特許第5971340号(P5971340)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許5971340-セルロース繊維の製造方法 図000005
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5971340
(24)【登録日】2016年7月22日
(45)【発行日】2016年8月17日
(54)【発明の名称】セルロース繊維の製造方法
(51)【国際特許分類】
   D01F 2/00 20060101AFI20160804BHJP
【FI】
   D01F2/00 Z
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-529184(P2014-529184)
(86)(22)【出願日】2012年8月7日
(86)【国際出願番号】JP2012070101
(87)【国際公開番号】WO2014024260
(87)【国際公開日】20140213
【審査請求日】2015年5月14日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003975
【氏名又は名称】日東紡績株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】特許業務法人創成国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】和田 昌範
【審査官】 斎藤 克也
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−132137(JP,A)
【文献】 特開2012−126755(JP,A)
【文献】 特表2011−505435(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/108390(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F 2/00 − 2/30
C08B 16/00
C08J 3/00 − 5/02
C08J 5/12 − 5/22
C08J 99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース原料をイミダゾリウム化合物からなるイオン液体に溶解して原料溶液を得る工程と、
該原料溶液を該イミダゾリウム化合物が可溶であると共にセルロースが不溶である凝固液中に押し出して、該原料溶液に含まれるセルロースを凝固させる工程とを備えるセルロース繊維の製造方法において、
該セルロース原料は、全量に対してセルロースを95質量%以上含み、結晶化度が70%以上であり、含有するセルロースの平均重合度が1000以上であり、
該イミダゾリウム化合物は1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドであり、
該原料溶液を得る工程において、30〜60℃の溶解温度で、該セルロース原料を平均重合度が300〜4300になるまで溶解することを特徴とするセルロース繊維の製造方法。
【請求項2】
請求項1記載のセルロース繊維の製造方法において、前記原料溶液の振動式粘度計を用いて測定した60℃における粘度が700〜750mPa・秒であることを特徴とするセルロース繊維の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載のセルロース繊維の製造方法において、前記セルロース原料は溶解パルプ又は脱脂綿であることを特徴とするセルロース繊維の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のセルロース繊維の製造方法において、前記凝固液は0〜100℃の範囲の温度の水であることを特徴とするセルロース繊維の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のセルロース繊維の製造方法において、前記凝固液は−40〜100℃の範囲の温度の低級アルコールであることを特徴とするセルロース繊維の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロース繊維の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、セルロース繊維としてレーヨン繊維、キュプラ繊維、リヨセル繊維等の再生セルロース繊維が知られている。しかし、レーヨン繊維は、セルロース原料を二硫化炭素で、キュプラ繊維は銅アンモニア溶液のような非常に毒性の高い溶剤で溶解させ、再生させる必要がある。
【0003】
また、リヨセル繊維はN−メチルモルホリン−N-オキシドを溶媒としてセルロースを溶解させて再生するが、N−メチルモルホリン−N-オキシドは150℃で爆発の危険性があるなど、製造工程において危険性を伴っている。
【0004】
そこで、二硫化炭素等の毒性の強い溶媒、あるいは、N−メチルモルホリン−N-オキシド等危険性の高い溶媒を用いることなくセルロース繊維を製造する方法が検討されている。
【0005】
セルロース繊維を製造する方法として、例えば、木材パルプや綿、コットンリンター等のセルロース原料をイミダゾリウム化合物からなるイオン液体に溶解し、得られた溶液を、該イオン液体と相溶性がありセルロースが不溶の液体中に押し出すことにより凝固させて紡糸する方法が知られている。この方法において、前記イミダゾリウム化合物からなるイオン液体としては、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート、1,3−ジメチルイミダゾリウムアセテート、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムジエチル−ホスフェート、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムプロピオネート、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライド、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート等が用いられている(例えば、特許文献1,2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−248466号公報
【特許文献2】特開2009−203467号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、前記パルプ等、セルロース原料とイオン液体とを用いる方法では、紡糸性が低いためメルトブロー紡糸を用いているが、この方法では単繊維しか得ることができないという不都合がある。また、紡糸性を改善するために、ジメチルスルホキシド(DMSO)を用いる方法も検討されているが、DMSOは環境に悪影響を及ぼす虞がある。
【0008】
本発明は、かかる不都合を解消して、優れた紡糸性を備え、環境に悪影響を及ぼす虞のないセルロース繊維の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
かかる目的を達成するために、本発明のセルロース繊維の製造方法は、セルロース原料をイミダゾリウム化合物からなるイオン液体に溶解して原料溶液を得る工程と、該原料溶液を該イミダゾリウム化合物が可溶であると共にセルロースが不溶である凝固液中に押し出して、該原料溶液に含まれるセルロースを凝固させる工程とを備えるセルロース繊維の製造方法において、該セルロース原料は、全量に対してセルロースを95質量%以上含み、結晶化度が70%以上であり、含有するセルロースの平均重合度が1000以上であり、該イミダゾリウム化合物は1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドであり、該原料溶液を得る工程において、30〜60℃の溶解温度で、該セルロース原料を平均重合度が300〜4300になるまで溶解することを特徴とする。これにより、紡糸性に優れた原料溶液を得ることができる。なお、セルロース原料の平均重合度はTAPPI法(粘度法)により測定した平均重合度である。
【0010】
本発明のセルロース繊維の製造方法において、セルロース原料は、セルロースを主成分とするセルロース含有物である。セルロース原料のセルロースの含有量が95質量%以上であると、油脂分やリグニン、ヘミセルロース等の夾雑物少なく、溶解性や紡糸時の曳糸性を阻害しない。また、セルロース原料の結晶化度が70%以上であると、優れた紡糸性を有する原料溶液を得ることができる。イオン液体に溶解する前のセルロース原料のセルロース分の平均重合度が1000未満では、得られるセルロース繊維の強度が低下してしまう。
【0011】
セルロース原料のイオン液体に溶解後の重合度が300未満では繊維化できないことがあり、紡糸できたとしても得られるセルロース繊維の強度が低下する。溶解後の重合度が4300を超えると、原料溶液の粘度が高くなり、紡糸性が低下してしまう。また、原料溶液を得る工程において、セルロースの平均重合度を300〜4300になるまで溶解するには、セルロース原料の平均重合度により、溶解時間や溶解温度を調整することで、原料セルロースを所望の平均重合度になるまで溶解する。イミダゾリウム化合物からなるイオン液体としては、原料溶液を得る工程において、安定的にセルロース原料を所望の平均重合度にするために、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドを用る。
また、前記原料溶液の振動式粘度計を用いて測定した60℃における粘度は700〜750mPa・秒であることが好ましい。
【0012】
また、イオン液体として、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドを採用すると、高重合度のセルロース原料でも容易に所望の平均重合度になるように溶解することができる。また、セルロース原料として溶解パルプや脱脂綿は、不純物が少なく、比較的重合度が低いので、原料溶液を調製しやすく、好適に用いることができる。ここで、前記溶解パルプはヘミセルロース、リグニン等を除いた純度の高いもの、また、前記脱脂綿は、医療用に用いられるものが適している。
【0013】
なお、前記セルロース原料としては、溶解パルプ又は脱脂綿以外であっても、セルロース含量等が上記範囲に属するものであれば同様に用いることができるのは言うまでもない。例えば、セルロース繊維製品をリサイクルすることによって得られたセルロース原料や農産廃棄物由来のセルロース原料等を用いることも可能である。
【0014】
本発明のセルロース繊維の製造方法において、凝固液は、0℃〜100℃の範囲の温度の水、又は−40℃〜100℃の範囲の温度の低級アルコールであることが好ましい。凝固液として水を用いれば作業環境上好ましく、低級アルコールを用いれば、紡糸性を向上させることができる。なお、低級アルコールとは炭素数1〜5のアルコールをいう。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の製造方法に用いる紡糸装置の一構成例を示す説明的断面図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
次に、添付の図面を参照しながら本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。
【0017】
本実施形態のセルロース繊維の製造方法は、例えば図1に示す紡糸装置1により実施することができる。
【0018】
紡糸装置1は、基台2に取着されたアーム2aに支持された原料溶液容器3と、基台2に取着されたアーム2bに支持され原料溶液容器3に収容されている原料溶液Sを加圧するピストン4とを備えている。ピストン4は図示しないシリンダにより進退自在に可動する。原料溶液Sは、例えば1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドからなるイオン液体を60℃の温度に加熱し、該イオン液体に溶解パルプ又は脱脂綿等のセルロース原料を溶解することにより調製されている。
【0019】
ここで、セルロース原料をイオン液体に溶解する際には、平均重合度1000以上のセルロース原料の含有セルロースの平均重合度を300〜4300になるまで溶解する。このために、溶解温度は30℃〜60とする。また、溶解時間は0.5時間〜20時間とする。
【0021】
なお、溶解前に原料を加熱して水分除去を行ったり、溶解中に原料溶液にマイクロ波や超音波を照射することで原料の溶解が促進されるので、必要に応じてこれらの処理を行うことが好ましい。
【0022】
また、紡糸装置1は凝固液槽5を備えており、凝固液槽5には1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドが可溶であると共に、セルロースが不溶である凝固液6が収容されている。凝固液6としては、例えば、水又は、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等の低級アルコールを用いることができる。
【0023】
紡糸装置1によれば、原料溶液容器3に収容されている原料溶液Sをピストン4により加圧し、導管7を介して、凝固液槽5に収容されている凝固液6中に導入する。導管7の先端部にはノズル8が備えられており、原料溶液Sはノズル8から凝固液6中に押し出される。
【0024】
原料溶液の押し出しは、圧縮ガス又は単軸混練押出機、二軸混練押出機、ギアポンプ等を用いることができる。また、真空や遠心分離、撹拌等の処理によって原料溶液から気泡を除くことで、紡糸性を増すことができる。
【0025】
原料溶液Sが凝固液6に押し出されることにより、セルロース繊維Fを得ることができる。前記イオン液体を構成する1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドは凝固液6に対して可溶であるが、セルロースは凝固液6に不溶であるため、原料溶液S中のセルロースが凝固するからである。図1では湿式紡糸法により紡糸する概念図を示したが、乾湿式紡糸法により紡糸してもよい。
【0026】
セルロース繊維Fは、凝固液槽5内に設けられたロール5a,5b,5cと、凝固液槽5外に設けられたロール9により乾燥工程10に案内され、乾燥される。さらに、乾燥後のセルロース繊維Fを巻き取りロール11に巻き取られる。凝固液槽5内に設置されたロールの数は3個に限定されず、1個でも良いし複数個あっても良い。また、各ローラーの回転速度は同じ速さでも良いが、5aよりも5b、5bよりも5cと順次速くすることで繊維Fを延伸してもよい。
【0027】
得られる繊維の断面形状としては円形でもよいが、ノズル8の形状を三角形、ひし形、楕円形、四角形、扁平、星形等、様々な形状とすることで、得られる繊維の断面形状を変え、繊維に新たな特性を与えることができる。例えば、繊維の断面形状を三角形やひし形とすることで繊維の柔軟性や肌触り等を改質することができる。また、繊維を中空にすることで断熱性を向上させることができる。
【0028】
紡糸装置1では、0〜150℃の範囲の温度に保持された原料溶液Sを、0.01〜50MPaの範囲の加圧力で凝固液6中に押し出すことにより紡糸することができる。このとき、ノズル8は1×10-5〜100mmの範囲の断面積を備えている。
【0029】
凝固液6の温度は、水の場合には0℃〜100℃の範囲、低級アルコールの場合には−40〜100℃の範囲の温度に保持されている。凝固液6が水の場合に、その温度が0℃未満では凍結し、100℃を超えると気化して、いずれの場合にもセルロースを繊維化することができない。また、凝固液6が低級アルコールの場合に、その温度が−40℃未満では前記イオン液体の流動性が低下してしまい、セルロースを繊維化することができず、100℃を超えると前記イオン液体が凝固液6に速やかに溶解し、セルロースの凝固が過早に進行するので、セルロースを繊維化することが難しい。なお、紡糸性を向上させるために、凝固液6が水の場合は0℃〜70℃の温度、低級アルコールの場合には、凝固点以上であり、沸点より20℃以上低い温度に保持されていることが好ましい。
【0030】
また、凝固液6により凝固されたセルロース繊維Fは、1.0〜1000m/分の速度で巻き取りロール11に巻き取られる。
【0031】
この結果、セルロース繊維Fを得ることができる。得られたセルロース繊維は必要に応じて油剤や界面活性剤、柔軟剤、シリコーン処理剤、風合い改良剤、酵素水溶液、水溶性樹脂、もしくはそれらの混合物等による後処理を行ってもよい。後処理によって、セルロース繊維Fに平滑性や柔軟性が加わる。次に、本発明の実施例及び比較例を示す。
【実施例】
【0032】
〔実施例1〕
本実施例では、まず、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドからなるイオン液体9.5gを60℃の温度に加熱し、該イオン液体に溶解パルプ(セルロース含有量95質量%、結晶化度75%、TAPPI標準法により測定した平均重合度1050)0.5gを溶解することにより、5質量%の濃度の原料溶液Sを調製した。
【0033】
なお、本明細書で平均重合度というのは、粘度平均重合度を指し、「セルロースの事典」(新装版、セルロース学会編、朝倉書店、2008年3月、p.79−80)記載のTAPPI標準法に従って測定したものをいう。
【0034】
前記溶解パルプが前記イオン液体に完全に溶解するまでの時間を目視により測定したところ、3.0時間であった。また、原料溶液Sの60℃における粘度を振動式粘度計を用いて測定したところ、700mPa・秒であった。結果を表1に示す。
【0035】
次に、本実施例で得られた原料溶液Sを用い、図1に示す紡糸装置1にてセルロース繊維Fを紡糸した。紡糸条件は、原料溶液Sの温度60℃、押出圧力1.5MPa、凝固液6(水)の温度60℃、ノズル8の断面積1.77×10-2mm、巻き取り速度160m/分とした。
【0036】
この結果、紡糸性良くセルロース繊維Fを得ることができた。本実施例で得られたセルロース繊維Fの紡糸性を表1に示す。
【0037】
〔実施例2〕
本実施例では、セルロース原料として、脱脂綿(セルロース含有量99質量%、結晶化度80%、TAPPI法により測定した平均重合度1500)を用いた以外は実施例1と全く同一にして原料溶液Sを調製した。
【0038】
前記脱脂綿が前記イオン液体に完全に溶解するまでの時間を目視により測定したところ、4.0時間であった。また、原料溶液Sの60℃における粘度を振動式粘度計を用いて測定したところ、750mPa・秒であった。結果を表1に示す。
【0039】
次に、実施例2で得られた原料溶液Sを用い、巻取速度以外は実施例1と全く同一にして、セルロース繊維Fを紡糸した。この結果、紡糸性良くセルロース繊維Fを得ることができた。本実施例で得られたセルロース繊維Fの紡糸性を表1に示す。
【0043】
〔比較例1〕
本比較例では、セルロース原料として未脱脂の綿(セルロース含有量94質量%、結晶化度70%、TAPPI法により測定した平均重合度5500)を用いた以外は、実施例1と全く同一にして原料溶液Sを調製した。
【0044】
前記綿が前記イオン液体に完全に溶解するまでの時間を目視により測定したところ、10.0時間であった。また、原料溶液Sは60℃においてゲル状であり、粘度を測定することができなかった。結果を表1に示す。
【0045】
次に、本比較例で得られた原料溶液Sを用い、巻取速度以外は実施例1と全く同一にして、図1に示す紡糸装置1にてセルロース繊維Fの紡糸を試みたが、高粘度のために繊維の切断が多発して紡糸することができなかった。結果を表1に示す。
【0046】
〔比較例2〕
本比較例では、セルロース原料として脱脂ラミー(セルロース含有量80質量%、結晶化度68%、TAPPI法により測定した平均重合度2300)を用いた以外は、実施例1と全く同一にして原料溶液Sを調製した。
【0047】
前記脱脂綿が前記イオン液体に完全に溶解するまでの時間を目視により測定したところ、6.0時間であった。また、原料溶液Sは60℃においてゲル状であり、粘度を測定することはできなかった。結果を表1に示す。
【0048】
次に、本比較例で得られた原料溶液Sを用い、巻取速度以外は実施例1と全く同一にして、図1に示す紡糸装置1にてセルロース繊維Fの紡糸を試みたが、高粘度のために繊維の切断が多発し紡糸することができなかった。結果を表1に示す。
【0049】
〔比較例3〕
本比較例では、イオン液体として1-エチル-3-メチルイミダゾリウムクロライドを用いた以外は、実施例1と全く同一にして原料溶液Sを調製した。
【0050】
前記溶解パルプを前記イオン液体に実施例1同様に3.0時間加熱処理させた。また、原料溶液Sの60℃における粘度を振動式粘度計を用いて測定したところ、1200mPa・秒であった。結果を表1に示す。
【0051】
次に、本比較例で得られた原料溶液Sを用い、巻取速度以外は実施例1と全く同一にして、図1に示す紡糸装置1にてセルロース繊維を紡糸した。紡糸は可能であったが、巻取速度を38.5m/分より速くすると繊維の切断が多発し、紡糸性は不良であった。結果を表1に示す。
【0052】
〔比較例4〕
本比較例では、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロライドからなるイオン液体を用いた以外は、実施例1と全く同一にして原料溶液Sを調製した。
【0053】
前記溶解パルプを前記イオン液体に実施例1と同様に3.0時間加熱処理させた。また、原料溶液Sの60℃における粘度を振動式粘度計を用いて測定したところ、1400mPa・秒であった。結果を表1に示す。
【0054】
次に、本比較例で得られた原料溶液Sを用い、巻取速度以外は実施例1と全く同一にして、図1に示す紡糸装置1にてセルロース繊維を紡糸した。紡糸は可能であったが、巻取速度を23.5m/分より速くすると繊維の切断が多発し、紡糸性は不良であった。結果を表1に示す。
【0055】
〔比較例5〕
本比較例では、イオン液体として1-エチル-3-メチルイミダゾリウムクロライドを用いた以外は、実施例2と全く同一にして原料溶液Sを調製した。
【0056】
前記脱脂綿を前記イオン液体に実施例2と同様に4.0時間加熱処理させた。また、原料溶液Sの60℃における粘度を振動式粘度計を用いて測定したところ、1400mPa・秒であった。結果を表1に示す。
【0057】
次に、本比較例で得られた原料溶液Sを用い、巻取速度以外は実施例1と全く同一にして、図1に示す紡糸装置1にてセルロース繊維を紡糸した。紡糸は可能であったが、巻取速度を32.4m/分より速くすると繊維の切断が多発し、紡糸性は不良であった。結果を表1に示す。
【0058】
〔比較例6〕
本比較例では、イオン液体として1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロライドからなるイオン液体を用いた以外は、実施例2と全く同一にして原料溶液Sを調製した。
【0059】
前記脱脂綿を前記イオン液体に実施例2と同様に4.0時間加熱処理させた。また、原料溶液Sの60℃における粘度を振動式粘度計を用いて測定したところ、1500mPa・秒であった。結果を表1に示す。
【0060】
次に、本比較例で得られた原料溶液Sを用い、巻取速度以外は実施例1と全く同一にして、図1に示す紡糸装置1にてセルロース繊維を紡糸した。紡糸は可能であったが、巻取速度を18.2m/分より速くすると繊維の切断が多発し、紡糸性は不良であった。結果を表1に示す。
【0061】
〔比較例7〕
本比較例では、イオン液体に120℃で4.5時間加熱処理させた以外は、実施例2と全く同一にして原料溶液Sを調製した。
【0062】
原料溶液Sの60℃における粘度を振動式粘度計を用いて測定したところ、280mPa・秒であった。結果を表1に示す。
【0063】
次に、本比較例で得られた原料溶液Sを用い、図1に示す紡糸装置1にてセルロース繊維Fの紡糸を試みたが、重合度が低下しすぎたため繊維がうまく形成されず紡糸することができなかった。結果を表1に示す。
【0064】
【表1】
【0065】
なお、表中、AmimClは1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドを、EmimClは1-エチル-3-メチルイミダゾリウムクロライドを、BmimClは1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロライドを表す。
【0066】
また、表中、最高巻取速度とは、10分間切断なく糸を巻き取ることができる最高速度を示す。糸を巻き取る速度として、100m/分以下では生産上実用性が低い。よって、紡糸性の評価として、100m/分以上の速度で紡糸可能であるものを○、紡糸可能であるが、最高巻取速度100m/分未満のものを△、巻取不可のものを×として表している。
【0067】
表1から、全量に対してセルロースを95質量%以上含み、結晶化度70%以上かつTAPPI法により測定した平均重合度が1000以上のセルロース原料である溶解パルプあるいは脱脂綿と、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドからなるイオン液体との組み合わせによれば、短時間で原料溶液Sを得ることができ、紡糸性良くセルロース繊維を得ることができることが明らかである
【0068】
一方、前記溶解パルプあるいは脱脂綿以外の他のセルロース原料と、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドからなるイオン液体との組み合わせ(比較例1、2)では、繊維の切断が多発して紡糸自体できないことが明らかである。
【0069】
また、前記溶解パルプ又は脱脂綿と、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライド以外の他のイミダゾリウム化合物からなるイオン液体との組み合わせ(比較例3〜6)では、紡糸性が良くないことが明らかである。
【0070】
さらに、前記溶解パルプ又は脱脂綿と、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドからなるイオン液体との組み合わせ(比較例7)において、過剰に加熱処理すると、原料溶液のセルロース重合度が低下しぎるため、紡糸性が悪化することが明らかである。
【0071】
イオン液体として1-エチル-3-メチルイミダゾリウムクロライドを用いた場合、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドと同条件で原料を加熱処理させると原料溶液の溶解状態が不均一かつ高粘度となり、紡糸はできるものの巻取速度が32.4〜38.5m/分以上では、繊維の切断が発生することから紡糸性不良であり、実用性のあるセルロース繊維を得ることができない。
【0072】
イオン液体として1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムクロライドを用いた場合も、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドと同条件で原料を加熱処理すると原料溶液の溶解状態が不均一かつ高粘度となり、紡糸はできるものの巻取速度が18.2〜23.5m/分以上となると繊維の切断が発生することから紡糸性不良であり、こちらも実用性のあるセルロース繊維を得ることができない。
【0073】
また、紡糸した繊維の繊維径を走査型電子顕微鏡(S−3400N、日立製作所製)により測定したところ、実施例1、2で得られた繊維の繊維径は各々25.2μm、28.4μmであった。これに対し、紡糸可能であった比較例3〜6で得られた繊維の繊維径は、各々39.2μm、46.5μm、41.1μm、51.2μmであった。比較例3〜6は紡糸可能ではあったが、実施例によって得られた繊維の繊維径よりも径が大きい。繊維径が大きくなればなるほど、これらを撚り合わせて糸とした場合、しなやかさ等に欠けるため、実用性のある繊維とはならない。
【0074】
セルロース繊維を紡糸するためには、セルロース原料がイオン液体に溶解するだけではなく、平均重合度300以上である必要がある。平均重合度300以下になると、繊維が脆くなり、繊維の切断が多発するからである。
【0075】
表1の結果から明らかなように、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドを用いると、他のイオン液体を用いた場合に比べて、セルロース原料溶解後の溶液粘度が低く、紡糸性が良い。したがって、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドを用いれば、高分子のセルロース原料であっても、紡糸可能なセルロース原料溶液が作成できる可能性がある。
【0076】
そこで、平均重合度が予め判明している原料溶液を用い、温度条件を変えて、セルロース原料の溶解を解析した。コントロールとして、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムアセテートを用いてセルロース原料の溶解及び分解を比較した。
【0077】
表2に原料として平均重合度9000のセルロースを用いた場合、表3に原料として平均重合度1500のセルロースを用いた場合の解析結果を示す。
【0078】
平均重合度9000の原料としてインド綿、平均重合度1500のものとして脱脂綿を用い、セルロース濃度5%(イオン液体9.5g、セルロース0.5g)の原料溶液を作成して、溶解解析を行った。なお、平均重合度の測定は上記と同様にTAPPI法で行った。
【0079】
【表2】
【0080】
【表3】
【0081】
なお、平均重合度に下線を施したものは、目視によって、セルロース原料が溶解していることを示す。
【0082】
なお、セルロース原料の含有するセルロースの平均重合度とは、固体のセルロースを溶解し、TAPPI法によって重合度を測定したものを指し、原料自体の平均重合度を意味する。例えば、表2では原料として平均重合度9000のセルロースを用いている。また、イオン液体での処理後の平均重合度は、イオン液体に溶解し、原料セルロースに切断が生じた後の平均重合度を指す。イオン液体に溶解後の平均重合度が300〜4300の範囲で紡糸可能となる。
【0083】
表2及び表3から明らかなように、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドを用いてセルロース原料を溶解した場合には、時間経過に伴って、原料の平均重合度が急激に低下していく。これに対し、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムアセテートを用いた場合には、分子量の大幅な低下は観察されない。
【0084】
このことから、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムアセテートはおそらくセルロース分子鎖同士の水素結合の切断を行うのに対し、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドは、水素結合の切断とともに、セルロースを構成しているグルコース同士の共有結合の切断を行っているものと考えられる。
【0085】
表2に示されるように、EmimAcを用いた場合、120℃、12時間処理すると目視により溶解が確認され、このときの平均重合度は7200であった。しかしながら、この原料溶液は粘度が高く紡糸性不良であった。一方AmimClで120℃6時間処理した原料溶液は、平均重合度4100であり、紡糸性が良好であった。他の実験からも平均重合度4300以上であると粘度が高く紡糸性が悪いが、平均重合度が4300程度までは、良好に紡糸可能であることが確認されている。
【0086】
したがって、セルロース繊維を紡糸するためには、セルロース原料がイオン液体に溶解するだけではなく、平均重合度300〜4300に低分子化される必要がある。上記のとおり、平均重合度300以下になると、繊維が脆くなり、繊維の切断が多発し、平均重合度4300以上であると、原料溶液の粘性が高いため紡糸性が悪いからである。
【0087】
表2に示されるように、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドを用いると、原料として高分子セルロース原料を用いた場合でも比較的短時間で紡糸可能な平均重合度である300〜4300程度までセルロース分子鎖が切断される。例えば、120℃で6時間処理することによって、平均重合度は4100となり、紡糸可能な原料溶液を得ることができる。
【0088】
一方、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムアセテートを用いた場合は、120℃で12時間加熱しても、平均重合度は7200であり、原料溶液の粘性が高いため、紡糸性良く繊維を得ることは困難である。このように、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムアセテートを用いて処理した場合は、紡糸可能な平均重合度までセルロースが切断するには、高温で長時間処理する必要がある。
【0089】
また、表3に示したように、平均重合度が少ない低分子のセルロース原料を用いた場合には、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドを用いた場合には、60℃で6時間処理することで低分子化させずにセルロースを溶解可能である。
【0092】
さらに、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドを用いてセルロース原料を溶解した場合には、窒素雰囲気下で加熱溶解させることで低分子化を抑制することも可能である。
【0093】
したがって、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドを用いることによって、セルロース原料の平均重合度によって、加熱温度、処理時間、雰囲気を調節することによって、紡糸に適した原料溶液を容易に調製することができる。
【0094】
以上述べてきたように、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドは他のイオン液体に比べて、セルロース分子を低分子化する特性があるため、高分子のセルロース原料であっても紡糸することが可能な分子量にまで低分子化することができる。また、他のイオン液体に比べて、比較的低温で、短時間のうちにセルロース原料を溶解させ、紡糸性に優れた原料溶液とすることができる。そのため、安全で作業性が良く、また、加熱に要するコストも他のイオン液体に比べかからないという効果を有する。
【符号の説明】
【0095】
1…紡糸装置、 2…基台、 5…凝固液槽、 6…凝固液、 7…導管、 8…ノズル、 10…乾燥工程、 S…原料溶液。
図1