(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0009】
つぎに、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
図1、
図2および
図3に示すように、本発明の一実施形態に係る膝継手1は、大腿側部材10と、下腿側部材20と、最大屈曲角度調整機構30とから構成されている。
膝継手1は、
図1における右側(
図2)が膝頭であり、
図1における左側(
図3)が膝裏である。以下では、
図1の右側を前、
図1の左側を後とし、
図1の紙面に対して垂直な方向(
図2および
図3の左右)を左右とする。
なお、最大屈曲角度調整機構30は、特許請求の範囲に記載の最大屈曲角度調整手段に相当する。
【0010】
大腿側部材10は、一対の大腿リンク11、11と、大腿切断患者の大腿部に装着される大腿ソケット(図示せず)が取り付けられるアダプタ12とからなる。大腿リンク11は長尺の板部材であり、一対の大腿リンク11、11が所定間隔を開けて左右に配置されている。アダプタ12は、一対の大腿リンク11、11の上端同士に掛け渡され、固定されている。
【0011】
下腿側部材20は、基部21と、昇降部22とを備えている。基部21は、その底面に大腿義足の下腿部(図示せず)が取り付け可能となっている。
基部21には、その前後に一対のスライドピン23、23が立設されており、それぞれ昇降部22の底面に穿設されたスライド穴24、24に挿入されている。スライドピン23はスライド穴24に沿って褶動可能であり、これにより、昇降部22は基部21に対して昇降可能に連結されている。
【0012】
また、各スライドピン23にはスプリング25が挿入されており、このスプリング25により基部21に対して昇降部22を上昇させる方向に付勢されている。
なお、スプリング25としては、後述の屈曲制限機能と伸展機能に適したバネ定数を有するものが採用される。また、スプリング25は特許請求の範囲に記載の弾性体に相当する。
【0013】
昇降部22の前面には軸受部26が固定されている。軸受部26は、基板26aと、基板26aの左右両端に立設した一対の舌片26b、26bとから平面視コ字形に形成されている。そして、基板26aの左右中央が昇降部22の前面に固定されており、一対の舌片26b、26bの間に昇降部22が配置されている。
【0014】
軸受部26の舌片26b、26bには、軸受を介して膝関節軸27、27が軸支されている。膝関節軸27、27は、その一端が内側(昇降部22)に向かうように、左右方向に水平に設けられており、その端部に大腿リンク11、11の下端が固定されている。これにより、下腿側部材20を構成する昇降部22が大腿側部材10に対して回動可能に連結され、膝関節が構成されている。
なお、一対の大腿リンク11、11の間隔は、昇降部22の左右の厚みより広く設けられており、一対の大腿リンク11、11の下端部の間に昇降部22が配置されている。
【0015】
膝継手1には、左右一対の最大屈曲角度調整機構30、30が設けられている。これらの最大屈曲角度調整機構30、30は左右対称の構成である。最大屈曲角度調整機構30は、ガイドロッド31と、そのガイドロッド31に沿って移動可能に設けられた当接軸32および制限部33とを備えている。なお、当接軸32は、特許請求の範囲に記載の当接部に相当する。
【0016】
基部21には、支持部31aが立設されており、その支持部31aに軸受を介して支持軸31bが軸支されている。支持軸31bは左右方向に水平に設けられており、その端部にガイドロッド31の下端が固定されている。そのため、ガイドロッド31は、基部21に対して前後に回動可能に連結されている。
【0017】
ガイドロッド31には、長孔31hが形成されており、その長孔31hに当接軸32の一端が挿入されている。当接軸32はこの長孔31hに沿って褶動可能となっている。当接軸32の他端は第1リンク34の一端に固定されている。この第1リンク34の他端は膝関節軸27に固定されている。ここで、大腿リンク11および第1リンク34は、側面視において略直交して、ともに膝関節軸27に固定されている。そのため、互いの角度を一定に維持した状態で膝関節軸27周りに回動可能となっている。
【0018】
基部21には、支持部35aが立設されており、その支持部35aに軸受を介して支持軸35bが軸支されている。支持軸35bは左右方向に水平に設けられており、その端部に第2リンク35の下端が固定されている。そのため、第2リンク35は、基部21に対して前後に回動可能に連結されている。第2リンク35の上端にはピン35cが左右方向に水平に設けられており、このピン35cの先端に制限部33が回動可能に連結されている。
【0019】
制限部33は、中央に溝を有した断面U字形の部材であり、その溝にガイドロッド31が嵌めこまれている。そして、制限部33はガイドロッド31に沿って褶動可能となっている。
【0020】
つぎに、膝継手1の動作について説明する。
図4(a)および(b)に示すように、大腿側部材10が下腿側部材20に対して回動し、膝関節軸27周りに屈曲すると、当接軸32は大腿側部材10とともに回動し、ガイドロッド31に沿って下降する。ここで、大腿側部材10に対する下腿側部材20の屈曲角度が大きくなるに従い、当接軸32が制限部33に接近する。そして、当接軸32が制限部33に上方から当接すると、制限部33により当接軸32の下降が制限される(
図4(b)参照)。これにより、さらなる屈曲が制限される。
【0021】
逆に、大腿側部材10が下腿側部材20に対して回動し、膝関節軸27周りに伸展すると、当接軸32は大腿側部材10とともに回動し、ガイドロッド31に沿って上昇する。ここで、大腿側部材10に対する下腿側部材20の屈曲角度が小さくなるに従い、当接軸32が制限部33から離間する。そして、当接軸32がガイドロッド31上端に達すると、当接軸32の上昇が制限される(
図4(a)参照)。これにより、大腿側部材10が逆向き(
図4(a)における右向き)に屈曲することが制限される。
【0022】
また、
図4(c)に示すように、下腿側部材20に荷重がかかると、その荷重の大きさに従い昇降部22が下降する(昇降部22が基部21に接近する)。このとき、昇降部22がどの程度下降するか、すなわち昇降部22と基部21との間の距離の変位は、スプリング25のバネ定数と、荷重の大きさによる。
【0023】
当接軸32は、荷重の増加に従い昇降部22とともに下降する。ここで、大腿側部材10に対する下腿側部材20の屈曲角度が一定であるとすると、当接軸32はその水平方向の位置を変えずにまっすぐ下降する。また、当接軸32は、ガイドロッド31の支持軸31bと前後方向にずれて配置されている。そのため、当接軸32が下降することによりガイドロッド31が後ろに傾倒する。そうすると、制限部33はガイドロッド31に沿って上昇する。このように、制限部33は、下腿側部材20にかかる荷重の増加に従い上昇する(当接軸32に接近する)。また、昇降部22とともに当接軸32が下降することによっても、当接軸32と制限部33との間の距離が短くなる。
【0024】
図4(d)に示すように、下腿側部材20に荷重がかかった状態で、大腿側部材10を下腿側部材20に対して屈曲させると、当接軸32は大腿側部材10とともに回動し、ガイドロッド31に沿って下降する。そして、当接軸32が制限部33に上方から当接すると、制限部33により当接軸32の下降が制限される。ここで、下腿側部材20に荷重がかかった状態では、制限部33はガイドロッド31に沿って上昇しており、当接軸32に接近しているので、下腿側部材20に荷重がかかっていない状態(
図4(b)参照)に比べて、当接軸32の可動範囲が狭くなっている。そのため、下腿側部材20に荷重がかかった状態では、屈曲がさらに制限される。このように、下腿側部材20にかかる荷重の増加に従い、大腿側部材10に対する下腿側部材20の最大屈曲角度が小さくなる。
【0025】
逆に、下腿側部材20にかかる荷重の減少に従い昇降部22とともに当接軸32が上昇する。大腿側部材10に対する下腿側部材20の屈曲角度が一定であるとすると、当接軸32が上昇することによりガイドロッド31が起立する。そうすると、制限部33はガイドロッド31に沿って下降する。このように、制限部33は、下腿側部材20にかかる荷重の増加に従い下降する(当接軸32から離間する)。また、昇降部22とともに当接軸32が上昇することによっても、当接軸32と制限部33との間の距離が長くなる。
そうすると、下腿側部材20にかかる荷重の減少に従い、大腿側部材10に対する下腿側部材20の最大屈曲角度が大きくなる。
【0026】
つぎに、上記膝継手1が組み込まれた大腿義足を用いた昇段(階段の昇り)運動について説明する。
図5に示すように、大腿義足TPは、膝継手1と、膝継手1のアダプタ12に取り付けられた大腿ソケットTと、膝継手1の基部21に取り付けられた下腿部Lと、下腿部Lの下端に取り付けられた足部Fとから構成されている。
【0027】
図5(a)に示すように、昇段運動において、大腿義足TPの立脚期(足部Fが地面に接している期間)の初期においては、床反力(下腿側部材20にかかる荷重)の大きさに従って大腿側部材10に対する下腿側部材20の最大屈曲角度が制限されている。そのため、膝継手1の屈曲角度が予期せずに大きな角度にならず、膝折れを防止できる(屈曲制限機能)。
【0028】
つぎに、
図5(b)に示すように、大腿義足TPに体重が移るに従い、床反力(下腿側部材20にかかる荷重)が増加し、最大屈曲角度がさらに小さくなるように制限される。このとき、膝継手1の屈曲角度が最大屈曲角度に達しているとすると、床反力が増加するに従い、膝継手1が伸展する(伸展機能)。
より詳細には、下腿側部材20にかかる荷重が増加するに従い制限部33がガイドロッド31に沿って上昇し、当接軸32を押し上げる。これにより、大腿側部材10および大腿ソケットTを伸展方向(
図5(b)における右回り)に回動させる伸展モーメントが発生し、膝継手1が伸展する。この伸展モーメントにより、昇段を補助できる。
【0029】
以上のように、膝継手1は、昇段運動において、膝折れを防止でき、伸展できるので、自然な昇段が可能となる。
【0030】
つぎに、膝継手1の屈曲制限機能および伸展機能を力学的に説明する。
図6に、伸展モーメントが発生する典型例を示す。
力のつり合いより、数1が得られる。
【数1】
ここで、F
grは床反力を示す。-F
grは静的な状態における大腿ソケットTに働く力と等しくなる。また、f
lmtは制限部33により当接軸32に働く力を示し、f
sp=[f
spx,f
spy]
Tはスプリング25により働く力を示す。
【0031】
スプリング25により働く力f
spの垂直方向の成分f
spyは、フックの法則により数2の通りに表される。
【数2】
ここで、kはスプリング25のばねバネ定数を示す。また、Dはスプリング25の変位、すなわち基部21と昇降部22との間の距離の変位を示す。
【0032】
また、モーメントのつり合いより数3が得られる。
【数3】
ここで、M
sktは、-F
grにより発生するモーメントを含んだ、大腿ソケットTにより働く膝関節軸27回りのモーメントを示す。また、rは膝関節軸27から制限部33により働く力f
lmtの力点までの相対的な位置ベクトルを示す。
【0033】
一方、膝関節軸27周りの伸展モーメントτ
kは数4の通りに表される。
【数4】
ここで、ベクトルf
lmtの方向はガイドロッド31の長尺方向と一致する。したがって、f
lmtは数5の通りに表される。
【数5】
ここで、e
lmt=[e
lmtx,e
lmty]
Tはガイドロッド31の長尺方向を表す単位ベクトルである。
【0034】
数5を数1に代入すると、垂直方向の力のつり合いは数6の通りに表される。
【数6】
また、数2を数6に代入すると数7が得られる。
【数7】
【0035】
数7より、変位Dが一定のとき、床反力が増加すれば伸展モーメントが発生することが分かる。すなわち、膝継手1の屈曲が制限され、屈曲制限機能が実現されていることが分かる。
また、床反力f
gr(下腿側部材20にかかる荷重)が増加して変位Dが増加したときには、伸展モーメントが大きくなることが分かる。すなわち、伸展機能が実現されていることが分かる。
【0036】
(その他の実施形態)
上記実施形態では、リンク機構により最大屈曲角度調整手段を実現したが、他の機構により最大屈曲角度調整手段を実現してもよい。
例えば、床反力を検出する検出手段と、サーボモータなどのアクチュエータにより最大屈曲角度を調整する機構を設け、検出手段により検出された床反力をもとにアクチュエータを制御して、床反力の増加に従い最大屈曲角度を小さくし、床反力の減少に従い最大屈曲角度を大きくするように構成してもよい。
【0037】
また、本発明の膝継手は、床反力の増加に従い伸展モーメントが発生し伸展できることから、大腿義足に限られず、下肢のパワーアシストスーツに利用することもできる。
【実施例】
【0038】
つぎに、大腿義足を用いた昇段試験について説明する。
試験には、インフォームドコンセントを受けた2人の健康な(大腿部を切断していない)男性(21才、22才)が参加した。健常肢を屈曲させた状態で保持する擬似ソケットを作成し、その擬似ソケットに膝継手が組み込まれた大腿義足を取り付けた。試験参加者は、擬似ソケットを右足に装着して昇段運動を行った(実施例、比較例1、比較例2)。また、比較のために、義足を付けていない状態での昇降運動も行った(比較例3)。
【0039】
試験には、以下の3つの膝継手を用いた。
・実施例:上記の本発明に係る膝継手1
・比較例1:3R95(Otto Bock社製)
・比較例2:3R15(Otto Bock社製)(膝伸展用バネを除去している)
なお、足部として1S49(Otto Bock社製)を用いた。
【0040】
試験には、2つの床反力計が設けられた3段の階段が用いられた。床反力計は地面と最初の段に設けられた。また、モーションキャプチャシステムで、義足(右足)のつま先、くるぶし、膝関節、左足のつま先、くるぶし、膝関節、および両側の大転子の3次元位置を測定した。
また、
図7に示すように、大腿部角度および膝関節角度(屈曲角度)を定義した。
【0041】
図8に示すように、試験参加者は、義足(右足)から昇段を開始し、両方の足が3段目に達したときを終了とした。昇段の速さは指示せずに試験参加者の判断で行った。実施例、比較例1、比較例2のそれぞれについて3回の昇段を行った。その後、義足を取り外して健常肢による昇段(比較例3)を行った。
【0042】
図9に、試験参加者の同一歩行周期における平均膝関節角度に対する平均大腿部角度の関係を示す。ここで、破線は遊脚期、実線は立脚期を示す。
図9に示すように、健常肢の場合(比較例3)、膝関節角度は遊脚期と立脚期の両方において大きく屈曲されていることが分かる。また、単脚立脚期の始点における膝関節角度は義足を用いた場合(実施例、比較例1、比較例2)よりも大きいことが分かる。
実施例は、比較例1および比較例2よりも立脚期における膝関節角度が大きいことが分かる。これは、比較例1と比較例2においては、単脚立脚期において膝折れを防止するために膝関節角度を小さくしなければならないからであると考えられる。
【0043】
図10に、同一試験参加者の平均床反力を示す。健常肢の場合(比較例3)は平均床反力がすぐに増加するのに対して、義足を用いた場合(実施例、比較例1、比較例2)は平均床反力が徐々に増加した。実施例、比較例1、比較例2の間では、平均床反力のピークに大きな違いが見られた。そして、実施例は、健常肢の場合(比較例3)の床反力と同じ大きさの床反力が発生し、単脚立脚期において大きな膝屈曲を伴った昇段が実現できることが分かった。これにより、本発明に係る膝継手は屈曲制限機能が実現されていることが分かる。
【0044】
図11〜
図13に、それぞれ実施例、比較例1、比較例3の立脚期における、膝関節モーメント、膝関節角度、膝関節モーメントパワーの一例を示す。
比較例1の場合(
図12参照)、膝関節モーメントが単脚立脚期において発生し、膝関節モーメントパワーが負である。これは、3R95のダンピングが原因であると考えられる。これに対して実施例の場合(
図11参照)、膝関節モーメントが立脚期において発生して、膝関節モーメントパワーが正である。これは、健常肢(比較例3)の場合(
図13参照)と似た傾向である。これより、本発明に係る膝継手は、昇段において正の力が発生し、伸展機能が実現されていることが分かる。
【0045】
なお、実施例の場合には手摺なしで昇段が可能であったのに対して、比較例1および比較例2の場合には手摺なしでの昇段が不可能であり、手摺ありで昇段を行っている。このことからも、本発明に係る膝継手は、伸展機能が実現されていることが分かる。