(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5963675
(24)【登録日】2016年7月8日
(45)【発行日】2016年8月3日
(54)【発明の名称】らせん菌の分離用デバイスおよび分離方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/04 20060101AFI20160721BHJP
C12M 1/12 20060101ALN20160721BHJP
C12R 1/01 20060101ALN20160721BHJP
【FI】
C12Q1/04
!C12M1/12
C12Q1/04
C12R1:01
【請求項の数】11
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-536431(P2012-536431)
(86)(22)【出願日】2011年9月26日
(86)【国際出願番号】JP2011071849
(87)【国際公開番号】WO2012043456
(87)【国際公開日】20120405
【審査請求日】2014年8月21日
(31)【優先権主張番号】特願2010-214851(P2010-214851)
(32)【優先日】2010年9月27日
(33)【優先権主張国】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000238201
【氏名又は名称】扶桑薬品工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】505127721
【氏名又は名称】公立大学法人大阪府立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100062144
【弁理士】
【氏名又は名称】青山 葆
(74)【代理人】
【識別番号】100101454
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 卓二
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【弁理士】
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100156144
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 康
(72)【発明者】
【氏名】山崎 伸二
(72)【発明者】
【氏名】朝倉 昌博
【審査官】
北村 悠美子
(56)【参考文献】
【文献】
特開2010−022336(JP,A)
【文献】
ミリポアカタログ フィルター編,2008年 3月15日,Vol.3,p.8
【文献】
APPLIED AND ENVIRONMENTAL MICROBIOLOGY,2007年,Vol.73, No.20,p.6386-6390
【文献】
BRITISH MEDICAL JOURNAL,1977年 7月 2日,Vol.2,p.9-11
【文献】
Emerging Infectious Diseases,2004年10月,Vol.10, No.10,p.1863-1867
【文献】
日本食品微生物学会雑誌,2011年 6月30日,Vol.28, No.2,p.86-91
【文献】
European Journal of Clinical Microbiology & Infectious Diseases,1998年,Vol.17, No.7,p.489-492
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00−1/70
C12M 1/00−3/10
C12N 1/00−1/38
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリカーボネートを含んでなるフィルターを含む、らせん菌分離用デバイスであって、該フィルターが、0.45〜0.8 μmの範囲内の孔径を有し、
らせん菌を該フィルターに通過させることにより分離するためのものである、
デバイスのフィルターに、らせん菌を含み得る検体を接触させて、らせん菌をフィルターに対して通過させる工程を含む、らせん菌の分離方法。
【請求項2】
フィルターが、0.45〜0.6 μmの範囲内の孔径を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
上記工程を圧力下、吸引減圧下、または遠心濾過で行う、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
らせん菌が、カンピロバクター目に属する細菌から選択される、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
カンピロバクター目に属する細菌が、カンピロバクター属菌、ヘリコバクター属細菌およびアルコバクター属細菌から選択される、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
以下の工程を含む、らせん菌の検出方法:
(i)ポリカーボネートを含んでなるフィルターを含む、らせん菌分離用デバイスであって、該フィルターが、0.45〜0.8 μmの範囲内の孔径を有し、
らせん菌を該フィルターに通過させることにより分離するためのものである、
デバイスのフィルターに、らせん菌を含み得る検体を接触させて、らせん菌をフィルターに対して通過させる工程、
(ii)フィルターを通過したらせん菌を検出する工程。
【請求項7】
フィルターが、0.45〜0.6 μmの範囲内の孔径を有する、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
フィルターを通過したらせん菌を、検出前に培養する工程をさらに含む、請求項6または7に記載の方法。
【請求項9】
上記工程(i)を圧力下、吸引減圧下、または遠心濾過で行う、請求項6〜8のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
らせん菌が、カンピロバクター目に属する細菌から選択される、請求項6〜9のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
カンピロバクター目に属する細菌が、カンピロバクター属菌、ヘリコバクター属細菌およびアルコバクター属細菌から選択される、請求項10に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本特許出願は、日本国特許出願第2010−214851号について優先権を主張するものであり、ここに参照することによって、その全体が本明細書中へ組み込まれるものとする。
本発明は、検体(臨床検体、食品など)中のカンピロバクター属菌等のらせん菌の検査に用いることのできる、らせん菌の新規分離用デバイスおよび分離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、食の安全が叫ばれ、関係者による対策がなされているにもかかわらず、食中毒の発生は少しも減少していない。なかでも、カンピロバクター属菌による食中毒は日本で最も発生件数が高く、ノロウイルスによる食中毒とほぼ同件数発生している。カンピロバクター属には現在19種以上菌種が報告されている。
【0003】
日本においては、Campylobacter jejuniおよびCampylobacter coliのみが食中毒細菌に指定されており、この両菌種がカンピロバクター感染症起因菌の90%〜95%以上を占めている。カンピロバクター属菌の検査には様々な問題点: (1) 培養に微好気条件(85% N
2、10%O
2、5%C0
2等)が求められるために特殊な機器を要し、(2) 2日から3日の培養日数を要し、菌種決定には全行程で8〜10日を要する、(3) 生化学的性状が酷似しており菌種の鑑別が容易でない等が指摘されている。
【0004】
さらに、日本ではC. jejuniおよびC. coliのみが検査対象となっており、現在用いられている培地はC. jejuniおよびC. coliを対象に開発されたものであるため、他のカンピロバクター属菌による感染症が見逃されている可能性がある。このようにnon-C. jejuni/ non-C. coliのカンピロバクターによる感染症についての調査は未だ十分ではない。
【0005】
カンピロバクター属菌がヒトおよび動物における重要な病原菌として認識されて以来、様々な分離法および培地の改良、開発が行われてきた。最初に用いられたのは、1972年、Dekeyserら(非特許文献1)によって孔径0.65 μmの混合セルロースフィルターを用い、運動性によって物理的に菌を分離する方法であった。
【0006】
その後、1977年、Skirrowらは、大部分のカンピロバクター属菌が、抗菌剤であるトリメトプリム(Trimethoprim;グラム陽性、陰性の桿菌および球菌の発育を抑制)、バンコマイシン(Vancomycin;グラム陽性球菌の発育を抑制)およびポリミキシンB(Polymyxin B;グラム陰性桿菌の発育を抑制)に耐性であり、かつ、糞便中の正常細菌叢には感受性を示すことを利用したSkirrow培地を開発した(非特許文献2)。
【0007】
さらに、Lauwers、Butzlerらによって開発された、バシトラシン(Bacitracin;グラム陽性、陰性の桿菌および球菌の発育を抑制)、シクロヘキシミド(Cycloheximide;真菌の発育を抑制)、硫酸コリスチン(Colistin sulfate;グラム陰性菌、緑膿菌の発育を抑制)、セファロチン(Cephalothin;グラム陽性、陰性の桿菌および球菌の発育を抑制)、ノボビオシン(Novobiocin;グラム陽性、グラム陰性菌の発育を抑制)を含むButzler培地(非特許文献3)、さらにBoltonらは血液の代わりに木炭、硫酸第一鉄およびピルビン酸ナトリウム、カゼイン加水分解物、デオキシコール酸ナトリウムを、抗菌剤としてセフォペラゾン(Cefoperazone;腸球菌以外ほとんどの腸内細菌の発育を抑制)、アムホテリシンB(Amphotericin B;真菌の増殖を抑制)を用いたmodified CCDA培地を開発した(非特許文献4)。その他、Karmaliらが開発した血液不含の培地、木炭、ピルビン酸ナトリウム、セフォペラゾン、シクロヘキシミドを含むKarmali培地(非特許文献5)等が知られている。
【0008】
このように1977年SkirrowらによりSkirrow培地が開発されて以来、多くの抗菌剤を含む分離選択培地の開発、比較が行われてきた。しかしながら、抗菌剤を含む培地および現在の培養法では、主にC. jejuniおよびC. coliの検出を目的としているため、これら2菌種以外は見逃されている可能性が高い。
【0009】
例えば、C. fetus subsp. fetus、C. cinaedi(現在のHelicobacter cinaedi)、C. fennelliae、C. hyointestinalisなどはCephalothinに感受性であるため、これを含むButzler培地等では発育しない。また、GoosensとButzlerは抗菌剤を含んだ培地を使用することに反対し、フィルターを用いたろ過培養法の使用を推奨している(非特許文献6)。さらに、1998年RouxとLastvicaは非選択培地を用いたフィルターろ過培養法を37℃、水素添加微好気条件(Cape Town Protocol)で行い、下痢症患者糞便検体からC. concisus、C. upsaliensis、C. fetus、C. hyointestinalis、C. lariなどのさまざまな菌種を分離した(非特許文献7)。
【0010】
このように、抗菌剤を含まない、最初に開発されたフィルター法の利点は広く知られており、改良フィルター法も開発されているが(例えば、特許文献1)、操作が煩雑であること、C. jejuniおよびC. coliの分離率が他の抗菌剤を含む選択培地に比べて若干劣ること等の欠点から、あまり利用されていない。日本国内において、糞便などの患者検体には主にSkirrow培地が、食品検査にはmCCDA培地がよく用いられている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Dekeyser, P., Gossuin-Detrain, M., Butzler, J. P., and Sternon, J. 1972. Acute enteritis due to related vibrio: first positive stool culture. J. Infect. Dis. 125: 390-392.
【非特許文献2】Skirrow, M. B. 1977. Campylobacter enteritis: a “new”disease. Br. Med. J. 2: 9-11.
【非特許文献3】Lauwers, S., De Boeck, M., and Butzler, J. P. 1978. Campylobacter enteritis in Brussels. Lancet. 1: 604-605.
【非特許文献4】Hutchinson, D. N., and F. J. Bolton. 1984. Improved blood free selective medium for the isolation of Campylobacter jejuni from faecal specimens. J. Clin. Pathol. 37: 956-957.
【非特許文献5】Karmali, M. A.., Simor, A. E., Roscoe, M., Fleming, P. C., Smith, S. S., and Lane, J. 1986. Evaluation of a blood-free, charcoal-based, selective medium for the isolation of Campylobacter organisms from feces. J. Clin. Microbiol. 23: 456-459.
【非特許文献6】Goossens, H., Butzler, J. P. 1989. Isolation of Campylobacter upsaliensis from stool specimens. J. Clin. Microbiol. Sep; 27(9): 2143-2144.
【非特許文献7】vRoux, L. E., and Lastovica, A. J. 1998. The Cape Town Protocol: how to isolate the most Campylobacters for your dollar, pound, franc, yen, etc. In Campylobacter, Helicobacter and Related Organisms. Lastovica, A. J., Newell, D. G., Lastovica, E. E. (eds). pp33-37. Institute of Child Health, Cape Town, South Africa.
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特表2009−532062
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
以上述べたように、抗菌剤を含んだ分離培地は、主にC. jejuniおよびC. coliの分離のための培地であり、全てのカンピロバクター属菌に適用できるものはない。
一方、カンピロバクター属菌の検査法として、カンピロバクター属菌の菌種、薬剤感受性に関わらずに分離が可能なフィルター法が現在あまり利用されていないのは、その検出率の低さ、簡便性の問題が挙げられる。
本発明は、既存のフィルター法よりもらせん菌の分離率を高めることのできる改良フィルター法、該方法に利用可能なデバイス(フィルターユニット等)、および簡便に検査が可能ならせん菌の分離および検出方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決することを目的としてフィルター法に用いるメンブレンの材質について詳細に検討した結果、既存の選択培地と遜色ないらせん菌の分離率を示すフィルターを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、以下のものを含む:
[1] ポリカーボネートを含んでなるフィルターを含む、らせん菌分離用デバイス。
[2] フィルターが、0.2〜0.8 μmの範囲内の孔径を有する、上記[1]に記載のデバイス。
[3] フィルターが、0.45〜0.6 μmの範囲内の孔径を有する、上記[2]に記載のデバイス。
[4] らせん菌が、カンピロバクター目に属する細菌から選択される、上記[1]または[2]に記載のデバイス。
[5] カンピロバクター目に属する細菌が、カンピロバクター属菌、ヘリコバクター属細菌およびアルコバクター属細菌から選択される、上記[4]に記載のデバイス。
[6] 上記[1]〜[3]のいずれかに記載のデバイスのフィルターに、らせん菌を含み得る検体を接触させて、らせん菌をフィルターに対して通過させる工程を含む、らせん菌の分離方法。
[7] 上記工程を圧力下、吸引減圧下、または遠心濾過で行う、上記[6]に記載の方法。
[8] らせん菌が、カンピロバクター目に属する細菌から選択される、上記[6]または[7]に記載の方法。
[9] カンピロバクター目に属する細菌が、カンピロバクター属菌、ヘリコバクター属細菌およびアルコバクター属細菌から選択される、上記[8]に記載の方法。
[10] 以下の工程を含む、らせん菌の検出方法:
(i)上記[1]〜[3]のいずれかに記載のデバイスのフィルターに、らせん菌を含み得る検体を接触させて、らせん菌をフィルターに対して通過させる工程、
(ii)フィルターを通過したらせん菌を検出する工程。
[11] フィルターを通過したらせん菌を、検出前に培養する工程をさらに含む、上記[10]に記載の方法。
[12] 上記工程(i)を圧力下、吸引減圧下、または遠心濾過で行う、上記[10]または[11]に記載の方法。
[13] らせん菌が、カンピロバクター目に属する細菌から選択される、上記[10]〜[12]のいずれかに記載の方法。
[14] カンピロバクター目に属する細菌が、カンピロバクター属菌、ヘリコバクター属細菌およびアルコバクター属細菌から選択される、上記[13]に記載の方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明のデバイスおよび方法によれば、らせん菌を選択的に通過させる特定のフィルターを用いることで、既存の選択培地と遜色ない分離率で、簡便に検体中に含まれるらせん菌を分離し、検出することができる。したがって、本発明のデバイスおよび方法は、食中毒の原因菌の検査および特定に好適に適用することができる。
また、本発明によれば、C. jejuniおよびC. coli以外のこれまで見逃されていたカンピロバクター属菌、ヘリコバクター属菌、アルコバクター属菌等のらせん菌や、抗菌剤に感受性のC. jejuniおよびC. coliを効率よく分離検査することができる。
さらに、本発明を検査に適用することで、熟練者でなくともカンピロバクター属菌をはじめとするらせん菌のコロニーを容易に識別し、検査することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】カンピロバクター属菌およびアルコバクター属菌を用いたフィルター通過実験を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明における「らせん菌」とは、らせん状の形状を有する細菌、例えば、カンピロバクター目(Campylobacterales)に属する細菌を意味し、これには、例えば、カンピロバクター属菌(例えば、C. jejuni、C. coli、C. fetus、C. hyointestinalis、C. concisus、C. upsaliensis、C. lari、C. helveticus、C. hominis、C. lanienae、C. canadensis、C. curvus、C. insulaenigrae等)、ヘリコバクター属菌(例えば、Helicobacter pylori、Helicobacter cinaedi等)、アルコバクター属菌(例えば、A. butzleri、A. Cryaerophilus、A. skirrowii、A. nitrofigilis等)等が含まれる。
【0018】
本発明におけるフィルターは、材料として、ポリカーボネートを含んでなり、そして、らせん菌を選択的に通過させることができるものである。
上記フィルターは、本発明の効果を損なわない範囲で、ポリカーボネート以外の材料を含んでいてもよく、例えば、材料全体のうち、50重量%まで、好ましくは60重量%までの他の材料を含んでいてもよい。このような材料としては、フィルター用として使用することができる材料であれば特に限定されない。
また、ポリカーボネートは、化学的に変性されたものでもよく、例えば、塩化ビニル、ポリエステル、エポキシ、ウレタン、シリコン、ポリエチレン、フッ素等の処理等が施されたものでもよい。
【0019】
上記フィルターの孔径は、らせん菌を選択的に分離する観点から、好ましくは0.2〜0.8 μmの範囲内、より好ましくは0.45〜0.6 μmの範囲内である。
なお、本明細書中でいう孔径は、バブルポイント試験法によって決定された最大孔径である。
【0020】
また、上記フィルターとしては、厚さが7〜22μm程度であり、半透明で、ガラスのような滑らかな表面を有するものであることが好ましい。また、孔径が正確で、孔径分布が一定になるように作製されているものが好ましい。
【0021】
本発明のらせん菌分離用デバイスは、上記フィルターを必須の構成要素として含むものであれば特に限定されない。例えば、フィルターそのものでもよく、その他の構成要素と共にフィルターユニット(フィルターと一体になっているもの)またはキット(フィルターと一体になっていないもの)を構成していてもよい。
上記デバイスにおけるフィルター以外の構成要素としては、例えば、フィルターを支持するための部材(枠材等)、検体の受容器、フィルターに検体を、圧力をかけて導入するための部材(注射器および遠心用カップ、吸引ユニットなどのアダプター等)、濾過フィルター等の従来のフィルターユニットにおける各種の部材、フィルターを通過したらせん菌を培養するための培地、フィルターを通過したらせん菌を回収するための部材等が挙げられる。
【0022】
上記らせん菌を培養するための培地としては、特に限定されず、例えば、血液寒天培地、ブルセラ培地、ミューラーヒントン培地、ニュートリエントブロス培地、スキロー培地、mCCDA培地、カルマリ培地、バツラー培地、ボルトン培地、プレストン培地、CAT培地等のらせん菌の培養に通常使用される培地が挙げられる。
また、上記培地は、各種の抗菌剤を含んでいてもよく、例えば、トリメトプリム、バンコマイシン、ポリミキシンB、バシトラシン、シクロヘキシミド、硫酸コリスチン、セファロチン、ノボビオシン、セフォペラゾン、アムホテリシンB等を含んでいてもよい。
【0023】
また、本発明は、上記デバイスを使用するらせん菌の分離方法を提供する。当該方法は、上記デバイスのフィルターに、らせん菌を含み得る検体を接触させて、らせん菌をフィルターに対して通過させる工程を含む。
【0024】
上記らせん菌を含み得る検体としては、らせん菌を含む可能性のある検体であれば特に限定されず、例えば、糞便、食品、牛乳、愛玩動物の食餌、排泄物等の他、河川、池、水槽、井戸水などの環境水や飲料水等が挙げられる。
【0025】
上記らせん菌を含み得る検体を上記デバイスのフィルターに接触させると、検体中にらせん菌が存在する場合、らせん菌はフィルターを通過しやすく、他の菌種はフィルターを通過しにくいため、結果として、らせん菌を選択的に分離することができる。
上記検体を上記デバイスのフィルターに接触させる方法は特に限定されず、例えば、フィルター上に検体を滴下または注いでもよく、フィルター上に検体を塗布してもよい。
【0026】
上記工程は、圧力をかけずに行ってもよく、圧力下(加圧下)で行ってもよい。上記工程を圧力下で行う場合、例えば、注射器等を用いて検体をフィルター上に押し付けながら行うことができる。また、吸引ユニットを用いて吸引濾過させてもよい。或いは、検体をフィルター上に導入した後、遠心分離を行うこともできる。
圧力下で行う場合、らせん菌のフィルター通過速度が高められるので、より迅速にらせん菌を他の菌種から分離することができる。
【0027】
また、上記らせん菌の分離方法においては、スキロー培地、mCCDA培地、バツラー培地、カルマリ培地などの選択培地を併用することもできる。
【0028】
また、本発明は、上記デバイスを使用してらせん菌を分離し、次いで、らせん菌を検出する方法を提供する。当該方法は、(i)上記デバイスのフィルターに、らせん菌を含み得る検体を接触させて、らせん菌をフィルターを通過させる工程、(ii)フィルターを通過したらせん菌を検出する工程を含む。
上記工程(i)は、上記らせん菌の分離方法と同様に行うことができる。
【0029】
上記工程(ii)におけるらせん菌の検出は、グラム染色、カタラーゼ試験およびオキシダーゼ試験、Multiplex PCR、C. jejuniが特異的に保有する馬尿酸水解酵素遺伝子のPCR、API Campy(BIOMERIEUX)を用いた生化学的性状試験等の従来のらせん菌の同定方法およびそれに基づく変法等を用いて行うことができる。
【0030】
本発明のらせん菌の検出方法においては、上記工程(ii)においてらせん菌を検出する前に、フィルターを通過したらせん菌を培養する工程をさらに含んでいてもよい。これにより、検体中に含まれるらせん菌の数が少ない場合であっても、らせん菌を検出することができる。
上記培養に使用する培地としては、例えば、上記デバイスの説明において例示した培地等が挙げられる。また、培養培地には、上記デバイスの説明において例示した抗菌剤等の抗菌剤が含まれていてもよく、その場合、使用する抗菌剤に感受性の他の菌種を増殖させずに、らせん菌を選択的に増殖させることができる。
また、温度、二酸化炭素(または酸素)濃度等の培養条件は、特に限定されず、らせん菌の培養に通常使用される条件を用いることができる。例えば、血液寒天培地上、37℃の微好気条件(O
2濃度約3〜10%、CO
2濃度5〜15%、N
2濃度約75%〜92%、水素ガスを要求する菌種に関しては、必要に応じて窒素ガスの代わりにH
2濃度約0〜60%で置換する)下、12〜72時間程度、増殖の遅い菌株に関しては10日程度の条件下で培養することができる。
【0031】
また、上記らせん菌の検出方法においては、寒天培地上に形成されたクリアーもしくは、灰色がかった薄ピンク色のらせん菌に特徴的なコロニーが形成され、かつグラム染色によって顕微鏡下でグラム陰性、らせん状形態を観察することでできる。また、直接顕微鏡下で観察し、高い運動性を持ち、直線的な動きを行うらせん形状の菌体を観察することでもできる。また、必要に応じて、らせん菌を検出出来る遺伝子を標的としたPCR法、コロニーハイブリダイゼーション法、16S rRNA遺伝子の解析等の遺伝子検査を併用することもできる。
以下、実施例をあげて本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0032】
以下の実施例において、カンピロバクター属菌として、C. jejuni 81-176株(以下、Cj 81-176)を用い、非カンピロバクター属菌として、Citrobacter amalonaticus(患者検体分離株P3211f+4)、Escherichia coli(患者検体分離株P3210f+6)およびPseudomonas aeruginosa(患者検体分離株P2497f+4)の3菌種を用いた。
また、フィルターとして、孔径0.45 μm、0.65 μm、0.8 μmの混合セルロースフィルター(以下、MCフィルター)(日本ミリポア株式会社)および孔径0.4 μm、0.6 μm、0.8 μmのポリカーボネートフィルター(以下、PCフィルター)(日本ミリポア株式会社)を用いた。
【0033】
(実施例1〜3および比較例1〜3)
Cj 81-176を血液寒天培地上で18時間培養し、培地上のコロニーを掻き取り、PBSに懸濁後、OD
600=0.1の菌液を調製した。濁度0.1の菌液を10倍段階希釈して作製した10
3、10
2、10
1 cfu/100 μLの菌液を、血液寒天培地上に載せた孔径0.45 μm、0.65 μm、0.8 μmのMCフィルターおよび孔径0.4 μm、0.6 μm、0.8 μmのPCフィルター上にそれぞれ100 μL、3枚ずつ接種した。37℃の微好気条件下で30分間静置後、フィルターを取り除き、37℃微好気条件下で2日間培養し、通過したコロニーの平均数(以下、通過菌数)をそれぞれ算出した。添加した菌液中のコロニーカウントも血液寒天培地を用いて同様に行い、添加菌液中の菌数に対する通過菌数の割合を通過率としてそれぞれ算出した。
Cj 81-176の純培養を用いたフィルター通過実験では、MCフィルターの孔径0.45 μm、0.65 μm、0.8 μmでは、通過率はそれぞれ0.6%、0.7%、1.7%であった。また、PCフィルターの孔径0.4 μm、0.6 μm、0.8 μmでは、通過率はそれぞれ1.9%、10.9%、21.8%であった(表1)。両フィルター共に、孔径が大きくなるに従って、通過率が上昇する傾向が見られたが、孔径0.6 μmおよび0.8 μmでは、MCフィルターとPCフィルターではPCフィルターの通過率が10倍以上高い値を示した。
【0034】
【表1】
【0035】
(実施例4および比較例4)
Cj 81-176および非カンピロバクター属菌の培養および希釈菌液の作製方法は、上記の方法に準じた。Cj 81-176を10
2 cfu/100 μL、C. amalonaticus、E. coli、およびP. aeruginosaを10
4、10
3、10
2、10
1、10
0 cfu/100 μLにそれぞれ調製した。Cj 81-176の菌液にC. amalonaticus、E. coli、P. aeruginosaの菌液を混合し、Cj 81-176に対する非カンピロバクター属菌の菌数が1:100、1:10、1:1、10:1、100:1となるように混合菌液を作製した。この混合菌液を、血液寒天培地上に載せた孔径0.65 μmのMCフィルターおよび孔径0.6 μmのPCフィルターの2種類のフィルター上に100 μL、3枚ずつ接種した。37℃微好気条件下で30分間静置後、フィルターを取り除き、さらに微好気条件下で2日間培養した。培養後、各濃度におけるCj 81-176とC. amalonaticus、E. coliおよびP. aeruginosaの通過菌数を、上記の方法に準じてそれぞれ算出した。各コロニーの判別はコロニー形状およびグラム染色にて行った。
【0036】
Cj 81-176とC. amalonaticus、E. coliおよびP. aeruginosaを混合して各フィルターの通過菌数をそれぞれ比較したところ、孔径0.65 μmのMCフィルターにおいて、Cj 81-176とC. amalonaticusの混合菌液ではCj 81-176の平均通過菌数は0.1 cfuであったのに対し、C. amalonaticusは10
4、10
3、10
2、10
1、10
0 cfu/100 μLの5種類の菌濃度でそれぞれ9.7 cfu、0.67 cfu、0.3 cfu、1.3 cfu、0 cfuであった。Cj 81-176とE. coliの混合菌液ではCj 81-176の平均通過菌数は0.3 cfuであったのに対し、E. coliでは上記5種類の菌濃度でそれぞれ2.0 cfu、0.3 cfu、0 cfu、0.7 cfu、1.7 cfuであった。同様にCj 81-176とP. aeruginosaの混合菌液ではCj 81-176の平均通過菌数は0.3 cfuであったのに対し、P. aeruginosaは上記5種類の菌濃度でそれぞれ43 cfu、5.7 cfu、0 cfu、0.7 cfu、1.0 cfuであった。
【0037】
また孔径0.6 μmのPCフィルターにおいて、Cj 81-176とC. amalonaticusの混合菌液ではCj 81-176の平均通過菌数は5.9 cfuであったのに対し、C. amalonaticusはどの菌濃度でも通過が見られなかった。Cj 81-176とE. coliの混合菌液ではCj 81-176の平均通過菌数は10 cfuであったのに対し、E. coliではどの菌濃度でも通過が見られなかった。同様にCj 81-176とP. aeruginosaの混合菌液ではCj 81-176の平均通過菌数は3.4 cfuであったのに対し、P. aeruginosaは最も濃い菌濃度で0.7 cfu、それ以外の4種類の菌濃度では通過は見られなかった。すなわち、PCフィルターはカンピロバクターの通過率が高いのみならず、MCフィルターより効率的に他菌を排除することがわかった。
以上の結果を表2に示す。
【0038】
【表2】
【0039】
表2の結果から、らせん菌(Campylobacter jejuni: Cj 81-176株)とC. amalonaticusを1:100の割合で混合したサンプルを混合セルロース(MC)およびポリカーボネート(PC)フィルターをもちいてフィルター法にて分離培養したところ、混合セルロース(MC)フィルターではらせん菌(Cj)の通過は全く見られず、混合したC. amalonaticusは平均9.7個のコロニーが観察された。しかしながら、ポリカーボネート(PC)フィルターを用いた場合、混合したC. amalonaticusのコロニーは認められず、らせん菌(Cj)は平均3.7個のコロニーが観察された。混合比率を変えた場合や他菌種を混合した場合でも通過は同様の結果が見られていることから、ポリカーボネート(PC)フィルターを用いたフィルター法では明らかにらせん菌以外の菌が効率よく排除されていることがわかった。
【0040】
(実施例5および比較例5)
カンピロバクター属菌陽性の下痢症患者44検体の直腸スワブを500 μLの滅菌生理食塩水に懸濁後、孔径0.6 μmのPCフィルターを用いたフィルター法と、mCCDA培地を用いて、上記の方法に従って分離法の比較を行った。
カンピロバクター属菌陽性の下痢症患者44検体を用いて、患者検体の検査で最も陽性率の高かったmCCDA培地と、孔径0.6 μmのPCフィルターによるフィルター法を比較した。
その結果、mCCDA培地では陽性44検体の内、36検体からカンピロバクターが分離され、その分離率は81.8%であった(表3)。これは、最初に患者検体を調べた時とほぼ変わらない結果であった(表3)。一方、孔径0.6 μmのPCフィルターを用いた場合、陽性44検体の内、37検体からカンピロバクターが分離され、分離率は84%であった(表3)。
これらのことより、PCフィルターを用いた新規カンピロバクターの分離法は目視による菌の判別も容易な優れた分離法であると考えられた。
【0041】
【表3】
【0042】
(実施例6および比較例6)
<目的>
カンピロバクター目(Campylobacterales)に属する細菌について本発明の分離用デバイスの性能を評価する。
<方法>
C. jejuni (81-176)、C. coli (ATCC33559)、C. fetus (ATCC27374)、C. lari (ATCC43675)、C. upsaliensis (ATCC43954)、C. hyointestinalis (ATCC35217)、A. butzleri (ATCC49616)を微好気条件下(5% O
2, 10% CO
2, 85% N
2)37℃で1晩培養し、得られた菌体を滅菌PBS(-)で希釈した。希釈した菌液を段階希釈し、血液寒天培地上に乗せた孔径(φ)0.65 μmの混合セルロース(MC)フィルターおよびφ0.6 μmのポリカーボネート(PC)フィルター上にそれぞれ100 μl、3枚ずつ接種した。37℃の微好気条件下で30分静置後、フィルターを取り除き、37℃、微好気条件下で2日から3日間培養し、得られたコロニー数を算出した。調製した菌液も同様に血液寒天培地で培養し、添加菌数を算出した。それぞれのフィルター通過菌数を添加菌数で除し、通過率を算出した。
<結果>
C. jejuni (81-176)のMCフィルターでの回収率は1.74 ± 0.32%であったのに対し、PCフィルターでは12.63 ± 2.1%と、MCフィルターの約7倍高い値を示した。また、C. fetus (ATCC27374)、C. lari (ATCC43675)、A. butzleri (ATCC49616)についてもそれぞれ約5倍、約9倍、約4倍とPCフィルターの方が高い値を示した。C. upsaliensis (ATCC43954)とC. hyointestinalis (ATCC35217)はMCフィルターでは全く回収できなかったが、PCフィルターではそれぞれ41 ± 18%および6.22 ± 1.68%と、高い回収率を示した。一方、C. coli (ATCC33559)では他菌の様な著明な回収率向上は認められなかったが、MCフィルターでの回収率1.57 ± 0.71%に対して、PCフィルターでは1.90 ± 1.24%と、約1.2倍PCフィルターの方が高い値を示した(表4、
図1)。
<考察>
食中毒細菌として重要な菌種であるC. jejuni、C. coliをはじめ、他のカンピロバクター属細菌や、近年食中毒細菌として注目されているアルコバクター属菌でもPCフィルターによる分離が有効であった。
【表4】