(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5967920
(24)【登録日】2016年7月15日
(45)【発行日】2016年8月10日
(54)【発明の名称】車両用軽合金ホイールの製造方法及び車両用軽合金ホイール
(51)【国際特許分類】
B60B 21/00 20060101AFI20160728BHJP
B60B 21/02 20060101ALI20160728BHJP
B21K 1/32 20060101ALI20160728BHJP
B21J 5/06 20060101ALI20160728BHJP
B24B 39/04 20060101ALI20160728BHJP
B21H 1/04 20060101ALN20160728BHJP
【FI】
B60B21/00 Q
B60B21/00 L
B60B21/02 H
B21K1/32 A
B21J5/06 Z
B24B39/04 Z
!B21H1/04 B
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2011-276217(P2011-276217)
(22)【出願日】2011年12月16日
(65)【公開番号】特開2013-126794(P2013-126794A)
(43)【公開日】2013年6月27日
【審査請求日】2014年8月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】591100301
【氏名又は名称】株式会社レイズエンジニアリング
(74)【代理人】
【識別番号】100111257
【弁理士】
【氏名又は名称】宮崎 栄二
(74)【代理人】
【識別番号】100110504
【弁理士】
【氏名又は名称】原田 智裕
(72)【発明者】
【氏名】稲谷 修二郎
(72)【発明者】
【氏名】村上 友幸
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 和則
【審査官】
岡▲さき▼ 潤
(56)【参考文献】
【文献】
特開平09−248649(JP,A)
【文献】
特開2010−195289(JP,A)
【文献】
特開2008−137562(JP,A)
【文献】
特開平10−225825(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60B 21/00
B60B 21/02
B21K 1/32
B21H 1/04
B24B 39/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両用軽合金ホイールの製造方法において、ホイールリムにおける筒状リム胴部の端縁部に突設するリムフランジ部を加工する工程を含むホイールリムの加工工程にあって、
前記ホイールリムの加工工程は、車両走行中に突発的に受けた衝撃でホイール内径方向へ微小変形しエア漏れなく走行可能な場合であって前記微小変形部位へ車両走行によって受ける繰り返し応力を原因とする割れの起点となるリムフランジ部に対して、回転式のボール又はローラからなる押圧工具をタイヤと接触するリムフランジ部の外側表面部に押し当て加圧することで前記リムフランジ部の外側表面部には前記微小変形による引っ張り応力を緩和させるための圧縮残留応力が付与された組織構造の緩和層となる表層部と、意図的な前記圧縮残留応力が付与されず変形可能な組織構造の内層部との2層構造が形成される押圧工程を含み、
前記押圧工程により、前記表層部には表面から150μmの深さで300MPa〜350MPaの圧縮残留応力値を有し、当該圧縮残留応力値が表面から300μmの深さにおける前記内層部の圧縮残留応力値よりも高い緩和層が形成される車両用軽合金ホイールの製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の車両用軽合金ホイールの製造方法において、
前記押圧工程は、リムフランジ部におけるタイヤと接触しない側の面を含めてリムフランジ部全域に対して行われる車両用軽合金ホイールの製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の車両用軽合金ホイールの製造方法において、
前記押圧工程は、リムフランジ部の切削加工を行った旋盤加工工程において引き続いて切削工具を前記押圧工具に交換して行われる車両用軽合金ホイールの製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の車両用軽合金ホイールの製造方法において、
前記押圧工程は、少なくともインナーリムフランジ部に対して行われる車両用軽合金ホイールの製造方法。
【請求項5】
筒状のリム胴部の端縁部にリムフランジ部を連設するホイールリムを備える車両用軽合金ホイールにおいて、
前記リムフランジ部には、車両走行中の衝撃で微小変形し割れの起点となるリムフランジ部におけるタイヤと接触するリムフランジ部外側表面部に対して前記微小変形による引っ張り応力を緩和させるための圧縮残留応力が付与された組織構造の緩和層となる表層部と、意図的な圧縮残留応力が付与されず変形可能な組織構造の内層部との2層構造が形成され、
前記表層部には表面から150μmの深さで300MPa〜350MPaの圧縮残留応力値を有し、当該圧縮残留応力値が表面から300μmの深さにおける前記内層部の圧縮残留応力値よりも高い緩和層が形成されている車両用軽合金ホイール。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、既存のホイールリムフランジ形状を変更することなくリムフランジ部の割れを抑制することが可能な車両用軽合金ホイールの製造方法及び車両用軽合金ホイールに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車は、装備の充実や安全面からその重量増の傾向にあるが、環境面などからも燃費向上のために細部に渡る軽量化が試みられている。車両用ホイールについても同様に意匠と機能の両立を求めるニーズが高まる一方で、軽量化が求められている。その一方でタイヤ性能向上、車両大型化や重量増に伴いタイヤサイズが大型化するとともに、ブレーキも大型化する傾向にあるため、車両用ホイールは大口径化し、タイヤは低扁平なものが増えてきているのも事実である。このような経緯から、車両用ホイールは、軽量かつ高剛性のアルミニウム合金やマグネシウム合金等の軽合金ホイールが主となり、意匠面と機能面の両立の研究が日々行われている。車両用軽合金ホイールは大別して鋳造と鍛造の2つの製法があり、鋳造にはAC4CHなどの鋳造用合金を、鍛造には6000系などの展伸用合金といった形でそれぞれ製法に適した材料が用いられている。一般に鋳造組織に比べ、鍛造組織は緻密かつ微細であり、機械的性質にも優れているため軽量化が行い易い。しかし、いくら機械性質に優れる材料を用いた車両用軽合金ホイールであっても、車量重量・組み合わされるタイヤや車両性能・特性といった因子の影響を受けやすく、鍛造、さらにはスピニング加工といった一般的に用いられている塑性加工だけでは軽量化にも限度がある。また、車両用ホイールは、重要保安部品という特性上、過酷な耐久性能が求められ、軽量化とともに耐久性を無視することができない。
【0003】
車両用ホイールの設計段階において回転曲げ試験を想定した応力解析、実際の回転曲げ疲労試験や半径方向負荷耐久試験、衝撃試験などJISD 4103に基づき評価が行われている。衝撃試験はホイールディスク面側へ衝撃を与えることでホイールディスクやディスク側のアウターリムの変形・破損、またはエア漏れがないかの評価が行われるが、ホイールディスクと反対面側のインナーリムの変形・破損、またはエア漏れの評価について定められたものはなく、事業者独自の評価がなされているにすぎない。しかし、サスペンション構造上タイヤと車両用ホイールは地面と常に垂直が保たれている訳ではなく、車体が沈み込むと左右でハの字型に角度がつくため、タイヤ・ホイールの内側(車体内側)が外側よりも早く接地する傾向となり、この部位は車両走行時、最も負荷がかかりやすい。そのため、車両用ホイールメーカーにおいてはインナーリムの評価をより重要視し、強度面の強化がなされる傾向にある。
【0004】
ところで、車両用ホイールが大径化し、タイヤは低扁平化し、車重増加する傾向の中で、車両走行時にタイヤと車両用ホイールが衝撃を受けた場合、高扁平のタイヤであればタイヤの弾性変形で衝撃吸収していたような衝撃であっても、低扁平タイヤであれば車両用ホイールそのものにまで衝撃が至りやすい。さらに、車両用ホイールは、軽量化によってホイールリムの肉厚が薄くなれば材質に関係なく、当然変形し易くなる。
【0005】
例えば、車両走行時において、道路上のはみ出し防止のためセンターライン上に設けられた突起や縁石等を踏んだり、凹凸のある路面状況の悪路やポットホールと呼ばれる穴の生じた路面を通過した場合、タイヤとホイールが衝撃を受けることになる。その衝撃により、車両用ホイールのリムフランジ部が変形し、割れの原因となる場合がある。この場合、目視で容易に確認できる大きな変形や割れであったり、割れがリムフランジ部からビードシート部に至ってタイヤのエア漏れを生じさせると、車両使用者はホイール損傷に容易に気付いて直ちに修理の対策を講じることができる。ところが、リムフランジ部の凹み等の変形が約3mm以下の目視では判別し難い微小変形の場合、エア漏れすることが一般になく、即座に走行不能となることはないため、車両使用者が気付かず車両走行を続けてしまうことが考えられる。また、この微小変形が車体内側となるインナーリムフランジ部であれば、通常確認しにくい部位であるため、ほとんど変形に気付かない。リムフランジ部にこのような微小変形が生じたまま車両走行を続けると、微小変形部位には車両走行により繰り返し応力がかかるため、運転者等の車両使用者の知らない間にこの微小変形部位から破断が生じ、タイヤがエア漏れを起こすなどの不具合を生じさせる。
【0006】
従来、リムフランジ部を強化する方法として、リムフランジ部の肉厚を厚くすることや、リムフランジ部の内径部を塊状に張り出し形成することが行われていた(特許文献1、特許文献2)。しかし、これらの方法では、リムフランジ部での肉厚増に伴う材料増により当然ながら重量が増え、さらにはリムフランジ部の形状変更に伴って一般に用いられる打ち込みタイプのバランスウエイトが使用できなくなるなどの弊害があった。しかも、分厚くしたリムフランジ部は、厚みにより剛性は増すものの、許容できる応力以上の外的荷重が加わると、弾性・塑性変形域が少ないため、変形するよりも先にその剛性故に即時破断が生じ易くなるという弊害もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010−195289号公報
【特許文献2】特開2008−137562号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、ホイールリムフランジ形状を変えることなく、リムフランジ部の割れを長期間抑制することを可能とする車両用軽合金ホイールの製造方法及び車両用軽合金ホイールを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、冷間での塑性加工の中でも圧縮残留応力に着目し、解析・実試験で破断起点となりやすいリムフランジ部へ局所的に押圧工具を用いて加圧し圧縮残留応力を付与することで実現される。
【0010】
すなわち、本発明に係る車両用軽合金ホイールの製造方法は、
車両用軽合金ホイールの製造方法において、ホイールリムにおける筒状リム胴部の端縁部に突設するリムフランジ部を加工する工程を含むホイールリムの加工工程にあって、
前記ホイールリムの加工工程は、車両走行中に突発的に受けた衝撃でホイール内径方向へ微小変形しエア漏れなく走行可能な場合であって前記微小変形部位へ車両走行によって受ける繰り返し応力を原因とする割れの起点となるリムフランジ
部に対して、回転式のボール又はローラからなる押圧工具をタイヤと接触するリムフランジ部の外側表面部に押し当て加圧することで前記リムフランジ部の外側表面部には前記微小変形による引っ張り応力を緩和させるための圧縮残留応力が付与された組織構造の緩和層となる表層部と、意図的な前記圧縮残留応力が付与されず変形可能な組織構造の内層部との2層構造が形成される押圧工程を含み、
前記押圧工程により、前記表層部には表面から150μmの深さで300MPa〜350MPaの圧縮残留応力値を有
し、当該圧縮残留応力値が表面から300μmの深さにおける前記内層部の圧縮残留応力値よりも高い緩和層が形成されるものである。
【0011】
上記構成より、リムフランジ部表面へ局所的に回転式ボール又はローラからなる押圧工具を用いて加圧し圧縮残留応力を付与することで、加圧表面の表層部のみに意図的に引っ張り応力を緩和させる圧縮残留応力が付与された組織構造とすることができ、一方、内層部は圧縮されず弾性・塑性変形が比較的大きく許容される変形可能域とすることができる。これにより、車両走行時に突起物を踏む等した場合に、その衝撃によりリムフランジ部が径方向に微小変形(例えば、約3mm程度までの内径方向への凹み)しても、その引っ張り応力は圧縮残留応力によって相殺されると同時に内層部の変形可能域で変形許容されて破断に至らないようにできる。従って、リムフランジ部が微小変形する程度の外的衝撃を受けても即時の割れを生じ難くするとともに、その微小変形の存在下で車両走行を続行し変形部位に繰り返し応力がかかっても割れの起点となり難い性能を具備した車両用ホイールが提供できる。しかも、リムフランジ部は、既存のホイールリムフランジ形状から形状変更されないから、既存の打ち込みタイプのバランスウエイトを支障なく使用することができ、且つ重量増にもならない。
ところで、車両走行中の衝撃によってリムフランジ部に約3mm程度の微小変形を生じた場合、目視では判別し難い微小変形と言え、即座に走行不能となることはないため、車両使用者が気付かず車両走行を続けてしまうことが考えられる。
そこで、前記表層部には表面から150μmの深さで300MPa〜350MPaの圧
縮残留応力値を有
し、当該圧縮残留応力値が表面から300μmの深さにおける前記内層部の圧縮残留応力値よりも高い緩和層が形成され、この場合、前記のような状況下で車両走行を続けて変形部位に繰り返し応力がかかっても、この変形部位が起点となって割れ発生することを抑制することができる。
【0012】
前記押圧工程は、少なくともタイヤとの接触面側に対して行う必要があるが、リムフランジ部におけるタイヤと接触しない側の面を含めてリムフランジ部全域に対して行われることが望ましい。
これにより、リムフランジ部全域を強化することができる。
【0013】
前記押圧工程は、リムフランジ部の切削加工を行った旋盤加工工程において引き続いて切削工具を前記押圧工具に交換して行われることが望ましい。
これにより、押圧工具としての回転式ボール又はローラのツールの追加のみで、旋盤でのホイールリムの切削加工完了後そのままツール交換して加圧することで前記押圧工程を行うことができる。従って、特別な設備を導入することなく既存設備を活用して短時間で効率よくリムフランジ部の強化構造形成を行うことができる。
【0014】
前記押圧工程は、少なくともインナーリムフランジ部に対して行われることが望ましい。
車両走行時、タイヤと車両用ホイールは左右でハの字型に角度がつくため、インナーリムフランジ部に最も負荷がかかりやすい。しかも、インナーリムフランジ部は、車体内側に位置しているから車体外側からは通常確認しにくいため、インナーリムフランジ部に微小変形が生じても運転者等の車両使用者は気付かず車両走行を続けてしまうことが考えられる。従って、インナーリムフランジ部に対して前記押圧工程を行うことで、インナーリムフランジ部に微小変形が生じた場合であっても、車両走行を続けて変形部位に繰り返し応力がかかっても、この変形部位が起点となって割れ発生するのを抑制することができる。
【0016】
また、本発明に係る車両用軽合金ホイールは、
筒状のリム胴部の端縁部にリムフランジ部を連設するホイールリムを備える車両用軽合金ホイールにおいて、
前記リムフランジ部には、車両走行中の衝撃で微小変形し割れの起点となるリムフランジ
部におけるタイヤと接触するリムフランジ部外側表面部に対して前記微小変形による引っ張り応力を緩和させるための圧縮残留応力が付与された組織構造の緩和層となる表層部と、意図的な圧縮残留応力が付与されず変形可能な組織構造の内層部との2層構造が形成され、
前記表層部には表面から150μmの深さで300MPa〜350MPaの圧縮残留応力値を有
し、当該圧縮残留応力値が表面から300μmの深さにおける前記内層部の圧縮残留応力値よりも高い緩和層が形成されているものである。
この車両用軽合金ホイールによれば、前記製造方法での説明と同様に、リムフランジ部が微小変形する程度の外的衝撃を受けても割れを生じ難くするとともに、その微小変形の存在下で車両走行を続行し変形部位に繰り返し応力がかかっても割れの起点とり難い性能を具備した車両用ホイールが提供できる。しかも、リムフランジ部は、既存のホイールリムフランジ形状から形状変更されないから、既存の打ち込みタイプのバランスウエイトを支障なく使用することができ、且つ重量増にもならない。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、ホイールリムフランジ形状を変えることなく、リムフランジ部の割れを長期間抑制することができる。そして、例えば、以下の効果もある。
リムフランジ部の肉厚を厚くする場合に比べて、軽量化され、打込みタイプのバランスウエイトが使用可能であるといったメリットがある。
リムフランジ部の肉厚を厚くすると変形域が少なくなり、外的衝撃を受けると伸びて変形するよりも剛性によって即時に破断が生じやすいが、本発明によれば、外的衝撃に対してリムフランジ部の変形による引っ張り応力を緩和して割れの発生を抑制することができる。
リムフランジ部に微小変形が生じても割れを防いで走行可能となるから、ランフラットタイヤのように非常・応急時の使用もより安全に使用可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】車両用軽合金ホイールの構成を示す断面図である。
【
図2】半径方向負荷耐久試験時におけるホイールリムに対する応力解析の結果を示すリムフランジ部付近の断面模式図である。
【
図3】実施形態の車両用軽合金ホイールにおけるリムフランジ部への押圧工程を示す説明図である。
【
図4】タイヤ及びホイールを突起物に押し付けている様子を示す正面図である。
【
図5】
図4で突起物に押し付けた結果、インナーリムフランジ部が変形した状態を示す正面図である。
【
図6】半径方向負荷耐久試験の結果、インナーリムフランジ部の変形部位に割れが発生した状態を示す側面図である。
【
図7】比較例のホイールにおいて、半径方向負荷耐久試験の結果、インナーリムフランジ部の変形部位にリムフランジ部を貫通する割れが発生した状態を示す写真である。
【
図8】実施例、比較例(切削加工のみ)及び参考例(切削加工後ショットブラスト)において、リムフランジ部の変形前後における圧縮残留応力値の測定値を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、本発明の実施形態を説明する。
図1に示す車両用軽合金ホイール1は、自動車の車軸に取り付けられるホイールディスク2と、タイヤが装着される円筒状のホイールリム3とを備える。この車両用軽合金ホイール1は、アルミニウム合金、マグネシウム合金、チタン合金等の軽合金製の鋳造品又は鍛造品により形成され、また、ホイール構成は、1ピースタイプ、2ピースタイプ、3ピースタイプ等の各種の構成が採用可能である。ホイールディスク2は、中央に設けられて自動車の車軸が連結されるハブ取付部21と、ハブ取付部21の外周に形成された複数のスポーク部22と、各スポーク部22の間に形成された飾り孔23とを備える。ホイールリム3は、タイヤのビードを着座させるビードシート部32を両端部に形成する円筒状のリム胴部31と、リム胴部31の両側の端縁部においてビードシート部32からL形に湾曲して突設されてタイヤのビート側面を支持するリムフランジ部33とを備える。ホイールディスク2は、ホイールリム3の内径部に設けられ、車体外側に向く表面が意匠面を構成する。リムフランジ部33は、車両用軽合金ホイール1を車体に取り付けた際、車体外側に向く方をアウターリムフランジ部33fとし、車体内側に向く方をインナーリムフランジ部33rとする。
【0020】
ところで、車両用軽合金ホイール1は、車両走行中に路上の各種の突起物等を踏んだ場合にその衝撃をタイヤの弾性変形のみでは吸収できずリムフランジ部33に微小変形が生じ、運転者等の車両使用者がこのような微小変形に気付かずそのまま車両走行を続けると、車両使用者の知らない間にこの微小変形部位から割れが生じ、タイヤのエア漏れを起こすなどの不具合を生じさせる場合がある。このような割れは、変形による引っ張り応力が一定の限界値を超えることで発生する。そして、リムフランジ部33において車両走行中に最も応力集中する部位は、リムフランジ部33の表層部である。従って、割れは、最も応力集中するリムフランジ部33表層部が起点となる。このことを検証するため、リムフランジ部33に変形の無い適正な車両用軽合金ホイール1を用いて、半径方向負荷耐久試験(JIS D4103)におけるホイールリム3の応力解析を行ったところ、
図2に示すように、タイヤと接触するリムフランジ部33の外側(外径側)表面部が最大応力部であることが確認された。
【0021】
そこで、本実施形態においてリムフランジ部33は、割れの起点となるリムフランジ部33表層部に対して意図的に圧縮残留応力を付与することにより変形による引っ張り応力を緩和させる組織構造の緩和層を形成する一方、内層部はこのような意図的な圧縮残留応力が付与されず変形可能な組織構造とするようにした。すなわち、リムフランジ部33表層部を硬い層で覆うと、硬い層は変形自体を防止できても割れ易くなり得る。これに対して、本実施形態のリムフランジ部33表層部の緩和層は、変形阻止目的の層ではなく変形を許容して変形による引っ張り応力を打ち消すように作用し、繰り返し引っ張り応力が加わっても割れに至る限界値に達するのを抑制させる。その結果、リムフランジ部33が微小変形しても割れの起点となるリムフランジ部33表層部において割れの発生を抑制することができる。これにより、本実施形態の車両用軽合金ホイール1は、路上の突起物等からの衝撃荷重が最も集中し得るホイールリム3のリムフランジ部33に対してその形状や寸法を既存のホイールリムフランジ形状から変更することなく耐久性を向上させる構造となる。
【0022】
このようなリムフランジ部33の構造は、以下の押圧工程により形成される。
リムフランジ部33を所定の最終形状に加工した後のホイールリム3に対して、回転式のボール又はローラからなる押圧工具(ボール又はローラを回転可能に取り付けた工具)をリムフランジ部33表面に押し当て加圧する押圧工程を行う。このとき、
図3に示すように、ホイールリム3は回転軸線を中心に押圧工具6に対して相対回転させ、押圧工具6はリムフランジ部33表面を押し込みつつリムフランジ部33の表面に沿ってホイールリム3の軸線方向へ移動させる。なお、
図3は、インナーリムフランジ部33rとアウターリムフランジ部33fとを同時に押圧工具6を押し当てている様子を図示するが、前記押圧工程は、インナーリムフランジ部33rとアウターリムフランジ部33fとを別々に押圧工具6を押し当てる場合も含む。また、前記押圧工程は、ホイールディスク2を装備していない状態のホイールリム3に対して行う場合も含む。
【0023】
一般に、車両用軽合金ホイール1は、鋳造又は鍛造により製造されるが、いずれの場合も製造工程の最終過程では最終形状となる所定の外形に仕上げる切削加工が行われる。そこで、前記押圧工程は、車両用軽合金ホイール1の製造工程において旋盤でホイールリム3を所定の外形形状に仕上げる切削加工の完了後に、この切削加工を行った旋盤で引き続いて、切削工具を回転式ボール又はローラからなる押圧工具6に交換し、切削加工時にリムフランジ部33表面を切削するときと同じ要領で、押圧工具6をリムフランジ部33表面に押し当て加圧することより行うことができる。具体的に、旋盤にはNC旋盤が用いられるので、押圧工具6による加圧は、押し込み寸法を数値制御して行われ、この場合、例えば、押圧工具6をリムフランジ部33表面から0.5mm以内の範囲で押し込むように数値設定される。
【0024】
以上の押圧工程によって、リムフランジ部33は、意図的に圧縮残留応力が付与された組織構造の緩和層で形成する表層部と、意図的な圧縮残留応力が付与されない組織構造(変形可能域)を有する内層部との2層構造に形成される。このリムフランジ部33表層部の緩和層は、例えば、表面から150μmの深さであって170MPa〜350MPaの圧縮残留応力が付与された組織構造を有する。この2層構造により、リムフランジ部33は、車両走行時の衝撃で微小変形(例えば、目視困難な約3mm以内の凹み)を許容しつつ車両走行で繰り返し応力がかかってもこの微小変形を起点とする割れの発生が抑制される。すなわち、車両走行時に突起物を踏む等した場合にその衝撃によってリムフランジ部33が径方向に微小変形(例えば、約3mm程度までの内径方向への凹み)しても、その微小変形に伴う引っ張り応力は表層部の緩和層の圧縮残留応力によって相殺されると同時に内層部の変形可能域で変形許容されて即時に破断に至らないようにすることができる。従って、リムフランジ部33が微小変形する程度の外的衝撃を受けても割れを生じ難くするとともに、その微小変形の存在下で車両走行を続行し変形部位に繰り返し応力がかかっても割れの起点になり難い性能を具備した車両用軽合金ホイール1が得られる。しかも、このリムフランジ部33は、従来品のように肉厚を厚くしたり塊状の張り出しを形成したもの(特許文献1、特許文献2)とは異なり、既存のホイールリムフランジ形状から形状変更されないから、既存の打ち込みタイプのバランスウエイトを支障なく使用することができ、且つ重量増にもならない利点を有する。
【0025】
そして、リムフランジ部33表層部の緩和層は、表面から150μmの深さであって170MPa〜350MPaの圧縮残留応力値を有することで、車両走行中の衝撃によってリムフランジ部33に約3mm程度の微小変形が形成されてもこの微小変形を起点とする繰り返し応力による割れ発生を抑制することができる。しかも、リムフランジ部33の凹み等の変形が約3mm以下の目視では判別し難い微小変形の場合は即座に走行不能となることはないため、車両使用者が気付かず車両走行を続けてしまうことが考えられるが、そのような状況下で車両走行を続けて変形部位に繰り返し応力がかかっても、この変形部位が起点となって割れ発生することを抑制することができる。この割れ抑制効果(耐久性)は、意図的に圧縮残留応力が付与された緩和層で形成する表層部を有さず且つ未変形のリムフランジ部33を備える車両用軽合金ホイール1の耐久性と同等又はそれ以上の効果が得られる。
【0026】
また、前記押圧工程は、切削加工を行った旋盤加工工程において引き続いて切削工具を回転式ボール又はローラの押圧工具6に交換して実行されることで、ツール(押圧工具6)の追加のみで、旋盤でのホイールリム3の切削加工完了後にそのままツール交換して行うことができ、特別な設備を導入することなく既存設備を活用して短時間で効率よくリムフランジ部33の強化構造を形成することができる。
【0027】
なお、本発明は、上記実施形態のみに限定されず、本発明の要旨の範囲内で適宜に変更することが可能である。
例えば、半径方向負荷耐久試験時におけるホイールリム3の応力解析の結果、最大応力部はタイヤと接触するリムフランジ部33の外側(外径側)表面部であった(
図2参照)。従って、前記押圧工程として、リムフランジ部33表層部に対して圧縮残留応力を付与した緩和層の形成は、リムフランジ部33全域に施工するのが望ましいが、少なくともタイヤと接触する外側面(車両走行時に最も応力を受ける部位)のみに施工することにより、衝撃による微小変形部位が起点となって割れ発生するのを抑制することができる。この場合、前記押圧工程をリムフランジ部33全域に行う場合に比べて簡易に且つ短時間で済ませることができる。
【0028】
また、前記押圧工程により、リムフランジ部33表層部に対する圧縮残留応力を付与した緩和層の形成は、インナーリムフランジ部33rのみに行うことでもよい。すなわち、車両走行時にタイヤと車両用ホイール1は左右でハの字型に角度がつくため、インナーリムフランジ部33rに最も負荷がかかりやすく、しかも、インナーリムフランジ部33rは、車体内側に位置しているから車体外側からは通常確認しにくいため、車両使用者はインナーリムフランジ部33rに微小変形が生じても気付かず車両走行を続けてしまうことが考えられる。従って、インナーリムフランジ部33rに対して前記押圧工程を行うことで、インナーリムフランジ部33rに微小変形が生じたにもかかわらず、車両走行を続けて変形部位に繰り返し応力がかかっても、この変形部位が起点となって割れ発生するのを抑制することができる。
【実施例】
【0029】
次に、実施例を説明する。
所定の鍛造によりアルミニウム合金(A6061)の鍛造品からなる車両用軽合金ホイール1を成形し、その後、旋盤により切削加工する切削工程を行って最終のホイールの形状及び寸法と略等しい外形に形成した。この車両用軽合金ホイール1は、リム径19インチとし、リム胴部31の肉厚約2.5mm、リムフランジ部33の肉厚約7mmとする。
【0030】
そして、切削工程に引き続いて、切削加工を行った旋盤において切削工具を回転式ボールからなる押圧工具6にツール交換して、この押圧工具6をリムフランジ部33表面に押し当て加圧するリムフランジ部33の押圧工程を行った(
図3参照)。すなわち、切削後の車両用軽合金ホイール1を旋盤の回転プレートにより回転軸線を中心に回転させるとともに、押圧工具6をリムフランジ部33表面に押し付け加圧しつつリムフランジ部33の回転軸線方向に移動させることによって、リムフランジ部33におけるタイヤとの接触表面(外側面)のみに対して押圧工具6を押し当てて加圧し、リムフランジ部33外径表面全体に圧縮残留応力を付与した緩和層を形成した。このときの条件として、旋盤による車両用軽合金ホイール1の回転数50rpm、押圧工具6の移動速度0.1mm/sec、押圧工具6のリムフランジ部33表面への押し込み量0.5mmとした。
【0031】
以上の押圧工程により、リムフランジ部33には、意図的に圧縮残留応力が付与された組織構造の緩和層が形成された表層部と、意図的な圧縮残留応力が付与されない組織構造のままの内層部(変形可能域)との2層構造が形成された車両用軽合金ホイール1を製造した。
【0032】
上述した実施例との比較のため、前記押圧工程を行わなかった車両用軽合金ホイール(比較例:旋盤加工品)を準備した。また、参考例として、前記押圧工程に代えてリムフランジ部33表面にショットブラスト処理を施した車両用軽合金ホイール(参考例:ショットブラスト品)を準備した。なお、これら比較例及び参考例の車両用軽合金ホイールは、上記のこと以外は実施例と同様に製作した。
【0033】
以上の実施例、比較例及び参考例の車両用軽合金ホイールに対して耐久性能を比較検証するために、半径方向負荷耐久試験を行った。なお、いずれの車両用軽合金ホイールにも、同じタイヤを装着してタイヤエア圧150kPaとした。ここで、半径方向負荷耐久試験は、JIS D4103に従って、一定速度で回転するドラムに対して、タイヤを装着した車両用軽合金ホイールを押し付けて半径方向に負荷を加えながら回転させた。以上の半径方向負荷耐久試験の結果、実施例、比較例及び参考例の車両用軽合金ホイールでは、いずれも規定の50万回転に対して200万回転させても亀裂や割れは発生しなかった。
【0034】
次に、
図4に示すように、実施例、比較例及び参考例の車両用軽合金ホイールに対して、上述したタイヤ4を装着しタイヤ外形方向からの衝撃を想定して、突起物5に対して車軸から34.1kNの荷重Fを加えてタイヤ4及びホイール1を押し付けた。なお、実際の車両走行時ではタイヤ及びホイールが左右でハの字型となってインナーリムへの負荷大となることを想定して、突起物5の高さは、インナーリム側をアウターリム側よりも少し高く設置した。すると、実施例、比較例及び参考例のいずれのホイールも、インナーリム側のリムフランジ部33rには、タイヤ4の弾性変形のみでは衝撃を吸収することができず、内径方向に約3mmの変形が生じた(
図5の矢印部分を参照)。アウターリム側のリムフランジ部33fには、変形は生じていなかった。
【0035】
そして、この変形後の車両用軽合金ホイールについて、上記未変形状態のときにクリアした50万回転の半径方向負荷耐久試験を行ったところ、比較例及び参考例の車両用軽合金ホイールは、いずれも、アウターリムフランジ部33fでのクラックは生じなかったが、インナーリムフランジ部33rには、上記変形部位からビードシート部32付近まで達してリムフランジ部33rを貫通した割れkが生じていた(
図6参照)。
図7の写真は、比較例の車両用軽合金ホイールにおけるインナーリムフランジ部の割れkを示し、
図7(a)はホイール外径側(外周側)の写真であり、
図7(b)はホイール内径側(内周側)の写真であり、割れkがリムフランジ部33rの内外に貫通していることがわかる。なお、参考例の車両用軽合金ホイールにおけるインナーリムフランジ部33rの割れも同様のものであった。
【0036】
これに対して、実施例の車両用軽合金ホイール1では、アウターリムフランジ部33fはもちろんのこと、インナーリムフランジ部33rの変形部位から亀裂や割れは発生していなかった。なお、このリムフランジ部33rを変形させた実施例の車両用軽合金ホイール1では、半径方向負荷耐久試験により、150万回転させても、リムフランジ部33rの変形部位から割れは生じなかった。
【0037】
以上の結果より、実施例のようにリムフランジ部33の形状変更を行うことなく割れの発生起点となるリムフランジ部33表層部に圧縮残留応力を付与した緩和層を形成することで、万一リムフランジ部33が変形しても、タイヤがホイールから外れたりエア漏れするような大きな変形でなく、目視困難な約3mm程度の変形が生じた状況では、車両走行によって変形部位に繰り返し応力が加わっても、この変形部位から割れが発生することなく、通常どおり走行することが可能となることが実際に確認された。なお、以上の試験では、インナーリムフランジ部33rを変形させた場合であるが、アウターリムフランジ部33rを変形させた場合も同様の結果となる。
【0038】
次に、実施例、比較例及び参考例の車両用軽合金ホイールについて、リムフランジ部33の未変形状態と変形後の圧縮残留応力値を測定した。圧縮残留応力の測定方法は、非破壊的方法として、JIS B2711に規定されているX線応力回折を利用したX線応力測定法を用いた。この圧縮残留応力値の測定値を、
図8のグラフに示す。なお、
図8のグラフ中、マイナス側が圧縮応力が加わっていることを示し、プラス側が引っ張り応力が加わっていることを示す。
【0039】
図8のグラフに示したとおり、リムフランジ部33の表面から深さ150μmまでの表層部において、比較例(旋盤加工品)では、変形前に60〜72MPaであった圧縮残留応力が、変形後には、この圧縮残留応力が引っ張り応力によって打ち消され、さらに0以上のプラス側に3〜5MPaの引っ張り応力が加わった状態になっていた。参考例(ショットブラスト品)では、変形前に99〜166MPaであった圧縮残留応力が、変形後には、3〜15MPaの圧縮残留応力となり、ショットブラストによる圧縮残留応力が変形による引っ張り応力によってほとんど打ち消された。
【0040】
これに対して、実施例では、変形前に305〜334MPaであった圧縮残留応力は、変形後においても50〜64MPaの圧縮残留応力が残っていた。すなわち、実施例では、変形後においても比較例(旋盤加工品)の未変形状態と同等程度の圧縮残留応力が確保されることが確認された。以上の結果、リムフランジ部33表層部(深さ約150μmの範囲)において、170MPa〜350MPa、好ましくは300MPa〜350MPaの圧縮残留応力を付与する必要があることがわかった。
【符号の説明】
【0041】
1 車両用軽合金ホイール
2 ホイールディスク
3 ホイールリム
4 タイヤ
5 突起物
21 ハブ取付部
22 スポーク部
23 飾り孔
31 リム胴部
32 ビードシート部
32f アウタービードシート部
32r インナービードシート部
33 リムフランジ部
33f アウターリムフランジ部
33r インナーリムフランジ部
6 押圧工具
k 割れ