(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
従来、油圧ショベルやブルドーザなどの履帯式作業機械は、駆動輪、遊動輪及び上下転輪などの回転輪を備える。回転輪には、ベアリング用潤滑油の漏洩抑止と、水分及び土砂などの侵入抑止とを目的として、シール構造が設けられる。
【0003】
シール構造は、通常、固定側ハウジングと回転側ハウジングとの間に設けられた一対のフローティングシール及び一対の弾性リングによって構成される。一対を成すフローティングシールは、円環状に形成されており、同一軸上で摺動自在に接している。各フローティングシールは、各フローティングシールの外周に当接される各弾性リングを介して、各ハウジングに支持される(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
このようなフローティングシールは、遠心鋳造法や砂型鋳造法などによって製造される(例えば、特許文献2〜特許文献4参照)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このフローティングシールは、耐摩耗性、及び、耐焼付き性などと共に、高強度であることが要求される。高強度化の手法としては、フローティングシールの厚肉化が考えられるが、コストが高くなる。
【0007】
また、フローティングシールにおいては、耐摩耗性、及び、耐焼付き性を改善する為に、硬質な炭化物を多量に晶析出させることが一般的である。しかし、炭化物を多量に晶析出させることは、高強度化と背反する。一方、炭素量を低減させるなど、成分量を変更して炭化物量を減らすことによって、フローティングシールの強度を改善することができる。しかし、炭素量が少なくなると、湯流れ性が悪くなり、製造不良率が増加するなどの製造効率上の問題が生じる。また、炭化物量が少なくなると、耐摩耗性、及び、耐焼付き性が低下する可能性がある。
【0008】
本発明の課題は、製造効率の低下を抑えながら、強度と耐熱性と耐摩耗性とを向上させることができるフローティングシールを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第1の態様に係るフローティングシールは、C、Si、Mn、Ni、Cr、B、および残部がFeと不可避不純物とからなるフローティングシールである。前記C、Si、Mn、Ni、Cr、Bの含有量は、C:2.2〜3.8wt%、Si:0.5〜3.5wt%、Mn:0.1〜2.0wt%、Ni:2.0〜5.5wt%、Cr:0.9〜4.0wt%、B:0.02%〜0.4wt%である。母相中のCrの含有量が、0.30〜1.07wt%である。黒鉛の含有量が、0.35〜2.33面積%である。炭硼化物の含有量が、14〜40面積%である。
【0010】
本発明の第2の態様に係るフローティングシールは、第1の態様のフローティングシールであって、母相中のCrの含有量が、0.3〜0.8wt%である。黒鉛の含有量が、0.4〜2.3面積%である。炭硼化物の含有量が、20〜35面積%である。
【発明の効果】
【0011】
本発明では、フローティングシールにBを添加することによって、母相中のCrの含有量と、黒鉛の含有量と、炭化物の含有量との関係を調整する。Bがフローティングシールに添加されると、黒鉛が析出し易くなる。これにより、炭化物の析出量が低減される。その結果、フローティングシールの強度が向上する。また、炭素量を低減させずに炭化物の析出量を低減することができるので、湯流れ性を維持することができる。これにより、製造効率の低下が抑えられる。さらに、炭化物の析出量が低減しても、析出した黒鉛によって、耐摩耗性が向上する。また、析出した黒鉛によって耐馴染み性も向上する。さらに、炭化物の析出量が低減することによって、Bの添加が無ければ炭化物として析出するCrが、母相に溶け込む。このため、母相中のCrの含有量が増大する。その結果、耐熱性が向上する。このように、本発明では、フローティングシールにBを添加することによって、母相中のCrの含有量と、黒鉛の含有量と、炭化物の含有量とが互いに関係し合って調整される。これにより、製造効率の低下を抑えながら、強度と耐熱性と耐摩耗性とを向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
次に、図面を用いて、本発明の実施形態について説明する。以下の図面の記載において、同一又は類似の部分には、同一又は類似の符号を付している。ただし、図面は模式的なものであり、各寸法の比率等は現実のものとは異なっている場合がある。従って、具体的な寸法等は以下の説明を参酌して判断すべきである。また、図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれていることは勿論である。
(シール構造の構成)
まず、本発明の実施形態に係るフローティングシールが用いられるシール構造について説明する。
図1は、シール構造の断面図である。このシール構造は、例えば、油圧ショベルやブルドーザなどの履帯式作業機械が備える終減速装置に設けられる。
【0014】
シール構造は、固定側部材11と回転側部材12との間に設けられる。回転側部材12は、ベアリング13を介して、固定側部材11に取り付けられている。回転側部材12は、固定側部材11に対して回転可能に設けられている。シール構造は、ベアリング13用の潤滑油が充填される内部空間Nを密閉する。シール構造は、内部空間Nからの潤滑油の漏洩を抑止する。また、シール構造は、固定側部材11と回転側部材12との間の隙間Rからの水分及び土砂などの内部空間Nへの浸入を抑止する。
【0015】
シール構造は、第1フローティングシール14と、第2フローティングシール15と、第1弾性リング16と、第2弾性リング17とを有する。第1フローティングシール14と、第2フローティングシール15とは、後述するフローティングシールである。第1弾性リング16と第2弾性リング17とは、例えば、二トリルゴム、シリコーンゴムなどのゴム部材である。
【0016】
図2は、第1フローティングシール14の斜視図である。第1フローティングシール14は、貫通孔141を有する環状の形状を有する。
図1に示すように、第1フローティングシール14の貫通孔141には、固定側部材11の一部が挿入される。ただし、第1フローティングシール14の内面は、固定側部材11から離れて配置されており、固定部材に接触しない。第1フローティングシール14は、第1弾性リング16を介して、回転側部材12に弾性的に支持される。
【0017】
第2フローティングシール15も第1フローティングシール14と同様に、貫通孔151を有する環状の形状を有する。第2フローティングシール15は、第1フローティングシール14の中心軸線と同心に配置されている。第2フローティングシール15は、中心軸線に垂直な平面について第1フローティングシール14と対称に配置される。第2フローティングシール15は、第2弾性リング17を介して、固定側部材11に弾性的に支持される。第1フローティングシール14と第2フローティングシール15とは、互いに対向するように配置される。第1フローティングシール14は、回転側部材12とともに回転することによって、第2フローティングシール15に対して摺動する。
【0018】
第1フローティングシール14は、第1先端面142と、第1底面143と、第1側面144とを有する。第2フローティングシール15は、第2先端面152と、第2底面153と、第2側面154とを有する。第1先端面142は、第1底面143の反対側に位置している。第2先端面152は、第2底面153の反対側に位置している。第1底面143と第2底面153とは互いに対向するように配置されている。
【0019】
第1底面143は、第1摺動面145と、第1テーパ面146とを有する。第2底面153は、第2摺動面155と、第2テーパ面156とを有する。第1摺動面145は、第1底面143において第1テーパ面146の径方向における外側に位置する。第2摺動面155は、第2底面153において第2テーパ面156の径方向における外側に位置する。第1摺動面145と第2摺動面155とは互いに接触している。第1テーパ面146と第2テーパ面156とは、径方向における内方に向かって互いの間の距離が広がるように、傾斜している。
【0020】
第1側面144は、第1弾性リング16に接触している。第1側面144は、凹状の形状を有する。第1側面144の凹状の形状によって、第1弾性リング16が保持される。第1側面144は、第1底面143側から第1先端面142側へ向かって外径が小さくなるように傾斜している。なお、回転側部材12は、第1弾性リング16が接触する第1接触面121を有する。第1接触面121は、第1側面144と同じ方向に傾斜している。第2側面154は、第2弾性リング17に接触している。第2側面154は、凹状の形状を有する。第2側面154の凹状の形状によって、第2弾性リング17が保持される。第2側面154は、第2底面153側から第2先端面152側へ向かって外径が小さくなるように傾斜している。なお、固定側部材11は、第2弾性リング17が接触する第2接触面111を有する。第2接触面111は、第2側面154と同じ方向に傾斜している。
【0021】
第1フローティングシール14が回転側部材12と共に回転することにより、第1摺動面145が第2摺動面155に対して摺動する。また、第1摺動面145と第2摺動面155とは、第1弾性リング16及び第2弾性リング17の弾性力によって互いに押圧されている。これにより、回転側部材12の回転時及び停止時のいずれにおいても、第1摺動面145と第2摺動面155との間が密閉される。
(フローティングシールの構成)
次に、フローティングシールの組成について説明する。本実施形態に係るフローティングシールは、C、Si、Mn、Ni、Cr、B、および残部がFeと不可避不純物とからなるフローティングシールである。C、Si、Mn、Ni、Cr、Bの含有量は、C:2.2〜3.8wt%、Si:0.5〜3.5wt%、Mn:0.1〜2.0wt%、Ni:2.0〜5.5wt%、Cr:0.9〜4.0wt%、B:0.02%〜0.4wt%である。また、母相中のCrの含有量が、0.30〜1.07wt%である。黒鉛の含有量が、0.35〜2.33面積%である。炭硼化物量が、14〜40面積%である。さらに好ましくは、母相中のCrの含有量が、0.30〜0.80wt%であり、黒鉛の含有量が、0.4〜2.3面積%であり、炭硼化物量が、20〜35面積%である。各成分の意義は次の通りである。
【0022】
Cは、炭化物を形成する。また、Cは、母相をマルテンサイト化するために必要である。ただし、Cの含有量が少ないと、その効果は不十分である。また、Cの含有量が多いと、靭性が低下する。よって、Cの含有量は2.2〜3.8wt%である。
【0023】
Siは、脱酸を促進するとともに湯流れ性を良くする。ただし、Siの含有量が少ないと、その効果は小さい。また、Siの含有量が多いと、靭性が低下する。よって、Siの含有量は0.5〜3.5wt%である。
【0024】
Mnは、脱酸、及び、脱硫のために必要な元素である。Mnの含有量が少ないと、その効果は不十分である。また、Mnの含有量が多いと、靭性が低下する。よって、Mnの含有量は0.1〜2.0wt%である。
【0025】
Niは、焼き入れ性を高め、マルテンサイト化を促進する。しかし、Niの含有量が、少ないと、その効果は小さい。また、Niの含有量が多いと、オーステナイトが安定化し過ぎて、残留オーステナイトが多量に形成されてしまう。よって、Niの含有量は2.0〜5.5wt%である。
【0026】
Crは、炭化物を形成するとともに、母相の焼入れ性を高める。しかし、Crの含有量が少ないと、炭化物の含有量が少なくなることにより、耐摩耗性が低下する。また、Crの含有量が多いと、炭化物が粗大化することによって、異常摩耗を促進する。よって、Crの含有量は0.9〜4.0wt%である。
【0027】
Bを添加することで、圧壊強度は向上する。しかし、Bの含有量が少ないと、その効果は小さい。また、Bの含有量が多いと、その効果が発揮されない。よって、その含有量は0.02〜0.4wt%である。
【0028】
母相中のCrは、耐熱性を向上させる。黒鉛は、耐摩耗性、及び、馴染み性を向上させる。炭硼化物は、耐摩耗性、及び、耐焼付け性を向上させる。これらの含有量は互いに関係しており、Bの含有量によって調整される。よって、母相中のCrの含有量は0.30〜1.07重量%である。
【実施例】
【0029】
以下、本発明の実施例について説明する。表1に、本発明の実施例の成分と、硬さと、圧壊強度とを示す。表2に、比較例の成分と、硬さと、圧壊強度とを示す。なお、母相中のCr量はwt%であり、黒鉛量及び炭硼化物量は面積%である。
【0030】
【表1】
【0031】
【表2】
【0032】
炭硼化物の面積%の計測方法は次の通りである。各実施例及び比較例の試料を、アルミナ砥石1μmで研磨仕上げした後、ナイタール腐食液で腐食させることにより、炭化物を浮き出させた。例として、炭化物を浮き出させた状態の実施例4の表面写真を
図3に示す。
図3において他の部分よりも色の薄い部分が、炭化物である。このように得られた表面写真から画像処理により炭化物だけを識別し、全体に占める面積率を炭硼化物の面積%として求めた。
【0033】
黒鉛の面積%の計測方法は次の通りである。各実施例及び比較例の試料を、アルミナ砥石1μmで研磨仕上げした後、顕微鏡にて観察した。例として、実施例5の顕微鏡写真を
図4に示す。このように得られた顕微鏡写真から、黒い部分(黒鉛)の全体に占める面積率を黒鉛の面積%として求めた。
【0034】
図5は、圧壊強度の評価方法を示す図である。
図5に示すように、フローティングシール21を、Oリング22を介して架台23上に配置する。そして、フローティングシール21の径方向に圧縮荷重Fをかけ、フローティングシール21が破断したときの荷重を測定した。
【0035】
その結果、実施例1〜実施例17のように、Bが0.02%〜0.4wt%の範囲では、黒鉛が析出した。一方、比較例1〜7,10〜14のように、Bが0.01%以下では、黒鉛が析出しなかった。また、比較例8,9,15のように、Bが0.58%以上では、黒鉛が析出しなかった。さらに、表1及び表2から明らかなように、実施例1〜17では、比較例1〜15よりも圧壊強度が向上した。
【0036】
また、フローティングシールの摺動面は、回転側部材の回転による摺動や凝着等により局所的に500℃程度の高温にさらされることがある。このため、使用後のフローティングシールは、焼き戻しによる軟化の傾向がみられる。そこで、
図6に示すシールテスタ30にて、実施例2及び比較例2の使用前後の変化を評価した。
図6に示すように、シールテスタ30では、一対のフローティングシール31,32を泥水中に配置する。一方のフローティングシール31をOリング33にて固定する。また、他方のフローティングシール32を、Oリング34を介して荷重すると共に、フローティングシール31,32の中心軸線まわりの回転Rを与える。それぞれの摺動面は、互いに押圧している。摺動面の押し付け線圧(線圧=押し付け荷重/シール外径の円周長さ)を2.5kgf/cmとし、EO#30のエンジンオイルを封入した条件で、300時間の耐久試験を行った。試験後に、摩耗量、外観、硬さ変化により、耐摩耗性、耐焼付き性、及び、馴染み性を評価した。
【0037】
試験前後の摺動面の変化を
図7に示す。
図7において破線は、試験前の摺動面近傍(
図6の部分A参照)の形状を示している。
図7において実線は、試験前の摺動面近傍の形状を示している。
図7(a)は、実施例2に係るフローティングシールの摺動面近傍の形状を示している。
図7(b)は、比較例2に係るフローティングシールの摺動面近傍の形状を示している。なお、
図7では、観察の容易のために縦横の比を変更して表示している。
図7から明らかなように、実施例2では、比較例2よりも、摺動面の磨耗量が少なかった。
【0038】
試験後の摺動面の外観を
図8に示す。
図8(a)は、実施例2に係るフローティングシールの摺動面の拡大図である。
図8(b)は、比較例2に係るフローティングシールの摺動面の拡大図である。試験後の摺動面の外観観察から、実施例2に係るフローティングシールは、比較例2に係るフローティングシールよりも、焼付きが少ないこと、及び、馴染み性が良いことが確認された。
【0039】
試験前後の摺動面の硬さの変化を表3に示す。表3に示されているように、試験前では、実施例2に係るフローティングシールの摺動面よりも、比較例2に係るフローティングシールの摺動面の方が硬かった。しかし、試験後では、実施例2に係るフローティングシールの摺動面の方が、比較例2に係るフローティングシールの摺動面よりも硬かった。従って、実施例2に係るフローティングシールの方が、比較例2に係るフローティングシールよりも、摺動面の焼き戻しによる軟化が抑えることが確認された。
【0040】
【表3】