(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
断面形状が、ハット形、U形、Z形、直線形、H形などであり、両端に連結部(継手)を有する鋼矢板は、土木建築の分野において土止め、止水用の鋼材として広く使用されている。鋼矢板には溶接性及び靱性が要求されるため、炭素当量を制限し、靱性に対する悪影響が小さい合金元素を添加する技術が提案されている(例えば、特許文献1〜3、参照)。
【0003】
また、鋼矢板を大深度港湾での護岸用や軟弱地盤に用いる場合、鋼矢板は、高い応力を受ける。そのため、近年では、降伏応力が430MPaを超える鋼矢板が求められるようになっている。合金コストを削減し、製造工程を省略して鋼板を製造する場合、高強化を図るために制御圧延を採用すると、上反りや下反りが発生することがある。このような問題に対して、圧延条件及び冷却条件によって形状を制御する方法が提案されている(例えば、特許文献4、参照)。
【0004】
一方、制御圧延のように低温で熱間圧延を行うと圧延ロールへの負荷が大きくなる。特に、鋼矢板のような断面形状を有する鋼材を熱間圧延によって製造する際には、鋼材の変形抵抗が高いと負荷が大きくなり、圧延ロールが割損する場合がある。このような問題に対し、Alの含有量を高めて、高温で鋼の組織の一部をフェライト変態させ、変形抵抗を低下させて熱間圧延する鋼矢板の製造方法が提案されている(例えば、特許文献5、参照)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
鋼矢板には溶接性及び靱性が要求されるため、炭素当量を低下させることが必要である。一方、高強度の鋼矢板を製造するためには、靱性への悪影響が小さい合金元素の添加や制御圧延によって、強度を高めることが必要になる。また、圧延ロールへの負荷を軽減し、生産性を高めるには、高温での圧下率を増加させて熱間圧延を行う必要があるが、ベイナイトなど、硬質相の活用による強度の確保が困難になる。
【0007】
本発明は、このような実情に鑑み、省合金化、易製造性、高性能化という相反する課題を解決し、溶接性及び靱性が要求され、かつ高強度の鋼矢板を、コストや生産性を損なうことなく製造し、降伏応力が430MPa以上である鋼矢板及びその製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、炭素当量を制限し、合金元素を添加して析出物を制御することによって、鋼材に高温かつ大圧下の熱間圧延を施しても、靱性を低下させることなく、強度を向上させる方法を検討した。その結果、高温での圧下率を高めて熱間圧延を行う場合、Nb量を最適化してNb炭窒化物の析出を制御し、析出粒子による析出強化を活用してフェライト−パーライト組織を強化することで、靱性を著しく損なうことなく降伏強度が430MPa以上の鋼矢板を製造し得ることを見出して本発明を完成した。
【0009】
本発明の要旨は以下のとおりである。
[1] 質量%で、
C:0.05〜0.18%、
Si:0.10〜0.50%、
Mn:0.50〜1.50%
Nb:0.040〜0.050%
を含有し、
Al:0.05%未満
に制限し、残部はFe及び不可避不純物からなり、金属組織がフェライト−パーライトからなり、Nb炭窒化物の個数密度が0.10〜0.30個/μm
2であり、下記(式1)及び(式2)で求められる炭素当量Ce
Nが0.260〜0.460であり、降伏強さが430MPa以上であることを特徴とする鋼矢板。
Ce
N=[C]+f(C)×{[Mn]/6+[Si]/24+[Ni]/20+([Cr]+[Mo]+[Nb]+[V])/5} ・・・ (式1)
f(C)=0.75+0.25×tanh{20×([C]−0.12)}
・・・ (式2)
ここで、[C]、[Mn]、[Si]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、[Nb]、[V]は各元素の含有量(質量%)で、含有されていない元素は0とする。
[2] 質量%で、更に、
Cu:0.05〜0.40%、
Ni:0.10〜1.00%、
Mo:0.10〜1.00%、
Cr:0.10〜1.00%、
V:0.05〜0.20%
の1種又は2種以上を含有することを特徴とする上記[1]に記載の鋼矢板。
[3] 前記金属組織の結晶粒径が10〜80μmであることを特徴とする上記[1]又は[2]に記載の鋼矢板。
[4]
上記[1]〜[3]のいずれか1つに記載の鋼矢板の製造方法であって、上記[1]又は[2]に記載の成分からなる鋼片を、1100〜1300℃に加熱し、900℃以上の累積圧下率が90%以上、仕上温度が850℃以上である熱間圧延を行い、冷却することを特徴とする鋼矢板の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、合金を過剰に添加することなく、また、高温での圧下率を高めた熱間圧延によって生産性の向上及び圧延ロールの割損の防止を図ったうえで、降伏応力が430MPa以上である高強度の鋼矢板及びその製造方法を提供することが可能であり、産業上の貢献が極めて顕著である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
鋼矢板の母材の強度及び靱性、並びに、溶接部の靱性を確保するには、焼入れ性の制御、即ち、C、その他、焼入れ性を高める合金成分の含有量の最適化が極めて重要である。焼入れ性は、炭素当量で評価され、合金成分から炭素当量を求める関係式が提案されている。鋼矢板の場合、特に、溶接部の靱性を確保するために焼入れ性が制限されるため、熱間圧延の温度を低下させて母材の強度の向上を図る必要がある。
【0013】
一方、生産性の向上や、圧延ロールへの負荷を考慮すると、熱間圧延を高温で行うことが望ましい。そのため、焼入れ性を調整するだけでは、鋼矢板の母材の高強度化及び高靱性化、更には溶接部の高靱性化を両立することが困難である。そこで、本発明者らは、析出強化による強度の確保を検討した。一般に、析出強化は靱性を損なうが、本発明者らの検討の結果、Nbの添加量を制御することにより、900℃以上の圧下率を高めて熱間圧延を行っても、Nb炭窒化物の析出が促進され、粒径の粗大化が抑制されることがわかった。
【0014】
本発明者らは、更に検討を行い、Nbの添加量及び焼入れ性の最適化を図り、Nb炭窒化物の析出を制御することにより、生産性及び圧延負荷の観点から熱間圧延の温度及び圧下率を高めても、母材及び溶接部の靱性を損なうことなく、高強度の鋼矢板を得ることに成功した。
【0015】
なお、本発明では、Nbを添加することから、焼入れ性の指標を下記(式1)及び(式2)で求められる炭素当量Ce
Nとする。炭素当量Ce
Nの式は公知の式である。
Ce
N=[C]+f(C)×{[Mn]/6+[Si]/24+[Ni]/20+([Cr]+[Mo]+[Nb]+[V])/5} ・・・ (式1)
f(C)=0.75+0.25×tanh{20×([C]−0.12)}
・・・ (式2)
ここで、[C]、[Mn]、[Si]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、[Nb]、[V]は各元素の含有量(質量%)で、含有されていない元素は0とする。
【0016】
以下、本発明について詳細に説明する。まず、本発明の鋼矢板の成分について説明する。ここで、成分についての「%」は質量%を意味する。
【0017】
Cは、鋼の強度を高めるのに有効な元素であり、本発明では、強度を確保するために、C量の下限を0.05%以上とする。一方、Cを過剰に含有すると靱性が低下するため、本発明では、C量の上限を0.18%以下とする。強度と靱性とのバランスを向上させるには、C量の下限は0.10%以上が好ましい。
【0018】
Siは、脱酸元素であり、含有量の下限値を0.10%以上とする。また、Siは強度を向上させる元素でもあり、0.20%以上を含有することが好ましい。一方、Si量が過剰になると靱性が劣化するため、Si量の上限を0.50%以下とする。
【0019】
Mnは、鋼の焼入れ性を向上させる元素であり、強度及び靱性を確保するために有用である。本発明では、強度を確保するために、Mn量の下限を0.50%以上とする。一方、Mn量が過剰になると焼入れ性が増大して靱性が低下するため、本発明では、Mn量の上限を1.50%以下とする。強度と靱性とのバランスを向上させるには、Mn量の下限を0.80%以上にすることが好ましい。
【0020】
Nbは、本発明では極めて重要な元素であり、Nb炭窒化物の析出強化によって強度を確保するため、0.040%以上を添加する。一方、0.050%超のNbを添加すると、Nb炭窒化物によって母材の靱性が低下し、焼入れ性の上昇によって溶接部の靱性を損なうため、Nb量の上限を0.050%以下とする。
【0021】
Alは、脱酸元素であるが、Siを脱酸に使用する場合、必ずしもAlを添加する必要はないため、Al量の下限値は特に限定しない。一方、Al量が過剰になると粗大な酸化物を生じて、靱性が低下するため、Al量の上限を0.05%未満に制限する。Al量の上限は、0.03%以下が好ましく、0.02%以下がより好ましい。
【0022】
溶接部の靱性を低下させることなく、母材の強度を確保するために、下記(式1)で求められる炭素当量Ce
Nを0.260〜0.460とする。炭素当量Ce
Nは焼入れ性の指標であり、430MPa以上の降伏応力を確保するため、下限を0.260以上にしなければならない。一方、母材及び溶接部の靱性を確保するために、炭素当量Ce
Nを0.460にすることが必要である。
Ce
N=[C]+f(C)×{[Mn]/6+[Si]/24+[Ni]/20+([Cr]+[Mo]+[Nb]+[V])/5} ・・・ (式1)
f(C)=0.75+0.25×tanh{20×([C]−0.12)}
・・・ (式2)
ここで、[C]、[Mn]、[Si]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、[Nb]、[V]は各元素の含有量(質量%)で、含有されていない元素は0とする。
【0023】
更に、必要に応じて、母材中にCu、Ni、Mo、Cr、Vの1種又は2種以上を選択成分として添加してもよい。
【0024】
Cuは、鋼中に固溶して強度を向上させる元素であり、0.05%以上を添加することが好ましい。一方、Cuを過剰に添加するとCuSの析出や表面性状の悪化を招くことがあるため、Cu量の上限を0.40%以下とすることが好ましい。より好ましくは、Cu量の上限を0.30%以下とする。
【0025】
Niは、焼入れ性を高め、鋼中に固溶して強度及び靭性を向上させる元素であり、0.10%以上を添加することが好ましい。一方、Niは高価な元素であるため、含有量の上限を1.00%以下にすることが好ましい。より好ましくは、Ni量の上限を0.50%以下とし、更に好ましくは、Ni量の上限を0.30%以下とする。なお、Cuを添加する場合、表面性状の劣化を防止するために、同時にNiを添加することが好ましい。
【0026】
Moは、鋼中に固溶して強度を向上させる元素であり、0.10%以上を添加することが好ましい。一方、Moは高温強度を高める元素であり、過剰に添加すると変形抵抗が上昇し、ロールの割損が懸念されるため、Mo量の上限は1.00%以下が好ましい。より好ましくは、Mo量の上限を0.50%以下とし、更に好ましくは、Mo量の上限を0.30%以下とする。
【0027】
Crは、鋼の焼入れ性を高め、強度上昇に有効な元素であり、0.10%以上を添加することが好ましい。一方、Crを過剰に添加すると溶接部及び母材の靱性が劣化することがあるため、Cr量の上限を1.00%以下にすることが好ましい。より好ましくは、Cr量の上限を0.50%以下とし、更に好ましくは、Cr量の上限を0.30%以下とする。
【0028】
Vは、CやNと化合物を形成し、鋼材の強度を向上させる元素であり、0.05%以上を添加することが好ましい。一方、Vを過剰に添加すると、母材の靱性に悪影響を及ぼすことがあるため、V量の上限を0.20%以下にすることが好ましい。
【0029】
次に、本発明の鋼矢板の金属組織について説明する。
【0030】
本発明の鋼矢板の金属組織は、フェライト−パーライトからなり、更に、析出物を含む。析出物は、Nb(C,N)などのNb炭窒化物であり、微細な析出物による析出強化とピン止めによる組織の粗大化抑制により、靱性を確保し、かつ、強度を向上させている。
【0031】
Nb炭窒化物の単位面積当たりの個数が0.10個/μm
2未満であると十分な強度が得られず、0.30個/μm
2を超えると靭性を低下させる。したがって、Nb炭窒化物の個数密度を0.10〜0.30個/μm
2とする。Nb炭窒化物は、抽出レプリカを試料とし、透過型電子顕微鏡によって測定することができる。
【0032】
鋼矢板の特性は金属組織の結晶粒径によって影響され、結晶粒径が80μmを超えると、靱性及び強度が低下する傾向がある。一方、結晶粒径が10μm未満になると伸びが低下する傾向がある。したがって、結晶粒径は、特に、10〜80μmとすることが良好な特性を得るうえで好ましいが、本発明はこの結晶粒径範囲に限定されるものではない。本発明の鋼矢板の金属組織は、光学顕微鏡によって観察することができ、JIS G 0551に準拠して、結晶粒径を求めることが可能である。
【0033】
図1は、一部の試料を用いた試験結果に基づいて、結晶粒径と強度、伸びの関係の一例を示したものである。結晶粒径が80μmを超えて大きくなり、例えば100μmを上回ると降伏強度が430MPa未満になることがあり、結晶粒径が10μmを下回ると伸びが低下することがある。
【0034】
次に、本発明の鋼矢板における製造方法について説明する。
【0035】
製鋼工程では、常法で、溶鋼の化学成分を調整した後、鋳造し、鋼片を得る。生産性の観点から、鋳造は連続鋳造が好ましい。また、鋼片の厚みは生産性の観点から200mm以上とすることが好ましく、偏析の低減や加熱に要する時間を考慮すると350mm以下が望ましい。
【0036】
本発明の鋼矢板は、鋼片を熱間圧延して製造する。熱間圧延後は、空冷すればよいが、強度及び靱性を高めるために、加速冷却を行ってもよい。
【0037】
鋼片の加熱温度は、低すぎると熱間圧延中に鋼材の温度が低下し、変形抵抗が高くなりすぎるため、1100℃以上とする。一方、鋼片の加熱温度が1300℃を超えると、加熱装置の負荷が増大し、鋼片の表面に生成するスケールが増加するため、上限を1300℃以下とする。
【0038】
鋼片を加熱した後、熱間圧延を行う。熱間圧延では、生産性を向上させ、ロールへの負荷を低減して割損を防止するため、900℃以上の範囲の累積圧下率を90%以上とする。本発明では、微細なNb炭窒化物が析出するようにNb量を最適化しているので、このような高温での圧下率を高めた熱間圧延を行っても、析出強化及びピン止めの効果によって、靱性及び強度を確保することができる。900℃以上の範囲で、より低温側での累積歪圧下率を増加させると、フェライト、パーライトの組織が微細化され、強度及び靭性を高めることができる。仕上温度が900℃を超える場合は、仕上温度以上の範囲における累積圧下率を90%以上とする。
【0039】
熱間圧延の仕上温度は、850℃以上とする。これは、850℃未満で熱間圧延を行うと、フェライト変態が開始しているので、2相域圧延となるためである。2相域圧延を行った場合、加工フェライトが生じて母材の靱性が劣化し、変形抵抗が大きくなり、ロールへの負荷が高くなる。仕上温度が920℃以上になると粒径が大きくなり、伸びが低下することがある。仕上温度は920℃未満が好ましく、910℃以下がより好ましく、900℃以下が更に好ましい。
【実施例】
【0040】
表1に示す成分を有する鋼片を連続鋳造にて製造した。得られた鋼片を加熱炉にて昇温し、熱間圧延を施した。製造条件を表2に示す。得られた鋼矢板のウェブ幅の1/6の位置(1/6W)から試験片を採取し、JIS Z 2241に準拠して引張試験を行い、JIS Z 2242に準拠してシャルピー衝撃試験を行った。なお、機械特性の目標は降伏強度YP及び引張強度TSがそれぞれ430MPa以上、510MPa以上とし、衝撃値は43J以上を目標とした。
【0041】
また、1/6Wの部位から試料を採取して、光学顕微鏡により組織観察を行い、金属組織がフェライト−パーライトであることを確認し、粒径を測定した。更に、TEMにより、抽出レプリカ試料の観察を行い、組織中のNb炭窒化物の個数密度を求めた。測定は10μm×10μmの領域で行った。結果を表2に示す。
【0042】
No.1〜8は実施例であり、いずれも材質を満足している。なお、No.8は、仕上温度が高めであり、粒径がやや大きくなっており、伸びが低めである。
【0043】
一方、No.9〜20は比較例であり、強度、シャルピー吸収エネルギーが目標値に到達していない。No9、11、13、15、17は、C、Mn、Si、Nb、Alのいずれかが多く、衝撃値が低下している。一方、No.10、12、14、16は、C、Mn、Si、Nbのいずれかが少なく、降伏強度が低下している。Nb量が多いNo.15はNb炭窒化物の密度が過剰になり、Nb量が少ないNo.16はNb炭窒化物の密度が不足している。No.19はCe
Nが高すぎて靱性が低下し、No.18及びNo.20はCe
Nが低すぎて、降伏強度が低下している。
【0044】
【表1】
【0045】
【表2】