【実施例】
【0027】
<実施例1>
[TOPFlash reporter assayによるフルオキセチンの用量依存的効果の確認]
Wnt−3A(Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化剤)を培養液中に分泌する安定株L Wnt−3A(CRL−2647,ATCC)を培養後、培養上清を回収してWnt−3A培養上清(Wnt−3A conditioned medium、以下「Wnt3A−CM」と記載することがある。)を得た。Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化状態を測定するため、ヒト軟骨様細胞株HCS−2/8(Takigawa M,et al.,“Establishment of a Clonal Human Chondrosarcoma Cell Line with Cartilage Phenotypes”,Cancer Research 49,July 15 1989,p3996−4002)に、このシグナルに依存して応答するTOPFlash firefly luciferase reporter vector(Addgene社)とコントロールとしてphRL−TK Renilla luciferase(Promega社)を、Fugene6(Invitrogen社)を用いて遺伝子導入した。培養液全体に対して25%のWnt3A−CM存在下に、フルオキセチン濃度が0〜25μMとなるように添加した。添加後、luciferase活性は、Dual Luciferase Reporter Assay System(Promega社)を用いて、POWERSCAN MX(DS Parma Biomedical社)にて測定した。
図1は、測定結果を示すグラフである。
図1から明らかなように、フルオキセチンは、用量依存的にWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を抑制することが明らかとなった。
【0028】
<実施例2>
[アルシアンブルー染色]
マウス軟骨前駆細胞株ATDC5(理研バイオリソースセンター(RIKEN BRC)より入手)に、2週間インスリン/トランスフェリン/セレン(ITS;Invitrogen社)を添加して軟骨分化誘導を行った。その後、培養液全体に対して20%のWnt3A−CM、又は10mMのLiCl(Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化剤)存在下で、フルオキセチン濃度が0から10μMとなるように加え、72時間の培養を行った。細胞は−20℃メタノールで30分間固定し、1NのHClに溶かした0.5% Alcian Blue 8 GX溶液(Sigma社)にて染色し、200μlの6M guanidine HClにて室温で6時間溶解した。この溶液の650nmの吸光度を、POWERSCAN4(DS Parma Biomedical社)を用いて測定し、細胞のプロテオグリカン産生能を評価した。なお、Wnt3A−CM、LiClを添加するとWnt/β−カテニンシグナル伝達経路が活性化し、細胞外基質であるプロテオグリカン産生能は低下する。
図2(A)はWnt3A−CMを添加した時の、
図2(B)はLiClを添加した時の、アルシアンブルー染色結果を示すグラフである。
図2(A)及び(B)に示すように、Wnt3A−CM、LiClを添加することでWnt/β−カテニンシグナル伝達経路が活性化し、プロテオグリカン産生能が低下した(左から2番目のバー)。そして、フルオキセチンの添加量を増やすことでプロテオグリカン産生能が向上したことから、フルオキセチンがWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を抑制することを確認した。
【0029】
<実施例3>
[real−time RT−PCR analysisによるmRNA量の計測]
実施例2と同様の処理を行った細胞からTrizol(Life Technologies社)を用いてRNAを抽出し、ReverTra Ace(Toyobo社)とランダムプライマーを用いてcDNAを作成した。このcDNAに対して、SYBR Green(Takara社)酵素とマーカー遺伝子特異的なプライマーを用いてquantative PCRをLightCycler 480(Roche社)で行い、各遺伝子のmRNA発現量を計測した。マーカー遺伝子には、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路のターゲットAxin2、軟骨形成マーカーSox9、軟骨分解マーカーMmp13を選択した。Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化剤であるWnt3A−CM、LiClを添加すると、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路のターゲットであるAxin2は活性化する。一方、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化により軟骨形成マーカーであるSox9は抑制され、逆に軟骨分解マーカーであるMmp13は活性化する。
【0030】
図3(A)はWnt3A−CM+フルオキセチンのAxin2発現量、
図3(B)はWnt3A−CM+フルオキセチンのSox9発現量、
図3(C)はWnt3A−CM+フルオキセチンのMmp13発現量、
図3(D)はLiCl+フルオキセチンのAxin2発現量、
図3(E)はLiCl+フルオキセチンのSox9発現量、
図3(F)はLiCl+フルオキセチンのMmp13発現量、を計測し、GAPDHの発現量で標準化したグラフである。
図3(A)及び(D)が示すように、Axin2はWnt3A−CM、LiClの添加により活性化したが、フルオキセチンの添加により活性化が抑制された。また、
図3(B)及び(E)が示すように、Sox9はWnt3A−CM、LiClの添加により活性化が抑制されたが、フルオキセチンの添加により活性化の抑制が解除され、フルオキセチンの添加量の増加に伴い、Sox9の活性が回復した。逆に、
図3(C)及び(F)が示すように、Mmp13はWnt3A−CM、LiClの添加により活性化したが、フルオキセチンの添加により活性化が抑制された。以上の結果より、フルオキセチンは、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を抑制すること、そして、軟骨形成マーカーであるSox9を活性化するが、逆に軟骨分解であるマーカーMmp13を抑制することを確認した。
【0031】
<実施例4>
[Western blot]
上記実施例2と同様の処理を行った細胞に、RIPA Lysis Buffer(Santa Cruz)に0.1mM dithiothreitol、1mg/ml leupeptin、1mM phenylmethylsulfonyl fluoride、1mg/ml aprontininを添加した溶液を加え、細胞の総たんぱく質を回収した。SDS−PAGEを用いた電気泳動により回収したタンパク質を分離し、メンブレンへ転写後に抗β−カテニン抗体(BD Transduction Laboratories社)と抗GAPDH抗体(Sigma社)を用いてWestern blot法を行った。β−カテニン、GAPDHのタンパク質量をImage J softwareを用いて測定し、数値化した。
【0032】
図4(A)はWnt3A−CM+フルオキセチンのβ―カテニンのWestern blotの写真、
図4(B)は
図4(A)に基づきタンパク質量を数値化したグラフである。
図4(C)はLiCl+フルオキセチンのβ―カテニンのWestern blotの写真、
図4(D)は
図4(C)に基づきタンパク質量を数値化したグラフである。
図4(B)及び(D)に示すように、Wnt3A−CM又はLiClを添加することでβ―カテニンの生産量が増加したが、フルオキセチンを添加することでβ―カテニンの生産量は減少した。フルオキセチンが、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を抑制したためと考えられる。
【0033】
<実施例5>
[免疫蛍光染色]
膝人工関節置換術時に採取したヒト変形性膝関節症由来軟骨細胞OAC(human osteoarthritic chondrocyte)を10mM LiCl存在下で、フルオキセチン濃度が10μMとなるように加え、72時間培養した。得られた細胞は4% paraformaldehydeで固定した。β−カテニン抗体を用いて免疫蛍光染色した後、DAPI(Vector Laboratories社)にて核を染色し、β−カテニンの核局在をFSX100(Olympus社)にて可視化した。なお、ヒト変形性膝関節症由来軟骨細胞は、名古屋大学医学部付属病院における膝人工関節置換術時に大腿骨、脛骨、膝蓋骨の軟骨表面をメスにて多数の小片へスライスし、得られた検体を3mg/mlの2型コラーゲン分解溶液(Worthington Biochemical社)に浸し、6時間後にナイロンメッシュのフィルターを通して回収し、この溶液をシャーレ上で培養することにより得た。なお、ヒト変形性膝関節症由来軟骨細胞の取集方法については、「Nakashima M.,“Role of S100A12 in the pathogenesis of osteoarthritis”,Biochemical and Biophysical Research Communications 422,2012,p508−514」にも記載されている。
【0034】
図5は、実施例5で免疫蛍光染色した後の可視化した写真である。Untreated−DAPI及びUntreated−Mergeの写真が示すように、核の部分は染色されていた。しかしながら、Untreated−β−cateninの写真では、核に相当する部分が黒く抜けている細胞が多かった。これは核にβカテニンを蓄積している細胞があまりないことを示している。一方、LiCl−β−cateninの写真が示すように、LiClを添加することで核の中にβ−cateninの蓄積が認められた細胞が増えたが、LiCl with Fluoxetine−β−cateninの写真が示すように、LiClに更にFluoxetineを加えることで、核の中にβカテニンを蓄積している細胞があまり増えなくなった。以上の結果より、フルオキセチンを添加することで、βカテニンの核の中での蓄積を抑制できることが分かった。
【0035】
<実施例6>
[In vivoラットOAモデルの作成と組織学的評価]
SDラット(Sprague−Dawley rat)の右膝にmenisco−tibial ligament切除による内側半月板不安定化手術(destabilize medial meniscus;DMM surgery)を行い、OAモデルラットとした。同じラットの左膝には皮膚切開と関節包切開のみを行い、Sham足とした。
図6(A)はDMM手術を行ったラットの写真である。フルオキセチンをPBSに溶かして50μMとし、両膝に各50μlのフルオキセチン混合液またはPBSのみの液を週1回、関節腔内投与した。手術から8週後膝関節周囲の軟部組織を除去し、4% paraformaldehydeにて組織を固定した。その後、大腿骨内側顆の左右中央にて矢状断で切片を作成し、Safranin O−Fast−green染色をおこなった。OAの進行度は、脛骨側と大腿骨側軟骨のmodified Mankin histologic scoreを計測しその合計値で評価した。なお、modified Mankin histologic scoreとは、関節軟骨の組織学的変性度を示すもので、軟骨の構造、細胞の状態、Safranin−Oの染色性、Tidemarkの状態を数値化したものである(「Mankin HJ, et al.,“Biochemical and metabolic abnormalities in articular cartilage from osteo−arthritic human hips. II. Correlation of morphology with biochemical and metabolic data.”, J Bone Joint Surg Am.,1971 Apr;53(3):523−37」、及び「Furman BP,et al.,“Joint Degeneration following Closed Intraarticular Fracture in the Mouse Knee: A Model of Posttraumatic Arthritis”, J Orthop Res.,May 2007,p578−592」参照。)
【0036】
図6(B)はSafranin O−Fast−green染色の写真、
図6(C)はmodified Mankin histologic scoreの計測の合計値のグラフである。
図6(C)から明らかなように、DMM手術を行ったSDラットにフルオキセチンを投与することで、modified Mankin histologic scoreの合計値が低くなった。
【0037】
以上の結果より、フルオキセチンはOAを治療できる医薬組成物であることが分かった。また、フルオキセチンはGSKインヒビターであるLiClが活性化するWnt/βカテニンシグナルも抑制したことから、Wnt/βカテニンシグナルの比較的下流側で機能していると考えられる。そのため、病態進行をより直接的に抑制できる可能性がある。