【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、正極活物質の表面に、アモルファスカーボンからなる被覆層を有するリチウムイオン電池用正極活物質であり、
飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF−SIMS)によって被覆層を測定した場合、ベンゼン環に由来する質量スペクトル、及び、ナフタレン環に由来する質量スペクトルのうち少なくとも1つが検出され、X線回折法によって被覆層を測定した場合、2θが26.4°の位置にピークが検出されず、前記アモルファスカーボンは、
ラマンスペクトルを測定した場合のGバンドとDバンドのピーク強度比が1.0以上、前記被覆層の平均膜厚が100nm以下、かつ、前記被覆層の膜厚の変動係数(CV値)が10%以下であるリチウムイオン電池用正極活物質である。
以下、本発明を詳述する。
【0011】
本発明者は、鋭意検討した結果、正極活物質の表面に所定の樹脂由来のカーボンからなり、所定の物性を有する被覆層を形成することで、金属イオンの溶出や充放電時の結晶構造変化を抑制することができ、使用時の経時による劣化が少なく、充放電時の高い安定性を実現することが可能なリチウムイオン電池用正極活物質とすることができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
本発明のリチウムイオン電池用正極活物質は、正極活物質の表面に、アモルファスカーボンからなる被覆層を有する。
【0013】
上記正極活物質としては、リチウムを含有する遷移金属の酸化物が好ましい。
上記リチウムを含有する遷移金属の酸化物としては、例えば、コバルト酸リチウム(LiCoO
2)、ニッケル酸リチウム(LiNiO
2)、マンガン酸リチウム(LiMn
2O
4)、コバルトマンガン酸リチウム(LiMnCoO
4)、リン酸コバルトリチウム(LiCoPO
4)、クロム酸マンガンリチウム(LiMnCrO
4)、バナジウムニッケル酸リチウム(LiNiVO
4)、ニッケル置換マンガン酸リチウム(例えば、LiMn
1.5Ni
0.5O
4)、バナジウムコバルト酸リチウム(LiCoVO
4)、鉄リン酸リチウム(LiFePO
4)からなる群より選ばれた少なくとも1種、または上記組成の一部を金属元素で置換した非化学量論的化合物からなる群より選ばれた少なくとも1種の何れか又は双方を含む化合物等が挙げられる。上記金属元素としては、Mn、Mg、Ni、Co、Cu、Zn及びGeからなる群より選択される少なくとも1種が挙げられる。
なかでも、コバルト酸リチウム、ニッケル酸リチウム、マンガン酸リチウム及び鉄リン酸リチウムの群から選択される少なくとも1種が好ましい。
【0014】
上記正極活物質の形状としては、例えば、粒子状、薄片状、繊維状、管状、板状、多孔質状等が挙げられるが、粒子状、薄片状であることが好ましい。
また、上記正極活物質が粒子状である場合、その平均粒子径は0.02〜40μmであることが好ましい。
【0015】
本発明のリチウムイオン電池用正極活物質は、アモルファスカーボンからなる被覆層を有する。このような被覆層を有することで、充放電時の高い安定性が維持されたままで、金属イオンの溶出、結晶構造変化、使用時の経時劣化を大幅に向上することができる。
また、上記被覆層は、高温焼成プロセスを必要とせず、簡易なプロセスで作製することができる。
【0016】
上記被覆層は、正極活物質の表面の少なくとも一部に形成されていてもよく、正極活物質の表面全体を被覆するように形成されていてもよい。上記正極活物質の耐酸化性、耐腐食性をより一層改善できることから、上記被覆層は、正極活物質の表面全体を被覆するように形成されていることが好ましい。
【0017】
上記被覆層は、緻密性が高いことがより好ましい。本発明では、緻密性の高い被覆層が形成されることで、正極活物質と、外部との接触が遮断され、金属イオンの溶出や充放電時の結晶構造変化を抑制することができる。
なお、緻密な被覆層としての“緻密性”の厳密な定義はないが、本発明では、高解像度の透過電子顕微鏡を用いて一個一個のナノ粒子を観察した時に、
図1のように、粒子表面の被覆層がはっきり観察され、かつ、被覆層が連続に形成されていることを“緻密”と定義する。
【0018】
上記被覆層を構成するアモルファスカーボンは、sp2結合とsp3結合が混在したアモルファス構造を有し、炭素からなるものであるが、ラマンスペクトルを測定した場合のGバンドとDバンドのピーク強度比が1.0以上である。
上記アモルファスカーボンをラマン分光で測定した場合、sp2結合に対応したGバンド(1580cm
−1付近)及びsp3結合に対応したDバンド(1360cm
−1付近)の2つのピークが明確に観察される。なお、炭素材料が結晶性の場合には、上記の2バンドのうち、何れかのバンドが極小化してゆく。例えば、単結晶ダイヤモンドの場合は1580cm
−1付近のGバンドが殆ど観察されない。一方、高純度グラファイト構造の場合は、1360cm
−1付近のDバンドが殆ど現れない。
本発明では、特にGバンドとDバンドのピーク強度比(Gバンドでのピーク強度/Dバンドでのピーク強度)が1.5以上であることで、形成されたアモルファスカーボン膜の緻密性が高く、高温における粒子間の焼結抑制効果も優れることとなる。
上記ピーク強度比が1.0未満であると、膜の緻密性と高温における焼結抑制効果が不十分であることだけではなく、膜の密着性及び膜強度も低下することとなる。
上記ピーク強度比は1.2以上であることが好ましく、10以下であることが好ましい。
上記被覆層は、カーボン以外の元素を含有しても良い。カーボン以外の元素としては、例えば、窒素、水素、酸素等が挙げられる。このような元素の含有量は、カーボンとカーボン以外の元素との合計に対して、10原子%以下であることが好ましい。
【0019】
上記被覆層を構成するアモルファスカーボンは、オキサジン樹脂が含有するカーボンに由来するものである、上記オキサジン樹脂は低温で炭化が可能であることから、コストを低減することが可能となる。
上記オキサジン樹脂は、一般にフェノール樹脂に分類される樹脂であるが、フェノール類とホルムアルデヒドに加えて、さらにアミン類を加えて反応させることで得られる熱硬化樹脂である。なお、フェノール類において、フェノール環にさらにアミノ基があるようなタイプ、例えば、パラアミノフェノールのようなフェノールを用いる場合には、上記反応でアミン類を加える必要はなく、炭化もしやすい傾向にある。炭化のしやすさでは、ベンゼン環ではなく、ナフタレン環を用いることで、さらに炭化がしやすくなる。
【0020】
上記オキサジン樹脂としては、ベンゾオキサジン樹脂、ナフトオキサジン樹脂があり、このうち、ナフトオキサジン樹脂は、最も低温で炭化しやすいため好適である。以下にオキサジン樹脂の構造の一部として、ベンゾオキサジン樹脂の部分構造を式(1)に、ナフトオキサジン樹脂の部分構造を式(2)に示す。
このように、オキサジン樹脂とは、ベンゼン環又はナフタレン環に付加した6員環をもつ樹脂のことをさし、その6員環には、酸素と窒素が含まれ、これが名前の由来となっている。
【0021】
【化1】
【0022】
上記オキサジン樹脂を用いることにより、エポキシ樹脂等の他の樹脂に比べてかなり低温でアモルファスカーボンの皮膜を得ることが可能となる。具体的には200℃以下の温度で炭化が可能である。特に、ナフトオキサジン樹脂を用いることで、より低温で炭化させることができる。
このように、オキサジン樹脂を用いて、より低温で炭化させることにより、アモルファスカーボンを有し、緻密性の高い被覆層を形成することができる。
アモルファスカーボンを有し、緻密性の高い被覆層を形成できる理由については明らかではないが、例えば、オキサジン樹脂としてナフタレンオキサジン樹脂を使用した場合、樹脂中のナフタレン構造が低温加熱によって局部的に繋がり、分子レベルで層状構造が形成されるためであると考えられる。上記層状構造は、高温処理されていないため、グラファイトのような長距離の周期構造までは進展しないため、結晶性は示さない。
得られたカーボンが、グラファイトのような構造であるか、アモルファス構造であるかは、後述するX線回折法によって、2θが26.4°の位置にピークが検出されるか否かにより確認することができる。
【0023】
上記ナフトオキサジン樹脂の原料として用いられるのは、フェノール類であるジヒドロキシナフタレンと、ホルムアルデヒドと、アミン類とである。なお、これらについては後に詳述する。
【0024】
上記アモルファスカーボンは、上記オキサジン樹脂を150〜350℃の温度で熱処理することにより得られるものであることが好ましい。本発明では、低温で炭化が可能なナフトオキサジン樹脂を用いていることで、比較的低温でアモルファスカーボンとすることが可能となる。
このように低温で得られることで、従来より低コスト、且つ簡便なプロセスで作製できるという利点がある。
上記熱処理の温度は170〜300℃であることがより好ましい。
【0025】
上記被覆層の平均膜厚の上限は100nmである。上記被覆層の平均膜厚が100nmを超えると、被覆後の粒子が大きくなり、これを用いて作製したリチウムイオン電池用正極活物質の充放電特性が低くなることがある。好ましい上限は80nmである。なお、下限については特に限定されないが1nmが好ましい。
【0026】
上記被覆層の膜厚の変動係数(CV値)は、10%以下である。上記被覆層の膜厚のCV値が10%以下であると、被覆層の膜厚が均一でバラツキが少ないことから、薄い膜でも所望の機能(イオン溶出と結晶性保持)を付与することができる。上記被覆層の膜厚のCV値の好ましい上限は8.0%である。なお、下限については特に限定されないが0.5%が好ましい。
膜厚のCV値(%)とは、標準偏差を平均膜厚で割った値を百分率で表したものであり、下記式により求められる数値のことである。CV値が小さいほど膜厚のばらつきが小さいことを意味する。
膜厚のCV値(%)=(膜厚の標準偏差/平均膜厚)×100
平均膜厚及び標準偏差は、例えば、FE−TEMを用いて測定することができる。
【0027】
上記被覆層は、正極活物質との間に良好な密着性を有することが好ましい。密着性に関する明確な定義はないが、リチウムイオン電池用正極活物質と、樹脂と、可塑剤と分散剤とを含有した混合物をビーズミルで処理しても、被覆層が剥離しないことが好ましい。
【0028】
本発明では、飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF−SIMS)によって被覆層を測定した場合、ベンゼン環に由来する質量スペクトル、及び、ナフタレン環に由来する質量スペクトルのうち少なくとも1つが検出されることが好ましい。
このようなベンゼン環、ナフタレン環に由来する質量スペクトルが検出されることで、オキサジン樹脂が含有するカーボンに由来するものであることを確認できる。
本願発明において、ベンゼン環に由来する質量スペクトルとは、77.12付近の質量スペクトルをいい、ナフタレン環に由来する質量スペクトルとは、127.27付近の質量スペクトルをいう。
なお、上記測定は、例えば、TOF−SIMS装置(ION−TOF社製)等を用いて行うことができる。
【0029】
本発明では、X線回折法によって被覆層を測定した場合、2θが26.4°の位置にピークが検出されないことが好ましい。
上記2θが26.4°の位置のピークは、グラファイトの結晶ピークであり、このような位置にピークが検出されないことで、被覆層を形成するカーボンがアモルファス構造であるということができる。
なお、上記測定は、例えば、X線回折装置(SmartLab Multipurpose、リガク社製)等を用いて行うことができる。
【0030】
本発明のリチウムイオン電池用正極活物質を製造する方法としては、ホルムアルデヒド、脂肪族アミン及びジヒドロキシナフタレンを含有する混合溶液を調製する工程と、正極活物質を前記混合溶液に添加し、反応させる工程と、150〜350℃の温度での熱処理する工程を有する方法を用いることができる。
【0031】
本発明のリチウムイオン電池用正極活物質の製造方法では、ホルムアルデヒド、脂肪族アミン及びジヒドロキシナフタレンを含有する混合溶液を調製する工程を行う。
上記ホルムアルデヒドは不安定であるので、ホルムアルデヒド溶液であるホルマリンを用いることが好ましい。ホルマリンは、通常、ホルムアルデヒド及び水に加えて、安定剤として少量のメタノールが含有されている。本発明で用いられるホルムアルデヒドは、ホルムアルデヒド含量が明確なものであれば、ホルマリンであっても構わない。
また、ホルムアルデヒドには、その重合形態としてパラホルムアルデヒドがあり、こちらの方も原料として使用可能であるが、反応性が劣るため、好ましくは上記したホルマリンが用いられる。
【0032】
上記脂肪族アミンは一般式R−NH
2で表され、Rは炭素数5以下のアルキル基であることが好ましい。炭素数5以下のアルキル基としては、以下に制限されないが、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、シクロプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、s−ブチル基、t−ブチル基、シクロブチル基、シクロプロピルメチル基、n−ペンチル基、シクロペンチル基、シクロプロピルエチル基、及びシクロブチルメチル基が挙げられる。
分子量を小さくする方が好ましいので、置換基Rは、メチル基、エチル基、プロピル基などが好ましく、実際の化合物名としては、メチルアミン、エチルアミン、プロピルアミン等が好ましく使用できる。最も好ましいものは、分子量が一番小さなメチルアミンである。
【0033】
上記ジヒドロキシナフタレンとしては、多くの異性体がある。例えば、1,3−ジヒドロキシナフタレン、1,5−ジヒドロキシナフタレン、1,6−ジヒドロキシナフタレン、1,7−ジヒドロキシナフタレン、2,3−ジヒドロキシナフタレン、2,6−ジヒドロキシナフタレン、2,7−ジヒドロキシナフタレンが挙げられる。
このうち、反応性の高さから、1,5−ジヒドロキシナフタレン、2,6−ジヒドロキシナフタレンが好ましい。さらに1,5−ジヒドロキシナフタレンが最も反応性が高いので好ましい。
【0034】
上記混合溶液中におけるジヒドロキシナフタレン、脂肪族アミン、ホルムアルデヒドの3成分の比率については、ジヒドロキシナフタレン1モルに対して、脂肪族アミンを1モル、ホルムアルデヒドを2モル配合することが最も好ましい。
反応条件によっては、反応中に揮発などにより原料を失うので、最適な配合比は正確に上記比率とは限らないが、ジヒドロキシナフタレン1モルに対して、脂肪族アミンを0.8〜1.2モル、ホルムアルデヒドを1.6〜2.4モルの配合比の範囲で配合することが好ましい。
上記脂肪族アミンを0.8モル以上とすることにより、オキサジン環を十分に形成することができ、重合を好適に進めることができる。また1.2モル以下とすることにより、反応に必要なホルムアルデヒドを余計に消費することがないため、反応が順調に進み、所望のナフトオキサジンを得ることができる。同様に、ホルムアルデヒドを1.6モル以上とすることで、オキサジン環を充分に形成することができ、重合を好適に進めることができる。
また2.4モル以下とすることで、副反応の発生を低減できるため好ましい。
【0035】
上記混合溶液は、上記3原料を溶解し、反応させるための溶媒を含有することが好ましい。
上記溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール類、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、N−メチルピロリドン等の通常樹脂を溶解するために用いられる溶媒が挙げられる。
上記混合溶液中の溶媒の添加量は特に限定されないが、ジヒドロキシナフタレン、脂肪族アミン及びホルムアルデヒドを含む原料を100質量部とした場合は、通常300〜20000質量部で配合することが好ましい。300質量部以上とすることで、溶質を充分に溶解することができるため、皮膜を形成した際に均一な皮膜とすることができ、20000質量部以下とすることで、被覆層の形成に必要な濃度を確保することができる。
【0036】
本発明のリチウムイオン電池用正極活物質の製造方法では、正極活物質を上記混合溶液に添加し、反応させる工程を行う。反応を進行させることにより、上記正極活物質の表面にナフトオキサジン樹脂からなる層を形成することができる。
上記反応は常温でも進行するが、反応時間を短縮することができるため、40℃以上に加温することが好ましい。加温を続けることで、作製されたオキサジン環が開き、重合が起こると分子量が増加し、いわゆるポリナフトオキサジン樹脂となる。反応が進みすぎると溶液の粘度が増し被覆に適さないため注意を要する。
【0037】
また、例えば、ホルムアルデヒド、脂肪族アミン及びジヒドロキシナフタレンの混合液を一定時間反応させて後に正極活物質を添加する方法を用いてもよい。
また、粒子への被覆を均一に行うためには、被覆反応時に粒子が分散された状態が好ましい。分散方法としては、撹拌、超音波、回転など公知の方法が利用できる。また、分散状態を改善するために、適当な分散剤を添加しても良い。
更に、反応工程を行った後に、熱風等により溶媒を乾燥除去することにより、樹脂を正極活物質表面に均一に被覆してもよい。加熱乾燥方法についても特に制限はない。
【0038】
本発明のリチウムイオン電池用正極活物質の製造方法では、次いで、150〜350℃の温度での熱処理する工程を行う。
これにより、前工程で被覆した樹脂が炭化されてアモルファスカーボンからなる被覆層とすることができる。
【0039】
上記熱処理の方法としては、特に限定されず、加熱オーブンや電気炉等を用いる方法等が挙げられる。
上記熱処理における温度は、150〜350℃である。本発明では、低温で炭化が可能なナフトオキサジン樹脂を用いていることから、更に低温でアモルファスカーボンとすることが可能となる。この場合の加熱温度の好ましい上限は250℃である。
上記加熱処理は、空気中で行っても良いし、窒素、アルゴンなどの不活性ガス中で行っても良い。熱処理温度が250℃以上の場合は、不活性ガス雰囲気の方がより好ましい。
【0040】
本発明のリチウムイオン電池用正極活物質は、産業用、民生用、自動車等のリチウムイオン電池等の用途に有用である。