特許第5967685号(P5967685)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5967685軟骨細胞のWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化抑制組成物及び変形性関節症治療用医薬組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】5967685
(24)【登録日】2016年7月15日
(45)【発行日】2016年8月10日
(54)【発明の名称】軟骨細胞のWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化抑制組成物及び変形性関節症治療用医薬組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/138 20060101AFI20160728BHJP
   A61P 19/02 20060101ALI20160728BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20160728BHJP
【FI】
   A61K31/138
   A61P19/02
   A61P43/00 111
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2016-4255(P2016-4255)
(22)【出願日】2016年1月13日
【審査請求日】2016年2月17日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人名古屋大学
(74)【代理人】
【識別番号】100167689
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 征二
(72)【発明者】
【氏名】大野 欽司
(72)【発明者】
【氏名】石黒 直樹
(72)【発明者】
【氏名】大河原 美静
(72)【発明者】
【氏名】宮本 健太郎
【審査官】 鳥居 福代
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2002/0068718(US,A1)
【文献】 International Journal of Obesity,2007年,Vol.31,p.713-717
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/138
A61P 19/02
A61P 43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フルオキセチンまたはその薬学的に許容し得る塩を含む軟骨細胞のWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化抑制組成物。
【請求項2】
前記フルオキセチンが、塩酸塩である請求項1に記載の軟骨細胞のWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化抑制組成物。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の軟骨細胞のWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化抑制組成物からなる変形性関節症治療用医薬組成物。
【請求項4】
フルオキセチンまたはその薬学的に許容し得る塩を有効成分として含む変形性関節症治療用医薬組成物。
【請求項5】
前記フルオキセチンが、塩酸塩である請求項4に記載の変形性関節症治療用医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟骨細胞のWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化抑制組成物及び変形性関節症治療用医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
変形性関節症(osteoarthritis;OA)は高齢者の運動機能を脅かす代表的な疾患であり、我が国で最も患者数の多い関節疾患である。罹患者の数は、社会の高齢化とともに増加の一途をたどっており、膝関節だけで国内に2530万人の患者がいると推定されている。
【0003】
正常な関節において、関節軟骨はメカニカルストレスや炎症などの刺激に対する予備能力を有しており、関節軟骨の恒常性が保たれている。これに対し、アライメント異常や外傷などの過剰なメカニカルストレスに加齢や代謝異常による予備能力低下が加わると、関節軟骨の恒常性が破綻する。関節軟骨の恒常性が破綻すると、軟骨基質におけるタンパク分解酵素、炎症性サイトカインの発現増強や軟骨細胞のアポトーシスが生じ、関節軟骨の変性および破壊が進行する。
【0004】
OAの治療は保存療法と手術療法に大別できる。保存療法には患者教育、物理療法、運動療法や装具療法などの非薬物療法と薬物療法が挙げられる。薬物療法には、アセトアミノフェン、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)やオピオイドなどの内服薬とステロイドやヒアルロン酸などの関節内注射に大別される。
【0005】
OAに対して現在行われている保存的治療の中で、薬物治療は重要な位置を占める。しかしながら、臨床で使用可能なOAに対する薬物治療としては対症療法のsymptom modifying OA drug(SMOADs)のみであり、OAそのものの進行を抑制あるいは修飾することが期待される、いわゆるdisease modifying OA drug(DMOADs)が求められている。DMOADsとしては、3’−ホスホアデノシン−5’−ホスホ硫酸又はその塩が期待されている(特許文献1参照)。
【0006】
ところで、近年、軟骨細胞におけるWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の異常活性化がOAの発症と病態進行に関与することが解明されつつある(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2015−20948号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】川口浩,“II.OA基礎 2.遺伝子変異マウスによる変形性関節症の分子背景へのアプローチ”,THE BONE Vol.23, No.1 2009−1,p35−40
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記特許文献1に記載されている3’−ホスホアデノシン−5’−ホスホ硫酸又はその塩は、軟骨成分の一つであるII型コラーゲンの産生を促進し、また軟骨組織の骨化や分解に関与するNotch経路のシグナル伝達因子の産生を抑制するものであって、上記の軟骨細胞におけるWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を抑制するものではない。そのため、軟骨細胞におけるWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を抑制するDMOADsの開発が望まれている。
【0010】
本発明は、上記問題点を解決するためになされたもので、鋭意研究を行ったところ、驚くべきことに、抗うつ剤として使用されているフルオキセチンが、軟骨細胞のWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を抑制することを新たに見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明の目的は、軟骨細胞のWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化抑制組成物、該組成物からなる変形性関節症治療用医薬組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、以下に示す軟骨細胞のWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化抑制組成物及び変形性関節症治療用医薬組成物に関する。
【0013】
(1)フルオキセチンまたはその薬学的に許容し得る塩を含む軟骨細胞のWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化抑制組成物。
(2)前記フルオキセチンが、塩酸塩である上記(1)に記載の軟骨細胞のWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化抑制組成物。
(3)上記(1)又は(2)に記載の軟骨細胞のWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化抑制組成物からなる変形性関節症治療用医薬組成物。
(4)フルオキセチンまたはその薬学的に許容し得る塩を有効成分として含む変形性関節症治療用医薬組成物。
(5)前記フルオキセチンが、塩酸塩である上記(4)に記載の変形性関節症治療用医薬組成物。
【発明の効果】
【0014】
フルオキセチンは、軟骨細胞のWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を抑制することができる。したがって、変形性関節症治療用医薬組成物として用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、実施例1において、フルオキセチンが用量依存的にWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を抑制する測定結果を示すグラフである。
図2図2は実施例2の結果を示すグラフで、図2(A)はWnt3A−CM+フルオキセチンを添加した時の、図2(B)はLiCl+フルオキセチンを添加した時の、マウス軟骨前駆細胞株ATDC5のアルシアンブルー染色結果を示すグラフである。
図3図3は実施例3の結果を示すグラフで、図3(A)はWnt3A−CM+フルオキセチンのAxin2発現量、図3(B)はWnt3A−CM+フルオキセチンのSox9発現量、図3(C)はWnt3A−CM+フルオキセチンのMmp13発現量、図3(D)はLiCl+フルオキセチンのAxin2発現量、図3(E)はLiCl+フルオキセチンのSox9発現量、図3(F)はLiCl+フルオキセチンのMmp13発現量、を計測し、GAPDHの発現量で標準化したグラフである。
図4図4は実施例4の結果を示しており、図4(A)は図面代用写真で、Wnt3A−CM+フルオキセチンのβ―カテニンのWestern blotの写真、図4(B)は図4(A)に基づきタンパク質量を数値化したグラフである。図4(C)は図面代用写真で、LiCl+フルオキセチンのβ―カテニンのWestern blotの写真、図4(D)は図4(C)に基づきタンパク質量を数値化したグラフである。
図5図5は、図面代用写真で、実施例5において、ヒト変形性膝関節症由来軟骨細胞OAC細胞を免疫蛍光染色した後の可視化した写真である。
図6図6(A)は、図面代用写真で、実施例6においてDMM手術を行ったラットの写真である。図6(B)は、図面代用写真で、ラットの軟骨組織のSafranin O−Fast−green染色した写真、図6(C)は図6(B)の写真に基づいたmodified Mankin histologic scoreの計測の合計値のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、本発明の軟骨細胞のWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化抑制組成物(以下、「活性化抑制組成物」と記載することがある。)、該組成物からなる変形性関節症治療用医薬組成物(以下、「医薬組成物」と記載することがある。)について詳しく説明する。
【0017】
本発明の活性化抑制組成物に含まれるフルオキセチンは、下記の構造式で表される化合物である。フルオキセチンは、米国特許第4,314,081号明細書に記載されており、N−メチル−3−(p−トリフルオロメチルフェノキシ)3−フェニルプロピルアミンという化学名を有する。フルオキセチンは、一般には、2つの鏡像異性体のラセミ混合物であり、Prozacという商品名の抗うつ剤として市販されている。フルオキセチンおよび新規な中間体の他の製造方法は、米国特許第5,225,585号明細書に開示されている。
【0018】
【化1】
【0019】
フルオキセチンは薬学的に許容し得る塩であってもよい。フルオキセチンは、塩基性のアミンを含むことから、多数の無機および有機の酸と反応して薬学的に許容し得る酸付加塩を形成する。この様な塩を製造するために通常使用される酸には、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、硫酸およびリン酸の様な無機酸、並びにパラトルエンスルホン酸、メタンスルホン酸、シュウ酸、パラブロモフェニルスルホン酸、炭酸、コハク酸、クエン酸、安息香酸、酢酸の様な有機酸等の無機および有機酸がある。従ってこの様な薬学的に許容し得る塩には、硫酸塩、ピロ硫酸塩、重硫酸塩、亜硫酸塩、重亜硫酸塩、リン酸塩、リン酸一水素塩、リン酸二水素塩、メタリン酸塩、ピロリン酸塩、塩酸塩、臭化水素酸塩、ヨウ化水素酸塩、酢酸塩、プロピオン酸塩、デカン酸塩、カプリル酸塩、アクリル酸塩、ギ酸塩、イソ酪酸塩、カプリン酸塩、エナント酸塩、プロピオール酸塩、シュウ酸塩、マロン酸塩、コハク酸塩、スベリン酸塩、セバシン酸塩、フマル酸塩、マレイン酸塩、ブチン−1,4−ジオン酸塩、ヘキシン−1,6−ジオン酸塩、安息香酸塩、クロル安息香酸塩、メチル安息香酸塩、ジニトロ安息香酸塩、ヒドロキシ安息香酸塩、メトキシ安息香酸塩、フタル酸塩、テレフタル酸塩、スルホン酸塩、キシレンスルホン酸塩、フェニル酢酸塩、フェニルプロピオン酸塩、フェニル酪酸塩、クエン酸塩、乳酸塩、β−ヒドロキシ酪酸塩、グリコール酸塩、リンゴ酸塩、酒石酸塩、メタンスルホン酸塩、プロパンスルホン酸塩、ナフタレン−1−スルホン酸塩、ナフタレン−2−スルホン酸塩、マンデル酸塩、馬尿酸塩、グルコン酸塩、ラクトビオン酸塩等が挙げられる。好ましい薬学的に許容し得る酸付加塩は、塩酸および臭化水素酸の様な鉱酸で形成された塩、およびフマル酸およびマレイン酸の様な有機酸で形成された塩が挙げられる。
【0020】
また、フルオキセチンの薬学的に許容し得る塩は、例えば水、メタノール、エタノール、ジメチルホルムアミド等との、種々の溶媒和物として存在してもよい。
【0021】
本発明の活性化抑制組成物、医薬組成物は、Prozacと同様に経口投与してもよいし、関節に注射で投与してもよい。また、経皮、静脈内、筋肉内および経直腸経路によって投与してもよい。
【0022】
本発明の活性化抑制組成物、医薬組成物の剤型としては、例えば、錠剤、丸剤、粉剤、ロゼンジ、サシェ剤、カシェ剤、エリキシル剤、懸濁剤、乳剤、溶液剤、シロップ、エアロゾル剤(固形としてまたは液体媒質中)、軟膏剤、ゼラチン軟および硬カプセル剤、座剤、滅菌注射用溶液および滅菌封入粉剤等が挙げられる。
【0023】
また、本発明の活性化抑制組成物、医薬組成物は、担体、賦型剤、希釈剤を含んでいてもよい。例えば、ラクトース、デキストロース、シュクロース、ソルビトール、マンニトール、デンプン、ガムアカシア、リン酸カルシウム、アルギネート、トラガカント、ゼラチン、ケイ酸カルシウム、微結晶セルロース、ポリビニルピロリドン、セルロース、水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、シロップ、メチルセルロース、オキシ安息香酸メチル−およびプロピル、タルク、ステアリン酸マグネシウムおよび鉱油が挙げられる。更に、潤滑剤、湿潤剤、乳化剤および懸濁化剤、保存剤、甘味剤または着香剤を加えてもよい。また、本発明の活性化抑制組成物、医薬組成物を注射により関節に投与する場合は、水溶性のヒアルロン酸、ステロイド、麻酔薬、抗炎症剤等、対処療法に用いられている公知の薬剤と組み合わせてもよい。
【0024】
なお、フルオキセチンをリウマチの治療薬として用いることは知られている(Sacre S. et al., “Fluoxetine and citalopram exhibit potent antiinflammatory activity in human and murine models of rheumatoid arthritis and inhibit toll−like receptors.”,Arthritis Rheum.,2010 Mar,62(3),683−93、参照)。しかしながら、リウマチは自己免疫疾患により、滑膜組織に持続的な炎症が生じる疾患で、上記論文においても、フルオキセチンは、抗炎症性の作用を示すことが記載されている。
【0025】
一方、本発明の活性化抑制組成物、医薬組成物は、後述する実施例で示すとおり、軟骨細胞のWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を抑制することで、変形性関節症を治療する。変形性関節症では、主に関節にかかる負担や関節の使いすぎによって関節軟骨がいたみ病気が進行するため、薬物療法で症状をやわらげながら、運動療法で関節周りの筋肉を鍛えて関節機能を保つことが重要である。一方、リウマチは、免疫異常が強く関係するため、免疫異常を抑制する薬剤を使い炎症や関節の破壊を抑制することが重要である。したがって、変形性関節症はリウマチ性疾患の1種として扱われる場合もあるが、病因、治療法は大きく異なっており、リウマチに有効な薬剤が変形性関節症にも有効であることは推測できない。本発明の活性化抑制組成物、医薬組成物に含まれるフルオキセチンは、上記論文に記載されているフルオキセチンとは明らかに作用機序が異なっており、本発明は、フルオキセチンがWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を抑制するという新たな作用機序に基づいた新規の発明である。
【0026】
以下に実施例を掲げ、本発明を具体的に説明するが、この実施例は単に本発明の説明のため、その具体的な態様の参考のために提供されているものである。これらの例示は本発明の特定の具体的な態様を説明するためのものであるが、本願で開示する発明の範囲を限定したり、あるいは制限することを表すものではない。
【実施例】
【0027】
<実施例1>
[TOPFlash reporter assayによるフルオキセチンの用量依存的効果の確認]
Wnt−3A(Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化剤)を培養液中に分泌する安定株L Wnt−3A(CRL−2647,ATCC)を培養後、培養上清を回収してWnt−3A培養上清(Wnt−3A conditioned medium、以下「Wnt3A−CM」と記載することがある。)を得た。Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化状態を測定するため、ヒト軟骨様細胞株HCS−2/8(Takigawa M,et al.,“Establishment of a Clonal Human Chondrosarcoma Cell Line with Cartilage Phenotypes”,Cancer Research 49,July 15 1989,p3996−4002)に、このシグナルに依存して応答するTOPFlash firefly luciferase reporter vector(Addgene社)とコントロールとしてphRL−TK Renilla luciferase(Promega社)を、Fugene6(Invitrogen社)を用いて遺伝子導入した。培養液全体に対して25%のWnt3A−CM存在下に、フルオキセチン濃度が0〜25μMとなるように添加した。添加後、luciferase活性は、Dual Luciferase Reporter Assay System(Promega社)を用いて、POWERSCAN MX(DS Parma Biomedical社)にて測定した。図1は、測定結果を示すグラフである。図1から明らかなように、フルオキセチンは、用量依存的にWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を抑制することが明らかとなった。
【0028】
<実施例2>
[アルシアンブルー染色]
マウス軟骨前駆細胞株ATDC5(理研バイオリソースセンター(RIKEN BRC)より入手)に、2週間インスリン/トランスフェリン/セレン(ITS;Invitrogen社)を添加して軟骨分化誘導を行った。その後、培養液全体に対して20%のWnt3A−CM、又は10mMのLiCl(Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化剤)存在下で、フルオキセチン濃度が0から10μMとなるように加え、72時間の培養を行った。細胞は−20℃メタノールで30分間固定し、1NのHClに溶かした0.5% Alcian Blue 8 GX溶液(Sigma社)にて染色し、200μlの6M guanidine HClにて室温で6時間溶解した。この溶液の650nmの吸光度を、POWERSCAN4(DS Parma Biomedical社)を用いて測定し、細胞のプロテオグリカン産生能を評価した。なお、Wnt3A−CM、LiClを添加するとWnt/β−カテニンシグナル伝達経路が活性化し、細胞外基質であるプロテオグリカン産生能は低下する。図2(A)はWnt3A−CMを添加した時の、図2(B)はLiClを添加した時の、アルシアンブルー染色結果を示すグラフである。図2(A)及び(B)に示すように、Wnt3A−CM、LiClを添加することでWnt/β−カテニンシグナル伝達経路が活性化し、プロテオグリカン産生能が低下した(左から2番目のバー)。そして、フルオキセチンの添加量を増やすことでプロテオグリカン産生能が向上したことから、フルオキセチンがWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を抑制することを確認した。
【0029】
<実施例3>
[real−time RT−PCR analysisによるmRNA量の計測]
実施例2と同様の処理を行った細胞からTrizol(Life Technologies社)を用いてRNAを抽出し、ReverTra Ace(Toyobo社)とランダムプライマーを用いてcDNAを作成した。このcDNAに対して、SYBR Green(Takara社)酵素とマーカー遺伝子特異的なプライマーを用いてquantative PCRをLightCycler 480(Roche社)で行い、各遺伝子のmRNA発現量を計測した。マーカー遺伝子には、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路のターゲットAxin2、軟骨形成マーカーSox9、軟骨分解マーカーMmp13を選択した。Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化剤であるWnt3A−CM、LiClを添加すると、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路のターゲットであるAxin2は活性化する。一方、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化により軟骨形成マーカーであるSox9は抑制され、逆に軟骨分解マーカーであるMmp13は活性化する。
【0030】
図3(A)はWnt3A−CM+フルオキセチンのAxin2発現量、図3(B)はWnt3A−CM+フルオキセチンのSox9発現量、図3(C)はWnt3A−CM+フルオキセチンのMmp13発現量、図3(D)はLiCl+フルオキセチンのAxin2発現量、図3(E)はLiCl+フルオキセチンのSox9発現量、図3(F)はLiCl+フルオキセチンのMmp13発現量、を計測し、GAPDHの発現量で標準化したグラフである。図3(A)及び(D)が示すように、Axin2はWnt3A−CM、LiClの添加により活性化したが、フルオキセチンの添加により活性化が抑制された。また、図3(B)及び(E)が示すように、Sox9はWnt3A−CM、LiClの添加により活性化が抑制されたが、フルオキセチンの添加により活性化の抑制が解除され、フルオキセチンの添加量の増加に伴い、Sox9の活性が回復した。逆に、図3(C)及び(F)が示すように、Mmp13はWnt3A−CM、LiClの添加により活性化したが、フルオキセチンの添加により活性化が抑制された。以上の結果より、フルオキセチンは、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を抑制すること、そして、軟骨形成マーカーであるSox9を活性化するが、逆に軟骨分解であるマーカーMmp13を抑制することを確認した。
【0031】
<実施例4>
[Western blot]
上記実施例2と同様の処理を行った細胞に、RIPA Lysis Buffer(Santa Cruz)に0.1mM dithiothreitol、1mg/ml leupeptin、1mM phenylmethylsulfonyl fluoride、1mg/ml aprontininを添加した溶液を加え、細胞の総たんぱく質を回収した。SDS−PAGEを用いた電気泳動により回収したタンパク質を分離し、メンブレンへ転写後に抗β−カテニン抗体(BD Transduction Laboratories社)と抗GAPDH抗体(Sigma社)を用いてWestern blot法を行った。β−カテニン、GAPDHのタンパク質量をImage J softwareを用いて測定し、数値化した。
【0032】
図4(A)はWnt3A−CM+フルオキセチンのβ―カテニンのWestern blotの写真、図4(B)は図4(A)に基づきタンパク質量を数値化したグラフである。図4(C)はLiCl+フルオキセチンのβ―カテニンのWestern blotの写真、図4(D)は図4(C)に基づきタンパク質量を数値化したグラフである。図4(B)及び(D)に示すように、Wnt3A−CM又はLiClを添加することでβ―カテニンの生産量が増加したが、フルオキセチンを添加することでβ―カテニンの生産量は減少した。フルオキセチンが、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を抑制したためと考えられる。
【0033】
<実施例5>
[免疫蛍光染色]
膝人工関節置換術時に採取したヒト変形性膝関節症由来軟骨細胞OAC(human osteoarthritic chondrocyte)を10mM LiCl存在下で、フルオキセチン濃度が10μMとなるように加え、72時間培養した。得られた細胞は4% paraformaldehydeで固定した。β−カテニン抗体を用いて免疫蛍光染色した後、DAPI(Vector Laboratories社)にて核を染色し、β−カテニンの核局在をFSX100(Olympus社)にて可視化した。なお、ヒト変形性膝関節症由来軟骨細胞は、名古屋大学医学部付属病院における膝人工関節置換術時に大腿骨、脛骨、膝蓋骨の軟骨表面をメスにて多数の小片へスライスし、得られた検体を3mg/mlの2型コラーゲン分解溶液(Worthington Biochemical社)に浸し、6時間後にナイロンメッシュのフィルターを通して回収し、この溶液をシャーレ上で培養することにより得た。なお、ヒト変形性膝関節症由来軟骨細胞の取集方法については、「Nakashima M.,“Role of S100A12 in the pathogenesis of osteoarthritis”,Biochemical and Biophysical Research Communications 422,2012,p508−514」にも記載されている。
【0034】
図5は、実施例5で免疫蛍光染色した後の可視化した写真である。Untreated−DAPI及びUntreated−Mergeの写真が示すように、核の部分は染色されていた。しかしながら、Untreated−β−cateninの写真では、核に相当する部分が黒く抜けている細胞が多かった。これは核にβカテニンを蓄積している細胞があまりないことを示している。一方、LiCl−β−cateninの写真が示すように、LiClを添加することで核の中にβ−cateninの蓄積が認められた細胞が増えたが、LiCl with Fluoxetine−β−cateninの写真が示すように、LiClに更にFluoxetineを加えることで、核の中にβカテニンを蓄積している細胞があまり増えなくなった。以上の結果より、フルオキセチンを添加することで、βカテニンの核の中での蓄積を抑制できることが分かった。
【0035】
<実施例6>
[In vivoラットOAモデルの作成と組織学的評価]
SDラット(Sprague−Dawley rat)の右膝にmenisco−tibial ligament切除による内側半月板不安定化手術(destabilize medial meniscus;DMM surgery)を行い、OAモデルラットとした。同じラットの左膝には皮膚切開と関節包切開のみを行い、Sham足とした。図6(A)はDMM手術を行ったラットの写真である。フルオキセチンをPBSに溶かして50μMとし、両膝に各50μlのフルオキセチン混合液またはPBSのみの液を週1回、関節腔内投与した。手術から8週後膝関節周囲の軟部組織を除去し、4% paraformaldehydeにて組織を固定した。その後、大腿骨内側顆の左右中央にて矢状断で切片を作成し、Safranin O−Fast−green染色をおこなった。OAの進行度は、脛骨側と大腿骨側軟骨のmodified Mankin histologic scoreを計測しその合計値で評価した。なお、modified Mankin histologic scoreとは、関節軟骨の組織学的変性度を示すもので、軟骨の構造、細胞の状態、Safranin−Oの染色性、Tidemarkの状態を数値化したものである(「Mankin HJ, et al.,“Biochemical and metabolic abnormalities in articular cartilage from osteo−arthritic human hips. II. Correlation of morphology with biochemical and metabolic data.”, J Bone Joint Surg Am.,1971 Apr;53(3):523−37」、及び「Furman BP,et al.,“Joint Degeneration following Closed Intraarticular Fracture in the Mouse Knee: A Model of Posttraumatic Arthritis”, J Orthop Res.,May 2007,p578−592」参照。)
【0036】
図6(B)はSafranin O−Fast−green染色の写真、図6(C)はmodified Mankin histologic scoreの計測の合計値のグラフである。図6(C)から明らかなように、DMM手術を行ったSDラットにフルオキセチンを投与することで、modified Mankin histologic scoreの合計値が低くなった。
【0037】
以上の結果より、フルオキセチンはOAを治療できる医薬組成物であることが分かった。また、フルオキセチンはGSKインヒビターであるLiClが活性化するWnt/βカテニンシグナルも抑制したことから、Wnt/βカテニンシグナルの比較的下流側で機能していると考えられる。そのため、病態進行をより直接的に抑制できる可能性がある。
【産業上の利用可能性】
【0038】
フルオキセチンは、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を抑制することで、変形性関節症治療用医薬組成物として用いることができる。したがって、変形性関節症治療用の創薬に有用である。
【要約】
【課題】軟骨細胞におけるWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を抑制する化合物を探索する。
【解決手段】フルオキセチンまたはその薬学的に許容し得る塩を含む軟骨細胞のWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化抑制組成物。
【選択図】図2
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図6