(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項2に記載の立体音響計算装置で計算された音響に基づいて立体音響信号を生成する立体音響信号生成手段と、この立体音響信号生成手段で生成された立体音響信号を出力する音響出力手段とを備え、この音響出力手段から前記立体音響信号を出力することで前記観測点に対して立体音響を提示することを特徴とする立体音響提示システム。
請求項5に記載の立体音響提示システムから提示される立体音響と同期して所定の画像を出力する画像出力手段を備え、この画像出力手段から出力される画像とこの画像と同期して提示される立体音響とにより前記観測点に対して仮想現実空間を提示することを特徴とする仮想現実空間提示システム。
【背景技術】
【0002】
近年のVR(バーチャルリアリティ)技術の発達により、土木分野においても景観シミュレーションだけでなく物理現象の数値解析結果の3次元可視化など多くの適用事例が見られる。一方、音響分野では数値解析や縮尺模型実験の結果を音として再現する可聴化技術は古くから用いられ、室内外の音場評価などに用いられている(例えば、非特許文献1を参照)。
【0003】
非特許文献2および非特許文献3では、没入型VRシステムに同期して交通騒音を提示する道路交通騒音評価シミュレーションシステムを提示している。このシステムは、非特許文献4に示される日本音響学会の道路交通騒音予測モデル(ASJ RTN−Model2008。以下、ASJモデルという。)に基づいた音響計算手法を採用し、種々の騒音源、距離減衰、防音塀などによる回折・反射、地表面による吸音効果等を考慮でき、多様な音場に適用可能である。エネルギーベースの計算手法であるASJモデルは計算量が少なく扱いやすい反面、音波の到来方向(指向性)や到達時間の遅れ等は考慮されない。そのため、ASJモデルのみで任意の音場を3次元的に再現(立体音響化)するのは難しい。
【0004】
ここで、立体音響とは、観測者周辺の音場を有限個のスピーカにより擬似的に再現することを指す。従来の立体音響化に関連する技術としては、例えば、特許文献1に示される移動音像提示装置、特許文献2に示される音像定位制御装置、特許文献3に示される分散拡声システムなどが知られている。
【0005】
また、こうした立体音響による可聴化技術とVRによる可視化技術とを融合させる試みとしては、例えば、特許文献4に示される立体音響再生装置、特許文献5に示される立体音響生成システム、特許文献6に示される画像処理装置などが知られている。
【0006】
上記の特許文献1〜3は、移動音源の立体的な提示方法に関する技術であるが、例えば防音塀などの障害物の影響を考慮することは難しい。また、特許文献4〜6は、映像と同期した立体音響提示に関する技術であるが、リアルタイムの音響計算を行うことは難しい。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、観測者から音源が直接見通せる場合には、上記の従来の立体音響技術を用いて音場を適切に再現することが可能である。しかしながら、音源が伝播障害物などに隠れて直接見えない場合などには対応できない。このようなケースとしては、交通騒音を再現する場合、音源(自動車、鉄道など)が防音塀の陰に隠れて見えなくなるようなケースがある。
【0010】
例えば、
図10−1に示される道路交通騒音モデルにおいては、音源rs
1は観測者rから直接見通せるが、音源rs
2は防音塀Bの陰に隠れて見えない。この場合、
図10−2、
図10−3に示すように、観測者から見通せる音源rs
1からの音は経路R
1で観測者rに到来する。一方、防音塀Bの陰に隠れた音源rs
2からの音は、防音塀Bの側端や上端の端部(エッジ)で回折した経路R
2、R
3により観測者rに到来する。
【0011】
このように、音源から発生する音は障害物により回折し、音源−観測者間の伝播経路が直線にならず、音波の到来方向、音源から音波が到達するまでの遅れ時間、回折による周波数特性が大きく変化するものであるが、上記の従来の立体音響技術ではこれらの現象を考慮することはできない。このため、防音塀などの伝播障害物による回折音の影響を考慮することができる立体音響技術の開発が望まれていた。
【0012】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、防音塀などの伝播障害物による回折音の影響を考慮することができる立体音響計算方法、装置、プログラム、記録媒体および立体音響提示システムならびに仮想現実空間提示システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記した課題を解決し、目的を達成するために、本発明の請求項1に係る立体音響計算方法は、伝播障害物の背後にある音源から前記障害物の端部を回折して観測点に伝播する回折音により形成される
交通騒音による前記観測点周辺の音場を、複数個の音響出力手段から出力される音響信号によって形成した立体音響により擬似的に再現する場合における前記立体音響の音場をコンピュータを用いて計算する方法であって、前記音源から前記障害物の端部を回折して前記観測点に伝
播する回折音を、前記観測点と前記障害物の端部を結ぶ直線の延長上を移動する仮想音源からの伝
播音を用いて表現するものとし、前記障害物の端部を回折して前記観測点に伝
播する回折音の音波の到来方向を設定するステップと、設定した到来方向
に対応する前記直線の延長上を移動する前記仮想音源からの伝播音に
よる前記観測点における音場を
、日本音響学会の道路交通騒音予測モデル(ASJ RTN−Model2008)に基づく距離減衰、拡散、回折減衰を考慮した音圧に基づいて計算するステップとを有することを特徴とする。
【0014】
また、本発明の請求項2に係る立体音響計算装置は、伝播障害物の背後にある音源から前記障害物の端部を回折して観測点に伝播する回折音により形成される
交通騒音による前記観測点周辺の音場を、複数個の音響出力手段から出力される音響信号によって形成した立体音響により擬似的に再現する場合における前記立体音響の音場をコンピュータを用いて計算する装置であって、前記音源から前記障害物の端部を回折して前記観測点に伝
播する回折音を、前記観測点と前記障害物の端部を結ぶ直線の延長上を移動する仮想音源からの伝
播音を用いて表現するものとし、前記障害物の端部を回折して前記観測点に伝
播する回折音の音波の到来方向を設定する手段と、設定した到来方向
に対応する前記直線の延長上を移動する前記仮想音源からの伝播音に
よる前記観測点における音場を
、日本音響学会の道路交通騒音予測モデル(ASJ RTN−Model2008)に基づく距離減衰、拡散、回折減衰を考慮した音圧に基づいて計算する手段とを備えることを特徴とする。
【0015】
また、本発明の請求項3に係るプログラムは、上述した請求項1に記載の立体音響計算方法をコンピュータに実行させることを特徴とする。
【0016】
また、本発明の請求項4に係る記録媒体は、上述した請求項3に記載のプログラムを記録したことを特徴とするコンピュータ読み取り可能な記録媒体である。
【0017】
また、本発明の請求項5に係る立体音響提示システムは、上述した請求項2に記載の立体音響計算装置で計算された音響に基づいて立体音響信号を生成する立体音響信号生成手段と、この立体音響信号生成手段で生成された立体音響信号を出力する音響出力手段とを備え、この音響出力手段から前記立体音響信号を出力することで前記観測点に対して立体音響を提示することを特徴とする。
【0018】
また、本発明の請求項6に係る仮想現実空間提示システムは、上述した請求項5に記載の立体音響提示システムから提示される立体音響と同期して所定の画像を出力する画像出力手段を備え、この画像出力手段から出力される画像とこの画像と同期して提示される立体音響とにより前記観測点に対して仮想現実空間を提示することを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る立体音響計算方法によれば、伝播障害物の背後にある音源から前記障害物の端部を回折して観測点に伝播する回折音による立体音響を計算する方法であって、前記音源を、前記観測点と前記障害物の端部を結ぶ直線の延長上を移動する仮想音源で表現するとともに、この仮想音源を前記回折音の回折パスの数に応じて設定し、この仮想音源からの伝播音に基づいて前記観測点における音響を計算するので、防音塀などの伝播障害物の影響、すなわち回折に伴う音波の到来方向、信号の到達時間の遅れ、周波数特性の変化等を反映することができ、伝播障害物による回折音の影響を考慮することができるという効果を奏する。
【0020】
また、本発明に係る立体音響計算装置によれば、伝播障害物の背後にある音源から前記障害物の端部を回折して観測点に伝播する回折音による立体音響を計算する装置であって、前記音源を、前記観測点と前記障害物の端部を結ぶ直線の延長上を移動する仮想音源で表現するとともに、この仮想音源を前記回折音の回折パスの数に応じて設定し、この仮想音源からの伝播音に基づいて前記観測点における音響を計算する音響計算手段を備えるので、上述した立体音響計算方法と同様に、伝播障害物による回折音の影響を考慮することができるという効果を奏する。
【0021】
また、本発明に係る立体音響提示システムによれば、上述した立体音響計算装置で計算された音響に基づいて立体音響信号を生成する立体音響信号生成手段と、この立体音響信号生成手段で生成された立体音響信号を出力する音響出力手段とを備え、この音響出力手段から前記立体音響信号を出力することで前記観測点に対して立体音響を提示するので、伝播障害物による回折音の影響が考慮された、より臨場感のある3次元音環境を提示することができるという効果を奏する。
【0022】
また、本発明に係る仮想現実空間提示システムによれば、上述した立体音響提示システムから提示される立体音響と同期して所定の画像を出力する画像出力手段を備え、この画像出力手段から出力される画像とこの画像と同期して提示される立体音響とにより前記観測点に対して仮想現実空間を提示するので、伝播障害物による回折音の影響が考慮された、より臨場感のある仮想現実空間を提示することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下に、本発明に係る立体音響計算方法、装置、プログラム、記録媒体および立体音響提示システムならびに仮想現実空間提示システムの実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。なお、この実施例によりこの発明が限定されるものではない。
【0025】
[音響計算の基本原理]
まず、本発明に係る立体音響計算方法、装置に用いる音響計算の基本原理について、
図1および
図2を参照しながら説明する。なお、以下では、ASJモデルをベースにしつつ、音波の指向性や到達時間の遅れ、周波数依存性を考慮するようにした計算基本原理を説明する。
【0026】
図1に示すように、解析対象の音場である観測点r、点音源rs、伝播障害物Bがある。r、rsは位置ベクトルである。音源、伝播障害物は複数あっても良いが、ここでは議論を円滑に進めるため各々一つとする。音場の時間依存項はexp(−iωt)で表されるとする。ここに、ω=2πf、tは時間である。
【0027】
観測点rにおける音圧の空間依存項p(r,k)は次式で与えられるとする。
【0029】
ここに、|A|は振幅、r(スカラー)は音源・観測点距離(=|r−rs|)、kは波数(=2πf/c
0)、fは周波数、c
0は音速である。
【0030】
一方、ASJモデルに基づく距離減衰、拡散、回折減衰を考慮した音圧レベルSPL(単位:dB)は次式で計算される。
【0032】
ここに、PWLは音源パワーレベル、ΔDは回折減衰量である。
【0033】
音圧レベルの定義より式(1)、(2)から次式を得る。
【0035】
ここに、P
0は基準音圧(=20×10
−6Pa)である。式(1)、(2)より振幅|A|は次式となる。
【0037】
ここで、距離減衰、回折減衰のいずれにも無関係な項をまとめてC=(P
0/2√π)10
PWL/20とし、r^(ハット)を回折パスの行路長とすれば、式(1)と式(4)から次式を得る。
【0039】
当然ながら、観測点から音源が直接見通せる場合はr^=r、ΔD=0であり、回折の影響が及ぶ場合はr^>r、ΔD>0である。
【0040】
観測点から音源が直接見通せる等、音波の到来方向が明らかな場合はAmbisonicsは有効である。しかしながら、防音塀などの伝播障害物により直接音が到来しない場合は、障害物端部からの回折音を考慮するなど音波の到来方向を別途定める必要がある。
【0041】
図2に示すように音波の回折がある場合、観測点と回折点を結ぶ直線上に仮想的な2次音源qi、i=1,2・・・M(Mは回折点の数)を考える。このときqiの位置は観測点を中心とする極座標系で(ri^,θ,φ)となる。観測点での音圧は仮想音源qiから寄与を足し合わせることで得られるので、式(1)は次のように書き表される。
【0044】
ここに、ΔDiは仮想音源qiを設定する際に用いた障害物端部に関する回折減衰量を表す。式(7)のQは、仮想音源の振幅の増幅率を表している。
【0045】
なお、このモデルは音波の位相変化は考慮していない。これは、ノイズ成分の多い交通騒音の評価に及ぼす影響は小さいとの判断に基づくものである。
【0046】
[立体音響計算方法および装置]
次に、本発明に係る立体音響計算方法および装置について説明する。
【0047】
本発明に係る立体音響計算方法は、伝播障害物の背後にある移動音源(音源)から障害物の端部を回折して観測点に伝播する回折音による立体音響を計算する方法であって、移動音源(音源)を、観測点と障害物の端部を結ぶ直線の延長上を移動する仮想音源で表現するとともに、この仮想音源を回折音の回折パスの数に応じて設定し、この仮想音源からの伝播音に基づいて観測点における音響を計算するものである。ここで、仮想音源は、上記の[音響計算の基本原理]で示した手法に基づいて設定する。このようにすれば、防音塀などの伝播障害物の影響、すなわち回折に伴う音波の到来方向、信号の到達時間の遅れ、周波数特性の変化等を反映することができる。なお、この実施例では特に移動音源の場合について説明するが、本発明は、移動音源だけでなく伝播障害物の陰に位置する静止音源にも適用可能である。
【0048】
特に、計算の高速化・効率化を図るため、エネルギーベースの音響計算法であるASJ RTN−MODEL2008を改良した音響計算モデルを用いれば、CG映像に同期してリアルタイムに音響計算を行い、その結果を立体音響化して提示することも可能である。
【0049】
また、本発明に係る立体音響計算装置は、上記の本発明の立体音響計算方法を装置化したものであり、音響計算手段を備えている。この音響計算手段は、移動音源(音源)を、観測点と障害物の端部を結ぶ直線の延長上を移動する仮想音源で表現するとともに、この仮想音源を回折音の回折パスの数に応じて設定し、この仮想音源からの伝播音に基づいて観測点における音響を計算する。本発明の立体音響計算装置によれば、本発明の方法による作用効果と同等の作用効果を得ることができる。本発明に係る立体音響計算装置は、後述する立体音響提示システムおよび仮想現実空間提示システムの構成の一部として用いられる。
【0050】
[立体音響提示システムおよび仮想現実空間提示システム]
次に、本発明に係る立体音響提示システムおよび仮想現実空間提示システムについて説明する。
【0051】
本発明に係る立体音響提示システムは、上述した本発明の立体音響計算装置で計算された音響に基づいて立体音響信号を生成する立体音響信号生成手段と、この立体音響信号生成手段で生成された立体音響信号を出力する音響出力手段とを備え、この音響出力手段から立体音響信号を出力することで観測点に対して立体音響を提示するものである。
【0052】
また、本発明に係る仮想現実空間提示システムは、上記の本発明の立体音響提示システムから提示される立体音響と同期して所定の画像を出力する画像出力手段を備え、この画像出力手段から出力される画像とこの画像と同期して提示される立体音響とにより観測点に対して仮想現実空間を提示するものである。
【0053】
より具体的には
図3に示すように、本発明の仮想現実空間提示システム100は、制御部10、可視化部20、可聴化部30の3つのパートで構成される。各部は独立しており、ネットワークを介し、適切な通信プロトコル、例えばOpen Sound Controlを用いてデータ通信を行い、音源や伝播障害物位置等の空間情報12や各減衰量等の音響信号14(音響情報)を共有し、画像と音響を同期して提示する。
【0054】
可視化部20は、
図4−1に示す正面24a・側面24b・底面24cの3面の大型スクリーン24(画像出力手段)を有する没入型VR装置Holostage(登録商標)(CHRISTIE社製)をデバイスとして用いることができる。この可視化部20は、空間情報12に基づいて、VR空間(仮想現実空間)を提示するためのCG(所定の画像)を生成するCG生成手段22を備える。このCG生成手段22は、例えばCAVELib(日本SGI株式会社製)を用いたプログラムで構成することが可能である。CG生成手段22で生成されたCGはスクリーン24に出力されることになる。
【0055】
可聴化部30は、本発明に係る立体音響提示システム200の一部を構成するものである。この可聴化部30は、本発明に係る立体音響計算装置の一部をなす音響計算手段32と、信号生成手段34と、立体音響信号生成手段36とを備えており、可視化部20により出力されるCGに同期して音波伝播性状を計算し、その結果をスピーカを通じてリアルタイムに提示する。
【0056】
音響計算手段32は、例えば、Max/MSP(登録商標)(Cycling’74社製)等の音響プログラミングソフトを用いて上記の[音響計算の基本原理]で示した手法に基づいて音響計算を行い、音源信号の振幅増幅率を計算する。振幅増幅率の計算は、処理の高速化のため、可聴域(20〜20kHz)の周波数を1/1〜1/12オクターブバンド毎の増幅率として求めるようにしてもよい。
【0057】
信号生成手段34は、音響計算手段32による音響計算結果と音源信号14から、Ambisonicsに基づいて前述の再生系(音響出力手段)に応じた信号を再構成するものである。CPU負荷低減の観点から、本実施例ではA&G社の立体音響プロセッサX-Spat boXを用いた場合で説明するが、これ以外の立体音響プロセッサを用いても良い。このプロセッサによれば最大8つの音源信号に対して最大8チャンネルのスピーカの制御が可能であるが、本実施例では、
図4−2に示すように水平面内に略環状に配置した7つのスピーカ38を用いている。
【0058】
立体音響信号生成手段36は、音響計算手段32による音響計算結果と信号生成手段34による音響信号とに基づいて立体音響信号を生成するものである。立体音響信号生成手段36で生成された立体音響信号は、音響出力手段としての各スピーカ38から出力されることになる。ここで、各スピーカ38からの音響は、図示しない同期手段によってスクリーン24から出力されるCGと同期して出力するようにしてある。
【0059】
制御部10は、空間情報12と音響信号14の授受を制御するものであり、Max/MSP上で作成してある。
【0060】
[本発明の適用性の検証]
上記のように構成した本発明の適用性の検証について以下に説明する。
【0061】
図5−1に示すような検証用モデルを考える。自動車(移動音源)は地盤面z=0上をx方向に速度vで移動する。また、幅W、高さHの防音塀(障害物)があるとする。ただし、厚みは無視する。観測点から防音塀までの距離をL
1、防音塀から音源までの最短距離をL
2とする。
図5−1の下側に本検証に用いた値の一覧を示す。自動車が防音塀の陰にあるとき、回折音は防音塀の上方および側方から到来するとする。
【0062】
ここで、自動車が防音塀に対して右から左へ走行する場合には、防音塀の側方から観測点に到来する回折音の回折パスとして左右2つが考えられる。この場合、
図5−2に示すように、各々の回折音を、観測点rと防音塀Bの右側端部を結ぶ直線の延長上を遠ざかる仮想音源rs
RのパスP
1と、観測点rと防音塀Bの左側端部を結ぶ直線の延長上を近づいてくる仮想音源rs
LのパスP
2とで表現することができる。
【0063】
図6(1)は音源信号として用いた自動車の定常走行音の波形であり、
図6(2)はそのパワースペクトルを示したものである。これは自動車発生音の実測値から作成したものである。この音源信号を用いて自動車が防音塀近傍を通過する際の騒音を上述の手法によりVR装置内で立体音響化した。
【0064】
図7は、
図4−2に示したVR装置上部にある三つの前方スピーカ38(
図7上方から順にFL,CT,FR)から自動車が防音塀に対して右から左へ走行する際に再生される信号を表したものである。防音塀の幅Wが15m、高さHが3mの場合である。Ambisonicsにより、自動車の移動に応じて各スピーカから再生される信号が変化する。まず、自動車が近づく時には左前スピーカ(FL)からの再生音が卓越し、次に自動車が防音塀の陰になる時には正面スピーカ(CT)からも再生される。ただし、回折減衰の影響で全体的に振幅は小さい。最後に自動車が去る際には右前スピーカ(FR)からの再生音が卓越する。
【0065】
図8は、
図7と同条件においてVR装置の中央位置(高さ1.5m)で観測される(1)音圧波形と(2)パワースペクトルを表したものである。これはマイクロホンを用いて収録した結果、すなわち最大7つのスピーカからの再生音の合算値として得られたものである。VR装置周辺は空調ノイズ等の暗騒音は存在したが、十分なSN比を確保した上で計測を行っている。
【0066】
図8(1)から、自動車が防音塀の陰になる約7.0〜8.0sの間は回折減衰の影響が見られる。また、
図8(2)は防音塀の影響を受ける/受けない場合のパワースペクトルが示されている。約100Hz以上の周波数で減衰の影響が大きいことがわかる。
【0067】
図9は、防音塀の幅Wを15〜30mの4条件とした場合の0.1s毎のVR装置中央位置の騒音レベルの計測結果である。その他の条件は前述の通りである。
図9から、防音塀の幅が大きいほど回折の影響で騒音レベルが低減する区間が長く、回折減衰量も大きいことが確認される。当然ながら、
図9の結果はVR装置のスクリーンや室内壁からの反射音の影響を受けるが、計測結果から求めた回折減衰量とASJモデル計算値との差は最大で±2dBの範囲にあり、交通騒音の評価は十分可能であると判断される。
【0068】
このように、本発明によれば、音源、障害物、観測点の位置に応じて、障害物による回折音伝播を複数個の仮想音源により表現し、音波の到来方向、音の遅れ時間、回折による周波数特性の変化を考慮してリアルタイム音響計算を行うことができる。また、直接音伝播や回折音伝播が混在する場合にもシームレスにリアルタイムの立体音響提示が可能である。
【0069】
さらに、仮想音源を設定して音響計算を行うので特別なハードウェアを必要とせず、従来の立体音響システムとの親和性に優れており、柔軟なシステム構成が可能になる。また、道路や鉄道交通騒音などの移動音源以外にも回折を伴う静止音源の可聴化にも適用可能である。
【0070】
また、本発明はより臨場感のあるVR空間を創出することが可能であることから、騒音実態の精緻な再現、防音塀などの騒音対策効果の直感的な理解・確認、対策案立案等の合意形成、騒音によるストレス評価や音環境が心理に及ぼす影響の評価等の様々な場面で有用なツールとなることが期待される。
【0071】
以上説明したように、本発明に係る立体音響計算方法によれば、伝播障害物の背後にある音源から前記障害物の端部を回折して観測点に伝播する回折音による立体音響を計算する方法であって、前記音源を、前記観測点と前記障害物の端部を結ぶ直線の延長上を移動する仮想音源で表現するとともに、この仮想音源を前記回折音の回折パスの数に応じて設定し、この仮想音源からの伝播音に基づいて前記観測点における音響を計算するので、防音塀などの伝播障害物の影響、すなわち回折に伴う音波の到来方向、信号の到達時間の遅れ、周波数特性の変化等を反映することができ、伝播障害物による回折音の影響を考慮することができる。
【0072】
また、本発明に係る立体音響計算装置によれば、伝播障害物の背後にある音源から前記障害物の端部を回折して観測点に伝播する回折音による立体音響を計算する装置であって、前記音源を、前記観測点と前記障害物の端部を結ぶ直線の延長上を移動する仮想音源で表現するとともに、この仮想音源を前記回折音の回折パスの数に応じて設定し、この仮想音源からの伝播音に基づいて前記観測点における音響を計算する音響計算手段を備えるので、上述した立体音響計算方法と同様に、伝播障害物による回折音の影響を考慮することができる。
【0073】
また、本発明に係る立体音響提示システムによれば、上述した立体音響計算装置で計算された音響に基づいて立体音響信号を生成する立体音響信号生成手段と、この立体音響信号生成手段で生成された立体音響信号を出力する音響出力手段とを備え、この音響出力手段から前記立体音響信号を出力することで前記観測点に対して立体音響を提示するので、伝播障害物による回折音の影響が考慮された、より臨場感のある3次元音環境を提示することができる。
【0074】
また、本発明に係る仮想現実空間提示システムによれば、上述した立体音響提示システムから提示される立体音響と同期して所定の画像を出力する画像出力手段を備え、この画像出力手段から出力される画像とこの画像と同期して提示される立体音響とにより前記観測点に対して仮想現実空間を提示するので、伝播障害物による回折音の影響が考慮された、より臨場感のある仮想現実空間を提示することができる。