(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を図面に示した実施の形態をもって説明するが、本発明は、図面に示した実施の形態に限定されるものではない。
【0013】
図1は、本発明の実施形態である銀ナノ粒子の製造方法を表す模式図である。
図1に示すように、本実施形態の製造方法は、大きく分けて3つの工程からなる。以下、順を追って説明する。
【0014】
(第1の工程)
第1の工程では、出発溶液として、晶癖制御剤を含む銀イオン水溶液を調整する。具体的には、水(好ましくは純水、より好ましくは超純水)をよく攪拌しながら、これに銀塩と晶癖制御剤を加えることよって晶癖制御剤を含む銀イオン水溶液を調整する。
【0015】
本実施形態における銀塩は、水溶性の化合物であればよく、本実施形態で用いる銀塩の好適な例として、硝酸銀(AgNO
3)を挙げることができる。ここで、プレート状の銀ナノ粒子の生産性は、第一義的には出発溶液の銀濃度に依存する。この点につき、本実施形態においては、出発溶液の銀濃度を0.2mM以上に設定することができ、目標とする生産性に応じて、0.5mM以上の高濃度に設定することもできる。
【0016】
一方、本実施形態における晶癖制御剤は、銀結晶の(111)面に対して選択的な吸着性を示す化合物であればよく、本実施形態で用いる晶癖制御剤の好適な例としては、低分子有機酸またはその塩を挙げることができる。さらに、低分子有機酸の好適な例としては、2以上のカルボン酸基を有するポリカルボン酸を挙げることができ、さらにその好適な例としては、クエン酸を挙げることができる。
【0017】
なお、上述した銀塩ならびに晶癖制御剤は、いずれも、適切な濃度に調整した水溶液の形で水に添加することが好ましい。
【0018】
(第2の工程)
続く第2の工程では、上述した手順で調整した出発溶液をよく攪拌しながら、これに還元剤を添加する。添加された還元剤により、出発溶液中の銀イオンが還元され、非常に微小な銀の結晶が形成される。本実施形態における還元剤は、銀イオンを金属銀に還元することができる化合物であればよく、銀の酸化還元電位(+0.799)に見合った適切な還元剤を用いることができる。本実施形態で用いる還元剤の好適な例としては、水素化ホウ素金属塩を挙げることでき、さらにその好適な例としては、テトラヒドロホウ酸ナトリウム(NaBH
4)を挙げることができる。なお、還元剤は、氷温で適切な濃度に調整した水溶液の形で晶癖制御剤を含む銀イオン水溶液に添加することが好ましい。
【0019】
(第3の工程)
続く第3の工程では、上述した手順で得られた微小な銀結晶を含む水分散液をよく攪拌しながら、これに酸化剤を添加する。本実施形態における酸化剤は、金属銀を酸化して再イオン化することができる化合物であればよく、銀の酸化還元電位(+0.799)に見合った適切な酸化剤を用いることができる。本実施形態で用いる酸化剤の好適な例としては、過酸化水素(H
2O
2)を挙げることができる。なお、酸化剤は、適切な濃度に調整した水溶液の形で微小な銀結晶を含む水分散液に添加することが好ましい。
【0020】
なお、第3の工程では、後述するオストワルド熟成を進行させるために、一定レベルの銀イオンが反応系に終始にわたって安定的に供給されることが求められる。そのため、第3の工程では、微小な銀結晶を含む水分散液をよく攪拌しながら、酸化剤を複数回に分けて間欠的に添加する、あるいは、添加流量を制御しながらの酸化剤を連続添加するなどして、水分散液中における金属銀の溶解度を適時最適化することが望ましい。
【0021】
以上、説明した第1〜第3の工程を経て、主成分としてプレート状の銀ナノ粒子を高濃度で含む銀コロイド分散液が得られる。
【0022】
なお、本実施形態においては、上述した第1の工程における銀イオンと晶癖制御剤の濃度、第2の工程における添加する還元剤の量、攪拌効率、反応温度などのパラメータを適切に設定することによって、最終生成物におけるプレート状の銀ナノ粒子のサイズを制御することができる。この理由については後述する。また、本実施形態においては、上述した晶癖制御剤のカルボン酸基を解離した状態に維持することが望ましく、上述した全工程にわたって、反応系のpHを4以上とすることが望ましい。
【0023】
以上、説明したように、本実施形態によれば、プレート状の銀ナノ粒子を高い生産性および高い再現性をもって製造することができる。また、本実施形態においては、分散剤としての機能を兼ね備える晶癖制御剤(例えば、クエン酸)を使用するため、分散剤の用途で他の化合物を追加する必要がなく、その結果、最終生成物(プレート状の銀ナノ粒子を含む水分散液)における不要な有機物の混入を最小限に抑えることができる。
【0024】
以上、本実施形態の銀ナノ粒子の製造方法につき、各工程の手順を中心に説明してきたが、以下では、本発明の理解を深めるために、本発明におけるプレート状の銀ナノ粒子の形成機構について説明する。
【0025】
図2は、プレート状の銀ナノ粒子が選択的に得られる機構について本発明者が立てた仮説を説明するための概念図である。以下では、
図1および
図2を同時に参照しながら、各工程に沿って、プレート状の銀ナノ粒子の形成機構を説明する。
【0026】
従来法では、出発水溶液中に分散剤としてポリビニルピロリドン(PVP)を添加していたが、本発明では、分散剤としての機能を兼ね備える晶癖制御剤を使用するため、第1の工程では、出発溶液にPVPなどの高分子成分を添加しない。
【0027】
続く第2の工程では、出発溶液(晶癖制御剤を含む銀イオン水溶液)に対して還元剤が添加されると、
図2(a)に示すように、水溶液中の銀イオンが還元されて数ナノオーダー程度の非常に微小な金属銀の結晶が形成される。このとき、
図2(b)に示すように、微小な金属銀の結晶の形成とほぼ同時に水分散中で当該結晶同士の衝突・合体が起き、後にプレート状の銀ナノ粒子に成り得る微結晶(平行二重双晶10)がある確率で形成される。
図2(b)に拡大して示すように、微小な銀の平行二重双晶10は、銀結晶の(111)面に平行で、且つ、互いに平行な2つの双晶面(面欠陥)を有しており、その主平面は(111)面で、銀の結晶構造が面心立方であることから、結晶学的にその側面の一部に(100)面が必ず露出する。
【0028】
そして、平行二重双晶10が形成されると、その(111)面に晶癖制御剤12が直ちに吸着して、(111)面に垂直な方向、すなわち主平面の結晶成長を阻害する。一方、側面に存在する(100)面における晶癖制御剤12の吸着量は、(111)面に比較してより少ないため、結晶成長の阻害効果がより弱く、その結果、平行二重双晶10を核とする銀結晶は、ほぼ側面方向にのみに異方成長することとなる。
【0029】
続く第3の工程では、酸化剤が添加されると、水分散液中における金属銀の溶解度が増し、微小な銀結晶の一部が溶け出す(再イオン化する)。このとき、上述したように金属銀の溶解度が適時最適化された環境下では、オストワルド熟成が進行し、大きめの結晶はより大きくなり、小さめの結晶はより小さくなる。
【0030】
ここで、第3の工程の開始時を考えると、第2の工程で形成された平行二重双晶10は、その側面の(100)面が晶癖制御剤12の作用を受けないため、混在する他の微小な銀結晶に対して成長速度にアドバンテージを持ち、第3の工程の初期において、他の銀結晶よりも早くサイズが大きくなる。このようにして、一旦、平行二重双晶10と他の微小結晶との間にサイズ差が生じると、オストワルド熟成は、金属銀の溶解度が保たれる限りその原理にしたがって加速され、
図2(c)に示すように、よりサイズの大きな平行二重双晶10由来のプレート状の結晶が選択的に成長する。その結果、
図2(d)に示すように、主平面の長径のサイズが増大化したプレート状の銀ナノ粒子20が主成分として生き残る。
【0031】
さらに、第3の工程の後期においては、サイズの異なるプレート状の銀ナノ粒子20の間でオストワルド熟成が進んでいわば過熟成の状態となり、最終的に、100%に近い個数比率でサイズの揃ったプレート状の銀ナノ粒子20が最終生成物として得られる。
【0032】
以上、本発明におけるプレート状の銀ナノ粒子の形成機構について説明したが、本機構では、第2の工程が終了した時点の全微小結晶に対する平行二重双晶10の個数比率が最終生成物におけるプレート状の銀ナノ粒子20のサイズを決定する第一義的な要因となる。つまり、平行二重双晶10の個数比率が高くなるほど、最終生成物におけるプレート状の銀ナノ粒子20のサイズは小さくなり、平行二重双晶10の個数比率が低くなるほど、最終生成物におけるプレート状の銀ナノ粒子20のサイズは大きくなる。
【0033】
そして、第2の工程が終了した時点の全微小結晶に対する平行二重双晶10の個数比率は、第1の工程における銀イオンおよび晶癖制御剤の濃度、第1の工程における銀イオンと晶癖制御剤のモル比、第2の工程において添加する還元剤の量、反応温度、攪拌効率などの条件に影響を受けて、数%から数十%の範囲で変動する。つまり裏を返せば、これらの条件を適切に制御することによって、平行二重双晶10の個数比率を制御することができ、その結果として、狙ったサイズのプレート状の銀ナノ粒子を得ることができる。
【0034】
以上、本発明におけるプレート状の銀ナノ粒子の形成機構(仮説)について説明してきたが、この仮説に照らせば、従来法における問題点を以下の観点から説明することができる。
【0035】
第1に、従来法では、出発溶液にポリビニルピロリドン(PVP)を分散剤として添加しているが、PVPは、銀の結晶の(100)面に吸着し易く、このことがプレート状の銀ナノ粒子の厚みを増大化させるとともに、上述した第3の工程におけるオストワルド熟成の進行を阻害する要因となる。
【0036】
第2に、従来法では、出発溶液中に、クエン酸と過酸化水素が同時に混在しているが、このような状況では、銀イオンを還元させる以前に、過酸化水素がクエン酸を時々刻々と酸化分解してしまうので、期待する晶癖制御剤の効果が得られない。
【0037】
第3に、従来法では、還元剤(テトラヒドロホウ酸ナトリウム)の添加によって銀イオンを還元して種結晶(平行二重双晶)を形成する工程において、反応系に還元剤と酸化剤(過酸化水素)が同時に混在することから、還元剤の機能が過酸化水素によって相殺される。その結果、反応系の銀還元能力は極めて不安定な状態となり、後にプレート状の銀ナノ粒子に成り得る平行二重双晶の形成を制御することが非常に困難になる。
【0038】
第4に、従来法では、過酸化水素(酸化剤)が出発溶液において添加されるのみであり、加えて、その過酸化水素は、上述したオストワルド熟成を進行させる工程に至る以前に、反応系に混在する有機物(クエン酸およびPVP)の酸化分解によって相当に消費されることから、オストワルド熟成を過熟成の状態まで進行させることが非常に困難になる。
【0039】
以上、従来法における問題点を説明してきたが、本発明者は、これらの問題点に鑑みて従来法を再構築した結果、プレート状の銀ナノ粒子をこれまでにない高濃度で再現性良く製造することに成功し、同時に、再構築した製造方法がスケールアップの容易性を備えていることを発見して、本発明に至ったものである。
【0040】
以上、本発明のプレート状の銀ナノ粒子の製造方法について説明してきたが、その用途としては、試薬(特に、診断薬(バイオセンサー)、表面増強ラマン分光法等の光学的分光法における増感剤)、塗料、帯電防止フイルム、導電性フイルム、反射防止フイルム、抗菌フイルム、触媒担体フイルムなどが知られている。また、プレート状の銀ナノ粒子を含む薄膜は、光をトラップする機能を有することから、太陽電池等の光電変換素子の受光面にプレート状の銀ナノ粒子を含む薄膜を形成することにより光電変換率を向上させることができる。具体的には、色素増感型太陽電池に対しては、その色素の光吸収バンドに応じてLSPRがチューニングされたプレート状の銀ナノ粒子を薄膜に内包させ、有機薄膜型太陽電池に対しては、そのp型半導体の光吸収バンドに応じてLSPRがチューニングされたプレート状の銀ナノ粒子を薄膜に内包させることで、その電場増強効果により光電変換率を向上させることができる。
【0041】
なお、これまで本発明を銀ナノ粒子の製造方法の実施形態をもって説明してきたが、本発明の適用範囲は銀に限定されるものではなく、例えば、銅、金、プラチナ、パラジウム、ロジウムなどその他の貴金属に上述したのと同様の方法を適用することにより、プレート形状の金属ナノ粒子製造することができる。その他、当業者が推考しうる実施態様の範囲内において、本発明の作用・効果を奏する限り、本発明の範囲に含まれるものである。
【実施例】
【0042】
以下、本発明の銀ナノ粒子の製造方法について、実施例を用いてより具体的に説明を行なうが、本発明は、後述する実施例に限定されるものではない。
【0043】
<銀ナノ粒子水分散液の作製>
以下の手順で銀ナノ粒子を作製した。なお、使用した全ての試薬は、和光純薬工業社製の特級グレードのものである。
【0044】
超純水160mlを攪拌しながら、これに500mMクエン酸三ナトリウム水溶液3.38mlおよび500mM硝酸銀水溶液225μlを順次加えて出発溶液を調製した(出発溶液の銀濃度=0.68mM)。次に、調製した出発溶液を攪拌しながら、これに氷温で調整した600mMテトラヒドロホウ酸ナトリウム水溶液1.13mlを還元剤として加えた。その結果、薄黄色に発色した銀ナノ粒子水分散液を得た(以下、この水分散液をサンプル1として参照する)。
【0045】
サンプル1と同様の水分散液を作製し、これに対して、30%過酸化水素水5.4mlを加えて1時間攪拌した。その結果、茶褐色に発色した銀ナノ粒子水分散液を得た(以下、この水分散液をサンプル2として参照する)。
【0046】
サンプル1と同様の水分散液を作製し、これに対して、30%過酸化水素水5.4mlを加えて1時間攪拌するという工程を2回繰り返して行った。その結果、紫色に発色した銀ナノ粒子水分散液を得た(以下、この水分散液をサンプル3として参照する)。
【0047】
サンプル1と同様の水分散液を作製し、これに対して、30%過酸化水素水5.4mlを加えて1時間攪拌するという工程を3回繰り返して行った。その結果、藍色に発色した銀ナノ粒子水分散液を得た(以下、この水分散液をサンプル4として参照する)。
【0048】
<銀ナノ粒子水分散液の吸収スペクトル測定>
分光光度計(V-570UV/Vis/NIR,日本分光社製)を用いて、上述した手順で作製したサンプル1〜4の吸収スペクトルを測定した。なお、測定において、セル長を2mmとし、超純水をリファレンスとして、サンプルを希釈せずに測定を行った。
図3は、サンプル1〜4の吸収スペクトル測定結果をまとめて示す。
【0049】
サンプル1のスペクトル曲線に着目すると、プレート状の銀ナノ粒子に由来する吸収バンドが345nm付近と490nm付近に現れる一方で、非プレート状銀ナノ粒子に由来する吸収バンドが420nm付近に現れていた。このことから、サンプル1において、プレート状の銀ナノ粒子と非プレート状の銀ナノ粒子が混在していることがわかった。
【0050】
次に、サンプル2のスペクトル曲線に着目すると、420nm付近に現れた吸収バンドのピークがサンプル1のそれよりも小さくなっていた。このことから、サンプル2における非プレート状の銀ナノ粒子の数がサンプル1におけるそれよりも減少したことがわかった。一方、サンプル1において490nm付近に現れていた吸収バンドは、サンプル2においては、650nm付近にシフトし、且つ、そのピークが増大していた。このことから、サンプル2におけるプレート状の銀ナノ粒子の長径がサンプル1におけるそれより増大していることがわかった。
【0051】
次に、サンプル3のスペクトル曲線に着目すると、420nm付近に現れた吸収バンドのピークがサンプル2のそれよりもさらに小さくなっていた。このことから、サンプル3における非プレート状の銀ナノ粒子の数がサンプル2におけるそれよりもさらに減少したことがわかった。一方、サンプル2において650nm付近に現れていた吸収バンドは、サンプル3において720nm付近にシフトし、且つ、そのピークが増大していた。このことから、サンプル3におけるプレート状の銀ナノ粒子の長径がサンプル2におけるそれよりもさらに増大していることがわかった。
【0052】
次に、サンプル4のスペクトル曲線に着目すると、これまで420nm付近に現れていた吸収バンドが完全に消失していた。このことから、サンプル4において非プレートの状銀ナノ粒子が消失したことがわかった。一方、サンプル3において720nm付近に現れていた吸収バンドは、サンプル4において750nm付近にシフトし、且つ、そのピークが増大していた。このことから、サンプル4におけるプレート状の銀ナノ粒子の長径がサンプル3におけるそれよりも増大し、且つ、サンプル4がサイズの揃ったプレート状銀ナノ粒子のみを含むものとなったことがわかった。
【0053】
サンプル4について2mmのセル長で測定した750nmのピークの吸光度は「1.35」であり、1cmのセル長に換算すると「6.75」となる。この値は、従来法で生成したプレート状の銀ナノ粒子を主成分とするコロイド分散液の吸光度の約7倍に相当するものであり、プレート状の銀ナノ粒子を主成分とするコロイド分散液がこれほどの高濃度で得られたという報告はこれまでにない。
【0054】
上述したのと同じ条件で実験を繰り返し行ったところ、最終生成物のコロイド分散液に含まれるプレート状の銀ナノ粒子の濃度およびサイズ分布について高い再現性が認められた(最大吸収波長で±10nm以内)。
【0055】
さらに、上述した条件を約10倍にスケールアップして実験を行ったところ、最終生成物のコロイド分散液(液量にして2.5リットル)に含まれるプレート状の銀ナノ粒子の濃度およびサイズ分布について同様の再現性が認められた。以上の結果から、本発明の製造方法が工業化に対応し得ることが示唆された。