(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照して、本発明の一実施形態に係る積層型PTCサーミスタ素子について説明する。
【0012】
(はじめに)
まず、以下の説明の便宜のため、
図1A,
図1Bに示すX軸、Y軸およびZ軸を定義する。X軸、Y軸およびZ軸は、積層型PTCサーミスタ素子1の左右方向、前後方向および上下方向を示す。
【0013】
(PTCサーミスタ素子の構成)
図1Aには、表面実装型の積層型PTCサーミスタ素子1の完成品が例示される。この積層型PTCサーミスタ素子1は、セラミック基体2と、複数の内部電極3と、二個一対の外部電極4a,4bと、第一メッキ膜5a,5bと、第二メッキ膜6a,6bとを備える。
【0014】
セラミック基体2は、正の温度特性を有しており、例えばBaTiO
3(チタン酸バリウム)に所定の添加物が加えられたセラミック材料からなる。ここで、添加物は、希土類であり、典型的にはSm(サマリウム)である。これ以外にも、Nd(ネオジム)またはLa(ランタン)等を添加物として用いることが可能である。
【0015】
セラミック基体2は、
図1Bに示すように、複数のセラミック層21を上下方向に積層することで得られる積層体であり、例えば、左右方向に長い略直方体形状を有する。セラミック基体2が2012サイズの場合、その左右方向長さの設計目標値Lは例えば2.0[mm]で、前後方向幅の設計目標値Wは例えば1.2[mm]で、高さ方向厚さの設計目標値Tは例えば1.0[mm]である。ここで、L、WおよびTは、必ずしも正確に2.0[mm]、1.2[mm]および1.0[mm]となるわけではなく、公差を持っている。
【0016】
本実施形態では、セラミック基体2は、下記の条件(A),(B)を満たすように作製される。
【0017】
(A)セラミック基体2の平均磁器粒径dは、0.3[μm]以上、1.2[μm]以下である。ここで、下限値が0.3[μm]とされるのは、これ未満の平均磁器粒径のセラミック基体2を製造することは難しいからである。上限値の1.2[μm]は、本件発明者による実験結果(詳細は後述)に基づき規定される。
【0018】
(B)セラミック基体2の相対密度Rの下限値は70[%]であり、該相対密度Rの上限値Lは、平均磁器粒径dの関数であり、L=−6.43d+97.83[%]である。
【0019】
詳細は後述するが、セラミック基体2の相対密度Rが上限値Lを超えると、粒界が大きくなるため耐電圧が悪化する。また、下限値の70%を下回ると、室温比抵抗が大きくなる。換言すると、上記条件(A),(B)を満たさないと、積層型PTCサーミスタ素子は、低い室温比抵抗および高い耐電圧を両立できなくなる。
【0020】
複数の内部電極3のそれぞれは、例えばNi(ニッケル)のような金属材料からなり、セラミック基体2の内部に形成される。
図1A,
図1Bの例では、複数の内部電極3のいくつかは左側の内部電極群3aを構成し、残りの内部電極3は右側の内部電極群3bを構成する。内部電極群3aの内部電極3はそれぞれ、セラミック基体2の左端面に引き出され、該左端面から右端に向けて延在する。一方、内部電極群3bの内部電極3は、セラミック基体2の右端面に引き出され、該右端面から左端に向けて延在する。また、内部電極群3a,3bは、正面視で上下方向に所定間隔を空けて噛み合うように配置されている。
【0021】
外部電極4a,4bは、例えば、NiCr合金(ニクロム合金)、NiCu合金(ニッケル銅合金)およびAg(銀)からなる。具体的には、外部電極4a,4bには、NiCr合金、NiCu合金およびAgが、下層側から上層側に向けて、この順序で積層されている。外部電極4a,4bは、内部電極群3a,3bと電気的に導通するようにセラミック基体2の左端面上および右端面上に形成される。
【0022】
また、第一メッキ膜5a,5bは、例えばNiからなり、外部電極4a,4b上に形成される。第二メッキ膜6a,6bは、例えばSn(スズ)からなり、第一メッキ膜5a,5b上に形成される。
【0023】
(積層型PTCサーミスタ素子の製法の一例)
上記積層型PTCサーミスタ素子1の製造工程は、大略的には、下記の第一工程〜第八工程からなる。
【0024】
第一工程は以下の通りである。まず、セラミック基体2の出発原料(つまり素原料)であるBaCO
3、TiO
2、Sm
2O
3の粉末が準備され、次式(1)を満たすように秤量された後、調合される。
(Ba
1-xSm
x)
yTiO
3 …(1)
ここで、xはSmのBaに対する添加量のモル比を示す。また、yは、BaTiO
3系セラミックにおけるBaサイトのTiサイトに対するモル比(Baサイト/Tiサイト)を示す。本実施形態では、xは0.0005〜0.0040であり、yは0.990〜1.005である。
【0025】
本実施形態では、上記三種の出発原料は、狙いの仮焼粉粒径に合うように選定されている。この出発原料の選定および下記の仮焼粉の粒径制御技術により、完成品におけるセラミック基体2の平均磁器粒径dが狙いの値(0.3[μm]以上、1.2[μm]以下)に制御される。
【0026】
次の第二工程では、仮焼粉の粒径制御(微粒化)が行われる。具体的には、まず、第一工程の調合で得られた粉末に純水が加えられる。純水が加えられた粉末は、ジルコニアボールと共に16時間混合および粉砕された後に乾燥させられる。この粉砕物は、約1100℃で2時間の間仮焼され、これによって、仮焼粉が得られる。
【0027】
次の第三工程では、第二工程で得られた仮焼粉に、有機バインダ、分散剤および水が加えられる。これらはジルコニアボールと共に数時間混合され、これによって、セラミックスラリーが得られる。このセラミックスラリーはドクターブレード法等によりシート状に成形された後、乾燥される。その結果、セラミックグリーンシートが得られる。このシート(つまりは、焼成前のセラミック層21)の厚さは例えば30〜60[μm]である。
【0028】
次の第四工程では、Ni金属粉末と有機バインダとが有機溶剤内に分散させられ、これによって、Ni内部電極用導電性ペーストが生成される。この導電性ペーストを用いてスクリーン印刷により、セラミックグリーンシートの主面上に内部電極3用のパターンが印刷される。ここで、焼結後の厚さが0.5〜2.0[μm]になるようにパターンが印刷される。この第四工程により、内部電極付セラミックグリーンシートが得られる。
【0029】
次の第五工程では、まず、複数の内部電極付セラミックグリーンシートが積層される。この積層シート材の表裏両面には、内部電極3が印刷されていないセラミックグリーンシートが所定枚数圧着される。これら2種類のセラミックグリーンシートからなる積層シート材は圧着された後、所定サイズのセラミック生チップに切断される。
【0030】
次の第六工程では、上記第五工程で得られたセラミック生チップが大気中で約300℃で約12時間脱脂処理される。その後、脱脂処理済の生チップはN2/H2の還元雰囲気下で、1180℃〜1240℃の温度で2時間焼成される。これによって、セラミック焼結素体が得られる。
【0031】
次の第七工程では、上記第六工程で得られたセラミック焼結素体がガラスコートされた後、大気雰囲気下において約700℃で熱処理される。これにより、セラミック焼結素体にはガラス層が形成され、さらに、セラミック焼結素体が再酸化される。
【0032】
次の第八工程では、再酸化済のセラミック焼結素体がバレル研磨され、その後に、この素体の左右両端面にCr、NiCu、Agの順でスパッタリングにより外部電極4a,4bが形成される。最後に、外部電極4a,4bの表面に、電界メッキにより、まず、Niの第一メッキ膜5a,5bが形成され、その後、第一メッキ膜5a,5b上にはSnの第二メッキ膜6a,6bが形成される。
【0033】
本実施形態の場合、仮焼粉の微粒化は、第一工程および第二工程で行われる。この微粒化により、後工程での再酸化性を高めている。
【0034】
また、還元焼成は第六工程で行われる。本実施形態で、大気焼成ではなく還元焼成が用いられている。還元焼成が用いられるのは、Niのような卑金属の内部電極3を酸化させないためである。ただし、還元焼成のみの場合、セラミック基体2の温度変化に対する抵抗変化が
図2Aの左側に示すように緩慢となる。なお、参考のため、大気焼成の場合は、逆に、
図2Bに示すように急峻となるが、大気焼成では、内部電極3の材料であるNiが酸化してしまう。
【0035】
再酸化は第七工程で行われる。本実施形態では、仮焼粉の微粒化により、
図3Aに示すように、セラミック粒子間の粒界(矢印αで示す)が小さくなるため、セラミック基体2全体に酸素がいきわたりやすくなる。つまり、再酸化性が高まる。この再酸化により、
図2Aの右側に示すように、セラミック基体2の温度変化に対する抵抗変化が急峻になり、PTC特性を向上させることが可能となる。もし、仮焼粉の微粒化をせずに、単に焼結密度を上げるだけでは、
図3Bに示すように、個々のセラミック粒子の粒径が大きくなり、粒界が大きくなる(矢印βで示す)。その結果、再酸化性が悪くなり、良好なPTC特性を得ることが出来なくなる。
【0036】
本件発明者は、以上の製法により、例えば下記条件の積層型PTCサーミスタ素子1を作製した。
セラミック基体3の設計目標値:長さL=2.0[mm],幅W=1.2[mm],厚さT=1.0[mm]
セラミック基体3の材料:BaTiO
3を主成分とする誘電体セラミックス
焼成後のセラミック層21の厚み:24[μm]
内部電極3の材質:Ni
焼成後の内部電極3の厚み:1[μm]
隣接する二個の内部電極3の間の距離:30[μm]
内部電極3の総枚数:24[枚]
外部電極4a,4bの最下層の材質:厚さ0.13[μm]のNiCr合金
外部電極4a,4bの中間層の材質:厚さ1.2[μm]のNiCu合金
外部電極4a,4bの最上層の材質:厚さ0.8[μm]のAg
第一メッキ膜5a,5bの材質:Ni
第二メッキ膜6a,6bの材質:Sn
【0037】
(セラミック基体2の平均磁器粒径と相対密度との関係)
本件発明者は、上記製法の諸条件を変更することで、19種類の完成品(以下、それぞれを試料1〜19という場合がある)を作製し、それぞれのセラミック基体の平均磁器粒径(平均結晶粒径)dを求めた。平均磁器粒径dの定義および求め方は以下の通りである。
【0038】
1個の完成品(積層型PTCサーミスタ素子)をY軸方向に半分の大きさになるまで研磨し、ZX平面に平行な素子断面を露出させる。次に、このサーミスタ素子の断面を、走査電子顕微鏡(日本電子製JSM−7500FA)を用い、加速電圧5[kV]10000倍で観察して、SEM観察像を得る。このSEM観察像における、セラミック基体の中央部であって2個の内部電極間のセラミック部分を、解析装置(旭エンジニアリング社製,IP−1000)を用いて画像解析して、SEM観察像におけるセラミック粒子の面積を求める。そして、この粒子面積と同じ面積を有する円の直径を磁器粒径として算出する。平均磁器粒径dは、観察したSEM画像の視野(約18[μm]平方〜約20[μm]平方)の中に完全に収まっている各粒子径の平均値である。
【0039】
また、本件発明者は、平均磁器粒径dが0.3〜1.2[μm]のセラミック基体それぞれについて相対密度Rを求めた。相対密度の定義は以下の通りである。まず、セラミック基体の重量はごく軽量であるため、1個のセラミック基体では重量を測定することが非常に困難である。それゆえ、10個のセラミック基体の合計重量を電子天秤により測定し、その後、各セラミック基体の長さL’、幅W’および厚さT’を測定した後、10個のセラミック基体の合計体積を求めた。次に、合計重量を合計体積で割ることで基体密度を算出した。相対密度Rは、この基体密度をBaTiO
3の理論密度6.02[g/cm
3]で割り算した値である。なお、密度の測定は、ガラスコート・再酸化処理の前後で密度変化は極小であることから、還元焼成後のセラミック基体を用いて算出したものであり、ガラスコート・再酸化処理する前のものである。また副成分のSm等は極微量であるため、相対密度の算出には便宜上BaTiO
3の理論密度を使用している。
【0040】
また、本件発明者は、試料1〜19の各セラミック基体の室温比抵抗および耐電圧を、電流計(アドバンテスト社製,EKE21−291)および電圧計(アドバンテスト社製,EKE22−251)を用いて測定した。
【0041】
ここで、
図4Aは、試料1〜19について、平均磁器粒径d、相対密度R、室温比抵抗および耐電圧を記載した図である。
図4Aに示すように、試料2〜6,8,11〜16(Goodを意味するGでマークされる)は、30[Ωcm]という低い室温比抵抗と、実用上好ましい値である730[V/mm]という高い耐電圧とを両立している。それに対し、試料1,7,9,10,17〜19(図中、No Goodを意味するNGでマークされる)は、低い室温比抵抗と高い耐電圧を両立できていない。
【0042】
また、
図4Bは、試料2〜6,8,11〜16について、平均磁器粒径dに対する相対密度Rを”■”でプロットしたグラフである。
図4Bによれば、上記のような低い室温比抵抗および高い耐電圧を両立させるためには、上記条件(A)および(B)を満たせばよいことが分かる。なお、
図4Bには、参考のために、NGである試料1,7,9,10,17〜19についても、平均磁器粒径dに対する相対密度Rが”×”でプロットされている。
【0043】
(付記)
上記実施形態では、表面実装型のPTCサーミスタ素子について説明した。しかし、PTCサーミスタ素子のプリント基板への実装方法は、表面実装型に限らず、BGA(BallGrid Array)型でも構わない。
【0044】
また、上記実施形態では、セラミック基体2は2012サイズであるとして、説明した。しかし、これに限らず、セラミック基体2は、3225サイズ、3216サイズ、1608サイズ、1005サイズ、0603サイズ、0402サイズであっても構わない。これら六種のサイズを代表して3225サイズの詳細について説明する。3225サイズに関し、その左右方向長さの設計目標値Lは例えば3.2[mm]で、前後方向幅の設計目標値Wは例えば2.5[mm]である。なお、高さ方向厚さは、特に定義される訳ではないが、好ましくは1.0[mm]以下である。3225サイズに関しても、L、WおよびTは、必ずしも正確に上記数値となるわけではなく、公差を持っている。残り五種類のサイズに関しては、
図5に記載の通りである。
【0045】
また、上記実施形態では、外部電極4a,4bとして、各内部電極3との接合等を考慮して、NiCr合金、NiCu合金およびAgを含む多層構造としていた。しかし、これに限らず、外部電極4a,4bの材料は適宜選択可能であり、例えば、Cr(クロム)、NiCu合金およびAgを含む多層構造であっても構わない。
【0046】
また、上記実施形態では、最上層が銀である外部電極4a,4bとの相性を考慮して、第一メッキ膜5a,5bはNiメッキであり、第二メッキ膜6a,6bはSnメッキとした。しかし、これに限らず、第一メッキ膜5a,5bおよび第二メッキ膜6a,6bの材料は、外部電極4a,4bの材料に応じて適宜選択される。
【0047】
また、上記実施形態では、セラミック素原料として、BaCO
3、TiO
2が使用された。しかし、これに限らず、バリウム源は、炭酸バリウムや水酸化バリウム等のバリウム化合物であれば良い。また、チタン源は、二酸化チタンや水酸化チタン等のチタン化合物であれば良い。
【0048】
また、本出願は、2012年7月25日に日本国特許庁に提出された特許出願2012−164384号に基づき優先権を主張するものであり、その全内容は本出願に参照により取り込まれる。