(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の車両の運動制御装置では、概要としては以下のような構成とする。
【0025】
GVCとESCの間の乗り継ぎのための線形領域から稼動する付加的なモーメント制御(Moment・plus以下、M+と記載)とGVC、ESC(DYC)を組み合わせたHybrid+(ハイブリッド・プラス)制御を構成する(
図6)。
【0026】
また、GVCの減速指令とM+のモーメント指令を同一コントローラで演算し、それをESCのためのコントローラへと通信により送り、ESCコントローラが減速度とモーメントを統合して制御できる構成とする。
より具体的には、本発明の車両の運動制御装置は、GVC、ESC、M+の3つのモードを持つ。すなわち、車両の各輪の駆動力又は駆動トルク、及び/又は、制動力又は制動トルクを独立に制御可能な手段を有する車両の運動制御装置において、車両横加加速度に基づいて、車両加減速指令値を決定する車両加減速指令演算手段と、車両横加加速度に基づいて、車両ヨーモーメント指令値を決定する第1の車両ヨーモーメント指令演算手段と、車両横すべり情報から車両ヨーモーメント指令値を決定する第2の車両ヨーモーメント指令演算手段と、を有し、該車両加減速指令演算手段により車両横加加速度に基づいて決定された、車両加減速指令値に基づき、車両の4輪のうちの左右輪を略同一の駆動力又は駆動トルク、及び/又は、制動力又は制動トルクを発生することにより車両の加減速を制御する第1のモード(GVC)と、第一の車両ヨーモーメント指令演算手段により車両横加加速度に基づいて決定された、車両ヨーモーメント指令値に基づき、車両の4輪のうちの左右輪に異なる駆動力又は駆動トルク、及び/又は、制動力又は制動トルクを発生することにより車両のヨーモーメントを制御する第2のモード(M+)と、第二の車両ヨーモーメント指令演算手段により車両横すべり情報に基づいて決定された、車両ヨーモーメント指令値に基づき、車両の4輪のうちの左右輪に異なる駆動力又は駆動トルク、及び/又は、制動力又は制動トルクを発生することにより、車両のヨーモーメントを制御する第3のモード(ESC)を有することを特徴とする。
【0027】
また、該車両横加加速度に基づいて、車両の加減速を制御する第1のモードは、該車両加減速指令演算手段により、車両横加速度と車両横加加速度の積が正のときに、車両横加加速度に基づいて決定された車両減速指令値に基づき、車両の減速を制御する第1.1のモード(GVC-)と、該車両加減速指令演算手段により、車両横加速度と車両横加加速度の積が負のときに、車両横加加速度に基づいて決定された車両加速指令値に基づき、車両の加速を制御する第1.2のモード(GVC+)の、いすれか一方、あるいは両方であることを特徴とする。
【0028】
また、該車両横加加速度に基づいて、車両のヨーモーメントを制御する第2のモードは、該第1の車両ヨーモーメント指令演算手段により、車両横加速度と車両横加加速度の積が正のときに、車両横加加速度に基づいて決定された車両旋回促進側のモーメント指令値に基づき、車両の旋回促進側のモーメントを制御する第2.1のモード(M+ +)と、該第1の車両ヨーモーメント指令演算手段により、車両横加速度と車両横加加速度の積が負のときに、車両横加加速度に基づいて決定された車両安定側のモーメント指令値に基づき、車両の安定側のモーメントを制御する第2.2のモード(M+ -)の、いすれか一方、あるいは両方であることを特徴とする。
【0029】
また、該横すべり情報に基づいて、車両のヨーモーメントを制御する第3のモードは、該第2の車両ヨーモーメント指令演算手段により、車両横すべり情報に基づいて決定された車両安定側のモーメント指令値に基づき、車両の安定側のモーメントを制御する第3.1のモード(ESC-)と、車両旋回促進側のモーメント指令値に基づき、車両の旋回促進側のモーメントを制御する第3.2のモード(ESC+)の、両方であることを特徴とする。
【0030】
また、該該第一の車両ヨーモーメント指令演算手段が決定した車両ヨーモーメント指令値と、該第二の車両ヨーモーメント指令演算手段が決定した車両ヨーモーメント指令値との調停手段を有し、それぞれの値のうち絶対値が大きな方を採用することを特徴とする。
【0031】
さらには、少なくとも該車両加減速指令演算手段と、第1の車両ヨーモーメント指令演算手段は、同じコントローラ内に具備され、該コントローラから車両加減速指令と車両ヨーモーメント指令を通信にて、車両の各輪の駆動力又は駆動トルク、及び/又は、制動力又は制動トルクを独立に制御する手段へ送るように構成する。
【0032】
ここで、本発明の基本的な考え方を、より詳しく説明する。
【0033】
図2、3で示したようなHybrid制御で実現できたようなシームレスな制御を種々の形態で実現するためには、GVCとESCの統合制御のみではなく、乗り継ぎのためのヨーモーメント制御を加えた新たな統合制御を構築する必要がある。この乗り継ぎのためのモーメント制御をMoment+(モーメント・プラス)として、以降、M+と記載する。
図7は、M+の稼働範囲・タイミングを示した模式図である。
【0034】
上段に舵角と車速に基づく目標ヨーレイトと実ヨーレイトの比較を示しており、ここでは目標ヨーレイトが実ヨーレイトから乖離し、介入閾値を超えたことによりESCが稼働している状況を想定している。GVCは、旋回開始から定常旋回に入るまでの間、すなわち日常領域で左右輪で同等な制動力を作用させることにより稼働し、ヨーレイト・横加速度ゲインの両方を向上させ旋回性を向上する。また、GVCとESCを同じESCコントローラに搭載したHybrid制御では、日常・過渡・限界のすべてにおいてシームレスな制御を実現できる。一方、例えばESCはA社製をカーメーカで採用し、B社製ADAS(Advanced Driver Assist System)コントローラにGVCを搭載した
図5のNo.4の場合、Hybrid制御のようにシームレスな制御を実現することは困難である、目標ヨーレイトと実ヨーレイトの偏差が、A社にて決定された介入閾値を超えないとESCは稼働せず、日常領域と限界領域の間にある、過渡領域での運動制御が不連続となってしまう。
【0035】
そこでM+は、以下のような効果を狙い、過渡領域からモーメント制御を開始するような構成とする。
・ESCが稼働する手前からヨーレイト偏差を低減し、唐突なESC介入頻度を低減する。
・ESCが稼働したとしても、早期から介入することによりESC制御入力振幅を低減する。
・限界域においては、必要に応じてESCとともにモーメント指令信号を発生し続ける。
【0036】
以上のような制御効果をもつM+制御とGVCを組み合わせた新制御を構築し、制御演算部をESC以外のコントローラに搭載し、ESCに制御指令を送ることにより、メーカに関わらず汎用的なESCを用いて、あるいは通常領域制御は、電動油圧型ブレーキアクチュエータを使ったり(
図5のNo.2)、EVの回生制動を使うなど(
図3のNo.5)、多彩な様態を実現することができる。
【0037】
つぎに過渡状態におけるモーメント制御側について考える。過渡状態においては、通常時から限界時への遷移状態でも車両安定化効果を発揮する制御則が必要となる。ここでは、基本方針及び具体的な制御則の導出を図る。
<モーメント制御則の基本方針>
M+の制御則に対する制約条件としては、以下の観点があげられる。
【0038】
・ESCコントローラ内部で高速計算している車輪速、横滑り角情報を使わない。
【0039】
・直感的に理解できるシンプルな制御則とする(チューニング工数小)。
【0041】
これに加え、遷移状態で稼働する制御ということで、日常領域+α(日常領域からほんの少し限界に近づいた領域)に対する制御と限界領域に対する制御のセレクト・ハイのような構成となっていると、シームレスな制御指令を得ることが期待できる。そして、限界領域に入ると、ESC制御への引き継ぎ(セレクト・ハイ)を行う(
図8)。
【0042】
日常領域+αでの制御則を導出する上で、「ヒューマン・インスパイアード(人間の運転動作を模倣する)」の考えから、ドライバの運転動作を参考にすることとした。また、限界領域制御則については、スピン発生直前の車両挙動を基に導出を図ることにした。次項以降で、日常領域に対する制御、限界領域に対する制御についてそれぞれ考えていくことにする。
<Moment+ の制御則導出>
・日常領域+α制御
当然のことではあるがアクセル、ブレーキペダルは1つずつであるため、ドライバは直接的には4輪の制動力及び駆動力を独立してヨーモーメントを制御することはできない。したがって、ヨーモーメントの制御則をGVCのように(人間の運転動作を模倣して)、直接的に見出すことはできない。そこで、コーナリング時のドライバの随意な加減速動作に基づく荷重移動により発生するヨーモーメントを再確認し、制御アルゴリズムの導出を図る。
【0043】
GVCは横運動に連係した加減速制御である。一方、加減速を行うと、タイヤの垂直荷重が移動する。例えば、減速中は後輪から前輪に、加速中は前輪から後輪に荷重が移動する。一方、コーナリングフォースは良く知られているように荷重依存性を有する。ここで、コーナリングスティフネスをK
i(i=f、 r、 f:フロント、r:リア)として、これらがタイヤ垂直荷重W
iに対して1次の荷重依存性(比例係数C
1)を持つ場合、以下数2であらわせる。
【0045】
一方、車両の重心高さをhとして、車両がG
xで加減速すると、前輪荷重W
f(1本分)は、以下数3となる。
【0047】
後輪荷重W
r(1本分)は、以下数4となる。
【0049】
したがって、コーナリングスティフネスK
f、K
rは、前後それぞれ、以下数5、数6となる。
【0052】
ここで、コーナリングフォースは、横滑り角βに比例すると仮定すると、以下数7、数8となる。
【0055】
これらの関係を、横加速度とヨー運動の方程式に代入すると、以下数9、数10となる。
【0058】
ここで、G
y0とr
0_dotは、加減速を行わない場合の、もともとの横加速度とヨー角速度である。上記運動方程式の数9、数10で最終的に変形した項に着目すると、G
xが負、すなわち減速すると、横加速度とヨー運動はともに、強められるということがわかる。
【0059】
運動方程式、数10の中で、ヨー慣性モーメントI
zは、以下数11のように近似して書き換えることができる。
【0061】
したがって、数11を数9、数10に代入して整理し、行列形式で表し、また、これにGVC制御則を適用すると、以下数12となる。
【0063】
数12によるとGVCによる影響は、ヨー運動と横加速度の両方に作用することがわかる。また横加速度に対する影響度合いは、加減速とヨー運動の積の形で、ヨー運動に対する影響度合いは、加減速と横加速度の積の形で表され、クロスカップリングされた形で影響を及ぼしあうことがわかる。以下では、この関係を基に、安定化のためのモーメント制御について考える。
【0064】
GVCにおいては、コーナーからの脱出時で横加加速度が負のときには、加速度指令が出される。しかしながら、ブレーキ制御に重きを置く試験車両においては、GVCの減速指令のみを用い、加速側は制御を行わずドライバにゆだねていた(G
x_DRV)。
【0065】
したがって、
コーナー進入時:GVCによる自動減速(G
x_GVC)(以下、数13となる)
【0067】
コーナー脱出時:ドライバによる加速(G
x_DRV)(以下、数14となる)
【0069】
ここで、ドライバは単純に、加速(速度を増加)することを望んでいるだけではなく、数14のヨー運動において、G
xを正として、荷重移動により後輪に荷重を移動し、ヨーモーメントを減少させて、直進状態へ戻りやすくしているとも考えられる。
【0070】
この仮説にしたがえば、ドライバと同様なタイミングでヨー運動を安定化させる方向のモーメントを入れればよいことになる。さらに、ドライバはGVCの加速側の指令とプロファイルが似た加速形態をとることを確認している(非特許文献2参照)。
【0071】
すなわち、日常領域+αに対するドライバアシスト制御としては、「GVCにおいて加速側の指令が出ているときには、ヨー運動を低減させる復元側のモーメントを車両に加えればよい」ことになる。ここで、数1のGVC指令値とのアナロジーを考え、G
x_DRV>0、すなわち-sgn(G
y・G
y_dot)>0のとき、以下数15となる。
【0073】
ただしC
mnは比例係数、T
mnは一次遅れ時定数である。これが日常領域+α制御の基本則である。また、sgn項と一次遅れを省略・簡略化し、GVCによる減速度、M+によるモーメント制御を統合した形で記載すると、以下数16のようになる。ただし、C
mnは、比例係数である。
【0075】
結局、横加加速度G
y_dotに応じて、減速度と安定化モーメントを加えることになる。
図9にこの統合制御の基本概念図を示す。
【0076】
日常領域ではドライバの舵角入力と、車両運動モデルで計算して求めた車両挙動との相関が高い。また、舵角はヨーイング運動に対するドライバの意図を反映し、車両挙動よりも「位相の進んだ」信号として、制御系の位相補償を可能とする。したがって、日常領域でのモーメント制御を行う場合には、GVC指令で特許文献1に記載されているのと同様に、車両運動モデルを用いて推定した横加加速度を用いて制御するとよい。
【0077】
(注:ここでは圧雪路などの低摩擦領域を稼働範囲として考えている。アスファルト路などで旋回脱出時にドライバがアクセルを踏み込み加速要求を発した場合は、即座にブレーキによるモーメント制御もキャンセルされるように構成する。)
・限界領域での制御
力の釣り合いが何らかの原因で破綻するときには、加速度の変化、すなわち加加速度が発生する(
図10)。
【0078】
図11は、旋回中にサイドブレーキを引き、後輪のタイヤ力を飽和させ、挙動変化(スピン)を発生させ、その後サイドブレーキを緩めたときのジャーク(加加速度)センサの計測値である。サイドブレーキを引くと同時に横加速度が低下し、横加速度と逆の方向の横加加速度が発生している様子が見て取れる。これとは逆にサイドブレーキを弱めると横加速度が回復してきて、横加速度と同じ方向の加加速度が発生することになる。ここから得られる知見は「加速度と加加速度の積が負のときは滑り始めたとき」で、「積が正のときはすべるのをやめて運動が元の状態に回復しつつあるとき」ということである。これは横運動に限ったことではなく、前後方向についても成り立つ。このように車両がすべる状況、そして復帰してくる状況を、加速度と加加速度で検知できる。
【0079】
ここで、もう少し、スピンを含む挙動変化を具体的に考えると、
図12のように、車両の重心点の進む方向と、車両の長手方向の中心線とのなす角、横すべり角βがほぼゼロの状態で安定して走行しているとする(β_dot=0)。このときのヨーレイトはr
0で、車両の横加速度は、車両速度をV
oとするとG
y=V
o×r
0の関係がある。
【0080】
ここで車両がスピンを開始すると、ΔTの間に、r
0→r
1 (>r
0)、 β
0→β
1(<0)となりr
1_dot=(r
1- r
0)/ΔT>0、 β
1_dot=β
1/ΔT<0となる。車両本来の復元方向ヨーモーメントが小さく、さらにDYCによる制御などが行われない場合は、さらにΔT経過すると、横すべり角が増加し、車両はスピンしてしまう。
【0081】
横加速度は、速度V、横滑り角速度β_dot、ヨーレイトrを用いて、以下のように表記することができる。
【0083】
スピンの場合、横加速度はそれ以前の定常状態での横加速度に比べて、必ず低下する。これは、rの正の増加分がβを負の方向に増加(β
1_dot <0)させるためである。よって、横加加速度は、数18となるが、スピン時にはこの値が負となる。
【0085】
「加速度と加加速度の積が負のときは滑り始めたとき」という上記事象は、スピンの時にも成り立っている。
(追記1:数18の第一項は、加加速度の回転成分であり遠心加加速度と考えることもできる(≒r・G
x))
(追記2:横滑り角が増加してくると、横加速度センサで計測できる横加速度は、遠心力(旋回経路の中心方向に働く)のcosβ成分なので、計測値自身が低下する)
さて、十分短い時間を考え、前後加速度一定、速度も一定と考えると、横加加速度は、以下数19のように考えることができる。
【0087】
横加加速度は、速度、加速度と速度の比で表せる値を係数として、横滑り角変化、横滑り角、ヨー角加速度、ヨー角速度の和と考えることができる。比率は変化するが、少なくとも因果関係は有しており、横加加速度が発生しているときは、これらの量が変化していると考えられる。先の、スピンの例では、ヨーレイト、ヨー角加速度が増加し、横滑り角、横滑り角速度が負の方向に増加したと考えられる。
【0088】
さて、
図13は、ESCのOS制御の例を示している。このロジックでは、車両モデルにより推定された目標ヨーレイト、横滑り角と、計測されたヨーレイト、オブザーバを用いて推定された横滑り角との偏差、および横滑り角の絶対値に基づいて、それらを加算、あるいはセレクト・ハイにより目標モーメント指令を決定している。
【0089】
これら、ヨーレイト、横滑り角偏差について考えてみる。
図14は、これらを一般化した形で示した図である。目標横運動と実横運動の差分、横運動変化を取り出して、時間軸上に示すと、中段の図となる。横運動変化が介入閾値を超えた時点から、これらの値に基づいてモーメント指令値が計算される。
【0090】
さて、仮に、目標横運動がゼロの場合の横運動偏差を考えると、これは、実横運動そのものとなる。このときの、横運動偏差の時間微分値は、実横加加速度で表せると考えられる(
図14下段)。さらに、目標横運動が十分ゆっくりした動きである場合、これを平衡点と考え、横運動偏差を平衡点からの微小擾乱として考えると、平衡点における時間微分はゼロであるために、横運動偏差の時間微分値は、やはり実横運動の時間微分値と考えられる。以下では、横加加速度をモーメント制御の指令値として考えてみる。
【0091】
先に述べたとおり、「加速度と加加速度の積が負のときは滑り始めたとき」、「スピンし始めたとき」と考えることが出来る。このときには、スピンと逆方向(復元方向)のモーメントを車両に加えてやればよい。このときのモーメント指令値を最も直接的に定式化すると、数20となる。
【0093】
ただし、C
mlは、比例係数である。これは、前節で述べた日常領域+αに対する「GVCにおいて加速側の指令が出ているときには、ヨー運動を低減させる復元側のモーメントを車両に加えればよい」ということと、矛盾が無い。したがって、先の比例係数C
mnとC
mlとを適切に選ぶことにより、日常領域から限界領域までシームレスな統合制御を構成することができる(もちろんESCも横滑り情報に基づき介入する)。
・M+制御のシームレス化
これまでのGVC制御においても、
図15のように、車両運動モデルを用いて推定されるモデル推定横加加速度値と計測値の両方を用いて制御を行ってきた(特許文献3参照)。モデル推定による位相の早い加加速度情報は、早期に制御を開始し、減速による前輪への荷重移動によって、ステアリングの手ごたえ感の向上を狙う効果がある。また、主に低摩擦路対応ではあるが、操舵を止めた後に遅れて発生する車両横運動に対しても連係した減速を行うことにより、制御の唐突な終了が発生せず、連続感が得られることを確認している。
【0094】
さて、M+制御の日常領域から限界領域に対するシームレス化を図る際にも同様な手法を用いることにした。
図16は圧雪路における味見試験結果である。実際の制御は行っていないが、Lターンでスピンを誘発させた時の舵角、車両挙動とこれに基づいて、計算した指令値を示している。既に、減速側のGVC指令はセレクト・ハイ(絶対値で見て)として、指令値を構築していたが、今回、加速側の指令値も、モデル推定(Gy_dot Estimated)に基づく指令値と、計測値(Gy_dot Measured)に基づく指令値のセレクト・ハイにてモーメント指令値(M
z_GVC)を得るようにした。このような構成をとることにより、先に述べたような「モーメント制御則の基本方針」に沿った制御則を得ることが出来る。また、8秒近辺に、モデル推定による減速指令が出ているが、GVCとモーメント指令は非干渉であるので、両方の制御を実施することもできる。このときは復元側のモーメントを加えながら減速させるという動作となる。
・総合制御(Hybrid+Enhanced制御)
これまでは、ESCによるブレーキ制御に焦点を当てていたが、ここでは4輪独立制駆動制御が可能な状況を考え、これをHybrid+Enhanced制御と呼ぶことにする。4輪独立で制駆動が可能ということは、左右の制駆動差でモーメントを発生しながら、左右の制駆動和を一定とすることができ、結果として加減速を任意に制御しながら、モーメントを任意に制御できる。
【0095】
また、左右輪の制駆動力に差分をつけて直接的にモーメントを制御するのに加え、先の数2から数15の式展開で示し、また
図17に示すように、旋回中に加減速で発生する前後輪間の荷重移動により、前後輪の横力の差を用い、間接的にではあるが、モーメントを制御することができる(B1、B2)。先のブレーキ制御では、モーメントを制御しようとしても、当然のことながら減速度も発生することになるが、駆動力も制御可能であれば、
図17(A1)、(A2)に示すように全部の輪に、駆動力を等しく付加することにより、加減速を伴わず、モーメントのみを制御することができる。このような状況では、加減速はドライバのアクセル動作とGVCにより制御され、モーメントはM+と横滑り情報にもとづくESC(DYC)で制御することができる。ここで、M+制御を数20の安定側のみの制御から、ターンインのときの旋回促進制御まで拡張すると、数21のようになる。
【0097】
ただし、横加速度ゲインCmnlは通常領域から限界領域までを見据えて適切な値とする必要がある。
【0098】
このように構成されれば、
図18のようなHybrid+Enhanced制御を実現することが出来る。
図18は上からドライバ舵角、横加速度推定値G
ye、横加速度計測値G
ys、それぞれの時間変化率G
ye_dot、G
ys_dot(推定、検出については後記)、そして横加加速度に基づいたGVCによる加減速指令値、ブレーキ/アクセル踏み込み量から推定したドライバの加減速指令値、ここでは、調停手段により、2つの加減速指令値の絶対値の大きい方を採用する手法でドライバの加減速指令とGVCの加減速指令の調停を行った実質上の減速指令(G
xc)、横加加速度、特に横加速度計測値の時間変化率G
ys_dotに基づいた、M+ヨーモーメント指令値(M
z_GVC)、ESCによるヨーモーメント指令値(これは横加加速度と類似の形になるが、閾値等の関係から、M
z_GVCに比べて遅れた信号となる)M
z_ESC、 ここでは、2つのモーメント指令値の絶対値の大きい方を採用する手法でESCのモーメント指令値とM+ヨーモーメント指令値(M
z_GVC)の調停を行った実質上のモーメント指令値(Mzc)を示している。
【0099】
図18の基本的な想定シーンは、
図1と同様である。直進路A、過渡区間B、定常旋回区間C、過渡区間D、直進区間Eという、コーナーへの進入、脱出の一般的な走行シーンを想定している。しかしながら、旋回の途中(例えば
図1の4点近辺)で、路面の急変などを原因とした
図11に示すようなスピン方向の挙動変化を発生している状況を示している。このとき、ドライバ舵角は変化していない(よって横加速度推定値G
yeも定常値をとる)が、計測した横加速度は、一瞬低下して挙動変化が発生している状況を示している。
【0100】
このような状況では、横加加速度が発生するが、特開2011−105096号公報に記載されている方法を採用することにより、摩擦限界付近に到達していると判定した場合には、GVCの前後加速度指令値の絶対値をゼロ、もしくは補正前よりも小さな値に補正することにより、GVC指令値(G
x_GVC)は、挙動変化ポイント近辺では発生しないようにすることができる。
【0101】
また、
図18では、ドライバの減速指令G
x_DRVは、舵角を切り込む前から発生(手前ブレーキ)し、定常旋回の手前でブレーキをリリースし、定常旋回、および挙動変化発生中も加減速意思が無い。また、コーナーからの脱出時にブレーキを踏み始め、コーナー脱出後も加速をしている。定常旋回の手前でブレーキを抜くと、フロントに移動していた荷重が抜けるため、数12で示した、ヨー運動と、横加速度の促進が期待できず、狙いのラインから外側にずれる可能性がある。実質上の減速指令G
xcにおいては、ドライバによるコーナー手前からの減速と、GVCによる旋回促進効果の両方が得られ、コーナー脱出時には、GVCによる安定化向上効果が働くと同時に、ドライバの狙いの速度までの加速が実現できる。
【0102】
つぎに、モーメント制御については、M+ヨーモーメント指令値は、基本的には横加加速度に基づいて発生するため、旋回開始時と脱出時にそれぞれ旋回促進モーメントと、復元モーメントを発生させるため、操縦性の向上と、安定性の向上を図ることが出来る。ここで注意を要するのが、モーメント指令値を通常領域から稼働させると、操舵角入力に対するヨー応答の位相が大きく進み、ロールモーメントとなる横加速度の発生が相対的に遅れ、制御無しに比べてヨーとロールの連成の一貫性に変化を与え、サスペンションのアンチダイブ・リフト力が左右でアンバランスとなり、制御時の車両姿勢変化が発生する。したがって、少なくともドライアスファルトなど、摩擦係数が高いところでは、ゲインを落とす、あるいは旋回促進側のみ制御を行わないなどの処置を取ってもよい。
【0103】
また、挙動変化が発生している状況では、
図11に示すようにタイヤ横力の総和と遠心力の釣り合いの変化のために、横加速度と逆符号の横加加速度が発生する。したがって、数21に基づき、ヨーモーメントを制御することにより、スピン回避・低減を行うことが出来る。ここで注意を要するのが、車両が安定してくる、すなわち横加速度の回復に伴う制御指令(図では正→旋回促進方向)である。このときに、スタティックマージンが低い車両の場合一度安定しかけた車両を不安定にしてしまう危険性がある。したがって、スタティックマージンが低い車両の場合、フィルター処理などにより、このような周波数の高い旋回正方向のモーメント指令を受けつけないようにするか、そもそも旋回正方向のモーメント指令は受け付けないようにして、
図9のように復元モーメントのみに特化してもよい。
【0104】
挙動変化が発生する状況では、当然のことながらESCによるモーメント指令が稼働する。しかしながら、M+指令により挙動変化とほぼ同時に、復元モーメントにより安定化されるため、ESCによるモーメント指令は小さくなる。結局、M+ヨーモーメント指令値とESCによるヨーモーメント指令値の大きい方を選択してM
zcとすることにより、制御不足とならず、安全性を確保することができる。
【0105】
尚、4輪独立制駆動制御が可能であるので、モーメント指令値で発生する片側制動力と等しい駆動力を、4輪に等分することにより、モーメントを制御しても、加減速が発生しないようにすることができる。このメカニズムを
図19に示す。
【0106】
ESCとM+制御により、横滑り情報と横加加速度に基づいたモーメント指令M
zcが決定されると(
図19では反時計回りのモーメント)、これを実現するために数22の関係を満たすように、左側の前後輪にFfl、Frlの制駆動力(符号は負)が加えられる。
【0108】
これにより、車両には、数23であらわせる減速度が発生してしまう。
【0110】
一方、GVCとドライバ加減速指令により、横加加速度、ステア情報、ドライバ意図に基づいた加減速指令G
xcが決定されると(
図19では減速)、これを実現するために数24の関係を満たすように、4輪に、Ffl、Ffr、Frl、Frrの制駆動力が加えられる(ここでは、4輪独立制駆動制御が可能な状況を想定)。
【0112】
ここで、ヨーモーメントを制御と、加減速制御の非干渉化を実現するための、最も簡単な補正法として、数25がある。
【0114】
これを4輪に等配分し、新たに4輪の制駆動力を決定すると、数26となる。
【0116】
このように制駆動制御されると、加減速制御は、当初の値、数27となり、
【0118】
モーメント制御も当初の指令値(数28)となり、
【0120】
ヨーモーメントを制御と、加減速制御の完全非干渉化が可能となる。
【0121】
特に、加減速G
xcがゼロに制御されている場合、数24によって、ΔFは、負となるため、数25から、左側輪は制動、右側輪は駆動するということになる。ハードウェアの制約(例えばESCなどの減速アクチュエータのみで実現)がある場合には、多少の減速感を伴うことになる。
【0122】
以上のように、車両の4輪の駆動力、制動力を独立に制御可能な車両の運動制御装置において、車両横加加速度(G
y_dot)に基づいて、車両加減速指令値を決定する車両加減速指令(GVC指令)演算手段と、車両横加加速度に基づいて、車両ヨーモーメント指令値を決定する第1の車両ヨーモーメント指令(M+指令)演算手段と、車両横すべり情報から車両ヨーモーメント指令値を決定する第2の車両ヨーモーメント指令演算手段(ESC指令)とを有し、その車両加減速指令演算手段により車両横加加速度に基づいて決定された、車両加減速指令値に基づき、車両の4輪のうちの左右輪を略同一の制駆動力(ブレーキ同圧・左右駆動力差なし、あるいは左右駆動力差なし)を発生することにより車両の加減速を制御する第1のモードと、第一の車両ヨーモーメント指令演算手段により車両横加加速度に基づいて決定された、車両ヨーモーメント指令(M+指令)値に基づき、車両の4輪のうちの左右輪に異なる制駆動力を発生することにより車両のヨーモーメントを制御する第2のモードと、第二の車両ヨーモーメント指令演算手段により車両横すべり情報に基づいて決定された、車両ヨーモーメント指令(ESC指令)値に基づき、車両の4輪のうちの左右輪に異なる制駆動力を発生することにより、車両のヨーモーメントを制御する第3のモードを有することにより、M+(モーメント・プラス)指令によるヨーモーメント制御がG-VectoringとESC(DYC)の連携制御における、乗り継ぎ部分の制御として機能し、これまで、ESCに組み込む以外に方法が無かった操縦性、安定性、さらには乗心地の向上が図れる車両の運動制御を複数の実施形態で実現することができるようになり、より多くのドライバに当該技術・装置を提供することができる。
【0123】
次に、ハードウェア構成等を示した実施例について、詳細に実施形態を2例説明する。
【実施例1】
【0124】
図23に、本発明の車両の運動制御装置の第1実施例の全体構成を示す。
【0125】
本実施例において車両0はいわゆるバイワイヤシステムで構成され、ドライバと操舵機構、加速機構、減速機構の間に機械的な結合は無い。
<駆動>
車両0は左後輪モータ1により左後輪63、右後輪モータ2により右後輪64を駆動するとともに、左前輪モータ121で左前輪61を、右前輪モータ122で右前輪62を駆動する四輪駆動車(All Wheel Drive:AWD車)である。
【0126】
ここで、特に電気モータや内燃機関などの動力源の差異については、本発明を示す、最も好適な例として、また、あとで示す四輪独立ブレーキと組み合わせることにより、四輪の駆動力および制動力を自由に制御できるような構成となっている。以下、詳細に構成を示していく。
【0127】
左前輪61、右前輪62、左後輪63、右後輪64には、それぞれブレーキロータ、車輪速検出用ロータと、車両側に車輪速ピックアップが搭載され、各輪の車輪速が検出できる構成となっている。そして、ドライバのアクセルペダル10の踏み込み量は、アクセルポジションセンサ31により検出され、ペダルコントローラ48を経て、制御手段である中央コントローラ40で演算処理される。この中央コントローラ40では、4輪の各輪の駆動力及び/又は制動力を独立に制御するものであり、この演算処理の中には本発明の目的としての「操縦性と安定性を向上する」ためのGVC、ESC、M+制御も含まれている。そしてパワートレインコントローラ46は、この量に応じて、左後輪モータ1、右後輪モータ2、左前輪モータ121、右前輪モータ122の出力を制御する。
【0128】
アクセルペダル10にはまた、アクセル反力モータ51が接続され、中央コントローラ40の演算指令に基づき、ペダルコントローラ48により、反力制御される。
<制動>
左前輪61、右前輪62、左後輪63、右後輪64には、それぞれブレーキロータが配備され、車体側にはこのブレーキロータをパッド(図示せず)で挟み込むことにより車輪を減速させるキャリパーが搭載されている。ブレーキシステムはキャリパー毎に電機モータを有する電機式である。
【0129】
それぞれのキャリパーは、基本的には中央コントローラ40の演算指令に基づき、ブレーキコントローラ451(前左輪用)、452(前右輪用)、453(後輪用)により制御される。ブレーキペダル11にはまた、ブレーキペダル反力モータ52が接続され、中央コントローラ40の演算指令に基づき、ペダルコントローラ48により、反力制御される。
<制動・駆動の統合制御>
本発明においては、「操縦性と安定性を向上する」ためGVCでは左右略等しい制駆動力を発生させ、ESC、M+では、左右輪に異なる制動力や駆動力を発生させることになる。
【0130】
このような状況での統合制御指令は中央コントローラ40が統合的に指令を決定し、ブレーキコントローラ451(前左輪用、前右輪用)、452(後輪用)、パワートレインコントローラ46、左後輪モータ1、右後輪モータ2、左前輪モータ121、右前輪モータ122を介して適切に制御される。
<操舵>
車両0の操舵系はドライバの舵角とタイヤ切れ角の間に機械的な結合の無い、ステアバイワイヤ構造となっている。内部に舵角センサ(図示せず)を含むパワーステアリング7とステアリング16とドライバ舵角センサ33とステアリングコントローラ44で構成されている。ドライバのステアリング16の操舵量は、ドライバ舵角センサ33により検出され、ステアリングコントローラ44を経て、中央コントローラ40で演算処理される。そしてステアリングコントローラ44はこの量に応じて、パワーステアリング7を制御する。
【0131】
ステアリング16にはまた、ステア反力モータ53が接続され、中央コントローラ40の演算指令に基づき、ステアリングコントローラ44により、反力制御される。
【0132】
ドライバのブレーキペダル11の踏み込み量は、ブレーキペダルポジションセンサ32により検出され、ペダルコントローラ48を経て、中央コントローラ40で演算処理される。
<センサ>
次に本発明の運動センサ群について述べる。
【0133】
本実施例における車両の運動を計測するセンサについては、絶対車速計、ヨーレイトセンサ、加速度センサなどを搭載している。これに加え、車速、ヨーレイトについては車輪速センサによる推定、ヨーレイト、横加速度については、車速と操舵角と車両運動モデルを用いた推定などを同時に行っている。
【0134】
車両0には、外界情報検出手段であるミリ波対地車速センサ70が搭載されており、障害物情報、先行車情報、後方車情報を検知すると共に、前後方向の速度V
xと横方向の速度V
yを独立して検出可能である。また、ブレーキコントローラ451、452には前出したように各輪の車輪速が入力されている。これら4輪の車輪速より前輪(非駆動輪)の車輪速を平均処理することにより絶対車速を推定することができる。
【0135】
本発明においては、特開平5−16789号公報に開示されている方法を用い、この車輪速および車両前後方向の加速度を検出する加速度センサの信号を加えることにより四輪同時に車輪速度が落ち込む場合でも、絶対車速(V
x)を正確に測定するように構成されている。
【0136】
また左右輪速度の差分をとることにより車体のヨーレイトを推定するような構成も内包しており、センシング信号のロバスト性の向上を図っている。そしてこれらの信号は中央コントローラ40内にて、共有情報として、常にモニタリングされている。推定絶対車速は、ミリ波対地車速センサ70の信号と比較・参照されいずれかの信号に不具合が生じたときにお互いに補完しあうように構成されている。
【0137】
図20に示すように、横加速度センサ21と前後加速度センサ22およびヨーレイトセンサ38は、重心点近辺に配置されている。
【0138】
また夫々の加速度センサの出力を微分して加加速度情報を得る微分回路23、24が搭載されている。
【0139】
さらにヨーレイトセンサ38のセンサ出力を微分してヨー角加速度信号を得るための微分回路25が搭載されている。
【0140】
本実施例では微分回路の存在を明確化するために各センサに設置しているように図示したが、実際は中央コトローラ40に直接加速度信号を入力して各種演算処理をしてから微分処理をしてもよい。先の車輪速センサから推定されたヨーレイトを用い中央コントローラ40内で微分処理をして車体のヨー角加速度を得ても良い。
【0141】
また、近年目覚しい進歩を見せるMEMS型の加速度センサユニットの中に、微分回路を内包して、検出素子からの加速度に比例した信号を直接微分した加加速度出力を有するセンサを用いても良い。加速度センサ出力信号には信号を平滑化するためのローパスフィルタを通ったあとの信号である場合が多い。
【0142】
加加速度を得るために一度ローパスフィルタを通った信号を再び微分するよりも、位相遅れの少ない精度の高い加加速度信号を得ることができる。
【0143】
また、特開2002−340925号公報に開示されている加加速度を直接検出可能の加加速度センサを用いても良い。
【0144】
図面での説明上、前後加速度センサ、横加速度センサ、ヨーレイトセンサ、微分器などを明示的に独立して記載しているが、これらの性能をひとつの筐体に収めたコンバインドセンサ200として、前後・横加速度、加加速度、ヨーレイト、ヨー角加速度をこのセンサから直接出力しても良い。また、さらには数1の横運動に連係した加速度指令値(GVC)あるいは数21のモーメント指令値(M+)を計算して出力する機能を、このコンバインドセンサに統合しても良い。
【0145】
そしてこれらの指令値をCAN信号に乗せてブレーキユニットあるいは駆動ユニットに送り、GVC、モーメント・プラス制御を行っても良い。
【0146】
このような構成とすると、コンバインドセンサを車両に乗せるだけで、既存のブレーキユニット、駆動ユニットを用いてGVCとモーメント・プラス制御が実現でき、さらにESCにより通常領域から限界領域までのシームレスな制御を実現できる。
【0147】
また、本実施例においては、横加速度G
y、横加加速度G
y_dotを推定する方法も採用している。推定する方法としては、舵角と車速に基づいて推定される、又は、ヨーレイトセンサで検出されたヨーレイトと車速から推定される。
【0148】
図21を用いて、操舵角δから横加速度推定値G
yeと横加加速度推定値G
ye_dotを推定する方法について述べる。
【0149】
まず車両横運動モデルにおいて、操舵角δ[deg]と車両速度V[m/s]を入力として、動的特性を省略した定常円旋回時のヨーレイトrを以下数29で算出する。
【0150】
【数29】
【0151】
この式において、スタビリティファクタA、ホイールベースlは車両固有のパラメータであり、実験的に求めた値である。
【0152】
また、車両の横加速度G
yは、車両速度V、車両の横すべり角変化速度β
_dot、そしてヨーレイトrとして、以下数30で表記できる。
【0153】
【数30】
【0154】
β
_dotはタイヤ力の線形範囲内の運動であり小さいとして省略しうる量である。
【0155】
ここでは、先に述べたように動的特性を省略したヨーレイトrと車速Vを乗じて、横加速度G
ye-wodを算出する。この横加速度は低周波領域では応答遅れ特性を有する車両の動的特性を考慮していない。
【0156】
これは以下の理由による。車両の横加加速度情報G
y_dotを得るためには横加速度G
yを離散時間微分する、つまり横加速度センサにより計測される横加速度を、時間微分処理して算出する必要がある。この際に信号のノイズ成分が増強される。この信号を制御に用いるためにはローパスフィルター(LPF)を通す必要があるが、これは位相遅れを発生させてしまう。そこで動的特性を省略した、本来の加速度よりも位相の早い加速度を算出し、離散微分を行った後で時定数T
lpfeのLPFを通すという方法を採用し、加加速度を得ることにした。これはLPFによる遅れで横加速度の動的特性を表現し、得られた加速度を単に微分したと考えても良い。横加速度G
yも同じ時定数T
lpfのLPFに通す。これで加速度に対しても動的特性を与えられたことになり、図は省略するが、線形範囲においては、実際の加速度応答を良く表現できていることを確認している。
【0157】
以上のように、操舵角を用いて横加速度G
yおよび横加加速度G
y_dotを算出する方法は、ノイズの影響を抑え、かつ横加速度G
yと横加加速度G
y_dotの応答遅れを小さくするという利点がある。
【0158】
しかしながら本推定方法は、車両の横滑り情報を省略したり、タイヤの非線形特性を無視したりしているため、横滑り角が大きくなってきた場合には、実際の車両の横加速度を計測して利用する必要性がある。
【0159】
図22は、たとえばコンバインドセンサ200内のMEMS素子210の検出素子信号G
yeoを用いて、制御のための横加速度G
ys、横加加速度情報G
ys_dotを得る方法を示している。路面の凹凸などのノイズ成分を含んでいるために、検出素子信号についてもローパスフィルター(時定数T
lpfs)を通す必要がある(ダイナミクス補償ではない)。
【0160】
コンバインドセンサ200内では得られた制御のための横加速度G
ys、横加加速度情報G
ys_dotを用いて、加減速指令演算部にて数1からGVC指令を演算し、加減速指令値G
xtを出力したり、数21からモーメント指令値(M+)を演算し、モーメント指令値M
z+を出力したり、しても良い。
【0161】
上述のような、横加速度、加加速度の推定、計測のそれぞれのメリットを両立させるため、本実施例においては、
図23に示すように両者の信号を相補的に用いる方法を採用している。
【0162】
推定信号(estimatedとしてeという添え字で示す)と検出信号(sensedとして、sという添え字で示す)は、横滑り情報(横滑り角β、ヨーレイトrなど)に基づいて可変となるゲインを掛けて足し合わせることになる。
【0163】
この、横加加速度推定信号G
yeに対する可変ゲインK
je(K
je<1)は、横滑り角が少ない領域において大きな値をとり、横滑りが増加してくると小さな値をとるように変更される。また、横加加速度検出信号G
ys_dotに対する可変ゲインK
js(K
js<1)は、横滑り角が少ない領域において小さな値をとり、横滑りが増加してくると大きな値をとるように変更される。
【0164】
同様に横加速度推定信号G
yeに対する可変ゲインK
ge(K
ge<1)は、横滑り角が少ない領域において大きな値をとり、横滑りが増加してくると小さな値をとるように変更される。また、横加速度検出信号G
ysに対する可変ゲインK
gs(K
gs<1)は、横滑り角が少ない領域において小さな値をとり、横滑りが増加してくると大きな値をとるように変更される。
【0165】
このように構成することにより、横滑り角が小さい通常領域から、横滑りが大きくなった限界領域までノイズが少なく、制御に適した加速度、加加速度信号を得ることができるような構成となっている。なお、これらのゲインは、横滑り情報の関数、あるいはマップにより決定する。あるいは、
図15、
図18に示したように単純に絶対値のセレクト・ハイを行っても、十分に実用に値することは確認できている。
【0166】
ここまでは本発明の車両の運動制御装置の第一実施例の装置構成および、横加速度、横加加速度を推定する方法(これらは、
図19内のセンサ群を一体化したコンバインドセンサ200内、あるいは中央コントローラ40内のロジックとして内包されていても良い)について述べた。
【0167】
次に、
図24を用いて本発明の、ロジックを含んだシステム構成について説明する。
【0168】
図24は、制御手段である中央コントローラ40の演算制御ロジック400と、車両0、センサ群およびセンサからの信号をもとに(中央コントローラ40内で演算するのであるが)横滑り角を推定するオブザーバの関係を模式的に示したものである。ロジック全体はおおまかに、車両運動モデル401、G-Vectoring制御演算部402、M+制御演算部403、ESC制御演算部404、制動力・駆動力配分部405にて構成されている。
【0169】
つまり、制御手段である中央コントローラ40は、検出された舵角δと車速V、そしてドライバの加減速指令G
x_DRVに基づいて加減速指令とモーメント指令を生成する。加減速指令を生成するのは、加減速指令生成手段(車両運動モデル401、G-Vectoring制御演算部402とドライバ加減速指令の加算器)である。具体的には、加減速指令は、舵角と車速に基づいて生成された、目標前後加速度に、ドライバ加減速指令を付加して制御指令値とする。また駆動力制動力配分手段である制動力・駆動力配分部405では、各輪の駆動力又は駆動トルク、及び/又は、制動力又は制動トルクの配分を決定する。
【0170】
車両運動モデル401は、ドライバ舵角センサ33から入力された舵角δと、車速Vから数2、数3を用いて推定横加速度(G
ye)、目標ヨーレイトr
t、目標横滑り角β
tを推定する。本実施例では、目標ヨーレイトr
tは、先に述べた、操舵から求めたヨーレイトr
δと同一とするような設定となっている。
【0171】
G-Vectoring制御演算部402とM+制御演算部403に入力する横加速度、横加加速度については、
図23に示すように両者の信号を相補的に用いる信号処理装置(ロジック)410を採用している。
【0172】
G-Vectoring制御演算部402は、これらの横加速度、横加加速度を用いて、数1に従い、目標前後加速度指令G
x_GVCのうち、現在の車両横運動に連係した成分を決定する。さらにはドライバの加減速意思であるG
x_DRVを足し合わせて、目標前後加速度指令G
Xcを算出し、制動力・駆動力配分部405に出力する。もちろん、
図18と同様に、これら2つの加速度指令値をセレクト・ハイしても良い。つまり、目標前後加速度指令G
x_GVCは、舵角と車速に基づいて算出された推定横加速度と、推定横加速度から算出された横加加速度と、から算出される。
【0173】
同様にM+制御演算部403は、これらの横加速度、横加加速度を用いて、数21に従い、目標モーメントを決定する。つまり、目標モーメント指令M
z+は、舵角と車速に基づいて算出された推定横加速度と、推定横加速度から算出された横加加速度と、から算出される。
【0174】
次に、ESC制御演算部404においては、目標ヨーレイトr
t(r
δ)、目標横滑り角β
tと、実ヨーレイト、実(推定)横滑り角との偏差Δr、Δβに基づいて、目標ヨーモーメントM
z_ESCを算出し、先の目標モーメント指令M
z+と、ここでは足し合わせることにより制動力・駆動力配分部405に出力する。もちろん、
図18と同様に、これら2つのモーメント指令値をセレクト・ハイしても良い。目標ヨーモーメントM
z_ESCは、舵角と車速と車両のヨーレイトと横滑り角に基づいて算出される。
【0175】
制動力・駆動力配分部405は、加減速指令である目標前後加速度指令G
Xc及び目標ヨーモーメントM
zcに基づいて、
図25に示すように車両0の四輪の初期基本制動・駆動力(F
xfl_o、F
xfr_o、F
xrl_o、F
xrr_o)を決定するような構成となっている。もちろん、このとき
図19に示したように、ヨーモーメント制御と、加減速制御の非干渉化を可能とする配分となっている。
【0176】
次に、本発明の対角配分制御を適用した場合の車両運動に関して、具体的な走行を想定して説明する。
【0177】
図26の想定シーンは、
図18(
図1)と同様で直進路A、過渡区間B、定常旋回区間C、過渡区間D、直進区間Eという、コーナーへの進入、脱出の一般的な走行シーンのうち、定常旋回区間C点4において、挙動変化が発生している状況を想定している。下段には、左旋回として前外、前内、後外、後内のそれぞれの輪の制動・駆動力が示されている。
まず、カーブ前のドライバによる減速に対しては、4輪同圧のブレーキによる制動力が働く(旋回内外輪に差は無し)。舵角入力により、横加速度が立ち上がって行く段階では、減速をしながら、旋回促進のモーメントが発生するように旋回内側の前後輪の制動力が大きな値となっている。また、横加速度増加段階を過ぎて、定常旋回に入ると、制駆動力はゼロとなる(横加加速度もゼロ)。
【0178】
ここで、スピン傾向の挙動変化が発生すると、スピンを回避するために、旋回逆向きの復元モーメントが要求される。このためには、旋回外側の前後輪に制動力を加え、時計回りのモーメントを得るようにする。さらに、加減速としては指令がゼロなので、旋回内側の前後輪に駆動力を加える。これにより前後方向の制動力と駆動力がバランスし、加減速ゼロを実現できるとともに、駆動力も時計回りのモーメントとなるために、より多くの安定化モーメントが得られスピン回避性能の向上が図れる(このとき、制動で得られた回生エネルギーを駆動側に戻すように構成してもよい)。
【0179】
さらにカーブからの脱出時には、旋回外側の前後輪に駆動力を加え復元側のモーメントを与え、早期に直進状態に戻るように駆動力を配分する。もちろん完全に直進状態に入ったあとは、左右差が出ないように駆動力を配分する。
【0180】
以上のように
図20に示すような4輪独立制駆動制御が可能な車両0のコントローラ40に、横加加速度に基づくG-Vectoring制御指令(とドライバ制御指令)による加減速制御と、横加加速度に基づくモーメント・プラス(M+)制御指令によるヨーモーメント制御、さらには横滑り情報にもとづくESC制御指令によるヨーモーメント制御のHybrid+Enhanced制御(制駆動制御)を実現することにより、操縦性と安定性の向上とともに、加減速を伴わない挙動変化抑制効果を得ることが出来る。
【0181】
さらに、本実施例のように制動力又は制動トルクを発生する電動機(左後輪モータ1,右後輪モータ2,左前輪モータ121,右前輪モータ122)を有しているために、その電動機により制動力又は制動トルクが発生されるときに生じる電力を回生する回生手段を搭載し(図示せず)、運動制御に伴うエネルギーを回収できるような構成としても良い。
【0182】
駆動を伴わないブレーキ制御のみでHybrid+制御を考える場合でも、上述のコントローラ40同様に、G-Vectoring制御指令演算部とモーメント・プラス(M+)制御指令演算部とESC制御指令演算部をひとつのコントローラ、例えばプレミアム仕様のESC内に全て搭載することにより、多少の減速度は発生するが、同様の効果を得ることが出来る。ただし、それはディファレンシャルギアを有する駆動輪の片側にブレーキをかけ、駆動力を加える等の、いわゆるブレーキLSD効果、Torque-Vectoring効果を利用することになる。
【0183】
以上のように、理想形態である実施例1における制御効果についてのべた。さて、以下では本発明のモーメント・プラス制御を加えたHybrid+制御が可能とする、もうひとつの効果、すなわちハードウェア構成が限られた状態でも、優れた制御効果が得られることを、実験結果を用いて示していく。
【実施例2】
【0184】
図27に、本発明の第2実施形態の制御構成を示す。基本的にはプレミアムESC90に具備される減速度ポート901とモーメントポート902に、GVCによる減速指令とM+によるモーメント指令を加え、ESC本来の動きは横滑り情報によりモーメント制御を行うと言う構成である。実際には
図28に示すように、ESC制御ロジック自体は横滑り角βの推定ロジックなどとともに、プレミアムESC本体に従来制御として搭載されており、ADASコントローラ91など外部コントローラから減速度ポート901とモーメントポート902に、CAN接続で送られる構成となっている。
【0185】
ADASコントローラ901には、ステレオカメラ、ナビ情報、あるいは外部との通信により得られた種々の外部情報に基づき、例えば障害物があるときには、GVC、あるいはM+のゲインを大きめに変更する等、ITSに対応した制御切り替え機能が搭載されている。これにより、通常領域での違和感を減らしたセッティングで平常時には稼働し、障害物があるときには緊急回避性能を向上した制御セッティングで制御を稼働することができ、大幅に安全性を向上することができる。さらには、万一障害物情報、先行車情報、後方車情報のいずれかを含む外界情報が得られたときに加減速指令をゼロにして、衝突、追突などを避けるように構成されている。
【0186】
もちろんADASコントローラ901には(図示しないが)、ドライバからのアクセル操作指令、ブレーキ操作指令が入力されており、ドライバからのブレーキ操作指令が入力された場合GVCの加速指令はゼロとなり、ドライバからのアクセル操作指令が入力された場合には、GVCの減速指令はゼロとなるように調整され、ドライバの意思に沿った車両となるようにしている。
【0187】
運動制御ロジックを外部情報が集結するADASコントローラに搭載しているため、このようなきめ細やかな制御が容易に実現できる構成となっている。
【0188】
さて、以下では本発明の第2の実施例を具現化した試験車両を用いて、圧雪路で実際に試験を行った結果を用いて、本発明の優位性を実証していく。
【0189】
図29は、
図27、
図28の構成を具体化した実験車両の概要である。車両は排気量2.5リットルのFRの5速AT車両である。ESCユニットはプレミアム仕様の機種が搭載されている。ADASコントローラ相当の汎用コントローラを用い、GVC指令値とM+指令値をVehicle CANシステムの減速度指令値とモーメント指令値のポートに書き込むような構成とし、ハードウェアの改造は行っていない。CAN通信はESCユニット内の閉じた通信に比べて、通信速度が大幅に遅いというデメリットを持っている。逆に、このような構成で、車両運動上の制御メリットが出るのであれば、
図5の、どの構成においても(CANでつながる、どのコントローラにGVCとM+のロジックを実装しても)制御効果が得られるということを実証できる。これにより、複数の実施形態で本発明で標榜している高品位の運動制御が実現することができ、より多くのドライバに当該技術・装置を提供することができる。
【0190】
ESC内部の車輪速や、横すべり角情報などの状態変数やモーメント、減速などの制御量をモニターすることはできないが、ESC(VDC)が稼働していることを示す、フラグを計測することはできた。このような構成で開発されたソフトウェア、コントローラはハードウェア、ソフトウェアの改造が必要なく、アクチュエータ違いの車両への展開も、容易に可能であり、低コストでの開発が可能となるというメリットがある。
<試験内容>
本発明の第2の実施例を定量的に評価するために、
図30に示すような、以下の3つの試験を実施した。
・Lターン試験
主としてESC開発時における、制御介入・終了タイミング、緩転舵のスロースピンを誘発するような試験形態である。GVCの開発初期段階からドライ、スノーを問わず行ってきた定番のメニューということが出来る。圧雪路の場合、60km/h近辺の進入で、滑らかに、ゆっくりステアを切ってもリアを振り出すような挙動が発生する。ステア舵角入力、各種状態量の計測とともにGPSを用いて軌跡を計測することにより、ライントレース性の評価が可能となる。主として、単純な直角コーナリングを行うための、ドライバ舵角、またそれに対するヨーレイトの応答、位相をみることによりドライバによる当該車両、制御の操縦しやすさなどが評価できる。今回は、このLターンを行うときの進入可能速度と、修正操舵量を評価した。
・レーンチェンジ試験
シングルレーンチェンジは緊急回避を想定した高周波操舵であり、操作追従性(トレース性)と挙動安定性(収束性)を評価するものである。本来は操作のばらつきの少ないテストドライバの評価に基づき、介入タイミングと量のチューニングを行うべきであるが、今回は、単純にレーンチェンジ時の成否についてのみ評価することにした。また、紙面の都合上限られた制御仕様(GVC、ESC、M+搭載(Hybrid+)とESCのみ(ノーマル車両相当)のみの掲載に留める。
・ハンドリングコース試験
数値化できないフィーリングなどの総合的な評価を行う。今回はリスクを冒して最速で走るのではなく、十分にマージンをとって、制御により実現される車両特性に見合った走行を心がけた。
<供試制御内容>
今回は、ESC、GVCとM+制御があるので、それぞれのON/OFF、すなわち2^3=8種類の制御評価を行った(
図31)。実際にはESCを搭載しない車両を製品化することは(法規上でも)無いが、ドライバの責任の範囲でOFFする場合もあるため、ESC OFFとの組み合わせも試験を行った。また、この中で、(d)は、GVCがON、ESCがONでM+がOFFである。この構成の場合、GVC指令は別コントローラからCAN信号としてESCに送信され、SCの介入閾値などは、変更していないので、シームレスな制御が構築されていない。したがって(d)別コントローラHybrid制御と記す。
【0191】
実際に最も重要な比較は、全制御あり(本発明のHybrid+制御)ケース(a)と、ノーマル車両相当のケース(b)である。ケース(a)が本発明の第2実施例にて実現できる最良の形態イメージである。
<実車試験結果>
・Lターン試験結果
図32から
図35までに、
図31のケース(a)から(h)についてのLターン試験結果を示す。それぞれの評価ポイントについて、記載する。
(1)舵角とヨーレイトの時系列データ
舵角変化に伴いヨーレイトがどのように変化していくかが評価できる。例えば舵角が少ない範囲では、ほぼ線形的な呼応関係があるが、舵角が大きくなると、この関係からの乖離が現れる。また、舵角が概ね100度を超えると、ギア比の関係で前輪の横すべり角も6度を超えるため、非線形特性が表れるようになる。舵角変化とヨーレイト変化の関係から操縦性を見てとることができる。
(2)舵角とヨーレイトのリサージュ波形初速度
上記と近いが、舵角に対するヨーレイトの線形性をみることができる。また、Lターン中の操舵範囲が明確となり、これが正の範囲内となることが目標である。操縦性を確保するためには、第一象限に斜めの一本の線になることが望ましい。
(3)前後・横加速度とESC、M+フラグ
横加速度の増加状況で、コーストレース性の優劣が比較できる。もちろん早く横加速度が立ち上がった方が、トレース性が高い。いつまでも横加速度が立ち上がってこないと、ドライバは操舵角を増やし続けるしかない。GVCが稼働している際には横運動に連係して減速度が発生することがわかる。また、ここでそれぞれの制御のフラグにて、横加速度が低下(加加速度が負)のときに制御が稼働しているか否かがわかる。
(4)“g-g” Diagram
前後と横の加速度の連係がわかる。曲線状になめらかに遷移することが望ましい。
(5)車速推移
どのタイミングで速度が低減されているのかがわかる。また、Lターン進入時の初速度がわかる。
(6)車両経路
もちろん、うねることなく直角にコースをたどれる方が良い。
【0192】
以下、それぞれのケースについて他と比較しながら評価を述べていく。ただし、ESCのみのケースはコースを逸脱した進入速度55km/hの実験結果とし、他は60km/hとした。
(a)Hybrid+制御(ESC ON、 GVC ON、 M+ ON)
舵角、ヨーレイトともに小さな範囲内で保たれている。本データは旋回後期にスピンを発生しそうになったケースを選んでいる(モーメント制御稼働を見るため)。舵角vsヨーレイトは第一象限に保たれており、マイナス方向の修正操舵は無く、線形性も保たれている。ヨーレイト急増が起こっても的確にM+制御とESCで止められているため、ドライバによるカウンターステアがほとんど行われていない。経路もきれいに直角にLターンをまわっている。
(b)ノーマルESCつき車両相当(ESC ON、 GVC OFF、 M+ OFF)
いわゆるスロースピン状態となっている。舵角を増やしてもヨーレイトが立ち上がらないため、コースに沿うためどんどん舵角を増加していき、そのうちに、ヨーレイトが止まらなくなり、急いでマイナス方向まで修正操舵を行っている。修正操舵がマイナス方向になるまで、ESCは稼働せず、結果として左右にふられる運動となってしまった。操舵角に対するヨー応答の線形性は、特に戻し側に大きな位相差を生じて、扱いづらい特性となっている。最初に大舵角(150度近く)を必要とする時点で、修正操舵の遅れなども引き起こしているものと思われる。
(c)GVC・オフ(ESC ON、GVC OFF M+ ON)
GVCが入っていないことにより、(b)ノーマルESCつき車両相当と同様に舵角に対してヨーレイトが着いてこないため舵角が徐々に増加し、その後逆方向にまで修正操舵を加えることになっている。M+制御のおかげで、負の修正操舵量が(b)より少なくなっている(−150度→−110度)。
(d)別コントローラHybrid制御(ESC ON、 GVC ON、 M+ OFF)
GVCにより旋回初期の舵角は減らすことが出来た(100度以下)が、後半でのオーバーステアをESCのみでは止めきれず、結果としてヨーレイトの反転を発生させてしまっている。舵角が少ないためふらつきは(b)、(c)に比べて少ない。すなわち、別コントローラからGVCの指令を通信速度の遅いCAN信号で送信する構成であっても、明確にGVCの効果を発揮でき、ESCのみに比較して有意性をもつことを示している。
(e)GVC&M+(ESC OFF、GVC ON M+ ON)
GVCにより旋回初期の舵角は低減され、ヨーレイトの立ち上がりも良く、かつモーメントにより後半も安定化されており、舵角 vs ヨーレイトのリサージュ波形もほぼ線形で、行きと帰りで同じところを通っており、低摩擦路を感じさせない運転となっている。また、”g-g”ダイアグラムも曲線的な動きであり、好適なフィーリングを実現できている。このことは、ESCが稼働するまでの範囲では高品質な制御が期待できるということであり、狙い通りの制御性能が実現できていることが分かる。
(f)GVCのみ(ESC OFF、GVC ON M+ OFF)
旋回初期は良いが、やはり後半でリアを振り出してしまい、結果として逆方向まで修正操舵が発生している。操舵速度も若干遅めで、GVCによる減速度が大きく出てないために、車速が(e)に比べて高い。
(g)モーメントのみ(ESC OFF、GVC OFF M+ ON)
やはり舵がきかないため、操舵角が大きくなりすぎて後半にリバースしている。
(h)コントロールなし(ESC OFF、GVC OFF M+ OFF)
制御が入っていないということで、用心した運転となって、舵角の増加は比較的少なめである。後半でのリバースも普通に発生している。復元のためのモーメント制御が入らないため、(g)より僅かに大きめの修正を行っている。
【0193】
以上の結果より、GVCによりアンダーステアを押さえて舵角を減らし、その後にM+によりオーバーステアを低減するというコンセプトが具現化で来ていることが確認できた。ESCと本制御(GVC&M+)を組み合わせることにより、通常のESCに比べ、進入速度を10%向上させ安全マージンを稼ぎ、マイナス方向の修正操舵を無くすことができ、操縦性と安定性を向上できることを確認できた。
<レーンチェンジ試験結果>
レーンチェンジ試験結果はLターンで述べた運動性能を反映する結果となったので、Hybrid+制御(ESC ON、 GVC ON、 M+ ON)と(b)ノーマルESCつき車両相当のみを掲載する(
図36)。初速度はメータ読みで60km/hである。
(a)Hybrid+制御(ESC ON、 GVC ON、 M+ ON)
2次切り戻しで若干リアがリバース側の挙動を示すが、ほとんど問題なくレーンチェンジできる。
(b)ノーマルESCつき車両相当(ESC ON、 GVC OFF、 M+ OFF)
(a)に比べ、横移動性能が低く、長い間大きな舵角を切っておく必要があり、この間にヨーレイトが振動的になっている(車両固有振動数近辺)。このため、2次側では修正操舵も同様な周波数となり、DIS(Driver Induced Oscillation)状態となっている。(a)は横移動ができるため即座に切り戻し、車両固有振動を発生させずに、結果としてレーンチェンジに成功している。
<ハンドリング路走行試験結果>
図37に(a)Hybrid+制御(ESC ON、 GVC ON、 M+ ON)と(b)ノーマルESCつき車両相当(ESC ON、 GVC OFF、 M+ OFF)について、ハンドリング路を走行した時のデータを示す。それぞれ、十分にマージンをとって、制御により実現される車両特性に見合った走行を心がけた。この結果、それぞれの車速にあるように、(a)のほうが、平均車速が5km/h以上高く、速度差も大きく、メリハリのある運転となった。(a)においては、速度が高いにも関わらず、ESCが稼働したのは、45秒近辺と98秒近辺の2か所のみであった。特に98秒近辺は、氷結した下り・逆バンクコーナーであり、結果的にはほとんどESCは作動していない。“g-g” ダイアグラムを見ると(b)に比べて、広い範囲でまんべんなく前後、横加速度を発生で来ていることが分かる。
【0194】
複数のドライバ(3人)で評価したが、(a)の仕様は、(b)に比べてフィーリングが良かった。(b)の仕様は、コーナー入口で操舵が効きにくく、操舵角をおそるおそる切る必要があり、また滑りだすとESCにより唐突な減速があるためと考えられる。もちろんその他の仕様(h)制御無し、(d)モーメントのみOFF(別コントローラHybrid制御)、Lターンでフィーリングの良かった(e)GVC&M+でも走行を行ったが、紙面の都合上、割愛する。
【0195】
それぞれの制御仕様のフィーリングを見える化にするために、
図38に示すような、“Jx-Jy”ダイアグラム(前後加加速度 vs 横加加速度)と、新たに考案した“δ
_dot-r
_dot”(舵角速度 vs ヨー角速度)ダイアグラムを描いてみた。
【0196】
加加速度の分布図は、前後運動と横運動の連係度合いを明示するものと考えられ、乗り心地のいい状況は、原点近辺に状態量が集まっている状況である。もちろん(a)は、(b)よりも平均速度が高いため、比較条件は良くないが、
図38に示す通り、(b)のノーマル車両よりも原点への集中度が高い。また、フィーリングが良かった(e)GVC&M+も(b)に比べ原点への集中度が高い。これは、ESCを稼働させない限界手前の範囲においては、(a)と同様な制御が期待できるからである。
【0197】
さらに(d)モーメント・オフ(別コントローラHybrid制御)は、(b)に比べてもある程度原点に集中しているが、第一象限に輪のような軌跡(複数回通っている)が見られる。すなわち、横運動と前後運動が唐突に起きている部分があるということである(連係はしている)。さて、今回新たに考案したM+(モーメント・プラス)制御の評価を“δ
_dot-r
_dot”ダイアグラムで見てみる。このダイアグラムにおいても原点から遠くにあり、特に第2象限、第4象限にあると、車両制御が困難となる、と考えられる。理想的には原点を通る右肩上がりの線上(傾きをKとする)に、また原点近くに集まると運転がしやすいと考えられる。Kは運動中の、単位当たりの舵角量に対する瞬時ヨーレイトゲイン(dr/dδ)と考えられるからである(数31)。
【0198】
【数31】
【0199】
これが各運動状態において一定であるということは、扱いやすいクルマであると言える。(d)のモーメント・オフ(別コントローラHybrid制御)では、(a)(e)に比べて、この傾きが大きなことが見て取れる。すなわち、少し操舵に対してピーキーな特性を有していると見てとれる。これは、復元モーメントの低下を補うための制御が無いためと思われ、M+制御の有効性を実証する結果と考えられる。
【0200】
以上のように、ハンドリング路試験結果を用いて、操縦安定性・フィーリング評価を2種類のダイアグラムを用いて行い、それぞれの効果を力学的な観点から定量的に評価できた。これによりGVCとM+制御の有効性が確認できた。これらの制御は、減速度入力ポートとモーメント入力ポートを持つESCに、ADASコントローラ相当から指令を送ることにより、実現できる。ノーマルESCつき車両を、無改造で大幅に性能向上できるため、複数の実施形態で高品位の運動制御が実現することができ、より多くのドライバに当該技術・装置を提供することができる(
図39)。
【0201】
以上、横滑り情報にもとづくヨーモーメント制御(ESC)、横加加速度に基づく加減速制御(G-Vectoring)、そしてこれらを組み合わせた制御(Hybrid制御)について言及し、ハードウェア上の制約から過渡状態から限界領域までの「乗り継ぎ制御」が必要であることを示し、横加加速度に基づくヨーモーメント制御(モーメント・プラス:M+)について、その技術的背景、実現方法など基本的な考え方を示し、これら、ESC、GVC、M+の3つのモードを有する車両運動制御(Hybrid+)の有効性について示した。
【0202】
さらに、2例の実施例、実車試験結果を用いて本発明の有効性を述べてきた。実車試験結果では、比較的通信速度の低い車両CANを用いたシステム構成においても、十分な効果が得られることを示し、複数のコントローラ間をCAN信号にて接続したシステム構成においても、本発明で標榜する高品位の操縦性と安定性を有する車両運動制御が実現できることを実証した。
【0203】
本発明によると、これまで、ESCに組み込む以外に方法が無かった操縦性、安定性、さらには乗心地の向上が図れる車両の運動制御(G-VectoringとESC(DYC)のHybrid制御)に、両者の乗り継ぎのモーメント制御(M+)を加えることにより、少なくとも通信で接続されたコントローラにG-VectoringとM+を搭載し、ESCへと通信で指令を送ることにより、Hybrid+制御が実現できる。このことは複数のハードウェアの実施形態で、より多くのドライバに当該技術・装置を提供することができることを示している。