特許第5964256号(P5964256)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5964256二相系ステンレス鋼製構造物製造方法および熱処理装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5964256
(24)【登録日】2016年7月8日
(45)【発行日】2016年8月3日
(54)【発明の名称】二相系ステンレス鋼製構造物製造方法および熱処理装置
(51)【国際特許分類】
   C21D 9/50 20060101AFI20160721BHJP
   C21D 6/00 20060101ALI20160721BHJP
   B23K 31/00 20060101ALI20160721BHJP
【FI】
   C21D9/50 101B
   C21D6/00 102L
   B23K31/00 B
【請求項の数】8
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2013-17059(P2013-17059)
(22)【出願日】2013年1月31日
(65)【公開番号】特開2014-148705(P2014-148705A)
(43)【公開日】2014年8月21日
【審査請求日】2015年1月30日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006208
【氏名又は名称】三菱重工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100112737
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 考晴
(74)【代理人】
【識別番号】100118913
【弁理士】
【氏名又は名称】上田 邦生
(72)【発明者】
【氏名】原田 照正
(72)【発明者】
【氏名】今川 雄三
【審査官】 田口 裕健
(56)【参考文献】
【文献】 特開平09−111335(JP,A)
【文献】 特開昭60−238423(JP,A)
【文献】 特開平10−099984(JP,A)
【文献】 特公昭58−048016(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 9/00− 9/44、 9/50
C21D 6/00
B23K 31/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
二相系ステンレス鋼から形成される防食対象構造物を準備すること、
前記防食対象構造物を溶接すること、
前記防食対象構造物の表面の一部を形成し、前記防食対象構造物が溶接されることにより生成される溶接部および熱影響部を含み、且つ、前記防食対象構造物の深さ方向下側に溶体化熱処理されない溶接部および熱影響部があるよう溶体化熱処理対象部分を設定すること、および、
前記防食対象構造物が溶接された後に前記防食対象構造物のうちの溶体化熱処理対象部分が溶体化熱処理されるように、誘導加熱装置またはレーザ加熱装置を用いて前記防食対象構造物を加熱すること、を備える二相系ステンレス鋼製構造物製造方法。
【請求項2】
前記防食対象構造物は、前記溶体化熱処理対象部分が溶体化熱処理されるときに、前記溶体化熱処理対象部分が1050℃以上に加熱されるように、加熱される請求項1に記載される二相系ステンレス鋼製構造物製造方法。
【請求項3】
前記防食対象構造物は、前記溶体化熱処理対象部分が溶体化熱処理されるときに、前記溶体化熱処理対象部分が1100℃以下に加熱されるように、加熱される請求項1または請求項2に記載される二相系ステンレス鋼製構造物製造方法。
【請求項4】
前記溶体化熱処理対象部分が溶体化熱処理されることに並行して、前記防食対象構造物のうちの前記溶体化熱処理対象部分に隣接する部分を冷却することをさらに備える請求項1〜請求項のうちのいずれか一項に記載される二相系ステンレス鋼製構造物製造方法。
【請求項5】
前記溶体化熱処理対象部分が溶体化熱処理されている時刻から前記溶体化熱処理対象部分の温度が700℃以下になる時刻までの時間が100秒未満になるように、前記溶体化熱処理対象部分を冷却することをさらに備える請求項1〜請求項のうちのいずれか一項に記載される二相系ステンレス鋼製構造物製造方法。
【請求項6】
二相系ステンレス鋼から形成される二相系ステンレス鋼製構造物であり、
溶体化熱処理された溶体化熱処理対象部分と、
前記溶体化熱処理対象部分の前記二相系ステンレス鋼製構造物の深さ方向下側に、溶体化熱処理されなかった溶接部及び熱影響部とを備え、
前記溶体化熱処理対象部分は、本二相系ステンレス鋼製構造物の表面の一部を形成する二相系ステンレス鋼製構造物。
【請求項7】
二相系ステンレス鋼から形成される防食対象構造物のうち、前記防食対象構造物の表面の一部を形成し、前記防食対象構造物が溶接されることにより生成される溶接部および熱影響部を含む溶体化熱処理対象部分を、前記溶体化熱処理部分の前記防食対象構造物の厚さ方向下側に、前記溶体化熱処理対象部分が溶体化熱処理されることにより溶体化熱処理されない熱影響部および溶接部を含むよう加熱する加熱装置と、
前記加熱装置に固定される冷却装置とを備え、
前記冷却装置は、前記防食対象構造物のうちの前記溶体化熱処理対象部分に隣接する他の部分を冷却し、
前記加熱装置は誘導加熱装置またはレーザ加熱装置である熱処理装置。
【請求項8】
前記溶体化熱処理対象部分を冷却する他の冷却装置をさらに備える請求項に記載される熱処理装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二相系ステンレス鋼製構造物製造方法および熱処理装置に関し、特に、二相系ステンレス鋼製構造物を製造するときに利用される二相系ステンレス鋼製構造物製造方法および熱処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
二相ステンレス鋼から形成される構造物が知られている。このような構造物は、たとえば、海水ポンプ、海水配管、バルブ、ケーシング等に利用されるときに、耐食性に優れていることが望まれている。二相ステンレス鋼から形成される構造物の溶接部は、比較的耐食性が劣っている。その溶接部は、その構造物を溶体化熱処理することにより、耐食性が改善されることが知られている(たとえば、特許文献1、2、3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭61−212483号公報
【特許文献2】特開平6−299234号公報
【特許文献3】特開2012−172157号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このような構造物は、大型であるときに、熱処理することが困難になることがある。二相系ステンレス鋼製構造物の溶接部の耐食性をより容易に改善させることが望まれている。
【0005】
本発明の課題は、耐食性に優れた二相系ステンレス鋼製構造物をより容易に製造する二相系ステンレス鋼製構造物製造方法および熱処理装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明による二相系ステンレス鋼製構造物製造方法は、二相系ステンレス鋼から形成される防食対象構造物を準備することと、防食対象構造物の表面の一部を形成し、防食対象構造物が溶接されることにより生成される溶接部および熱影響部を含み、且つ、防食対象構造物の深さ方向下側に溶体化熱処理されない溶接部および熱影響部があるよう溶体化熱処理対象部分を設定することと、その防食対象構造物のうちの溶体化熱処理対象部分が溶体化熱処理されるように、その防食対象構造物を加熱することとを備えている
【0007】
このような二相系ステンレス鋼製構造物製造方法によれば、防食対象構造物は、その溶体化熱処理対象部分が溶体化熱処理されることにより、その溶体化熱処理対象部分に形成されるα相とγ相の比を適切な範囲に形成させるとともに、σ相を低減させることができ、防食対象構造物の表面のうちのその溶体化熱処理対象部分により形成される表面が腐食することを防止することができる。このような二相系ステンレス鋼製構造物製造方法は、さらに、一部分のみを溶体化熱処理することにより、その防食対象構造物の全体を溶体化熱処理する他の二相系ステンレス鋼製構造物製造方法に比較して、より容易に実行されることができる。
【0008】
本発明による二相系ステンレス鋼製構造物製造方法は、その防食対象構造物を溶接することをさらに備えている。このとき、その溶体化熱処理対象部分は、その防食対象構造物が溶接されることにより生成される溶接部および熱影響部を含み、その防食対象構造物が溶接された後に溶体化熱処理される。
【0009】
このような二相系ステンレス鋼製構造物製造方法は、防食対象構造物が溶接により形成されるときでも、防食対象構造物のうちの溶接による熱影響部が腐食することを防止することができる。
【0010】
その防食対象構造物は、その溶体化熱処理対象部分が溶体化熱処理されるときに、その溶体化熱処理対象部分が1050℃以上に加熱されるように、加熱される。
【0011】
このような二相系ステンレス鋼製構造物製造方法によれば、その溶体化熱処理対象部分は、その溶体化熱処理対象部分にσ相等の析出物が析出する析出量をより確実に低減することができ、その溶体化熱処理対象部分が形成する表面が腐食することをより確実に防止することができる。
【0012】
その防食対象構造物は、その溶体化熱処理対象部分が溶体化熱処理されるときに、その溶体化熱処理対象部分が1100℃以下に加熱されるように、加熱される。
【0013】
このような二相系ステンレス鋼製構造物製造方法によれば、その溶体化熱処理対象部分は、α/γ量比が適切になるように形成され、その溶体化熱処理対象部分が形成する表面が腐食することをより確実に防止することができる。
【0014】
その溶体化熱処理対象部分は、その防食対象構造物が誘導加熱またはレーザ加熱装置により加熱されることにより、溶体化熱処理される。
【0015】
このような二相系ステンレス鋼製構造物製造方法によれば、その溶体化熱処理対象部分を急熱急冷することができる。
【0016】
本発明による二相系ステンレス鋼製構造物製造方法は、その溶体化熱処理対象部分が溶体化熱処理されることに並行して、その防食対象構造物のうちのその溶体化熱処理対象部分に隣接する部分を冷却することをさらに備えている。
【0017】
このような二相系ステンレス鋼製構造物製造方法は、その加熱により生成される熱影響部を低減し、溶体化熱処理対象部分の周辺が腐食することを防止することができる。
【0018】
本発明による二相系ステンレス鋼製構造物製造方法は、その溶体化熱処理対象部分が溶体化熱処理されている時刻からその溶体化熱処理対象部分の温度が700℃以下になる時刻までの時間が100秒未満になるように、その溶体化熱処理対象部分を冷却することをさらに備えている。
【0019】
α/γ量比の適正範囲の逸脱や析出物・金属間化合物の析出は、防食対象構造物の耐食性を低下させる。このような二相系ステンレス鋼製構造物製造方法によれば、その溶体化熱処理対象部分は、析出物・金属間化合物の析出が少なく、その溶体化熱処理対象部分が形成する表面が腐食することをより確実に防止することができる。
【0020】
本発明による二相系ステンレス鋼製構造物は、二相系ステンレス鋼から形成されている。その二相系ステンレス鋼製構造物は、さらに、溶体化熱処理された溶体化熱処理対象部分と、前記溶体化熱処理対象部分の前記二相系ステンレス鋼製構造物の深さ方向下側に、溶体化熱処理されなかった溶接部及び熱影響部と溶体化熱処理されなかった部分とを備えている。このとき、その溶体化熱処理対象部分は、本二相系ステンレス鋼製構造物の表面の一部を形成している。
【0021】
このような二相系ステンレス鋼製構造物は、本発明による二相系ステンレス鋼製構造物製造方法により作製され、その溶体化熱処理対象部分の、α相とγ相の比を適切な範囲に形成させるとともに、溶体化熱処理対象部分に形成されるσ相が低減されることにより、防食対象構造物の表面のうちのその溶体化熱処理対象部分に形成される表面が腐食することを防止することができる。
【0022】
本発明による熱処理装置は、二相系ステンレス鋼から形成される防食対象構造物のうち、前記防食対象構造物の表面の一部を形成し、前記防食対象構造物が溶接されることにより生成される溶接部および熱影響部を含む溶体化熱処理対象部分を、前記溶体化熱処理部分の前記防食対象構造物の厚さ方向下側に、前記溶体化熱処理対象部分が溶体化熱処理されることにより溶体化熱処理されない熱影響部および溶接部を含むよう加熱する加熱装置と、その加熱装置に固定される冷却装置とを備えている。このとき、その溶体化熱処理対象部分は、その防食対象構造物の表面の一部を形成している。その防食対象構造物は、その溶体化熱処理対象部分が溶体化熱処理されることにより溶体化熱処理されない部分をさらに含んでいる。その冷却装置は、その防食対象構造物のうちのその溶体化熱処理対象部分に隣接する他の部分を冷却する。
【0023】
このような熱処理装置は、溶体化熱処理対象部分を溶体化熱処理するときに、防食対象構造物のうちのその溶体化熱処理対象部分に隣接する他の部分を容易に冷却することができる。このため、このような熱処理装置は、その防食対象構造物は、溶体化熱処理対象部分を加熱することに並行してその部分を冷却することにより、その溶体化熱処理対象部分が溶体化熱処理されるときに生成される熱影響部の量を低減することができ、防食対象構造物が腐食することを防止することができる。
【0024】
その加熱装置は、誘導加熱またはレーザ加熱装置によりその溶体化熱処理対象部分を加熱する。
【0025】
このような熱処理装置は、防食対象構造物の形状に応じた形状に加熱装置が作製されることができ、様々な形状の防食対象構造物の溶体化熱処理対象部分を溶体化熱処理することができる。
【0026】
本発明による熱処理装置は、その溶体化熱処理対象部分を冷却する他の冷却装置をさらに備えている。
【0027】
このような熱処理装置は、溶体化熱処理対象部分が加熱された後に、溶体化熱処理対象部分をすぐに冷却することができる。このため、このような熱処理装置は、その溶体化熱処理対象部分のα相とγ相の比を適切な範囲に形成させるとともに、σ相析出量をより適切に低減することができ、その溶体化熱処理対象部分が形成する表面が腐食することをより確実に防止することができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明による二相系ステンレス鋼製構造物製造方法および熱処理装置は、耐食性に優れた二相系ステンレス鋼製構造物をより容易に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】熱処理装置を示し、防食対象構造物を示す断面図である。
図2】二相ステンレス鋼の耐食性に及ぼすフェライト量の影響を示すグラフである。
図3】二相ステンレス鋼の熱処理による組織変化を示すグラフである。
図4】二相ステンレス鋼の耐食性に及ぼすσ相析出量の影響を示すグラフである。
図5】二相ステンレス鋼におけるσ相の析出領域を示すTTT曲線を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0030】
図面を参照して、熱処理装置の実施の形態が以下に記載される。その熱処理装置1は、図1に示されているように、支持部材2と高周波誘導加熱装置3と第1冷却装置5と第2冷却装置6とを備えている。高周波誘導加熱装置3は、支持部材2に接合されることにより、支持部材2に支持されている。高周波誘導加熱装置3は、コイルから形成され、図示されていない電力原から所定の交流電力が供給されることにより、強度が変化する所定の磁力線を生成する。高周波誘導加熱装置3は、防食対象構造物7のうちの溶体化熱処理対象部分8に対して所定の位置に配置されているときに、その磁力線を生成することにより、溶体化熱処理対象部分8を加熱する。
【0031】
第1冷却装置5は、ノズルに形成され、ユーザに操作されることにより、図示されていない冷却機構により準備された圧縮空気や不活性ガスを噴射する。第1冷却装置5は、高周波誘導加熱装置3が溶体化熱処理対象部分8に対してその所定の位置に配置されているときに、防食対象構造物7のうちの溶体化熱処理対象部分8に隣接する領域にその圧縮空気が噴射されるように、高周波誘導加熱装置3に対して所定の相対位置に配置されている。第1冷却装置5は、支持部材2により支持され、その所定の相対位置に配置されるように、支持部材2により高周波誘導加熱装置3に対して固定されている。
【0032】
第2冷却装置6は、ノズルに形成され、ユーザに操作されること、または所定のプログラムにより、その冷却機構により生成された圧縮空気や不活性ガスを噴射する。第2冷却装置6は、高周波誘導加熱装置3が溶体化熱処理対象部分8に対してその所定の位置に配置されているときに、溶体化熱処理対象部分8にその圧縮空気や不活性ガスが噴射されるように、高周波誘導加熱装置3に対して所定の相対位置に配置されている。第2冷却装置6は、支持部材2により支持され、その所定の相対位置に配置されるように、支持部材2により高周波誘導加熱装置3に対して固定されている。
【0033】
このような熱処理装置1は、防食対象構造物7と溶体化熱処理対象部分8との形状に基づいて、溶体化熱処理対象部分8のみが高周波誘導加熱装置3により加熱されるように、溶体化熱処理対象部分8に隣接する部分が第1冷却装置5により冷却されるように、かつ、溶体化熱処理対象部分8が第2冷却装置6により冷却されるように、作製される。このような熱処理装置1は、支持部材2が適切な形状に作製されることにより作製されることができ、防食対象構造物7の全体を加熱する熱処理炉に比較して、より容易に作製されることができる。
【0034】
二相系ステンレス鋼製構造物製造方法の実施の形態は、熱処理装置1を用いて実行され、防食対象構造物を準備する動作と防食対象構造物を熱処理する動作とを備えている。
【0035】
その防食対象構造物を準備する動作では、まず、溶接により防食対象構造物7が作製される。このため、防食対象構造物7は、母材部分10と溶接部11と熱影響部12とが形成されている。母材部分10は、その溶接による熱により影響をほとんど受けていない部分から形成されている。溶接部11は、その溶接により防食対象構造物7に付加された溶接金属から形成されている。熱影響部12は、その溶接により熱影響を受けた部分から形成されている。このため、熱影響部12は、母材部分10と溶接部11との間に配置された領域を形成し、防食対象構造物7の表面の一部分を形成している。熱影響部12は、その溶接による熱による影響により、α/γ量比が適正範囲外となることやσ相などが析出し、母材部分10に比較して耐食性が低く、溶接部11に比較して耐食性が低い。
【0036】
その防食対象構造物を熱処理する動作では、まず、防食対象構造物7のうちの溶体化熱処理対象部分8が高周波誘導加熱装置3により加熱されるように、熱処理装置1が所定の位置に配置される。溶体化熱処理対象部分8は、防食対象構造物7により形成される表面の一部を含むように、設定され、溶体化熱処理対象部分8により形成される表面が、熱影響部12により形成される表面16を含むように、設定される。
【0037】
高周波誘導加熱装置3は、熱処理装置1がその所定の位置に配置されているときに、所定の交流電力が供給されることにより、溶体化熱処理対象部分8に所定の磁力線を生成する。溶体化熱処理対象部分8は、その磁力線が生成されることにより、渦電流が流れ、加熱される。第1冷却装置5は、溶体化熱処理対象部分8が高周波誘導加熱装置3により加熱されているときに、圧縮空気を防食対象構造物7のうちの溶体化熱処理対象部分8に隣接する部分に噴射することにより、その部分を冷却する。
【0038】
熱処理装置1は、溶体化熱処理対象部分8の温度が1050℃から1100℃の範囲に所定の時間含まれるように加熱された後に、高周波誘導加熱装置3による加熱が停止される。第2冷却装置6は、溶体化熱処理対象部分8の加熱が停止された後に、溶体化熱処理対象部分8の温度が1050℃から700℃以下になる時間が100秒未満になるように、圧縮空気を溶体化熱処理対象部分8に噴射することにより、溶体化熱処理対象部分8を冷却する。
【0039】
防食対象構造物7は、このように加熱されることにより、溶体化熱処理対象部分8が溶体化熱処理される。溶体化熱処理対象部分8により形成される表面は、溶体化熱処理対象部分8が溶体化熱処理されることにより、σ相などが析出される量が低減され、熱影響部12により形成される表面に比較して、耐食性が優れている。このため、このような二相系ステンレス鋼製構造物製造方法によれば、防食対象構造物7は、耐食性が向上される。
【0040】
防食対象構造物7の全体を溶体化熱処理するときに、防食対象構造物7の全部を内部に配置することができる大きな熱処理炉を準備する必要がある。さらに、防食対象構造物7は、全体が加熱されているときに、熱変形しないように、手当てする必要がある。このような二相系ステンレス鋼製構造物製造方法は、防食対象構造物7のうちの溶体化熱処理対象部分8と異なる部分14が溶体化熱処理されないように溶体化熱処理対象部分8を加熱することにより、その大きな熱処理炉を準備する必要がなく、熱変形しないように手当てする手間が軽減される。このため、このような二相系ステンレス鋼製構造物製造方法は、防食対象構造物7の全体を加熱する他の二相系ステンレス鋼製構造物製造方法に比較して、より容易に実行されることができる。
【0041】
防食対象構造物7は、このように加熱されることにより、溶体化熱処理対象部分8と溶体化熱処理されない部分14との間に熱影響部15が形成される。熱影響部15は、その加熱による熱影響を受けた部分から形成され、熱影響部12と同様にして、耐食性が低い。防食対象構造物7は、溶体化熱処理対象部分8が加熱されているときに、溶体化熱処理対象部分8に隣接する部分が第1冷却装置5により冷却されることにより、溶体化熱処理対象部分8の周辺の温度勾配が急峻になり、熱影響部15が小さくなる。このため、防食対象構造物7は、熱影響部15により形成される表面17の面積が小さくなり、耐食性が向上する。
【0042】
鋼種SUS329J1、鋼種SUS329J3L、鋼種SUS329J4L、鋼種UNS S82122、鋼種UNS S32304の二相ステンレス鋼は、950℃〜1100℃に加熱した後に急冷することにより、溶体化熱処理される。その二相ステンレス鋼は、さらに、α相が析出する温度が600℃〜1000℃であり、窒化物が析出する温度が700℃〜1000℃であり、炭化物が析出する温度が600℃〜1050℃である。このため、このような二相系ステンレス鋼製構造物製造方法は、溶体化熱処理対象部分が1050℃以上1100℃以下になるように加熱していることにより、溶体化熱処理対象部分8を溶体化熱処理することができ、かつ、α相、窒化物、炭化物が溶体化熱処理対象部分8に析出する量を低減することができる。その結果、このような二相系ステンレス鋼製構造物製造方法は、溶体化熱処理対象部分8により形成される表面の耐食性を向上させることができ、さらにα/γ量比を適正な範囲とすることが可能となりその二相系ステンレス鋼製構造物製造方法が実行されない他の溶接材に比較して、防食対象構造物7の耐食性を改善させることができる。
【0043】
図2は、二相ステンレス鋼の耐食性に及ぼすフェライト(α)量の影響を示す関係を示している。その関係31は、フェライト量に対する孔食速度を示している。あるフェライト量に対応する孔食速度は、ある二相ステンレス鋼にそのフェライト量のフェライト相が析出したときに、その二相ステンレス鋼に孔食が進行する速度を示している。関係31は、フェライト量が概ね50%に近いほど孔食速度が小さいことを示している。関係31は、さらに、ある二相ステンレス鋼にフェライト量が50%〜75%の範囲に含まれているときに、その二相ステンレス鋼が所定の耐食性を有していることを示している。
【0044】
図3は、二相ステンレス鋼の熱処理による組織変化を示す関係を示している。その関係32は、鋼種SUS329J1の二相ステンレス鋼を溶体化熱処理する加熱温度に対応するフェライト量(α/γ量比)を示している。関係32は、その二相ステンレス鋼を1100℃以下で溶体化熱処理することにより、その二相ステンレス鋼にフェライト相が析出するフェライト量が50%〜75%の範囲に含まれることを示している。すなわち、関係31と関係32とは、鋼種SUS329J1の二相ステンレス鋼を1100℃以下で溶体化熱処理することにより、その二相ステンレス鋼が所定の耐食性を有していることを示している。
【0045】
図4は、二相ステンレス鋼の耐食性に及ぼすσ相析出量の影響を示す関係を示している。その関係34は、800℃における時効時間に対応するσ相面積率を示している。ある時効時間に対応するσ相面積率は、鋼種SUS329J4Lの二相ステンレス鋼が800℃にその時効時間だけ保持されたときに、その二相ステンレス鋼にσ相が析出する量を示し、その二相ステンレス鋼を平面で切断したときに、その二相ステンレス鋼に析出するσ相が切断された断面の断面積を、その二相ステンレス鋼が切断された切断面の面積で除算した割合を示している。関係34は、その時効時間が長いほどσ相面積率が大きいことを示し、その時効時間が長いほどその二相ステンレス鋼にσ相が析出する量が大きいことを示している。
【0046】
図4は、さらに、その時効時間と孔食電位との関係を示している。その関係35は、時効時間に対応する孔食電位を示している。ある時効時間に対応する孔食電位は、その時効時間だけ800℃に保持された鋼種SUS329J4Lの二相ステンレス鋼が80℃の人口海水に浸漬されたときに、その二相ステンレス鋼に孔食が発生する電位を示している。関係35は、その時効時間が長いほど孔食電位が小さいことを示し、その時効時間が長いほどその二相ステンレス鋼が腐食しやすいことを示している。すなわち、関係34と関係35とは、その二相ステンレス鋼にσ相が析出する量が小さいほどその二相ステンレス鋼の耐食性が優れていることを示している。
【0047】
図5は、鋼種SUS329J4Lの二相ステンレス鋼におけるσ相の析出領域を示している。その析出領域36は、1100℃から100秒未満で700℃になるように溶体化熱処理対象部分8を急冷することにより、溶体化熱処理対象部分8にσ相等が析出することをより確実に防止することができることを示している。すなわち、関係34と関係35と析出領域36とは、1100℃から100秒未満で700℃になるように溶体化熱処理対象部分8を急冷することにより、すなわち、既述の二相系ステンレス鋼製構造物製造方法により、溶体化熱処理対象部分8により形成される表面が腐食することを防止することができることを示している。
【0048】
その析出領域は、二相ステンレス鋼の鋼種により変化する。このため、700℃まで100秒以上かけて溶体化熱処理対象部分8をゆっくり冷却しても、溶体化熱処理対象部分8にσ相等が析出しない鋼種が存在することがある。その二相系ステンレス鋼製構造物製造方法は、防食対象構造物7がこのような鋼種から形成されているときに、100秒以上かけて溶体化熱処理対象部分8をゆっくり冷却することができる。この場合も、防食対象構造物7は、溶体化熱処理対象部分8が溶体化熱処理されることにより、耐食性が向上される。
【0049】
図3は、さらに、鋼種SUS329J4Lの熱処理による組織変化を示す関係を示している。その関係33は、鋼種SUS329J4Lの二相ステンレス鋼を溶体化熱処理する加熱温度に対応するフェライト量を示している。関係33は、その二相ステンレス鋼を1100℃以上で溶体化熱処理した場合でも、その二相ステンレス鋼にフェライト相が析出するフェライト量が50%〜75%の範囲に含まれることを示している。すなわち、関係32と関係33とは、二相ステンレス鋼の鋼種に適切な加熱温度が異なることを示し、溶体化熱処理対象部分8が1100℃以上に加熱された場合でも、防食対象構造物7の耐食性を向上させることができることがあることを示している。その二相系ステンレス鋼製構造物製造方法は、防食対象構造物7がこのような鋼種から形成されているときに、溶体化熱処理対象部分8を1100℃以上に加熱することにより溶体化熱処理対象部分8を溶体化熱処理することもできる。この場合も、防食対象構造物7は、溶体化熱処理対象部分8が溶体化熱処理されることにより、耐食性が向上される。
【0050】
熱処理装置の実施の他の形態は、既述の実施の形態における高周波誘導加熱装置3が、誘導加熱以外の方法を利用して溶体化熱処理対象部分8を加熱する他の加熱装置に置換されることができる。その加熱装置としては、溶体化熱処理対象部分8にレーザを照射することにより溶体化熱処理対象部分8を加熱するレーザ加熱装置が例示される。このような加熱装置を備えた熱処理装置は、既述の実施の形態における熱処理装置1と同様にして、溶体化熱処理対象部分8をより容易に溶体加熱処理することができ、耐食性に優れた二相ステンレス鋼製構造物をより容易に作製することができる。
【0051】
なお、第1冷却装置5と第2冷却装置6とは、圧縮空気と異なる他の冷却用ガスを用いて防食対象構造物7を冷却することもできる。その冷却用ガスとしては、窒素に例示される不活性ガス、大気が例示される。第1冷却装置5と第2冷却装置6とは、このような冷却用ガスを用いたときも、既述の場合と同様に適切に防食対象構造物7を冷却することができる。
【0052】
なお、二相系ステンレス鋼製構造物製造方法は、溶接による熱影響部と異なる他の領域の耐食性を向上させることに利用されることもできる。その領域としては、応力が付加されたことにより相変態した部分が例示される。二相系ステンレス鋼製構造物製造方法は、このような領域を溶体化熱処理対象部分8が含むように溶体化熱処理対象部分8を設定することにより、その領域をより容易に溶体加熱処理することができ、その領域が形成する表面の耐食性をより容易に向上させることができる。
【符号の説明】
【0053】
1 :熱処理装置
3 :高周波誘導加熱装置
5 :第1冷却装置
6 :第2冷却装置
7 :防食対象構造物
8 :溶体化熱処理対象部分
10:母材部分
11:溶接部
12:熱影響部
図1
図2
図3
図4
図5