特許第5964261号(P5964261)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5964261薄板状被加工物のフライス工具による加工方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5964261
(24)【登録日】2016年7月8日
(45)【発行日】2016年8月3日
(54)【発明の名称】薄板状被加工物のフライス工具による加工方法
(51)【国際特許分類】
   B23C 3/13 20060101AFI20160721BHJP
【FI】
   B23C3/13
【請求項の数】1
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2013-30071(P2013-30071)
(22)【出願日】2013年2月19日
(65)【公開番号】特開2014-159053(P2014-159053A)
(43)【公開日】2014年9月4日
【審査請求日】2015年9月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110001841
【氏名又は名称】特許業務法人梶・須原特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100131750
【弁理士】
【氏名又は名称】竹中 芳通
(74)【代理人】
【識別番号】100146112
【弁理士】
【氏名又は名称】亀岡 誠司
(74)【代理人】
【識別番号】100167335
【弁理士】
【氏名又は名称】武仲 宏典
(74)【代理人】
【識別番号】100164998
【弁理士】
【氏名又は名称】坂谷 亨
(72)【発明者】
【氏名】赤澤 浩一
【審査官】 山本 忠博
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−115736(JP,A)
【文献】 特開昭52−029685(JP,A)
【文献】 特開平07−136826(JP,A)
【文献】 特開2007−167980(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2007/0201956(US,A1)
【文献】 特開2010−162628(JP,A)
【文献】 特開2010−240802(JP,A)
【文献】 特開2003−266231(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23C 3/00−3/36,5/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
薄板状被加工物をフライス工具により平面加工するに際して、
(1)工具軸方向切込み量及び工具ねじれ角の初期条件を設定し、
(2)該初期条件にて前記薄板状被加工物のテスト加工を実施し、
(3)該テスト加工時における前記薄板状被加工物の変位を測定し、
(4)該変位量が十分に小さいかどうかを判定し、
(5)該変位量が十分に小さいと判定できた場合は、前記テスト加工時の初期条件を量産 加工条件として選択し、
(6)一方、前記変位量が十分に小さいと判定できなかった場合は、更に前記薄板状被加 工物の変位の方向が正方向であるかどうかを判定し、
(7)該変位の方向が正方向と判定できた場合は、前記初期条件における工具軸方向切込 み量または工具ねじれ角を増加させる調整を行ない、また、該変位の方向が正方向 と判定できない場合は、前記初期条件における工具軸方向切込み量または工具ねじ れ角を減少させる調整を行ない、
(8)これら調整後の加工条件にて上記(2)〜(7)の前記薄板状被加工物のテスト加 工、測定及び判定を同様に実施し、薄板状被加工物の変位量が十分に小さいと判定 できるまで加工条件の調整を繰り返して行なった後、変位量が十分に小さいと判定 できた場合のテスト加工時の加工条件を量産加工条件として選択する、
ことを特徴とする薄板状被加工物のフライス工具による平面加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はフライス工具による薄板状被加工物の加工方法に関し、特にエンドミル工具を用いた薄板材料の加工の際に発生するびびり振動を効果的に抑制する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、剛性の低い薄板状の被加工物の表面を切削加工する場合、被加工物の剛性が低いために切削中に発生する切削抵抗によりびびり振動が発生することが多い。びびり振動が発生すると、仕上げ面粗さが増大するため加工品質上問題となる他、工具の欠損等を引き起こすことがあり、品質面、加工の信頼性に大きな問題が生じる。そのため、びびり振動が発生しないように切削抵抗を小さくするような切削条件が選択されるが、この条件は加工効率が低い問題がある。
【0003】
そのため、これまでに特許文献1や特許文献2などに示されるように薄板の両面から同時に加工を行うことにより振動方向である板厚方向の切削抵抗をつりあわせ、びびり振動の発生を抑制することが提案されている。しかしながらこれらの方法は専用の加工機を用いなくてはならず、設備コストが高くなり、実用性に問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−130456号公報
【特許文献2】特開2012−56056号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、こうした事情に鑑みて完成されたもので、加工効率を低下させず、また専用の加工機などを必要とせずに加工時のびびり振動を有効に抑制する薄板状被加工物のフライス工具による加工方法を提供することをその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記課題を解決するための具体的手段として、以下の加工方法を提案する。
【0007】
すなわち、薄板状被加工物をフライス工具により平面加工するに際して、
(1)工具軸方向切込み量及び工具ねじれ角の初期条件を設定し、
(2)該初期条件にて前記薄板状被加工物のテスト加工を実施し、
(3)該テスト加工時における前記薄板状被加工物の変位を測定し、
(4)該変位量が十分に小さいかどうかを判定し、
(5)該変位量が十分に小さいと判定できた場合は、前記テスト加工時の初期条件を量産 加工条件として選択し、
(6)一方、前記変位量が十分に小さいと判定できなかった場合は、更に前記薄板状被加 工物の変位の方向が正方向であるかどうかを判定し、
(7)該変位の方向が正方向と判定できた場合は、前記初期条件における工具軸方向切込 み量または工具ねじれ角を増加させる調整を行ない、また、該変位の方向が正方向 と判定できない場合は、前記初期条件における工具軸方向切込み量または工具ねじ れ角を減少させる調整を行ない、
(8)これら調整後の加工条件にて上記(2)〜(7)の前記薄板状被加工物のテスト加 工、測定及び判定を同様に実施し、薄板状被加工物の変位量が十分に小さいと判定 できるまで加工条件の調整を繰り返して行なった後、変位量が十分に小さいと判定 できた場合のテスト加工時の加工条件を量産加工条件として選択する、
ことを特徴とする薄板状被加工物のフライス工具による平面加工方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、エンドミルなどフライス工具による切削加工に際し、剛性の低い材料で構成された薄板状の被加工物を対象とした場合であっても、加工効率を低下させることなく、また専用の加工機などを必要とせずに加工時のびびり振動を有効に抑制するという優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】薄板状被加工物の平面加工の概要図。
図2】エンドミル工具刃先先端部の模式図。
図3】本発明の実施形態を説明するフローチャート図。
図4】被加工物の片持ち保持の場合の変位測定部位の説明図。
図5】被加工物の両持ち保持の場合の変位測定部位の説明図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明について、図面を参照しながら以下に詳述して行くことにする。
【0011】
先ず、本発明の加工方法の採用に当って、びびり振動の発生を抑制する解決原理に関して説明する。図1は薄板状被加工物の平面加工の概要図であるが、薄板状の被加工物を加工する場合は、同図に示すように板厚方向にびびり振動を生じる。これは、前述のように、加工中に発生する板厚方向の切削抵抗に起因するものである。このため、加工中に発生する板厚方向の切削抵抗を理想的にはゼロにすることによりびびり振動の発生を抑制することが可能となる。
【0012】
しかしながら、一般的なフライス工具は図1において下向きに切削抵抗を発生させる。特にエンドミル工具の場合は、図2にその刃先先端部の模式図を示すように、工具の底刃先端部付近の切れ刃が下向きの切削抵抗を発生させ、ねじれ刃を持つ側刃は上向きの切削抵抗を発生させることになる。
【0013】
つまり、フライス工具、とりわけエンドミル工具ではねじれ角を大きくすることにより、より大きな上向きに切削抵抗を発生させることが可能となる。さらに、このエンドミル工具の軸方向の切込み量を増加させることにより、側刃の切削量の割合を増加させて底刃の切削抵抗よりも大きくすることにより、結果、全体的には上向きの切削抵抗を発生させることが可能となる。そこで、この現象を利用して、薄板状被加工物の板厚方向の加工時の切削抵抗をゼロにして、びびり振動の発生を抑制しようとするのが本発明の基本的な問題解決の原理であり、また、この原理に基づきびびり振動が発生しない加工(切削)条件を予め把握して実際の量産加工すなわち本加工に適用する点が本発明の最大の特徴といえる。
【0014】
以下、本発明の実施形態について図3に示すフローチャートに従って以下、具体的に説明する。
【0015】
(1)初期条件の設定
まず、フライス工具による量産加工に先立ち、試験的に平面加工(テスト加工)を行なうが、このテスト加工の対象となる薄板状被加工物の形状、材質や使用する工具の種類などに応じて適宜切削条件を決定する。この際の条件として、前述の如く、びびり振動の発生、またその抑制に関連、影響の深い(A)工具軸方向切込み量と(B)工具ねじれ角以外の他の条件は、原則的には後の本加工(量産加工)の条件としても同様に選択、採用する固定的条件である。
しかし、(A)(B)の条件は、テスト加工時のびびり振動の発生有無によって本加工時の条件として適切どうかを見極め、通常は本加工時にこれを変更、調整して選択、採用することを前提とした、あくまでも初期条件として位置づけられるものである。
この工具軸方向切込み量と工具ねじれ角の初期条件は、下記の考え方に基づいて設定する。
すなわち、軸方向の切り込み量は加工効率からできるだけ大きい値に設定することが好ましい。ただし、仕上げ加工に近い加工では、所定の加工量に固定されるため比較的小さい値とする。
また、ねじれ角は一般的に準備(使用)することが容易な工具の角度である30度程度を初期条件に設定することが望ましい。
【0016】
(2)平面加工の実施
上記工具軸方向切込み量と工具ねじれ角の初期条件及び径方向切込み量、工具回転数及び送り速度などの他の切削加工条件を決定した後、量産加工の対象となる薄板状被加工物をサンプルとして平面加工を実施する。
【0017】
(3)板の変位の測定
上記平面加工を実施の際に、加工に伴って生じる板(薄板状被加工物)の板厚方向での変位(変位量及び方向)を変位計によって測定する。
板厚方向の変位の測定については、マイクロメータの他、渦電流変位計やレーザ変位計等の非接触変位計を用いてもよい。また、測定位置は最も変位が大きくなる部位を測定することが望ましい。例えば、図4のように片持ちで被加工物を保持する場合は保持部と反対の端部付近、また図5のように両端支持の場合は被加工物の中央部付近が望ましい。一方、加工中に各種変位計により測定される測定値は、びびり振動成分を含んだ振動波形となることが考えられる。板の切削抵抗による静的変位はこの振動波形の中心値となる。
【0018】
(4)板の変位量の判定
上記テスト加工時の板の変位測定結果に基づいて、先ず板の変位量のデータが十分に小さいかどうかについて判定を行なう。変位量が十分に小さいかどうかについては、この加工時にびびり振動の発生の有無を観測し、これにより判断すればよい。
【0019】
(5)量産加工化
前記の変位量の判定の結果、変位量が十分に小さいと判定できた(Yes)場合には、テスト加工における工具軸方向切込み量と工具ねじれ角の初期条件を変更、調整することなく、他の条件と同様にそのまま量産化加工の条件として選択、採用し、量産加工を行なう。なお、変位量が極めて小さいと判定できた場合には、びびり振動の発生しない範囲で、テスト時の固定的条件である送り速度や径方向切り込み量を増やすことも可能である。
【0020】
(6)変位の方向の判定
一方、前記変位量の判定の結果、変位量のデータが十分に小さいと判定できない(No)場合は、さらに変位の方向の判定を行ない、この判定結果に基づき、テスト加工時に設定した工具のねじれ角、切込み量の初期条件を以下の通りに調整する。
【0021】
(7)工具のねじれ角、軸方向切込み量の調整
すなわち、変データの符号がプラスの場合(すなわち、変位の方向が正方向と判定できた場合(Yesの場合))は工具のねじれ角を大きくするもしくは軸方向切込み量を増加させることにより、上向きに切削抵抗を変化させる。また、変位データの符号がマイナスの場合(すなわち、変位の方向が負方向であり、正方向と判定できない場合(Noの場合))は逆に工具のねじれ角を小さくする、もしくは切込み量を小さくして下向きに切削抵抗を変化させる。
この場合、ねじれ角と軸方向切込み量の何れを先に調整するか、つまりその優先順位については、基本的には切込み量を優先させて調整し、その後ねじれ角を調整するものとする。これは、ねじれ角の変更は工具の新たな交換を意味するため、作業性が悪いが、これに対して軸方向切込み量は工具の交換の必要が無く作業性が良いためである。しかしながら、加工量(加工代)は予め決まっているため、この軸方向切込みの調整量には自ずと制限があり、この調整だけではびびり振動を十分に抑制できない場合もある。そのときは、工具を交換してねじれ角でも調整すればよい。
【0022】
(8)再テスト加工、変位の再判定、加工条件の再調整などの繰り返し実施
上記工具のねじれ角、切込み量の変更、調整した加工条件にて、前記(1) 〜(7)の薄板状被加工物テスト加工、測定及び判定を再び同様に実施し、最終的に薄板状被加工物の変位量が十分に小さいと判定できるまで加工条件の調整を繰り返して行なう。そして、変位量が十分に小さいと判定できた場合のテスト加工時の工具のねじれ角、切込み量の条件を量産加工条件として選択し、これにより本加工実施するものである。
【0023】
このように、変位量が十分に小さくなるまでこの平面加工と調整を繰り返せば、びびり振動の発生を抑制した量産加工が可能となり、切削効率に直結する送り速度は十分の大きく設定できることになる。
【0024】
以下、本発明の優れた効果につき、実施例を挙げて実証する。
(実施例1)
直径6mmの超硬フライス(2枚刃)を用い、薄板状被加工物としてチタン合金(Ti-6Al-4V、板厚5mm、幅50mm、突出し長さ100mm、片持ち保持)対象として平面加工(テスト加工)を実施すると共に、図4に示す位置に変位計を取付け、被加工物の板圧方向の変位(変位量とその方向)を測定し、また同時にその際のびびり振動の有無を観測した。
【0025】
切削条件としては、径方向切込み4mm、工具回転数2500rpm、送り速度0.1mm/刃とし、工具ねじれ角45°、軸方向切込み0.25mmを初期条件として設定した。
そして、この1回目のテスト結果でびびり振動が発生した場合は、測定された変位データにより、前述の図3のフローチャートの要領に従って、切削条件を変更、調整し、2回目、3回目のテスト加工を行なった。表1にこれら1〜3回の平面加工におけるねじれ角度、軸方向の切込み量の条件、変位量(プラスは変位の方向が正、マイナスは同方向が負であることを示す)、びびり振動の発生有無の結果を示す。
【0026】
表1の通り、3回のテスト加工、調整の結果、被加工物の板厚方向の変位量が、1回目の初期条件のときの0.06mmからその1/6の−0.01mmまで減少し、びびり振動の発生がなくなったため、この時のねじれ角度、軸方向の切込み量を量産加工の切削加工条件として選択、採用すれば量産加工時においてもびびり振動が有効に抑制できることが分かる。
【0027】
【表1】
【0028】
(実施例2)
本実施例は1回目のテスト加工における切削条件としてねじれ角60度、軸方向切込み0.75mmから開始したもので、他の条件などは上記実施例1と同様に行なった例である。表2この結果を示す。
表2のように、この実施例においても、3回のテスト加工、調整により1回目の初期条件のときの−0.52mmから0.01mmまで著しく減少し、びびり振動の発生がなくなったため、この時のねじれ角度、軸方向の切込み量を量産加工時の条件として選択、採用すればびびり振動が有効に抑制できることが分かる。
【0029】
【表2】
【0030】
これら、実施例の結果から明らかなように、薄板状被加工物のエンドミル切削加工に際して、数回のテスト加工、調整を事前に行なう比較的容易な方法により、量産加工時のびびり振動を抑制できる適切な工具軸方向切込み量及び工具ねじれ角の条件を的確に把握することができ、これにより、送り速度を高めることが可能となり、効率的に量産加工を実施することができる。特に剛性の低い薄板材を対象とした場合にはびびり振動が発生し易いため、この種被加工物の生産性の向上に本発明は有用な方法である。
【0031】
なお、実施例においては、作業性の観点からいずれも切込み量を調整しているが、これに限らずねじれ角を調整してもよく、更に切込み量とねじれ角の両方を一度に調整することもかまわないものである。
図1
図2
図3
図4
図5