(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、C:0.10〜0.33%、MnおよびCr:合計で0.5〜2.0%、B:0.0010〜0.010%、Ti:0.01〜0.10%を有する化学組成の素材鋼板の一部の部分を、窒素を含有するガスをシールドガスとして用いて加熱して該一部の部分を溶融及び凝固させる前処理を行い、該前処理を行った後に、該素材鋼板をAc3点以上の温度に加熱して、前記素材鋼板のAr3点以上のプレス開始温度で熱間プレス成形を行うことによって、低強度部および高強度部を有する熱間プレス成形品を製造することを特徴とする熱間プレス成形品の製造方法。
前記熱間プレス成形における冷却速度が、前記残余の部分における臨界冷却速度以上であるとともに前記一部の部分における臨界冷却速度未満である請求項1に記載された熱間プレス成形品の製造方法。
質量%で、C:0.10〜0.33%、MnおよびCr:合計で0.5〜2.0%、B:0.0010〜0.010%、Ti:0.01〜0.10%を有する化学組成を有する鋼板からなる熱間プレス成形品であって、
フェライト又はベイナイト組織の少なくとも1つを主体とする低強度部と、マルテンサイト組織からなる高強度部とを有し、
前記低強度部の窒素含有量は質量割合で50ppm以下であるとともに、前記高強度部の窒素含有量は70ppm以上であるとともに、
前記低強度部の硬さがビッカース硬さでHv350以下であるとともに前記高強度部の硬さがビッカース硬さでHv420以上であること
を特徴とする熱間プレス成形品。
前記熱間プレス成形品は、溝底部、該溝底部に連続する稜線部、該稜線部に連続する縦壁部、該縦壁部に連続する曲線部、及び該曲線部に連続するフランジを有する略ハット型の横断面形状を有し、前記低強度部は、前記稜線部、前記フランジ、溶接予定部、打ち抜き加工予定部、前記縦壁部、又はこれらの近傍にあることを特徴とする請求項3または請求項4に記載された熱間プレス成形品。
【背景技術】
【0002】
鋼板の成形品である自動車用構造部材には、安全性向上と燃費向上とを両立する観点から、一層の高強度化と軽量化が要請されている。それらの両立のため、高強度鋼板の適用が拡大している。しかし、高強度鋼板の冷間プレス成形法では、鋼板の割れやしわ等の成形性の低下や、スプリングバック等の形状不良による寸法精度の低下という問題がある。
【0003】
高強度鋼板の冷間プレス成形法におけるこれらの問題に対処するため、プレス成形と同時に焼入れを行う熱間プレス成形法を適用することが推進されている。熱間プレス成形法によれば、鋼板が高温で軟質な状態においてプレス成形を行うため寸法精度の変化の問題が少ないとともに、鋼板が高温,高延性の状態での成形を行うことができることから成形性も優れる。さらに、鋼板が高温状態から成形と同時に急冷して焼入れを行うために、引張強度が1200MPa以上の超高強度のプレス成形品を得られるという特徴を有する。
【0004】
しかし、熱間プレス成形法により製造される熱間プレス成形部材は、強度は高いものの延性に乏しいため、衝突により大きな変形を受けると、想定外に破断することがある。
【0005】
例えば、自動車のボディーサイドを構成する重要な部材であるBピラー,サイドシル,Aピラー,ルーフレールや、バンパー,ドアインパクトビーム,フロアメンバー,フロントサイドメンバー等は、いずれもその縁部に設けられたフランジを介して他の部材と重ね合わせて溶接されるものであって、自動車の衝突時には完全に破断することなく塑性変形することによって、衝突時の衝撃エネルギーを吸収する特性を有することが要求される。
【0006】
しかし、厳しい衝突試験、例えば、米国道路安全保険協会(IIHS)のSUV側面衝突試験やEuro NCAPのポール側突試験を行うと、これらの熱間プレス成形部材における上述のフランジにおけるスポット溶接部,アーク溶接部,稜線部,打ち抜き穴,縦壁,急激な形状変化部といった形状的もしくは冶金的な応力集中部を起点として、熱間プレス成形部材が想定外に破断し、設計目標性能を得られないことがある。
【0007】
したがって、こうした熱間プレス成形部材の一部に部分的に強度が低く延性が高い低強度部を形成することにより、熱間プレス成形部材の衝突時変形モードや破断位置を積極的にコントロールできる、衝撃エネルギー吸収性に優れた熱間プレス成形品が望まれている。
【0008】
熱間プレス成形品の一部に低強度を形成する方法として、特許文献1には、焼入れ性が高い鋼板と焼入れ性が低い鋼板とを溶接して一体化したテーラードブランクを用いて熱間プレス成形品を製造する方法が開示されている。
【0009】
特許文献2には、加熱後の搬送中における搬送装置との部分的な接触抜熱により素材鋼板の各部位の温度を制御し、素材鋼板の部位に応じて焼入れ開始温度を異ならせることによって熱間プレス成形品の部位毎に焼入れ硬さを異ならせる方法が開示されている。
【0010】
特許文献3には、高強度の鋼材(例えば、高強度鋼板)の局部軟化法に際して、酸素を5体積%以上含有するガスをシールドガスとして用いてアークまたはレーザビームを照射し、成形性が必要とされる部分を部分的に軟化させる方法が開示されている。
【0011】
さらに、非特許文献1には、熱間プレス成形品を部分的に高周波誘導加熱により焼き戻すことによって、延性を部分的に回復させた熱間プレス成形品を製造する方法が開示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかし、特許文献1により開示された方法のように、テーラードブランクを用いた熱間プレス成形法は、複数枚の鋼板をつなぎ合わせ溶接するため、本来強度を変化させたい部分よりも幅広い領域で強度を変化させざるを得ず、これにより、熱間プレス成形品全体の強度が不要に低下するという課題がある。なお、テーラードブランクにおける鋼板同士の溶接個所を増やすことにより部分的に強度を変化させた箇所を増加することは可能であるものの、溶接個所を増やすために製造コストが大幅に上昇する。
【0015】
特許文献2により開示された方法のように、搬送中に抜熱部位を制御して部位ごとに硬度を調整する方法では、焼き入れ領域と未焼き入れ領域の間に大きな遷移領域が不可避的に発生する。この遷移領域は、強度特性が変動し易く、熱間プレス成形品の性能のばらつきにつながるおそれがある。
【0016】
特許文献3により開示された方法のように、酸素を5体積%以上含有するガスをシールドガスとして用いてアークまたはレーザビームを照射する方法を熱間プレス成形品に適用しても、熱間プレス成形品を部分的に軟化させることはできない。つまり、熱間プレス成形品では酸素の添加による軟化効果は殆ど認められない。また、この方法では、熱間プレス成形品に不可避的に熱歪みが生じるために熱間プレス成形品の形状が変化し、熱間プレス成形品の寸法精度が低下するおそれがある。
【0017】
さらに、非特許文献1により開示された方法のように、熱間プレス成形品を組立てた後に高周波誘導加熱により焼き戻しを行うと、特許文献3により開示された発明と同様に、熱間プレス成形品に発生する熱ひずみに起因して、熱間プレス成形品の寸法精度が低下するおそれがある。
【0018】
本発明は、従来の技術が有するこれらの課題に鑑みてなされたものであり、異なる強度部位、すなわち低強度部及び高強度部をいずれも備える熱間プレス成形品と、この熱間プレス成形品を高精度で製造することができる製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
熱間プレスによる高強度部材の製造は、一般には、熱間プレス用の焼入れ性の高い鋼板素材を加熱し、オーステナイト域まで昇温し、オーステナイト域からマルテンサイト変態開始温度(Ms点)以下まで急速冷却する熱間プレス工程により、行われる。本発明者らは、このような熱間プレス成形品の製造において、熱間プレス成形品の強度を部分的に変化させる手法を鋭意検討した。
【0020】
その結果、本発明者らは、「熱間プレス工程の前に、熱間プレス用の鋼板素材の一部を、窒素を含有するガスをシールドガスとして用いて加熱して部分的に溶融及び凝固させる前処理を行うと、この前処理を行われた部分の臨界冷却速度が低下し、熱間プレス成形の加熱温度ではオーステナイト化が起こり難くなり、ベイナイト変態、フェライトパーライト変態により硬さが低下するとともに延性が向上するという新規な知見を得た。本発明は、この新規な知見に基づいてなされたものであり、以下に列記の熱間プレス成形品とその製造方法である。
【0021】
(1)C:0.10〜0.33%、MnおよびCr:合計で0.5〜2.0%、B:0.0010〜0.010%、Ti:0.01〜0.10%を有する化学組成の素材鋼板の一部の部分を、窒素を含有するガスをシールドガスとして用いて加熱して一部の部分を溶融及び凝固させる前処理を行い、この前処理を行った後に、素材鋼板をAc
3点以上の温度に加熱して、素材鋼板のAr
3点以上のプレス開始温度で熱間プレス成形を行うことによって、低強度部および高強度部を有する熱間プレス成形品を製造することを特徴とする熱間プレス成形品の製造方法。
【0022】
(2)熱間プレス成形における冷却速度が、残余の部分における臨界冷却速度以上であるとともに一部の部分における臨界冷却速度未満である(1)項に記載された熱間プレス成形品の製造方法。
【0028】
(3)C:0.10〜0.33%、MnおよびCr:合計で0.5〜2.0%、B:0.0010〜0.010%、Ti:0.01〜0.10%を有する化学組成を有する鋼板からなる熱間プレス成形品であって、
フェライト又はベイナイト組織の少なくとも1つを主体とする低強度部と、マルテンサイト組織からなる高強度部とを有し、
低強度部の窒素含有量は質量
割合で50ppm以下であるとともに、高強度部の窒素含有量は70ppm以上であるとともに、
低強度部の硬さがビッカース硬さでHv350以下であるとともに高強度部の硬さがビッカース硬さでHv420以上であること
を特徴とする熱間プレス成形品。
【0029】
(4)低強度部は、熱間プレス成形品を構成する鋼板の板厚方向の全部又は一部であることを特徴とする(3)項に記載された熱間プレス成形品。
(5)熱間プレス成形品は、溝底部、溝底部に連続する稜線部、稜線部に連続する縦壁部、縦壁部に連続する曲線部、及び曲線部に連続するフランジを有する略ハット型の横断面形状を有し、低強度部は、稜線部、フランジ、溶接予定部、打ち抜き加工予定部、縦壁部、又はこれらの近傍にあることを特徴とする(3)項または(4)項に記載された熱間プレス成形品。
(
6)(3)項から(
5)項までのいずれか1項に記載された熱間プレス成形品を構成
部材として有することを特徴とする自動車用構造部材。
【発明の効果】
【0030】
本発明により、一の熱間プレス成形品の中に高強度部と部分的な低強度部とを混在させることができ、さらに寸法精度にも優れた熱間プレス成形品を製造することができる。これにより、例えば衝突時の乗員保護性能に優れた自動車用構造部材を軽量かつ高寸法精度で製造することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0032】
本発明を、添付図面を参照しながら説明する。なお、以降の説明では、特に断りがない限り化学組成に関する「%」は「質量%」を意味する。
【0033】
始めに、熱間プレス成形品の素材鋼板の化学組成,種類、板厚を説明する。
(C:0.10〜0.33%)
Cは、鋼板素材の焼き入れ性を高め、かつ熱間プレス成形品の強度を決定する重要な元素である。C含有量が0.10%未満ではこの効果を充分に得られず、一方、C含有量が0.33%を超えると熱間プレス成形品の靭性や溶接性が劣化するおそれがある。そこで、C含有量は0.10%以上0.33%以下とする。C含有量は望ましくは0.17%以上0.30%以下である。
【0034】
(MnおよびCr:合計で0.5〜2.0%)
Mn,Crは、いずれも、素材鋼板の焼き入れ性を高め、かつ熱間プレス成形品の強度を安定して確保するために有効な元素である。しかし、MnおよびCrの合計含有量が、0.5%未満ではこの焼き入れ性の改善効果を充分に得られず、一方、合計含有量が2.0%を超えると焼き入れ性が高くなり過ぎる。そこで、MnおよびCrの合計含有量は0.5%以上2.0%以下とする。Mn又はCrのいずれか一方を含まなくてもよい。
【0035】
(B:0.0010〜0.010%)
Bは、素材鋼板の焼き入れ性を確保するために有効な元素であり、B含有量が0.0010%未満であると、素材鋼板の焼き入れ性が不足し、熱間プレス成形品の所望の高強度を安定して確保することができない。一方、B含有量が0.010%を越えると熱間プレス成形品の製造コストが嵩む。そこで、B含有量は0.0010%以上0.010%以下とする。
【0036】
(Ti:0.01〜0.10%)
Ti含有量が0.01%未満であると、Bの焼き入れ性の改善効果が十分には発現せず、素材鋼板の焼入れ性が不足する。一方、Ti含有量が0.10%を越えると、熱間プレス成形品における前記の溶融及び凝固した部分の靭性が低下する。そこで、Ti含有量は0.01%以上0.10%以下とする。
【0037】
さらに、素材鋼板は、任意添加元素として、熱間プレス成形品の強度を高めるため、または熱間プレス成形品の強度を一層安定して確保するとともに靭性を確保するために、Siを0.5%以下、Pを0.05%以下、Sを0.05%以下、Nbを0.2%以下、sol.Alを0.1%以下、それぞれ含有してもよい。
【0038】
上記以外の残部は、Fe及び不純物である。
上記化学成分を含有する素材鋼板には、非めっきの裸鋼板を用いることができるとともに、表面に亜鉛系のめっき層を形成した亜鉛系めっき鋼板を用いることもできる。亜鉛系めっき鋼板として、純亜鉛めっき鋼板、鉄亜鉛合金めっき鋼板、亜鉛ニッケルめっき鋼板等が例示される。これらの亜鉛系めっき鋼板は、亜鉛の作用により犠牲防食性を高めることができる。
【0039】
素材鋼板の板厚は、厚過ぎると金型による冷却で十分な焼入れを行うことが困難になることから3.2mm以下とすることが望ましい。素材鋼板の板厚の下限値は、特に限定する必要はないが、自動車用構造部材の板厚の下限値として多用される0.7mmが例示される。
【0040】
次に、熱間プレス成形品の製造方法を説明する。
図1(a)〜
図1(f)は、本発明に係る熱間プレス成形品1の製造方法を模式的に示す説明図である。
【0041】
この熱間プレス成形品1は、
図1(f)に示すように、溝底部1a、溝底部1aに連続する稜線部1b,1b、稜線部1b,1bに連続する縦壁部1c,1c、縦壁部1c,1cに連続する曲線部1d,1d、及び曲線部1d,1dに連続するフランジ1e,1eを有する略ハット型の横断面形状を有する。以降の説明は、熱間プレス成形品1がこの横断面形状を有する場合を例にとるが、これは本発明の理解を容易にするための一例であって、本発明はこの横断面形状を有する場合に限定されるものではなく、熱間プレス成形品1におけるこれらの構成部分に他の構成部分を付加した場合は勿論のこと、これらの構成部分を一切有さない場合であっても、本発明は等しく適用される。
【0042】
本発明に係る熱間プレス成形品1の製造方法では、熱間プレス成形品1における、延性を要求される部位である稜線部1b,1b及びフランジ部1e,1eにプレス成形される部分2b,2b及びフランジ部2e,2e(
図1(b)では、熱間プレス成形品1における溝底部1a、稜線部1b,1b、縦壁部1c,1c、曲線部1d,1d、曲線部1e,1eにプレス成形される、素材鋼板2の部分を、それぞれ、2a、2b,2b、2c,2c、2d,2d、2e,2eと表記する)を、軟化した低強度部とするために、
図1(a)及び
図1(b)に示すように、熱間プレス成形前の素材鋼板2の一部の部分2b,2b、2e,2eを、窒素を含有するガスをシールドガスとしてシールドガス供給装置4を用いて加熱して一部の部分2b,2b、2e,2eを溶融及び凝固させる。
【0043】
熱源3には、アークまたはレーザを用いる。アークとしては、タングステンなどの非消耗電極を用いたTIGアークや、プラズマアークを用いることができる。また消耗電極式のアークを用いてもよい。レーザとしては、炭酸ガスレーザ、YAGレーザ、ファイバーレーザ、ディスクレーザ、ダイオードレーザを用いることができる。
【0044】
これらのレーザ加熱は、エネルギー密度が高く、照射領域の制御性に優れるために用いることが望ましい。これらのアークまたはレーザビームを、熱間プレス成形品1における局所的に強度を下げたい部位1b,1b、1e,1eにプレス成形される素材鋼板2の一部2b,2b、2e,2eに照射して溶融させればよい。
【0045】
熱源3の出力、速度は、溶融面積に合わせて適宜調整すればよい。広範囲な領域を処理する場合は、レーザビームを振動させて溶融処理することも有効である。
【0046】
なお、素材鋼板2の溶融深さは必要とされる特性に依存し、素材鋼板2の表面だけの部分溶融でもよいし、あるいは素材鋼板2の裏面まで完全に溶融させる貫通溶融でもよい。
【0047】
熱源3としてアークまたはレーザビームを照射して素材鋼板2の一部の部分2b,2b、2e,2eを加熱する際に、シールドガス供給装置4から供給されるシールドガスには窒素が含まれていることが必須である。窒素による焼入れ性低下のメカニズムは明確ではないが、窒素が素材鋼板2中のボロン(B)と結合しBNとなることにより、Bによる焼入れ性の向上効果が消失するためと推定される。
【0048】
シールドガスに含まれる窒素ガスの濃度は特に規定する必要はないが、5体積%以上であることが望ましい。窒素量が多いほど、焼き入れ性の低下効果が高いからである。シールドガスに含有させる窒素以外の成分としては、アルゴンやヘリウム等の不活性ガス,炭酸ガス,酸素等が例示される。窒素量が多いほど、熱間プレス工程での焼き入れ性を下げることができるため、必要に応じて他の成分との割合を適宜調整すればよい。コスト面からは圧縮空気(窒素80体積%、酸素20体積%)を用いてもよい。
【0049】
焼き入れ性の抑制作用としては、純窒素ガスが最も効果的であるが、アークや炭酸ガスレーザを用いた場合、窒素によるブローホールが生成することがある。この場合、前記の混合ガスを用いることで窒素濃度を下げればよい。
【0050】
シールドガスは、シールドガス供給装置4を用いて、熱源3の前方、同軸、もしくは後方から溶融池を狙って吹き付けることが例示される。レーザを使う場合は、シールドガスの吹き付け方法によらず安定して施工が可能であるが、アークやプラズマアークを使う場合には、同軸のガスに窒素を入れるとアークが不安定になることもあるため、同軸ガスはArを主体にCO
2、O
2、H
2を添加し、後方から溶融池に窒素ガスを吹き付けるようにしてもよい。吹き付ける流量は特には規定しないが、弱いと、焼き入れ性を低下させる効果を得られず、強過ぎると溶融部がガス圧により吹き飛ぶため、それぞれのケースで適宜調整すればよい。一般には、吹き付け量は、3〜100l/minである。また、同一の熱間プレス成形品の中で熱間プレス成形後の硬さを作り分けるため、ガスの流量や組成を変化させるようにしてもよい。
【0051】
このようにして、窒素をシールドガスとして用い、部分的に溶融・凝固させた素材鋼板2は、
図1(c)に示すように加熱炉5に装入されて、Ac
3点以上の温度に加熱される。Ac
3点以上の温度に加熱された素材鋼板2は、オーステナイト単相となる。素材鋼板2の加熱時間は、十分なオーステナイト化を行うためにAc
3以上の温度で60秒間以上保持することが望ましい。ただし、生産性の観点から、Ac
3以上の保持時間は10分間以下とすることが望ましい。
【0052】
その後、素材鋼板2は、
図1(d)に示すように、Ar
3点以上のプレス開始温度から水冷した金型によりMs点以下の温度までプレス成形と同時に冷却される。
【0053】
このときの冷却速度は、残余の部分2a,2c,2dにおける臨界冷却速度以上であるとともに一部の部分2b,2eにおける臨界冷却速度未満である。冷却速度が遅過ぎると残余の部分2a,2c,2dでも焼きが入らず、一方、冷却速度が速過ぎると一部の部分2b,2eでも焼きが入ってしまうためである。冷却速度は材料により異なるが、概ね30〜150度/秒である。
【0054】
この工程により、残余の部分2a、2c,2dはマルテンサイト変態が生じビッカース硬さHv420以上のマルテンサイト主体の硬質な組織となる。一方、一部の部分2b,2eは、ベイナイト変態、フェライトパーライト変態によりHv350以下の軟質な組織となる。
【0055】
その後、
図1(e)に示すように、プレス成形された素材鋼板2は、金型6から取り出され、素材鋼板2が非めっきの裸鋼板である場合には、表面に生成した酸化スケールの除去を目的としてショットブラスト処理が行われ、酸化スケールが除去される。
【0056】
このようにして、
図1(f)に示す、最終製品である熱間プレス成形品1が製造される。
【0057】
図2は、本発明に係る熱間プレス成形品の硬さ分布を示す説明図であり、
図2(a)はレーザによる溶融・凝固(板厚方向溶融)を行われた場合の硬さ分布を示し、
図2(b)はレーザによる溶融・凝固(部分溶融)を行われた場合の硬さ分布を示し、
図2(c)はプラズマによる溶融・凝固(板厚方向完全溶融)を行われた場合の硬さ分布を示す。
【0058】
図2(a)の左図に示す硬さ測定位置における位置と硬さとの関係を示す
図2(a)の右図のグラフに示すように、熱間プレス成形品における低強度部の硬度はおよそ300Hvであるのに対し、高強度部の硬度はおよそ470Hvである。
【0059】
図2(b)の上図に示す硬さ測定位置における位置と硬さとの関係を示す
図2(b)の下図のグラフに示すように、熱間プレス成形品における低強度部の硬度はおよそ270〜300Hvであるのに対し、高強度部の硬度はおよそ440〜500Hvである。
【0060】
さらに、
図2(c)の左図に示す硬さ測定位置における位置と硬さとの関係を示す
図2(c)の右図のグラフに示すように、熱間プレス成形品における低強度部の硬度はおよそ300Hvであるのに対し、高強度部の硬度はおよそ460〜500Hvである。
【0061】
このように、本発明により、部分的に焼き入れ性を低下させる前処理を用なった熱間プレス用の素材鋼板2を用いて熱間プレス成形を行うことにより、残余の部分2a,2c,2dが熱間プレス成形された高強度部である溝底部1a,縦壁部1c,曲線部1dと、一部の部分2b,2eが熱間プレス成形された低強度部である稜線部1b,フランジ1eとを有する熱間プレス成形品1を製造することができる。
【0062】
また、熱間プレス成形品1は、高強度部である溝底部1a,縦壁部1c,曲線部1dの窒素量が50ppm以下であり、低強度部である稜線部1b,フランジ1eの窒素量70ppm以上であり、熱間プレス成形品1の中で窒素量が異なる部分を有する。
【0063】
すなわち、本発明に係る熱間プレス成形品1は、C:0.10〜0.33%、MnおよびCr:合計で0.5〜2.0%、B:0.0010〜0.010%、Ti:0.01〜0.10%を有する化学組成を有する素材鋼板2からなり、フェライト又はベイナイト組織の少なくとも1つを主体とする低強度部1b,1eと、マルテンサイト組織からなる高強度部1a,1c,1dとを有し、低強度部1b,1eの窒素含有量は50ppm以下であるとともに高強度部1a,1c,1dの窒素含有量は70ppm以上であり、さらに、低強度部1b,1eの硬さがビッカース硬さでHv350以下であるとともに高強度部の硬さがビッカース硬さでHv420以上である。
【0064】
低強度部1b,1eは、板厚方向に表面から裏面まで貫通した低強度部でもよいし、あるいは板厚方向に局所的な低強度部でもよい。つまり、
図2(a)に例示するように、裏面まで溶融・凝固させた低強度部1b,1eでよいし、
図2(b)に例示するように鋼板2の表面のみを溶融させた低強度部1b,1eでもよい。表面のみ低強度部1b,1eとすることは、熱間プレス成形品1の衝突性能の低下が小さく、かつ局部的な変形に対する破断の限界を高めることができるため、より好適である。例えば、熱間プレス成形品1の稜線部1bでは、稜線部1bの曲げの内側の表面のみ低強度部を形成することは、衝突での曲げ戻しによる破断を抑制する観点から特に望ましい。
【0065】
図3は、各種の自動車用構造部材7〜11に本発明を適用した例を示す説明図であり、
図3(a)はBピラーリンフォース7に適用した状況を示し、
図3(b)はBピラーリンフォース8に適用した他の状況を示し、
図3(c)はルーフレール9のAピラー12との接合部9a付近に適用した状況を示し、
図3(d)はサイドシル10におけるAピラー12との接合部10a近傍に適用した状況を示し、さらに、
図3(e)はバンパーリインフォース11における牽引フック取付け部10aに適用した状況を示す。
【0066】
なお、
図3(b)の左図は従来例のBピラーリンフォース8’を示し、右図は本発明例のピラーリンフォース8を示す。また、
図3(e)における符号13はクラッシュボックスを示し、符号14はサイドメンバーを示す。
【0067】
本発明に係る熱間プレス成形品1の適用部位は、
図3(a)〜
図3(e)に示すように、Bピラーリンフォース7,8、ルーフレール9、Aピラー12、サイドシル10、バンパーリインフォースが例示される。
【0068】
本発明に係る熱間プレス成形品1における低強度部は、具体的には、稜線部1b,フランジ1e,図示しない溶接予定部(スポット溶接部,アーク溶接部,レーザ溶接部,プロジェクション溶接部等)、図示しない打ち抜き予定部,縦壁部1cおよびそれらの近傍(約20mm以内)に形成されることが例示される。これらの、形状に起因する応力集中部や、溶接のHAZ軟化に起因する冶金的な応力集中部に低強度部を形成することにより、応力集中を緩和でき、熱間プレス成形品1が衝突時に想定外に破断することを抑制できるとともに、人為的に低強度部を形成することにより変形モードをコントロールすることも可能である。
【0069】
応力集中の緩和の例としては、
図3(a)に示すBピラーリンフォース7のフランジ(
図3(a)における黒塗り部)7aに低強度部を配置することにより、フランジ7aのスポット溶接によるHAZ軟化の影響を緩和でき、側突時におけるフランジ7aでの破断を抑制することができる。
【0070】
なお、
図3(a)に示すBピラーリンフォース7では、応力が高まるフランジ7aの一部にだけ低強度部を形成しているが、フランジ7aの全長に形成してもよい。また、
図3(a)に示すように、Bピラーリンフォース7の下部の稜線7bに低強度部を形成することにより、稜線7bが衝突での曲げ戻しにより破断することを抑制することが可能となる。さらに、Bピラーリンフォース7の高さ方向の中程に形成された孔7cの周囲に低強度部を形成することにより、この孔7c周辺での応力集中を緩和できる。
【0071】
破断モードのコントロールの例としては、
図3(b)に示すように、Bピラーの変形の起点のためにこれまでにも形成されている、熱間プレスBピラーリンフォース8’の下部の穴8aなどの形状的な応力集中部に替えて、本発明を適用して、熱間プレスBピラーリンフォース8の下部の縦壁部8b(
図3(b)の右図における黒塗り部)に低強度部を形成することにより、穴8aを廃止することができ、これにより、車両下部からの騒音の伝達を抑制することができる。
【0072】
さらに、本発明は、熱間プレス成形品1に機械的に打ち抜き穴を加工する場合にも活用できる。例えば、一般に熱間プレス成形品1に機械的に打ち抜き穴を穿孔する加工では、熱間プレス成形品1が高硬度を有するために金型が損耗し易い問題や、打ち抜き穴に微細な遅れ破壊のクラックが発生する問題がある。しかし、本発明により予め軟化された低強度部を打ち抜くことにより、金型の寿命が向上するとともに、打ち抜き部での遅れ破壊の発生も抑制される。
【0073】
また、
図3(c)に示すように、ルーフレール9におけるAピラー12との接合部であるフランジ部9a(
図3(c)における黒塗り部)に低強度部を配置することにより、Euro NCAPのポール側突試験における、スポット溶接のHAZ軟化部が起点となる破断を、抑制することができる。
【0074】
同様に、
図3(d)に示すように、サイドシル10におけるAピラー12との接合部であるフランジ部10a(
図3(d)における黒塗り部)に低強度部を形成することにより、衝突の際にスポット破断部を起点とする破断を抑制することができる。
【0075】
さらに、
図3(e)に示すように、バンパーリインフォース11では、牽引フックを取り付けナットのアーク溶接部10aを起点としてバンパーリインフォース11が破断することがあるが、アーク溶接部10aの近傍(
図3(e)における黒塗り部)に低強度部を形成することにより、アーク溶接部10aへの局所的な応力集中を緩和することができ、バンパーリインフォース11の破断を抑制できる。
【0076】
本発明に係る熱間プレス成形品1は、熱間プレス成形後に焼き戻しなどの熱処理で強度を変化させたものでなく、熱間プレス成形に先立って行われる前処理により強度を部分的に変化させるものであるため、熱間プレス成形品1の形状精度が高く、高い組み付け精度を要求される自動車用構造部材の構成材料として好適である。
【0077】
図4は、本発明の適用対象である各種の自動車用構造部材を示す説明図である。
自動車用構造部材としては、例えば、
図4に示すように、通り、Aピラー15,Bピラー16,サイドシル17,ルーフレール18,バンパー19,フロントサイドメンバー20,ドアビーム21,フロアメンバー22,リアサイドメンバー23等の補強部品を挙げることができる。
【実施例1】
【0078】
本実施例では、低強度部と高強度部とを有する熱間プレス成形品を製造する試験を行った。以下に詳しく説明する。
【0079】
素材鋼板には、質量%でC0.21%、Si0.25%、Mn1.20%、Cr0.2%、Ti0.02%およびB0.0018%を含有し、残部Feおよび不純物からなり、非めっきで板厚1.6mm、長さ40mm、幅200mmの鋼板を用いた。
【0080】
熱間プレス成形前における素材鋼板の溶融・凝固処理の条件と、熱間プレス成形における焼き入れ処理の冷却速度とを変化させて、検討した。
【0081】
素材鋼板の溶融・凝固処理の熱源として、YAGレーザ,ダイレクトダイオードレーザ,プラズマアーク熱源を使用した。また、素材鋼板の溶融・凝固処理のシールドガスとして、窒素,酸素,アルゴン,炭酸ガスおよびそれらの混合ガスを用いた。
【0082】
レーザビーム照射の際には、シールドガスをレーザビームと同軸に流した。プラズマアークを照射する際には、電極の損耗を防止するために二重ノズルを使用し、電極の周囲に流れるプラズマガスにはアルゴンを用い、その外側からサイドシールドガスとしてアルゴンと窒素の混合ガスを流した。
【0083】
これらの熱源により、素材鋼板の幅1〜4mm,長さ200mmの照射部を形成した。
その後、素材鋼板を900℃の炉に装入して約4分間保持し、冷却装置にて300℃以下の温度まで冷却をして焼き入れ品を得た。
【0084】
得られた焼き入れ品の低強度部および高強度部それぞれの硬さをビッカース硬さ計で測定し、高強度部の硬さがHv420以上、かつ低強度部の硬さがHv350以下の範囲を調査した。
【0085】
表1に、試験条件とともに、焼入れ品の低強度部および高強度部それぞれの硬さの測定結果を示す。
【0086】
【表1】
【0087】
試験番号1〜6は冷却速度を変化させた結果である。試験番号1は比較例で非常にゆっくりと冷却した場合であり、素材鋼板の一部の部分と残余の部分双方の臨界冷却速度より遅い冷却速度で冷却した。このため、試験番号1では、一部の部分と残余の部分双方がHv350以下に軟化した。
【0088】
試験番号2〜5は本発明例であり、適切な冷却速度で冷却したため、残余の部分はHv420以上の高強度となり、一部の部分はHv350以下の低強度となった。
【0089】
試験番号6は、比較例で非常に急激に急速冷却した場合であり、残余の部分と一部の部分双方の臨界冷却速度を越えた高い冷却速度で冷却した。このため、残余の部分だけでなく一部の部分もHv420以上に硬化した。
【0090】
試験番号7〜10はシールドガスの種類を変えた結果である。本発明例である窒素を含んだシールドガスを用いた試験番号7〜9では、残余の部分はHv420以上であり、一部の部分はHv350以下に軟化した。
【0091】
一方、比較例である試験番号10の窒素を含まないシールドガスでは、残余の部分はHv420以上であるものの、一部の部分はHv350以下に軟化しなかった。
【0092】
試験番号11〜14は、ダイレクトレーザを用いた結果である。本発明例である試験番号11〜13では、残余の部分はHv420以上であり、一部の部分もHv350以下に軟化した。一方、比較例である試験番号14では、一部の部分でHv350以下の軟化は認められなかった。
【0093】
試験番号15〜16は、プラズマ熱源を用いた本発明例であり、残余の部分はHv420以上であり、一部の部分がHv350以下に軟化した。
【0094】
なお、本試験では、一部の条件で窒素量を測定した。
本発明例の場合、残余の部分がプレス成形された高強度部の窒素量は
質量%で33ppmであり、一部の部分がプレス成形された低強度部の窒素量は
質量%で、試験番号4では82ppmであり、試験番号7では72ppmであった。
【0095】
一方、試験番号10の比較例では、残余の部分がプレス成形された高強度部の窒素量は
質量%で33ppmであり、一部の部分がプレス成形された低強度部の窒素量は39ppmであった。