(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5967707
(24)【登録日】2016年7月15日
(45)【発行日】2016年8月10日
(54)【発明の名称】バイオマス原料からフェノールを製造する方法
(51)【国際特許分類】
C07C 37/52 20060101AFI20160728BHJP
C07C 39/04 20060101ALI20160728BHJP
B09B 3/00 20060101ALI20160728BHJP
【FI】
C07C37/52ZAB
C07C39/04
B09B3/00 302Z
【請求項の数】6
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2012-155007(P2012-155007)
(22)【出願日】2012年7月10日
(65)【公開番号】特開2014-15432(P2014-15432A)
(43)【公開日】2014年1月30日
【審査請求日】2015年7月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100101904
【弁理士】
【氏名又は名称】島村 直己
(74)【代理人】
【識別番号】100135909
【弁理士】
【氏名又は名称】野村 和歌子
(72)【発明者】
【氏名】本間 信孝
(72)【発明者】
【氏名】末安 草
(72)【発明者】
【氏名】石田 亘広
(72)【発明者】
【氏名】毛利 誠
(72)【発明者】
【氏名】菊地 淳
(72)【発明者】
【氏名】坪井 裕理
(72)【発明者】
【氏名】守屋 繁春
【審査官】
山本 昌広
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2012/090369(WO,A1)
【文献】
特表2002−530513(JP,A)
【文献】
特開2008−308530(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 37/00−39/44
B09B 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
パームヤシ類に由来するバイオマス原料からフェノールを製造する方法であって、
機械的エネルギーを加えて直接粉砕することによりバイオマス原料を低分子化する第1工程と、
低分子化したバイオマス原料を熱分解処理に供する第2工程と
を含み、
前記第1工程において、バイオマス原料の平均粒径が0.02mm以下になるまで粉砕を行う、前記方法。
【請求項2】
前記第2工程において、熱分解処理を酸素濃度5%以下で行う、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
第1工程においてバイオマス原料を100℃以下の温度に維持しながら粉砕を行う、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
第1工程において溶媒を用いずに粉砕を行う、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
バイオマス原料が、パーム茎、パーム幹、パーム芯、パーム空果房またはパーム核殻から選択される、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
第2工程において、350〜700℃の温度で熱分解処理を行う、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はバイオマスを原料として工業上有用な有機化合物であるフェノールを製造する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
枯渇が危惧される石油のような化石燃料に替えて、非石油資源である天然ガスや石炭、あるいはバイオマスから化学原料を製造しようとする試みが行われている。植物系バイオマスに含まれるリグニンは芳香族構造を有していることから、植物系バイオマスから樹脂原料などとして有用なフェノールを製造する技術の開発が試みられている。
【0003】
例えば非特許文献1では、流動床熱分解反応器を用いてアブラヤシ殻を熱分解したところ、得られた熱分解油中にフェノール類が多く含まれていたことが記載されている。ただし、非特許文献1の方法では、フェノール類を満足な収率で得ることはできていない。また、非特許文献2では、高温の水/ブタノール混合溶液を用いて事前にリグニンを可溶化し、次いで得られた可溶化液を、酸化鉄触媒の存在下、高温で接触分解することにより、フェノールおよびクレゾールを高い収率で得られると報告されているが、そのような処理はコスト高となり、実用化には好ましくない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】M. N. Islam et al., Renewable Energy 17 (1999) pp.73-84
【非特許文献2】第108回触媒討論会予稿集P430 3G21(2011年9月13日発行、触媒学会)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、バイオマスを原料としたフェノール製造を実用化するために、低コストかつ効率よくバイオマスからフェノールを製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上述したような問題を検討した結果、パームヤシ類に由来するバイオマス原料が特にフェノールの製造において有用であり、そのようなバイオマス原料からは比較的簡単な方法でフェノールを効率よく得られることを見出した。本発明の要旨は以下のとおりである。
(1)パームヤシ類に由来するバイオマス原料からフェノールを製造する方法であって、機械的エネルギーを加えて直接粉砕することによりバイオマス原料を低分子化する第1工程と、低分子化したバイオマス原料を熱分解処理に供する第2工程とを含む前記方法。
(2)第1工程においてバイオマス原料を100℃以下の温度に維持しながら粉砕を行う、(1)に記載の方法。
(3)第1工程において溶媒を用いずに粉砕を行う、(1)または(2)に記載の方法。
(4)バイオマス原料が、パーム茎、パーム幹、パーム芯、パーム空果房またはパーム核殻から選択される、(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5)第1工程において、バイオマス原料の平均粒径が0.02mm以下になるまで粉砕を行う、(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(6)第2工程において、350〜700℃の温度で熱分解処理を行う、(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明の方法によれば、高コストな溶媒や触媒などを使用しなくともバイオマスからフェノールを効率よく製造することができる。本発明の方法は、バイオマス原料を用いた化学原料の製造の実用化に貢献する。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1は2D−NMR測定で得られたスペクトル図の一例である。
【
図2】パーム核殻のボールミル処理時間と2D−NMRでのシリンギル構造/グアイアシル構造/ヒドロキシフェニル構造(S/G/H構造)のピーク強度の関係を示すグラフである。
【
図3】ピートのボールミル処理時間と2D−NMRでのS/G/H構造のピーク強度の関係を示すグラフである。
【
図4】ユーカリのボールミル処理時間と2D−NMRでのS/G/H構造のピーク強度の関係を示すグラフである。
【
図6】各バイオマスの熱分解によるフェノール、アセトアルデヒドおよび酢酸の生成量をまとめたグラフである。
【
図7】各バイオマスの熱分解による生じた生成物の種類数をまとめたグラフである。
【
図8】各バイオマスの熱分解処理後に残った残渣の原料に対する重量比をまとめたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
植物系バイオマスに含まれるリグニンは、シリンギル構造(S構造)、グアイアシル構造(G構造)およびp−ヒドロキシフェニル構造(H構造)と呼ばれる3種類の構造を有する、複雑な三次元網目構造を有する巨大な生体高分子である。本発明の方法は、これらの構造のうちH構造を特に多く有するリグニンを含有する植物バイオマスが、フェノール製造原料として特に有利であることを発見し完成に至ったものである。
【0010】
本発明の方法の特徴の一つは、パームヤシ類に由来するバイオマス原料を用いることにある。パームヤシ類はH構造を特に多く有するリグニンを含有する。
【0011】
本明細書においてパームヤシ類とはヤシ科アブラヤシ属に分類される植物(例えばギニアアブラヤシおよびアメリカアブラヤシ)を意味する。パームヤシ類のバイオマス原料として用いる部位としては、パーム茎(Palm Fronds)、パーム幹(Palm Trunk)、パーム空果房(Palm Empty Fruit Bunch)、パーム芯(Palm Kernel)およびパーム核殻(Palm Kernel Shell)が挙げられる。中でもパーム核殻はパーム果実からパーム油を搾油した後の廃材であるため、低価格であり、本発明の方法の原料として用いるのに特に適している。
【0012】
本発明の方法は、機械的エネルギーを加えて直接粉砕することによりバイオマス原料を低分子化する第1工程と、低分子化したバイオマス原料を熱分解処理に供する第2工程とを含む。
【0013】
本明細書においてバイオマス原料を「機械的エネルギーを加えて直接粉砕する」とは、バイオマスに酸などを加えて可溶化する処理などを行わず、必要に応じて乾燥させたバイオマス原料を直接粉砕処理に供し低分子化することを意味する。粉砕後直ちに熱分解処理に供することができるよう、粉砕は溶媒などを用いずに行うことが好ましい。
【0014】
粉砕処理により、バイオマス原料中のリグニン構造は切断され低分子化する。低分子化されたリグニンは、例えばジメチルスルホキシド(DMSO)/ピリジン混合溶媒(特にDMSO:ピリジン=4:1の混合溶媒)に可溶である。これは、粉砕したバイオマス原料を該混合溶媒に溶解させ、溶け残った残渣を固体NMRで分析すると、リグニン由来のピークが減少または消失していることから確認することができる。すなわち、本発明における粉砕処理とは、バイオマス原料を単に粉砕して細かい粒子とするだけではなく、バイオマス原料に含有されるリグニンを低分子化し、熱分解時にS/G/H構造に由来する生成物が生じやすくする処理を意味する。本明細書において低分子化したリグニンとは、DMSO:ピリジン=4:1の混合溶媒、あるいはそれと同等の溶解性を有する溶媒(DMSO、ピリジン、アセトン、アセトン/水混合溶媒、ジメチルホルムアミド(DMF))に溶解させた際に、実質的に全てが溶解し、溶け残る成分が生じないようなものをいう。本発明においては、バイオマス原料に含まれるリグニンのうち実質的に全てが粉砕処理により低分子化されることが好ましい。
【0015】
バイオマス原料の粉砕は、平均粒径が0.02mm以下、特に0.01mm以下になるまで行うことが好ましい。粉砕処理の具体的手法としては、ボールミル、ハンマーミル、ローラーミルなどを用いた処理が挙げられるが、本発明が意図する低分子化が実現できるのであればどのような手法を用いてもよい。
【0016】
バイオマス原料の粉砕時には、摩擦などにより熱が生じるが、過度の熱はバイオマスの変性を招く恐れがある。従って、粉砕はバイオマス原料を100℃以下、特に80℃以下、とりわけ60℃以下の温度に維持しながら行うことが好ましい。そのため、粉砕はバイオマス原料を冷却しながら、あるいは粉砕と停止を繰り返して過度の熱が蓄積しないようにして行うことが好ましい。例えばボールミルを用いて粉砕処理を行う場合、8時間以上、特に24時間以上かけて所望の粒径が得られる程度の強度で粉砕処理を行うことが好ましい。
【0017】
粉砕したバイオマス原料の熱分解処理は、バイオマスが酸化によるダメージを受けない程度の無酸素雰囲気下、具体的には酸素濃度5%以下、特に3%以下で行うことが好ましい。熱分解の温度は、350〜700℃の範囲、特に400〜600℃の範囲、とりわけ450〜550℃の範囲とすることが好ましい。このような温度範囲であれば、温度が低すぎて熱分解が進行しないことも、温度が高すぎて熱分解が進行しすぎることもない。
【0018】
パームヤシ類に由来するバイオマス原料は、他のバイオマスと比較してリグニン中にH構造を多く有し、粉砕処理による低分子化を行うことにより、熱分解時に生じるフェノール量が増加することを特徴とする。また、粉砕処理により、熱分解時に生じる生成物の種類を減少させることができるため、生成物の精製処理の手間を低減させることができる。また、粉砕処理により、熱分解後の残渣の量も減少させることができる。従って、パームヤシ類に由来するバイオマス原料を用いれば、単に粉砕処理と熱分解処理とを組み合わせるだけで、低コストでフェノールを製造することができる。フェノールは、現状では石油や天然ガスなどを原料として製造されているが、本発明によれば新たにバイオマスを原料としてフェノールを製造することが可能となる。フェノールは、ポリカーボネートやポリアミドなどの、いわゆるエンプラの原料として利用価値が高い。
【実施例】
【0019】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0020】
1.粉砕処理(ミリング)
遊星型ボールミル(Fritsch社製)を用いて、パーム核殻、ユーカリおよびココナッツピートの各バイオマス500mgをボールミル処理した(処理条件:5mmφジルコニアボール50個、400rpm、攪拌10分−停止10分を24時間繰り返し)。各バイオマスの粉砕前後の粒度分布および平均粒子径は表1に記載のとおりであった。
【0021】
【表1】
【0022】
2.S/G/H比分析
各バイオマスにおけるシリンギル構造(S構造)/グアイアシル構造(G構造)/p−ヒドロキシフェニル構造(H構造)の比(S/G/H比)を2D−NMR分析により行った。
【0023】
(1)前処理
マイクロチューブに粉砕処理したパーム核殻(PKS)を100mg秤量し、メタノール1mLを加え、50℃で5分間攪拌した後、遠心分離(20,000g,5分間)処理を行い、上清を回収した。この処理を3回繰り返した後、サンプルを40℃で2時間減圧乾燥させた。そこに重水素化ジメチルホルムアミド/重水素化ピリジン(DMSO−d6/ピリジン−d5=4/1)を1mL加え、50℃で30分間攪拌した後、遠心分離(20,000g、5分)処理を行った。得られた溶液をNMRサンプルとした。
【0024】
(2)NMR測定
上記(1)で得られた溶液をサンプル管に入れ、溶液NMR装置(Bruker社製、700MHz)にて測定を行った。2次元NMR法として、
1H−
13C HSQC(Heteronuclear Single Quantum Coherence)計測を用いた。NS=16、測定時間は約1時間とした。解析用のソフトはNMRPipeを使用した。NMR測定したFID(Free Induction Decay)をNMRPipeでフーリエ変換し、NMRスペクトルとした。さらに、各シグナルをrNMRでプロファイリングした。なお内部標準としてDMSOのメチル基を
1H 2.49ppm、
13C 39.5ppmとした。得られた
1H−
13C HSQCスペクトルのうち、芳香族の第2位に相当するシグナル強度比からS/G/H比を算出した。
図1に2D−NMR測定で得られたスペクトル図の一例を示す。
【0025】
(3)NMR分析結果
図2〜4は、各バイオマス(パーム核殻、ピート、ユーカリ)をボールミル処理(8、12、24時間)した後、上記と同様にDMSO−d6/ピリジン−d5への溶出物を2D−NMRで分析し、S/G/H構造のピーク強度をボールミル処理時間に対してプロットしたグラフである。ボールミル処理時間が長いほど、溶媒に溶出、すなわち低分子化したS/G/H構造が多くなり、ボールミル処理がリグニンの低分子化を促進していることがわかる。なお、ボールミル処理によってS/G/H構造は変化すること(芳香族構造からの脱メトキシ化)はなかった。
【0026】
(4)熱分解処理
図5に示したように管状炉、反応管(石英製)および冷却トラップをセットした。SUS金網中にバイオマス試料2gを仕込んで窒素流通下で保持した後、均熱帯が500℃になったことを確認してから試料を均熱帯に移して加熱した。試料を均熱帯に5分間保持し、発生したガスを氷冷(0℃)したアセトンでトラップした。トラップされた生成物をガスクロマトグラフィ(GC)により成分分析し、ピーク強度から生成物量を定量した。測定結果をまとめたグラフを
図6に示す。試験したバイオマス試料のうち、パーム核殻では粉砕処理によるフェノール生成量の顕著な増加がみられた。また、パーム芯でも粉砕処理によるフェノール生成量の増加がみられた。その他のバイオマス試料については、粉砕処理後のフェノールの生成量に大きな変化がみられなかった。
【0027】
図7は、GCチャートにおけるピーク数をカウントすることにより求めた生成物の種類を示したグラフである。未処理のものと比較すると、粉砕処理をしたものでは生成物の種類が減少することがわかる。
【0028】
図8は、熱分解処理後に反応管内に残った残渣(チャー(炭化物))の、原料バイオマス重量に対する重量比を示したグラフである。ミリング処理によりバイオマスの低分子化が促進され、残渣の量が減少したことがわかる。
【0029】
以上、フェノールを製造するためにはパームヤシ類を用い、機械的エネルギーを加えて粉砕し低分子化した後に熱分解を行うことが効果的な方法であることが明らかとなった。なお、
図7および
図8より、フェノール製造を目的としない場合であっても、リグニンを低分子化させる、あるいは熱分解後の生成物種数を減少させる観点から、パームヤシ類に限らずココヤシ類やユーカリなどの一般的なバイオマスにおいても、機械的エネルギーを加えた粉砕による低分子化が有効であることがわかる。