【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために成された本発明は、試料中の化合物を分離するクロマトグラフと、該クロマトグラフで分離された試料中の化合物由来のイオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンをコリジョンセル内でコリジョンガスと衝突させることで解離させ、それにより生成されたプロダクトイオンを検出する質量分析計と、を具備するクロマトグラフ質量分析装置において、
a)前記コリジョンセル内にコリジョンガスを供給するガス供給部と、
b)化合物毎に保持時間情報と最適コリジョンガス圧情報とを記憶しておく化合物情報記憶部と、
c)測定対象として設定された目的化合物に対する保持時間情報及び最適コリジョンガス圧情報を前記化合物情報記憶部から取得し、該情報に基づいて、目的化合物が前記クロマトグラフから前記質量分析計に導入されるタイミングに応じてコリジョンガス圧を調整するように前記ガス供給部を制御する分析制御部と、
を備えることを特徴としている。
【0012】
ここで、分析制御部は、測定実行中に目的化合物の保持時間情報に基づいてコリジョンガス圧を切り替えるように制御を実行してもよいが、予め、つまり測定実行前に、目的化合物は分かっているので、測定実行前にコリジョンガス圧の制御シーケンス(プログラム)を作成しておくこともできる。
即ち、本発明の一態様として、上記分析制御部は、
c1)測定実行に先立って、測定対象として設定された目的化合物に対する保持時間情報及び最適コリジョンガス圧情報を前記化合物情報記憶部から取得し、該情報に基づいて、測定時における時間経過に対するコリジョンガス圧の変化を示す分析条件情報を決定する分析条件決定部と、
c2)測定実行に際して前記分析条件情報に従って前記ガス供給部を制御する制御実行部と、を含む構成とすることができる。
【0013】
本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置において、上記化合物情報記憶部は例えば、ユーザ(分析者)側で化合物毎にコリジョンガス圧と信号強度との関係を実測した結果に基づいて予め作成される。ここでいう最適コリジョンガス圧情報とは、少なくとも最大の検出感度を与えるコリジョンガス圧値又は該ガス圧を実現するための制御値(例えばガス供給部におけるバルブの開度など)を含めばよいが、後述するように複数の化合物の溶出時間の重なりに対応した最適コリジョンガス圧を求めるには、コリジョンガス圧と信号強度との関係を示す情報も必要となる場合がある。
【0014】
例えば多成分一斉分析の対象となる多数の目的化合物が分析者により指定されると、分析制御部において分析条件決定部は化合物情報記憶部から、各目的化合物に対応した保持時間情報と最適コリジョンガス圧情報とを取得する。そして、各目的化合物が質量分析計に導入される期間中にコリジョンセル内のコリジョンガス圧が該目的化合物に対応した最適コリジョンガス圧になるように、例えば時間経過に対するコリジョンガス圧の変化を示す分析条件テーブルなどの制御シーケンスを作成する。そして、測定が開始されると分析制御部において制御実行部は、作成した制御シーケンスに従ってガス供給部を制御することにより、コリジョンセル内のコリジョンガス圧を調整する。
【0015】
これにより、クロマトグラフで分離されて順次質量分析計に導入される目的化合物それぞれについて、コリジョンガス圧を最適又はそれに近い状態に設定することができる。その結果、いずれの目的化合物由来のイオンも高い解離効率で以て解離されるため、高い感度でプロダクトイオンを検出することが可能となる。
【0016】
試料に含まれる複数の化合物がクロマトグラフによって時間的に十分に分離される場合には、複数の目的化合物の溶出時間は重ならないので、或る時間に対して一つの最適コリジョンガス圧を選ぶことができる。一方、例えば複数の目的化合物の保持時間がごく近接しているような場合には、その複数の目的化合物の溶出時間が重なってしまう。その場合、重なっている複数の化合物のうちの一つの化合物に対応する最適コリジョンガス圧を単に選ぶと、重なっている複数の化合物のうちの他の化合物についてコリジョンガス圧が適切でない、つまりはイオン解離効率があまり高くないおそれがある。
そこで、本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置において、複数の目的化合物の溶出時間が重なる場合には、以下のいずれかの態様を採るようにすることができる。
【0017】
本発明の第1の態様として、上記分析制御部は、複数の目的化合物の溶出時間が重なっている場合に、その複数の目的化合物にそれぞれ対応する最適コリジョンガス圧の相加平均又は相乗平均をその複数の目的化合物が重なっている溶出時間における最適コリジョンガス圧と定める構成とすることができる。
【0018】
この構成では、複数の目的化合物に対応する最適コリジョンガス圧の値から単に平均値を計算すればよいので、溶出時間に対応した最適コリジョンガス圧の演算は簡単である。また、化合物毎に最適コリジョンガス圧の値さえ分かれば演算が可能であるので、コリジョンガス圧と信号強度との関係を示す情報は不要である。
【0019】
また本発明の第2の態様として、上記化合物情報記憶部は、化合物毎にコリジョンガス圧と信号強度との関係を示す情報を含み、上記分析制御部は、複数の目的化合物の溶出時間が重なっている場合に、その複数の目的化合物にそれぞれ対応するコリジョンガス圧と信号強度との関係を示す曲線の交点に相当するガス圧を、その複数の目的化合物が重なっている溶出時間における最適コリジョンガス圧と定める構成とすることができる。
【0020】
また本発明の第3の態様として、上記化合物情報記憶部は、化合物毎にコリジョンガス圧と信号強度との関係を示す情報を含み、上記分析制御部は、3以上の目的化合物の溶出時間が重なっている場合に、その複数の目的化合物の中で最適コリジョンガス圧が最も相違する二つの目的化合物にそれぞれ対応するコリジョンガス圧と信号強度との関係を示す曲線を利用して、その3以上の目的化合物が重なっている溶出時間における最適コリジョンガス圧を求める構成とすることができる。
【0021】
さらにまた本発明の第4の態様として、上記化合物情報記憶部は、化合物毎にコリジョンガス圧と信号強度との関係を示す情報を含み、上記分析制御部は、複数の目的化合物の溶出時間が重なっている場合に、その複数の目的化合物にそれぞれ対応する最適コリジョンガス圧の相加平均と、それら複数の目的化合物にそれぞれ対応する最適コリジョンガス圧の相乗平均とをそれぞれ計算して、その複数の目的化合物が重なっている溶出時間における最適コリジョンガス圧候補とするとともに、それら複数の目的化合物それぞれにおけるコリジョンガス圧と信号強度との関係を示す曲線を利用して、その複数の目的化合物が重なっている溶出時間における別の最適コリジョンガス圧候補を求め、それら複数の最適コリジョンガス圧候補の中で、その複数の目的化合物に対する信号強度の低下度合いが最小である最適コリジョンガス圧候補をその複数の目的化合物が重なっている溶出時間における最適コリジョンガス圧として選択する構成とすることができる。
【0022】
この第4の態様によれば、第1乃至第3の態様と比べて、複数の目的化合物が重なっている溶出時間に対応する最適コリジョンガス圧を求めるのに時間は掛かるものの、それら複数の目的化合物を全体的に最も高い感度で検出することが可能となる。
【0023】
また、第1乃至第4の態様ではいずれも、複数の目的化合物が重なっている溶出時間に対応する最適コリジョンガス圧を自動的に決定することができ、分析者の手を煩わすことはないという利点がある。一方、通常、溶出時間が重なる複数の目的化合物の感度が全体的に高くなるように最適コリジョンガス圧が定まるため、その複数の目的化合物のうちの特定の一つを特に感度よく測定したいといった分析者の要求には応えられない。
【0024】
そこで本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置において、より好ましくは、複数の目的化合物の溶出時間が重なっている場合に、第1乃至第4の態様のいずれかにより自動的に決定されるコリジョンガス圧と分析者により入力されたガス圧とのいずれを、複数の目的化合物が重なっている溶出時間における最適コリジョンガス圧として定めるかを分析者が選択する選択指示部をさらに備える構成とするとよい。
【0025】
また、上記選択指示部は、第1乃至第4の態様のいずれかにより自動的に決定されたコリジョンガス圧の下で、溶出時間が重なる複数の目的化合物のうちの少なくとも一つの目的化合物における信号強度が、該化合物の最大信号強度に対して所定の範囲に収まらない場合にのみ、自動的に決定されたコリジョンガス圧と分析者により入力されたガス圧とのいずれを、複数の目的化合物が重なっている溶出時間における最適コリジョンガス圧として定めるかを分析者が選択可能とした構成とするとよい。
【0026】
これにより、自動的に決められた最適コリジョンガス圧が分析者の意図する測定に適していない場合に、分析者はその意図に応じて自由にコリジョンガス圧を設定することができる。したがって、例えば溶出時間が重なっている複数の目的化合物のうちの一つについて特に感度が高くなるようにコリジョンガス圧を設定することができる。
【0027】
なお、本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置において、上述したように分析者により入力されたガス圧を選択指示部によって選択可能とする場合には、溶出時間が重なる複数の目的化合物についてのコリジョンガス圧と信号強度との関係を示すグラフを表示部の画面上に表示する表示処理部を、さらに備える構成とするとよい。これにより、分析者は、表示部の画面上に描出されたグラフにより、各目的化合物についてのコリジョンガス圧と信号強度との関係を把握し、それに基づいて適切なコリジョンガス圧を設定することができる。
【0028】
また、さらに適切なコリジョンガス圧を分析者が設定する際の操作性を高めるには、
上記表示部の画面上に表示された前記グラフ上で分析者が任意のコリジョンガス圧を指定するためのガス圧指示部をさらに備え、
上記表示処理部は、上記ガス圧指示部により指定されたコリジョンガス圧の下での溶出時間が重なる複数の目的化合物の信号強度を表示する構成とするとよい。
【0029】
また本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置は、
同一化合物を含む試料が上記質量分析計に導入されている状態で、上記ガス供給部によりコリジョンガス圧を連続的に又は段階的に変化させつつ、その変化毎に該化合物由来のプロダクトイオンの信号強度を取得する予備測定実行部と、
該予備測定実行部により得られたコリジョンガス圧の変化に対応する信号強度変化に基づいて最大の信号強度が最大となるコリジョンガス圧を求める最適ガス圧抽出部と、
をさらに備え、上記最適ガス圧抽出部により求められたコリジョンガス圧を上記化合物情報記憶部に記憶する最適コリジョンガス圧情報として利用する構成とするとよい。
【0030】
ここで、予備測定実行部により或る化合物に対する予備測定を実行する際には、クロマトグラフのカラムを経た試料に代えて、フローインジェクション法又はインフュージョン法のいずれかにより目的化合物を含む試料を質量分析計に導入すればよい。
フローインジェクション法の場合、質量分析計に導入される試料中の化合物濃度は時間経過に伴い変化するので、試料注入を複数回繰り返し、試料注入のタイミングに合わせて段階的にコリジョンガス圧を変化させるようにするとよい。一方、インフュージョン法の場合、質量分析計に導入される試料中の化合物濃度は一定であるので、化合物が導入されている期間中に段階的に又は連続的にコリジョンガス圧を変化させるようにするとよい。
【0031】
この構成により、自動的に、つまりは分析者がコリジョンガス圧をいちいち調整したり、或いはコリジョンガス圧を変えた複数の分析条件ファイルを作成したりすることなく、簡便に個々の化合物に対する最適コリジョンガス圧を求めることができる。それによって、分析者の負担が軽減されるとともに、多数の化合物について最適コリジョンガス圧を求める場合にも時間が短くて済み、効率的な分析が可能となる。
【0032】
もちろん、上述したような予備測定実行部及び最適ガス圧抽出部による最適コリジョンガス圧の抽出は、上記化合物情報記憶部に記憶する最適コリジョンガス圧情報を求める場合以外にも利用可能である。
【0033】
即ち、上記課題を解決するためになされた本発明に係る第2のクロマトグラフ質量分析装置は、試料中の化合物を分離するクロマトグラフと、該クロマトグラフで分離された試料中の化合物由来のイオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンをコリジョンセル内でコリジョンガスと衝突させることで解離させ、それにより生成されたプロダクトイオンを検出する質量分析計と、を具備するクロマトグラフ質量分析装置において、
a)前記コリジョンセル内にコリジョンガスを供給するガス供給部と、
b)同一化合物を含む試料が前記質量分析計に導入されている状態で、前記ガス供給部によりコリジョンガス圧を連続的に又は段階的に変化させつつ、その変化毎に該化合物由来のプロダクトイオンの信号強度を取得する予備測定実行部と、
c)該予備測定実行部により得られたコリジョンガス圧の変化に対応する信号強度変化に基づいて最大の信号強度が最大となるコリジョンガス圧を求める最適ガス圧抽出部と、
d)前記化合物を含む試料を前記クロマトグラフに導入して測定を行うに際し、少なくとも該化合物が前記クロマトグラフから前記質量分析計に導入されるときに、前記最適ガス圧抽出部により得られた最適コリジョンガス圧を用いてコリジョンガス圧を調整するように前記ガス供給部を制御する分析制御部と、
を備えることを特徴としている。
【0034】
本発明に係る第2のクロマトグラフ質量分析装置によれば、すでに述べたように、自動的に、つまりは分析者がコリジョンガス圧をいちいち調整したり、或いはコリジョンガス圧を変えた複数の分析条件ファイルを作成したりすることなく、簡便に個々の化合物に対する最適コリジョンガス圧を求めることができる。それにより、分析者の負担が軽減されるとともに、多数の化合物について最適コリジョンガス圧を求める場合にも時間が短くて済み、効率的な分析が可能となる。
なお、本発明に係る第2のクロマトグラフ質量分析装置においても、予備測定実行部により或る化合物に対する予備測定を実行する際には、クロマトグラフのカラムを経た試料に代えて、フローインジェクション法又はインフュージョン法のいずれかにより目的化合物を含む試料を質量分析計に導入すればよい。