【実施例】
【0080】
<実施例1>
MVA-BN-mHER2の構築および感染細胞におけるタンパク質発現の解析
培養物の同時の感染およびトランスフェクションにより、ウイルスゲノムと組換えプラスミドの間で、相同組換えを起こさせた。インサートを保持するウイルスを単離し、特徴づけ、ウイルスストックを調製した。
【0081】
プラスミドpBN146は、MVA-BN中にも存在する配列(14Lおよび15Lオープンリーディングフレーム)を含有する。MVA-BNウイルスゲノムへの組換えが可能になるように、mHER2配列を、それらMVA-BN配列中に挿入した。こうして、ポックスウイルスプロモーター(具体的には牛痘ウイルスA型封入体遺伝子プロモーター)の下流にmHER2配列を含有するプラスミドが構築された。このプラスミドは、合成ワクシニアウイルスプロモーター(Ps)、薬剤耐性遺伝子(グアニン-キサンチンホスホリボシルトランスフェラーゼ;Ecogpt)、内部リボソームエントリーサイト(IRES)、および強化緑色蛍光タンパク質(EGFP)を含む選択カセットも含有した。両方の選択遺伝子(gptおよびEGFP)が単一の2シストロン性転写物によってコードされた。
【0082】
HER-2配列を、それに対する免疫応答を増加させるために、p2およびp30の破傷風毒素エピトープをコードするヌクレオチド配列の付加によって修飾した。mHER2をMVA-BNゲノムに挿入した後のウイルス「インサート領域」は以下の構造を持った:
ATIプロモーター−mHER2配列−Psプロモーター−gpt−IRES−EGFP。このインサート領域が、細菌組換えプラスミドpBN146中のMVA-BN I4L遺伝子間領域配列(F1およびF2)で挟まれた。このコンストラクトのヌクレオチド配列を以下に示す。
【0083】
【化1】
【0084】
(配列番号1)
HER2開始および停止コドンを太字で示す。隣接配列を斜体で示す。
【0085】
コードされているmHER2ポリペプチドの翻訳を以下に示す。
【0086】
【化2】
【0087】
(配列番号2)
p2およびp30配列の破傷風毒素エピトープを太字で示す。
【0088】
CEF培養物にMVA-BNを接種すると共に、pBN146プラスミドDNAもトランスフェクトした。次に、これらの細胞培養物から得た試料を、選択薬を含有する培地中のCEF培養物に接種し、EGFP発現ウイルスクローンをプラーク精製によって単離した。選択薬の存在下で成長してEGFPを発現させるウイルスストックを、MVA-BN-mHER2と名付けた。MVA-BN-mHER2の作製およびウイルスストックの調製には、5回のプラーク精製を含む12代の連続継代を要した。
【0089】
次に、選択薬の非存在下で、MVA-BN-mHER2をCEF細胞培養物中で継代した。選択薬の不在が、挿入された配列からの選択遺伝子gptおよびEGFPをコードする領域ならびに関連プロモーター(選択カセット)の喪失を可能にした。選択カセットの喪失をもたらす組換えは、プラスミドpBN146中の選択カセットに隣接するF1 I4L領域およびその領域の小単位F1リピート(F1 rpt)によって媒介される。これらの重複配列は、選択カセットの喪失をもたらしてI4L遺伝子間領域中に挿入されたmHER2配列だけを残すような組換えを媒介するために、含められたものである。
【0090】
選択カセットを欠くプラーク精製ウイルスを調製した。その調製には、5回のプラーク精製を含む15代の継代を要した。
【0091】
MVA-BN-mHER2ストックにおけるmHER2配列の存在および親MVA-BNウイルスの非存在をPCRによって確認し、ネステッドPCRを使って、選択カセット(gptおよびEGFP遺伝子)の非存在を検証した。
【0092】
インビトロでMVA-BN-mHER2を接種した細胞において、mHER2タンパク質の発現を証明した。ニワトリ胚線維芽細胞(CEF)またはHeLa細胞の培養物に、表示した希釈度のMVA-BN-mHER2もしくはMVA-BN、またはTBS緩衝液を接種した。24時間後に培養物から細胞を収集し、細胞溶解物を調製した。試料をSDS-PAGEゲル(NuPAGE(登録商標)Novex 4%−12%ビス-トリスゲル、Invitrogen)に適用し、MOPS緩衝液中、還元条件下(ジチオスレイトール)で電気泳動した。Pharmexa A/Sから入手した2つの参照標準、すなわちHER-2標準およびHER-2細胞外ドメイン標準(0.3ug HER-2 ecd)を含めた。ゲルをニトロセルロース膜上にエレクトロブロットし、それをウサギ抗HER-2抗血清(Pharmexa A/Sから入手)と共にインキュベートした。結合したHER-2抗体を、アルカリホスファターゼ標識抗ウサギ抗体および発色性基質(Western Breeze(商標)、Invitrogen)で明らかにした。
【0093】
結果を
図1に示す。矢印は、MVA-BN-mHER2を接種した細胞培養物から得られる溶解物中の、抗HER-2抗血清で検出されるタンパク質の位置を示す。MVA-BN-mHER2を接種したどちらの細胞タイプから得た溶解物でも、HER-2タンパク質参照標準と類似するサイズの抗原が検出された(
図1の矢印で示す)。MVA-BNまたはトリス緩衝食塩水(TBS)を接種した培養物から得られる溶解物には、HER-2タンパク質参照標準とサイズが類似するタンパク質は、検出されなかった。
【0094】
これらのデータは、MVA-BN-mHER2による細胞の接種後に起こる、鳥類細胞およびヒト細胞におけるmHER2の発現を証明している。したがってMVA-BNは、mHER2のようなトランスジェニック抗原をヒト細胞で発現させるための有効な送達ビヒクルになる。
【0095】
<実施例2>
MVA-BN-mHER2で処置されたマウスにおける抗HER-2免疫応答の誘導
MVA-BN-mHER2による処置後に起こる抗HER-2免疫応答の誘導を、免疫学的バックグラウンドまたはハプロタイプが異なる2つのマウス系統BALB/cおよびC57BL/6マウスの両方で評価した。MVA-BN-mHER2による処置後に起こる抗HER-2免疫応答の誘導を、トランスジェニックHER-2マウス系統BALB/c NeuTマウスでも評価した。これらの研究では、2E6〜5E7 TCID
50の範囲にわたるさまざまな用量のMVA-BN-mHER2を、以下に詳述するように評価した。以下に述べるように、各処置の前日ならびに処置中および処置後のさまざまな時点で、血液試料を収集した。体液性応答(抗HER-2 IgGの産生)をELISAアッセイによって解析した。最終処置後に脾細胞を集め、細胞性応答をELISpotで解析した。これらの研究を実施例3で説明する。
【0096】
マウス系統:8〜10週齢の雌BALB/cおよびC57BL/6マウスをHSDから入手した。BALB/c NeuTマウスはGuido Forniの厚意で提供された。このマウスは、キメラマウス乳房腫瘍ウイルス(MMTV)プロモーターの制御下にある活性化HER-2/Neuがん遺伝子を発現させる。BALB/c NeuT雌は、3週齢までは乳腺の形態学的異常を示さない。次にこれらは非定型過形成を経て上皮内小葉癌に進行する。25週齢までに10個の乳腺全てが浸潤癌を示す(Boggioら, 1998, J. Exp. Med.)。全ての実験に、1群あたり5〜10匹のマウスを使用した。
【0097】
MVA-BN-mHER2処置したマウスにおける抗HER-2抗体応答の誘導
BALB/c、C57BL/6、およびBALB/c NeuTマウスに、対照溶液(トリス緩衝食塩水(TBS))、または2E6、1E7、もしくは5E7 TCID
50のMVA-BN-mHER2を、1日目、15日目および29日目に皮下注射した。これらの試験処置群はそれぞれ5匹とした。0日目、14日目、28日目、42日目および56日目に、血液試料を集めた。各試験群の5匹の動物のそれぞれから得た血清をプールし、ELISAアッセイを使って抗HER-2 IgGの存在について分析した。
【0098】
ELISAアッセイは以下のように行った。まず、ELISAプレートを、2μg/ml(50μl/ウェル)の組換えErbB2/Fcキメラ(R+D System、コーティング緩衝液(200mM Na2CO3、pH9.6)に希釈したもの)により、室温で1時間コーティングした。プレート洗浄機(Wellwash AC、Thermo Electronics)を使ってプレートをPBS+0.05%ツイーンで6回洗浄した後、PBS+0.05%ツイーンで1時間ブロックした。プレートを再び6回洗浄した。マウス血清をPBS+0.05%ツイーンに希釈し、50μl/ウェルずつ加えた。プレートを室温で1時間インキュベートした。次にプレートを6回洗浄し、ヒツジ抗マウスIgG-HRP二次抗体(Southern Biotech J3003-VI4513)を加えた(50μl/ウェル、PBS+0.05%ツイーンに1:1000希釈したもの)。プレートを室温で1時間インキュベートした。プレートを6回洗浄した後、100μl/ウェルのTMB基質を全てのウェルに加えた。プレートを暗所で20分間インキュベートした後、100μlの0.5M H2SO4を全てのウェルに加えた。プレートリーダー(Thermo Electronics)を使って、各ウェルにおける450nmでの吸光度を決定した。
【0099】
結果を
図2A〜Cに示す。
図2Aおよび2Bは、抗HER-2抗体応答が、C57BL/6マウスでもBALB/cマウスでも、全てのMVA-BN-mHER2処置群で検出されることを示している。どちらの系統においても、抗HER-2抗体価はMVA-BN-mHER2の複数回投与によって増加し、処置を停止した後はプラトーに達した。
図2Cは、HER-2を構成的に発現させるHER-2トランスジェニックBALB/c NeuTマウスでも抗HER-2抗体応答が検出されたことを示している。こうして、これらのデータは、MVA-BN-mHER2がHER-2に対する免疫寛容を克服することのできる強力な免疫原であること(これはがん患者の処置に役立ちうる属性である)を証明している。
【0100】
MVA-BN-mHER2誘導性抗HER-2抗体応答の抗原特異性
MVA-BN-mHER2処置マウスの血清を、上述の手法を使って、同様にELISAで評価した。HER-2、HER-3、およびHER-4 ecd-Fcキメラタンパク質を、微量滴定プレートのウェルにコーティングされる抗原として使用した。モノクローナル抗HER-2抗体(HER-2 Ab;AB-5、Calbiochem)、モノクローナル抗ヒトIg Fcフラグメント抗体(Fc Ab;Southern Biotech)、またはモノクローナルアイソタイプ対照抗体(Contr Ab)を使って抗原を検出した。結果を
図3に示す。
図3AはELISA対照を示し、モノクローナル抗HER-2抗体がHER-2 ecd-Fc被覆ウェルだけと特異的に反応するのに対して、モノクローナル抗ヒトIg Fcフラグメント抗体は3つのキメラタンパク質の全てと反応する。
図3Bおよび3Cは、MVA-BN-mHER2で処置されたC57BL/6マウスとBALB/cマウスのどちらにおいても、血清がHER-2 ecd-Fcキメラだけを検出したことを示している。これらのデータは、どちらのマウス系統でも、MVA-BN-mHER2処置後に誘導される抗体応答は、HER-2に対して高度に特異的であり、上皮成長因子受容体ファミリーの他の一定のメンバー、例えばHER-3およびHER-4とは、交差反応しないことを示している。
【0101】
MVA-BN-mHER2処置マウスにおける抗HER-2抗体の誘導を、ヒトHER-2を発現させるマウス細胞株(CT26-HER-2;後述)を使って、蛍光活性化細胞スキャン(FACS)解析でも評価した。MVA-BN-mHER2で処置されたマウスの血清は、ヒトHER-2を発現させる細胞に結合するが、この受容体を発現させないその親対応物には結合しない抗体を含有した(データ未掲載)。
【0102】
要約すると、MVA-BN-mHER2によるマウスの処置が、ヒトHER-2ポリペプチドに結合する能力および細胞表面に発現されたヒトHER-2に結合する能力を持つ抗体の形成を刺激することを、これらのデータは証明している。
【0103】
<実施例3>
抗HER-2 T細胞応答の誘導
BALB/cマウスおよびC57BL/6マウス(各群5匹)に、対照(TBS)または1E7 TCID
50のMVA-BN-mHER2を、1日目、15日目、29日目、および43日目に皮下注射した。48日目に動物から脾臓を収集し、各試験群から得た細胞懸濁液を分析用にプールした。インビトロ抗原特異的再刺激後のIFNγ産生を測定するELISpotアッセイによって、T細胞応答の誘導を評価した。再刺激には、HER-2 ecd、MHCクラスI HER-2ペプチド、およびmHER2配列に含まれる破傷風毒素由来の2つのMHCクラスII Tヘルパーペプチドを、個別に使用した。クラスI HER-2ペプチドはアミノ酸配列TYLPTNASL(配列番号3)を持った。MHCクラスII Tヘルパー破傷風毒素ペプチドP2はアミノ酸配列QYIKANSKFIGITEL(配列番号4)(
図4ではTTp2と表記)を持ち、MHCクラスII Tヘルパー破傷風毒素ペプチドP30はアミノ酸配列FNNFTVSFWLRVPKVSASHLE(配列番号5)(
図4ではTTp30と表記)を持った。
【0104】
ELISpotアッセイは以下のように行った。15μlの35%エタノールを各ウェルに加えることにより、Millipore Multiscreen 96ウェル濾過プレートの膜を前もって濡らして、アッセイプレートの準備をした。エタノールを直ちに払い落とし、プレートを200μl/ウェルのPBSで2回洗浄した。プレートを、2μg/ml(50μl/ウェル、PBSに希釈)のラット抗マウスIFN-γ捕捉抗体(BD Pharmingen、551216、ロット番号34503)でコーティングし、4℃で終夜インキュベートした。コーティング抗体を払い落とし、プレートを滅菌条件下にPBSで3回洗浄した。100μl/ウェルのRPMI-10(RPMI+10%FCS+β-メルカプトエタノール)により、プレートを室温で30分間ブロックした後、PBSで2回洗浄した。
【0105】
エフェクター細胞を50μlのRPMI-10(RPMI+10%FCS+2-ME 5×10-5M+1×Pen/Strep.)に表示した濃度で加えた。HER-2タンパク質、HER-2ペプチド、または破傷風毒素タンパク質およびペプチドをRPMI-10に希釈し、適当な希釈度(通常、タンパク質の場合は10ug/ml、ペプチドの場合は25μMから出発するが、実験によって変動する)で、エフェクターウェルに加えた(50μl/ウェル)。プレートをCO
2培養器中、37℃で、約18時間インキュベートした。
【0106】
細胞をウェルから払い落とし、100μl/ウェルのdH
2Oを全てのウェルに室温で5分間加えた。ウェルを100μl/ウェルのdH
2Oで3回洗浄した。次に、PBS+0.05%ツイーンを洗浄緩衝液として、プレートをプレート洗浄機(Wellwash AC、Thermo Electron)で6回洗浄した。
【0107】
50μl/ウェルの抗IFN-γ-ビオチン(Serotec、MCA1548B、バッチ番号0803)を、PBS+5%FCS中、1:5000の希釈度で、全てのウェルに加え、室温で1〜2時間インキュベートした。次に、PBS+0.05%ツイーンを洗浄緩衝液とし、プレート洗浄機(Wellwash AC、Thermo Electron)を使って、プレートを6サイクル洗浄した。次に、50μl/ウェルのストレプトアビジン-アルカリホスファターゼ(BD Pharmingen、554065、ロット番号46484)を、PBS+5%BSA中、1:5000の希釈度で全てのウェルに加え、室温で1時間インキュベートした。
【0108】
次に、プレート洗浄機(Wellwash AC、Thermo Electron)を使って、プレートを再び6サイクル洗浄した後、50μl/ウェルのBCIP/NBT基質を15分間加えることにより、暗所で発色させた。基質を流しに払い落とし、水道水で十分に洗浄した。プレートの裏材を取り除き、プレートをドラフト内で乾燥させた。CellCount Proソフトウェアを使用して、ImmunoSpotプレートスキャナーで、プレートをスキャンし、読み取った。
【0109】
結果を
図4A〜Dに示す。
図4AおよびCは、HER-2 ecdによる再刺激時に、C57BL/6系統マウス(
図4A)およびBALB/c系統マウス(
図4C)のどちらの脾細胞でも、用量依存的なT細胞応答が検出されたことを示している。
【0110】
図4B(C57BL/6マウス)および
図4D(BALB/cマウス)は、このアッセイでは、HER-2 MHCクラスIペプチドならびに両破傷風毒素MHCクラスIIペプチドと共にインキュベートした後に、IFNγ産生も検出されたことを示している。この結果は、MVA-BN-mHER2で処置されたマウスでは、MHCクラスI特異的CD8 T細胞とMHCクラスII特異的CD4 T細胞がどちらも誘導されたことを示している。これらのデータは、mHER2中の破傷風毒素ペプチドがTヘルパーエピトープとして作用することをことを裏付け、MVA-BN-mHER2処置が、ネイティブHER-2タンパク質中に存在するエピトープと反応するT細胞(CD8 T細胞を含む)を誘導することを示している。
【0111】
要約すると、これらの研究は、MVA-BN-mHER2によるマウスの反復処置が、抗体ならびにCD4およびCD8 T細胞サブタイプの両方を含む幅広い抗原特異的適応免疫応答を誘導することを示している。同様の結果がC57BL/6マウスとBALB/cマウスの両方で得られたことで、異なるMHCハプロタイプを持つ動物が同じように応答することが示された。上記実施例2で述べたように、HER-2寛容マウスにおいて特異的抗体応答が得られた。したがってMVA-BN-mHER2処置は、複数の経路による、さまざまなMHC環境での、自己抗原発現腫瘍細胞の排除を媒介する潜在能力を持ち、それは癌処置にとって望ましい。したがって、MVA-BN-mHER2の複数回注射を使用する処置レジメンを、ヒトがん患者の処置に使用することができる。
【0112】
<実施例4>
MVA-BN-mHER2処置マウスにおけるTh1免疫調整
上記実施例のデータは、MVA-BNが、強い免疫原性をも示す効率のよい導入遺伝子送達ビヒクルであることを示している。MVAが、痘瘡からの防御を付与するTh1適応免疫応答をトリガーし(Earlら, 2004;Wyattら, 2004)、先天免疫応答も誘導すること(Brutkiewiczら, 1992;Dokunら, 2001)は、以前に報告されている。したがって、MVA-BNの固有の免疫特性は、導入遺伝子に対する免疫応答を調整するのに、潜在的に役立ちうる。
【0113】
免疫原の投与後に産生される一定の抗体サブタイプを調べることにより、免疫応答の一定の特徴が明らかになることが知られている。例えば、Th1免疫環境ではIgG2a抗体が優勢になるのに対して、Th2免疫応答が誘導されると、IgG1抗体が優勢になる。Th1免疫環境は、免疫応答の体液性成分と細胞性成分を両方とも含むので、がん免疫治療においては望ましいであろう長期にわたる防御応答に貢献する。対照的に、Th2免疫環境は、がん免疫治療においてはそれほど望ましくない短寿命な免疫応答の体液性成分を含む。したがって、マウスにおいて免疫原を投与した後のIgG2aサブタイプとIgG1サブタイプとの比を測定することは、免疫応答のTh1/Th2特徴を評価する手段になる。免疫原の投与後に起こるIgG2a/IgG1比の増加は、Th1環境へのシフトのしるしである。逆に、比の低下はTh2応答へのシフトを示す。
【0114】
HER-2配列を含むさまざまな製剤でマウスを処置した後に産生される抗HER-2 IgG2a抗体サブタイプとIgG1抗体サブタイプとの比を測定することにより、HER-2に対する免疫応答を調整するMVA-BN-mHER2の能力を評価した。MVA-BN-mHER2、フロイントアジュバントエマルション中のmHER2タンパク質、またはHER-2(+)腫瘍細胞株のいずれか一つによるBALB/cマウスの処置後に誘導される抗HER-2抗体のIgG2a/IgG1比を、抗体サブタイプ特異的検出抗体を用いるELISAによって決定した。このELISAアッセイは、検出抗体を取り替えた点以外は、上述のように行った。結果を下記表1に示す。
【0115】
これらの結果は、フロイントアジュバント中のHER-2またはHER-2(+)腫瘍細胞で処置されたマウスと比較して、MVA-BN-mHER2で処置されたマウスでは、IgG2a/IgG1比が有意に高かったことを示している。さらにまた、これらの結果は、HER-2(+)腫瘍細胞株で処置されたマウスから得られる血清における抗体のIgG2a/IgG1比が、これらのマウスをMVA-BN-mHER2で併用処置した場合には増加したことも示している。この結果は、HER-2(+)腫瘍細胞株の投与によってもたらされたTh2環境においてさえ、MVA-BN-mHER2の追加投与によって、Th1応答が効果的に誘導されたことを示している。
【0116】
【表1】
【0117】
要約すると、これらのデータは、Th1免疫応答への強いバイアスを特徴とするMVA-BNの固有の免疫原性が、HER-2に対する免疫応答に、Th1環境に向かう影響を及ぼすことを証明している。これは、HER-2を発現させる腫瘍細胞によって誘導されるTh2に偏った抗HER-2抗体応答が存在する場合にも当てはまる。乳がん患者では腫瘍によって誘導された既存の抗HER-2抗体応答が報告されているので、治療との関連において、本明細書に記載するMVA-BNの強力な免疫調整特性は望ましい。したがって、たとえHER-2に対する望ましくないTh2応答が既に存在していたとしても、患者をMVA-BN-mHER2で処置することにより、免疫応答の性質がTh1プロファイルへと方向を変えるはずである。
【0118】
<実施例5>
MVA-BN-mHER2で処置されたマウスにおける抗腫瘍活性
予防的処置
予防的状況において腫瘍成長を防止するというMVA-BN-mHER2の能力を、マウスにおける乳がんモデルとして、移植されたTUBO細胞を使って評価した。TUBO細胞は、トランスフォーミングラットHER-2(HER-2/neu)がん遺伝子が導入されたトランスジェニックBALB/cマウスで発生した乳腺癌に由来する(Roveroら, J. Immunol. 165, 5133-5142(2000))。HER-2配列はラットとヒトの間で高度に保存されているので、HER-2のラットまたはヒトホモログのどちらか一方を含むワクチンの効力を評価するために、TUBO細胞は日常的に使用される(Dela Cruzら, Vaccine 23, 4793-4803 (2005))。
【0119】
この効力研究では、マウスを上述のようにMVA-BN-mHER2で免疫化した(すなわち、TBSまたはMVA-BN-mHER2(2E6もしくは5E7 TCID
50)のどちらか一方を2週間隔で3回)。次に、処置したマウスを、最後のワクチン注射の6週間後に、3E5個のTUBO細胞を皮内注射することによる腫瘍チャレンジに付した。その後、注射部位における腫瘍成長を週に2回観察し、ノギスを使って皮膚下の固形腫瘍のサイズを測定した。腫瘍体積(mm3)は、式:V=(L×W2)/2[式中、L=長さ、W=幅]を使って算出した(1mm3=1mg)。
図5に示す結果は、MVA-BN-mHER2で前処置された動物における腫瘍が、対照処置マウスにおける腫瘍より、有意に小さかったことを示している。
【0120】
MVA-BN-mHER2をいずれかの用量で与えられたマウスでは、TBS処置マウスにおける腫瘍のサイズと比較して、腫瘍サイズの相違が統計的に有意だった(p<0.005)。25日目に、数匹のMVA-BN-mHER2処置マウスが、腫瘍の安定化、退縮、さらには根絶を示した。最後のMVA-BN-mHER2処置の6週間後にマウスに腫瘍細胞をチャレンジしたので、これらのデータは、観察された腫瘍成長の阻害が、おそらくは、MVA-BN-mHER2投与によって誘導された記憶免疫応答の想起によって媒介されたのであろうことを示している。
【0121】
要約すると、これらのデータは、MVA-BN-mHER2によるマウスの処置が、抗原特異的適応免疫応答および免疫記憶の樹立を誘導することを示している。その後に、HER-2を発現させる腫瘍細胞をマウスにチャレンジすると、その免疫記憶が想起されて、腫瘍細胞の成長を阻害する。
【0122】
治療的処置:MVA-BN-mHER2を使った処置による定着腫瘍の抑制
定着腫瘍を抑制するMVA-BN-mHER2の能力を、ヒトHER-2を安定して発現させるCT26細胞を用いる実験的肺転移モデルで評価した。CT26は、BALB/cマウスの化学的に誘導された結腸直腸癌である(Brattainら, 1980)。このモデルでは、CT26-HER-2細胞がBALB/cマウスに静脈内注射され、腫瘍小結節が成長する肺における腫瘍量が評価される。
【0123】
1日目にCT26-HER-2細胞(5E5個)を静脈内注射によってマウスにチャレンジし、4日目に、TBS、MVA-BN(5E7 TCID
50)またはMVA-BN-mHER2(5E7 TCID
50)の腹腔内への単回注射によって、マウスを処置した。次に、14日目にマウスを屠殺し、その肺を重量測定した。ナイーブマウス(腫瘍細胞をチャレンジしていないもの)の平均肺重量を腫瘍チャレンジしたマウスの平均肺重量から差し引くことによって、腫瘍質量を算出した。
【0124】
結果を
図6に示す。これらの結果は、MVA-BN-mHER2で処置されたマウスにおける腫瘍量が、対照マウスにおける腫瘍量よりも有意に低いことを示している(p<0.000001)。実際、MVA-BN-mHER2群の全ての動物において、対照群と比較して、明確に減少した肺重量が観察された。対照的に、対照群およびMVA-BN処置群のマウスでは、腫瘍量は類似していた。要約すると、MVA-BN-mHER2によるマウスの処置は、マウスにおける定着HER-2(+)腫瘍の成長を阻害する。
【0125】
治療的処置:MVA-BN-mHER2またはMVA-BNによる処置後の防御先天免疫の誘導
先天免疫をトリガーすることによってMVA-BN-mHER2の抗腫瘍活性に寄与するMVA-BNの能力を、上述のCT26腫瘍モデルで評価した。この実験では、腫瘍チャレンジの日に(この時点で腫瘍量は少ない)、MVA-BN(5E6もしくは5E7 TCID
50)またはMVA-BN-mHER2(5E6もしくは5E7 TCID
50)のどちらか一方で、マウスを処置した。チャレンジされたマウスの肺において、上述のように腫瘍量を評価した。結果を
図7に示す。これらの結果は、MVA-BN(5E7 TCID
50)を使った処置による腫瘍成長阻害(TGI)が>70%であったこと(p<0.0001)を示している。MVA-BN(5E6 TCID
50)による処置は5E7 TCID
50による処置ほど効率がよくなかった(32%TGI;p=0.002)ので、MVA-BNの抗腫瘍活性は用量依存的だった。対照的に、MVA-BN-mHER2(5E6または5E7 TCID
50のどちらか一方)で処置したマウスは、類似する防御を示した(>70%TGI;p<0.000001)。
【0126】
総合すると、
図6および7に示すデータは、MVA-BNとMVA-BN-mHER2はどちらも抗腫瘍活性を持っているが、MVA-BN-mHER2の活性の方が優れていることを証明している。実際、肺転移モデルでは、MVA-BN-mHER2(5E6 TCID
50)による1日目のマウスの処置(
図7)は、同じ用量のMVA-BNによる処置よりも有効だった。このモデルでは、MVA-BN-mHER2による4日目のマウスの処置(
図6)も腫瘍成長を抑制したが、MVA-BNでは効果がなかった。したがって、一定の設定において観察されたMVA-BNの抗腫瘍活性は、おそらくは、先天免疫の刺激によるものであるだろう。全ての実験で観察されたMVA-BN-mHER2の優れた活性は、先天免疫系の刺激と特異的抗HER-2適応免疫応答の誘導との組合せによるものと思われる。
【0127】
<実施例6>
細胞毒性剤との併用療法
C57BL/6マウスに、対照(トリス緩衝食塩水(TBS);5匹のI群)または5E7 TCID
50のMVA-BN-mHER2(5匹ずつの9群)による皮下処置を、1日目、22日目および43日目(3週毎×3)に行った。化学療法剤ドセタキセルが抗HER-2抗体誘導に及ぼす影響を、MVA-BN-mHER2処置の1週間前(-7日目)または2日前(-2日目)に殺腫瘍量(33mg/Kg)の薬物で動物を処置することによって評価した。薬物を、1回、2回(3週毎×2)、3回(3週毎×3)または4回(3週毎×4)、iv注射した。動物群の配置、投与レジメンおよびスケジュールを、表2に要約する。
【0128】
【表2】
【0129】
-9日目(前採血)、各ワクチン処置の13日後(d14、35、56)および最後の薬物処置の1週間後(d70)に、血液試料を収集した。各試験群から得た血清をプールし、ELISAにより、微量滴定プレートのウェル上にコーティングされる抗原として市販のHER-2 ecd-Fcキメラタンパク質を使って分析した。このキメラタンパク質は、ヒト免疫グロブリンGのFcドメインに融合されたネイティブヒトHER-2の細胞外ドメインを含む。
図8AおよびBに示すように、抗HER-2抗体応答は、全てのMVA-BN-mHER2処置群で、どの時点においても検出され、ワクチン接種の2日前または7日前にマウスを殺腫瘍量のドセタキセル(33mg/Kg)で前処置した場合、力価は有意に異ならなかった。さらにまた、ドセタキセル処置を3回のワクチン接種スケジュールの全体にわたって継続した場合でも、抗体応答は影響を受けなかった。
【0130】
MVA-BN-mHER2の抗腫瘍活性を測定することにより、殺腫瘍量のドセタキセルで処置されたマウスにおいてMVA-BN-mHER2が誘導する免疫応答の完全性を、さらに評価した。実際、MVA-BN-mHER2は、ワクチン接種後に移植された腫瘍の成長を遅らせる能力を持つ記憶応答を誘導することが、先に(実施例5)に示されている(予防的腫瘍モデル)。そこで、上記表2の試験群のマウスに、71日目にMC38-HER-2腫瘍細胞(Penichetら, Laboratory Animal Science 49, 179-188(1999))をチャレンジし、実施例5で説明したように、腫瘍成長を評価した。
図9AおよびBに示すように、MVA-BN-mHER2で処置したマウス群の全てにおいて、腫瘍成長が遅延した。殺腫瘍量のドセタキセルによる前処置および同時処置は、腫瘍成長遅延に有意な影響を持たなかった。この実験は予防的設定で行ったので、測定された抗腫瘍効果は、おそらく、MVA-BN-mHER2誘導性抗HER-2免疫応答によって媒介されたものであり、ドセタキセルは腫瘍に対する直接の細胞傷害効果を持たなかったのだろう。実際、ドセタキセル処置と腫瘍チャレンジの間の最短の時間間隔は9日だった(62日目にドセタキセル投与を受けた第6群)。化学療法剤の薬理学的性質を考えると、腫瘍移植の時点では薬物濃度が低すぎて有効ではなかったと思われる。したがって、このデータにより、MVA-BN-mHER2とドセタキセルとの併用処置は、このワクチンによる防御免疫応答の誘導にとって有害でないことが確認された。このことは、ヒトでの標準的処置レジメンを反映して殺腫瘍量の化学療法剤を3週間間隔で使用した場合にも当てはまる。
【0131】
次に、化学療法と免疫療法の併用処置によってもたらされる潜在的利益を、治療的設定のマウスMC38-HER-2腫瘍モデルで評価した。この実験では、1回の化学療法処置がそれぞれ2回の免疫療法処置前、2回の免疫療法処置中、または2回の免疫療法処置後に行われる3つのサブセット(サブセットA、BおよびC)に、動物を分割した。
【0132】
サブセットAでは、C57BL/6マウス(40匹)に1日目にMC38-HER-2細胞をチャレンジした後、対照(トリス緩衝食塩水(TBS);d1、8および15に10匹を処置)、ドセタキセルのみ(33mg/Kg;d1に10匹を処置)、MVA-BN-mHER2(5E7 TCID50;d8および15に10匹を処置)、または1日目にドセタキセルの後、d8および15にMVA-BN-mHER2を使って皮下処置を行った。23日目に屠殺するまで、腫瘍成長を週に2回評価した。
図10Aに示すように、1日目のドセタキセル処置が腫瘍成長のわずかな一過性の遅延(統計的に有意な差は19日目までしか検出されなかった)をもたらしたのに対して、8日目および15日目のMVA-BN-mHER2処置は腫瘍成長に影響を持たなかった。対照的に、d8および15におけるMVA-BN-mHER2投与に先だってドセタキセル(d1)を投与する併用処置は、この研究の全体を通して腫瘍成長を阻害するのに、著しく有効だった(23日目でp=0.001)。
【0133】
サブセットBでは、同じ4つの動物群で実験を行ったが、ドセタキセルをd8に与えたのに対して、MVA-BN-mHER2は1日目および15日目に投与した。腫瘍サイズが重量で50mg(このモデルでは8日目付近でこの重量に到達する)をひとたび超えると、ドセタキセルがMC38-HER-2成長に影響を持たないことは、以前に決定されている。予想どおり、8日目のドセタキセル処置が腫瘍成長に何の影響も持たなかったのに対し(
図10B)、2週間間隔で2回のMVA-BN-mHER2投与(1日目および15日目)は腫瘍成長の阻害に著しく有効だった(23日目でp=0.002)。さらに重要なことに、この抗腫瘍活性は、ワクチン処置の間に投与された高用量のドセタキセルによって、負の影響を受けなかった(
図10B)。
【0134】
サブセットCでは、同じ4つの動物群で実験を行ったが、ドセタキセルをd15に与えたのに対して、MVA-BN-mHER2は1日目および8日目に投与した。サブセットBと同様に、全ての群において腫瘍は、化学療法処置の時点(15日目)で、MC38-HER-2成長の低減に関してドセタキセルが無効になるサイズ限界を超えた。そして予想どおり、
図10Cは、ドセタキセルが、単独で投与された場合に、腫瘍成長に影響を持たなかったことを示している。サブセットAと同様に、1週間間隔で行われる2回のMVA-BN-mHER2投与からなるワクチン処置も最適ではなく、同様に腫瘍成長には影響を持たなかった。驚いたことに、ワクチン投与後にドセタキセルを与えられたMVA-BN-mHER2処置群に属するマウスの平均腫瘍サイズは、MVA-BN-mHER2だけで処置されたマウスの腫瘍サイズの平均よりも有意に小さかった(23日目でp=0.036)。このデータは、MVA-BN-mHER2処置がインビボでドセタキセルに対するMC38-HER2の感受性を増加させることを示している。
【0135】
全体として、このデータは、ワクチンの効力に有害な影響を及ぼすことなく、MVA-BN-mHER2と殺腫瘍量の化学療法剤とを併用できることを示している。実際、化学療法前処置はワクチン効力を増大させ、ワクチン前処置は化学療法に対する腫瘍の感受性を増加させたので、これら二つの治療法を併用することは互いに有益でありうることが見出された。したがって、ワクチンと化学療法とを継続的に交互投与するという併用処置は、より強力ながん処置レジメンを作成するための新しい手段にもなると考えられる。
【0136】
<実施例7>
エピトープ/抗原拡大(epitope/antigen spreading)
エピトープ/抗原拡大は、瀕死の腫瘍細胞からのエピトープ/抗原の露出によってトリガーされる免疫応答の誘導によってもたらされる。ワクチンが誘導するエピトープ/抗原拡大は、最大限の抗腫瘍活性にとって著しく有利である。HER-2+腫瘍に対して保護されたマウスは、HER-2を発現させない親腫瘍による2回目のチャレンジに抵抗するので、MVA-BN-mHER2処置はエピトープ/抗原拡大をもたらすことが見出された。したがって、MVA-BN-mHER2は、HER-2以外の腫瘍抗原にも拡大することができる幅広い防御免疫応答のトリガリング(これは、不均一な腫瘍を処置し、腫瘍エスケープを防止するための前提条件である)を可能にする。
【0137】
<実施例8>
NeuTマウスにおける自然発生腫瘍
異種HER-2(例えばヒトHER-2)で処置されたラットHER-2/neuを発現させるトランスジェニックマウス(NeuTマウス)において生じる自然発生腫瘍を遅延させるには、高力価かつ広スペクトルの抗体が要求される。裸のDNAのような異種HER-2のワクチン製剤はこのモデルにおける腫瘍成長を遅延させることができなかったが、ウイルスに基づく製剤は抗腫瘍活性を示した。MVA-BN-mHER2は、処置を腫瘍発生の後期に開始した場合でさえ、NeuTにおける自然発生腫瘍成長を遅延させることが見出された。したがってMVA-BNは抗腫瘍活性を誘導するための優れた抗原製剤を与える。