(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に、本発明の一実施の形態について、添付の図面を参照しつつ説明する。なお、以下で説明する実施の形態により、本発明が限定されるものではない。
【0019】
ここで、上述したように、本発明者等は、種々の検討、調査、研究、実験などを行った結果、絞り成形において、肉痩せの低減や、絞り深さを深くすることができる新たな着想及び手法に想到した。
【0020】
すなわち、絞り成形において、肉痩せや割れの発生原因は材料が受ける引張応力であると考えられることから、成形中の材料の引張応力が作用する場所に圧縮応力場を作ることができれば、肉痩せや割れの低減が可能になると考えられる。
【0021】
従って、絞り成形時に材料の端面(横)方向から圧縮する機構を組み込み、材料に圧縮応力場を作りながら絞り成形を行うことができれば、肉痩せの少ない絞り成形ができると考えられる。
【0022】
このようなことから、難加工材であるアルミニウムを実験材料に選び、圧縮応力場をもった角筒絞りにおける成形性の確認を目的として、成形シミュレーション及び該シミュレーションに基づく実験等を行った。ここでは、成形シミュレーションの内容、その解析結果、及び該解析結果を基に行った実験内容、圧縮応力と製品板厚における実験結果について、以下に述べる。
【0023】
<成形シミュレーションについて>
成形シミュレーションを用い、圧縮応力場をもったブランク(素材)に対する絞り成形(以下、アシスト絞りとも言う。)により、成形可能かまたは効果があるかの確認を行った。
【0024】
<解析内容>
本解析に使用したソフトは、JSTAMP NV2.6(株式会社JSOL製)であり、解析に使用した条件は次の通りである。
ブランクメッシュサイズ:0.75mm
要素タイプ:ソリッド低減積分(板厚方向分割5層)
素材板厚:4.0mm
材料データベース:ソフト内データ使用(A3003−O材)
【0025】
解析に用いた金型構造は、
図1に示した通りである。
図1には、板状のブランク(材料:素材)10に接触する部分の構造のみを抜き出して示しているが、上型にパンチ20、ブランクホルダ(しわ押さえ:素材板押さえ)30が配設され、下型にダイ40、ノックアウト(成形後の製品押し出し装置)50、プッシュプレート(加圧プレート)100を配設した構造となっている。
ここで、プッシュプレート(加圧プレート)100は本発明の加圧機構の一部を構成している。
なお、プッシュプレート100を取り外せば、従来通りの角筒絞り型となる。
【0026】
シミュレーション解析を行った機構としては、ダイ40は固定で、パンチ20がダイ40へ向けて移動し、ブランクホルダ30、ノックアウト50による押圧力はそれぞれ60kN、30kNで設定し、ブランクホルダ30はブランク(被加工材)10の素材板厚分4mmで押圧力がキラーされるように設定した。
【0027】
また、アシスト絞りで一番のポイントとなる対面配置される一対のプッシュプレート100は、成形開始前にブランク10の端面の片側ずつに19kNの圧縮力(プッシュプレート力)をパンチ20に向けて作用させるように構成され、さらにパンチ20が
図1(B)の上下方向に17mm稼動したところで、プッシュプレート100の圧縮力(プッシュプレート力)が0となるようにした。
【0028】
プッシュプレート100の圧縮力が、成形過程の途中で0となるように設定した理由としては、一対のプッシュプレート100がパンチ20の方向に移動する構造であるため、ある移動量でパンチ20と接触してしまい、構造として成り立たなくなるためである。
【0029】
また、本シミュレーション解析において、しわ押さえ力は通常の6倍で設定している。これは、プッシュプレート100による影響でフランジ部11(
図1(A)、
図5においてブランク10のうちパンチ20の外側に拡張している部分)の増肉量(板厚の増厚量)が大きくなるため、しわ押さえ力を大きくし少しでも増肉量を抑えるためである。
【0030】
<解析結果>
図2(A)に、パンチ20が移動し始めた直後の材料(ブランク10)のフォンミーゼス応力状態(応力分布図)を示す。
色の濃淡は応力分布を表している。応力は色が濃いほど低く、淡いほど高い。
図2(A)から、プッシュプレート100によりブランク10の端面が
図1(A)及び
図2(A)の左右方向両側から19kNの力で押し込まれることにより、パンチ20の4つのコーナーR部20Rのそれぞれに向けて応力場が発生していることが解る。
【0031】
図2(B)に製品(絞り成形後)の解析結果を示す。
図2(B)の解析結果は、製品(絞り成形後)の中立面をシェル要素で表示し、色の濃淡は板厚分布を表している。板厚は色が濃いほど薄く、淡いほど厚い。
【0032】
この解析結果より、製品コーナー部の板厚は、3.16mmとなり板厚減少率が20%で成形が完了できた。このことより、圧縮力(アシスト力)をかけながらの絞り成形(アシスト絞り成形)により、肉痩せや割れの発生が抑制された良好な絞り成形が可能であることを確認することができた。
【0033】
<実験方法>
本発明者等は、前述した成形シミュレーション結果を基に金型を設計し、アシスト絞りの実験(実際の絞り成形)を試みた。
【0034】
図3に、製作し実験に供したダイ(ダイス)40を示す。
図3に示すように、ダイ40のブランク10を載置する側の面には、凹部(段差)41が設けられている。この凹部41の深さとしては、ブランク10の板厚よりも若干深くしてある。
【0035】
この凹部41には、
図4に示すように、対面配置される一対のプッシュプレート(加圧プレート)100が収容され、凹部41は、プッシュプレート100の移動方向を決めるガイドの役割を果たすように構成されている。
【0036】
また、
図5に示すように、成形時にはダイ40の上方に、しわ押さえの役割を果たすブランクホルダ(板押さえ、しわ押さえ)30が配設されるが、ブランクホルダ30をダイ40の凸部42にプレス方向(上下方向)において当接させることによって、ブランクホルダ30のしわ押さえ力をキラーする効果も奏することができる。
なお、ブランクホルダ30が、本発明に係るしわ押さえ機構(ダイの上に置かれる板状のブランクをパンチとダイとにより絞り成形する際にブランクをダイと略平行な方向に押さえ付けてしわ押さえを行うための機構)に相当する。
【0037】
更に、プッシュプレート100の厚みをブランク10の板厚よりも若干薄くすることにより、プッシュプレート100がダイ40とブランクホルダ30に挟まれた状態でも、しわ押さえ力はダイ40の凸部42にて抑えられるため、プッシュプレート100にはしわ押さえ力はかからず加圧方向(プッシュ方向)へのプッシュプレート100の円滑な移動(摺動)を確保することができるという効果を奏することができる。
但し、凹部41、凸部42は省略することも可能である。
【0038】
図5は、ブランク10をセットした状態を示しており、
図4に示した一対のプッシュプレート100の間にブランク10はセットされるが、プッシュプレート100の形状はブランク10の外形形状に合わせているため、プッシュプレート100にブランク10の成形の際の位置決め(ロケータ)の役割を担わせることも可能である。
【0039】
ブランクホルダ30が下方へ移動し、ダイ40に接触した状態を、
図6に示す。
この
図6の状態では、ブランクホルダ30にはクッション力が働いているため、パンチ20が下降し続ける限り所定のクッション力がかかっている状態にある。
【0040】
図6の状態以降では、ダイ40とブランクホルダ30が接触し、ブランクホルダ30にしわ押さえ力がかかっている状態で、プッシュプレート100への加圧が開始され、
図7に示すように、ブランク10とパンチ20が接触した時には、プッシュプレート100は所定の加圧力でブランク10の端面を圧縮することとなり、この状態で絞り成形が開始されることになる。
【0041】
ブランク10の端面を押すプッシュプレート100の板厚は、ブランク10の板厚以下であり薄いが、ダイ40とブランクホルダ30により挟み込まれているため、プッシュプレート100は、座屈等の変形が発生し難い状態で使用されることになる。
【0042】
ここで、一例として、ブランク(材料)10に端面から圧縮をかけるプッシュプレート100の動力は、
図8に示すように、カム(CAM)機構200とガススプリング(GAS
SPRING)機構300とを組み合わせた機構により供給する構成とした。
ここで、プッシュプレート100、カム(CAM)機構200、ガススプリング(GAS
SPRING)機構300が、本発明に係る加圧機構の一例に相当する。
なお、ガススプリング機構は、流体(空気、その他のガスの圧縮特性、或いは油などの非圧縮性の液体をオリフィスなどの通過抵抗を利用したスプリング(或いはダンパー))を利用した流体スプリングを含むスプリング機構とすることができる。更に、これに限らず、金属等の弾性体からなるスプリング機構とすることもできる。
【0043】
成形中におけるブランク10のフランジ部11の流入速度(フランジ部11の端面の移動速度)をシミュレーション結果より確認すると一定速度ではないため、カム(CAM)機構200だけではフランジ部11の流入速度に合わせて、プッシュプレート100でブランク10の端面11に所定圧縮力(アシスト力)を掛けながら押すことは難しい。
【0044】
そこで、カム(CAM)機構200にガススプリング(GAS SPRING)機構300を組み合わせ、プッシュプレート100による圧縮力(アシスト力)を実現するように、カム(CAM)201の角度(位置)に対応した押し出し量(カム移動量)と、ガススプリング(GAS
SPRING)機構300のストローク量と、を重ね合わせることで、ブランク10のフランジ部11の流入量に近似させるようにしたものである。
【0045】
これにより、ブランク10のフランジ部11の流入量と、カム(CAM)201の押し出し量(カム移動量)と、の間にズレがあって、ガススプリング(GAS
SPRING)機構300のストローク内に収まれば、圧縮力(アシスト力)は減少しても、ブランク10のフランジ部11の端面に作用する圧縮力が0にはならないようにした。
【0046】
本実施の形態で使用したガススプリング(GAS SPRING)機構300は、例えば、株式会社ミスミ製GSC50−10とGSC38−10などを利用することができ、ここでは、それぞれの初期荷重、最大荷重は次の通りとした。
GSC50−10:初期荷重15000N、最大荷重27750N
GSC38−10:初期荷重7500N、最大荷重13500N
【0047】
また、設計上ではパンチ20が、ブランク10に接触した瞬間のガススプリング機構300のストローク量は3.7mmで、そのときの圧縮力(アシスト力)はGSC50−10で18700N、GSC38−10では9500Nとなる。
【0048】
更に、カムフォロワ(CAM FOLLWER)202とガススプリング機構(GSC50−10)300の間に5mm程度のワッシャ(WASHER)等のスペーサを挟むことにより、成形直前のガススプリング機構300のストローク量が8.7mmとなり、アシスト力は26300Nにすることができる。
今回の実験ではアシスト力を9500N、18700N、26300Nの3パターンで行うことにした。
【0049】
なお、金型構造としては、上述したようにダイ40側に凹部(段差)41を設けるのではなく、ブランクホルダ30下面側にプッシュプレート100を収容し移動可能とする凹部(段差)を設け、その段差内にブランク10を置く構成として、ダイ40とブランクホルダ30が接触した状態でも板厚分のキラーになる設計とすることもできる。
【0050】
また、本実施の形態において、ノックアウト50は可動式のものを採用することができ、成形方向(上下方向)に対してプレス下側に設置されたダイクッションのダイクッション力が作用するように構成されることができる。かかるダイクッション力を作用させることにより、製品の底部をフラットに成形することが可能になる。
また、ブランクホルダ30の押圧力(しわ押さえ力)の発生源(供給源)にはガススプリング(GAS
SPRING)を使用することができる。
【0051】
なお、本実施の形態では、パンチは移動する上型に取り付けられているが、プレスのボルスタ上に固定された下型に取り付けても良い。その場合はブランクホルダ上面側にプッシュプレート100を収容し移動可能とする凹部(段差)を設け、その段差内にブランク10を置く構成として、下型側のブランクホルダと上型に取り付けられたダイとが接触した状態でも板厚分のキラーになる設計とすることもできる。
この場合、ノックアウト50のクッション力の発生源(供給源)としては、ガススプリング(GAS
SPRING)を使用することができる。
また、ブランクホルダ30の押圧力(しわ押さえ力)の発生源(供給源)には、プレス下側に設置されたダイクッションを使用することができる。
【0052】
図8に示すような構成の絞り金型構造における加圧方法(アシスト絞り)について説明する。
(1)まず、パンチ20をブランク10に向けてプレス方向(下方)に移動させるが、これらが接触する前に、下型に固定されたダイ40と、可動するブランクホルダ30と、により、ブランク10を挟み込むことで、ブランク10のフランジ部11に対してしわ押さえ力をかけた後、パンチ20の動きと連動するカム機構200のカム201の作用によりカムフォロワ202をプレス方向に対し略90°の方向に移動させて、カムフォロワ202の移動量分のガスクッション力をプッシュプレート100に作用させて、ブランク10のフランジ部11の端面を加圧(圧縮)する。
【0053】
(2)ここでのガススプリング機構300には所定圧のガスが予め封入されており、ブランク10のフランジ部11の端面を加圧(圧縮)する力は、ガススプリング機構300のガススプリングのストローク量でコントロールし、希望する加圧力(圧縮力)となるガスクッションのストローク量となった時点で、パンチ20がブランク10に接触し絞り成形を開始する。
【0054】
(3)その後、ブランク10のダイ40内への流入速度(フランジ部11の端面の移動速度)に合わせて決定されているカムプロフィール(傾斜角度など)を有するカム201により、絞り成形中において、ブランク10のフランジ部11の端面に所定圧力を作用させつつ絞り成形(アシスト絞り)を行う。
なお、ブランク10のフランジ部11の端面が、ダイ40の肩R部に入る手前付近で、プッシュプレート100の加圧(圧縮)が停止されるように構成されている。
【0055】
ここで、ガススプリング機構300(ガスクッション)を使用した理由としては、以下のことが挙げられる。
(1)ブランク材料がアルミニウム合金等であり、鋼材に比べて、耐力、引張強さが低いため、加圧力が小さくて済むためである。
【0056】
(2)プッシュプレート100により所望の加圧力(圧縮力)をブランク10のフランジ部11の端面に作用させることができるように、全てのタイミングでブランク10のフランジ部11のダイ40内への流入速度(複雑に変化する)に合致させることができるように、カム傾斜角度(カムプロフィール)を形成することは困難であるため、カムプロフィール(カム傾斜角度)をある程度合致させ、ブランク10のフランジ部11のダイ40内への流入速度と合わないところは、ガススプリング機構300(ガスクッション)のストローク内で補うことで、加圧力が0となるのを回避して、ある程度の加圧力(圧縮力)をブランク10に作用させることができるようにするためである。
【0057】
今回のガススプリング機構300の仕様としては、10mmのガススプリング(ガスクッション)ストロークに対して、設定した加圧力はガススプリング(ガスクッション)が5mmストロークするところとした。つまり、カムフォロワ202が5mm移動したときに、パンチ20がブランク10に接触し絞り成形が開始するように設定している。
【0058】
これにより、カムフォロワ202の移動量と、ブランク10のフランジ部11のダイ40内への流入量と、が完全に一致していなくても、±5mmの範囲内の差であれば、加圧力は所望の値から変動することにはなるが、0になることは回避することができることになる。
【0059】
(3)カム機構200のみでプッシュプレート100による加圧を行おうとすると、ブランク10のフランジ部11のダイ40内への流入速度が複雑に変化するため、加圧力の調整を良好に行うことができず、加圧力が大きくなり過ぎる現象が起きることも想定され、良好な成形を行えなくなるおそれがある。この一方、カム201のカムプロフィール(カム傾斜角度)と、ブランク10のフランジ部11の流入速度と、が合わないと、加圧力が0となってしまうおそれもあり、かかる場合には、従来同様、製品に肉痩せや割れなどが生じるおそれがある。しかし、ガススプリング機構300(ガスクッション)を利用することで、このようなおそれを回避することができる。
【0060】
次に、
図9に、カム機構200及びガススプリング機構300を省略し、油圧シリンダ機構(油圧制御機構)400を採用し、油圧シリンダにより加圧力を任意に制御可能な構成とした場合の一例を示す。それ以外の構成は、
図8と同様である。
プッシュプレート100、油圧シリンダ機構400が、本発明に係る加圧機構の一例に相当する。なお、油圧に限らず、空圧、水圧などの流体圧を利用した流体圧シリンダ機構(流体圧制御機構)とすることができるものである。
【0061】
ここで、
図9の構成の絞り金型構造における加圧方法について説明する。
(1)パンチ20をブランク10に向けてプレス方向(下方)に移動させるが、これらが接触する前に、下型に固定されたダイ40と、可動するブランクホルダ30と、により、ブランク10を挟み込むことで、ブランク10のフランジ部11に対してしわ押さえ力をかけた後、油圧シリンダ機構400の油圧シリンダによりプッシュプレート100を押し、プレス方向に対し略90°の方向にブランク10のフランジ部11の端面を加圧(圧縮)する。
【0062】
(2)そして、希望する加圧力(圧縮力)となった時点で、パンチ20がブランク10に接触し絞り成形を開始する。
【0063】
(3)その後、ブランク10のダイ40内への流入速度(フランジ部11の端面の移動速度)に合わせて、油圧シリンダ機構400の油圧シリンダが、ブランク10のフランジ部11の端面に所定圧力を作用させるようになっている。なお、ブランク10のフランジ部11の端面が、ダイ40の肩R部分に入る手前付近で、プッシュプレート100の加圧(圧縮)が停止されるように構成されている。
【0064】
図9の構成の絞り金型構造では、油圧シリンダ機構400により圧力制御をすることにより、希望する加圧力(圧縮力)をブランク10のフランジ部11の端面に作用させることが可能であり、ブランク10の流入速度(フランジ部11の端面の移動速度)が複雑に変化しても、ブランク10のフランジ部11の端面を良好に加圧することができる。
【0065】
ここで、本実施の形態に係るアシスト絞りにおけるブランク10の加圧箇所について説明する。
本実施の形態では、ブランク10のフランジ部11の端面を、
図10に示すような部位(箇所)を加圧する。
【0066】
図10において、加圧する部位(箇所)は、絞り成形時に発生する縮みフランジ部となる部分(コーナーR部)にプッシュプレート100による加圧力(圧縮力)を作用させることができる位置である。
【0067】
より詳細には、絞り成形では、ダイのコーナーR部付近(
図10の符号20R参照)において、縮みフランジが発生する。縮みフランジは、
図11に示すように、パンチ(ダイ)のコーナーR部付近において、周方向から材料が集まってきて材料を縮ませる(圧縮する)が、同時にプレス方向(パンチの押し込み方向)には伸び(引張)が発生する。
図11に示した縮みはブランクの板厚を増加させたり、しわを発生させるが、これをしわ押さえ(ブランクホルダ)により抑え込むと、ブランクとしわ押さえ(ブランクホルダ)との間の摩擦力(密着度合い)が増大し、これがプレス方向(パンチの押し込み方向)における引張応力を増大させることとなって、ブランクに割れや肉痩せを発生させるものと考えられる。
【0068】
そこで、本実施の形態では、このような縮みフランジが発生する部位にプッシュプレート100により加圧力(圧縮力)供給して引張応力との間で相殺することで、引張応力を緩和させ、ブランクに割れや肉痩せが発生することを抑制しようとするものである。
【0069】
つまり、本実施の形態においてブランクを加圧する部位(箇所)は、絞り成形時に発生する縮みフランジ部における伸び(引張応力)に対して対向(相殺)する方向に加圧力(圧縮力)を作用させることができる部位である。
【0070】
図10は、長方形のパンチ20により絞り成形する場合の加圧方法の一例を示しており、長方形の縦横比は1:5程度である。この場合、縮みフランジが発生するパンチ(或いはダイ)の短辺部を左右から(短辺と略直交する方向から)押し込むようにしている。なお、プッシュプレート100の加圧力が、パンチ20のコーナーR部20RのR中心に向かって集中するように(コーナーR部20RのR中心に向かう圧縮力の成分がコーナーR部20Rの周方向に亘って生成されるように)、ブランク10のフランジ部11の端面形状は円弧状に形成されることができる。
【0071】
図10において、ブランク10の上下方向(長辺部分)は、左右方向(短辺部)と比較すると、絞り成形の際、周方向から材料が集まってきて材料を縮ませる度合いは低く、ブランクのフランジ部板厚の増加も少ない。その結果ブランクとしわ押さえ(ブランクホルダ)との間の摩擦力(密着度合い)の増加も少ないので、プレス方向(パンチの押し込み方向)における引張応力の増加も少ない。従って、ブランクに割れや肉痩せが発生することを防ぐためにブランク10の上下方向(長辺部分)にもプッシュプレート100により加圧力(圧縮力)を加える場合は、縮みフランジが発生する左右の短辺部に加える加圧力よりも小さい加圧力でよい。
【0072】
図12は、パンチの縦横比が比較的小さい場合の加圧方法の一例を示している。
パンチ20のコーナーR部20Rにおいて縮みフランジが発生するため、加圧する部位(箇所)は、ブランク10のフランジ部11の4つの角部からパンチ20の4つのコーナーR部20Rに向かって加圧する。なお、ブランク10のフランジ部11の端面形状は円弧状となっており、プッシュプレート100の加圧力が、パンチ20のコーナーR部20RのR中心に向かって集中するように(コーナーR部20RのR中心に向かう圧縮力の成分がコーナーR部20Rの周方向に亘って生成されるように)、ブランク10のフランジ部11の端面形状は円弧状に形成されることができる。
【0073】
図12においても、ブランク10のフランジ部11の端面を加圧しない部位(パンチ20の辺と略平行な端部)があるが、かかる部位は周方向から材料が集まってきて材料を縮ませる度合いは低く、ブランクのフランジ部板厚の増加も少ない。
その結果ブランクとしわ押さえ(ブランクホルダ)との間の摩擦力(密着度合い)の増加も少ないので、プレス方向(パンチの押し込み方向)における引張応力の増加も少なく、成形中に肉痩せや割れが発生する度合いは低い。従って、ブランク10のフランジ部11の4つの角部からパンチ20の4つのコーナーR部20Rに向かってブランク10のフランジ部11の端面を加圧する必要性と比較すると、各辺と略直交する方向からブランク10のフランジ部11の端面を加圧して圧縮応力を作用させる必要性は乏しい。
【0074】
つまり、本実施の形態によれば、形状が四角に係わらず、縮みフランジ部となる部位が発生するような形状において、通常の絞り成形では割れが発生したり、板厚減少(肉痩せ)が大きく、良好な成形を行うことができない場合に対して、縮みフランジ部となるブランクの端面をプレス方向に対して略90度の方向に加圧することにより、割れが発生したり板厚減少(肉痩せ)の小さい良好な絞り成形を行うことができる。
【0075】
但し、加圧箇所はこれに限定されるものではなく、絞り成形中に、パンチ20のプレス方向と略直交する方向からブランクを加圧して圧縮応力を作用させて、プレスによりブランクに発生する引張応力を低減することができれば、加圧箇所は特に限定されるものではないものである。例えば、ブランク10のフランジ部11の端面全周に亘って加圧するような構成などとすることも可能である。
【0076】
<実験結果>
ここで、実験結果について述べる。
図13に、従来の角筒絞り成形を行った製品と、アシスト力を切り替えてアシスト絞りを行った各製品を示す。図中の左側より従来の絞り成形、アシスト成形(アシスト力:9500N)、アシスト成形(アシスト力:18700N)、アシスト成形(アシスト力:26300N)を行った製品を表示している。
【0077】
図13において左端に示したように、従来の絞り成形では、パンチ20の4つのコーナーR部20Rで材料に大きな引張応力がかかり、割れが発生した。
これは、成形中に材料がコーナーR部20Rで成形荷重を受け、成形荷重が材料自身の材料特性値で耐えられなくなるほどの引張応力となり、肉痩せが発生し割れへと進展したものと考えられる。
【0078】
しかし、
図13において左端から2番目、3番目、4番目(すなわち右端)に示したように、アシスト絞り成形ではアシスト力が小さい(9500N)とネック(部分的な肉痩せ)が発生しているが割れが発生することなく成形することができ、アシスト力(18700N、26300N)を大きくするに従い、ネックの発生もなくなり良好に成形可能であることが確認できた。
【0079】
図14(A)に、
図13中の測定点1と測定点2における板厚をポイントマイクロメータにより測定した結果を示す。
【0080】
図14(B)に、
図14(A)に示したGAS SPRING(アシスト力)と板厚の関係を示す。
この
図14(B)から、アシスト力が大きくなるに連れ、各測定点の板厚が厚くなっているのが解る。つまり。アシスト力を大きくするに従い板厚減少率を小さくできることが解り、さらにアシスト力を大きくすれば板厚減少を抑えられる可能性があることが解った。
【0081】
<考察>
図15に、アシスト面圧と板厚の関係を示す。
アシスト面圧(MPa)は、ガススプリングのアシスト力(初期荷重)を、
図1に示したプッシュプレート100のa部断面積にて除算して求めた値である。
【0082】
また、
図15中にある破線は、一般的なA3003−O材の0.2%耐力(YP:σy)と引張強さ(TS:σ
B)を示している。
【0083】
まず、アシスト面圧と製品板厚の関係では、アシスト力9500N(34.7MPa)を加えた場合とアシスト力18700N(68.4MPa)を加えた場合との測定点1での板厚を比較すると、アシスト力18700Nを加えた場合の方がアシスト力9500Nを加えた場合よりも0.4mm板厚が厚い。
また、アシスト力26300N(96.3MPa)を加えた場合とアシスト力18700Nを加えた場合とを比較すると、アシスト力26300Nを加えた場合の方がアシスト力18700N(68.4MPa)を加えた場合よりも0.15mm板厚が厚い。
【0084】
アシスト力が材料の0.2%耐力を超えた値になると板厚増加量が多くなり、アシスト力が引張強さ付近になると増加量も少なくなる傾向がある。つまり、アシスト力は大きいほど良いことが分かったが、金型構造や材料の大きさなどの変化によりアシスト力の制限も発生する可能性があることから、少なくともアシスト面圧を(σy+σ
B)/2以上とすることで高い効果を発揮することが期待できる。
【0085】
しかし、アシスト面圧が0.2%耐力(σy)以下であっても、ネックは発生しているが成形することができることから、アシスト力が小さくても効果があることは証明されている。
【0086】
なお、今回使用した材料は、0.2%耐力、引張強さの低いアルミニウムであるが、SPC材やSUS材にも所定のアシスト力がかけられれば、同様にアシスト絞り成形による効果を発揮できると考えられる。
【0087】
以上で述べてきたように、本実施の形態では、難加工鋼材であるアルミニウムによる圧縮応力場をもった角筒絞り成形性の確認を目的として、成形シミュレーションによる解析と、実際に金型を製作しアシスト絞りを行ったが、次のようなことを得ることができた。
【0088】
(1)成形シミュレーションにてアシスト絞りの解析を行うことができた。
(2)引張応力がかかる場所に圧縮応力場を作ることで、従来同様の絞り成形では、割れや肉痩せが発生してしまう条件下でも、割れや肉痩せが発生することなく良好に成形することができた。
(3)アシスト成形により従来工法では割れが発生し成形できないものが成形可能となった.
(4)製品の板厚減少はアシスト力に影響し、アシスト力は材料の(σy+σ
B)/2以上の大きさで行うことが有効である。
【0089】
アルミニウムの角筒絞りは、上述したように、難加工材で引張応力がかかると直ぐに伸びてしまい、成形し難い材質であるが、引張強さが低いため、アシスト絞り成形を良好なものとするために所望するアシスト力をガススプリング(GAS
SPRING)機構で達成することができた。
【0090】
一般的な絞り成形加工は製品形状に係わらず、パンチ・ダイス・しわ押さえにより成形がなされ、ブランク10にはブランクホルダ30によるしわ押さえ力による摩擦力と、ダイ40とパンチ20の肩R部20rによる曲げ変形力と、パンチ20(或いはダイ40)の周方向に圧縮されながらダイ40内に引張り込まれる縮みフランジ変形力と、が発生する。これらの総和が大きくなると側壁部及び底部との境界R部の肉痩せや割れの原因となる。
【0091】
特に、コーナーR部を有する異形絞り成形では、パンチ20のコーナーR部20Rで大きな縮みフランジ変形が発生し、材料に大きな引張応力がかかり、側壁部と底部との間の境界R部の肉痩せや割れが発生し易くなる。
【0092】
本発明では、縮み方向フランジの端面を材料流動方向に押すことにより当該フランジ部からの材料流動を促進して圧縮応力場での絞り成形を行うことで、従来の絞り成形では上述したような肉痩せや割れが発生し易い条件でも、肉痩せや割れの発生を抑制しつつ良好に絞り成形を行うことができる。
【0093】
このため、本発明によれば、従来のように、絞り成形を複数回に分けて成形を行う必要がないので、工程数も減らすことができ、成形時間の長時間化、工程レイアウトの増加、金型費のアップなどの欠点を解消することができる。
【0094】
以上説明したように、本実施の形態に係る絞り成形方法及び装置は、パンチと、該パンチに対応して設けられるダイと、板状のブランクをパンチとダイにより絞り成形する際にブランクをダイと略平行な方向に押さえ付けるしわ押さえ機構と、を備え、パンチとダイのうち一方をプレス方向に移動させて絞り成形を行う絞り成形装置であって、
プレス方向と略直交する方向からパンチへ向けてブランクの端面を加圧する加圧機構を備え、プレス方向と略直交する方向からパンチへ向けてブランクを加圧しつつ絞り成形を行うことを特徴とする。
【0095】
そして、本実施の形態に係る絞り成形方法及び装置によれば、絞り成形中に、プレス方向と略直交する方向からブランクを加圧して圧縮応力を作用させることで、プレスによりブランクに発生する引張応力を低減(緩和)することができ、以って従来困難であった成形条件であっても、割れや肉痩せの発生を抑制して良好な絞り成形を行うことができる。
【0096】
すなわち、本実施の形態によれば、比較的簡単かつ低コストな構成でありながら、絞り成形において、成形中の材料の引張応力が作用する場所に圧縮応力場を作ることにより、肉痩せや割れ等の発生し難い絞り成形方法及び装置を提供することができる。
【0097】
なお、本実施の形態で説明した金型構造と上下逆に配設されるような場合(上型にダイ、下型にパンチを配設するような場合)でも、本発明は適用可能である。
【0098】
以上で説明した実施の形態は、本発明を説明するための例示に過ぎず、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々変更を加え得ることは勿論である。