(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0009】
〔実施例1〕
図1は実施例1の車両の制御装置を表すシステム概略図である。車両には、動力源であるエンジン1と、各輪に摩擦力による制動トルクを発生させるブレーキ20(以下、個別の輪に対応するブレーキを表示するときには右前輪ブレーキ:20FR、左前輪ブレーキ:20FL、右後輪ブレーキ:20RR、左後輪ブレーキ:20RLと記載する。)と、各輪と車体との間に設けられ減衰力を可変に制御可能なショックアブソーバ3(以下、S/Aと記載する。個別の輪に対応するS/Aを表示するときには右前輪S/A:3FR、左前輪S/A:3FL、右後輪S/A:3RR、左後輪S/A:3RLと記載する。)と、を有する。
【0010】
エンジン1は、エンジン1から出力されるトルクを制御するエンジンコントローラ(以下、エンジン制御部とも言う。動力源制御手段に相当)1aを有し、エンジンコントローラ1aは、エンジン1のスロットルバルブ開度や、燃料噴射量、点火タイミング等を制御することで、所望のエンジン運転状態(エンジン回転数やエンジン出力トルク)を制御する。また、ブレーキ20は、各輪のブレーキ液圧を走行状態に応じて制御可能なブレーキコントロールユニット2から供給される液圧に基づいて制動トルクを発生する。ブレーキコントロールユニット2は、ブレーキ20の発生する制動トルクを制御するブレーキコントローラ(以下、ブレーキ制御部とも言う)2aを有し、運転者のブレーキペダル操作によって発生するマスタシリンダ圧、もしくは内蔵されたモータ駆動ポンプにより発生するポンプ圧を液圧源とし、複数の電磁弁の開閉動作によって各輪のブレーキ20に所望の液圧を発生させる。
【0011】
S/A3は、車両のばね下(アクスルや車輪等)とばね上(車体等)との間に設けられたコイルスプリングの弾性運動を減衰する減衰力発生装置であり、アクチュエータの作動により減衰力を可変に構成されている。S/A3は、流体が封入されたシリンダと、このシリンダ内をストロークするピストンと、このピストンの上下に形成された流体室の間の流体移動を制御するオリフィスとを有する。更に、このピストンには複数種のオリフィス径を有するオリフィスが形成され、S/Aアクチュエータの作動時には、複数種のオリフィスから制御指令に応じたオリフィスが選択される。これにより、オリフィス径に応じた減衰力を発生することができる。例えば、オリフィス径が小さければピストンの移動は制限されやすいため、減衰力が高くなり、オリフィス径が大きければピストンの移動は制限されにくいため、減衰力は小さくなる。
【0012】
尚、オリフィス径の選択以外にも、例えばピストンの上下に形成された流体を接続する連通路上に電磁制御弁を配置し、この電磁制御弁の開閉量を制御することで減衰力を設定してもよく、特に限定しない。S/A3は、S/A3の減衰力を制御するS/Aコントローラ3a(減衰力制御手段に相当)を有し、S/Aアクチュエータによりオリフィス径を動作させて減衰力を制御する。
【0013】
また、各輪の車輪速を検出する車輪速センサ5(以下、個別の輪に対応する車輪速を表示するときには右前輪車輪速:5FR、左前輪車輪速:5FL、右後輪車輪速:5RR、左後輪車輪速:5RLと記載する。)と、車両の重心点に作用する前後加速度、ヨーレイト及び横加速度を検出する一体型センサ6と、運転者のステアリング操作量である操舵角を検出する舵角センサ7と、車速を検出する車速センサ8と、エンジントルクを検出するエンジントルクセンサ9と、エンジン回転数を検出するエンジン回転数センサ10と、マスタシリンダ圧を検出するマスタ圧センサ11と、ブレーキペダル操作が行なわれるとオン状態信号を出力するブレーキスイッチ12と、アクセルペダル開度を検出するアクセル開度センサ13と、を有する。これら各種センサの信号は、S/Aコントローラ3aに入力される。尚、一体型センサ6の配置は車両の重心位置でもよいし、それ以外の場所であっても、重心位置における各種値が推定可能な構成であればよく、特に限定しない。また、一体型である必要は無く、個別にヨーレイト、前後加速度及び横加速度を検出する構成としてもよい。
【0014】
図2は実施例1の車両の制御装置の制御構成を表す制御ブロック図である。実施例1では、コントローラとして、エンジンコントローラ1aと、ブレーキコントローラ2aと、S/Aコントローラ3aとの3つで構成されている。S/Aコントローラ3a内には、運転者の操作(ステアリング操作、アクセル操作及びブレーキペダル操作等)に基づいて所望の車両姿勢を達成するドライバ入力制御を行うドライバ入力制御部31と、各種センサの検出値に基づいて走行状態を推定する走行状態推定部32と、推定された走行状態に基づいてばね上の振動状態を制御するばね上制振制御部33と、推定された走行状態に基づいてばね下の振動状態を制御するばね下制振制御部34と、ドライバ入力制御部31から出力されたショックアブソーバ姿勢制御量と、ばね上制振制御部33から出力されたばね上制振制御量と、ばね下制振制御部34から出力されたばね下制振制御量とに基づいて、S/A3に設定すべき減衰力を決定し、S/Aの減衰力制御を行う減衰力制御部35とを有する。
【0015】
実施例1では、コントローラとして、3つのコントローラを備えた構成を示したが、例えば、減衰力制御部35をS/Aコントローラ3aから除外して姿勢制御コントローラとし、減衰力制御部35をS/Aコントローラとして4つのコントローラを備えた構成としてもよいし、各コントローラを全て一つの統合コントローラから構成してもよく特に限定しない。尚、実施例1においてこのように構成したのは、既存の車両におけるエンジンコントローラとブレーキコントローラをそのまま流用してエンジン制御部1a及びブレーキ制御部2aとし、別途S/Aコントローラ3aを搭載することで実施例1の車両の制御装置を実現することを想定したものである。
【0016】
(車両の制御装置の全体構成)
実施例1の車両の制御装置にあっては、ばね上に生じる振動状態を制御するために、3つのアクチュエータを使用する。このとき、それぞれの制御がばね上状態を制御するため、相互干渉が問題となる。また、エンジン1によって制御可能な要素と、ブレーキ20によって制御可能な要素と、S/A3によって制御可能な要素はそれぞれ異なり、これらをどのように組み合わせて制御するべきかが問題となる。
例えば、ブレーキ20はバウンス運動とピッチ運動の制御が可能であるが、両方を行なうと減速感が強く運転者に違和感を与えやすい。また、S/A3はロール運動とバウンス運動とピッチ運動の全てを制御可能であるが、S/A3によって全ての制御を行う場合、S/A3の製造コストの上昇を招き、また、減衰力が高くなる傾向があることから路面側からの高周波振動が入力されやすく、やはり運転者に違和感を与えやすい。言い換えると、ブレーキ20による制御は高周波振動の悪化を招くことは無いが減速感の増大を招き、S/A3による制御は減速感を招くことは無いが高周波振動の入力を招くというトレードオフが存在する。
【0017】
そこで、実施例1の車両の制御装置にあっては、これらの課題を総合的に判断し、それぞれの制御特性として有利な点を活かしつつ、相互の弱点を補完しあう制御構成を実現することで、安価でありながらも制振能力に優れた車両の制御装置を実現するために、主に、以下に列挙する点を考慮して全体の制御システムを構築した。
(1)エンジン1及びブレーキ20による制御を優先的に行うことで、S/A3による制御量を抑制する。
(2)ブレーキ20の制御対象運動をピッチ運動に限定することで、ブレーキ20による制御での減速感を解消する。
(3)エンジン1及びブレーキ20による制御量を実際に出力可能な制御量よりも制限して出力することで、S/A3での負担を低減しつつ、エンジン1やブレーキ20の制御に伴って生じる違和感を抑制する。
(4)全てのアクチュエータによりスカイフック制御を行う。このとき、一般にスカイフック制御に必要とされるストロークセンサやばね上上下加速度センサ等を使用することなく、全ての車両に搭載されている車輪速センサを利用して安価な構成でスカイフック制御を実現する。
(5)S/A3によるばね上制御を行なう際、スカイフック制御のようなベクトル制御では対応が困難な高周波振動の入力に対し、新たにスカラー制御(周波数感応制御)を導入する。
(6)走行状態に応じて、S/A3が実現する制御状態を適宜選択することで、走行状況に応じた適切な制御状態を提供する。
以上が、実施例において構成した全体の制御システムの概要である。以下、これらを実現する個別の内容について、順次説明する。
【0018】
(ドライバ入力制御部について)
まず、ドライバ入力制御部31について説明する。ドライバ入力制御部31は、エンジン1のトルク制御によって運転者の要求する車両姿勢を達成するエンジン側ドライバ入力制御部31aと、S/A3の減衰力制御によって運転者の要求する車両姿勢を達成するS/A側ドライバ入力制御部31bと、を有する。エンジン側ドライバ入力制御部31a内では、前輪と後輪の接地荷重変動を抑制する接地荷重変動抑制制御量、舵角センサ7や車速センサ8からの信号に基づいて運転者の達成したい車両挙動に対応するヨー応答制御量を演算し、エンジン制御部1aに対して出力する。
S/A側ドライバ入力制御部31bでは、舵角センサ7や車速センサ8からの信号に基づいて運転者の達成したい車両挙動に対応するドライバ入力減衰力制御量を演算し、減衰力制御部35に対して出力する。例えば、運転者が旋回中において、車両のノーズ側が浮き上がると、運転者の視界が路面から外れやすくなることから、この場合にはノーズ浮き上がりを防止するように4輪の減衰力をドライバ入力減衰力制御量として出力する。また、旋回時に発生するロールを抑制するドライバ入力減衰力制御量を出力する。
【0019】
(S/A側ドライバ入力制御によるロール制御について)
ここで、S/A側ドライバ入力制御部31bによって行われるロールレイト抑制制御について説明する。
図3は実施例1のロールレイト抑制制御の構成を表す制御ブロック図である。横加速度推定部31b1では、舵角センサ7により検出された前輪舵角δfと、車速センサ8により検出された車速VSPとに基づいて横加速度Ygを推定する。この横加速度Ygは、車体プランビューモデル(平面2輪モデル)に基づいて以下の式より算出される。
Yg=(VSP
2/(1+A・VSP
2))・δf
ここで、Aは、車両の諸元により定まる所定値である。
尚、平面2輪モデルは以下の式で表される。
(式1)Yg=VSP・γ
(式2)
ここで、車両重心点の横滑り角をβ、前後輪タイヤのコーナリングパワーをそれぞれKf,Kr、車両重心位置から前輪までの距離をLf、車両重心位置から後輪までの距離をLr、車両の慣性質量をMとする。
【0020】
90°位相進み成分作成部31b2では、推定された横加速度Ygを微分して横加速度微分値dYgを出力する。第1加算部31b4では横加速度Ygと横加速度微分値dYgとを加算する。90°位相遅れ成分作成部31b3では、推定された横加速度Ygの位相を90°遅らせた成分F(Yg)を出力する。第2加算部31b5では、第1加算部31b4において加算された値にF(Yg)を加算する。ヒルベルト変換部31b6では、加算された値の包絡波形に基づくスカラー量を演算する。ゲイン乗算部31b7では、包絡波形に基づくスカラー量にゲインを乗算し、ロールレイト抑制制御用のドライバ入力姿勢制御量を演算し、減衰力制御部35に対して出力する。
【0021】
図4は実施例1のロールレイト抑制制御の包絡波形形成処理を表すタイムチャートである。時刻t1において、運転者が操舵を開始すると、ロールレイトが徐々に発生し始める。このとき、90°位相進み成分を加算して包絡波形を形成し、包絡波形に基づくスカラー量に基づいてドライバ入力姿勢制御量を演算することで、操舵初期におけるロールレイトの発生を抑制することができる。次に、時刻t2において、運転者が保舵状態となると、90°位相進み成分は無くなり、今度は位相遅れ成分F(Yg)が加算される。このとき、定常旋回状態でロールレイト自体の変化はさほどない場合であっても、一旦ロールした後に、ロールの揺り返しに相当するロールレイト共振成分が発生する。仮に、位相遅れ成分F(Yg)が加算されていないと、時刻t2から時刻t3における減衰力は小さな値に設定されてしまい、ロールレイト共振成分による車両挙動の不安定化を招くおそれがある。このロールレイト共振成分を抑制するために90°位相遅れ成分F(Yg)を付与するものである。
【0022】
時刻t3において、運転者が保舵状態から直進走行状態に移行すると、横加速度Ygは小さくなり、ロールレイトも小さな値に収束する。ここでも90°位相遅れ成分F(Yg)の作用によってしっかりと減衰力を確保しているため、ロールレイト共振成分による不安定化を回避することができる。
【0023】
(走行状態推定部について)
次に、走行状態推定部32について説明する。
図5は実施例1の走行状態推定部32の構成を表す制御ブロック図である。実施例1の走行状態推定部32では、後述するばね上制振制御部33のスカイフック制御に使用する各輪のストローク速度、並びにばね上速度(バウンスレイト、ロールレイト及びピッチレイト)を算出する。まず、各輪の車輪速センサ5の値がストローク速度演算部321に入力され、各輪のストローク速度が演算される。
【0024】
図6は実施例1のストローク速度演算部321における制御内容を表す制御ブロック図である。ストローク速度演算部321は、輪ごとに個別に設けられており、
図6に示す制御ブロック図は、ある輪に着目した制御ブロック図である。ストローク速度演算部321内には、車輪速センサ5の値と、舵角センサ7により検出された前輪舵角δfと、後輪舵角δr(後輪操舵装置を備えた場合は実後輪舵角を、それ以外の場合は適宜0でよい。)と、車体横速度と、一体型センサ6により検出された実ヨーレイトとに基づいて基準となる車輪速を演算する基準車輪速演算部300と、演算された基準車輪速に基づいてタイヤ回転振動周波数を演算するタイヤ回転振動周波数演算部321aと、基準車輪速と車輪速センサ値との偏差(車輪速変動)を演算する偏差演算部321bと、偏差演算部321bにより演算された偏差をサスペンションストローク量に変換するGEO変換部321cと、変換されたストローク量をストローク速度に校正するストローク速度校正部321dと、ストローク速度校正部321dにより校正された値にタイヤ回転振動周波数演算部321aにより演算された周波数に応じたバンドエリミネーションフィルタを作用させてタイヤ回転一次振動成分を除去し、最終的なストローク速度を算出する信号処理部321eとを有する。
【0025】
〔基準車輪速演算部について〕
ここで、基準車輪速演算部300について説明する。
図7は実施例1の基準車輪速演算部300の構成を表すブロック図である。基準車輪速とは、各車輪速のうち、種々の外乱が除去された値を指すものである。言い換えると、車輪速センサ値と基準車輪速との差分は、車体のバウンス挙動、ロール挙動、ピッチ挙動又はばね下上下振動によって発生したストロークに応じて変動した成分と関連がある値であり、実施例では、この差分に基づいてストローク速度を推定する。
【0026】
平面運動成分抽出部301では、車輪速センサ値を入力として車体プランビューモデル(平面4輪モデル)に基づいて各輪の基準車輪速となる第1車輪速V0を演算する。ここで、車輪速センサ5により検出された車輪速センサ値をω(rad/s)、舵角センサ7により検出された前輪実舵角をδf(rad)、後輪実舵角をδr(rad)、車体横速度をVx、一体型センサ6により検出されたヨーレイトをγ(rad/s)、算出される基準車輪速ω0から推定される車体速をV(m/s)、算出すべき基準車輪速をVFL、VFR、VRL、VRR、前輪のトレッドをTf、後輪のトレッドをTr、車両重心位置から前輪までの距離をLf、車両重心位置から後輪までの距離をLrとする。以上を用いて、車体プランビューモデルは以下のように表される。
【0027】
(式1)
VFL=(V−Tf/2・γ)cosδf+(Vx+Lf・γ)sinδf
VFR=(V+Tf/2・γ)cosδf+(Vx+Lf・γ)sinδf
VRL=(V−Tr/2・γ)cosδr+(Vx−Lr・γ)sinδr
VRR=(V+Tr/2・γ)cosδr+(Vx−Lr・γ)sinδr
尚、車両に横滑りが発生してない通常走行時を仮定すると、車体横速度Vxは0を入力すればよい。これをそれぞれの式においてVを基準とする値に書き換えると以下のように表される。この書き換えにあたり、Vをそれぞれの車輪に対応する値としてV0FL、V0FR、V0RL、V0RR(第1車輪速に相当)と記載する。
(式2)
V0FL={VFL−Lf・γsinδf}/cosδf+Tf/2・γ
V0FR={VFR−Lf・γsinδf}/cosδf−Tf/2・γ
V0RL={VRL+Lr・γsinδr}/cosδr+Tr/2・γ
V0RR={VRR+Lf・γsinδf}/cosδr−Tr/2・γ
【0028】
ロール外乱除去部302では、第1車輪速V0を入力として車体フロントビューモデルに基づいて前後輪の基準車輪速となる第2車輪速V0F、V0Rを演算する。車体フロントビューモデルとは、車両を前方から見たときに、車両重心点を通る鉛直線上のロール回転中心周りに発生するロール運動によって生じる車輪速差を除去するものであり、以下の式で表される。
V0F=(V0FL+V0FR)/2
V0R=(V0RL+V0RR)/2
これにより、ロールに基づく外乱を除去した第2車輪速V0F、V0Rが得られる。
【0029】
ピッチ外乱除去部303では、第2車輪速V0F、V0Rを入力として車体サイドビューモデルに基づいて全輪の基準車輪速となる第三車輪速VbFL、VbFR、VbRL、VbRRを演算する。ここで、車体サイドビューモデルとは、車両を横方向から見たときに、車両重心点を通る鉛直線上のピッチ回転中心周りに発生するピッチ運動によって生じる車輪速差を除去するものであり、以下の式で表される。
(式3)
VbFL=VbFR=VbRL=VbRR={Lr/(Lf+Lr)}V0F+{Lf/(Lf+Lr)}V0R
基準車輪速再配分部304では、(式1)に示す車体プランビューモデルのVにVbFL(=VbFR=VbRL=VbRR)をそれぞれ代入し、最終的な各輪の基準車輪速VFL、VFR、VRL、VRRを算出し、それぞれタイヤ半径r0で除算して基準車輪速ω0を算出する。
【0030】
上述の処理により、各輪における基準車輪速ω0が算出されると、この基準車輪速ω0と車輪速センサ値との偏差が演算され、この偏差がサスペンションストロークに伴う車輪速変動であることから、ストローク速度Vz_sに変換される。基本的に、サスペンションは、各輪を保持する際、上下方向にのみストロークするのではなく、ストロークに伴って車輪回転中心が前後に移動すると共に、車輪速センサ5を搭載したアクスル自身も傾きを持ち、車輪との回転角差を生じる。この前後移動に伴って車輪速が変化するため、基準車輪速と車輪速センサ値との偏差がこのストロークに伴う変動として抽出できるのである。尚、どの程度の変動が生じるかはサスペンションジオメトリに応じて適宜設定すればよい。
【0031】
ストローク速度演算部321において、上述の処理により各輪におけるストローク速度Vz_sFL、Vz_sFR、Vz_sRL、Vz_sRRが算出されると、これらのストローク速度に基づき、所定の推定モデルを用いて、バウンスレイト演算部322においてスカイフック制御用のバウンスレイトが演算される。また、ロールレイト演算部323及びピッチレイト演算部324において、一体型センサ6により検出される横加速度や前後加速度等の値に基づき、それぞれ所定の推定モデルを用いて、スカイフック制御用のロールレイト及びピッチレイトが演算される。
【0032】
(推定モデルについて)
スカイフック制御とは、S/A3のストローク速度とばね上速度の関係に基づいてばね上を姿勢制御することでフラットな走行状態を達成するものである。ここで、スカイフック制御によってばね上の姿勢制御を達成するには、ばね上速度をフィードバックする必要がある。今、車輪速センサ5から検出可能な値はストローク速度であり、ばね上に上下加速度センサ等を備えていないことから、ばね上速度は推定モデルを用いて推定する必要がある。以下、推定モデルの課題及び採用すべきモデル構成について説明する。
【0033】
図8は車体振動モデルを表す概略図である。
図8(a)は、減衰力が一定のS/Aを備えた車両(以下、コンベ車両と記載する。)のモデルであり、
図8(b)は、減衰力可変のS/Aを備え、スカイフック制御を行う場合のモデルである。
図8中、Msはばね上の質量を表し、Muはばね下の質量を表し、Ksはコイルスプリングの弾性係数を表し、CsはS/Aの減衰係数を表し、Kuはばね下(タイヤ)の弾性係数を表し、Cuはばね下(タイヤ)の減衰係数を表し、Cvは可変とされた減衰係数を表す。また、z2はばね上の位置を表し、z1はばね下の位置を表し、z0は路面位置を表す。
【0034】
図8(a)に示すコンベ車両モデルを用いた場合、ばね上に対する運動方程式は以下のように表される。尚、z1の1回微分(即ち速度)をdz1で、2回微分(即ち加速度)をddz1で表す。
(推定式1)
Ms・ddz2=−Ks(z2−z1)−Cs(dz2−dz1)
この関係式をラプラス変換して整理すると下記のように表される。
(推定式2)
dz2=−(1/Ms)・(1/s
2)・(Cs・s+Ks)(dz2−dz1)
ここで、dz2−dz1はストローク速度(Vz_sFL、Vz_sFR、Vz_sRL、Vz_sRR)であることから、ばね上速度はストローク速度から算出できる。しかし、スカイフック制御によって減衰力が変更されると、推定精度が著しく低下するため、コンベ車両モデルでは大きな姿勢制御力(減衰力変更)を与えられないという問題が生じる。
【0035】
そこで、
図8(b)に示すようなスカイフック制御による車両モデルを用いることが考えられる。減衰力を変更するとは、基本的にサスペンションストロークに伴ってS/A3のピストン移動速度を制限する力を変更することである。ピストンを積極的に望ましい方向に移動することはできないセミアクティブなS/A3を用いるため、セミアクティブスカイフックモデルを採用し、ばね上速度を求めると、下記のように表される。
(推定式3)
dz2=−(1/Ms)・(1/s
2)・{(Cs+Cv)・s+Ks}(dz2−dz1)
ただし、
dz2・(dz2−dz1)≧0のとき Cv=Csky・{dz2/(dz2−dz1)}
dz2・(dz2−dz1)<0のとき Cv=0
すなわち、Cvは不連続な値となる。
【0036】
今、簡単なフィルタを用いてばね上速度の推定を行いたいと考えた場合、セミアクティブスカイフックモデルでは、本モデルをフィルタとして見た場合、各変数はフィルタ係数に相当し、擬似微分項{(Cs+Cv)・s+Ks}に不連続な可変減衰係数Cvが含まれるため、フィルタ応答が不安定となり、適切な推定精度が得られない。特に、フィルタ応答が不安定となると、位相がずれてしまう。ばね上速度の位相と符号との対応関係が崩れると、スカイフック制御を達成することはできない。そこで、セミアクティブなS/A3を用いる場合であっても、ばね上速度とストローク速度の符号関係に依存せず、安定的なCskyを直接用いることが可能なアクティブスカイフックモデルを用いてばね上速度を推定することとした。アクティブスカイフックモデルを採用し、ばね上速度を求めると、下記のように表される。
【0037】
(推定式4)
dz2=−(1/s)・{1/(s+Csky/Ms)}・{(Cs/Ms)s+(Ks/Ms)}(dz2−dz1)
この場合、擬似微分項{(Cs/Ms)s+(Ks/Ms)}には不連続性が生じず、{1/(s+Csky/Ms)}の項はローパスフィルタで構成できる。よって、フィルタ応答が安定し、適切な推定精度を得ることができる。尚、ここで、アクティブスカイフックモデルを採用しても、実際にはセミアクティブ制御しかできないことから、制御可能領域が半分となる。よって、推定されるばね上速度の大きさはばね上共振以下の周波数帯で実際よりも小さくなるが、スカイフック制御において最も重要なのは位相であり、位相と符号との対応関係が維持できればスカイフック制御は達成され、ばね上速度の大きさは他の係数等によって調整可能であることから問題はない。
【0038】
以上の関係によって、各輪のストローク速度が分かれば、ばね上速度を推定できることが理解できる。次に、実際の車両は1輪ではなく4輪であるため、これら各輪のストローク速度を用いてばね上の状態を、ロールレイト、ピッチレイト及びバウンスレイトにモード分解して推定することを検討する。今、4輪のストローク速度から上記3つの成分を算出する場合、対応する成分が一つ足りず、解が不定となるため、対角輪の動きを表すワープレイトを導入することとした。ストローク量のバウンス項をxsB、ロール項をxsR、ピッチ項をxsP、ワープ項をxsWとし、Vz_sFL、Vz_sFR、Vz_sRL、Vz_sRRに対応するストローク量をz_sFL、z_sFR、z_sRL、z_sRRとすると、以下の式が成り立つ。
【0039】
(式1)
以上の関係式から、xsB、xsR、xsP、xsWの微分dxsB等は以下の式で表される。
dxsB=1/4(Vz_sFL+Vz_sFR+Vz_sRL+Vz_sRR)
dxsR=1/4(Vz_sFL−Vz_sFR+Vz_sRL−Vz_sRR)
dxsP=1/4(−Vz_sFL−Vz_sFR+Vz_sRL+Vz_sRR)
dxsW=1/4(−Vz_sFL+Vz_sFR+Vz_sRL−Vz_sRR)
【0040】
ここで、ばね上速度とストローク速度との関係は上記推定式4より得られているため、推定式4のうち、−(1/s)・{1/(s+Csky/Ms)}・{(Cs/Ms)s+(Ks/Ms)}部分をGと記載し、それぞれCsky,Cs及びKsのバウンス項、ロール項、ピッチ項に応じたモーダルパラメータ(CskyB,CskyR,CskyP,CsB,CsR,CsP,KsB,KsR,KsP)を考慮した値をGB,GR,GPとし、各バウンスレイトをdB、ロールレイトをdR、ピッチレイトをdPとすると、dB〜dPは以下の値として算出できる。
dB=GB・dxsB
dR=GR・dxsR
dP=GP・dxsP
以上から、各輪のストローク速度に基づいて、実際の車両におけるばね上の状態推定が達成できる。
【0041】
しかし、上記推定モデルを用いたばね上速度dB等の演算は、車輪速から推定したストローク速度を用いた推定であり、推定が2重に行われている。また、上記車体振動モデルを用いるため、ばね上質量等、推定に用いるばね上のパラメータの変化に脆弱であってロバスト性が比較的低い。また、モデルの同定や適合の際の取り扱いが比較的容易でない。これらの点から、ばね上速度の推定精度が低下するおそれがある。よって、実施例のロールレイト演算部323とピッチレイト演算部324では、以下で説明するように、上記推定モデルとは別の推定モデルを用いてロールレイトとピッチレイトをそれぞれ演算する。
【0042】
(ロールレイトの推定モデル)
図9は実施例1のロールレイト演算部323の構成を表す制御ブロック図である。ロールレイト演算部323内には、一体型センサ6の搭載位置と異なる高さ方向位置において車両に作用する横加速度Yg*を推定する推定横加速度演算部323aと、この推定横加速度Yg*と(一体型センサ6により検出された車両の重心点に作用する)実横加速度Ygとの偏差ΔYgを演算する偏差演算部323bと、この偏差(ロール運動による横加速度偏差)ΔYgにフィルタを作用させ、ロール2次共振成分を除去すると共に、ロールレイトdRに変換する信号処理部323cとを有する。
【0043】
まず、推定横加速度演算部323aにおける推定横加速度Yg*の演算処理を説明する。
推定横加速度演算部323aは、舵角センサ7により検出された前輪舵角δf及び後輪舵角δr(後輪操舵装置を備えた場合は実後輪舵角を、それ以外の場合は適宜0でよい。)と、車速センサ8により検出された車速VSPとに基づいて、推定横加速度Yg*を演算する。この推定横加速度Yg*は、車体プランビューモデル(平面2輪モデル)に基づき、S/A側ドライバ入力制御部31bの横加速度推定部31b1と同様、式{Yg=(VSP
2/(1+A・VSP
2))・δf}により算出される(後輪操舵装置を備えない場合)。平面2輪モデルは、通常、車両のロール軸上の点(ロールセンタ)で実車とのコリレーションをとるため、この推定横加速度Yg*は、ロールセンタに作用する横加速度として用いることができる。
【0044】
次に、信号処理部323cにおいて偏差ΔYgをロールレイトdRに変換する演算処理を説明する。
図10は、ロールレイトdRが発生している車両のフロントビューを示す。車両における一体型センサ6の搭載位置、すなわち実横加速度Ygが作用する車両の重心点Pと、推定横加速度Yg*が作用するロールセンタ(ロール回転中心)Qとの間の距離をHとすると、点Qを中心とした点Pの回転運動は、以下のように表される。
(式1)
∫(ΔYg)dt=H・dR
この式1から、次の式2が導かれる。
(式2)
dR=∫(ΔYg)/H・dt
信号処理部323cは、この式(2)を用いて偏差ΔYgをロールレイトdRに変換する。
【0045】
以上のように、ロールレイトdRの推定においては、車輪速から推定したストローク速度や車体振動モデルを用いない上記モデルを用いてロールレイトdRを演算するため、2重推定等を回避することができ、よってロールレイトdRの推定精度を向上することができる。また、横加速度センサを車両に複数備えず、1つ(一体型センサ6)だけ備えた構成においてもロールレイトdRを演算することができるため、安価な構成により車体姿勢制御を達成することができる。また、平面2輪モデルから推定横加速度Yg*を演算することで、一体型センサ6(横加速度センサ)のセンサ値Ygと高さ違いの横加速度を推定することができるため、複数の横加速度センサを用いることなくロールレイトを推定することができる。
【0046】
尚、推定横加速度Yg*は、上記式{Yg=(VSP
2/(1+A・VSP
2))・δf}に基づき演算されるものに限定されない。例えば、推定横加速度演算部323aは、一体型センサ6により検出される実ヨーレイトγと車速VSPとに基づき、車体プランビューモデル(平面2輪モデル)としての関係式(Yg=VSP・γ)により、推定横加速度Yg*を演算することとしてもよい。この場合も、上記と同様にロールレイトdRを演算することができる。また、車両に備え付けのヨーレイトセンサ(一体型センサ6)の検出値を利用することで、推定横加速度Yg*の演算処理を簡素化することができる。また、推定横加速度Yg*は、一体型センサ6の搭載位置(車両の重心点P)と異なる高さ方向位置で推定されるものであればよく、車両のロール軸上(ロールセンタ)以外の位置で作用する横加速度を推定することとしてもよい。実施例1では、車両のロール運動の中心(ロールセンタ)に作用する推定横加速度Yg*を用いるため、ロールレイトdRをより正確に推定することができる。
【0047】
尚、ロール運動が発生すると、車載の横加速度センサはロール角のため重力加速度の成分も検出することになる。この現象を利用して、ロールセンタ周りの回転運動モデルに基づく上記(式2)以外の方法で、ロールレイトを推定することも考えられる。しかし、この場合、横加速度センサの検出値は、路面の傾き等、ロール運動以外の外乱の影響を受けるため、ロールレイトの推定精度が低下するおそれがある。これに対し、実施例1では、ロールセンタ周りの回転運動モデルに基づいて(具体的には偏差ΔYgの積分値∫(ΔYg)を用いて)ロールレイトを推定することで、ロール運動以外の外乱の影響を抑制し、推定精度を向上することができる。
【0048】
(ピッチレイトの推定モデル)
図11は実施例1のピッチレイト演算部324の構成を表す制御ブロック図である。ピッチレイト演算部324内には、一体型センサ6の搭載位置と異なる高さ方向位置において車両に作用する前後加速度Xg*を推定する推定前後加速度演算部324aと、この推定前後加速度Xg*と(一体型センサ6により検出された車両の重心点に作用する)実前後加速度Xgとの偏差ΔXgを演算する偏差演算部324bと、この偏差(ピッチ運動による前後加速度偏差)ΔXgにフィルタを作用させ、ピッチ2次共振成分を除去すると共に、ピッチレイトdPに変換する信号処理部324cとを有する。
【0049】
まず、推定前後加速度演算部324aにおける推定前後加速度Xg*の演算処理を説明する。推定前後加速度演算部324aは、エンジントルクセンサ9により検出されたエンジントルクTeと、マスタ圧センサ11により検出されたマスタシリンダ圧Pbとに基づいて、推定前後加速度Xg*を演算する。この推定前後加速度Xg*は、エンジントルクTeから算出される駆動力と、マスタシリンダ圧Pb(ブレーキ液圧)から算出される制動力と、車両の慣性質量とに基づき、車両の平面運動における前後加速度成分を演算することにより算出される。このように、推定前後加速度Xg*は、タイヤ接地点に作用する制駆動力から算出されるため、車両における任意の接地点(地面と同じ高さ方向位置)に作用する前後加速度として用いることができる。
【0050】
次に、信号処理部324cにおいて偏差ΔXgをピッチレイトdPに変換する演算処理を説明する。信号処理部324cは、ピッチ運動の回転中心を設定するピッチ回転中心設定部324dを備える。
図12は、ピッチレイトdPが発生している車両のサイドビューを示す。実施例のピッチ回転中心設定部324dは、ピッチ回転中心を、車両重心点Pを通る鉛直線上の接地点Qに設定(擬制)する。このようにピッチ回転中心を固定値として設定することで、制御構成を簡素化するものである。上記のように、車両における接地点Qには推定前後加速度Xg*が作用する。車両における一体型センサ6の搭載位置、すなわち実前後加速度Xgが作用する車両の重心点Pと、推定前後加速度Xg*が作用するピッチ回転中心Qとの間の距離をHとすると、点Qを中心とした点Pの回転運動は、以下のように表される。
(式1)
∫(ΔXg)dt=H・dP
この式1から、次の式2が導かれる。
(式2)
dP=∫(ΔXg)/H・dt
信号処理部324cは、この式(2)を用いて偏差ΔXgをピッチレイトdPに変換する。
【0051】
以上のように、ピッチレイトdPの推定においては、車輪速から推定したストローク速度や車体振動モデルを用いない上記モデルを用いてピッチレイトdPを演算するため、2重推定等を回避することができ、よってピッチレイトdPの推定精度を向上することができる。また、前後加速度センサを車両に複数備えず、1つ(一体型センサ6)だけ備えた構成においてもピッチレイトdPを演算することができるため、安価な構成により車体姿勢制御を達成することができる。
【0052】
尚、推定前後加速度Xg*は、駆動力(エンジントルクTe)と制動力(ブレーキ圧Pb)に基づき演算されるものに限定されない。例えば、推定前後加速度演算部324aは、車速センサ8により検出される車速VSPの微分値に基づき、推定前後加速度Xg*を演算することとしてもよい。尚、車速VSPの微分値を車輪速センサ5の検出値に基づき算出することとしてもよい。このように車速VSPの微分値に基づき演算された推定前後加速度Xg*も、車両における任意の接地点に作用する前後加速度として用いることができる。これらの微分値を用いて上記と同様にピッチレイトdPを演算することができる。また、車両に備え付けの車速センサ8ないし車輪速センサ5の検出値の微分値を利用することで、推定前後加速度Xg*の演算処理を簡素化することができる。
【0053】
また、推定前後加速度Xg*は、一体型センサ6の搭載位置(車両の重心点P)と異なる高さ方向位置で推定されるものであればよく、上記接地点Q以外の位置で作用する前後加速度を推定することとしてもよい。例えば、ピッチ回転中心をより正確に推定し、これに基づき上記接地点Qの位置を補正することとしてもよい。具体的には、ピッチ回転中心設定部324dは、一体型センサ6により検出された前後加速度Xgの符号に基づきピッチ運動がノーズダイブ方向であるかスクウォート方向であるかを判定し、この判定結果に基づき、ピッチ回転中心を、車両重心点Pを通る鉛直線上の接地点Qよりも前方側に所定距離だけ離れた位置、又は後方側に所定距離だけ離れた位置に設定する。上記所定距離は、車両特性に応じた固定値であっても、実前後加速度Xgの大きさに応じた可変値であってもよい。信号処理部324cは、このように設定されたピッチ回転中心Qと重心点Pとの間の距離をHとして、上記のようにピッチレイトdPを演算する。すなわち、一般に、ノーズダイブかスクウォートかにより、またバウンス運動時にはその振動周波数により、ピッチ回転中心は変化する。このように実際のピッチ回転中心が変化する現象に着目し、上記のように車両の運動状態に応じてピッチ回転中心を可変値として設定した場合には、ピッチレイトdPをより正確に推定することができる。
【0054】
尚、ピッチ運動が発生すると、車載の前後加速度センサはピッチ角のため重力加速度の成分も検出することになる。この現象を利用して、ピッチ回転中心周りの回転運動モデルに基づく上記(式2)以外の方法で、ピッチレイトを推定することも考えられる。しかし、この場合、前後加速度センサの検出値は、路面の傾き等、ピッチ運動以外の外乱の影響を受けるため、ピッチレイトの推定精度が低下するおそれがある。これに対し、実施例1では、ピッチ回転中心周りの回転運動モデルに基づいて(具体的には偏差ΔXgの積分値∫(ΔXg)を用いて)ピッチレイトを推定することで、ピッチ運動以外の外乱の影響を抑制し、推定精度を向上することができる。
【0055】
(ばね上制振制御部)
次に、ばね上制振制御部33の構成について説明する。
図2に示すように、ばね上制振制御部33は、上述のばね上速度推定値に基づいて姿勢制御を行うスカイフック制御部33aと、路面入力周波数に基づきばね上振動を抑制する周波数感応制御部33bとを有する。
【0056】
〔スカイフック制御部の構成〕
実施例1の車両の制御装置にあっては、ばね上姿勢制御を達成するアクチュエータとして、エンジン1と、ブレーキ20と、S/A3の三つを備えている。このうち、スカイフック制御部33aでは、S/A3についてはバウンスレイト、ロールレイト、ピッチレイトの3つを制御対象とし、エンジン1についてはバウンスレイト及びピッチレイトを制御対象とし、ブレーキ20についてはピッチレイトを制御対象とする。ここで、作用の異なる複数のアクチュエータに対して制御量を割り付けてばね上状態を制御するには、それぞれに共通の制御量を用いる必要がある。実施例1では、上述の走行状態推定部32により推定されたばね上速度を用いることで、各アクチュエータに対する制御量を決定することができる。
【0057】
バウンス方向のスカイフック制御量は、
FB=CskyB・dB
ロール方向のスカイフック制御量は、
FR=CskyR・dR
ピッチ方向のスカイフック制御量は、
FP=CskyP・dP
となる。FBはエンジン1及びS/A3にバウンス姿勢制御量として送信され、FRはS/A3においてのみ実施される制御であることから、ロール姿勢制御量として減衰力制御部35に送信される。
【0058】
次に、ピッチ方向のスカイフック制御量FPについて説明する。ピッチ制御は、エンジン1,ブレーキ20及びS/A3により行なわれる。
図13は実施例1のピッチ制御を行う際の各アクチュエータ制御量算出処理を表す制御ブロック図である。スカイフック制御部33aは、全てのアクチュエータに共通して使用可能な制御量である第1目標姿勢制御量である目標ピッチレイトを演算する第1目標姿勢制御量演算部331と、エンジン1によって達成するエンジン姿勢制御量を演算するエンジン姿勢制御量演算部332と、ブレーキ20によって達成するブレーキ姿勢制御量を演算するブレーキ姿勢制御量演算部334と、S/A3によって達成するS/A姿勢制御量を演算するS/A姿勢制御量演算部336とを有する。
【0059】
本システムのスカイフック制御では、ピッチレイトを抑制するように作動することを第1優先としていることから、第1目標姿勢制御量演算部331ではピッチレイトをそのまま出力する(以下、このピッチレイトを第1目標姿勢制御量と記載する。)。エンジン姿勢制御量演算部332では、入力された第1目標姿勢制御量に基づいてエンジン1が達成可能な制御量であるエンジン姿勢制御量を演算する。
【0060】
エンジン姿勢制御量演算部332内には、運転者に違和感を与えないためにエンジン姿勢制御量に応じたエンジントルク制御量を制限する制限値が設定されている。これにより、エンジントルク制御量を前後加速度に換算したときに所定前後加速度範囲内となるように制限している。よって、第1目標姿勢制御量に基づいてエンジントルク制御量を演算し、制限値以上の値が演算された場合には、制限値によって達成可能なピッチレイトのスカイフック制御量(エンジン1によって抑制されるピッチレイトにCskyPを乗算した値:以下、エンジン姿勢制御量と記載する。)を出力する。このとき、後述する第2目標姿勢制御量演算部333に対しては換算部332aにおいてピッチレイトに換算した値が出力される。また、エンジン制御部1aでは、制限値に対応するエンジン姿勢制御量に基づいてエンジントルク制御量が演算され、エンジン1に対して出力される。
【0061】
第2目標姿勢制御量演算部333では、第1目標姿勢制御量と換算部332aにおいてエンジン姿勢制御量をピッチレイトに換算した値との偏差である第2目標姿勢制御量が演算され、ブレーキ姿勢制御量演算部334に出力される。ブレーキ姿勢制御量演算部334内には、エンジン1と同様に運転者に違和感を与えないために制動トルク制御量を制限する制限値が設定されている(尚、制限値の詳細については後述する。)。
【0062】
これにより、制動トルク制御量を前後加速度に換算したときに所定前後加速度範囲内(乗員の違和感、アクチュエータの寿命等から求まる制限値)となるように制限している。よって、第2目標姿勢制御量に基づいてブレーキ姿勢制御量を演算し、制限値以上の値が演算された場合には、制限値によって達成可能なピッチレイト抑制量(以下、ブレーキ姿勢制御量と記載する。)を出力する。このとき、後述する第3目標姿勢制御量演算部335に対しては換算部3344においてピッチレイトに換算した値が出力される。また、ブレーキ制御部2aでは、制限値に対応するブレーキ姿勢制御量に基づいて制動トルク制御量(もしくは減速度)が演算され、ブレーキコントロールユニット2に対して出力される。
【0063】
第3目標姿勢制御量演算部335では、第2目標姿勢制御量とブレーキ姿勢制御量との偏差である第3目標姿勢制御量が演算され、S/A姿勢制御量演算部336に出力される。S/A姿勢制御量演算部336では、第3目標姿勢制御量に応じたピッチ姿勢制御量を出力する。
【0064】
減衰力制御部35では、バウンス姿勢制御量,ロール姿勢制御量及びピッチ姿勢制御量(以下、これらを総称してS/A姿勢制御量と記載する。)に基づいて減衰力制御量が演算され、S/A3に対して出力される。
【0065】
〔ブレーキピッチ制御〕
ここで、ブレーキピッチ制御について説明する。一般に、ブレーキ20については、バウンスとピッチの両方を制御可能であることから、両方を行うことが好ましいとも言える。しかし、ブレーキ20によるバウンス制御は4輪同時に制動力を発生させるため、制御優先度が低い方向にも関わらず、制御効果が得にくい割には減速感が強く、運転者にとって違和感となる傾向があった。そこで、ブレーキ20についてはピッチ制御に特化した構成とした。
図14は実施例1のブレーキピッチ制御を表す制御ブロック図である。車体の質量をm、前輪の制動力をBFf、後輪の制動力をBFr、車両重心点と路面との間の高さをHcg、車両の加速度をa、ピッチモーメントをMp、ピッチレイトをVpとすると、以下の関係式が成立する。
【0066】
BFf+BFr=m・a
m・a・Hcg=Mp
Mp=(BFf+BFr)・Hcg
ここで、ピッチレイトVpが正、つまり前輪側が沈み込んでいるときには制動力を与えてしまうと、より前輪側が沈み込み、ピッチ運動を助長してしまうため、この場合は制動力を付与しない。一方、ピッチレイトVpが負、つまり前輪側が浮き上がっているときには制動ピッチモーメントが制動力を与えて前輪側の浮き上がりを抑制する。これにより、運転者の視界を確保し、前方を見やすくすることで、安心感、フラット感の向上に寄与する。以上から、
Vp>0(前輪沈み込み)のとき Mp=0
Vp≦0(前輪浮き上がり)のとき Mp=CskyP・Vp
の制御量を与えるものである。これにより、車体のフロント側の浮き上がり時のみ制動トルクを発生させるため、浮き上がりと沈み込み両方に制動トルクを発生する場合に比べて、発生する減速度を小さくすることができる。また、アクチュエータ作動頻度も半分で済むため、低コストなアクチュエータを採用できる。
【0067】
以上の関係に基づいて、ブレーキ姿勢制御量演算部334内は、以下の制御ブロックから構成される。不感帯処理符号判定部3341では、入力されたピッチレイトVpの符号を判定し、正のときは制御不要であるため減速感低減処理部3342に0を出力し、負のときは制御可能と判断して減速感低減処理部3342にピッチレイト信号を出力する。
【0068】
〔減速感低減処理〕
次に、減速感低減処理について説明する。この処理は、ブレーキ姿勢制御量演算部334内で行なわれる上記制限値による制限に対応する処理である。2乗処理部3342aでは、ピッチレイト信号を2乗処理する。これにより符号を反転させると共に、制御力の立ち上がりを滑らかにする。ピッチレイト2乗減衰モーメント演算部3342bでは、2乗処理されたピッチレイトに2乗処理を考慮したピッチ項のスカイフックゲインCskyPを乗算してピッチモーメントMpを演算する。目標減速度算出部3342cでは、ピッチモーメントMpを質量m及び車両重心点と路面との間の高さHcgにより除算して目標減速度を演算する。
【0069】
ジャーク閾値制限部3342dでは、算出された目標減速度の変化率、すなわちジャークが予め設定された減速ジャーク閾値と抜きジャーク閾値の範囲内であるか否か、及び目標減速度が前後加速度制限値の範囲内であるか否かを判断し、いずれかの閾値を越える場合は、目標減速度をジャーク閾値の範囲内となる値に補正し、また、目標減速度が制限値を超える場合は、制限値内に設定する。これにより、運転者に違和感を与えないように減速度を発生させることができる。
【0070】
目標ピッチモーメント変換部3343では、ジャーク閾値制限部3342dにおいて制限された目標減速度に質量mと高さHcgとを乗算して目標ピッチモーメントを算出し、ブレーキ制御部2a及び目標ピッチレイト変換部3344に対して出力する。目標ピッチレイト変換部3344では、目標ピッチモーメントをピッチ項のスカイフックゲインCskyPで除算して目標ピッチレイト(ブレーキ姿勢制御量に相当)に変換し、第3目標姿勢制御量演算部335に対して出力する。
【0071】
以上のように、ピッチレイトについては、第1目標姿勢制御量を演算し、次に、エンジン姿勢制御量を演算し、第1目標姿勢制御量とエンジン姿勢制御量との偏差である第2目標姿勢制御量からブレーキ姿勢制御量を演算し、第2姿勢制御量とブレーキ姿勢制御量との偏差である第3目標姿勢制御量からS/A姿勢制御量を演算する。これにより、S/A3が行なうピッチレイト制御量を、エンジン1及びブレーキ20の制御によって減少させることができるため、S/A3の制御可能領域を比較的狭くすることができ、安価なS/A3によりばね上姿勢制御を達成することができる。
【0072】
また、S/A3による制御量を増大させると、基本的に減衰力が増大する。減衰力の増大とは、硬いサスペンション特性となることを意味するため、路面側から高周波振動が入力された場合、高周波入力を伝達しやすくなり、乗員の快適性を損なう(以下、高周波振動特性の悪化と記載する。)。これに対し、エンジン1及びブレーキ20といった路面入力による振動伝達特性に影響を及ぼさないアクチュエータによってピッチレイトを抑制し、S/A3の制御量を低下させることで高周波振動特性の悪化を回避することができる。以上の効果は、S/A3より先にエンジン1の制御量を決めること、S/A3より先にブレーキ2の制御量を決めることによって得られる。
【0073】
〔周波数感応制御部〕
次に、ばね上制振制御部内における周波数感応制御処理について説明する。実施例1では、基本的に車輪速センサ5の検出値に基づいてばね上速度を推定し、それに基づくスカイフック制御を行うことでばね上制振制御を達成する。しかしながら、車輪速センサ5では十分に推定精度が担保出来ないと考えられる場合や、走行状況や運転者の意図によっては積極的に快適な走行状態(車体フラット感よりも柔らかな乗り心地)を担保したい場合もある。このような場合には、スカイフック制御のようにストローク速度とばね上速度の符号の関係(位相等)が重要となるベクトル制御では僅かな位相ずれによって適正な制御が困難となる場合があることから、振動特性のスカラー量に応じたばね上制振制御である周波数感応制御を導入することとした。
【0074】
図15は車輪速センサにより検出された車輪速周波数特性と、実施例では搭載していないストロークセンサのストローク周波数特性とを同時に書き表した図である。ここで、周波数特性とは、周波数に対する振幅の大きさをスカラー量として縦軸に取った特性である。車輪速センサ5の周波数成分とストロークセンサの周波数成分とを見比べると、ばね上共振周波数成分からばね下共振周波数成分にかけて概ね同じようなスカラー量を取ることが理解できる。そこで、車輪速センサ5の検出値のうち、この周波数特性に基づいて減衰力を設定することとした。ここで、ばね上共振周波数成分が存在する領域を、乗員の体全体が振れることで乗員が空中に放り投げらたような感覚、更に言い換えると、乗員に作用する重力加速度が減少したような感覚をもたらす周波数領域としてフワ領域(0.5〜3Hz)とし、ばね上共振周波数成分とばね下共振周波数成分との間の領域を、重力加速度が減少するような感覚ではないが、乗馬で速足(trot)を行う際に人体が小刻みに跳ね上がるような感覚、更に言い換えると、体全体が追従可能な上下動をもたらす周波数領域としてヒョコ領域(3〜6Hz)とし、ばね下共振周波数成分が存在する領域を、人体の質量が追従するまでの上下動ではないが、乗員の太ももといった体の一部に対して小刻みな振動が伝達されるような周波数領域としてブル領域(6〜23Hz)と定義する。
【0075】
図16は実施例1のばね上制振制御における周波数感応制御を表す制御ブロック図である。バンドエリミネーションフィルタ350では、車輪速センサ値のうち、本制御に使用する振動成分以外のノイズをカットする。所定周波数領域分割部351では、フワ領域、ヒョコ領域及びブル領域のそれぞれの周波数帯に分割する。ヒルベルト変換処理部352では、分割された各周波数帯をヒルベルト変換し、周波数の振幅に基づくスカラー量(具体的には、振幅と周波数帯により算出される面積)に変換する。
車両振動系重み設定部353では、フワ領域、ヒョコ領域及びブル領域の各周波数帯の振動が実際に車両に伝播される重みを設定する。人間感覚重み設定部354では、フワ領域、ヒョコ領域及びブル領域の各周波数帯の振動が乗員に伝播される重みを設定する。
【0076】
ここで、人間感覚重みの設定について説明する。
図17は周波数に対する人間感覚特性を表す相関図である。
図17に示すように、低周波数領域であるフワ領域にあっては、比較的周波数に対して乗員の感度が低く、高周波数領域に移行するに従って徐々に感度が増大していく。尚、ブル領域以上の高周波領域は乗員に伝達されにくくなっていく。以上から、フワ領域の人間感覚重みWfを0.17に設定し、ヒョコ領域の人間感覚重みWhをWfより大きな0.34に設定し、ブル領域の人間感覚重みWbをWf及びWhより更に大きな0.38に設定する。これにより、各周波数帯のスカラー量と実際に乗員に伝播される振動との相関をより高めることができる。尚、これら二つの重み係数は、車両コンセプトや、乗員の好みにより適宜変更してもよい。
【0077】
重み決定手段355では、各周波数帯の重みのうち、それぞれの周波数帯の重みが占める割合を算出する。フワ領域の重みをa、ヒョコ領域の重みをb、ブル領域の重みをcとすると、フワ領域の重み係数は(a/(a+b+c))であり、ヒョコ領域の重み係数は(b/(a+b+c))であり、ブル領域の重み係数は(c/(a+b+c))である。
スカラー量演算部356では、ヒルベルト変換処理部352により算出された各周波数帯のスカラー量に重み決定手段355において算出された重みを乗算し、最終的なスカラー量を出力する。ここまでの処理は、各輪の車輪速センサ値に対して行なわれる。
【0078】
最大値選択部357では、4輪においてそれぞれ演算された最終的なスカラー量のうち最大値を選択する。尚、下部における0.01は、後の処理において最大値の合計を分母とすることから、分母が0になることを回避するために設定したものである。比率演算部358では、各周波数帯のスカラー量最大値の合計を分母とし、フワ領域に相当する周波数帯のスカラー量最大値を分子として比率を演算する。言い換えると、全振動成分に含まれるフワ領域の混入比率(以下、単に比率と記載する。)を演算するものである。ばね上共振フィルタ359では、算出された比率に対してばね上共振周波数の1.2Hz程度のフィルタ処理を行い、算出された比率からフワ領域を表すばね上共振周波数帯の成分を抽出する。言い換えると、フワ領域は1.2Hz程度に存在することから、この領域の比率も1.2Hz程度で変化すると考えられるからである。そして、最終的に抽出された比率を減衰力制御部35に対して出力し、比率に応じた周波数感応減衰力制御量を出力する。
【0079】
図18は実施例1の周波数感応制御によるフワ領域の振動混入比率と減衰力との関係を表す特性図である。
図18に示すように、フワ領域の比率が大きいときには減衰力を高く設定することで、ばね上共振の振動レベルを低減する。このとき、減衰力を高く設定しても、ヒョコ領域やブル領域の比率は小さいため、乗員に高周波振動やヒョコヒョコと動くような振動を伝達することはない。一方、フワ領域の比率が小さいときには減衰力を低く設定することで、ばね上共振以上の振動伝達特性が減少し、高周波振動が抑制され、滑らかな乗り心地が得られる。
【0080】
ここで、周波数感応制御とスカイフック制御とを対比した場合における周波数感応制御の利点について説明する。
図19はある走行条件において車輪速センサ5により検出された車輪速周波数特性を表した図である。これは、特に石畳のような小さな凹凸が連続するような路面を走行した場合に表れる特性である。このような特性を示す路面を走行中にスカイフック制御を行うと、スカイフック制御では振幅のピークの値で減衰力を決定するため、仮に高周波振動の入力に対して位相の推定が悪化すると、誤ったタイミングで非常に高い減衰力を設定してしまい、高周波振動が悪化するという問題がある。
これに対し、周波数感応制御のようにベクトルではなくスカラー量に基づいて制御する場合、
図19に示すような路面にあってはフワ領域の比率が小さいことから低い減衰力が設定されることになる。これにより、ブル領域の振動の振幅が大きい場合であっても十分に振動伝達特性が減少するため、高周波振動の悪化を回避することができるものである。以上から、例え高価なセンサ等を備えてスカイフック制御を行ったとしても位相推定精度が悪化することで制御が困難な領域では、スカラー量に基づく周波数感応制御によって高周波振動を抑制できるものである。
【0081】
(ばね下制振制御部)
次に、ばね下制振制御部の構成について説明する。
図8(a)のコンベ車両において説明したように、タイヤも弾性係数と減衰係数を有することから共振周波数帯が存在する。ただし、タイヤの質量はばね上の質量に比べて小さく、弾性係数も高いため、ばね上共振よりも高周波数側に存在する。このばね下共振成分により、ばね下においてタイヤがバタバタ動いてしまい、接地性が悪化するおそれがある。また、ばね下でのバタつきは乗員に不快感を与えるおそれもある。そこで、ばね下共振によるバタつきを抑制するために、ばね下共振成分に応じた減衰力を設定するものである。
【0082】
図20は実施例1のばね下制振制御の制御構成を表すブロック図である。ばね下共振成分抽出部341では、走行状態推定部32内の偏差演算部321bから出力された車輪速変動にバンドパスフィルタを作用させてばね下共振成分を抽出する。ばね下共振成分は車輪速周波数成分のうち概ね10〜20Hzの領域から抽出される。包絡波形成形部342では、抽出されたばね下共振成分をスカラー化し、EnvelopeFilterを用いて包絡波形を成形する。ゲイン乗算部343では、スカラー化されたばね下共振成分にゲインを乗算し、ばね下制振減衰力制御量を算出し、減衰力制御部35に対して出力する。尚、実施例1では、走行状態推定部32内の偏差演算部321bから出力された車輪速変動にバンドパスフィルタを作用させてばね下共振成分を抽出することとしたが、車輪速センサ検出値にバンドパスフィルタを作用させてばね下共振成分を抽出する、もしくは、走行状態推定部32において、ばね上速度に併せてばね下速度を推定演算し、ばね下共振成分を抽出するようにしてもよい。
【0083】
(減衰力制御部の構成について)
次に、減衰力制御部35の構成について説明する。
図21は実施例1の減衰力制御部の制御構成を表す制御ブロック図である。等価粘性減衰係数変換部35aでは、ドライバ入力制御部31から出力されたドライバ入力減衰力制御量と、スカイフック制御部33aから出力されたS/A姿勢制御量と、周波数感応制御部33bから出力された周波数感応減衰力制御量と、ばね下制振制御部34から出力されたばね下制振減衰力制御量と、走行状態推定部32により演算されたストローク速度が入力され、これらの値を等価粘性減衰係数に変換する。
【0084】
減衰係数調停部35bでは、等価粘性減衰係数変換部35aにおいて変換された減衰係数(以下、それぞれの減衰係数をドライバ入力減衰係数k1、S/A姿勢減衰係数k2、周波数感応減衰係数k3、ばね下制振減衰係数k4と記載する。)のうち、どの減衰係数に基づいて制御するのかを調停し、最終的な減衰係数を出力する。制御信号変換部35cでは、減衰係数調停部35bで調停された減衰係数とストローク速度に基づいてS/A3に対する制御信号(指令電流値)に変換し、S/A3に対して出力する。
【0085】
〔減衰係数調停部〕
次に、減衰係数調停部35bの調停内容について説明する。実施例1の車両の制御装置にあっては、4つの制御モードを有する。第1に一般的な市街地などを走行しつつ適度な旋回状態が得られる状態を想定したスタンダードモード、第2にワインディングロードなどを積極的に走行しつつ安定した旋回状態が得られる状態を想定したスポーツモード、第3に低車速発進時など、乗り心地を優先して走行する状態を想定したコンフォートモード、第4に直線状態の多い高速道路等を高車速で走行する状態を想定したハイウェイモードである。
【0086】
スタンダードモードでは、スカイフック制御部33aによるスカイフック制御を行いつつ、ばね下制振制御部34によるばね下制振制御を優先する制御を実施する。
スポーツモードでは、ドライバ入力制御部31によるドライバ入力制御を優先しつつ、スカイフック制御部33aによるスカイフック制御とばね下制振制御部34によるばね下制振制御とを実施する。
コンフォートモードでは、周波数感応制御部33bによる周波数感応制御を行いつつ、ばね下制振制御部34によるばね下制振制御を優先する制御を実施する。
ハイウェイモードでは、ドライバ入力制御部31によるドライバ入力制御を優先しつつ、スカイフック制御部33aによるスカイフック制御にばね下制振制御部34によるばね下制振制御の制御量を加算する制御を実施する。
以下、これら各モードにおける減衰係数の調停について説明する。
【0087】
(スタンダードモードにおける調停)
図22は実施例1のスタンダードモードにおける減衰係数調停処理を表すフローチャートである。
ステップS1では、S/A姿勢減衰係数k2がばね下制振減衰係数k4より大きいか否かを判断し、大きいときはステップS4に進んで減衰係数としてk2を設定する。
ステップS2では、周波数感応制御部33bにおいて説明したフワ領域、ヒョコ領域及びブル領域のスカラー量に基づいて、ブル領域のスカラー量比率を演算する。
ステップS3では、ブル領域の比率が所定値以上か否かを判断し、所定値以上の場合は高周波振動による乗り心地悪化が懸念されることからステップS4に進み、減衰係数として低い値であるk2を設定する。一方、ブル領域の比率が上記所定値未満の場合は減衰係数を高く設定しても高周波振動による乗り心地悪化の心配が少ないことからステップS5に進んでk4を設定する。
【0088】
上述のように、スタンダードモードでは、原則としてばね下の共振を抑制するばね下制振制御を優先する。ただし、ばね下制振制御が要求する減衰力よりスカイフック制御が要求する減衰力が低く、かつ、ブル領域の比率が大きいときには、スカイフック制御の減衰力を設定し、ばね下制振制御の要求を満たすことに伴う高周波振動特性の悪化を回避する。これにより、走行状態に応じて最適な減衰特性を得ることができ、車体のフラット感を達成しつつ、高周波振動に対する乗り心地悪化を同時に回避できる。
【0089】
(スポーツモードにおける調停)
図23は実施例1のスポーツモードにおける減衰係数調停処理を表すフローチャートである。
ステップS11では、ドライバ入力制御により設定された4輪のドライバ入力減衰係数k1に基づいて4輪減衰力配分率を演算する。右前輪のドライバ入力減衰係数をk1fr、左前輪のドライバ入力減衰係数をk1fl、右後輪のドライバ入力減衰係数をk1rr、左後輪のドライバ入力減衰係数をk1rl、各輪の減衰力配分率をxfr、xfl、xrr、xrlとすると、
xfr=k1fr/(k1fr+k1fl+k1rr+k1rl)
xfl=k1fl/(k1fr+k1fl+k1rr+k1rl)
xrr=k1rr/(k1fr+k1fl+k1rr+k1rl)
xrl=k1rl/(k1fr+k1fl+k1rr+k1rl)
により算出される。
【0090】
ステップS12では、減衰力配分率xが所定範囲内(αより大きくβより小さい)か否かを判断し、所定範囲内の場合は各輪に対する配分はほぼ均等であると判断してステップS13に進み、いずれか1つでも所定範囲外の場合はステップS16に進む。
ステップS13では、ばね下制振減衰係数k4がドライバ入力減衰係数k1より大きいか否かを判断し、大きいと判断した場合はステップS15に進み、第1減衰係数kとしてk4を設定する。一方、ばね下制振減衰係数k4がドライバ入力減衰係数k1以下であると判断した場合はステップS14に進み、第1減衰係数kとしてk1を設定する。
【0091】
ステップS16では、ばね下制振減衰係数k4がS/A3の設定可能な最大値maxか否かを判断し、最大値maxと判断した場合はステップS17に進み、それ以外の場合はステップS18に進む。
ステップS17では、4輪のドライバ入力減衰係数k1の最大値がばね下制振減衰係数k4となり、かつ、減衰力配分率を満たす減衰係数を第1減衰係数kとして演算する。言い換えると、減衰力配分率を満たしつつ減衰係数が最も高くなる値を演算する。
ステップS18では、4輪のドライバ入力減衰係数k1がいずれもk4以上となる範囲で減衰力配分率を満たす減衰係数を第1減衰係数kとして演算する。言い換えると、ドライバ入力制御によって設定される減衰力配分率を満たし、かつ、ばね下制振制御側の要求をも満たす値を演算する。
【0092】
ステップS19では、上記各ステップにより設定された第1減衰係数kがスカイフック制御により設定されるS/A姿勢減衰係数k2より小さいか否かを判断し、小さいと判断された場合はスカイフック制御側の要求する減衰係数のほうが大きいためステップS20に進んでk2を設定する。一方、kがk2以上であると判断された場合はステップS21に進んでkを設定する。
【0093】
上述のように、スポーツモードでは、原則としてばね下の共振を抑制するばね下制振制御を優先する。ただし、ドライバ入力制御側から要求される減衰力配分率は、車体姿勢と密接に関連し、特にロールモードによるドライバの視線変化との関連も深いことから、ドライバ入力制御側から要求された減衰係数そのものではなく、減衰力配分率の確保を最優先事項とする。また、減衰力配分率が保たれた状態で車体姿勢に姿勢変化をもたらす動きについてはスカイフック制御をセレクトハイで選択することで、安定した車体姿勢を維持することができる。
【0094】
(コンフォードモードにおける調停)
図24は実施例1のコンフォートモードにおける減衰係数調停処理を表すフローチャートである。
ステップS30では、周波数感応減衰係数k3がばね下制振減衰係数k4より大きいか否かを判断し、大きいと判断した場合はステップS32に進んで周波数感応減衰係数k3を設定する。一方、周波数感応減衰係数k3がばね下制振減衰係数k4以下であると判断した場合はステップS32に進んでばね下制振減衰係数k4を設定する。
【0095】
上述のように、コンフォートモードでは、基本的にばね下の共振を抑制するばね下共振制御を優先する。もともとばね上制振制御として周波数感応制御を行い、これにより路面状況に応じた最適な減衰係数を設定しているため、乗り心地を確保した制御を達成でき、ばね下がばたつくことによる接地感不足をばね下制振制御で回避することができる。尚、コンフォートモードにおいても、スタンダードモードと同様に、周波数スカラー量のブル比率に応じて減衰係数を切り替えるように構成してもよい。これにより、スーパーコンフォートモードとして更に乗り心地を確保することができる。
【0096】
(ハイウェイモードにおける調停)
図25は実施例1のハイウェイモードにおける減衰係数調停処理を表すフローチャートである。尚、ステップS11からS18までは、スポーツモードにおける調停処理と同じであるため、説明を省略する。
ステップS40では、ステップS18までで調停された第1減衰係数kにスカイフック制御によるS/A姿勢減衰係数k2を加算して出力する。
【0097】
上述のように、ハイウェイモードでは、調停された第1減衰係数kにS/A姿勢減衰係数k2を加算した値を用いて減衰係数を調停する。ここで、図を用いて作用を説明する。
図26はうねり路面及び凹凸路面を走行する際の減衰係数変化を表すタイムチャートである。例えば高車速走行時にわずかな路面のうねり等の影響で車体がゆらゆらと動くような動きを抑制しようとした場合、スカイフック制御のみで達成しようとすると、僅かな車輪速変動を検知する必要があることから、スカイフック制御ゲインをかなり高く設定する必要がある。この場合、ゆらゆらと動くような動きを抑制することはできるが、路面の凹凸などが発生した場合、制御ゲインが大き過ぎて過剰な減衰力制御を行うおそれがある。これにより、乗り心地の悪化や車体姿勢の悪化が懸念される。
【0098】
これに対し、ハイウェイモードのように第1減衰係数kを常時設定しているため、ある程度の減衰力は常時確保されることになり、スカイフック制御による減衰係数が小さくても車体がゆらゆらと動くような動きを抑制できる。また、スカイフック制御ゲインを上昇させる必要がないため、路面凹凸に対しても通常の制御ゲインにより適切に対処できる。加えて、第1減衰係数kが設定された状態でスカイフック制御が行われるため、セミアクティブ制御領域内において、減衰係数制限とは異なり、減衰係数の減少工程の動作が可能となり、高速走行時において安定した車両姿勢を確保することができる。
【0099】
(モード選択処理)
次に、上記各走行モードを選択するモード選択処理について説明する。
図27は実施例1の減衰係数調停部において走行状態に基づくモード選択処理を表すフローチャートである。
ステップS50では、舵角センサ7の値に基づいて直進走行状態か否かを判断し、直進走行状態と判断された場合にはステップS51に進み、旋回状態と判断された場合にはステップS54に進む。
ステップS51では、車速センサ8の値に基づいて高車速状態を表す所定車速VSP1以上か否かを判断し、VSP1以上と判断された場合にはステップS52に進んでスタンダードモードを選択する。一方、VSP1未満と判断された場合にはステップS53に進んでコンフォートモードを選択する。
ステップS54では、車速センサ8の値に基づいて高車速状態を表す所定車速VSP1以上か否かを判断し、VSP1以上と判断された場合にはステップS55に進んでハイウェイモードを選択する。一方、VSP1未満と判断された場合にはステップS56に進んでスポーツモードを選択する。
【0100】
すなわち、直進走行状態において、高車速走行する場合にはスタンダードモードを選択することで、スカイフック制御による車体姿勢の安定化を図り、かつ、ヒョコやブルといった高周波振動を抑制することで乗り心地を確保し、更に、ばね下の共振を抑制することができる。また、低車速走行する場合にはコンフォートモードを選択することで、ヒョコやブルといった振動の乗員への入力を極力抑えながら、ばね下の共振を抑制することができる。
【0101】
一方、旋回走行状態において、高車速走行する場合にはハイウェイモードを選択することで、減衰係数を加算した値によって制御されるため、基本的に高い減衰力が得られる。これにより、高車速であってもドライバ入力制御によって旋回時の車体姿勢を積極的に確保しつつ、ばね下共振を抑制することができる。また、低車速走行する場合にはスポーツモードを選択することで、ドライバ入力制御によって旋回時の車体姿勢を積極的に確保しつつ、スカイフック制御が適宜行われながら、ばね下共振を抑制することができ、安定した車両姿勢で走行できる。
【0102】
尚、モード選択処理については、実施例1では走行状態を検知して自動的に切り替える制御例を示したが、例えば運転者が操作可能な切換スイッチ等を設け、これにより走行モードを選択するように制御してもよい。これにより、運転者の走行意図に応じた乗り心地や旋回性能が得られる。
【0103】
以上説明したように、実施例1にあっては下記に列挙する作用効果を奏する。
(1)走行状態推定部32のロールレイト演算部323(ロールレイト推定装置)は、車両の横加速度Ygを検出する一体型センサ6(横加速度検出手段としての横加速度センサ)の搭載位置と異なる高さ方向位置における横加速度Yg*を推定する推定横加速度演算部323a(推定横加速度演算手段)と、一体型センサ6(横加速度検出手段)の検出値Ygと推定横加速度の値Yg*との差ΔYgに基づいてロールレイトdRを推定する信号処理部323c(ロールレイト推定手段)と、を備えた。
よって、複数の加速度センサを用いることなく、安価な構成によりロールレイトdRを推定することができる。このため、安価な構成により車体姿勢制御を達成することができる。尚、実施例1ではスカイフック制御により車体姿勢制御を行なう例を示したが、他の車体姿勢制御によって達成してもよい。
【0104】
(2)信号処理部323c(ロールレイト推定手段)は、ロール回転中心周りの回転運動モデルに基づいてロールレイトdRを推定する。
よって、ロール運動以外の外乱の影響を抑制し、推定精度を向上することができる。
【0105】
(3)推定横加速度演算部323a(推定横加速度演算手段)は、舵角δf,δrと車速VSPに基づいて平面2輪モデルから推定横加速度Yg*を演算する。
このように平面2輪モデルから推定横加速度Yg*を演算することで、一体型センサ6(横加速度検出手段)の検出値Ygと高さ違いの横加速度を推定することができる。このため、複数の横加速度センサを用いることなくロールレイトdRを推定することができる。
【0106】
(4)推定横加速度演算部323a(推定横加速度演算手段)は、実ヨーレイトγと車速VSPに基づいて平面2輪モデルから推定横加速度Yg*を演算する。
よって、上記(3)と同様の作用効果を奏すると共に、推定横加速度Yg*の演算処理を簡素化することが可能である。
【0107】
(5)車両の制御装置は、ロールレイト演算部323(ロールレイト推定装置)により推定されたロールレイトdRに基づいてロール項スカイフック制御を行う。
よって、安価な構成によりロール方向のスカイフック制御を達成することができる。
【0108】
(6)車両の横加速度Ygを検出する一体型センサ6(横加速度センサ)と、一体型センサ6(横加速度センサ)の搭載位置と異なる高さ方向位置における横加速度Yg*を推定すると共に、推定した横加速度の値Yg*と一体型センサ6(横加速度センサ)のセンサ値Ygとの差ΔYgに基づいてロールレイトdRを推定するS/Aコントローラ3a(コントローラ)と、を備えた。
よって、安価な構成によりロールレイトdRを推定することができる。
【0109】
(6)S/Aコントローラ3a(コントローラ)が、車両の横加速度Ygを検出する一体型センサ6(横加速度センサ)の搭載位置と異なる高さ方向位置における横加速度Yg*を推定し、推定した横加速度の値Yg*と一体型センサ6(横加速度センサ)のセンサ値Ygとの差ΔYgに基づいてロールレイトdRを推定する。
よって、安価な構成によりロールレイトdRを推定することができる。