【課題を解決するための手段】
【0008】
{WC基超硬合金}
本発明のWC基超硬合金は、WC粒子を主たるを硬質相とし、この硬質相が鉄族金属を主成分とする結合相により結合されてなる。表面側に平均粒径が1μm以下のWC粒子を硬質相とする微粒層と、内部側に平均粒径が2μm以上のWC粒子を硬質相とする粗粒層とを備え、微粒層の厚さが、200μm以上1000μm以下である。そして、微粒層中の結合相の含有量をa、粗粒層中の結合相の含有量をbとするとき、a<15質量%であり、かつ、0.6<a/b≦1.0を満たす。
【0009】
本発明のWC基超硬合金によれば、表面側の微粒層と内部側の粗粒層との積層構造であり、微粒層の厚さ、微粒層及び粗粒層中の結合相の各含有量が所定の範囲内であることで、破壊靭性を改善し、耐欠損性を向上させることができる。
【0010】
微粒のWC粒子を硬質相とする表面側の微粒層は、耐摩耗性に優れる反面、破壊靭性が低く耐欠損性に劣る。そこで、粗粒のWC粒子を硬質相とする破壊靭性の高い粗粒層を内部側に配置することで、耐欠損性を向上させることができる。また、粗粒のWC粒子を硬質相とする粗粒層は微粒のWC粒子を硬質相とする微粒層に比較して熱伝導率が高く、内部側に粗粒層を配置することで、加工中に刃先表面で発生した熱を内部側に放熱し易くして、耐熱性を改善する。これにより、温度上昇に伴う硬度や破壊靭性の低下が抑制される。微粒層におけるWC粒子の粒径は、0.9μm以下が好ましく、0.8μm以下がより好ましい。WC粒子を微粒にし過ぎると靱性が著しく低下する(即ち加工中に欠損(チッピング)が発生し易くなる)ことから、微粒層におけるWC粒子の粒径の下限としては、0.1μm以上が好ましく、0.5μm超がより好ましい。一方、粗粒層におけるWC粒子の粒径は、3μm以上が好ましく、3.5μm以上がより好ましい。WC粒子を粗粒にし過ぎると強度(抗折力)が著しく低下する(即ち加工中に切削応力により破損が発生し易くなる)ことから、粗粒層におけるWC粒子の粒径の上限としては、5μm以下が好ましく、4μm未満がより好ましい。
【0011】
微粒層の厚さが200μm未満では、加工中に微粒層が摩耗して粗粒層が露出し易く、微粒層による耐摩耗性の確保が困難である。一方、微粒層の厚さが1000μm超では、粗粒層による耐欠損性の向上効果が得られ難い。微粒層の厚さの下限は、250μm超が好ましく、270μm以上がより好ましく、上限は、600μm以下が好ましく、400μm以下がより好ましい。
【0012】
さらに、粗粒層中の結合相の含有量bが微粒層中の結合相の含有量aに比較して同等以上(即ちa/b≦1.0)、特に多い(即ちa/b<1.0)ことで、内部側の粗粒層の熱膨張係数を表面側の微粒層よりも高くすることができる。これにより、超硬合金作製時(焼結後)において微粒層に圧縮方向の残留応力を付与することができ、耐欠損性がより向上する。一方、微粒層及び粗粒層中の結合相の含有量の比(a/b)が0.6以下では、焼結後に両者の熱膨張係数差による残留応力に起因して亀裂や剥離が発生する虞がある。その他、微粒層及び粗粒層中の結合相の含有量の比(a/b)が0.6以下となるように調整した場合、焼結中に両層間で結合相の移動が生じ易く、移動が生じると、所望の特性が得られないなど性能低下を引き起こす虞がある。加えて、表面側の微粒層、特に微粒層と粗粒層との界面付近に結合相が凝集して粗大な結合相の塊が生成され易く、これが欠損の起点となり易いため、耐欠損性が著しく低下する虞がある。また、微粒層中の結合相の含有量aが15質量%以上では、硬度(耐摩耗性)が低下し、表面側に微粒層を配置する効果が小さく、加えて、結合相の含有量が増加すると、硬度低下による刃先の塑性変形によって切削抵抗が高くなり、欠損に至り易い。微粒層中の結合相の含有量aを15質量%以上とすると、粗粒層中の結合相の含有量bが多くなり過ぎ、必要な剛性を確保できない虞がある。微粒層中の結合相の含有量aは、耐摩耗性を確保する観点から、10質量%未満が好ましく、8質量%未満がより好ましく、7質量%未満が更により好ましい。一方、WC粒子の熱伝導率は結合相(鉄族金属)よりも高く、粗粒層中の結合相の含有量bは、耐熱性を高める観点から、10質量%未満が好ましい。微粒層及び粗粒層中の結合相の含有量の比(a/b)の下限は、0.7超が好ましく、0.75以上がより好ましく、上限は、1.0未満が好ましく、0.9以下がより好ましい。なお、微粒層及び粗粒層中の結合相の含有量の下限は、結合相としての機能を実現するため、いずれも2質量%以上が好ましく、靱性を確保する観点から、4質量%以上がより好ましい。超硬合金(微粒層及び粗粒層)におけるWC粒子の含有量は、WC粒子が少な過ぎると超硬合金としての性質を維持できないため、75〜98質量%が好ましい。
【0013】
本発明のWC基超硬合金の一形態としては、周期表IVa、Va、VIa族の金属元素群から選択される少なくとも1種の元素、又は、金属元素群から選択される元素の炭化物、窒化物及び炭窒化物のうち少なくとも1種の化合物を添加物として含有してもよい。この場合、粗粒層中の添加物の含有量が10質量%以下であり、かつ微粒層中の添加物の含有量に対して0.4質量%以上多いことが挙げられる。
【0014】
上記の添加物としては、元素:V、Cr、Ti、Ta、化合物:VC、Cr
2C
3、TiC、TaC、NbC、(Ta,Nb)C、TiCNなどが挙げられ、これらの元素や化合物は、焼結時においてWC粒子の粒成長を抑制する機能を有するものが多い。また、微粒層及び粗粒層中の添加物の含有量を調整することで、両者の熱膨張係数を変化させたり、その成分の一部が結合相に固溶するなどして、両者の結合相の融点を変化させることができる。具体的には、微粒層中の添加物の含有量に対して粗粒層中の添加物の含有量を0.4質量%以上多くすることが好ましい。例えば、微粒層中の添加物の含有量を1質量%未満とし、粗粒層中の添加物の含有量を1質量%以上とするなど、微粒層中の添加物の含有量に比較して粗粒層中の添加物の含有量を多くすることで、内部側の粗粒層の熱膨張係数を高くし、表面側の微粒層に圧縮方向の残留応力を付与することが可能である。しかし、粗粒層中の添加物の含有量が10質量%超では、両者の熱膨張係数差が大きくなり過ぎて焼結後に亀裂や剥離が発生したり、また、粗粒層の熱伝導率が低下して耐熱性が低下するなどの虞がある。微粒層中の添加物の含有量は、5質量%以下が好ましく、5質量%未満がより好ましく、1質量%未満が更により好ましい。一方、粗粒層中の添加物の含有量は、10質量%未満がより好ましく、6質量%未満が更により好ましい。微粒層と粗粒層との添加物の含有量の差は、5質量%未満が好ましい。
【0015】
本発明のWC基超硬合金の一形態としては、微粒層の熱膨張係数をx、粗粒層の熱膨張係数をyとするとき、−1.0×10
-6/K<x−y<0を満たすことが挙げられる。
【0016】
微粒層と粗粒層との熱膨張係数の差(x−y)が所定の範囲内であることで、微粒層に圧縮残留応力を付与して耐欠損性の向上を図りながら、焼結後に亀裂や剥離が発生することを抑制できる。微粒層と粗粒層との熱膨張係数は、例えば、結合相や添加物の含有量を増やすことで、高くすることができる。両者の熱膨張係数の差(x−y)は、−0.1×10
-6/K以下がより好ましい。
【0017】
本発明のWC基超硬合金の一形態としては、微粒層中のWC粒子の平均円形度をf、粗粒層中のWC粒子の平均円形度をgとするとき、0.6<f/g<1.0を満たすことが挙げられる。
【0018】
WC粒子の円形度が高い、つまりWC粒子の形状が球形に近いほど、超硬合金自体の熱伝導率が高くなる傾向がある。これは、WC粒子が角張った形状ではなく、球形に近い丸みを帯びた形状であることで、熱伝導率の高いWC粒子同士の接触面積が増えることにより熱伝導性が向上することに起因すると考えられる。また、WC粒子の円形度が低い、つまりWC粒子が角張った形状であるほど、亀裂の進展抵抗が高くなる傾向がある。これは、超硬合金の表面から内部に向かって亀裂がWC粒子を迂回しながら結合相中を進展するため、WC粒子が角張った形状であることで単位体積当たりの結合相の表面積が増えることにより、亀裂の進展が抑制され耐欠損性が向上することに起因する。そこで、微粒層中のWC粒子の平均円形度fよりも粗粒層中のWC粒子の平均円形度gの方が高く、微粒層及び粗粒層中のWC粒子の平均円形度の比(f/g)が所定の範囲内であることで、表面側の微粒層の耐欠損性を高めながら、内部側の粗粒層の熱伝導率を高めることができ、耐熱性及び耐熱亀裂性がより向上する。両者の平均円形度の比(f/g)は、0.9以下がより好ましく、0.8以下が更により好ましい。また、粗粒層中のWC粒子の平均円形度gは、0.6以上が好ましく、0.7以上がより好ましい。
【0019】
本発明のWC基超硬合金の一形態としては、微粒層中の結合相と粗粒層中の結合相との融点の差が±50℃以下であることが挙げられる。
【0020】
微粒層及び粗粒層中の結合相の融点の差が所定の範囲内であることで、焼結中に結合相が相互に移動することを抑制でき、両者の結合相の含有量の比が変動することを防止し易い。ここで、焼結中に両層間で結合相の移動が生じた場合、上述したように、所望の特性が得られないなど性能低下を引き起こしたり、微粒層と粗粒層との界面付近に結合相が凝集した粗大な塊が生成され耐欠損性が著しく低下するなどの虞がある。
【0021】
本発明のWC基超硬合金の一形態としては、微粒層の残留応力が−1.0GPa以上−0.1GPa以下であることが挙げられる。
【0022】
微粒層の残留応力(引張方向が正、圧縮方向が負)が所定の範囲内であることで、耐欠損性の向上を図りながら、負の残留応力(圧縮残留応力)が大き過ぎることによる微粒層と粗粒層との界面での亀裂の発生を抑制することができる。微粒層の残留応力は、−0.5GPa以上がより好ましい。
【0023】
{切削工具}
本発明の切削工具は、上記した本発明のWC基超硬合金からなる基体を備える。
【0024】
本発明の切削工具によれば、上記した本発明のWC基超硬合金からなる基体を備えることで、破壊靱性が高く、優れた耐欠損性を発揮することができる。切削工具の具体例としては、刃先交換型切削チップ、バイト、エンドミル、ドリルなどが挙げられる。
【0025】
切削工具において、基体の少なくとも一部、特に、刃先及びその近傍が微粒層と粗粒層との積層構造であり、すくい面側に微粒層が配置されていることが好ましい。基体全体が積層構造であってもよいし、例えば切削工具が切削チップの場合、刃先及びその近傍のみが積層構造で構成され、刃先及びその近傍以外の座面や取付孔近傍などの切削に関与しない部位が粗粒層又は微粒層のみで構成されていてもよい。基体全体が積層構造であれば製造し易い。具体的な積層構造としては、例えば、微粒層と粗粒層とが積層され、表面に微粒層、裏面に粗粒層が配置された断面二層構造や、粗粒層を挟むように微粒層が積層され、両面に微粒層が配置された断面三層構造が挙げられる。また、基体が直方体といった多角形体の場合、隣接する少なくとも2面に微粒層が配置された構造や、粗粒層を内包するように全面に微粒層が配置された構造であってもよい。
【0026】
本発明の切削工具の一形態としては、基体の表面に硬質膜が被覆されていることが挙げられる。
【0027】
基体表面に硬質膜が被覆されていることで、耐摩耗性の向上など特性を改善することができる。この硬質膜は、少なくとも刃先及びその近傍(具体的には、切削に作用する領域と切屑が接触する領域)に被覆することが好ましく、基体表面の全面に被覆してもよい。硬質膜は、単層でも多層でもよく、合計厚さは1〜20μmとすることが好ましい。硬質膜は、熱CVD法などの化学的蒸着法(CVD法)や、カソードアークイオンプレーティング法などの物理的蒸着法(PVD法)により形成することが可能である。CVD法は、成膜温度が比較的高いため、基体との密着性に優れる膜が得られるものの、成膜中の熱応力によって引張応力が残留して膜表面に亀裂が発生し易く、使用中にこの亀裂が基体にまで伝搬して、工具の耐欠損性を低下させる虞がある。また、成膜中の加熱により基体自体も損傷する虞がある。これに対してPVD法は、成膜温度が比較的低いため、成膜中に膜表面に亀裂が発生し難いことから、亀裂による欠損や成膜中の基体の損傷の虞が少なく、かつ、得られた膜は、圧縮残留応力が付与されるため、耐欠損性に優れると共に、高硬度で耐摩耗性に優れる。
【0028】
一般に、PVD法により形成した硬質膜は、CVD法により形成した硬質膜と比較して、基体との密着性に劣る傾向がある。そこで、基体との密着性を高めるために、硬質膜を形成する前処理として、基体表面にイオンボンバーメント処理を施して、基体表面をクリーニングすることが好ましい。特に、金属(例、Ti)をイオン化した金属イオンボンバーメント処理よりも、希ガス(例、Ar)をイオン化したガスイオンボンバーメント処理の方が、クリーニング性が高く、密着性をより高められる点で好ましい。
【0029】
イオンボンバーメント処理によるクリーニング条件としては、例えば、処理時間:10〜60分、バイアス電圧:−500〜−1500Vとすることが挙げられる。一方、PVD法による成膜条件としては、例えば、基体温度:400〜600℃、バイアス電圧:−10〜−200V、雰囲気圧力:0.5〜5Paとすることが挙げられる。