(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、騒音源の場所が特定できない場合や、騒音源が移動する場合や、壁面などからの反射音が想定される場合など、入射音(騒音)の入射方向が特定できない場合であっても、優れた制御効果を得ることができる能動遮音装置を提供するものである。また、参照マイクロホンなど、入射音を検知するための入射音検知手段の設置個数を少なくして、コストを抑えることも可能な能動遮音装置を提供するものである。さらに、複雑な信号処理が発生せず、因果律を満たすことが容易な能動遮音装置を提供することも本発明の目的である。さらにまた、この能動遮音装置を用いた能動遮音方法を提供することも本発明の目的である。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題は、
防音対象物を収容する内部空間が複数枚の遮音パネルによって囲まれた多面体状の外形を為す防音ボックスと、
防音ボックスを囲んで配置され、それぞれの遮音パネルの入射音を検知して参照信号として出力するための複数の入射音検知手段と、
入射音検知手段から出力された参照信号に基づいてフィードフォワード制御用の制御信号を生成して出力する制御手段と、
それぞれの遮音パネルにおける所定箇所に取り付けられ、制御手段が出力した制御信号に応じて遮音パネルを加振することにより遮音パネルの透過音を抑制するアクチュエータと
を備えた能動遮音装置であって、
制御手段から一の遮音パネルに取り付けられたアクチュエータへ出力される制御信号の生成に、前記一の遮音パネルに重ならない位置に設けられた入射音検知手段から出力された参照信号が利用されることを特徴とする能動遮音装置
を提供することによって解決される。以下においては、説明の便宜上、この能動遮音装置を「ボックス型の能動遮音装置」と表記することがある。
【0012】
ここで、「一の遮音パネル」における「一の」という語句は、「一の遮音パネル」を「他の遮音パネル」と峻別するために用いたものであり、「1つの」という意味ではなく、「ある(英語の「some」)」という意味で用いている。後に登場する「一の入射音検知手段」などにおける「一の」という語句についても、これと同様である。例えば、「一の入射音検知手段」と記載している場合は、「一の入射音検知手段」が1つの入射音検知手段で構成される場合だけでなく、「一の入射音検知手段」が複数の入射音検知手段で構成されている場合も含んでいる。
【0013】
また、「一の遮音パネルに重ならない位置」とは、一の遮音パネルをその法線方向から見た場合に、該一の遮音パネルに重なって見えない位置(空間領域)のことを云う。これに対し、一の遮音パネルをその法線方向から見た場合に、該一の遮音パネルに重なって見える位置(空間領域)のことを「一の遮音パネルに重なる位置」と定義する。換言すると、一の遮音パネルをその法線方向に平行移動させた際に該一の遮音パネルが通過する空間領域が「一の遮音パネルに重なる位置」であり、該一の遮音パネルが通過しない空間領域が「一の遮音パネルに重ならない位置」である。
【0014】
このように、一の遮音パネルに取り付けられたアクチュエータを制御する制御信号を、一の遮音パネルに重ならない位置に設けられた入射音検知手段から出力された参照信号を利用して生成することにより、一の遮音パネルに対して入射音が斜め(非垂直)に入射した場合であっても、優れた制御効果を得ることが可能になる。したがって、騒音源の場所が特定できない場合や、騒音源が移動する場合や、壁面などからの反射音が想定される場合など、実環境でも優れた制御効果を得ることが可能になる。また、入射音検知手段の個数を少なくし、コストを抑えることも可能になる。入射音検知手段の個数を少なく抑えると、参照信号の処理も簡素になるため、フィードフォワード制御の因果律を満たすことも容易になる。
【0015】
本発明のボックス型の能動遮音装置は、その用途を限定されるものではなく、遮音を行うことが必要な各種用途で採用することができる。なかでも、原子間力顕微鏡(AFM)や走査型プローブ顕微鏡(SPM)などの精密計測機器や、半導体製造装置など、精密機器を収容して遮音を行う用途に好適に使用できる。
【0016】
本発明の能動遮音装置においては、それに重なる位置に入射音検知手段が設けられていない遮音パネルがあってもよいし、それに重なる位置に入射音検知手段が設けられていない遮音パネルがなくても(それぞれの遮音パネルに重なる位置に少なくとも1つずつ入射音検知手段を設けても)よい。後者の場合には、制御手段から一の遮音パネルに取り付けられたアクチュエータへ出力される制御信号の生成に、前記一の遮音パネル以外の他の遮音パネルに重なる位置に設けられた入射音検知手段から出力された参照信号が利用されるようになる。このとき、当該制御信号の生成に、前記一の遮音パネルに重なる位置に設けられた一の入射音検知手段から出力された参照信号と、前記一の遮音パネル以外の他の遮音パネルに重なる位置に設けられた他の入射音検知手段から出力された参照信号との双方を利用すると好ましい。これにより、一の遮音パネルに対して斜めに入射する入射音だけでなく、垂直に近い状態で入射する入射音もコヒーレンスが高い状態で検知できるようにして、より高い制御効果を得ることが可能になる。
【0017】
制御手段から一の遮音パネルに取り付けられたアクチュエータへ出力される制御信号の生成に、前記一の遮音パネル以外の他の遮音パネルに重なる位置に設けられた入射音検知手段から出力された参照信号が利用された場合において、前記他の遮音パネルは、前記一の遮音パネル以外の遮音パネルであれば、特に限定されない。しかし、他の遮音パネルに設けられた他の入射音検知手段が検知した入射音と一の遮音パネルに入射する入射音とのコヒーレンスを高めて、より優れた制御効果が得られるようにするためには、前記他の遮音パネルは、前記一の遮音パネルの近くに配されたものを選択すると好ましい。具体的には、前記他の遮音パネルとして、前記一の遮音パネルに隣接する遮音パネルを採用すると好ましい。
【0018】
また、本発明の能動遮音装置において、入射音検知手段を設ける具体的な場所(それぞれの遮音パネルの外面におけるどの場所から外方へ所定距離を隔てた箇所に入射音検知手段を設けるか)や、入射音検知手段の具体的な個数(それぞれの遮音パネルに対して入射音検知手段をいくつ設けるか)は、特に限定されない。後述する第一実施態様の能動遮音装置(
図1及び
図2を参照)のように、それぞれの遮音パネルに重なる位置に入射音検知手段を1つずつ設け、それぞれの入射音検知手段を、該入射音検知手段が重なる遮音パネルの外面中央から外方へ所定距離を隔てた箇所に設けてもよい。また、後述する第二実施態様の能動遮音装置(
図14及び
図15を参照)のように、一部(又は全部)の入射音検知手段を、いずれの遮音パネルにも重ならない位置(例えば、防音ボックスの隣接する一対の面が形成する角の二等分線上であって防音ボックスの外側となる位置)に設けてもよい。これにより、入射音検知手段の設置個数を最小限に抑えながらも、優れた制御効果を得ることが可能になる。
【0019】
本発明の能動遮音装置では、その防音ボックスの形態を特に限定されない。しかし、防音ボックスの製作の容易さや、フィードバック制御の容易さや、防音ボックスの汎用性などを考慮すると、防音ボックスを、その上面α
1及びその4つの側面α
2,α
3,α
4,α
5がそれぞれ遮音パネルによって覆われて、その底面α
6が他の構造物又は遮音パネルによって塞がれる六面体状(より好ましくは直方体状)の外形を為すように形成すると好ましい。防音ボックスの底面α
6を遮音パネルによって塞がない場合には、底面α
6は、通常、防音対象物(精密機器など)を設置する台や床面などの他の構造物によって塞がれる。この場合、制御手段から上面α
1を覆う遮音パネルに取り付けられたアクチュエータへ出力される制御信号の生成には、上面α
1を覆う遮音パネルに重なる位置に設けられた入射音検知手段から出力された参照信号と、側面α
2,α
3,α
4,α
5を覆う遮音パネルに重なる位置に設けられた入射音検知手段から出力された参照信号とが利用される。これに対し、制御手段から側面α
n(nは2以上で5以下の全ての整数)を覆う遮音パネルに取り付けられたアクチュエータへ出力される制御信号の生成には、上面α
1を覆う遮音パネルに重なる位置に設けられた入射音検知手段から出力された参照信号と、側面α
2,α
3,α
4,α
5のうち側面α
nに隣接しない側面α
n’を除く3つの側面を覆う遮音パネルに重なる位置に設けられた入射音検知手段から出力された参照信号とが利用される。
【0020】
このとき、防音ボックスにおける底面α
6の下側(底面α
6に重なる位置)にも入射音検知手段を設け、制御手段から側面α
n(nは2以上で5以下の全ての整数)を覆う遮音パネルに取り付けられたアクチュエータへ出力される制御信号の生成に、上面α
1を覆う遮音パネルに重なる位置に設けられた入射音検知手段から出力された参照信号と、側面α
2,α
3,α
4,α
5のうち側面α
nに隣接しない側面α
n’を除く3つの側面を覆う遮音パネルに重なる位置に設けられた入射音検知手段から出力された参照信号と、底面α
6の下側に設けられた入射音検知手段から出力された参照信号とを利用するようにすることも好ましい。これにより、防音ボックスの下側から側面α
2,α
3,α
4,α
5に入射する入射音を検知することが可能になり、側面α
2,α
3,α
4,α
5を覆う遮音パネルの制御効果をさらに高めることが可能になる。
【0021】
また、本発明の能動遮音装置においては、それぞれの遮音パネルに貼り付けられてそれぞれの遮音パネルの振動による変位を検知してエラー信号として出力するための分布定数型センサをさらに備え、制御手段が、入射音検知手段から出力された参照信号に加えて、分布定数型センサから出力されたエラー信号に基づいてフィードフォワード制御用の制御信号を生成して出力するようにすることも好ましい。というのも、遮音パネルの透過音は、低周波数帯域においては1次のパワーモードが支配的であるが、1次のパワーモードは、遮音パネルの体積速度に等価であることが知られている。このため、分布定数型センサによって遮音パネルの体積速度を検知し、これをエラー信号として用いることにより、より大きな制御効果を得ることが可能になる。
【0022】
ここで、「分布定数型センサ」とは、「加速度ピックアップ」のように測定対象物(遮音パネル)における特定の点の情報(変位)が得られる「集中定数型センサ」とは異なり、「圧電フィルム」のように測定対象物(遮音パネル)における特定の面状領域あるいは線状領域の情報(変位)が得られるセンサのことをいう。分布定数型センサとしては、PVDF(登録商標)(Polyvinylidene Fluoride)フィルムなどの圧電フィルムや、圧電セラミックスなどが例示される。圧電セラミックスであっても、薄板状で剛性の小さなものであれば、圧電フィルムと同様に扱うことができる。
【0023】
ところで、本発明の技術的思想は、上記のボックス型の能動遮音装置だけでなく、以下のように拡張することもできる。すなわち、
空間を音源側と遮音側に仕切るための1枚又は複数枚の遮音パネルと、
遮音パネルよりも音源側に設けられ、遮音パネルの入射音を検知して参照信号として出力するための複数の入射音検知手段と、
それぞれの入射音検知手段から出力された参照信号に基づいてフィードフォワード制御用の制御信号を生成して出力する制御手段と、
遮音パネルにおける所定箇所に取り付けられ、制御手段が出力した制御信号に応じて遮音パネルを加振することにより遮音パネルの透過音を抑制するアクチュエータと
を備えた能動遮音装置(又はこれらを用いて行う能動遮音方法)であって、
複数の入射音検知手段のうち少なくとも1つの入射音検知手段を、一の遮音パネルに重ならない位置に設け、
制御手段から前記一の遮音パネルに取り付けられたアクチュエータへ出力される制御信号の生成に、前記一の遮音パネルに重ならない位置にある入射音検知手段から出力された参照信号を利用することを特徴とする能動遮音装置(又は能動遮音方法)である。以下においては、この能動遮音装置を、上記の「ボックス型の能動遮音装置」と区別するために、「一般型の能動遮音装置」と表記することがある。
【0024】
この一般型の能動遮音装置における「一の遮音パネルに重ならない位置にある入射音検知手段」は、上記のボックス型の能動遮音装置における「一の遮音パネル以外の他の遮音パネルに重なる位置に設けられた入射音検知手段」を概念的に含んでいる。換言すると、この一般型の能動遮音装置と、上記のボックス型の能動遮音装置は、上位概念と下位概念の関係にある。この一般型の能動遮音装置と上記のボックス型の能動遮音装置は、「制御手段から一の遮音パネルに取り付けられたアクチュエータへ出力される制御信号の生成に、一の遮音パネルに重ならない位置にある入射音検知手段から出力された参照信号を利用する」という点で共通している。この共通点によって、この一般型の能動遮音装置でも、騒音源の場所が特定できない場合や、騒音源が移動する場合や、壁面などからの反射音が想定される場合など、入射音(騒音)の入射方向が特定できない場合であっても、優れた制御効果を得ることができるという、上記のボックス型の能動遮音装置と同様の効果を得ることができる。したがって、この一般型の能動遮音装置と上記のボックス型の能動遮音装置は、上記共通点によって特別な技術的特徴を有しており、発明の単一性の要件を満たす一群の発明に該当する。
【0025】
本発明の一般型の能動遮音装置は、その用途を限定されるものではなく、遮音を行うことが必要な各種用途で採用することができる。例えば、騒音源と受音側とを仕切る仕切壁として好適に使用することができる。仕切壁としては、建築物や移動体(航空機、鉄道車両又は自動車など)の外壁、内壁、天井、床、ドア又は窓など、高速道路や鉄道の防音壁などが例示される。
【発明の効果】
【0026】
以上のように、本発明によって、騒音源の場所が特定できない場合や、騒音源が移動する場合や、壁面などからの反射音が想定される場合など、入射音(騒音)の入射方向が特定できない場合であっても、優れた制御効果を得ることができる能動遮音装置を提供することが可能になる。また、参照マイクロホンなど、入射音を検知するための入射音検知手段の設置個数を少なくして、コストを抑えることも可能になる。さらに、複雑な信号処理が発生せず、因果律を満たすことが容易な能動遮音装置を提供することも可能になる。さらにまた、この能動遮音装置を用いた能動遮音方法を提供することも可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の能動遮音装置及び能動遮音方法の好適な実施態様について、図面を用いてより具体的に説明する。以下においては、主に2つの実施態様(第一実施態様及び第二実施態様)の能動遮音装置を例に挙げて、本発明の能動遮音装置及び能動遮音方法を説明するが、本発明の技術的範囲は、これらの実施態様に限定されるものではなく、発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更を施すことができる。
【0029】
1.第一実施態様の能動遮音装置の概要
第一実施態様の能動遮音装置は、
図1及び
図2に示すように、防音ボックス10と、複数の入射音検知手段21〜25と、制御手段30(
図2)と、アクチュエータ41〜45とを備えたものとなっている。
図1は、第一実施態様の能動遮音装置を示した斜視図である。
図2は、第一実施態様の能動遮音装置を示した平面図である。
図1においては、制御手段30を省略している。第一実施態様の能動遮音装置は、周囲で発生した騒音を防音ボックス10で遮ることにより、防音ボックス10の内部空間に収容した防音対象物に騒音が到達しないようにするためのものとなっている。
【0030】
2.防音ボックス
防音ボックス10は、
図1に示すように、矩形状の上面α
1と、矩形状の側面α
2,α
3,α
4,α
5と、矩形状の底面α
6とを有する六面体状のものとなっている。防音ボックス10の上面α
1は、矩形状の遮音パネル11によって覆われており、4つの側面α
2,α
3,α
4,α
5は、それぞれ矩形状の遮音パネル12〜15によって覆われている。これに対し、防音ボックス10の底面α
6(図示省略)は、遮音パネルによって塞がれておらず、防音対象物が設置された台500の上面によって塞がれた状態となっている。防音ボックス10は、防音対象物に対して被せることにより、その内部空間に防音対象物を収容できる。
【0031】
防音ボックス10の寸法は、その内部に収容する防音対象物の寸法などによっても異なり、特に限定されない。防音対象物が原子間力顕微鏡などの精密計測機器である場合には、防音ボックス10の縦幅、横幅及び高さは、通常、0.5〜1.5m程度とされる。第一実施態様の能動遮音装置において、防音ボックス10は、縦幅が0.85m、横幅が0.95m、高さが0.75mとなっており、原子間力顕微鏡を収容するものとして十分な寸法を有するものとなっている。
【0032】
防音ボックス10を構成する遮音パネル11〜15の素材は、音源の種類や、能動遮音装置を設置する環境などを考慮して適宜決定されるが、遮音性や耐久性、あるいは加工の容易性や入手コストなどを考慮すると、アルミニウムなどの金属板を採用すると好ましい。遮音パネル11〜15の損失係数も、特に限定されないが、0.05以上とすると好ましい。これにより、遮音パネル11〜15に対して斜めに入射する入射音に対してもより優れた遮音効果を奏させることが可能になる。遮音パネル11〜15の厚みは、通常、0.5〜10mmとされ、好ましくは、1〜5mmである。
【0033】
3.入射音検知手段
入射音検知手段21〜25は、
図1及び
図2に示すように、防音ボックス10の外側を囲むように配置されている。第一実施態様の能動遮音装置において、入射音検知手段21〜25は、それぞれ遮音パネル11〜15の外面中央から外方へ所定距離を隔てた箇所に設けられている。このため、入射音検知手段21は遮音パネル11に重なる位置に、入射音検知手段22は遮音パネル12に重なる位置に、入射音検知手段23は遮音パネル13に重なる位置に、入射音検知手段24は遮音パネル14に重なる位置に、入射音検知手段25は遮音パネル15に重なる位置に、それぞれ設けられた状態となっている。入射音検知手段21〜25以外の場所に別の入射音検知手段を設けておらず、入射音検知手段の設置個数を抑えている。この5個の入射音検知手段21〜25によっても、後述する制御方法を採用すれば、十分優れた制御効果を得ることができる。
【0034】
また、入射音検知手段21〜25は、遮音パネル11〜15との空間相関係数ができるだけ高くなる(空間相関係数が1に近くなる)位置に設けると好ましい。具体的には、入射音検知手段21〜25と遮音パネル11〜15との空間相関係数が0.4以上となる位置に入射音検知手段21〜25を設けると好ましい。これにより、入射音検知手段21〜25が検知した入射音と遮音パネル11〜15に実際に入射する入射音とのコヒーレンスを高めて、より高い制御効果を得ることが可能になる。これは、後述する第二実施形態の能動遮音装置においても同様である。このとき、空間相関係数は、能動遮音制御にとって最も厳しい条件である完全拡散音場における計算式を用いたものを基準とすると好ましい。完全拡散音場における空間相関係数(Rとする。)は、下記式1によって求めることができる。
【0035】
【数1】
ただし、rは、制御対象である遮音パネルから最も近い位置にある入射音検知手段(制御対象である遮音パネル上の任意の点と入射音検知手段とを結ぶ線分の長さの最小値が最も小さくなる入射音検知手段のこと。以下、「計算対象の入射音検知手段」と表記する。)から、当該制御対象である遮音パネル上の点(計算対象の入射音検知手段からの距離よりも他の入射音検知手段からの距離の方が短くなる点を除く。)であって当該入射音検知手段からの距離が最も遠くなる点までの距離である。また、kは入射音の波数である。
【0036】
入射音検知手段21〜25は、音を検知し、その音に応じた参照信号を外部に出力できるものであれば特に限定されない。第一実施態様の能動遮音装置においては、マイクロホンを入射音検知手段21〜25として用いている。以下においては、説明の便宜上、「入射音検知手段」を「参照マイクロホン」と表記する。
【0037】
4.制御手段
制御手段30は、
図2に示すように、参照マイクロホン21〜25からそれぞれ出力された参照信号101〜105に基づいてフィードフォワード制御用の制御信号201〜205を生成して出力するためのものとなっている。制御手段30における制御信号201〜205の具体的な生成方法については、後の「7.制御手段における制御信号の生成」において説明する。
【0038】
制御手段30としては、デジタル信号処理装置などが例示される。第一実施態様の能動遮音装置においては、DSPボードとD/AボードとA/Dボードとからなるデジタル信号処理装置(サンプリング周波数3kHz)を制御手段30として用いている。制御手段30が実行する制御アルゴリズムは、一般的な能動遮音制御で用いられている各種のものを用いることができる。制御手段30の制御アルゴリズムとしては、「Filtered−X LMS アルゴリズム」や、「Phase corrected filtered error LMS アルゴリズム」や、「最適アルゴリズム」や、「H∞制御アルゴリズム」などが例示される。第一実施態様の能動遮音装置においては、「Filtered−X LMS アルゴリズム」を採用している。
【0039】
5.アクチュエータ
アクチュエータ41〜45は、
図1及び
図2に示すように、それぞれ遮音パネル11〜15の外面における所定箇所に取り付けられている。このアクチュエータ41〜45は、それぞれ制御手段30が出力した制御信号201〜205に応じて遮音パネル11〜15を加振することにより遮音パネル11〜15の透過音(防音ボックスの外部から内部へ進入する音)を抑制するためのものとなっている。アクチュエータ41〜45の種類は、特に限定されないが、通常、遮音パネル11〜15における所定点を局所的に加振することのできるポイントアクチュエータが用いられる。第一実施態様の能動遮音装置においては、アクチュエータ41〜45として、ボイスコイル型のポイントアクチュエータを用いている。
【0040】
遮音パネル11に対するアクチュエータ41の配置は、特に限定されないが、非制御時の遮音パネル11に対して音を垂直に入射させて反共振周波数(Ωとする。)で反共振させた際に節線となる遮音パネル11における節線予定線(Lとする。)上の少なくとも1点に配すると好ましい。第一実施態様の能動遮音装置においては、非制御時の遮音パネル11に対して音を垂直に入射させて反共振周波数(Ω
a(∈Ω)とする。)で反共振させた際に節線となる節線予定線(L
a(∈L)とする。)と、非制御時の遮音パネル11に対して音を垂直に入射させて反共振周波数(Ω
b(∈Ω,Ω
b>Ω
a)とする。)で反共振させた際に節線となる節線予定線L
bとの4つの交点の全てにアクチュエータ41を配している。他の遮音パネル12〜15に対するアクチュエータ42〜45の配置も、これと同様の配置としている。これにより、さらに大きな制御効果を得ることができる。この配置によって大きな制御効果が得られる原理的な説明などについては、上記の特許文献1及び非特許文献1に記載している。
【0041】
6.分布定数型センサ
ところで、第一実施態様の能動遮音装置においては、
図1及び
図2に示すように、それぞれの遮音パネル11〜15に、分布定数型センサ50を貼り付けている。これらの分布定数型センサ50は、それぞれの遮音パネル11〜15の振動による変位(体積速度)を検知してエラー信号(図示省略)として制御手段30へ出力するものとなっている。このため、制御手段30は、参照マイクロホン21〜25から出力された参照信号101〜105に加えて、分布定数型センサ50から出力されたエラー信号も利用して、フィードフォワード制御用の制御信号201〜205を生成して出力するようになっている。これにより、より大きな制御効果を得ることが可能になる。
【0042】
また、第一実施態様の能動遮音装置においては、分布定数型センサ50として、上記の非特許文献3でP.Gardonioらが提案したものと同様、その対向する一対の側縁を逆向きの二次曲線でシェイピングした帯状のPVDF(登録商標)フィルムを用いた。PVDF(登録商標)フィルム50は、遮音パネル11〜15におけるそれぞれの節線予定線L上に貼り付けると好ましい。第一実施態様の能動遮音装置において、PVDF(登録商標)フィルム50は、遮音パネル11〜15のそれぞれの中心線(遮音パネル11〜15の長辺に平行な中心線)上に1本ずつ貼り付けた。これにより、理論的には、それぞれの遮音パネル11〜15の(3,1)モード周波数以下の周波数領域で制御効果が得られると考えられる。
【0043】
7.制御手段における制御信号の生成
図2を参照しながら、第一実施態様の能動遮音装置での、制御手段30における制御信号201〜205の生成方法について説明する。第一実施態様の能動遮音装置において、制御手段30から一の遮音パネルに取り付けられたアクチュエータへ出力される制御信号は、前記一の遮音パネルに重なる位置に設けられた一の参照マイクロホンから出力された参照信号と、前記一の遮音パネルに隣接する他の遮音パネルに重なる位置に設けられた他の入射音検知手段から出力された参照信号とに基づいて生成されるようになっている。具体的には、制御信号201〜205は、下記表1に示す参照信号に基づいて生成されるようになっている。
【0045】
上記表1において、「○」印は、その段の制御信号の生成に利用されることを意味し、「×」印は、その段の制御信号の生成に利用されないことを意味している。すなわち、制御信号201は、参照信号101〜105に基づいて生成され、制御信号202は、参照信号101〜103,105に基づいて生成され、制御信号203は、参照信号101〜104に基づいて生成され、制御信号204は、参照信号101,103〜105に基づいて生成され、制御信号205は、参照信号101,102,104,105に基づいて生成される。防音ボックス10の底面α
6に別の参照マイクロホンを設けた場合には、制御信号202〜205の生成に、底面α
6に設けられた参照マイクロホンから出力された参照信号も利用する。このようにMISO(Multi Input Single Output)制御することにより、優れた制御効果を得ることができる。
【0046】
8.フィードフォワード制御の因果律について
続いて、第一実施態様の能動遮音装置におけるフィードフォワード制御の因果律について検討する。
図3は、第一実施態様の能動遮音装置において、防音ボックス10における上面α
1を覆う遮音パネル11への入射音を遮音パネル11に重なる位置に設けられた参照マイクロホン21によって検知している状態を示した側面図である。
図4は、第一実施態様の能動遮音装置において、防音ボックス10における上面α
1を覆う遮音パネル11への入射音を上面α
1に隣接する側面α
2を覆う他の遮音パネル12に重なる位置に設けられた参照マイクロホン22によって検知している状態を示した側面図である。
図3は、フィードフォワード制御の因果律をぎりぎり満たす位置に参照マイクロホン21を設けた場合について示しており、
図4は、フィードフォワード制御の因果律をぎりぎり満たす位置に参照マイクロホン22を設けた場合について示している。
【0047】
図3及び
図4に示す場合において、制御手段30における信号処理に要する時間における入射音の進行距離と、能動遮音制御時における許容位相誤差から許容される最大許容距離との和をΔLとし、信号処理に必要な時間として1サンプリング時間のみを考慮すると、ΔLは、下記式2によって表わすことができる。
【数2】
ただし、Cは音速、ωは入射音の角周波数、f
sampは制御手段30のサンプリング周波数、Δθは許容位相誤差である。
【0048】
このとき、
図3における角度θ
1と角度θ
1’は、幾何学的な関係より、それぞれ下記式3,4によって表わすことができる。
【数3】
【数4】
ただし、aは、遮音パネル11の横幅(簡単のため、防音ボックス10の側面α
2と側面α
4の間隔と同じであるとする。)であり、L
mp1は、遮音パネル11と参照マイクロホン21との距離である。
【0049】
したがって、参照マイクロホン21によって検知できる遮音パネル11への入射音の入射角度θ
iの条件は、この場合における臨界入射角度をθ
c1として、下記式5によって表わされる。
【数5】
換言すると、防音ボックス10の上面α
1を覆う遮音パネル11と、遮音パネル11に重なる位置に設けられた参照マイクロホン21との関係では、上記式5を満たすときに、フィードフォワード制御の因果律が満たされる。
【0050】
同様に、
図4における角度θ
2と角度θ
2’は、幾何学的な関係より、それぞれ下記式6,7によって表わすことができる。
【数6】
【数7】
ただし、bは、遮音パネル12の高さ(簡単のため、防音ボックス10の上面α
1と底面α
6の間隔に一致するものとする。)であり、L
mp2は、遮音パネル12と参照マイクロホン22との距離である。
【0051】
したがって、参照マイクロホン22によって検知できる入射音の入射角度θ
iの条件は、この場合における臨界入射角度をθ
c2として、下記式8によって表わされる。
【数8】
換言すると、防音ボックス10の上面α
1を覆う遮音パネル11と、上面α
1に隣接する側面α
2を覆う他の遮音パネル12に重なる位置に設けられた参照マイクロホン22との関係では、上記式8を満たすときに、フィードフォワード制御の因果律が満たされる。防音ボックス10の上面α
1を覆う遮音パネル11と、上面α
1に隣接する他の側面α
3〜α
5を覆う他の遮音パネル13〜15に重なる位置に設けられた参照マイクロホン23〜25との関係においてもこれと同様である。
【0052】
ここで、上記式5における臨界入射角度θ
c1及び上記式8における臨界入射角度θ
c2を、周波数(=ω/2π)を横軸にとってグラフに描くと、
図5のようになる。
図5は、第一実施態様の能動遮音装置において、試作した防音ボックス10の上面α
1を覆う遮音パネル11に対する入射音の周波数と、該入射音の臨界入射角度θ
c1及び臨界入射角度θ
c2との関係を示したグラフである。ただし、臨界入射角度θ
c1及び臨界入射角度θ
c2は、aを0.95mとし、bを0.75mとし、距離L
mp1及び距離L
mp2をいずれも0.5mとし、Cを340m/sとし、f
sampを3kHzとし、許容位相誤差Δθを20°として求めた。
【0053】
このとき、臨界入射角度θ
c1が臨界入射角度θ
c2よりも大きくなる周波数帯域においては、全ての入射角度θ
iについて、フィードフォワード制御の因果律が満たされる。
図5を見ると、臨界入射角度θ
c1が臨界入射角度θ
c2よりも大きくなるのは、周波数が約230Hz以下の範囲であることが分かる。したがって、上記条件の下、上記試作した防音ボックス10で遮音パネル11を制御する場合には、参照マイクロホン21及び参照マイクロホン22と遮音パネル11との関係において、約230Hz以下の周波数帯域で、遮音パネル11に対する入射音の全ての入射角度θ
iについて、フィードフォワード制御の因果律が満たされることになる。
【0054】
遮音パネル11を制御する場合における、参照マイクロホン21及び他の参照マイクロホン23〜25と遮音パネル11との関係についても、上記したのと同様の手法によって、フィードフォワード制御の因果律が満たされる周波数帯域を求めることができる。また、遮音パネル12〜15のそれぞれを制御する場合における、制御対象の遮音パネルに重なる位置に設けられた参照マイクロホン、及び、該制御対象の遮音パネルに隣接する他の遮音パネルに重なる位置に設けられた参照マイクロホンと、該制御対象の遮音パネルとの関係についても、上記したのと同様の手法によって、フィードフォワード制御の因果律が満たされる周波数帯域を求めることができる。
【0055】
ところで、ここまでは、ボックス型の能動遮音装置におけるフィードフォワード制御の因果律について説明したが、一般型の能動遮音装置におけるフィードフォワード制御の因果律については、以下のようになる。
図6は、一般型の能動遮音装置における遮音パネル11への入射音を遮音パネル11に重ならない位置に設けられた参照マイクロホン20によって検知している状態を示した断面図である。遮音パネル11の中心を原点にとり、x軸とy軸を
図6に示すようにとり、参照マイクロホン20の座標を(L
x,L
y)とすると、
図6に示すLは、下記式9によって表わされる。
【数9】
上記式9におけるLが上記式2の左辺におけるΔLと下記式10の関係を満たせば、一般型の能動遮音装置において、フィードフォワード制御の因果律が満たされることになる。
【数10】
【0056】
9.実験1
本発明のボックス型の能動遮音装置(第一実施態様の能動遮音装置)の制御効果を検証するため、上記の試作した防音ボックス10の外部で騒音を発しながら、防音ボックス10の内部の音圧レベルを測定する実験(実験1)を行った。試作した防音ボックス10を構成する各遮音パネル11〜15の制御は、上記の「7.制御手段における制御信号の生成」で述べたMISO制御を用いた。防音ボックス10の内部の音圧レベルは、場所によって差があることから、
図7に示すように、マイクロホンを10cm間隔で格子状に配したマイクロホンアレイ700が測定した36個の音圧レベルの平均値(パワー平均)である平均音圧レベルとした。
図7は、第一実施態様の能動遮音装置の制御効果について検証を行うための実験システムを示した斜視図である。台500の上面(防音ボックス10の底面α
6)からマイクロホンアレイ700までの高さHは、防音対象物として想定される原子間力顕微鏡が設置される高さ(0.3m)とした。実験は、一の遮音パネルから該一の遮音パネルに重なる位置に設けられた参照マイクロホンまでの距離(L
mpとする。)が、0.1mである場合と、0.3mである場合と、0.5mである場合と、0.7mである場合について行った。
【0057】
また、実験は、騒音源が1つの場合(
図7のスピーカ601のみから騒音を発した場合)と、騒音源が3つの場合(
図7のスピーカ601〜603の全てから騒音を発した場合)とについて行った。騒音源が3つの場合には、それぞれのスピーカ601〜603は、無相関のノイズ源によって駆動し、それぞれのスピーカ601〜603から1mの位置で音圧が等しくなるように音量を調節した。いずれの場合も、騒音は、ノイズジェネレータにより生成された800Hz以下のピンクノイズを用いた。能動遮音装置は、一般の実験室に設置した。この実験室は、天井のみが吸音性を持った材料で形成されており、壁は石膏ボード仕上げ、床はコンクリートスラブにビニル床シート仕上げとなっている。ただし、壁面からの反射音の影響を低減するため、
図8に示すくさび状吸音材(ウレタンフォーム製)を、スピーカ601(
図7)と対向する2面の壁に沿ってL字状に配した。
図8は、試作した防音ボックス10を設置した実験室を撮影した写真である。
【0058】
さらにまた、比較例として、一の遮音パネルに取り付けられたアクチュエータを制御する制御信号の生成に、該一の遮音パネルに重なる位置に設けられた参照マイクロホンから取得した参照信号を用い、該一の遮音パネルに重ならない位置に設けられた参照マイクロホンから取得した参照信号は用いない場合(SISO:Single Input Single Outputで制御する場合)についても平均音圧レベルを測定した。比較例の能動遮音装置においては、遮音パネルから参照マイクロホンまでの距離L
mpが0.3mである場合についてのみ測定した。比較例の能動遮音装置は、SISO制御である点を除いては、本発明の能動遮音装置と同じである。
【0059】
図9は、くさび状吸音材を設置した実験室において、1つの騒音源601から発せられた入射音に対して、第一実施態様の能動遮音装置を用いて能動遮音制御を行ったときに防音ボックス10の内部に到達する透過音の周波数と平均音圧レベルとの関係を示したグラフである。
図10は、くさび状吸音材を設置した実験室において、3つの騒音源601〜603から発せられた入射音に対して、第一実施態様の能動遮音装置を用いて能動遮音制御を行ったときに防音ボックス10の内部に到達する透過音の周波数と平均音圧レベルとの関係を示したグラフである。
図11は、くさび状吸音材を設置した実験室において、1つの騒音源から発せられた入射音に対して、比較例の能動遮音装置を用いて能動遮音制御を行ったときに防音ボックスの内部に到達する透過音の周波数と平均音圧レベルとの関係を示したグラフである。
図9〜11において、「制御なし」は、アクチュエータによる制御を行わない場合であり、「制御あり」は、アクチュエータによる制御を行った場合である。
【0060】
第一実施態様の能動遮音装置に関する
図9と
図10のグラフを見ると、騒音源が1つの場合と、騒音源が3つの場合のいずれにおいても、200Hz以下の周波数帯域に亘って、「制御なし」の場合よりも、「制御あり」の場合の平均音圧レベルが減少しており、第一実施態様の能動遮音装置は、200Hz以下の広い周波数帯域において優れた制御効果が得られるものであることが分かる。これに対し、比較例の能動遮音装置に関する
図11のグラフを見ると、150Hz以下の周波数帯域でしか制御効果が得られておらず、150Hz以上の周波数帯域では、制御効果が殆ど得られていないことが分かる。以上のことから、MISO制御を行う第一実施態様の能動遮音装置が、制御効果の向上に有効であることが確認できた。しかも、第一実施態様の能動遮音装置では、騒音源が複数(3つ)の場合にも大きな制御効果が得られており、実用上も有効なものであることが確認できた。
【0061】
また、
図9と
図10のグラフからは、第一実施態様の能動遮音装置では、遮音パネルから参照マイクロホンまでの距離L
mpが短くなればなるほど、150Hz以上の周波数帯域で制御効果が低下し、距離L
mpが長くなればなるほど、150Hz以上の周波数帯域における制御効果が向上することも確認できた。一方、150Hz以下の周波数帯域における制御効果では、距離L
mpの違いによる顕著な差は見られない。これは低周波数帯域では、入射音の波長が長く位相差が生じにくいため、遮音パネルに対する入射音の入射方向にかかわらず、優れた制御効果が得られるものの、周波数が高くなると、入射音の波長が短くなって位相差が生じやすくなり、特に、遮音パネルに対して斜めに入射する成分を高精度で検知できなくなるためと考えられる。第一実施態様の能動遮音装置において、遮音パネルに対して斜めに入射する成分を高精度で検知して、あるいは、フィードフォワード制御の因果律を満たして、広い周波数帯域において制御効果が得られるようにするためには、参照マイクロホンを遮音パネルからある程度離した方が好ましいことが分かった。
【0062】
遮音パネルから参照マイクロホンまでの距離L
mpの具体的な値は、遮音パネルの寸法や、制御手段のサンプリング周波数などの条件によっても異なるため、特に限定されないが、上記の実験結果から、5cm以上とした方が好ましいと考えられる。遮音パネルから参照マイクロホンまでの距離L
mpは、10cm以上、20cm以上、30cm以上、40cm以上、50cm以上、60cm以上、70cm以上と長くした方が好ましい。しかし、遮音パネルから参照マイクロホンまでの距離L
mpを長くしすぎると、入射音検知手段と遮音パネルのコヒーレンスが低下するおそれがある。また、能動遮音装置の設置スペースが増大してしまう。このため、遮音パネルから参照マイクロホンまでの距離L
mpは、通常、150cm以下とされ、100cm以下とすると好ましい。
【0063】
10.実験2
上記の実験1は、
図8に示すように、実験室の一部の壁に沿ってくさび状吸音材を設置して行ったが、壁からの反射音の影響を調べるため、くさび状吸音材を取り除いて、上記の実験1と同様の実験(実験2)を行った。
図12は、くさび状吸音材を設置していない実験室において、1つの騒音源から発せられた入射音に対して、第一実施態様の能動遮音装置を用いて能動遮音制御を行ったときに防音ボックス10の内部に到達する透過音の周波数と平均音圧レベルとの関係を示したグラフである。
図13は、くさび状吸音材を設置していない実験室において、3つの騒音源から発せられた入射音に対して、第一実施態様の能動遮音装置を用いて能動遮音制御を行ったときに防音ボックス10の内部に到達する透過音の周波数と平均音圧レベルとの関係を示したグラフである。
【0064】
騒音源が1つの場合は、
図12に示すように、概ね、くさび状吸音材を設置した場合(
図9)と同様の制御効果が得られている。また、
図12のグラフからは、遮音パネルから参照マイクロホンまでの距離L
mpを長くするにつれて、128Hz付近や154Hz付近の一部の周波数では制御効果が低下するものの、170〜200Hzの周波数帯域で制御効果が改善(向上)することも分かる。これに対し、騒音源が3つの場合は、
図13に示すように、くさび状吸音材を設置した場合(
図10)と比較して、制御効果が限定的であることが分かる。特に、140Hz以上の周波数帯域では、3〜4dB程度かそれ以下の制御効果しか得られていない。また、騒音源が3つの場合(
図13)は、遮音パネルから参照マイクロホンまでの距離L
mpを長くするにつれて、ほぼ全周波数帯域において制御効果が低下することも分かった。
【0065】
騒音源が3つの場合(
図13)において、上記のような結果となったのは、実験室の壁からの反射音の影響が大きく現れたためと考えられる。というのも、音が反響する場合、実験室内の音場は拡散性が高くなる。さらに、無相関の複数の騒音源が存在する場合には、より拡散状態に近づく。このため、実験室内の2点間のコヒーレンスが低下し、制御対象の遮音パネルに入射する入射音と、該遮音パネルに隣接する他の遮音パネルに重なる位置に設けられた参照マイクロホンが検知した入射音とのコヒーレンスも低下し、入射音の非垂直成分について制御効果が得られなくなったと考えられる。このような拡散状態に近い音場においても、優れた制御効果を得るためには、参照マイクロホンの数を増やすとよい。しかしながら、現実的には、信号処理速度(制御手段の能力)やコストなどの問題があるため、参照マイクロホンの数を大幅に増やすことは困難である。このため、室内の壁に吸音材を設置するなど、室内の残響音を低減する対策が効果的であると考える。
【0066】
11.第二実施態様の能動遮音装置
図14は、本発明の第二実施態様の能動遮音装置を示した斜視図である。
図15は、本発明の第二実施態様の能動遮音装置を示した平面図である。第一実施態様の能動遮音装置では、上記の「3.入射音検知手段」でも述べた通り、全ての参照マイクロホン21〜25を遮音パネル11〜15のいずれかに重なる位置に配置していたが、第二実施態様の能動遮音装置では、
図14及び
図15に示すように、参照マイクロホン21〜25のうち、参照マイクロホン22〜25については、いずれの遮音パネル11〜15にも重ならない位置に配置している。
【0067】
具体的には、参照マイクロホン22は、防音ボックス10の側面α
2と側面α
5とが形成する角の二等分線上であって防音ボックス10の外側となる位置に設けられている。同様に、参照マイクロホン23は、防音ボックス10の側面α
3と側面α
2とが形成する角の二等分線上、参照マイクロホン24は、防音ボックス10の側面α
4と側面α
3とが形成する角の二等分線上、参照マイクロホン25は、防音ボックス10の側面α
5と側面α
4とが形成する角の二等分線上であって、いずれも防音ボックス10の外側となる位置に設けられている。これに対し、参照マイクロホン21は、遮音パネル11の外面中央から外方へ所定距離を隔てた箇所に設けており、遮音パネル11に重なる位置に設けている。
【0068】
図15を参照しながら、第二実施態様の能動遮音装置での、制御手段30における制御信号201〜205の生成方法について説明する。第二実施態様の能動遮音装置においても、第一実施態様の能動遮音装置と同様、制御手段30から一の遮音パネルに取り付けられたアクチュエータへ出力される制御信号の生成に、前記一の遮音パネルに重ならない位置に設けられた参照マイクロホンから出力された参照信号が利用されるようになっている。制御手段30から遮音パネル11に取り付けられたアクチュエータ41へ出力される制御信号201の生成には、遮音パネル11に重なる位置に設けられた参照マイクロホンから出力された参照信号も利用される。具体的に、制御手段30からアクチュエータ41〜45に出力される制御信号201〜205は、それぞれ下記表2に示す参照信号に基づいて生成されるようになっている。
【0070】
上記表2における「○」印や「×」印の意味は、上記表1で説明したのと同様である。すなわち、制御信号201は、参照信号101〜105に基づいて生成され、制御信号202は、参照信号101〜103に基づいて生成され、制御信号203は、参照信号101,103,104に基づいて生成され、制御信号204は、参照信号101,104,105に基づいて生成され、制御信号205は、参照信号101,102,105に基づいて生成される。防音ボックス10の底面α
6に別の参照マイクロホンを設けた場合には、制御信号202〜205の生成に、底面α
6に設けられた参照マイクロホンから出力された参照信号も利用する。このようにMISO制御することにより、第二実施態様の能動遮音装置においても、優れた制御効果を得られることが期待される。第二実施態様の能動遮音装置における他の構成については、第一実施態様の能動遮音装置と同様であるため、説明を割愛する。