(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項3に記載の硬質皮膜被覆部材において、前記基体と前記硬質皮膜との間に、4a、5a及び6a族の元素、Al及びSiから選択された少なくとも一種の金属元素と、B、O、C及びNから選択された少なくとも一種の元素とを必須に含む中間層を有することを特徴とする硬質皮膜被覆部材。
請求項8又は9に記載の硬質皮膜被覆部材の製造方法において、前記基体がWC基超硬合金であり、前記硬質皮膜の形成前に、流量が30〜150 sccmのアルゴンガス雰囲気中で、400〜700℃の温度に保持した前記基体に−850〜−500 Vの負の直流電圧を印加するとともに、アーク放電式蒸発源に備えられたTieO1-e(ただし、eはTiの原子比であり、0.7≦e≦0.95を満たす数字である。)で表される組成のターゲットに50〜100 Aのアーク電流を通電し、もって前記基体の表面を前記ターゲットから発生したイオンによりボンバードすることを特徴とする方法。
請求項8又は9に記載の硬質皮膜被覆部材の製造方法において、前記基体がWC基超硬合金であり、前記硬質皮膜の形成前に、流量が30〜150 sccmのアルゴンガス雰囲気中で、450〜750℃の温度に保持した前記基体に−1000〜−600 Vの負の直流電圧を印加するとともに、アーク放電式蒸発源に備えられたTifB1-f(ただし、fはTiの原子比であり、0.5≦f≦0.9を満たす数字である。)で表される組成のターゲットに50〜100 Aのアーク電流を通電し、もって前記基体の表面を前記ターゲットから発生したイオンによりボンバードすることを特徴とする方法。
【発明を実施するための形態】
【0023】
[1] 硬質皮膜被覆部材
本発明の硬質皮膜被覆部材は、基体上に、アークイオンプレーティング法(AI法)により、(Al
xTi
yW
z)
aN
(1-a-b)O
b(ただし、x、y、z、a及びbはそれぞれ原子比で0.6≦x≦0.8、0.05≦y≦0.38、0.02≦z≦0.2、x+y+z=1、0.2≦a≦0.8、及び0.02≦b≦0.10を満たす数字である。)で表される組成を有する硬質皮膜を形成してなる。前記硬質皮膜のX線光電子分光スペクトルは実質的にAl-O結合を有さずにW-O結合を有することを示し、X線回折パターンは岩塩型の単一構造を有することを示す。
【0024】
(A) 基体
基体は耐熱性に富み、物理蒸着法を適用できる材質である必要がある。基体の材質として、例えば超硬合金、サーメット、高速度鋼、工具鋼又は立方晶窒化ホウ素を主成分とする窒化ホウ素焼結体(cBN)に代表されるセラミックスが挙げられる。強度、硬度、耐摩耗性、靱性及び熱安定性等の観点から、WC基超硬合金又はセラミックスが好ましい。WC基超硬合金は、炭化タングステン(WC)粒子と、Co又はCoを主体とする合金の結合相とからなり、結合相の含有量は1〜13.5質量%が好ましく、3〜13質量%がより好ましい。結合相の含有量が1質量%未満では基体の靭性が不十分になり、結合相が13.5質量%超では硬度(耐摩耗性)が不十分になる。焼結後のWC基超硬合金の未加工面、研磨加工面及び刃先処理加工面のいずれの表面にも本発明の(AlTiW)NO皮膜を形成できる。
【0025】
(B) WC基超硬合金基体の改質層
前記基体がWC基超硬合金の場合、基体表面に上記TiOターゲット又は上記TiBターゲットから発生したイオンを照射し、平均厚さ1〜10 nmのFcc構造を有する改質層を形成するのが好ましい。WC基超硬合金は主成分のWCが六方晶構造を有するが、前記改質層は(AlTiW)NO皮膜と同じFcc構造を有し、両者の境界(界面)における結晶格子縞の30%以上、好ましくは50%以上、さらに好ましくは70%以上の部分が連続し、もって前記改質層を介してWC基超硬合金基体と(AlTiW)NO皮膜とが強固に密着する。
【0026】
TiOターゲットを用いたイオンボンバードにより得られる改質層は、主としてWC基超硬合金基体を構成するWC粒子内にOを僅かに含有させたFcc構造のW
3O、及び/又はCo内にOを僅かに含有させたFcc構造のCoOからなり、高密度の薄層状に形成されるので破壊の起点になりにくい。TiBターゲットを用いたイオンボンバードにより得られる改質層もFcc構造を有し、高密度の薄層状に形成されるので破壊の起点になりにくい。改質層の平均厚さが1 nm未満では硬質皮膜の基体への密着力向上効果が十分に得られず、また10 nm超では逆に密着力を悪化させる。
【0027】
(C) (AlTiW)NO皮膜
(1) 組成
AI法により、基体上に被覆される本発明の(AlTiW)NO皮膜は、Al、Ti及びWを必須元素とする窒酸化物からなる。(AlTiW)NO皮膜の組成は、一般式:(Al
xTi
yW
z)
aN
(1-a-b)O
b(原子比)により表される。x、y、z、a及びbはそれぞれ0.6≦x≦0.8、0.05≦y≦0.38、0.02≦z≦0.2、x+y+z=1、0.2≦a≦0.8、及び0.02≦b≦0.10を満たす数字である。本発明の(AlTiW)NO皮膜は、X線光電子分光法により特定されたW-O結合を有するがAl-O結合を実質的に有さず、またX線回折パターンで岩塩型の単一構造を有することを特徴とする。ここで、「Al-O結合を実質的に有さない」とは、(AlTiW)NO皮膜のX線光電子分光スペクトルに不可避的不純物レベルを超えるAl-O結合のピークが存在しないことを意味する。
【0028】
Al、Ti及びWの総計(x+y+z)を1として、Alの割合xが0.6未満では硬質皮膜の耐酸化性及び耐摩耗性は不十分であり、また0.8を超えるとウルツ鉱型構造が主構造となり、硬質皮膜の耐摩耗性が損なわれる。Alの割合xの好ましい範囲は0.6〜0.75である。
【0029】
Al、Ti及びWの総計(x+y+z)を1として、Tiの割合yが0.05未満では基体と(AlTiW)NO皮膜との密着性が著しく損われ、また0.38を超えると硬質皮膜のAl含有量が減少するため、耐酸化性及び耐摩耗性が損なわれる。Tiの割合yの好ましい範囲は0.1〜0.3である。
【0030】
Al、Ti及びWの総計(x+y+z)を1として、Wの割合zが0.02未満ではX線光電子分光スペクトルにおいてW-O結合が実質的に認められず、硬質皮膜の耐酸化性及び耐摩耗性が損われ、また0.2を超えると(AlTiW)NO皮膜がアモルファス化されて耐摩耗性が損なわれる。Wの割合zの好ましい範囲は0.05〜0.15である。
【0031】
(AlTiW)NO皮膜中の金属成分(AlTiW)と、窒素及び酸素との総計を1として、金属成分(AlTiW)の割合aが0.2未満では(AlTiW)NO多結晶体の結晶粒界に不純物が取り込まれやすくなる。不純物は成膜装置の内部残留物に由来する。このような場合、(AlTiW)NO皮膜の接合強度が低下し、外部衝撃によって容易に(AlTiW)NO皮膜が破壊されてしまう。一方、金属成分(AlTiW)の割合aが0.8を超えると、金属成分(AlTiW)の比率が過多となって結晶歪が大きくなり、基体との密着力が低下して、(AlTiW)NO皮膜が剥離しやすくなる。金属成分(AlTiW)の割合aの好ましい範囲は0.25〜0.75である。
【0032】
(AlTiW)NO皮膜中の酸素含有量bが0.02未満又は0.10超であると、(AlTiW)NO皮膜の耐酸化性及び耐摩耗性は低い。酸素含有量bの好ましい範囲は0.03〜0.10である。
【0033】
本発明の(AlTiW)NO皮膜はC及び/又はBを含有しても良い。その場合、C及びBの合計量はNO含有量の30原子%以下であるのが好ましく、高い耐摩耗性を保持するために10原子%以下がより好ましい。C及び/又はBを含有する場合、(AlTiW)NO皮膜は、窒酸炭化物、窒酸硼化物又は窒酸炭硼化物と呼ぶことができる。
【0034】
本発明の(AlTiW)NO皮膜が従来より高い耐酸化性及び耐摩耗性を有するメカニズムは、(AlTi)N皮膜被覆切削工具を例にとると、以下のように考えられる。従来の(AlTi)N皮膜被覆切削工具では、切削加工時に皮膜表面から多量の酸素が取り込まれて皮膜表面付近のAlが優先的に酸化され、Al酸化物層が形成される。この際、Tiも同時に酸素と結合してAl酸化物層の下に非常に低密度な脆弱層であるTi酸化物層が形成される。これは、Al酸化物の生成自由エネルギーがTi酸化物の生成自由エネルギーより小さいことによる。このように脆弱なTi酸化物層は切削加工中の皮膜破壊の起点となり、容易に破壊されてAl酸化物層とともに脱落する。このようにAl酸化物層の形成とTi酸化物層を起点とする皮膜の脱落を繰り返して皮膜は損傷していく。この問題は、単にWを導入した(AlTiW)N皮膜でも、さらに従来の方法に従って雰囲気中の酸素を導入した(AlTiW)NO皮膜でも発生することが分った。後述するように、(AlTiW)NO皮膜が優れた耐酸化性及び耐摩耗性を有するためには、単に所定量のOを含有すれば良い訳ではなく、OがWに結合しAlに実質的に結合していないことが必要である。
【0035】
本発明の(AlTiW)NO皮膜では、WはW-O結合及びW-N結合として(AlTiW)NO皮膜に存在する。この条件を満たす(AlTiW)NO皮膜内に、切削加工時に発生する熱により、生成自由エネルギーの容易さからAl及びWの緻密な酸化物が形成されると推定される。W-O結合を含む(AlTiW)NO皮膜は、従来の(AlTi)N皮膜及び酸素含有雰囲気中で形成した(AlTiW)NO皮膜より非常に緻密であるので、酸素の拡散を抑制する。すなわち、切削加工に際し、独立して存在するW-O結合は優先的にAlと反応するため、もはやTiと反応するほどの酸素は存在せず、もって脆弱なTi酸化物は形成されないので、優れた耐酸化性及び耐摩耗性を保持し続ける。
【0036】
(2) 膜厚
本発明の(AlTiW)NO皮膜の平均厚さは0.5〜15μmが好ましく、1〜12μmがより好ましい。この範囲の膜厚により、基体から(AlTiW)NO皮膜が剥離するのが抑制され、優れた耐酸化性及び耐摩耗性が発揮される。平均厚さが0.5μm未満では(AlTiW)NO皮膜の効果が十分に得られず、また平均厚さが15μmを超えると残留応力が過大になり、(AlTiW)NO皮膜が基体から剥離しやすくなる。ここで、平坦ではない(AlTiW)NO皮膜の「厚さ」は平均厚さを意味する。
【0037】
(3) 結晶構造
X線回折パターンでは、本発明の(AlTiW)NO皮膜は岩塩型の単一構造からなる。また透過型電子顕微鏡による制限視野回折パターンでは、本発明の(AlTiW)NO皮膜は岩塩型構造が主構造であり、副構造としてその他の構造(ウルツ鉱型構造等)を有していても良い。実用性のある(AlTiW)NO皮膜では、岩塩型構造を主構造とし、ウルツ鉱型構造を副構造とするのが好ましい。
【0038】
(D) 積層硬質皮膜
本発明の(AlTiW)NO皮膜は、(Al
xTi
yW
z)
aN
(1-a-b)O
b(ただし、x、y、z、a及びbはそれぞれ原子比で、0.6≦x≦0.8、0.05≦y≦0.38、0.02≦z≦0.2、x+y+z=1、0.2≦a≦0.8、及び0.02≦b≦0.10を満たす数字である。)で表される組成範囲内において、相互に異なる組成を有する少なくとも二種以上の(AlTiW)NO皮膜を交互に積層して構成しても良い。かかる積層構造により耐摩耗性及び耐酸化性をさらに高めることができる。
【0039】
(E) 中間層
基体と(AlTiW)NO皮膜との間に、物理蒸着法により、4a、5a及び6a族の元素、Al及びSiからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素と、B、O、C及びNからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素とを必須に含む中間層を形成しても良い。中間層は、TiN、又は岩塩型構造を主構造とする(TiAl)N、(TiAl)NC、(TiAl)NCO、(TiAlCr)N、(TiAlCr)NC、(TiAlCr)NCO、(TiAlNb)N、(TiAlNb)NC、(TiAlNb)NCO、(TiAlW)N及び(TiAlW)NC、(TiSi)N、(TiB)N、TiCN、Al
2O
3、Cr
2O
3、(AlCr)
2O
3、(AlCr)N、(AlCr)NC及び(AlCr)NCOからなる群から選ばれた少なくとも一種からなるのが好ましい。中間層は単層でも積層でも良い。
【0040】
[2] 成膜装置
(AlTiW)NO皮膜の形成にはAI装置を使用することができ、改質層及び中間層の形成にはAI装置又はその他の物理蒸着装置(スパッタリング装置等)を使用することができる。AI装置は、例えば
図1に示すように、絶縁物14を介して減圧容器5に取り付けられたアーク放電式蒸発源13,27と、各アーク放電式蒸発源13,27に取り付けられたターゲット10,18と、各アーク放電式蒸発源13,27に接続したアーク放電用電源11,12と、軸受け部4を介して減圧容器5における回転軸線に支持された支柱6と、基体7を保持するために支柱6に支持された保持具8と、支柱6を回転させる駆動部1と、基体7にバイアス電圧を印加するバイアス電源3とを具備する。減圧容器5には、ガス導入部2及び排気口17が設けられている。アーク点火機構16,16は、アーク点火機構軸受部15,15を介して減圧容器5に取り付けられている。電極20は絶縁物19,19を介して減圧容器5に取り付けられている。ターゲット10と基体7との間には、遮蔽板軸受け部21を介して減圧容器5に遮蔽板23が設けられている。
図1には図示していないが、遮蔽板23は遮蔽板駆動部22により例えば上下又は左右方向へ移動し、遮蔽板22が減圧容器5内の空間に存在しない状態にされた後に本発明の(AlTiW)NO皮膜の形成が行われる。
【0041】
(A) (AlTiW)NO皮膜形成用ターゲット
本発明の(AlTiW)NO皮膜形成用ターゲットは、不可避的不純物以外、(Al)
p(AlN)
q(Ti)
r(TiN)
s(WN)
t(WOx)
u(ただし、p、q、r、s、t、及びuはそれぞれ原子比で0.59≦p≦0.8、0.01≦q≦0.1、0.04≦r≦0.35、0.03≦s≦0.15、0.01≦t≦0.20、0.01≦u≦0.1、及びp+q+r+s+t+u=1を満たす数字であり、xは原子比で2〜3の数字である。)で表される組成を有する。ここで、(AlN)、(TiN)及び(WN)はそれぞれ原子比で(Al
1N
1)、(Ti
1N
1)及び(W
1N
1)を意味し、(WOx)は原子比で(W
1Ox)を意味する。WOxは酸化タングステンの主要構成成分であって主にWO
3及び/又はWO
2であるが、W
2O
5、W
4O
11、W
1O
1、W
2O
3、W
4O
3、W
5O
9、W
3O
8及びW
5O
14の少なくとも一種の酸化タングステンを含有しても良い。p、q、r、s、t及びuがそれぞれ上記範囲内でないと、本発明の(AlTiW)NO皮膜は得られない。前記ターゲットは、金属Al及び金属Tiの他に、(a) 上記量のAl窒化物、Ti窒化物及びW窒化物を含有することにより、アーク放電時のドロップレット発生量を大幅に低減するとともに、ターゲットから放出される酸素量を抑制でき、また(b) 上記量のW酸化物を含有することにより、(AlTiW)NO皮膜中に独立してW-O結合を導入することができる。p、q、r、s、t、及びuはそれぞれ原子比で0.59≦p≦0.75、0.01≦q≦0.10、0.05≦r≦0.25、0.05≦s≦0.15、0.01≦t≦0.15、0.01≦u≦0.10、及びp+q+r+s+t+u=1を満たす数字であるのが好ましい。
【0042】
ドロップレットの発生量が抑えられる理由は、アーク放電によって上記ターゲットの構成元素が蒸発する際に、各構成元素(Al、Ti及びW)の窒化物由来の窒素がターゲットの表面近傍でイオン化してアークスポットの移動速度を高める作用があるためと考えられる。また、蒸発面において、Al単独相のごく近傍に各構成元素(Al、Ti及びW)の窒化物が存在することにより、見かけ上低融点のAl単独相の面積が減少し、アーク放電の集中を回避して、ドロップレット量を減少させることができる。これは、各構成元素(Al、Ti及びW)の窒化物がAl単独相より高融点であることによる。その結果、巨大なドロップレットの発生が抑制される。ドロップレットを低減した(AlTiW)NO皮膜では多結晶粒の成長が分断されないため、高密度の(AlTiW)NO皮膜が形成され、従来より高強度になる。
【0043】
上記ターゲットの作製時及び(AlTiW)NO皮膜の形成時に酸素含有量を低減できる主な理由は、前記ターゲットに含まれるAl及びTiの一部を化学的に安定な窒化物としたことにより、前記ターゲット用原料粉末の混合工程及びホットプレス工程等で発生する熱により前記原料粉末が酸化されるのが抑制されるからである。酸化の抑制により、前記ターゲットの酸素含有量が大きく低減され、アーク放電時に前記ターゲットから放出される酸素量が大きく減少する。その結果、(AlTiW)NO皮膜中への酸素の意図しない混入が抑制され、特にTiの酸化が顕著に抑制される。本発明の(AlTiW)NO皮膜はかかる成膜時の酸化抑制効果により、従来に比べてドロップレットが少ないので、(AlTiW)NO多結晶粒の成長が阻害されない。さらに結晶粒界の偏析も抑制されるため、多結晶粒が成長した健全な組織を有する。
【0044】
上記ターゲット中のWOxは皮膜中にW-O結合を含有させるのに必要である。前記ターゲット中のWOxはアークスポットによりWイオン及びOイオンとなり、瞬時に相互に反応し合いW-O結合が生成し、(AlTiW)NO皮膜中に到達する。また、WOxは導電性を有するので、安定してアーク放電することができる。
【0045】
(AlTiW)NO皮膜形成用ターゲットは次のように作製することができる。粉末冶金法によりAlTi合金粉末、AlN粉末、TiN粉末、WN粉末、及びWOx粉末(例えば、WO
3粉末及び/又はWO
2粉末)をボールミルの密閉容器に充填し、アルゴンガス雰囲気中で数時間(例えば5時間)混合する。緻密かつ高密度の焼結体を得るために、各粉末の平均粒径は、0.01〜500μmにするのが好ましく、0.1〜100μmにするのが更に好ましい。各粉末の平均粒径は走査型電子顕微鏡(SEM)観察により求める。組成の偏りや不純物の混入を防止するために、純度99.999%以上のアルミナボールをメディアに使用するのが好ましい。得られた混合粉末を真空ホットプレス焼結装置のグラファイト製金型内に投入し、焼結を行う。焼結装置内の雰囲気中に含まれる微量の酸素が前記ターゲットに混入するのを防止するために、焼結装置内の真空度を1〜10×10
-3 Pa(例えば7×10
-3 Pa)にしてからプレス及び焼結を行うのが好ましい。プレス荷重は100〜200 MPa(例えば170 MPa)に設定するのが好ましい。また焼結時にAlが溶解するのを回避するために、焼結は520〜580℃(例えば550℃)の温度で数時間(例えば2時間)行うのが好ましい。焼結により得られたターゲット材をAI装置に適した形状に加工し、(AlTiW)NO皮膜形成用ターゲットとする。
【0046】
(B) 改質層形成用TiOターゲット
改質層形成用TiOターゲットは、不可避的不純物を除いて、Ti
eO
1-e(ただし、eはTiの原子比であり、0.7≦e≦0.95を満たす数字である。)で表される組成を有する。Tiの原子比eが0.7未満では酸素が過多になり、Fcc構造の改質層が得られず、また0.95超では酸素が過少になり、やはりFcc構造の改質層が得られない。Tiの原子比eの好ましい範囲は0.8〜0.9である。
【0047】
改質層形成用TiOターゲットはホットプレス法により作製するのが好ましい。作製工程で前記ターゲット内に酸素を意図的に取り込むために、例えばホットプレス焼結装置のWC基超硬合金製金型内に金属Ti粉末を投入し、真空に減圧した後、1〜20体積%(例えば5体積%)の酸素ガスを含有するArガス雰囲気内で数時間(例えば2時間)焼結する。得られた焼結体をAI装置に適した形状に加工し、改質層形成用TiOターゲットとする。
【0048】
(C) 改質層形成用TiBターゲット
改質層形成用TiBターゲットは、不可避的不純物を除いて、Ti
fB
1-f(ただし、fはTiの原子比であり、0.5≦f≦0.9を満たす数字である。)で表される組成を有する。Tiの原子比fが0.5未満ではFcc構造の改質層が得られず、また0.9超では脱炭相が形成されて、やはりFcc構造の改質層が得られない。Tiの原子比fの好ましい範囲は0.7〜0.9である。
【0049】
改質層形成用TiBターゲットもホットプレス法により作製するのが好ましい。作製工程で酸素が混入するのを極力抑制するため、例えばホットプレス焼結装置のWC基超硬合金製金型内にTiB粉末を投入し、1〜10×10
-3Pa(例えば7×10
-3 Pa)に減圧した雰囲気内で数時間(例えば2時間)焼結する。得られた焼結体をAI装置に適した形状に加工し、改質層形成用TiBターゲットとする。
【0050】
(D) アーク放電式蒸発源及びアーク放電用電源
図1に示すように、アーク放電式蒸発源13、27はそれぞれ陰極物質の改質層形成用TiOターゲット又はTiBターゲット10、及び(AlTiW)NO皮膜形成用ターゲット(例えば、Al-AlN-Ti-TiN-WN-WO
3合金)18を備え、アーク放電用電源11、12から、後述の条件でターゲット10に直流アーク電流を通電し、ターゲット18にパルスアーク電流を通電する。図示していないが、アーク放電式蒸発源13、27に磁場発生手段(電磁石及び/又は永久磁石とヨークとを有する構造体)を設け、(AlTiW)NO皮膜を形成する基体7の近傍に数十G(例えば、10〜50 G)の空隙磁束密度の磁場分布を形成する。
【0051】
従来のAlTi合金ターゲットに比べて本発明の(AlTiW)NO皮膜形成用ターゲット(例えば、Al-AlN-Ti-TiN-WN-WO
3合金)は低融点の金属Alを少量含むので、やはり(AlTiW)NO皮膜を形成する過程でアークスポットがAlの部分で滞留しやすい。アークスポットが滞留すると、その滞留部分に大きな溶解部が生じ、その溶解部の液滴が基体の表面に付着する。この液滴はドロップレットと呼ばれ、(AlTiW)NO皮膜の表面を荒らす。ドロップレットは(AlTiW)NO多結晶粒の成長の分断を引き起こすとともに、皮膜破壊の起点となり、所望の(AlTiW)NO皮膜が得られない。
【0052】
この問題を解決するべく種々検討した結果、(AlTiW)NO皮膜形成用ターゲット上に酸化物が形成されるのを抑制するとともに、ドロップレットの形成を抑制しつつ本発明の(AlTiW)NO皮膜を形成するために、アーク放電式蒸発源に装着した(AlTiW)NO皮膜形成用ターゲットに所定の条件でパルスアーク電流を通電する必要があることが分かった。
【0053】
(E) バイアス電源
図1に示すように、基体7にバイアス電源3から直流電圧又はパルスバイアス電圧を印加する。
【0054】
[3] 成膜条件
実質的にAl-O結合なしにW-O結合を有する本発明の(AlTiW)NO皮膜は、AI法において上記(AlTiW)NO皮膜形成用ターゲットにパルスアーク電流を所定条件で通電することにより製造できる。本発明の(AlTiW)NO皮膜の成膜条件を工程ごとに以下詳述する。
【0055】
(A) 基体のクリーニング工程
図1に示すAI装置の保持具8上に基体7をセットした後、減圧容器5内を1〜5×10
-2 Pa(例えば、1.5×10
-2Pa)の真空に保持しながら、ヒーター(図示省略)により基体7を250〜650℃の温度に加熱する。
図1では円柱体で示されているが、基体7はソリッドタイプのエンドミル又はインサート等の種々の形状を取り得る。その後、アルゴンガスを減圧容器5内に導入して0.5〜10 Pa(例えば2 Pa)のアルゴンガス雰囲気とする。この状態で基体7にバイアス電源3により−250〜−150 Vの直流バイアス電圧又はパルスバイアス電圧を印加して基体7の表面をアルゴンガスによりボンバードして、クリーニングする。
【0056】
基体温度が250℃未満ではアルゴンガスによるエッチング効果がなく、また650℃超ではアルゴンガスによるエッチング効果が飽和して工業生産性が低下する。基体温度は基体に埋め込んだ熱電対により測定する(以下同様)。減圧容器5内のアルゴンガスの圧力が0.5〜10 Paの範囲外であると、アルゴンガスによるボンバード処理が不安定となる。直流バイアス電圧又はパルスバイアス電圧が−250 V未満では基体にアーキングの発生が起こり、−150 V超ではボンバードのエッチングによるクリーニング効果が十分に得られない。
【0057】
(B) 改質層形成工程
改質層形成用TiOターゲットを用いたWC基超硬合金基体7へのイオンボンバードは、基体7のクリーニング後に、流量が30〜150 sccmのアルゴンガス雰囲気内で行い、基体7の表面に改質層を形成する。アーク放電式蒸発源13に取り付けた前記TiOターゲットの表面にアーク放電用電源11から50〜100 Aのアーク電流(直流電流)を通電する。基体7は400〜700℃の温度に加熱し、さらにバイアス電源3から基体7に−850〜−500 Vの直流バイアス電圧を印加する。前記TiOターゲットを用いたイオンボンバードによりTiイオン及びOイオンがWC基超硬合金基体7の表面に照射される。
【0058】
基体7の温度が400℃未満ではFcc構造の改質層が形成されず、また700℃超ではルチル型構造のTi酸化物などが析出し、硬質皮膜の密着性を損なう。減圧容器5内のアルゴンガスの流量が30 sccm未満では基体7に入射するTiイオン等のエネルギーが強すぎて、基体7の表面に脱炭層が形成され、硬質皮膜の密着性を損なう。150 sccm超ではTiイオン等のエネルギーが弱まり改質層が形成されない。
【0059】
アーク電流が50 A未満ではアーク放電が不安定になり、また100 A超では基体7の表面にドロップレットが多数形成されて、硬質皮膜の密着性を損なう。直流バイアス電圧が−850 V未満ではTiイオン等のエネルギーが強すぎて基体7の表面に脱炭層が形成され、また−500 V超では基体表面に改質層が形成されない。
【0060】
改質層形成用TiBターゲットを用いたWC基超硬合金基体7へのイオンボンバードは、基体7を450〜750℃の温度に加熱し、さらにバイアス電源3から基体7に−1000〜−600 Vの直流バイアス電圧を印加する点が前記改質層形成用TiOターゲットを用いたイオンボンバードの場合と異なる。TiBターゲットを用いたイオンボンバードによりTiイオン及びBイオンがWC基超硬合金基体の表面に照射される。基体7の温度が450〜750℃の範囲外ではFcc構造の改質層が形成されない。直流バイアス電圧が−1000 V未満では基体7の表面に脱炭層が形成され、また−600 V超ではイオンボンバードの効果が実質的にない。
【0061】
(C) (AlTiW)NO皮膜の成膜工程
基体7の上(改質層を形成した場合はその上)に(AlTiW)NO皮膜を形成する。この際、窒化ガスを使用し、アーク放電式蒸発源27に取り付けたターゲット18の表面にアーク放電用電源12から後述の条件でパルスアーク電流を通電する。同時に、所定温度に制御した基体7にバイアス電源3から直流バイアス電圧又はパルスバイアス電圧を印加する。
【0062】
(1) 基体温度
(AlTiW)NO皮膜の成膜時に基体温度を400〜550℃にする必要がある。基体温度が400℃未満では(AlTiW)NOが十分に結晶化しないため、(AlTiW)NO皮膜が十分な耐摩耗性を有さず、また残留応力の増加により皮膜剥離の原因となる。一方、基体温度が550℃超では岩塩型構造が不安定になり、(AlTiW)NO皮膜の耐摩耗性及び耐酸化性が損なわれる。基体温度は400〜540℃が好ましい。
【0063】
(2) 窒化ガスの種類及び圧力
基体7に(AlTiW)NO皮膜を形成するための窒化ガスとして、窒素ガス、アンモニアガスと水素ガスとの混合ガス等を使用することができる。窒化ガスの圧力は2〜6 Paにするのが好ましい。窒化ガスの圧力が2 Pa未満では窒化物の生成が不十分となり、6 Pa超では窒化ガスの添加効果が飽和する。
【0064】
(3) 基体に印加するバイアス電圧
(AlTiW)NO皮膜を形成するために、基体に直流バイアス電圧又はユニポーラパルスバイアス電圧を印加する。直流バイアス電圧は負の−270〜−20 Vにする。−270V未満では基体上にアーキングが発生したり逆スパッタ現象が発生し、W-O結合が形成されない。一方、−20 V超ではバイアス電圧の印加効果が得られず、W-O結合が形成されない。直流バイアス電圧の好ましい範囲は−250〜−50 Vである。
【0065】
ユニポーラパルスバイアス電圧の場合、負バイアス電圧(ゼロから負側への立ち上がりの急峻な部分を除いた負のピーク値)は−270〜−20 Vにする。この範囲を外れると本発明の(AlTiW)NO皮膜が得られない。負バイアス電圧の好ましい範囲は−250〜−50 Vである。ユニポーラパルスバイアス電圧の周波数は好ましくは20〜50 kHzであり、より好ましくは30〜40 kHzである。
【0066】
(4) パルスアーク電流
(AlTiW)NO皮膜の形成時のアーク放電を安定化するとともに、ドロップレットの発生及びターゲット表面の酸化物形成を抑制するために、(AlTiW)NO皮膜形成用ターゲット18にパルスアーク電流を通電する。パルスアーク電流は、例えば
図2(実施例1のパルスアーク電流の通電波形)に概略的に示すように、少なくとも2段階のほぼ矩形状のパルス波である。周期Tにおいて、t
minはパルスアーク電流の安定領域における最小値A
min側の通電時間であり、t
maxはパルスアーク電流の安定領域における最大値A
max側の通電時間である。
【0067】
図2に示すように、パルスアーク電流波形の1パルス(周期T)において、最大値A
max側の安定領域は、急峻な立ち上がり部分(A
min側の最終位置P
4からA
max側の開始位置P
1まで)を除いた、A
max側の開始位置P
1からA
max側の最終位置P
2までとし、位置P
1から位置P
2までの通電時間をt
maxとした。A
max側のパルス電流波形は位置P
1から位置P
2に向かってなだらかに減少しているので、位置P
2のパルスアーク電流波形値95 AをA
maxとした。最小値A
min側の安定領域は、急峻な急峻な立ち下がり部分(A
max側の最終位置P
2からA
min側の開始位置P
3まで)を除いた、A
min側の開始位置P
3からA
min側の最終位置P
4までとし、位置P
3から位置P
4までの通電時間をt
minとした。A
min側のパルス電流波形は位置P
3から位置P
4に向かってなだらかに減少していることから、位置P
4のパルスアーク電流波形値65 AをA
minとした。
【0068】
(AlTiW)NO皮膜の形成時のアーク放電を安定化するとともに、ドロップレットの発生及びターゲット表面の酸化物形成を抑制するために、A
minは50〜90 Aであり、好ましくは50〜80 Aである。A
minが50 A未満ではアーク放電が起こらず、成膜できない。一方、A
minが90 A超ではドロップレットが増加し、皮膜の耐酸化性が損なわれる。A
maxは90〜120 Aであり、好ましくは90〜110 Aである。A
maxが90〜120 Aの範囲外であると、同様にドロップレットが増加し、皮膜の耐酸化性が損なわれる。
【0069】
A
maxとA
minとの差ΔAは10 A以上であり、好ましくは10〜60 Aであり、より好ましくは20〜55 Aである。ΔAが10 A未満であるとドロップレットが増加し、皮膜の耐酸化性が損なわれる。
【0070】
パルスアーク電流におけるt
maxとt
minとの割合は、下記式:
D=[t
min/(t
min+t
max)]×100%
(ただし、t
minはパルスアーク電流の最小値A
minの安定領域における通電時間であり、t
maxはパルスアーク電流の最大値A
maxの安定領域における通電時間である。)で定義されるデューティ比Dで表す。
【0071】
デューティ比Dは40〜70%であり、好ましくは45〜65%である。デューティ比Dが40〜70%の範囲外であると、アーク放電が不安定になり、(AlTiW)NO皮膜の岩塩型構造が不安定になるか、ドロップレットが増加する。ただし、パルスアーク電流の波形は
図2に示す2段階に限定されず、少なくともA
max及びA
minの安定領域を有する波形であれば3段階以上(例えば3〜10段階)でも良い。
【0072】
パルスアーク電流の周波数は2〜15 kHzであり、好ましくは2〜14 kHzである。パルスアーク電流の周波数が2〜15 kHzの範囲外であると、アーク放電が安定しないか、(AlTiW)NO皮膜形成用ターゲットの表面に酸化物が多量に形成される。
【0073】
上記最適範囲内の条件でパルスアーク電流を通電することにより、安定したアーク放電が得られる。すなわち、アークスポットのAl部分での停滞や、(AlTiW)NO皮膜形成用ターゲット表面の酸化物形成が抑制されるから、AlTiWO合金は均一に溶融、蒸発し、基体上に形成される(AlTiW)NO皮膜の組成が安定する。
【0074】
雰囲気ガスに酸素ガスを導入せずにWOxを含む(AlTiW)NO皮膜形成用ターゲットを用いると、Al酸化物及びTi酸化物をほとんど形成せずにW-O結合を形成した本発明の(AlTiW)NO皮膜が形成される。(AlTiW)NO皮膜の形成工程において、WOxはアークスポットにより蒸発して瞬時にイオン化し、Wイオン及びOイオンが生成され、瞬時にお互いに反応し合う。その結果、皮膜中にW-O結合を形成することによりAl酸化物及びTi酸化物の生成を抑制すると考えられる。これに対して、酸素ガスを導入した雰囲気中で(AlTiW)NO皮膜を形成すると、Wよりはるかに酸化されやすいAl及びTiは雰囲気中の酸素と優先的に反応し、皮膜中に多量のAl酸化物及びTi酸化物が形成されるが、W-O結合は形成されない。Al酸化物及びTi酸化物を有すると(AlTiW)NO皮膜は十分な耐酸化性及び耐摩耗性を有さない。
【0075】
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明は勿論それらに限定されない。以下の実施例及び比較例において、ターゲット組成は特に断りがなければ化学分析による測定値である。また、実施例では硬質皮膜の基体としてインサートを用いたが、勿論本発明はそれらに限定される訳ではなく、インサート以外の切削工具(エンドミル、ドリル等)又は金型等にも適用可能である。
【0076】
実施例1
(1) 基体のクリーニング
6.0質量%のCoを含有し、残部がWC及び不可避的不純物からなる組成を有するWC基超硬合金製の高送りミーリングインサート基体(
図14に示す形状を有する日立ツール株式会社製のEDNW15T4TN-15)、及び物性測定用インサート基体(日立ツール株式会社製のSNMN120408)を、
図1に示すAI装置の保持具8上にセットし、真空排気と同時にヒーター(図示省略)で600℃まで加熱した。その後、アルゴンガスを500 sccmの流量で導入して減圧容器5内の圧力を2.0 Paに調整するとともに、各基体に負の直流バイアス電圧−200 Vを印加してアルゴンイオンのボンバードによるエッチングにより各基体のクリーニングを行った。なお、「sccm」は1 atm及び25℃における流量(cc/分)を意味する。
【0077】
(2) TiOターゲットを用いた改質層の形成
基体温度を600℃に保持したまま、アルゴンガスの流量を50 sccmとし、原子比でTi
0.85O
0.15で表される組成のTiOターゲット10をアーク放電用電源11が接続されたアーク放電式蒸発源13に配置した。バイアス電源3により各基体に−700 Vの負の直流電圧を印加するとともに、ターゲット10の表面にアーク放電用電源11から直流のアーク電流を80 A通電し、各基体表面に改質層を形成した。
【0078】
(3) (AlTiW)NO皮膜の形成
基体温度を450℃に設定し、窒素ガスを800 sccm導入して減圧容器5内の圧力を3.1 Paに調整した。原子比で(Al)
0.63(AlN)
0.07(Ti)
0.10(TiN)
0.10(WN)
0.03(WO
3)
0.07で表される組成のAl-AlN-Ti-TiN-WN-WO
3合金からなるターゲット18を、アーク放電用電源12が接続されたアーク放電式蒸発源27に配置した。
【0079】
バイアス電源3により各基体に−80 Vの負の直流電圧を印加するとともに、ターゲット18の表面にアーク放電用電源12からほぼ矩形波状のパルスアーク電流を通電し、原子比で(Al
0.71Ti
0.20W
0.09)
0.48N
0.44O
0.08で表される組成を有する厚さ3μmの皮膜を形成した。皮膜組成は、皮膜の厚さ方向中心位置を電子プローブマイクロ分析装置EPMA(日本電子株式会社製JXA-8500F)により、加速電圧10 kV、照射電流0.05 A、及びビーム径0.5μmの条件で測定した。なお、EPMAの測定条件は他の例でも同じである。
図2に示すように、パルスアーク電流の最小値A
minは65 Aで、最大値A
maxは95 Aであり、周波数は5 kHz(周期T=2.0×10
-4秒/パルス)であり、デューティ比Dは50%であった。
【0080】
図3は、得られた(AlTiW)NO皮膜被覆ミーリングインサートの断面組織を示す走査型電子顕微鏡(SEM)写真(倍率:25,000倍)である。
図3において、41はWC基超硬合金基体を示し、42は(AlTiW)NO皮膜を示す。なお、
図3は低倍率であるので、改質層は見えない。
【0081】
(4) (AlTiW)NO皮膜におけるTi、W及びAlの結合状態
X線光電子分光装置(PHI社製Quantum2000型)を用いて、アルゴンイオンによるエッチングにより(AlTiW)NO皮膜の表面から前記皮膜の総厚における厚さ方向1/6の位置(表面側)を露出させた後、AlKα
1線(波長λ:0.833934 nm)を照射して、Ti、W及びAlの結合状態を示すスペクトルを得た。さらに(AlTiW)NO皮膜を表面から前記皮膜の総厚における厚さ方向1/2の位置(中央部)及び5/6の位置(基体側)までエッチングし、同様にTi、W及びAlの結合状態を示すスペクトルを得た。各厚さ方向位置におけるTi、W及びAlの結合状態を示すスペクトルを示す
図4〜
図6において、横軸は結合エネルギー(eV)であり、縦軸はC/S (count per second)である。Ti、W及びAlの結合状態はいずれも3箇所の測定位置でほぼ同じであることが分った。
【0082】
図4はTiNxOy(xとyの比率は不明)及びT-Nのピークを示し、
図5はW-O及びW-Nのピークを示し、
図6はAl-Nのピークを示す。
図6のX線光電子分光スペクトルからAl-O結合は観察されず、Al-N結合のみ観察された。
図4のX線光電子分光スペクトルからTiNxOyにおけるxとyの正確な比率は不明であるが、(AlTiW)NO皮膜の上記EPMA分析値(後述の表3-2中実施例1の欄を参照。)からTiNxOyは窒化物を主体とするTiの窒酸化物であることが分かる。
図5において35.7〜36.0 eV及び37.4 eVにピークを持つ2つのW-Oピークが重なっているため、
図5にはなだらかなW-Oピークとして表れている。また、
図5に32.8 eV及び34.8 eVに2つのW-Nピークが観察された。
図4〜
図6から、(AlTiW)NO皮膜中にW-Oが独立して存在し、かつTi及びAlの酸化が抑制されていることが分かる。
【0083】
(5) (AlTiW)NO皮膜のX線回折パターン
物性測定用インサート基体上の(AlTiW)NO皮膜の結晶構造及び結晶配向を測定するために、X線回折装置(Panalytical社製のEMPYREAN)を使用し、CuKα
1線(波長λ:0.15405 nm)を照射して以下の条件でX線回折パターン(
図7)を得た。
管電圧:45 kV
管電流:40 mA
入射角ω:3°に固定
2θ:30〜80°
【0084】
図7において、(111)面、(200)面、(220)面、(311)面、及び(222)面はいずれも岩塩型構造のX線回折ピークである。従って、実施例1の(AlTiW)NO皮膜は岩塩型の単一構造であることが分かる。
【0085】
表1は、ICCDリファレンスコード00-038-1420に記載されているTiNの標準X線回折強度I
0及び2θを示す。TiNは(AlTiW)NOと同じ岩塩型構造を有する。本発明の(AlTiW)NO皮膜はTiNのTiの一部をAl及びWで置換し、さらにOを添加した固溶体に相当するので、標準X線回折強度I
0(hkl)として表1の数値を採用した。
【0087】
図7のX線回折パターンから、各面のX線回折強度(実測値)、及びX線回折の最強ピーク面である(200)面を基準にして算出した各面のX線回折ピーク強度比を表2に示す。表2で(AlTiW)NO皮膜のピーク角度2θが表1より高角度側にシフトしているのは、TiNにAl等の他の元素が添加されたため、(AlTiW)NO皮膜内に歪が発生したためであると考えられる。
【0089】
(6) 改質層及び(AlTiW)NO皮膜のミクロ構造
物性測定用インサートの(AlTiW)NO皮膜の断面を透過型電子顕微鏡(TEM、日本電子株式会社製JEM-2100)により観察した。WC基超硬合金基体、改質層及び(AlTiW)NO皮膜の境界(界面)付近のTEM写真(倍率3,600,000倍、視野:30 nm×30 nm)を
図8に示す。
図9(a) は
図8の概略図である。
図9(a) において、線L
1はWC基超硬合金基体41と改質層43との境界を示し、線L
2は改質層43と(AlTiW)NO皮膜42との境界を示し、多数の平行な細線は結晶格子縞を示す。
図9(a) から明らかなように、改質層43と(AlTiW)NO皮膜42との境界のうち、結晶格子縞が連続している部分は約30%以上あった。
【0090】
図9(a) に相当する
図9(b) において、線L
1及び線L
2により囲まれた改質層43の面積Sを改質層43の長さLで割ると、1つの視野における改質層43の平均厚さD
1が求められる。同じ方法で異なる5つの視野における改質層43の平均厚さD
1、D
2、D
3、D
4、D
5を求め、これらを平均した値[(D
1+D
2+D
3+D
4+D
5)/5]を改質層43の平均厚さDaとする。この方法により求めた改質層43の平均厚さDaは6 nmであった。
【0091】
JEM-2100を用いて、改質層43のほぼ厚さ方向中央位置(
図8に丸Aで示す)において、200 kVの加速電圧及び50 cmのカメラ長の条件でナノビーム回折を行った。得られた回折像を
図10に示す。また(AlTiW)NO皮膜の任意の位置(
図8に丸Bで示す)において、同一条件でナノビーム回折を行った。得られた回折像を
図11に示す。
図10から、Ti
0.85O
0.15ターゲットを用いたイオンボンバードによる改質層はFcc構造であることが分かった。また
図11から、本発明の(AlTiW)NO皮膜も同様にFcc構造であることが分かった。
【0092】
図8に丸Aで示す改質層43の厚さ方向中央位置において、組成の定性分析をJEM-2100に付属するUTW型Si(Li)半導体検出器を用いてビーム径1 nmの条件で行った。得られたスペクトルを
図12に示す。
図12において、横軸はkeVであり、縦軸はCounts(積算強度)である。
図12から、改質層43は少なくともTi、W、C及びOを含む化合物であることが分かる。
【0093】
透過型電子顕微鏡(TEM、JEM-2100)を用いて、200 kVの加速電圧及び50 cmのカメラ長の条件で、物性測定用インサートの(AlTiW)NO皮膜の制限視野回折パターン(
図13)を得た。c-(111)、c-(002)及びc-(022)は岩塩型構造の回折スポットを示し、w-(010)はウルツ鉱型構造の回折スポットを示す。
図13のTEMの制限視野回折パターンから、物性測定用インサートの(AlTiW)NO皮膜は岩塩型構造を主構造とし、ウルツ鉱型構造を副構造とすることが分かる。
【0094】
(7) ドロップレットの測定
図16は、物性測定用インサートの(AlTiW)NO皮膜の表面を示すSEM写真(倍率:3,000倍)である。このSEM写真の縦35μm×横40μmの視野において、直径1μm以上のドロップレットをカウントした結果、実施例1の(AlTiW)NO皮膜の表面のドロップレットの発生量は「6個/視野」であり、後述の比較例19の(AlTiW)NO皮膜の表面(
図17)に比べてドロップレットが非常に少ないことが分かる。
【0095】
(8) 工具寿命の測定
図15に示すように、(AlTiW)NO皮膜を被覆した4つの高送りミーリングインサート30を、刃先交換式回転工具(日立ツール株式会社製ASR5063-4)40の工具本体36の先端部38に止めねじ37で装着した。工具40の刃径は63 mmであった。下記の転削条件で切削加工を行い、倍率100倍の光学顕微鏡で単位時間ごとにサンプリングしたインサート30の逃げ面を観察し、逃げ面の摩耗幅又はチッピング幅が0.3 mm以上になったときの加工時間を工具寿命と判定した。
【0096】
切削加工条件
加工方法: 高送り連続転削加工
被削材: 123 mm×250 mmのS50C角材
使用インサート: EDNW15T4TN-15(ミーリング用)
切削工具: ASR5063-4
切削速度: 200 m/分
1刃当たりの送り量: 1.83 mm/刃
軸方向の切り込み量: 1.0 mm
半径方向の切り込み量:42.5 mm
切削液: なし(乾式加工)
【0097】
使用した(AlTiW)NO皮膜形成用ターゲットの組成を表3-1に示し、(AlTiW)NO皮膜の組成を表3-2に示し、X線回折及び電子回折による結晶構造の測定結果、W-O結合の有無、及び各工具の工具寿命を表3-3に示す。
【0098】
実施例2〜9、及び比較例1〜9
表3-1に示す組成の皮膜形成用ターゲットを使用した以外実施例1と同様にして各ミーリングインサートに硬質皮膜を形成し、評価した。各ターゲットの組成を表3-1に示し、各皮膜の組成を表3-2に示し、各皮膜のX線回折及び電子回折による結晶構造の測定結果、W-O結合の有無、及び各工具の工具寿命を表3-3に示す。
【0101】
【表3-3】
注:(1)単一構造。
(2)主構造。
【0102】
表3-3から明らかなように、実施例1〜9の硬質皮膜にはW-O結合が形成されていた。またX線光電子分光スペクトルにより、実施例1〜9の各硬質皮膜はAl-O結合を実質的に含有しないことを確認した。そのため、実施例1〜9の各硬質皮膜被覆インサートは35分以上と長寿命であった。
【0103】
これに対し、比較例1〜9の硬質皮膜被覆インサートは寿命が22分以下と短かった。この理由は以下の通りである。すなわち、比較例1の硬質皮膜は、ウルツ鉱型構造が主構造であるために、耐摩耗性に劣っていた。比較例1の硬質皮膜はAl含有量が過多のため、W-O結合を有さなかった。比較例2及び3の硬質皮膜は、Al含有量が過少(Ti含有量が過多)であるので、耐酸化性及び耐摩耗性に劣っていた。比較例4の硬質皮膜は、Ti含有量が過少であるために組織がアモルファス化し、耐摩耗性に劣っていた。比較例5の硬質皮膜は、W含有量が過多であるために組織がアモルファス化し、耐摩耗性に劣っていた。比較例6の硬質皮膜は、W含有量が過少であるためにW-O結合が形成されず、耐摩耗性に劣っていた。比較例7の硬質皮膜は、O含有量が過多であるためにTiが過剰に酸化され、耐摩耗性に劣っていた。比較例8の硬質皮膜は、O含有量が過少であるので皮膜強度が低かった。比較例9ではターゲットが(AlTiW)Nであるため、得られた硬質皮膜はW-O結合を有さず、耐酸化性及び耐摩耗性に劣っていた。
【0104】
実施例10及び11、及び比較例10及び11
(AlTiW)NO皮膜に対する基体温度の影響を調べるために、基体温度をそれぞれ400℃(実施例10)、540℃(実施例11)、300℃(比較例10)、及び700℃(比較例11)にした以外、実施例1と同様にして各ミーリングインサートに(AlTiW)NO皮膜を形成し、評価した。各(AlTiW)NO皮膜の組成を表4-1に示し、X線回折及び電子回折により求めた結晶構造の測定結果、W-O結合の有無、及び工具寿命を表4-2に示す。
【0106】
【表4-2】
注:(1)単一構造。
(2)主構造。
【0107】
表4-2から明らかなように、実施例10及び11の工具寿命は50分以上と長かったが、比較例10及び11の工具寿命は19分〜20分と短かった。この理由は、比較例10では基体温度が低すぎるためにW-O結合が形成されず、比較例11では基体温度が高すぎて岩塩型構造が保持できなかったためである。
【0108】
実施例12〜14、及び比較例12及び13
(AlTiW)NO皮膜に及ぼす直流バイアス電圧の影響を調べるために、実施例12では−250Vの直流バイアス電圧を印加し、実施例13では−150 Vの直流バイアス電圧を印加し、実施例14では−20Vの直流バイアス電圧を印加し、比較例12では−300Vの直流バイアス電圧を印加し、比較例13では−10Vの直流バイアス電圧を印加した以外、実施例1と同様にして各ミーリングインサートに(AlTiW)NO皮膜を形成し、評価した。各(AlTiW)NO皮膜の組成を表5-1に示し、X線回折及び電子回折により求めた結晶構造の測定結果、W-O結合の有無、及び工具寿命を表5-2に示す。
【0110】
【表5-2】
注:(1)単一構造。
(2)主構造。
【0111】
実施例15〜18、及び比較例14及び15
(AlTiW)NO皮膜に及ぼすユニポーラパルスバイアス電圧の影響を調べるために、実施例15では−250 Vのユニポーラパルスバイアス電圧を印加し、実施例16では−150 Vのユニポーラパルスバイアス電圧を印加し、実施例17では−80 Vのユニポーラパルスバイアス電圧を印加し、実施例18では−20 Vのユニポーラパルスバイアス電圧を印加し、比較例14では−300 Vのユニポーラパルスバイアス電圧を印加し、比較例15では−10 Vのユニポーラパルスバイアス電圧を印加した以外、実施例1と同様にして各ミーリングインサートに(AlTiW)NO皮膜を形成し、評価した。いずれのユニポーラパルスバイアス電圧も周波数は30 kHzであった。各(AlTiW)NO皮膜の組成を表5-3に示し、X線回折及び電子回折により求めた結晶構造の測定結果、W-O結合の有無、及び工具寿命を表5-4に示す。
【0113】
【表5-4】
注:(1)単一構造。
(2)主構造。
【0114】
表5-2、表5-4から明らかなように、実施例12〜18の各工具寿命は42分以上と長かったが、比較例12〜15の工具寿命は22分〜28分と短かった。この理由は、比較例13及び比較例15ではバイアス電圧が高すぎたため、(AlTiW)NO皮膜の結晶化が促進されずに密着力不足になり、耐摩耗性に劣ったためである。また比較例12及び14ではバイアス電圧が低すぎたためにアーキングが発生し、(AlTiW)NO皮膜が劣化したためである。
【0115】
実施例19及び20、及び比較例16及び17
(AlTiW)NO皮膜に及ぼすパルスアーク電流の周波数の影響を調べるために、周波数をそれぞれ2 kHz(実施例19)、14 kHz(実施例20)、0.5 kHz(比較例16)、及び20 kHz(比較例17)とした以外、実施例1と同様にして各ミーリングインサートに(AlTiW)NO皮膜を形成し、評価した。各(AlTiW)NO皮膜の組成を表6-1に示し、X線回折及び電子回折により求めた結晶構造の測定結果、W-O結合の有無、及び工具寿命を表6-2に示す。
【0117】
【表6-2】
注:(1)単一構造。
(2)主構造。
【0118】
表6-2から明らかなように、実施例19及び20の工具寿命は45分以上と長かったが、比較例16及び17の工具寿命は22分〜23分と短かった。この理由は、比較例16ではターゲット上に酸化物が多量に形成され、成膜時のアーク放電が不安定になって皮膜組成の偏りが生じると同時に皮膜内にW-O結合が形成されなかったためであり、比較例17では周波数が高すぎてアーク放電が不安定になり、皮膜内にW-O結合が形成されなかったためである。
【0119】
実施例21〜25、比較例18及び19
(AlTiW)NO皮膜に及ぼすパルスアーク電流のA
min、A
max及びΔA(=A
max−A
min)の影響を調べるために、表7に示すようにA
min、A
max及びΔAを変化させた以外、実施例1と同様にして各ミーリングインサートに(AlTiW)NO皮膜を形成し、評価した。各(AlTiW)NO皮膜の組成を表8-1に示し、X線回折及び電子回折により求めた結晶構造の測定結果、W-O結合の有無、及び工具寿命を表8-2に示す。
【0120】
【表7】
注:(1) デューティ比。
(2) ΔA=Amax−Amin。
【0122】
【表8-2】
注:(1)単一構造。
(2)主構造。
【0123】
表7及び表8から明らかなように、A
min=50〜90 A、A
max=90〜120 A及びΔA=10〜55 Aの範囲内で形成した実施例21〜25の(AlTiW)NO皮膜はいずれもW-O結合を含んでおり、各工具は長寿命であった。これに対し、比較例18及び19の各工具は短寿命であった。これは、比較例18ではA
min、A
max及びΔAがいずれも本発明の範囲外であったためであり、比較例19ではパルスでないアーク電流の通電によりターゲット上に酸化物が多量に形成され、アーク放電が不安定になって皮膜組成の偏りが生じるとともに、皮膜内にW-O結合が形成されなかったためである。また、比較例18及び19では皮膜表面にドロップレットが多数形成されていたのも、短寿命の理由である。
図17は比較例19の皮膜表面を示すSEM写真である。
図17のSEM写真上で実施例1と同様に測定した直径1μm以上のドロップレットの発生量は「17個/視野」であった。
【0124】
実施例26及び27、及び比較例20及び21
(AlTiW)NO皮膜に及ぼすパルスアーク電流におけるA
minのデューティ比Dの影響を調べるために、デューティ比Dを、実施例26では40%とし、実施例27では65%とし、比較例20では10%とし、比較例21では90%とした以外、実施例1と同様にして各ミーリングインサートに(AlTiW)NO皮膜を形成し、評価した。各(AlTiW)NO皮膜の組成を表9-1に示し、X線回折及び電子回折により求めた結晶構造の測定結果、W-O結合の有無、及び工具寿命を表9-2に示す。
【0126】
【表9-2】
注:(1)単一構造。
(2)主構造。
【0127】
表9-2から明らかなように、実施例26及び27の各工具は50分以上と長寿命であったが、比較例20及び21の各工具は短寿命であった。これは、比較例20ではデューティ比Dが過小なことからアーク放電が不安定になり、皮膜内にW-O結合が含まれなかったためであり、また比較例21ではデューティ比Dが過大なことから、ターゲット上に酸化物が多量に形成され、アーク放電が不安定になり、皮膜内にW-O結合が含まれなかったためである。
【0128】
実施例28及び29
皮膜の結晶構造及び工具寿命に及ぼす改質層の厚さの影響を調べるために、実施例1と同じTi
0.85O
0.15ターゲット(原子比)を使用し、イオンボンバード時間を変更することによりWC基超硬合金基体の表面に形成した改質層の平均厚さをそれぞれ2 nm(実施例28)及び9 nm(実施例29)とした以外、実施例1と同様にしてミーリングインサートに(AlTiW)NO皮膜を形成した。各(AlTiW)NO皮膜の組成を表10-1に示し、X線回折及び電子回折により求めた結晶構造の測定結果、W-O結合の有無、改質層の平均厚さ、及び工具寿命を表10-2に示す。
【0130】
【表10-2】
注:(1)単一構造。
(2)主構造。
【0131】
表10-2から明らかなように、実施例28及び29の各工具は45分以上と長寿命であった。
【0132】
実施例30〜33
成膜時間を調整することにより(AlTiW)NO皮膜の平均膜厚をそれぞれ1μm(実施例30)、6μm(実施例31)、8μm(実施例32)及び10μm(実施例33)とした以外、実施例1と同様にして各ミーリングインサートに(AlTiW)NO皮膜を形成し、評価した。各(AlTiW)NO皮膜の組成を表11-1に示し、X線回折及び電子回折により求めた結晶構造の測定結果、W-O結合の有無、皮膜の平均厚さ、及び工具寿命を表11-2に示す。表11-2から明らかなように、実施例30〜33の各硬質皮膜被覆工具は40分以上と長寿命であった。
【0134】
【表11-2】
注:(1)単一構造。
(2)主構造。
【0135】
実施例34〜49
皮膜の寿命に及ぼす(AlTiW)NO皮膜の積層化効果を調べるために、表12-2に示すように、実施例1と同様に形成した組成Aの皮膜と、表12-1の各ターゲットを使用した以外は実施例1と同様に形成した組成Bの皮膜とを交互に積層した各ミーリングインサートを実施例1と同様に評価した。組成Bの皮膜の形成に使用した各ターゲットの組成と得られた積層皮膜の積層数を表12-1に示し、各(AlTiW)NO積層皮膜を構成するA層及びB層の組成を表12-2に示し、X線回折及び電子回折により求めた結晶構造の測定結果、W-O結合の有無、及び工具寿命を表12-3に示す。
【0138】
【表12-3】
注:(1)単一構造。
(2)主構造。
【0139】
表12-3から明らかなように、実施例34〜49の各工具は40分以上と長寿命であった。
【0140】
実施例50〜61
皮膜の寿命に及ぼす中間層の影響を調べるために、実施例1と同じ改質層及び(AlTiW)NO皮膜の間に、表13-1に示す組成の各ターゲットを使用し、表13-1及び表13-2に示す各成膜条件で物理蒸着法により各中間層を形成した以外、実施例1と同様にしてミーリングインサートに(AlTiW)NO皮膜を形成し、評価した。表14-1に各(AlTiW)NO皮膜の組成を示し、表14-2にX線回折及び電子回折により求めた結晶構造の測定結果、W-O結合の有無、及び工具寿命を示す。
【0141】
【表13-1】
注:(1) アーク放電式蒸発源のアーク電流。
(2) 直流バイアス電源による負バイアス電圧のピーク値。
【0142】
【表13-2】
注:(3) 実施例1と同様にX線回折測定した結果、
岩塩型の単一構造であった。
【0144】
【表14-2】
注:(1)単一構造。
(2)主構造。
【0145】
実施例50〜61では、WC基超硬合金基体と(AlTiW)NO皮膜との間に、物理蒸着法により、4a、5a及び6a族の元素、Al及びSiからなる群から選ばれた少なくとも一種の金属元素と、B、O、C及びNからなる群から選ばれた少なくとも一種とを必須構成元素とする中間層(硬質皮膜)を形成したが、表14-2から明らかなようにいずれの工具も47分以上の工具寿命を有していた。
【0146】
実施例62〜66
(1) 基体のクリーニング
6質量%のCoを含有し、残部がWC及び不可避的不純物からなる組成のWC基超硬合金製の旋削インサート基体(日立ツール株式会社製のCNMG120408)、及び実施例1と同じ物性測定用インサート基体を
図1に示すAI装置の保持具8上にセットし、真空排気と同時にヒーター(図示省略)で600℃に加熱した。その後、アルゴンガスを500 sccm導入して減圧容器5内の圧力を2.0 Paに調整し、各基体に−200 Vの負の直流バイアス電圧を印加してアルゴンイオンボンバードのエッチングによるクリーニングを行った。
【0147】
(2) TiOターゲットを用いた改質層の形成
クリーニングした各基体上に、実施例1と同様にして改質層を形成した。
【0148】
(3) (AlTiW)NO皮膜の形成
改質層を形成した各基体上に、実施例1と同様にして(AlTiW)NO皮膜を形成した。
【0149】
(4) (AlCr)NO皮膜の形成
AlCrターゲット(Al:50原子%、Cr:50原子%)を使用し、各(AlTiW)NO皮膜の上に以下の条件で(AlCr)NO皮膜を形成した。基体温度600℃で、直流アーク電流を120 Aとし、各基体に−40 Vのユニポーラパルスバイアス電圧(周波数20 kHz)を5分間印加した。窒素ガスは成膜初期に700 sccm流し、5分間で200 sccmまで流量を徐々に下げ、成膜終期では200 sccmとした。酸素ガスは成膜初期に10 sccmから20分間で500 sccmまで徐々に流量を上げながらAI炉内に導入し、成膜終期では500 sccmとした。成膜時の雰囲気ガス圧力は3 Paとし、(Al
0.52Cr
0.48)
0.46(N
0.42O
0.58)
0.54(原子比)の組成を有する(AlCr)NO皮膜を0.5μmの平均厚さに被覆した。表15は各(AlCr)NO皮膜の組成を示す。
【0152】
(5) (AlCr)
2O
3皮膜の形成
その後連続して、各(AlCr)NO皮膜上に上層として、表16-2に示す各AlCrターゲットを使用し、表16-1及び表16-2に示す各条件で(AlCr)
2O
3皮膜を1.5μmの平均厚さで形成した。(AlCr)
2O
3皮膜の組成及び結晶構造を表17に示す。
【0156】
(6) 工具寿命の評価
得られた各(AlTiW)NO皮膜上に順次(AlCr)NO皮膜及び(AlCr)
2O
3皮膜を形成し、硬質皮膜被覆旋削インサートを得た。得られた各インサートを取り付けた各旋削工具により、以下の条件で旋削加工を行い、皮膜の剥離状況、逃げ面の摩耗、及びチッピング等を調べた。(AlTiW)NO皮膜、(AlCr)NO皮膜及び(AlCr)
2O
3皮膜の剥離の有無は、旋削加工の単位時間ごとにサンプリングしたインサートに皮膜剥離があるか否かを光学顕微鏡(倍率:100倍)で観察することにより調べた。旋削加工において、逃げ面の最大摩耗幅が0.30 mmを超えるまで、(AlTiW)NO皮膜が剥離するまで、又は(AlTiW)NO皮膜がチッピングするまでのうち最も短い切削加工時間を工具寿命とした。各(AlTiW)NO皮膜の組成、X線回折及び電子回折により求めた結晶構造の測定結果、W-O結合の有無、及び工具寿命をそれぞれ表18-1及び表18-2に示す。
【0157】
切削加工条件
被削材: SUS630
加工方法: 連続旋削加工
工具形状: CNMG120408
切削速度: 140 m/分
送り: 0.23 mm/回転
切り込み: 1.5 mm
切削液: 水溶性切削油
【0158】
実施例67
実施例62と同様にして形成した(AlTiW)NO皮膜の上に(AlCr)
2O
3皮膜を形成しなかった旋削インサートを評価した。(AlTiW)NO皮膜の組成、X線回折及び電子回折により求めた結晶構造の測定結果、W-O結合の有無、及び工具寿命をそれぞれ表18-1及び表18-2に示す。
【0159】
比較例22
比較例3と同じ(AlTiW)NO皮膜を形成した以外実施例62と同様にして作製した(AlTiW)NO皮膜被覆インサートを評価した。(AlTiW)NO皮膜の組成を表18-1に示し、X線回折及び電子回折により求めた結晶構造の測定結果、W-O結合の有無、及び工具寿命を表18-2に示す。
【0161】
【表18-2】
注:(1)単一構造。
(2)主構造。
【0162】
表18-2から明らかなように、実施例1と同じ(AlTiW)NO皮膜の上に(AlCr)
2O
3上層を形成した実施例62〜66の各インサートの工具寿命は38分以上と長く、また(AlCr)
2O
3上層を形成しなかった実施例67の旋削インサートの工具寿命は実施例62〜66より劣るが比較例22より長かった。
【0163】
実施例68
改質層を形成しない以外実施例1と同じWC基超硬合金基体に、実施例1と同様にして(AlTiW)NO皮膜を形成し、評価した結果、工具寿命は31分であり、改質層を形成したWC基超硬合金基体に(AlTiW)NO皮膜を形成したが、ターゲットに通電するパルスアーク電流の周波数を0.5 kHzとした比較例16の工具寿命(23分)より長かった。
【0164】
実施例69
図1のAI装置において、実施例1と同じWC基超硬合金製の高送りミーリングインサート基体及び物性測定用インサート基体に、実施例1と同様にArイオンのクリーニングを行った。次に、各基体の温度を610℃とし、アルゴンガスの流量を50 sccmとし、原子比でTi
0.8B
0.2で表される組成のターゲット10をアーク放電用電源11が接続されたアーク放電式蒸発源13に配置した。バイアス電源3により各基体に、−750 Vの負の直流電圧を印加するとともに、ターゲット10の表面にアーク放電用電源11から直流のアーク電流を80 A通電することにより平均厚さ5 nmの改質層を形成した。以降は実施例1と同様にしてミーリングインサートに(AlTiW)NO皮膜を形成し、評価した。その結果、工具寿命は63分と実施例1(55分)より長かった。
【0165】
上記実施例では、本発明のターゲットに含まれる酸化タングステンがWO
3の場合を記載したがこれに限定されず、酸化タングステンがWO
2であるか、又は酸化タングステンがWO
3とWO
2とからなる本発明のターゲットの場合にも上記実施例とほぼ同様の有利な効果を奏することができる。