(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
溶融亜鉛めっきは、鋼材を溶融亜鉛に浸し、表面に亜鉛皮膜を形成する防錆技術である。安価に耐食性を向上させることができ、土木建築等の幅広い分野の鋼材に対し適用されている。溶融亜鉛めっきは、脱脂、酸洗して油分や錆を除去した鋼材をフラックス液に浸漬し、引き上げ、乾燥させて表面にフラックス皮膜を形成した後、一般的に430〜550℃の温度の溶融亜鉛めっき浴に鋼材を所定時間浸漬し、引き上げ、冷却工程を経て行われる。フラックスには、以下に示すような四つの役割がある。(1)水洗からめっき工程間における錆発生を抑制する。(2)鉄亜鉛合金化を阻害する物質や、表面存在異物を除去し、合金化を促進させる。(3)溶融亜鉛上の酸化亜鉛を除去し、めっき内に酸化亜鉛が巻き込まれないようにする。(4)フラックスが鋼材素地より効率よく脱離し、溶融亜鉛と交換する。従って、溶融亜鉛めっきプロセスにおいて、フラックス処理は、鋼材表面の錆発生を防ぎ、めっきが欠陥なく美麗に付くようにするといった重要な働きをする。
【0003】
従来フラックスとして用いられている成分は、主に塩化亜鉛(ZnCl
2)と塩化アンモニウム(NH
4Cl)の複塩、あるいは混合物である1:1のモル比のものや、1:3のモル比のものが用いられ、場合によっては塩化アンモニウムのみのものが使用される。塩化アンモニウムで構成するフラックスは、本来のフラックスの働きに加え、乾きやすいという利点があるが、めっき時に多量の白煙が発生するという問題がある。ここで、めっき時の白煙は、主に塩化アンモニウムが昇華、或いは分解揮発することによって生じるものであり、塩化アンモニウムを使用している限り白煙の発生は避けられない。市販の無煙フラックスというのは存在するが、フラックス元来の役割を果たさなくてはならないため、少なくともNH
4Clが配合されており、完全な無煙化はできていない。
【0004】
近年は、環境保全が重要視され、製品自体の環境への配慮にとどまらず、製品を作るプロセスも、環境に配慮した地球や人に優しいものにすることが望まれている。従来の溶融亜鉛めっきプロセスは、めっき工程で多くの有害な白煙を生じ、その白煙は作業者への人体悪影響や作業視認性の低下、工場の景観不良等の悪影響をもたらすばかりでなく、白煙吸引装置の設置、稼動コストもかかり、無煙化が望まれている。
【0005】
そこで、本発明者らは、塩化アンモニウムを使わない無煙フラックスとして、ZnCl
2を55〜86重量%、NaFを5〜38重量%、NaCl、KClの何れか1種類以上を合計で0〜35重量%とからなる代替フラックスを提案した(特許文献1参照)。この代替フラックスは、先ず実績のあるZnCl
2を主成分とし、融点を下げ流動性を向上させるためにNaCl又はKClを配合し、加えて化学的洗浄力が要求されるため、NH
4Cl自体やNH
4Clから発生する塩化水素の役割を、フッ化物、特にNaFで代替するという発想で考案された。従って、フッ化物は、代替フラックスの必須の成分と位置付けられている。尚、特許文献1の表1の比較例6にはZnCl
2を75重量%(62mol%)とKClを25重量%(38mol%)のフラックスが開示され、揮発割合が比較的低いことが示唆されているものの、めっき被膜の外観観察は行われず、注目されたものではなかった。
【0006】
ここで、NaFは、フッ化物イオンの発生源としてさまざまな用途に用いられる。NaFは、歯科では虫歯予防用にフッ素処理として良く使われ、また歯磨き粉に添加されることもある。同じく、虫歯予防の目的で、アメリカやオーストラリアでは、水道水にヘキサフルオロケイ酸(H
2SiF
6)やそのナトリウム塩(Na
2SiF
6)を添加しているが、初期にはNaFが使われていた。このように、フッ化物は身近な生活の中でも使われており、特定の業界では馴染みの深い物質である。しかし、一方で溶融亜鉛めっき業界にはフッ化物に対する根強い抵抗感がある。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の溶融亜鉛めっき用無煙フラックスは、白煙発生の原因であるNH
4Clを使用せず、従来のNH
4Clを使用したフラックスと同等のめっき品質を得ることができるとともに、フッ化物を使用した特許文献1記載の無煙フラックスと同レベルの無煙性を有するように、成分組成を決定した。即ち、本発明の溶融亜鉛めっき用無煙フラックスは、ZnCl
2とKClを主成分とし、KClを40〜62mol%、残余をZnCl
2としてなるものである。KClは多いほど良好であり、55〜62mol%とすることがより好ましい。ここで、前記フラックス水溶液に、中性界面活性剤を添加してなることが好ましい。特に、前記中性界面活性剤が、アルキルスルホン酸ナトリウム系中性洗剤であると安価に提供できるのである。
【0017】
以下に、本発明の溶融亜鉛めっき用無煙フラックスを更に詳細に説明する。鋼材をフラックス処理する場合、通常は鋼材をフラックス水溶液に浸漬して行うが、塗布法や噴霧法で処理しても良い。何れにしてもフラックスは水溶液の状態で使用することになる。そして、フラックス処理後には、乾燥させて水分を除去した後、溶融亜鉛めっき浴に浸漬する。亜鉛の融点は419℃であるので、通常、溶融亜鉛めっき浴の温度は430℃より高い温度に設定される。ボルト等の小物類では皮膜の厚さを抑制するため、めっき温度を比較的高く設定してめっき浴の流動性を高めているが、あまり高くなり過ぎると鋼材の特性に悪影響を及ぼすとともに、エネルギー効率が悪く経済的でないので、通常めっき温度の上限は550℃程度である。つまり、本発明の無煙フラックスは、430〜550℃のめっき浴に浸漬された際に、白煙が出ないことが要求されるのである。
【0018】
代替無煙フラックスの組成の選定にあたり、従来フラックスでも用いられる「塩化亜鉛」を使用することにした。その理由は、塩化亜鉛が溶融亜鉛めっき用のフラックスとして既にいくつかの要求項目を満たしている点と、塩化亜鉛は溶融亜鉛めっきの技術が開発された初期に、それ単体でフラックスとして用いられていた物質であるという点にある。塩化亜鉛単体フラックスは強い粘性や、潮解性があり、めっきの品質を落とす。そのためフラックスに塩化アンモニウムが配合することで、化学的洗浄力が増し、塩化亜鉛の粘性、潮解性を解消できるので、現在まで主流となっている。このことは、塩化亜鉛に物質を添加することで、フラックス開発を行うことが可能であることを示唆する。
【0019】
塩化亜鉛をフラックス構成物質の要とし、塩化亜鉛に塩化アンモニウム以外の物質を添加する方法で代替無煙フラックスを検討した。塩化亜鉛に配合する物質に、まずアルカリ塩を選択した。塩化亜鉛にアルカリ塩を添加することで、塩化亜鉛の粘性が低減するからである。そして、安価なアルカリ塩としては、塩化ナトリウム、塩化カリウムが挙げられる。更に、塩化カリウムの溶融塩は、アルカリ塩の中では表面張力が低いことが分かっており、両者とも塩化亜鉛に添加して2成分とすることで、融点が低下する。塩化カリウムと塩化亜鉛の2成分状態図を
図1示す。状態図からわかるように、塩化カリウムと塩化亜鉛は複塩を形成する。このことが影響し、塩化亜鉛由来の潮解性が低減されることも期待できる。塩化ナトリウムとの2成分系も同様である。
【0020】
溶融亜鉛めっき浴の温度は、約430℃以上であるが、この温度で塩化亜鉛と塩化カリウムの2成分系フラックスが液体であるには、
図1の状態図よりKClの上限は約62mol%であることが分かる。また、KClの下限は約40mol%としたが、実験の結果よりKClの濃度が高い方が良好な結果が得られることがわかり、好ましくはKClの濃度を55mol%以上とする。
【0021】
次に、比較例として、特許文献1に記載の塩化亜鉛にフッ化物を添加したフラックスを用いた。フッ化物の添加により、塩化アンモニウムや塩化アンモニウムより発生する塩化水素が担う化学的洗浄力の役割を代替するのである。フッ化物としては、フッ化ナトリウムが適している。フッ化カリウムは潮解性があることから不適とし採用していない。フッ化ナトリウムは、潮解性がなく、また融点が高く(993℃)熱によって分解しないので、それ自体では煙を生じない。
【0022】
表1に、参照用フラックス(比較例)と本発明のフラックス(実施例)の成分組成をmol%でそれぞれ示している。参照用フラックスは、一般に使われている従来のフラックスの他、塩化亜鉛のみのフラックスを含み、本発明のフラックスに対して比較するためのフラックスである。ここで、比較例1は、ネジ等の小型鋼材の処理に適したJISに規定されているフラックスである。比較例2は、鉄骨等の大型鋼材の処理に適したJISに規定されているフラックスである。比較例3は、塩化亜鉛のみからなるフラックスである。比較例4は、発煙量を抑制できる市販のフラックスである。比較例5〜7は、塩化亜鉛に塩化ナトリウムを添加したフラックス(NaCl系)であり、実施例1〜6は、塩化亜鉛に塩化カリウムを添加したフラックス(KCl系)である。また、比較例8,9は、特許文献1に記載された塩化亜鉛にフッ化ナトリウムと塩化ナトリウムを添加したフラックス(NaF系)である。
【0024】
これらのフラックスを以下の評価項目で評価した。
<状態調査>
溶融亜鉛めっき浴は、通常430〜550℃の範囲であり、その温度領域でのフラックスの状態を調べた。めっき浴の温度で、フラックスが液体であり、更に流動性も高いことが、フラックスの脱離、亜鉛との交換反応が起きやすいことから、基本性能として備えるべき特性である。
【0025】
各フラックスの440℃におけるフラックスの状態を目視観察した。1号フラックス(引用例1)と、3号フラックス(引用例2)は、塩化アンモニウムが昇華する影響で完全な液体状態は確認できなかった。従来フラックスの場合、塩化アンモニウムの昇華がフラックスの効率のよい離脱と亜鉛の流動をもたらしていると考える。塩化亜鉛のみのフラックス(引用例3)については、粘性の高い透明の液体となった。NaCl系フラックス(比較例5〜7)は全て粘性の低い液体となった。尚、64%NaClフラックス(比較例5)は白濁液体となった。これは、局所的な塩化ナトリウム結晶析出による白濁と考えられる。そして、KCl系フラックス(実施例1〜6)では、全て粘性の低い液体となった。58%KClフラックス(実施例2)を含めそれよりKClが多い組成のもので蛍光黄色の懸濁液体となった。KClの配合比が多いほど懸濁の黄色の度合は強くなった。
図1の状態図では、この組成は金属間化合物を形成しうる範囲であり、溶融塩が完全な均一になっておらず局部的に組成が変化することでK
2ZnCl
4が析出した可能性がある。NaF系フラックス(比較例8,9)は、無色透明の液体となった。NaCl系、KCl系フラックス(比較例5〜7、実施例1〜6)の粘性はいずれも低かった。
【0026】
<発煙、揮発度合調査>
代替フラックスで無煙化を図るにあたり、フラックス自体がそもそも発煙するのかどうかを調査する必要がある。めっき浴温度条件にフラックスを置き、目視での発煙観察を行った。更に、その時の発煙の度合を定量できるような方法として減光法を実施した。これは白煙に光をあて、その光がどれほど減衰するかによって、白煙発生の度合を定量する手法であるJIS A1306「減光法による煙濃度の測定方法」に準拠する方法である。また、揮発度合調査は、白煙の発生の有無に係わらず、空気中にフラックス成分が飛散する度合をフラックスの重量変化を追うことで調べた。
【0027】
フラックスの発煙の目視観察の結果を先の表1に併せて示す。表1の発煙の目視観察において、目視で明らかに発煙を確認できる場合を「有」、光源を当てて発煙を確認できる場合を「微」、光源を当てても発煙が確認できない場合を「無」とした。比較例1〜4は、全て明確な発煙を目視により確認した。1号フラックス(比較例1)と3号フラックス(比較例2)はとりわけ発煙の度合が強かった。1号フラックス(比較例1)はNH
4Clが、3号フラックス(比較例2)と市販無煙フラックス(比較例4)に関しては、ZnOとNH
4Clの白煙が、塩化亜鉛のみのフラックスに関してはZnCl
2がZnOに分解した後、発煙しているものと思われる。
【0028】
NaF系フラックス(比較例8,9)は僅かな発煙を確認した。しかし、比較例1〜4のフラックスは、比較、実操業の観点からして、無視できるほどの発煙であった。NaF系フラックス(比較例8,9)については、更にフッ化水素濃度について、溶融したフラックス上30cmの場所を検知管で調査したが検出されず、少なくともフッ化水素放出は検出限界以下であることがわかった。
【0029】
NaCl系フラックス(比較例5〜7)は、64%NaClフラックス(比較例5)で発煙が確認されなかった。また、KCl系フラックス(実施例1〜6)では、58%KClフラックス(実施例2)を含めそれよりKClが多い組成のもので発煙しなかった。
【0030】
揮発割合の測定結果について簡単に説明する。各フラックスの揮発割合は、発煙状況と比較的対応しているものであった。塩化亜鉛のみのフラックス(比較例3)の残量割合はほぼ100%、即ち揮発割合がほぼ0%という値であり、発煙が確認されるものの、揮発発煙重量は少ないことが分かった。残量割合は、1号フラックス(比較例1)で約85%、3号フラックス(比較例2)で約87%、市販無煙フラックス(比較例4)で約96%、60%NaClフラックス(比較例6)で約99%、58%KCl系フラックス(実施例2)で約99%、NaF系フラックス(比較例8,9)で約99%であった。
【0031】
図2に、減光法による発煙定量測定をする装置の概念図を示す。発煙測定装置は、加熱炉1の内部にフラックス2を入れた200ml耐熱トールビーカー3を置き、その上に3リットルのビーカー4を逆さに配置し、発生した煙を内部に受け、該ビーカー4を挟んで一方に白色LEDの光源5、他方に照度計6を配置し、前記ビーカー4を透過した光量を間接的に照度として測定し、該照度計6からのデータをデータロガー7で記録するように構成した。前記照度計6は横河電機のS1002、データロガー7はグラフテックのmidi LOGGER GL2000を用いた。これらの測定は、暗室で行う。
【0032】
前記ビーカー4を置いた上で、前記加熱炉1を440℃に炉を昇温し、データロガー7と照度計6自体の照度値を約53Lx程度になるよう光源5の出力を調整した。耐熱トールビーカー3の重量を正確に測った後、そのビーカーに各フラックスを総量10g投入した。ビーカー4を別の場所に移し、フラックスを入れたビーカー3を炉内に入れた。炉内に入れた直後を0sとした。10s以内にビーカー4を被せ、その状況で300s保持した。保持している間、10s、60s、180s、240sの時に照度計6の値を読み取り記録した。
【0033】
それから、300s保持した後、ビーカー4を別の場所に移し、炉内にあるフラックスの入ったビーカー3を取り出した。取り出した後、フラックス入りビーカー3を600s空冷した。空冷後、ビーカー3ごと重量を正確に計測し、実験後のフラックス重量を割り出した。計測した照度は時間でプロットし、照度の経時変化を追った。揮発割合に関しては後述のようにして計算し、値を算出した。
【0034】
次に、前述の発煙測定装置で煙濃度を定量的に測定した結果を示す。光源5から出る光は、ビーカー4中の白煙を通過する間に強度が減少し、白煙通過後照度計6にて照度という形で強度を計測される。この減少した光強度の度合が発煙度合と直接相関し、発煙を定量化できるというメカニズムである。10sと240sの値を用いて、JIS A1306に記載されている煙濃度の定義から、フラックスごとの煙濃度を算出する。煙濃度は以下の数1で定義されている。
【0035】
【数1】
ここで、dは測定光路長(m)、Iは煙のある場合の値の読み、I
0は煙のない場合の値の読みを示している。測定したフラックス毎の煙濃度を表1に示し、それをグラフにしたのが
図3である。煙濃度も残量割合結果と相関があるように思われる。この結果、1号フラックス(比較例1)及び3号フラックス(比較例2)の煙濃度は、約5,5m
-1であるのに対し、60%NaClフラックス(比較例6)では0.02m
-1、58%KCl系フラックス(実施例2)では0.13m
-1、30.1%NaFフラックス(比較例8)では0.04m
-1、30.2%NaFフラックス(比較例9)では0.06m
-1であった。しかし、驚くことに、市販無煙フラックス(比較例4)の煙濃度は3.92m
-1と非常に高い濃度となり、目視による観察結果が裏付けられた。
【0036】
<乾燥性、潮解性評価>
フラックス液が乾燥する速さは生産能率に大きく影響する要素である。乾燥工程が速い程、プロセス時間が短縮できるからである。また、潮解性を調査する理由は、物質によっては潮解性により乾燥できない、或いは乾燥しにくい可能性があるためである。乾燥しにくい程、乾燥時間は長くなり、スプラッシュ現象は起きやすくなり危険である。これらは、フラックス液やフラックスを特定条件雰囲気下に置いた時の重量の経時変化を調べることで行った。
【0037】
乾燥、潮解性調査には、温度条件を制御するため恒温庫として、ヤマト科学のDrying oven DS400オーブンを用いた。先ず、乾燥性評価は、器となるバランスディッシュの重量を正確に計り、20mass%のフラックス液1gを±0.1gの精度で測りとり、値を正確に読み取った。はかり取った直後に60℃の恒温庫にフラックス入りのバランスディッシュを入れ、安置した。恒温庫の温度は、乾燥工程が行われるフラックス液の温度を想定し、60℃とした。恒温庫に入れた時点を0minとした。所定時間が経過したごとに恒温庫よりフラックスを取り出し、素早くバランスディッシュごと重量を計測し、再び恒温庫に戻す作業を行った。
【0038】
その結果、乾燥性は重量変化が一定になる直前の時間帯でフラックス液ごとに違いが見られた。1号フラックス(比較例1)は60minまで直線的に重量が減少し、一定になることがわかる。これに対し、3号フラックス(比較例2)、60%NaClフラックス(比較例6)、58%KClフラックス(実施例2)、NaF系フラックス(比較例8,9)やその他ZnCl
2を含むフラックス液は、重量一定の手前で緩やかなカーブを描きながら重量が変化した。緩やかなカーブを描くフラックスは潮解性によって、水分吸収が始まるためであると考えられる。乾燥速さに違いが現れるのは、潮解性の強弱であることが示唆された。フラックス液ごとに一定になる重量が違うのは、フラックスによっては水和物を形成する物質を含むものがあるからと考えている。
【0039】
フラックスの潮解性評価の結果を表1に示す。表1中、「無」は潮解性無し、「極大」は潮解性が非常に大きいこと、「大」は潮解性が大きいこと、「極小」は潮解性が非常に小さいことを示している。1号フラックス(比較例1)以外のフラックスで潮解性が確認された。つまり、60%NaClフラックス(比較例6)とNaClの量が多い30.2%NaFフラックス(比較例9)は大きな潮解性を有していることが分かった。その他の比較例5,7も潮解性が大きいと推測できる。それに対して、58%KClフラックス(実施例2)は、潮解性が非常に小さいことが分かった。その理由は、溶融固化した58%KClフラックス(実施例2)は、KClとZnCl
2で、複塩のK
2ZnCl
4やK
5Zn
4Cl
13を構成することがZnCl
2の潮解性を低減していると考えられる。溶融固化させた3号フラックス(比較例2)は、始めに水分を吸収するようだが、60min前後でその減少は頭打ちになっている。潮解性は強いが、ある一定量の水分を保持することで安定し、潮解性の強さが急激に減少するものと思われる。NaF系フラックス(比較例8,9)は、調査時間初期の3号フラックス(比較例2)と同じくらいの重量増加勾配であり、そのまま150minまで吸水し続けていることがわかる。30.2%NaFフラックス(比較例9)は乾燥性能が低いと思われる。
【0040】
蒸発乾固させたものは、フラックス液を鋼材表面の乾燥させる実操業の状況に最も近い状態である。NaF系フラックス(比較例8,9)やNaCl系フラックス(比較例5〜7)が同程度で潮解性が強い結果であるのに対し、KClフラックス(実施例1〜6)は潮解性が低い結果となった。NaCl系フラックス(比較例5〜7)は、NaClとZnCl
2でNa
2ZnCl
4の複塩を形成するが、ZnCl
2の状態である部分が多く、潮解性は依然残っていると考えられる。KCl系フラックスが、潮解性が抑えられており、乾燥性能が高いと考えられる。
【0041】
<めっき試験>
代替フラックスを用いた溶融亜鉛めっきプロセスを行い、めっきの付き具合とめっき時の発煙度合を評価した。めっきの付き具合は表面目視観察、膜厚計測、断面の顕微鏡観察により評価し、発煙度合はめっき時に発煙有無を目視で観察することにより評価した。また、実験規模は実験室内規模と工場規模の両方で行った。
【0042】
先ず、実験室内で亜鉛浴の温度条件を実現するため、いすゞ製作所の電気坩堝炉(MAX1150℃)、Auto Tuning Control System (AT-E58)を用いた。炉を440℃に昇温し、炉内に100ml耐熱ビーカーを安置した。そのビーカー中に、亜鉛インゴットを入れ溶融させ、溶融亜鉛めっき浴とした。脱脂用液として、15mass%水酸化ナトリウム水溶液を用意した。酸洗用液として、15mass%塩酸を用意した。水洗には蒸留水を用いた。
【0043】
縦3×横2.5×厚さ0.3cmに切り出したハルセル鉄板に穴を開け、鋼の針金を取り付けためっき素材を脱脂、水洗、酸洗、水洗し、フラックス液に浸漬した後、溶融亜鉛上30cmで乾燥させた。実験室内のめっき試験で用いるフラックス液には中性界面活性剤を添加した。具体的には、中性界面活性として、中性合成洗剤(アルキルエーテル硫酸エステルナトリウム、ポリオキシエチレン脂肪酸アルカノールアミド、アルキルスルホン酸ナトリウム)を0.1mass%程度になるよう添加した。
【0044】
乾燥させためっき素材を、溶融亜鉛に鉄板が完全に隠れるまで下降させ、浴に浸漬させた。下降速さは1cm/s程とした。約1分間浸漬させた後、下降と同様の速さで素材の引揚を行った。亜鉛のたれを切り、水洗水冷を行った。水分をふき取り、外観の観察を目視で行った。フラックスごとに複数回めっき試験を行った。
【0045】
めっき試験で使用したフラックスは、潮解性の大きな塩化亜鉛のみのフラックス(比較例3)とNaCl系フラックス(比較例5〜7)及び市販無煙フラックス(比較例4)を除く各フラックスである。
【0046】
めっき試験の結果を表1に示している。めっき試験の評価は、従来の3号フラックス(比較例2)と同等であるものを良好とした。使用した全てのフラックスで良好な溶融亜鉛めっき皮膜が得られた。また、発煙性については、前述の試験結果と同様な結果が得られた。尚、工場規模でのめっき試験は詳述しないが、実験室規模でのめっき試験と矛盾しない結果が得られた。
【0047】
<塩水噴霧試験>
めっきの耐食性を比較するため、塩水噴霧試験を行った。塩水噴霧試験では試験機に、スガ試験機の塩乾湿複合サイクル試験機CYP-90を用いた。塩水噴霧試験機を用いて、いわゆる複合サイクル試験、即ち、JIS H8502(JASO M610試験、中性塩水噴霧サイクル試験)に則って試験を行った。塩水には5mass%塩化ナトリウム水溶液を用いた。塩水噴霧過程は、温度35℃で時間2h、乾燥過程は温度60℃、湿度20〜30%rhで時間4H、湿潤過程は温度50℃、湿度95〜%rhで時間2hに設定した。実験室内でのめっき試験をしためっき鋼材に関しては大きさが小さいため、アクリル板に鋼材を固定しアクリル板ごと立てかけることで、この試験で要求される鋼材の傾きを保持した。そして、所定の時間が経過するごとに、乾燥過程の時に鋼材外観を観察した。試験している全ての鋼材に赤錆が出た時点で試験を停止した。
【0048】
塩水噴霧試験の結果、149h以内に全ての鋼材で白さびが発生し、269h経過後から、いくつかのフラックスの場合の鋼材について、鉄が露出し酸化することによる赤錆が出始めた。600hまで観察を行った。30.1%NaFフラックス(比較例8)を用いた場合の鋼材の腐食が早く進んでいることがわかるが、実験の規模が小さいゆえの誤差でめっきの付き具合が薄かった、或いは先のめっき試験の結果からこのNaF系を用いためっきでは合金層が厚く形成される可能性がある、或いはなんらかの腐食機構が働いた等が考えられ、現段階では理由を特定できない。これらの結果は、表1にまとめて記載している。表中、従来の典型的な3号フラックス(比較例2)の赤錆発生具合を基準とし、「+1」は優れている、「+2」は非常に優れている、「−1」は劣っている、を示している。この結果、KCl系フラックス(実施例1〜6)は、耐食性においても優れていると言える。
【0049】
<総合評価>
NaCl系フラックス(比較例5〜7)は、めっき時には流動性高い溶融塩になると思われるが、実験室で行っためっきの付き具合は、不めっきが比較的あり、結果は芳しいものではなかった。化学洗浄力が不足していた可能性が考えられる。また、乾燥性能に関しても、KCl系フラックス(実施例1〜6)のそれより強い潮解性を持つことが判明した。
【0050】
KCl系フラックス(実施例1〜6)は、めっきの付き具合も良好で、且つ、発煙が起きなかった。塩水噴霧試験における耐食性の評価においても、従来のフラックス(比較例2)を用いた場合と大きな差はなく、むしろ優れているという結果になった。断面観察では、合金層成長を抑制するような状況は見当たらなかった。また、乾燥性能に良好であり、潮解性が少なかった。組成の割合もKClが多く、劇物であるZnCl
2の使用量を低減することができて都合がよい。但し、化学洗浄力が従来のフラックスよりも低いか、熱によってフラックスの性能が失われる速さが早いと考えられる。従ってKCl系フラックスを用いる場合のめっきプロセスには従来以上の厳しい生産条件が要求されると考えられる。
【0051】
NaF系フラックス(比較例8,9)では、NaCl系フラックス(比較例5〜7)にフッ化物を配合したラックスであるが、めっきの付き具合は良好であった。塩水噴霧試験でのめっき耐食性でも従来フラックスのものと違いはさほどなかった。めっき時の発煙は実操業で用いる場合、無視できるほどの発煙量であった。プロセス無煙化を達成できたフラックスと言えるが、NaF系フラックスはフッ化物を用いているということが、めっきプロセス周辺の事柄に対し、どのような影響を与えるかは現段階で未解明である。NaF系溶融塩上からHFが検出されなかったことや、NaF系フラックスの残渣の調査からZnFなる物質が同定されていることから、おそらく大半のフッ素は残渣に固定化されていると考えられる。NaF系フラックスには、まだ未解明な課題もあり、実用化には、もう少し研究を続ける必要性があると思われる。
【0052】
以上のフラックスの中では、KCl系フラックス(実施例1〜6)が代替無煙フラックスとして一番有望であると考えられる。それはKCl系が水溶性である点、潮解性が弱い点、めっき時に発煙しない点、めっき付き具合が良好である点に加え、安価であり、取扱安全性にも優れているという点から結論付けられる。低コストであることや取扱が安全であることは、企業が試用、実用を踏み切る上で大きな利点といえる。