここで、I0はコイルスプリングの付勢力に相当する電流値である。常開リニア電磁弁PC1、PC2は、ΔPdがΔPよりも大きいときに閉弁する一方、ΔPdがΔPよりも小さいとき開弁する。この結果、液圧ポンプHP1、HP2が駆動されている場合、ブレーキ液圧調整部33〜36のうち対応する調整部の上流部のブレーキ液が常開リニア電磁弁PC1、PC2のうち対応する電磁弁を介してマスタシリンダMCの対応するポート側に流れることによって、リニア弁差圧ΔPが指令差圧ΔPdに一致するように調整され得るようになっている。なお、マスタシリンダMCの対応するポート側へ流入したブレーキ液はリザーバRS1、RS2のうち対応するリザーバへと還流される。
【0026】
換言すれば、モータMT(従って、液圧ポンプHP1、HP2)が駆動されている場合、常開リニア電磁弁PC1、PC2の指令電流Idに応じてリニア弁差圧ΔPが制御され得るようになっている。ブレーキ液圧調整部33〜36の上流部の圧力は、マスタシリンダ液圧Pmにリニア弁差圧ΔPを加算した値(Pm+ΔP)となる。なお、リニア弁差圧ΔPがゼロより大きい値に調整されている状態において液圧ポンプHP1、HP2の駆動が停止された後は、指令電流Idを減少方向に調整することによって、リニア弁差圧ΔPを減少方向のみにおいてなお継続して調整することができる。
【0027】
常開リニア電磁弁PC1、PC2を非励磁状態にすると(即ち、指令電流Idを「0」に設定すると)、PC1、PC2はコイルスプリングの付勢力により開状態を維持するようになっている。このとき、リニア弁差圧ΔPが「0」になって、ブレーキ液圧調整部33〜36の上流部の圧力がマスタシリンダPmと等しくなる。
【0028】
以上、説明した構成により、ブレーキ液圧制御部30は、左右前輪FR、FLに係わる系統と、左右後輪RR、RLに係わる系統の2系統の液圧回路から構成されている。ブレーキ液圧制御部30は、全ての電磁弁が非励磁状態にあるとき、ホイールシリンダ液圧Pw**がマスタシリンダ液圧Pmと等しい値に調整される。
【0029】
他方、この状態にて、モータMT(従って、液圧ポンプHP1,HP2)を駆動するとともに常開リニア電磁弁PC1,PC2を制御することによって、ホイールシリンダ液圧Pw**が液圧(Pm+ΔP)に調整される。更には、増圧弁PU**、及び減圧弁PD**を制御することで、ホイールシリンダ液圧Pw**が車輪毎に独立して調整され得る。即ち、運転者によるブレーキペダルBPの操作にかかわらず、車輪**に付与される制動力が車輪毎に独立して調整され得る。
【0030】
再び、
図1を参照すると、この車両用ブレーキ装置10は、車輪の回転速度を検出する車輪速度センサ41**と、ブレーキペダルBPの操作の有無に応じた信号を選択的に出力するブレーキスイッチ42と、車両のヨーレイトを検出するヨーレイトセンサ43と、マスタシリンダ液圧Pmを検出するマスタシリンダ液圧センサ44(
図2を参照)等を備えている。
【0031】
この車両用ブレーキ装置10は、更に、電子制御装置50を備えている。電子制御装置50は、CPU51、ROM52、RAM53、バックアップRAM54、及びインターフェース55等からなるマイクロコンピュータである。
【0032】
インターフェース55は、前記センサ41〜44、並びに、その他の種々のセンサと接続され、CPU51にセンサ41〜44等からの信号を供給するとともに、CPU51の指示に応じて、ブレーキ液圧制御部30の電磁弁(常開リニア電磁弁PC1、PC2、増圧弁PU**、及び減圧弁PD**)、及びモータMTに駆動信号を送出するようになっている。
【0033】
(車両安定性制御)
このブレーキ装置10(具体的には、CPU51)は、車両の走行安定性を高めるための周知の車両安定性制御を実行する。
図4を参照しながら、この車両安定性制御について簡単に説明する。以下、説明の便宜上、旋回外側の前輪、旋回外側の後輪、旋回内側の前輪、旋回内側の後輪をそれぞれ、「外前輪」、「外後輪」、「内前輪」、「内後輪」と呼ぶ。
【0034】
車両安定性制御とは、本例では、具体的には、オーバステア抑制制御、並びに、アンダステア抑制制御を指す。オーバステア抑制制御は、車両の旋回状態に基づいて車両がオーバステア傾向にあると判定された場合に、運転者の制動操作(ブレーキペダルBPの操作)に依存することなく(制動操作の実行中であっても非実行中であっても)、各輪のホイールシリンダ液圧(従って、摩擦制動部材の押圧力)を調整して、車両の重心周りについて旋回外向きモーメント(
図4を参照)を積極的に発生させる制御である。オーバステア抑制制御では、具体的には、主として、外前輪、外後輪に制動力が付与されることによって旋回外向きモーメントが発生させられる。
【0035】
アンダステア抑制制御は、車両の旋回状態に基づいて車両がアンダステア傾向にあると判定された場合に、運転者の制動操作(ブレーキペダルBPの操作)に依存することなく(制動操作の実行中であっても非実行中であっても)、各輪のホイールシリンダ液圧(従って、摩擦制動部材の押圧力)を調整して、車両の重心周りについて旋回内向きモーメント(
図4を参照)を積極的に発生させる制御である。アンダステア抑制制御では、具体的には、主として、内後輪、内前輪に制動力が付与されることによって旋回内向きモーメントが発生させられる。
【0036】
車両安定性制御の実行中では、車両の旋回状態に応じて各輪に対する目標制動力(目標制動トルク、目標ホイールシリンダ液圧等)がそれぞれ設定され、各輪の実制動力(実制動トルク、実ホイールシリンダ液圧等)が、対応する目標制動力に一致するようにそれぞれ制御される。車両安定性制御において、制動力が付与される対象となる車輪、並びに、付与される制動力の大きさ等については、周知のものと同じであるので、ここではそれらの詳細な説明は省略する。以下、「制動力が付与される対象となる車輪」を「制御対象車輪」と呼ぶ。
【0037】
(制動力低下輪の制動力の不足分を補償する制御)
ところで、このブレーキ装置10では、摩擦制動部材(ブレーキパッド)の過剰な温度上昇により摩擦制動部材
(ブレーキパッド)とディスク部材(ブレーキディスク)との間の摩擦係数が低下する現象(所謂、フェード)、或いは、摩擦制動部材(ブレーキパッド)とディスク部材(ブレーキディスク)との間に氷雪が侵入して両者間の摩擦係数が低下する現象(所謂、スノーフェード)等が不可避的に発生し得る。このような現象が発生すると、車両に発生している制動力(制動トルク)が、「摩擦制動部材の押圧力(或いは、ホイールシリンダ液圧)に応じた(予定された)制動力(制動トルク)」に対して過剰に低下する。以下、このように制動力が低下している車輪を「制動力低下輪」と呼ぶ。
【0038】
車両安定性制御の実行中において、制御対象車輪が制動力低下輪となっている場合、所期の旋回モーメント等が発生し難いこと等に起因して同制御が達成され難くなる。具体的には、例えば、オーバステア抑制制御中にて外前輪にのみ制動力が付与されている状況において、外前輪が制動力低下輪となった場合、旋回外向きモーメントが車両に十分に作用せず、この結果、オーバステア傾向が十分に解消され得ない事態も発生し得る。
【0039】
この場合、制動力低下輪のホイールシリンダ液圧(摩擦制動部材の押圧力)を増大することも考えられる。しかしながら、制動力低下輪における「制動力の低下度合い」(換言すれば、フェードの度合い)が大きい場合、制動力低下輪のホイールシリンダ液圧(摩擦制動部材の押圧力)を増大しても、制動力低下輪において所期の制動力(制動トルク)がなおも発生し得ず、この結果、所期の車両状態が実現され得ない状態がなおも継続し得る。
【0040】
そこで、このブレーキ装置10は、車両安定性制御実行中において、制御対象車輪が制動力低下輪であると判定された場合、制動力低下輪のホイールシリンダ液圧を増大することなく、制動力低下輪を除いた「車両安定性制御を達成するために制動力を発生すべき他の車輪」に制動力を発生させる(他の車輪のホイールシリンダ液圧を増大させる)。これにより、制動力低下輪の制動力の不足分が補償される。なお、この制御は、運転者の制動操作(ブレーキペダルBPの操作)に依存することなく(制動操作の実行中であっても非実行中であっても)実行される。
【0041】
以下、この制御について、
図5を参照しながら説明する。
図5は、この制御をCPU51が実行するためにROM52内に格納されたプログラムの処理の流れを示す。この処理は、所定のタイミング(例えば、6ミリ秒)の経過毎に繰り返し実行される。
【0042】
先ず、ステップ505では、車両安定性制御の実行中であるか否かが判定される。具体的には、オーバステア(OS)抑制制御、又は、アンダステア(US)抑制制御の実行中であるか否かが判定される。車両安定性制御が非実行中の場合は、このプログラムの処理が終了する。以下、車両安定性制御が実行中の場合について説明していく。
【0043】
ステップ510では、各輪のホイールシリンダ液圧に基づいて、各輪の第1制動力がそれぞれ推定される。ステップ515では、各輪のスリップ率(及び接地荷重)に基づいて、各輪の第2制動力がそれぞれ推定される。後述するように、第1、第2制動力は、制動力低下輪の有無の判定、並びに、制動力低下輪についての不足制動力の推定に使用される。
【0044】
各輪の第1制動力は、具体的には、ROM52内に格納されている「ホイールシリンダ液圧−制動力」の関係を示すマップ(テーブル)に、対応する車輪の現在のホイールシリンダ液圧を適用することによって求められる。このマップは、ブレーキパッドとブレーキディスクとの間の摩擦係数が正常である(即ち、制動力低下輪でない)車輪について実行された実験等の結果に基づいて作成されている。或る車輪の現在のホイールシリンダ液圧は、例えば、ホイールシリンダ液圧センサ(図示せず)の検出結果に基づいて取得され得る。
【0045】
各輪の第2制動力は、具体的には、ROM52内に格納されている「スリップ率−摩擦係数」の関係を示すマップ(テーブル)に「対応する車輪の現在のスリップ率」を適用して得られる摩擦係数に、対応する車輪の接地荷重を乗じることによって求められる。或る車輪の現在のスリップ率は、車輪速度センサ41**の検出結果から得られる推定車体速度と、その車輪の現在の車輪速度と、に基づいて算出され得る。或る車輪の接地荷重は、車両の諸元のみから得られる一定値(静的な値)であってもよいし、前記一定値に車両の加速度に基づく慣性力を加減した値(動的な値)であってもよい。
【0046】
ステップ520では、制御対象車輪(即ち、車両安定性制御の実行に起因してホイールシリンダ液圧が増大した1つ又は複数の車輪)のうちで、制動力低下輪が存在するか否かが判定される。具体的には、例えば、各制御対象車輪について、第1制動力から第2制動力を減じた値が所定値(正の値)より大きいか否かが判定される。第1制動力から第2制動力を減じた値が所定値(正の値)より大きい車輪が存在したとき、その車輪(1つの車輪)が制動力低下輪であると判定される。なお、この判定は、例えば、ブレーキパッドの温度等を計測するセンサの検出結果に基づいてなされてもよい。
【0047】
ステップ520にて、制動力低下輪が存在しない場合は、このプログラムの処理が終了する。以下、制御対象車輪のうちで制動力低下輪が存在する場合について説明していく。この場合、ステップ525にて、制動力低下輪について、不足している制動力(不足制動力)が推定される。この不足制動力は、例えば、第1制動力から第2制動力を減じることによって得られる。なお、この不足制動力は、例えば、ブレーキパッドの温度等を計測するセンサの検出結果に基づいて推定されてもよい。
【0048】
ステップ530では、制御対象車輪を除いた「車両安定性制御を達成するために制動力を発生すべき他の車輪」の中から、制動力を付与すべき車輪(即ち、ホイールシリンダ液圧を増大すべき車輪)(1つの車輪、以下、「第1制動力分配輪」と呼ぶ。)が決定される。具体的には、下記表1に示すように、実行されている制御毎に、「制動力を発生すべき車輪」についての優先順位が予め定められている。
【0050】
上記表1に示すように、OS抑制制御については、優先順位の高い順に、外前輪、外後輪が設定されている。一方、US抑制制御については、優先順位の高い順に、内後輪、内前輪、外後輪、外前輪が設定されている。
【0051】
第1制動力分配輪は、制動力低下輪以外で、優先順位が最も高い車輪に決定される。例えば、OS抑制制御実行中において、外前輪のみ、或いは、外前輪及び外後輪が制御対象車輪である場合において外前輪が制動力低下輪であると判定された場合、第1制動力分配輪は外後輪に決定される。外前輪及び外後輪が制御対象車輪である場合において外後輪が制動力低下輪であると判定された場合、第1制動力分配輪は外前輪に決定される。
【0052】
例えば、US抑制制御実行中において、内後輪のみ、或いは、内後輪及び内前輪が制御対象車輪である場合において内後輪が制動力低下輪であると判定された場合、第1制動力分配輪は内前輪に決定される。内後輪及び内前輪が制御対象車輪である場合において内前輪が制動力低下輪であると判定された場合、第1制動力分配輪は内後輪に決定される。
【0053】
ステップ530では、第1制動力分配輪に分配される制動力(分配制動力)も決定される。分配制動力は、例えば、ステップ525にて推定された不足制動力に係数Kを乗じることによって決定される。係数Kは、1より小さくても大きくてもよく、また、一定であっても可変であってもよい。
【0054】
係数Kは、例えば、第1制動力分配輪に分配制動力を付与した場合に、「制動力低下輪に不足制動力と等しい大きさの制動力が付与されたことに起因して発生する旋回モーメント」と同じ大きさ・同じ向きの旋回モーメントが得られるように、車両の諸元(例えば、トレッド等)に基づいて決定されてもよい。
【0055】
第1制動力分配輪、及び、分配制動力が決定されると、ステップ535にて、車両安定性制御における第1制動力分配輪の目標制動力に「決定された分配制動力」が加算されて、第1制動力分配輪の目標制動力が補正される。なお、第1制動力分配輪以外の車輪の目標制動力は補正されない。
【0056】
この第1制御分配輪の目標制動力の補正によって、第1制御分配輪の目標制動力が所定の上限値を超えた場合(換言すれば、ホイールシリンダ液圧(ブレーキパッドの押圧力)の目標値が所定の上限値を超えた場合)、第1制御分配輪の目標制動力が所定の上限値と等しい値に設定され、且つ、前記「上限値を超えた分」が第2制御分配輪に分配されてもよい。
【0057】
第2制御分配輪としては、制動力低下輪以外で、優先順位が2番目に高い車輪に決定される。具体的には、例えば、US抑制制御実行中において、内後輪のみ、或いは、内後輪及び内前輪が制御対象車輪である場合において、内後輪が制動力低下輪であり、第1制動力分配輪が内前輪に決定されている場合、第2制動力分配輪は、外後輪に決定される。
【0058】
上記「所定の上限値」は、一定であってもよいし、可変であってもよい。上記「所定の上限値」は、
図6に示すマップに基づいて、第1制動力分配輪のスリップ率に基づいて決定されてもよい。
図6から理解できるように、外後輪のホイールシリンダ液圧(ブレーキパッドの押圧力)を次第に増加して外後輪のスリップ率を増加していくと、旋回外向きモーメントが、初めは0から増加し、その後、減少して0になり、その後は負の値となる。このことは、OS抑制制御実行中において、第1制動力分配輪としての外後輪に付与される制動力(制動トルク、ホイールシリンダ液圧)が或る値を超えると、その制動力が旋回外向きモーメントの発生に寄与しなくなることを意味する。このことを考慮して、OS抑制制御実行中において、第1制動力分配輪が外後輪に決定されている場合、上記「所定の上限値」として、外後輪のスリップ率が「旋回外向きモーメント=0に対応する値」となるときの外後輪の制動力(制動トルク、ホイールシリンダ液圧)が使用され得る。
【0059】
同様に、内前輪のホイールシリンダ液圧(ブレーキパッドの押圧力)を次第に増加して内前輪のスリップ率を増加していくと、旋回内向きモーメントが、初めは0から増加し、その後、減少して0になり、その後は負の値となる。このことは、US抑制制御実行中において、第1制動力分配輪としての内前輪に付与される制動力(制動トルク、ホイールシリンダ液圧)が或る値を超えると、その制動力が旋回内向きモーメントの発生に寄与しなくなることを意味する。このことを考慮して、US抑制制御実行中において、第1制動力分配輪が内前輪に決定されている場合、上記「所定の上限値」として、内前輪のスリップ率が「旋回内向きモーメント=0に対応する値」となるときの内前輪の制動力(制動トルク、ホイールシリンダ液圧)が使用され得る。
【0060】
このように、第2制動力分配輪にも制動力が分配される場合、ステップ535にて、第1制動力分配輪の目標制動力が上記「所定の上限値」に基づいて補正され、第2制動力分配輪の目標制動力が上記「上限値を超えた分」に基づいて補正される。なお、第1、第2制動力分配輪以外の車輪の目標制動力は補正されない。
【0061】
このように各輪の目標制動力の補正が完了すると、車両安定性制御が、補正された各輪の目標制動力に基づいて実行される。この結果、このブレーキ装置10によれば、制御対象車輪のうちで制動力低下輪が存在する場合、制動力低下輪そのもののホイールシリンダ液圧(ブレーキパッドの押圧力)が修正されることなく、制動力低下輪以外の第1制動力分配輪(及び、第2制動力分配輪)のホイールシリンダ液圧(ブレーキパッドの押圧力)が増大される。
【0062】
従って、制動力低下輪における「制動力の低下度合い」が大きい場合であっても、第1制動力分配輪(及び、第2制動力分配輪)の制動力の増大によって所期の旋回モーメントが確実に発生し、車両安定性制御が達成され得る。
【0063】
本発明は上記実施形態に限定されることはなく、本発明の範囲内において種々の変形例を採用することができる。例えば、上記実施形態では、
図5に示すように、車両安定性制御の実行中においてのみ「制動力の不足分を補償する制御」が実行される(ステップ505を参照)。これに対し、車両安定性制御の実行中か否かにかかわらず、「制動力の不足分を補償する制御」が実行されてもよい。この場合、全ての車輪に対して制動力低下輪が存在するか否かが判定される。そして、制動力低下輪が存在した場合、制動力低下輪以外の他の車輪に前記不足制動力(ステップ525を参照)が付与される。
【0064】
また、上記実施形態では、ブレーキパッドの押圧力がホイールシリンダ液圧を利用して発生する態様が採用されているが、例えば、ブレーキパッドの押圧力が電気モータの駆動力を利用して発生する態様が採用されてもよい。