(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
車両搭乗者、特に救急車や寝台自動車による患者等被搬送者の仰臥位姿勢での搬送では、運転手の運転操作(アクセル・ブレーキ・ハンドル操作)に伴って、被搬送者の血圧が変動したり、身体が動揺する。被搬送者の意識レベルが高い場合には、これらの副次的な作用として不快感も生じ、揺られ続けた場合には、動揺病を発症することもある(非特許文献1)。仰臥位で搬送される対象の多くが、怪我人や病人、高齢者といった体力や身体機能が低下した人であることを考えれば、運転操作に起因するこれらの影響を軽減することは、安心安全な搬送業務・サービスを実現する上で重要な課題である。
【0003】
上述の血圧変動や身体の動揺等は、直接的には、車両の運動に伴って生じる加速度により誘発される。このような理由から、運転操作由来の影響を評価する場合には、ブレーキペダルの踏込量やハンドル舵角量といった運転操作量との関係を論ずることはせず、直接的な要因である加速度との関係を評価することが多い。
【0004】
車両の前後方向の加速度を計測し、これを被搬送者の血圧変化量に変換する技術は既に提案されている(特許文献1)。 ISO2631-1(非特許文献2)では、周波数補正加速度実効値を用いて、人体振動の観点から乗り心地を評価する方法を与えている。Vogelらによる先行文献(非特許文献3)は、車両の発進停止の繰り返しで発症する動揺病の重症度を、仰臥位と座位の場合で比較した。また、佐川らによる先行文献(非特許文献4)
は、車両減速時の加速度と血圧との関係に焦点をあて、加速度から血圧変動量を推定するモデルを与えた。
【0005】
一方、遠心加速度による影響として、山岸らによる先行文献(非特許文献5,6)は、旋回時の乗り心地や頭頸部の動揺との関係について述べている。遠心加速度による影響としては、これ以外にも背面圧迫がある。これは、身体が左右に動揺する際に起こる後背面とストレッチャマットとの接触圧の増加によるものであるが、とりわけ筋骨格を損傷している場合は痛みの要因となる。よって、背面圧迫は、身体的負荷を評価する重要な指標といえる。しかし、これについて論じた先行文献は見当たらない。遠心加速度は、進路を変更する直前のブレーキ操作やハンドル操作によってある程度は制御できる。したがって、遠心加速度と背面圧迫の関係を定量的に明らかにできれば、単に加速度から背面の圧迫度が推測できるだけでなく、背面圧迫という観点から運転の適正さを評価することも可能となり、運転手の安全性に対する意識の改革、向上にも貢献できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−292772号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】平柳要,“乗り物酔い(動揺病)研究の現状と今後の展望”,人間工学,Vol.42,No.3(2006),pp.200-211.
【非特許文献2】Mechanical vibration and shockEvaluation of human exposure to whole-body vibration-Part1: GeneralRequirements,ISO2631-1(1997).
【非特許文献3】Vogel,H., Kohlhaas,R.,von Baumgarten,R.J.,“Dependence of Motion Sickness inAutomobiles on the Direction of Linear Acceleration”,European Journal of Applied Physiology,Vol.48,No.3(1982),pp.399-405.
【非特許文献4】佐川貢一,高橋隆行,猪岡光,猪岡英二,“救急車の減速時に現れる血圧変動のモデル化”,医用電子と生体工学,Vol.31,No.2(1993),pp.183-190.
【非特許文献5】山岸義忠,猪岡光,王鋒,“車輌旋回時の乗り心地についての研究”,人間工学,Vol.39,No.4(2003),pp.162-168.
【非特許文献6】山岸義忠、猪岡光、“仰臥位搬送時の頭頸部動揺とアクティブ制御ベッドの効果”,人間工学、Vol.40,No.5(2004),pp.248-253.
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1において、1は、救急車等車両において被搬送者が仰臥するマットに設置され、被搬送者に加わる横加速度を検知する加速度センサ、2は、この加速度センサ1による検知信号をAD変換するADコンバータ、3は、ADコンバータ2からの信号を入力して高周波数成分を除去するローパスフィルタ、4は、ローパスフィルタ3からの加速度信号を入力して荷重値に変換する荷重値変換手段、5は、この荷重値を出力する出力手段で、出力信号を表示するモニタ、又はプリンタ等よりなる。荷重値変換手段4はコンピュータにて構成される。
【0014】
以下、車両の加速度と背面圧迫との関係を調べるために、被搬送者(以下被験者という)による走行実験方法とその結果について説明する。
【0015】
なお、背面荷重の変化の仕方は、体格や体脂肪率によって大きく異なると予想されることから、日本肥満学会の肥満の判定基準により、普通体重として分類されるBMI(Body Mass Index)が18.5以上から25.0未満の被験者に限定して試験を行った。一方、背面の圧迫度は、被験者の覚醒度や腕力に応じて異なると予想される。覚醒度が高く、腕力があれば、肘を使って荷重を分散させることができるため、背面に荷重が集中することを回避できるが、重篤な傷病者のように覚醒度が低い場合、あるいは高齢者のように腕力が弱い場合、そのような動作を取ることができない。そこで、背面へのより強い圧迫が予想される後者の搬送を想定し、全身が脱力した状態で背面にかかる垂直荷重の変動量を測定した。
【0016】
実験方法
実験車両として、後部座席を取り外したワンボックスカーを使用した。被験者は、普通体重の健常な成人19名である。実験では、
図2に示すように被験者6はアイマスクを付け、車両7の後部中央で仰臥位になる。走行中は常に全身の力を抜くように指示した。アイマスクを着用した理由は、被験者6が視覚情報から反射的に腕を使って、身体を安定させる動作をとらせないようにするため、また、視線が頻繁に移動することで、乗り物酔いを起こすことを防止するためである。通常、仰臥位での搬送では、横滑りを防止するために、凹型マットやサイドバーを装着したストレッチャーを使用するが、本実験ではマット8として平坦なものを用い、サイドバー等の横滑り防止器具は使用しなかった。
【0017】
加速度は、被験者の頭部付近の床面に設置した加速度センサ1(クロスボー株式会社製、CXL01LF3)にて、
図2に示す直交座標系で定義される横加速度a
y[m/s
2]を、サンプリング周波数100 Hzで測定した。加速度センサ1は床面に固定されているので、a
yには、遠心加速度に加えて、道路の傾斜に起因する重力加速度成分や車両のロール・ピッチ・ヨー運動で生じる加速度、 路面の凹凸やエンジンの振動に起因する振動加速度も含まれる。
【0018】
図3は荷重測定装置の概略図を示す。背面荷重は、圧電フィルムを荷重検出素子とするセンサ9(計測サポート、直径5cm、厚さ5mmの円形)を用いて測定した。横揺れによって、肩甲骨付近が最も圧迫圧が高くなると予想し、この圧変化を捉えるために、左右の肩甲骨の近傍に荷重センサ9,9を設置した。これと同じセンサ10,10を左右の肘の下にも設置し、合計4個の荷重センサ9,9,10,10を2枚のアルミの平板11(一辺50cm、厚さ5mm)で挟み、平板の四隅を軽くネジ止めして使用した。
【0019】
本発明では、4個ある荷重センサ9,9,10,10のうち、センサ9,9で計測されるデータのみを用いて、背面荷重を評価した。この装置を用いた場合、背面にかかる分布荷重が測定されるのではなく、
図4に示すように、荷重センサ9,9にかかる集中荷重の鉛直方向成分が測定されることとなる。
【0020】
実験は、
図5に示す大学構内のアスファルト舗装されたコース12で実施した。図中の地点Aから地点Eの閉区間は、ほぼ平坦である。地点Gから地点Fの閉区間は、地点Fを最下点として傾斜しており、その傾斜角はおよそ3度である。地点Aと地点Cの箇所には、高さが約2cmの段差がある。実験では、1つのカーブにつき、右回りと左回りで2回ずつ通過するように周回した。1回あたりの走行距離は、約820 mである。救急車の横加速度の最大が2 m/s
2程度であることを考慮し、加速度|a
y|の最大値が、それよりもやや大きめの3 m/s
2程度となるように走行した。以上の条件で、被験者1人につき実験を3回実施した。
【0021】
実験結果
実験終了後に、 荷重センサ9,9ごとにセンサ出力を較正し、時刻tにおける背面荷重の変動量 Δf
i(t)[N]を数式1によって求めた。
【数1】
【0022】
ここで、変動量Δf
1(t)とΔf
2(t)は、それぞれ左側と右側の肩甲骨下の背面荷重の変動量を表す。f
i(t)は、センサ出力から得られた背面荷重である。また、f
i0は、車両7が水平な位置で停止しており、かつ被験者6が安静にしている状態で測定される発進直前の45秒間のf
iの平均値である。数式1の変動量Δf
i(t)の符号は、安静時よりも荷重がかかったとき、すなわち背面が圧迫されたときに正となるように定義した。本発明では、数式1を背面の圧迫度を測る指標として用いる。
【0023】
図6から
図8に、実験結果の一例を示す。
図6は横加速度の時間履歴を、
図7は
荷重センサ
9から求めた背面荷重変動量の時間履歴を表している。これらの図において、A
y, ΔF
1及びΔF
2は、カットオフ周波数0.5Hzのゼロ位相ローパスフィルタを用いて高周波数成分を除去した平滑化データである。
【0024】
図6におけるA〜Gは、
図5に示すコース12の地点A〜Gに対応しており、実験コース12内の位置を表している。また、
図8は、上記と同じゼロ位相ローパスフィルタを用いて、Δf
1とΔf
2を平滑化したデータを同時に示した図である。
【0025】
この実験では、時刻t<0では、車両は水平な場所に停止しており、被験者6は安静にしていた。t=0で発進して、コースを周回し、t=180で出発位置Aに戻って停止した。
【0026】
図6に示す横加速度a
yには、道路の段差、路面の凹凸、エンジンなどの振動による高周波数成分が含まれているが、これらは、運転操作とは直接は関係のない加速度成分である。運転操作の直接的な結果として生じた加速度成分は、遠心加速度を主体とした低周波数成分である。これにより誘発された背面荷重変動量も、これと同じ低周波数の変動成分が主体であると考えられる。そこで、
図6及び
図7に示す波形信号に比較して、A
yとΔF
1の関係をみると、ΔF
1がA
yに対して比例的に変化したことがわかる。
【0027】
一方、
図8より、ΔF
1(実線)とΔF
2(破線)の関係を見ると、両者は互いに反転しながら変化したことが分かる。他の実験においても、これと同様な結果が得られた。
【0028】
背面荷重変動のモデリング
運転操作の直接的な結果として生じたA
yとΔF
iが、概ね、比例的な関係にあることを踏まえ、
図1に示す、横加速度a
yから荷重変動量ΔF
iの推定値ΔF
i*を出力する測定装置を構成する。ここで、3は、a
yから運転操作由来の低周波数成分A
yを抽出するための前述のローパスフィルタ、4は、関数h
i(A
y)(i=1,2)を用いて加速度a
yを荷重変動量ΔF
i*に変換する前述の荷重値変換手段である。
【0029】
静的モデルを用いたh
i(A
y)の推察
まず、車両7が水平な路面を一定の旋回半径で等速走行しており、被験者6が一定な遠心加速度aを受けている状況を考え、力とモーメントの静的な釣り合い条件からh
i(A
y)の構造を理論的に推察する。
【0030】
一般に、被験者6が仰臥位の状態で遠心力を受けると、背面の体組織が変形して体重心がずれる。ここでは、その変形層の厚さを無視し、被験者6を長方形の剛体として単純化して考える。
図9は、この仮定の下で、車内から被搬送者を頭頂方向から見た図である。遠心力の作用により、体重心Oが荷重センサ間の中心からdだけ左にずれた状態を表している。
【0031】
図中の各記号は、次の通りである。
M : 荷重測定装置上の被搬送者の質量
g :重力加速度
θ
r :車体のロール角
a :遠心方向に作用する加速度 (a=a
y/cosθ
r−gtanθ
r)
d :後背面の体組織の変形による体重心の横ずれ幅
L :被搬送者の肩幅
L
1 :荷重センサ間の距離
H :被搬送者の胸厚
B :点Oから点Cまでの距離
θ :点Oと点Cを結ぶ直線と荷重測定装置の上面がなす角度
【0032】
まず、 荷重測定装置の上面に対して鉛直方向の力のつり合いから、数式2が得られる。
【数2】
【0033】
一方、点C周りのモーメントのつり合いから、数式3が得られる。
【数3】
【0034】
数式3において、sin(θ+θ
r)とcos(θ+θ
r)を加法定理を用いて展開した後、数式2とsinθ・B=H/2、cosθ・B=L/2を用いて、数式3からf
2を消去すると、f
1が数式4のように導かれる。
【数4】
【0035】
背面荷重変動量Δf
iは、数式1で定義され、かつf
10=f
20=Mg/2であるから、数式5が得られる。
【数5】
【0036】
さて、車両7が一定な遠心加速度を受けて走行している場合は、車両7のロール角θ
rは、aで比例近似できる。
【数6】
【0037】
ここで、k
rは比例定数であり、前後輪のサスペンションのロール剛性、車両重量、車両重心点とロール軸間距離により決まる。また、背面の体組織の変形による横ずれdは、数式7に示す変位飽和型の荷重―変位特性を持つ非線形ばねとしてモデル化できると仮定する。
【数7】
【0038】
ここで、d
0, k
d, a
y0は正の定数である。ここでは,d=k
dMa
yが成立する範囲で議論を進める。θ
rが小さいと仮定すると、数式8、9の通りであるから
【数8】
【数9】
【0039】
これを数式6に代入して整理すると、
【数10】
【0040】
このθ
rの近似式とd=k
dMa
yを数式5に代入して整理すると、数式11を得る。
【数11】
【0041】
数式11の各係数は、数式12の通りである。
【数12】
【0042】
同様の手順で、Δf
2を求めると、数式13を得る。
【数13】
【0043】
これより、一定の遠心加速度を受け、d=k
dMa
yが成立する範囲内では、Δf
iはa
yの3次式で評価できることがわかる。数式11と数式13を比較すれば、Δf
1とΔf
2 は、c
2a
y2を中心にして、互いに形状反転することもわかる。c
2a
y2≦0であることから、反転中心はΔf
i≦0の領域にある。実際、
図8を見ると、反転中心がΔf
i≦0の領域にあることが確認できる。これは、車体がロールすることで起こる現象である。
【0044】
次に、数式11,13で示されるΔf
iの右辺の各項が、式全体に対して、どの程度寄与するか見る。仮に、各変数の値を数式14のように設定する。
【数14】
【0045】
数式11,13に代入すると、Δf
1とΔf
2は数式15のようになる。
【数15】
【0046】
救急車の横加速度の最大が2 m/s
2程度であることを考えれば、a
yの1次の項の寄与率が高いことがわかる。数式15の右辺がh
i(A
y)に相当しているので、h
i(A
y)はA
yの比例式で十分に近似できると推察される。
【0047】
パラメータ同定
前述したh
i(A
y)の推察結果を踏まえて、実測値ΔF
iとモデル出力ΔF
i*が、できるだけ一致するようにFとh
i(A
y)を決定する。
図6及び
図7に示す破線A
y, ΔF
1を比較すると、A
yに対して、ΔF
1が若干遅れて変化していた。そこで、ローパスフィルタ3をカットオフ周波数以下の周波数成分を時間的に一律に遅らせるベッセル型ローパスフィルタとして設計することで、この時間差の再現も試みる。
【0048】
一方、h
i(A
y)は、数式15において、a
yの1次の項の寄与率が大きいことを考慮して、数式16として与える。αは定数である。
【数16】
【0049】
ベッセルフィルタの次数をn、カットオフ周波数をf
c[Hz]とすると、モデルの決定変数は(n, f
c, α)となる。なお、h
1(A
y)を数式16で与えた場合、数式11,13を考慮すれば、h
2(A
y)=-αA
yとおけばよい。よって、ΔF
1を再現するモデルのみを考える。
【0050】
1走行分の実験データにつき、nを1から6まで変化させ、かつf
cを0.1Hzから2.0Hzまで0.1Hz刻みで変化させながらローパスフィルタ3を設計し、それぞれのローパスフィルタ3に対して、ΔF
1とΔF
1*のの累積二乗誤差(ASE)を最小にするようにαを最小二乗法で決定した。被験者1人につき3走行分の実験データがあるので、それぞれのデータに対してモデルパラメータを導出した。最終的には、ASEをデータ長で除した値を最小にする(n, f
c,α)を、その被験者のモデルパラメータとして採用した。
【0051】
設計の結果、ローパスフィルタ3に関しては、その次数を様々に変えてみたが、いずれの被験者に対しても、1次のフィルタとして与えるのが最良という結果になった。この場合、ローパスフィルタ3は1次遅れフィルタとなる。また、ΔF
1とΔF
1*の同期率を見るために、両者の相関係数Rを求めたところ、1人の被験者のモデルを除いて、0.98前後となった。
【0052】
図10に、被験者No.13に対して、設計したモデルでΔF
1を推定した数値シミュレーションの結果を示す。使用したモデルのパラメータの値は、(n, fc,α)=(1, 0.4, 25.46)である。図中破線は実測値ΔF
1を示す。これは、
図7に示すΔf
1と同じである。一方、図中、実線は
図6に示すa
yをモデルに代入して求めた推定値ΔF
1*を示す。この結果から、モデルによりΔF
1を精度よく再現できることがわかる。Rが0.98前後となる他の被験者のモデルでも、ΔF
1の再現精度は、
図10と同程度であった。
【0053】
さて、ローパスフィルタ3は1次遅れフィルタとして設計されたので、
図1に示す測定装置は、線形時不変1次系となる。よって、この系を伝達関数として表記することが可能となり、a
yからΔF
1*を出力するモデルの伝達関数をG
1(s)とすれば、数式17のようになる。
【数17】
【0054】
各被験者6に対して求めた数式17のモデルパラメータの設計値を、表1にまとめた。表1には、Rの値と被験者6の身体情報も併せて記載した。H [cm]は身長、W [kg]は体重、BMI=10000W/H
2である。
【表1】
【0055】
なお、数式11を考慮すれば、h
1(A
y)=α
1A
y+α
2A
y2+α
3A
y3とおいて、モデルを設計することも考えられる。この場合、α
2が負の値として与えられれば、
図8のように、ΔF
1とΔF
2の反転中心が負側に現れる現象をモデルで再現できる。そこで、h
1(A
y)をa
yの3次式として与え、上記と同様な手順でモデルを設計したところ、約半数の被験者6のモデルに対してのみα
2<0として設計され、その推定精度は数式17のモデルとほぼ同じであった。そのため、本発明では、その設計結果は省略し、モデル構造がより単純な数式17のみの結果を示した。
【0056】
以上の実験結果から、背面荷重変動量が横加速度で比例近似できることがわかった。横加速度は、運転手が自分自身の体の揺れ方から体感できるので、この結果は、運転手が被搬送者の背面圧迫度を容易に推測できるという利点がある。ただし、横加速度は、背面の垂直方向に荷重をかけるだけでなく、背面とストレッチャマットとの摩擦による剪断力も生じさせる。よって、背面にかかる抗力を考えた場合、抗力は横加速度に比例する以上に大きくかかることとなる。また、剪断力は、後背面の皮膚を伸張させる。身体の損傷等により安静な状態を保つことが望ましい人、あるいは体力や身体機能が低下している人にとっては、背面圧迫や皮膚の伸張は負担となる。したがって、特に、病人や高齢者の搬送では、運転手は自身が体感する横加速度以上に、被搬送者には負担がかかっていると考えられる。
【0057】
本発明では、|a
y|の最大値が3 m/s
2程度となるように走行実験を行い、その結果に基づいて背面荷重変動のモデリングを行ったが、このような実験とは別に、|a
y|が3 m/s
2を頻繁に超えるような実験も予備的に行っている。その場合、被験者の中には、体が横に滑ってしまうことがあった。したがって、本発明で示した構成は、概ね|a
y|<3の範囲内で適用できるものであり、|a
y|が頻繁に3 m/s
2を超えるような荒い運転の場合には、適用できないことに考慮する必要がある。
【0058】
以上のように、本発明では運転操作由来の遠心加速度が引き起こす背面荷重変動の測定装置を構成した。まず、普通体重の健常な被験者19 名に対して、仰臥位で全身を脱力させた状態で走行実験を行い、横加速度と被験者の肩胛骨近傍に作用する垂直方向の集中荷重を測定した。車両が停止している状態の背面荷重を基準値とし、その基準値からの変動量を背面荷重変動量として求めた結果、横加速度の低周波数成分に対して、比例的に変化することがわかった。これに基いて、背面荷重変動を推定する装置を、ローパスフィルタと比例ゲインからなるモデルとして構成した。多くの被験者に対して、単純な1次系のモデルで推定できる結果となった。このモデルは、力学的特性に基づいて構成されているので、被搬送者が脱力状態にあれば、健康状態や心理状態に影響されることなく適用できる。その応用としては、例えば、背面圧迫の観点から、救急搬送患者にかかる身体負荷の実態予測シミュレーションや、運転技能を客観的に評価するための指標モデルと
して活用できる。