(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5967417
(24)【登録日】2016年7月15日
(45)【発行日】2016年8月10日
(54)【発明の名称】建物の健全性確認方法
(51)【国際特許分類】
G01M 99/00 20110101AFI20160728BHJP
【FI】
G01M99/00 Z
【請求項の数】1
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2012-65528(P2012-65528)
(22)【出願日】2012年3月22日
(65)【公開番号】特開2013-195354(P2013-195354A)
(43)【公開日】2013年9月30日
【審査請求日】2014年7月30日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002299
【氏名又は名称】清水建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100108578
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 詔男
(74)【代理人】
【識別番号】100146835
【弁理士】
【氏名又は名称】佐伯 義文
(74)【代理人】
【識別番号】100161506
【弁理士】
【氏名又は名称】川渕 健一
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 知生
【審査官】
山口 剛
(56)【参考文献】
【文献】
特開2012−004181(JP,A)
【文献】
池田芳樹,ARXモデルに基づく減衰配置と地震観測されていない階の応答の近似的推定,日本地震工学会大会梗概集,2005年11月,4th,166-167
【文献】
James L. Beck et al,Updating Models and Their Uncertainties. Part I: Bayesian Statistical Framework,Journal of Engineering Mechanics,1998年 4月,Vol.124,No.4,455-461
【文献】
M. W. Vanik et al,Bayesian Probabilistic Approach to Structural Health Monitoring,Journal of Engineering Mechanics,2000年 7月,Vol.126,No.7,738-745
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 7/00
G01M 99/00
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多層構造の建物の健全性を確認するための方法であって、
任意に設定した前記建物の観測層にセンサを設置し、地震時に前記センサで取得した前記観測層の応答情報に基づき、ベイズの定理を用いて前記建物の設計モデルの情報を更新した更新設計モデルを得て、前記観測層の応答情報と前記更新設計モデルに基づいて、前記建物の各層の応答を推定するようにし、前記更新設計モデルを学習的に更新するようにしたことを特徴とする建物の健全性確認方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建物の健全性を確認するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
建物にセンサを設置し、このセンサからの情報に基づいて建物の損傷、劣化の度合いを把握し、建物の損傷検知や健全性評価を行う構造ヘルスモニタリングが注目されている(例えば、特許文献1、特許文献2参照)。特に、オフィスビルやマンション等の多層構造の建物においては、地震が発生した際に、その被災状況を早期に且つ精度よく確認(把握)、判定することが求められる。
【0003】
また、建物に多数のセンサを設置し、地震時の建物の各階(層)の応答、さらに建物全体の応答を把握することが好ましいが、現実的には経済性などの制約から多数のセンサを設置することが難しい。このため、建物の限られた階にセンサを設置することが一般的であり、これに伴い、地震時に、この限られた階のセンサで取得した情報から建物の各階の応答を精度よく推定する手法が強く求められている。
【0004】
これに対し、非特許文献1には、地震観測データとARXモデルを用いて、観測されていない階の応答を近似的に推定する方法が開示されている。この方法では、まず、建物の設計モデル解析モデルのモード形と同定された観測階(センサ設置階)の刺激関数から各階の刺激関数を振動モードごとに決定する。次に、刺激関数と同定された極から、各階の変位応答を出力とするARXモデルの留数を求め、さらに、各階変位を出力とするARXモデルの外生入力パラメータを求めるようにしている。これにより、層間変位や層間変形角を求めることができ、地震による被災状況を把握し、建物の耐震性能評価を行うことができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2011−132680号公報
【特許文献2】特開2001−99760号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】池田芳樹、「ARXモデルに基づく減衰配置と地震観測されていない階の応答の近似的推定」、日本地震工学会大会梗概集、p.166−167、2005年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記の地震観測データとARXモデルを用いて、観測されていない階の応答を近似的に推定する方法においては、設計情報と実際の建物の特性との間に必ず存在する差異が反映されていない。このため、推定の精度が悪くなり、健全性、耐震性評価の信頼性を損なうおそれがあった。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑み、限られた階に設置したセンサで得られた建物の地震時応答情報に基づいて、より精度よく建物各階の応答を推定することを可能にする建物の健全性確認方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達するために、この発明は以下の手段を提供している。
【0010】
本発明の建物の健全性確認方法は、多層構造の建物の健全性を確認するための方法であって、任意に設定した前記建物の観測層にセンサを設置し、地震時に前記センサで取得した前記観測層の応答情報に基づき、ベイズの定理を用いて
前記建物の設計モデルの情報を更新した更新設計モデルを得て、前記観測層の応答情報と前記更新設計モデルに基づいて、前記建物の各層の応答を推定するようにし、前記更新設計モデルを学習的に更新するようにしたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明の建物の健全性確認方法においては、ある地震時に、限られた観測層に設置したセンサで取得した建物の地震時応答情報に基づいて建物の設計モデルの情報
(パラメータ)を学習的に
修正(更新)し、
この修正したモデルの情報を用いて建物の各層(各階)の応答を推定するようにしたことで、より精度よく建物各層の応答を推定することが可能になり、信頼性の高い健全性、耐震性評価を行うことが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】シミュレーションで用いた建物を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、
図1及び
図2を参照し、本発明の一実施形態に係る建物の健全性確認方法について説明する。
【0014】
ここで、本実施形態の建物の健全性確認方法は、学習型応答推定機能を有する構造ヘルスモニタリングシステムを用いてオフィスビルやマンション等の多層構造の建物の健全性を確認、把握するための方法に関するものである
。
【0015】
具体的に、本実施形態の建物の健全性確認方法においては、まず、設計モデルの質量行列M、減衰係数行列C、剛性行列Kが与えられており、式(1)に示す一般固有値問題を解いてj次の固有角振動数w
jと刺激関数φ
jが得られている。
【0017】
ここで、剛性分布kを修正する関数△k(θ)を導入する。これにより、剛性分布がk’=k+△k(θ)に修正され、これに対応して剛性行列KがK’(θ)に修正される。このとき、モデルパラメータは、式(2)に示すように確率変数である(n
pはパラメータ数)。
【0019】
一方、センサ設置階(観測層)の建物応答絶対角度y
p(θ)は式(3)で表され、この建物応答絶対加速度の確率モデルは式(4)で表せる。
【0022】
n
sは、建物に設置されたセンサの数(地動計測用のものを除く)、y
p(上に^(ハット))(θ)は、M、C、K’(θ)で規定される修正設計モデルに観測された地動uを入力したときの各時刻におけるセンサ設置階の応答絶対加速度であり、その値を期待値として等しい分散σ
y2で独立に正規分布していることを示している。
【0023】
そして、地震時に、式(5)で表す観測データDが得られると、ベイズの定理によってθの事後分布が式(6)で求められる。
【0026】
ここで、p(θ)は、事前分布で、式(7)のような互いに独立で平均が0の正規分布である。また、p(D|θ)は、尤度関数で、式(8)で求められる。
【0029】
このようにして得られる事後分布p(θ|D)を最大化するθをθ
MAP(上に^(ハット))とすると、θ
MAP(^)によって修正された剛性行列K’( θ
MAP(^))から、式(1)と同様の固有値問題を解いて、対応する刺激関数φ
j’が得られる。
【0030】
これは、事前情報である設計モデルを実際の観測データに基づいて、より現実に近づけるように更新したことを意味する。
なお、この更新した事後分布p(θ|D)を次回の地震に対する事前分布として用いることで継続的な学習が可能になる。
【0031】
そして、建物の応答に支配的な影響を与えるモードを1〜n
m次とすると、センサ設置階の応答絶対加速度は、式(9)で近似できる。
【0033】
Dは、D=[1・・・1]
T∈R
nsであり、Ф
pは、Ф=[φ
1’・・・φ
nm’]からセンサ設置階に対応した行を抜き出した行列であり、qは、q=[q
1(t)・・・q
nm(t)]
Tで表される1〜n
m次のモード応答相対加速度ベクトルである。すると、観測応答波形y
p(上に〜(チルダ))からモード応答相対加速度の推定値q(^)が式(10)で得られる。
【0035】
Ф
p+はФ
pの一般化逆行列である。これにより、全層の応答y∈R
nf(n
fは建物層数)が式(11)で推定できる。
【0037】
なお、D’=[1・・・1]
T∈R
nfである。また、式(10)で一般化逆行列を用いていることにより、推定に使用する主要モードの数を任意に設定することが可能になっている。
【0038】
ここで、上記の本実施形態の建物の健全性確認方法を15階建ての建物モデルに適用して行なったシミュレーションの結果について説明する。
【0039】
このシミュレーションでは、
図1に示すように、多層構造の建物Tの1階と6階と11階とR階に加速度センサ1を設置している。また、1階の加速度センサ1が地動加速度を計測し、建物応答絶対加速度が計測されるのは6階、11階、R階のみとなっている。
【0040】
そして、建物モデルに地動を入力し、応答解析を行なって各層の絶対加速度応答などを計算した結果を真値とした。また、センサによって取得したセンサ設置階(1階と6階と11階とR階)のみの波形を用い、本発明によって全層の絶対加速度波形を推定した。さらに、センサによって取得したセンサ設置階のみの波形を用い、従来の手法によって、当初の設計モデルから全層の絶対加速度波形を推定した。そして、真値と、本発明による全層の推定値と、従来の手法による全層の推定値とを比較して、本発明の優位性を評価した。
【0041】
図2は、シミュレーションの結果を示しており、
図2(a)は、応答解析による真値と、従来の手法と、本発明の手法の各ケースの建物の刺激関数を3次まで示したものである。この
図2(a)から、従来の手法を用いた場合には、真値と大きく異なっているのに対し、本発明の手法を用いた場合には、観測データに基づき、設計データが学習的
に更新されているため、真値とほぼ一致する結果が得られることが確認された。
【0042】
また、
図2(b)、
図2(c)は、全層の絶対加速度の時刻歴を用いて、各階(層)の最大絶対加速度、最大層間変形を求めた結果を示している。この結果から、従来の手法では、最大絶対加速度、最大層間変形ともに、真値と大きく異なってしまっているのに対し、本発明の手法を用いた場合には、全ての階で最大絶対加速度、最大層間変形の推定値と真値がよく一致しており、極めて効果的な応答推定が可能であることが実証された。
【0043】
したがって、本実施形態の建物の健全性確認方法においては、
ある地震時に、限られた観測層に設置したセンサで取得した建物の地震時応答情報に基づいて建物の設計モデルの情報(パラメータ)を学習的に修正(更新)し、この修正したモデルの情報を用いて建物の各層(各階)の応答を推定するようにしたことで、より精度よく建物各層の応答を推定することが可能になり、信頼性の高い健全性、耐震性評価を行うことが可能になる。
また、本実施形態の建物の健全性確認方法においては、ある地震時に、限られた観測層に設置したセンサで取得した建物の地震時応答情報に基づいて建物の設計モデルの情報を学習的に更新し、後の地震時にセンサで取得した建物の応答状況に基づいて建物の各層(各階)の応答を推定するようにし
て、より精度よく建物各層の応答を推定すること
も可能であり、このようにして信頼性の高い健全性、耐震性評価を行うことが可能になる。
【0044】
以上、本発明に係る建物の健全性確認方法の一実施形態について説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
【符号の説明】
【0045】
1 センサ
T 建物