(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5966782
(24)【登録日】2016年7月15日
(45)【発行日】2016年8月10日
(54)【発明の名称】不溶性陽極
(51)【国際特許分類】
C25D 17/10 20060101AFI20160728BHJP
【FI】
C25D17/10 101A
【請求項の数】4
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2012-196719(P2012-196719)
(22)【出願日】2012年9月7日
(65)【公開番号】特開2014-62275(P2014-62275A)
(43)【公開日】2014年4月10日
【審査請求日】2015年2月24日
(31)【優先権主張番号】特願2012-189940(P2012-189940)
(32)【優先日】2012年8月30日
(33)【優先権主張国】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000108993
【氏名又は名称】株式会社大阪ソーダ
(72)【発明者】
【氏名】原 金房
(72)【発明者】
【氏名】松尾 祐嗣
【審査官】
伊藤 寿美
(56)【参考文献】
【文献】
特開2006−188742(JP,A)
【文献】
特開平10−306395(JP,A)
【文献】
特開2002−275676(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 9/00− 9/12,
13/00−21/22
C25B 11/00−11/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
両面電気めっきラインにおける陰極化現象が生じる電極部分に使用される電極の製造方法において、チタン、タンタル、ジルコニウム、ニオブ、又はタングステン、若しくはこれらの合金から構成される導電性金属基体上にびびり振動切削法、又はコイル切削法により繊維状に加工したチタン、タンタル、ジルコニウム、ニオブ、又はタングステン、若しくはこれらの合金から構成される導電性金属より成り、焼結された繊維状構造を有し、且つ少なくとも導電性金属繊維の表面が電極活物質により被覆されていることを特徴とする不溶性陽極の製造方法。
【請求項2】
前記繊維状構造は、繊維状に加工した導電性金属を焼結・圧延により形成させた空隙率30から80%であることを特徴とする請求項1に記載の不溶性陽極の製造方法。
【請求項3】
前記電極活物質は白金、又は白金族金属の酸化物、若しくは白金及び白金族金属から選択される金属の合金、又は白金及び白金族金属から選択される金属とチタン、タンタル、ジルコニウム、ニオブ、又はタングステンから構成される導電性金属の酸化物から構成される複合酸化物である請求項1又は2に記載の不溶性陽極の製造方法。
【請求項4】
チタン、タンタル、ジルコニウム、ニオブ、又はタングステン、若しくはこれらの合金から構成される導電性金属基体上にびびり振動切削法、又はコイル切削法により繊維状に加工したチタン、タンタル、ジルコニウム、ニオブ、又はタングステン、若しくはこれらの合金から構成される導電性金属より成り、焼結された繊維状構造を有し、且つ少なくとも導電性金属繊維の表面が電極活物質により被覆されていることを特徴とする不溶性陽極を用いてなる両面電気めっきラインの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板の両面電気めっきなど酸素発生を伴う電解プロセスに使用される不溶性陽極に関し、その中でも陰極化現象が生じる電極部分に使用される不溶性陽極に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、鋼板の電気亜鉛めっきや電気錫めっき、又は銅箔製造等の酸素発生を伴う電気めっき工程において、鉛又は鉛合金からなる電極が使用されてきたが、鉛の溶出によるめっき液の汚染、製造箔品質の低下、メンテナンス作業の増加、作業者の衛生面での悪化等、多くの問題があり、高い耐久性を有する酸化イリジウム電極が使用されるようになった。基体と酸化イリジウム電極の界面に防食性の高い導電性金属やその酸化物による中間層を設けることで更なる耐久性を有する電極も開発されてきている。しかしこの種の電極は陽極として使用することを目的としており、両面電気めっきラインにおいて部分的に生じる陰極化現象の環境下では電極寿命は極端に短くなる問題があった。
【0003】
一般的に鋼鈑の電気めっきラインでは、鋼鈑の両面にめっきするために2枚の陽極が対向に配置され、その間を陰極となるめっき対象物である鋼帯が通過することにより、鋼帯の両面に金属が析出する。対向に配置された2枚の陽極の幅(鋼帯の進行方向に直角な方向の寸法)は、その間を通過する鋼帯の幅が多種類であるため鋼帯の最大幅に合わせて設計されている。このため、最大幅より小さい鋼帯が通過する場合に陽極の両端部で陽極同士が直接対向することになる。陰極化現象は、このような電気めっきラインでの工程において、鋼鈑の両面に厚さの異なる金属めっきを施すような場合、2枚の陽極の間に電位差が生じることにより、低電位側の陽極が陰極として機能することである。これが生じると鋼帯に対向する中央部よりも電極活物質の消耗が急速に進行し、直ぐに電極の交換が必要になる。このような陰極化現象による問題を解決するためには、陰極化現象に耐久性を持ち、且つ従来の陽極性能を併せ持つことが必要になる。
【0004】
これまでに特許文献1は陰極化現象が生じる部分に対して、電極活物質である酸化イリジウムの担持量を増量させることで寿命の延命を図り、特許文献2は陰極反応に耐性のある白金や金属イリジウムを基体近くの下層に担持する等、改善のために様々な提案がされてきたが担持量の増量や白金等の金属の担持は、材料費の大幅なコストアップにつながり経済的でない。又担持量や耐性金属の追加を施しても電極の劣化原因の一つである基体界面の不動態化や浮き上がりが生じることにより電極活物質が効果的に反応もできず、追加に伴った効果を得るまでに至っていない。
【0005】
特許文献3、4では、チタン粉末を電極活物質中に混在、若しくはエキスパンドメタルやメッシュを基体に貼り付け、電極有効表面積を大ならしめることで単位面積当たりの負荷の低減による延命効果を提案しているがこれら媒体の密着力が弱いため、陰極化現象だけでなく陽極性能としても耐久性が得られず、実機にて採用されていない。
【0006】
特許文献5では、ガスアトマイズ法にて作製されたバルブ金属粒子を基体に焼結させることで多孔質構造を設け、その上から電極活物質を被覆させた電極が提案されている。高温で焼結しているため粒子同士の密着性が強く有効に反応表面積を拡大することができ、陽極性能での耐久性と陰極化現象での耐久性が比較的良好である。しかしながら陽極性能として従来電極の耐久性を得るまでには達していない。これは使用に伴い、腐食による劣化によって粒子間の結合が剥離し、粒子と共に電極活物質が脱落すると考えられる。又このような電極の多孔質構造の電極を作製する場合、まずガスアトマイズ法で作製した粒子を揮発性のある接着剤と混合し、シート状に形成させ、真空条件下でバルブ金属の融点付近の高温で処理しなければならない。これらの工程において、シート状への形成には接着剤との混合や膜厚を均一に成形するといった技術が別途必要となるだけでなく、接着剤の蒸発、又蒸発した気体と導電性金属が反応しないように炉内の排ガスについても考慮しなければならないので手間とコストがかかる。
又本特許文献には、バルブ金属粒子の他に不定形チタン粉末、チタン繊維での多孔質焼結体でも同様な性能を得ることが可能と記載されているが、それらの詳細なデータや実際の性能データまでの記載はない。
【0007】
【特許文献1】特開平10−287998公報
【特許文献2】特開2004−323955号公報
【特許文献3】特公昭52−9633号公報
【特許文献4】特開平5−75840号公報
【特許文献5】特開2006−188742号公報
【0008】
このようなことから、陰極化現象に耐久性を持ち、陽極としての耐久性を高めた安価に製造できる電極の開発が待たれている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、両面電気めっきラインにおいて電極活物質の異常消耗が生じる陰極化現象に耐久性を有し、且つ陽極反応における耐久性も向上させ、実製造ラインにおいて使用期間を向上できる電極を安価に提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記の課題を解決するためのものであって、導電性金属基体上に繊維状に加工した導電性金属より成る繊維状構造を有し、少なくとも繊維の表面に沿って電極活物質が被覆されることで陰極化現象における耐久性を有し陽極としての耐久性を向上させ、且つ安価に製造できることを特徴とする不溶性陽極である。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、導電性金属基体上に繊維状に加工した導電性金属より成る繊維状構造を設けた不溶性陽極として、両面電気めっきラインで生じる陰極化現象に耐性を持つことに加え、繊維質による構造体のため繊維同士の密着性が向上し従来の陽極としての耐久性も併せ持ち、且つ安価に製造でき経済的にも非常に優れた特徴をもつ。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】導電性金属基体1と電極活物質を被覆した導電性金属繊維2からなる不溶性電極の模式断面図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
両面電気めっきラインにおける陰極化現象が生じる電極部分に使用される電極において、導電性金属基体上に繊維状に加工した導電性金属より成る繊維状構造を有し、且つ少なくとも導電性金属繊維の表面に沿って電極活物質により被覆されていることを特徴とする不溶性陽極である。
本発明の不溶性陽極の作製について、まず導電性金属繊維を敷き詰め、その上に導電性金属基体とさらに荷重をかける。これらを焼結させ、又必要に応じて圧延を施すことで、繊維状構造を有する基体を作製する。次に繊維状構造を有する基体にエッチングを行い、表面の洗浄とアンカー効果を得るため粗面化を施す。これらに電極活物質を含む溶液を塗布し、焼成により電極活物質を被覆することで不溶性陽極を作製する。
【0014】
上記加工方法にて作製される不溶性陽極の導電性金属繊維は、様々な繊維作製方法が確立されているが、その中でもびびり振動切削法、コイル切削法により作製される導電性金属繊維が好ましく、さらにコイル切削法による導電性金属繊維が特に好ましい。びびり振動切削法は、インゴットから直接切削することにより金属繊維を加工する方法であり、直線状の短繊維に成形される。これに対し、コイル切削法は、薄板コイル材から切削する方法であり、乱雑、且つ多種類に屈曲した長繊維に成形される。これらの方法で成形された繊維を使用することで繊維同士が焼結され、強固な密着性を有する繊維状構造を形成することができる。特にコイル切削法で成形した繊維を使用した場合、焼結による密着に加え、繊維同士が乱雑に絡み合い、非常に強固な密着性のある繊維状構造を有する基体を作製することができる。
【0015】
導電性金属繊維の繊維径は、100μm以下が好ましく、さらに50μm以下が特に好ましい。繊維径が大きい場合、有効表面積が小さく、繊維同士の接点が少ないため、密着力が弱くなる。又展性が強いため圧縮しにくく空隙率を低くすることができず、期待する電極性能を発揮できない。
【0016】
導電性金属繊維および導電性金属基体に用いられる導電性金属はチタン、タンタル、ジルコニウム、ニオブ、及びタングステン、若しくはこれらの合金などが好ましく、耐腐食性や経済的にチタンやタンタルがより好ましい。
【0017】
繊維状構造を有する基体の作製には、導電性金属繊維、導電性金属基体の順に設置し、その上から荷重をかけた上で導電性金属の融点付近の真空条件下で焼結させる。次に空隙率と厚み調整のために必要に応じて3本ローラーなどを用いて圧延を施す。
【0018】
焼結温度は1100℃〜1500℃が望ましい。1100℃未満では融着が進まず、密着性が得られない。又1500℃超では融着が大きく、繊維状構造の空隙率の過度の低下や繊維形状の変形が問題になる。
【0019】
空隙率は、30%から80%が好ましく、40%から70%がさらに好ましい。空隙率が低すぎると電極活物質を含む溶液を塗布する際に下層まで浸透させることができず、電極として使用した際には発生ガスも抜けにくく、内面が電極として作用しなくなる。逆に高すぎると繊維同士の密着性が低下し、繊維が剥離しやすくなる。
【0020】
導電性金属繊維から成る繊維状構造の厚みは、0.1mmから2.0mmが好ましく、0.3mmから1.0mmがさらに好ましい。この厚みが薄いと繊維状構造の耐久性や必要な有効表面積が確保できず、期待する効果が得られ難い。逆に厚すぎると表面付近の密着性が基体付近と比べて弱くなるために電極の基体として使用することが難しい。
【0021】
電極活物質は、白金又は白金族金属の酸化物、若しくはこれらの合金、又これら金属と導電性金属の酸化物から構成される複合酸化物が好ましく、主にイリジウムとタンタルの複合酸化物が一般的で高い耐久性能をもつ。
電極活物質の担持量は、電極活物質の金属量換算で10から200g/m
2が好ましく、30から180g/m
2がさらに好ましい。
【0022】
電極活物質の被覆は、上記電極活物質を含む溶液を塗布、乾燥、焼成の順に施すことで作製でき、所定の触媒量までこの塗布から焼成までの工程を繰り返すことで不溶性陽極を作製する。作製した不溶性陽極の電極活物質は繊維状構造を埋めていくわけでなく、繊維状構造を形成している繊維の表面および導電性金属基体表面に沿って被覆されている。
【0023】
上記電極活物質を含む溶液の溶媒は、一般にアルコールや水、好ましくは、ブタノールが用いられる。
【0024】
電極活物質被覆の焼成温度は400〜600℃が好ましい。400℃未満では十分に結晶化ができていないために、電極自体の耐久性が悪くなる。600℃超では結晶化が過度に進み、耐久性を悪くする。
【0025】
電極活物質を被覆する前に必要に応じて塩酸、硫酸、しゅう酸などを用いたエッチング処理により、表面の洗浄と表面に微細な凹凸を付けアンカー効果を付随する。
【0026】
以下に本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
図1は本発明の実施形態を示す不溶性陽極の模式的断面図である。
導電性金属基体1は、チタン、若しくはチタンを主とした合金からなり、その表面に基体と同じ材質で加工した金属繊維を乱雑に絡ませ焼結した繊維状構造2を有している。その更に表面には電極活物質であるイリジウム−タンタルの複合酸化物を被覆させている。
【0027】
次に、本発明の実施例を説明し、比較例と対比することにより、本発明の効果を明らかにする。
【0028】
[実施例1]
びびり振動切削より製造した繊維径50μmのチタン繊維を台の上に敷き詰め、その上にチタン導電性金属基体(100mm×100mm×10mm)とさらに荷重をかけ、真空雰囲気1300℃で焼結を施し、繊維状構造を形成させ、次にこの基体を3本ローラーにて圧延を施し、繊維状構造を有する基体を作製した。得られた厚みと空隙率を表1に示す。
【0029】
次に繊維状構造を有する基体に対して、15wt%塩酸で80℃、1時間エッチングを行い、表面の洗浄とアンカー効果を得るため粗面化を施した。次に塩化イリジウム酸と塩化タンタルをブタノールの溶媒で混合し、金属換算でイリジウム:タンタル=6:4になるように配合したものを基体に塗布し、120℃、10分間の乾燥、500℃、20分間の焼成を施すことによりイリジウム−タンタル複合酸化物を被覆した。尚、この塗布から焼成までの工程を繰り返すことでイリジウム金属量50g/m
2の電極を作製した。
【0030】
このようにして作製した電極を有効電極面積100mm
2の試験片(長さ45mm、幅10mm、厚さ10mm)に加工し、電解寿命試験に供した。電解寿命試験は、ジルコニウム板(長さ45mm、幅10mm、厚さ10mm)を陰極、10wt%硫酸ナトリウムを電解浴とし、陽極としての耐久性を調べるために70℃、pH=1、300A/dm
2の条件で行った(陽極寿命試験)。又正通電100A/dm
2、逆通電100A/dm
2を10分間の周期で極性転換を繰り替えし陰極化現象を模擬した試験を60℃、pH=1の条件で行った(陰極化模擬寿命試験)。尚、判定基準として、電解電圧が電解初期の値から5V上昇した時点を電極寿命として評価した。この結果を表2に示す。
【0031】
[実施例2]
繊維状構造を形成させるために用いる繊維の作製方法をコイル切削法に変更し、未圧延の条件で作製したことを除き、実施例1と同一の条件で電極を作製した。得られた厚みと空隙率を表1に示す。次にこれを実施例1と同一の条件で電解寿命試験に供し、電極寿命を評価した。この結果を表2に示す。
【0032】
[実施例3]
実施例2に加えて、圧延を施した電極を作製した。得られた厚みと空隙率を表1に示す。これを実施例1と同一の条件で電解寿命試験に供し、電極寿命を評価した。この結果を表2に示す。
【0033】
[実施例4]
繊維状構造の厚みを0.25μmに変更したことを除き、実施例3と同一の条件で電極を作製した。得られた厚みと空隙率を表1に示す。これを実施例1と同一の条件で電解寿命試験に供し、電極寿命を評価した。この結果を表2に示す。
【表1】
【0034】
[比較例1]
実施例1で用いたチタン板を用い、表面処理を#36アルミナブラスト(4kg/cm
2)と15wt%塩酸で80℃3時間エッチングを行った。こうして得られた導電性金属基体に対して実施例と同様に電極活物質を被覆し電極を作製した。これを実施例1と同一の条件で電解寿命試験に供し、電極寿命を評価した。この結果を表2に示す。
【表2】
【0035】
比較例において、陰極化模擬寿命試験結果が18日であり、陽極寿命試験と比較すると非常に早く寿命に至る。これに対し、実施例では陰極化模擬寿命試験で60日以上の耐久性を有し、且つ陽極寿命試験でも100日以上と非常に耐久性に優れている。
【0036】
このように繊維状金属による繊維状構造からなる不溶性陽極は陰極化現象での耐久性に加え、陽極としての耐久性を向上させた電極として有効である。