【実施例】
【0032】
〔実施例1〕
本実施例では、まず、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドからなるイオン液体9.5gを60℃の温度に加熱し、該イオン液体に溶解パルプ(セルロース含有量95質量%、結晶化度75%、TAPPI標準法により測定した平均重合度1050)0.5gを溶解することにより、5質量%の濃度の原料溶液Sを調製した。
【0033】
なお、本明細書で平均重合度というのは、粘度平均重合度を指し、「セルロースの事典」(新装版、セルロース学会編、朝倉書店、2008年3月、p.79−80)記載のTAPPI標準法に従って測定したものをいう。
【0034】
前記溶解パルプが前記イオン液体に完全に溶解するまでの時間を目視により測定したところ、3.0時間であった。また、原料溶液Sの60℃における粘度を振動式粘度計を用いて測定したところ、700mPa・秒であった。結果を表1に示す。
【0035】
次に、本実施例で得られた原料溶液Sを用い、
図1に示す紡糸装置1にてセルロース繊維Fを紡糸した。紡糸条件は、原料溶液Sの温度60℃、押出圧力1.5MPa、凝固液6(水)の温度60℃、ノズル8の断面積1.77×10
-2mm
2、巻き取り速度160m/分とした。
【0036】
この結果、紡糸性良くセルロース繊維Fを得ることができた。本実施例で得られたセルロース繊維Fの紡糸性を表1に示す。
【0037】
〔実施例2〕
本実施例では、セルロース原料として、脱脂綿(セルロース含有量99質量%、結晶化度80%、TAPPI法により測定した平均重合度1500)を用いた以外は実施例1と全く同一にして原料溶液Sを調製した。
【0038】
前記脱脂綿が前記イオン液体に完全に溶解するまでの時間を目視により測定したところ、4.0時間であった。また、原料溶液Sの60℃における粘度を振動式粘度計を用いて測定したところ、750mPa・秒であった。結果を表1に示す。
【0039】
次に、実施例2で得られた原料溶液Sを用い、巻取速度以外は実施例1と全く同一にして、セルロース繊維Fを紡糸した。この結果、紡糸性良くセルロース繊維Fを得ることができた。本実施例で得られたセルロース繊維Fの紡糸性を表1に示す。
【0043】
〔比較例1〕
本比較例では、セルロース原料として未脱脂の綿(セルロース含有量94質量%、結晶化度70%、TAPPI法により測定した平均重合度5500)を用いた以外は、実施例1と全く同一にして原料溶液Sを調製した。
【0044】
前記綿が前記イオン液体に完全に溶解するまでの時間を目視により測定したところ、10.0時間であった。また、原料溶液Sは60℃においてゲル状であり、粘度を測定することができなかった。結果を表1に示す。
【0045】
次に、本比較例で得られた原料溶液Sを用い、巻取速度以外は実施例1と全く同一にして、
図1に示す紡糸装置1にてセルロース繊維Fの紡糸を試みたが、高粘度のために繊維の切断が多発して紡糸することができなかった。結果を表1に示す。
【0046】
〔比較例2〕
本比較例では、セルロース原料として脱脂ラミー(セルロース含有量80質量%、結晶化度68%、TAPPI法により測定した平均重合度2300)を用いた以外は、実施例1と全く同一にして原料溶液Sを調製した。
【0047】
前記脱脂綿が前記イオン液体に完全に溶解するまでの時間を目視により測定したところ、6.0時間であった。また、原料溶液Sは60℃においてゲル状であり、粘度を測定することはできなかった。結果を表1に示す。
【0048】
次に、本比較例で得られた原料溶液Sを用い、巻取速度以外は実施例1と全く同一にして、
図1に示す紡糸装置1にてセルロース繊維Fの紡糸を試みたが、高粘度のために繊維の切断が多発し紡糸することができなかった。結果を表1に示す。
【0049】
〔比較例3〕
本比較例では、イオン液体として1-エチル-3-メチルイミダゾリウムクロライドを用いた以外は、実施例1と全く同一にして原料溶液Sを調製した。
【0050】
前記溶解パルプを前記イオン液体に実施例1同様に3.0時間加熱処理させた。また、原料溶液Sの60℃における粘度を振動式粘度計を用いて測定したところ、1200mPa・秒であった。結果を表1に示す。
【0051】
次に、本比較例で得られた原料溶液Sを用い、巻取速度以外は実施例1と全く同一にして、
図1に示す紡糸装置1にてセルロース繊維を紡糸した。紡糸は可能であったが、巻取速度を38.5m/分より速くすると繊維の切断が多発し、紡糸性は不良であった。結果を表1に示す。
【0052】
〔比較例4〕
本比較例では、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロライドからなるイオン液体を用いた以外は、実施例1と全く同一にして原料溶液Sを調製した。
【0053】
前記溶解パルプを前記イオン液体に実施例1と同様に3.0時間加熱処理させた。また、原料溶液Sの60℃における粘度を振動式粘度計を用いて測定したところ、1400mPa・秒であった。結果を表1に示す。
【0054】
次に、本比較例で得られた原料溶液Sを用い、巻取速度以外は実施例1と全く同一にして、
図1に示す紡糸装置1にてセルロース繊維を紡糸した。紡糸は可能であったが、巻取速度を23.5m/分より速くすると繊維の切断が多発し、紡糸性は不良であった。結果を表1に示す。
【0055】
〔比較例5〕
本比較例では、イオン液体として1-エチル-3-メチルイミダゾリウムクロライドを用いた以外は、実施例2と全く同一にして原料溶液Sを調製した。
【0056】
前記脱脂綿を前記イオン液体に実施例2と同様に4.0時間加熱処理させた。また、原料溶液Sの60℃における粘度を振動式粘度計を用いて測定したところ、1400mPa・秒であった。結果を表1に示す。
【0057】
次に、本比較例で得られた原料溶液Sを用い、巻取速度以外は実施例1と全く同一にして、
図1に示す紡糸装置1にてセルロース繊維を紡糸した。紡糸は可能であったが、巻取速度を32.4m/分より速くすると繊維の切断が多発し、紡糸性は不良であった。結果を表1に示す。
【0058】
〔比較例6〕
本比較例では、イオン液体として1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロライドからなるイオン液体を用いた以外は、実施例2と全く同一にして原料溶液Sを調製した。
【0059】
前記脱脂綿を前記イオン液体に実施例2と同様に4.0時間加熱処理させた。また、原料溶液Sの60℃における粘度を振動式粘度計を用いて測定したところ、1500mPa・秒であった。結果を表1に示す。
【0060】
次に、本比較例で得られた原料溶液Sを用い、巻取速度以外は実施例1と全く同一にして、
図1に示す紡糸装置1にてセルロース繊維を紡糸した。紡糸は可能であったが、巻取速度を18.2m/分より速くすると繊維の切断が多発し、紡糸性は不良であった。結果を表1に示す。
【0061】
〔比較例7〕
本比較例では、イオン液体に120℃で4.5時間加熱処理させた以外は、実施例2と全く同一にして原料溶液Sを調製した。
【0062】
原料溶液Sの60℃における粘度を振動式粘度計を用いて測定したところ、280mPa・秒であった。結果を表1に示す。
【0063】
次に、本比較例で得られた原料溶液Sを用い、
図1に示す紡糸装置1にてセルロース繊維Fの紡糸を試みたが、重合度が低下しすぎたため繊維がうまく形成されず紡糸することができなかった。結果を表1に示す。
【0064】
【表1】
【0065】
なお、表中、AmimClは1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドを
、EmimClは1-エチル-3-メチルイミダゾリウムクロライドを、BmimClは1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロライドを表す。
【0066】
また、表中、最高巻取速度とは、10分間切断なく糸を巻き取ることができる最高速度を示す。糸を巻き取る速度として、100m/分以下では生産上実用性が低い。よって、紡糸性の評価として、100m/分以上の速度で紡糸可能であるものを○、紡糸可能であるが、最高巻取速度100m/分未満のものを△、巻取不可のものを×として表している。
【0067】
表1から、全量に対してセルロースを95質量%以上含み、結晶化度70%以上かつTAPPI法により測定した平均重合度が1000以上のセルロース原料である溶解パルプあるいは脱脂綿と、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドからなるイオン液体との組み合わせによれば、短時間で原料溶液Sを得ることができ、紡糸性良くセルロース繊維を得ることができることが明らかである
。
【0068】
一方、前記溶解パルプあるいは脱脂綿以外の他のセルロース原料と、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドからなるイオン液体との組み合わせ(比較例1、2)では、繊維の切断が多発して紡糸自体できないことが明らかである。
【0069】
また、前記溶解パルプ又は脱脂綿と、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライド以外の他のイミダゾリウム化合物からなるイオン液体との組み合わせ(比較例3〜6)では、紡糸性が良くないことが明らかである。
【0070】
さらに、前記溶解パルプ又は脱脂綿と、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドからなるイオン液体との組み合わせ(比較例7)において、過剰に加熱処理
すると、原料溶液のセルロース重合度が低下し
過ぎるため、紡糸性が悪化することが明らかである。
【0071】
イオン液体として1-エチル-3-メチルイミダゾリウムクロライドを用いた場合、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドと同条件で原料を加熱処理させると原料溶液の溶解状態が不均一かつ高粘度となり、紡糸はできるものの巻取速度が32.4〜38.5m/分以上では、繊維の切断が発生することから紡糸性不良であり、実用性のあるセルロース繊維を得ることができない。
【0072】
イオン液体として1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムクロライドを用いた場合も、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドと同条件で原料を加熱処理
すると原料溶液の溶解状態が不均一かつ高粘度となり、紡糸はできるものの巻取速度が18.2〜23.5m/分以上となると繊維の切断が発生することから紡糸性不良であり、こちらも実用性のあるセルロース繊維を得ることができない。
【0073】
また、紡糸した繊維の繊維径を走査型電子顕微鏡(S−3400N、日立製作所製)により測定したところ、実施例1、
2で得られた繊維の繊維径は各々25.2μm、28.4μ
mであった。これに対し、紡糸可能であった比較例3〜6で得られた繊維の繊維径は、各々39.2μm、46.5μm、41.1μm、51.2μmであった。比較例3〜6は紡糸可能ではあったが、実施例によって得られた繊維の繊維径よりも径が大きい。繊維径が大きくなればなるほど、これらを撚り合わせて糸とした場合、しなやかさ等に欠けるため、実用性のある繊維とはならない。
【0074】
セルロース繊維を紡糸するためには、セルロース原料がイオン液体に溶解するだけではなく、平均重合度300以上である必要がある。平均重合度300以下になると、繊維が脆くなり、繊維の切断が多発するからである。
【0075】
表1の結果から明らかなように、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドを用いると、他のイオン液体を用いた場合に比べて、セルロース原料溶解後の溶液粘度が低く、紡糸性が良い。したがって、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドを用いれば、高分子のセルロース原料であっても、紡糸可能なセルロース原料溶液が作成できる可能性がある。
【0076】
そこで、平均重合度が予め判明している原料溶液を用い、温度条件を変えて、セルロース原料の溶解を解析した。コントロールとして、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムアセテートを用いてセルロース原料の溶解及び分解を比較した。
【0077】
表2に原料として平均重合度9000のセルロースを用いた場合、表3に原料として平均重合度1500のセルロースを用いた場合の解析結果を示す。
【0078】
平均重合度9000の原料としてインド綿、平均重合度1500のものとして脱脂綿を用い、セルロース濃度5%(イオン液体9.5g、セルロース0.5g)の原料溶液を作成して、溶解解析を行った。なお、平均重合度の測定は上記と同様にTAPPI法で行った。
【0079】
【表2】
【0080】
【表3】
【0081】
なお、平均重合度に下線を施したものは、目視によって、セルロース原料が溶解していることを示す。
【0082】
なお、セルロース原料の含有するセルロースの平均重合度とは、固体のセルロースを溶解し、TAPPI法によって重合度を測定したものを指し、原料自体の平均重合度を意味する。例えば、表2では原料として平均重合度9000のセルロースを用いている。また、イオン液体での処理後の平均重合度は、イオン液体に溶解し、原料セルロースに切断が生じた後の平均重合度を指す。イオン液体に溶解後の平均重合度が300〜4300の範囲で紡糸可能となる。
【0083】
表2及び表3から明らかなように、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドを用いてセルロース原料を溶解した場合には、時間経過に伴って、原料の平均重合度が急激に低下していく。これに対し、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムアセテートを用いた場合には、分子量の大幅な低下は観察されない。
【0084】
このことから、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムアセテートはおそらくセルロース分子鎖同士の水素結合の切断を行うのに対し、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドは、水素結合の切断とともに、セルロースを構成しているグルコース同士の共有結合の切断を行っているものと考えられる。
【0085】
表2に示されるように、EmimAcを用いた場合、120℃、12時間処理すると目視により溶解が確認され、このときの平均重合度は7200であった。しかしながら、この原料溶液は粘度が高く紡糸性不良であった。一方AmimClで120℃6時間処理した原料溶液は、平均重合度4100であり、紡糸性が良好であった。他の実験からも平均重合度4300以上であると粘度が高く紡糸性が悪いが、平均重合度が4300程度までは、良好に紡糸可能であることが確認されている。
【0086】
したがって、セルロース繊維を紡糸するためには、セルロース原料がイオン液体に溶解するだけではなく、平均重合度300〜4300に低分子化される必要がある。上記のとおり、平均重合度300以下になると、繊維が脆くなり、繊維の切断が多発し、平均重合度4300以上であると、原料溶液の粘性が高いため紡糸性が悪いからである。
【0087】
表2に示されるように、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドを用いると、原料として高分子セルロース原料を用いた場合でも比較的短時間で紡糸可能な平均重合度である300〜4300程度までセルロース分子鎖が切断される。例えば、120℃で6時間処理することによって、平均重合度は4100となり、紡糸可能な原料溶液を得ることができる。
【0088】
一方、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムアセテートを用いた場合は、120℃で12時間加熱しても、平均重合度は7200であり、原料溶液の粘性が高いため、紡糸性良く繊維を得ることは困難である。このように、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムアセテートを用いて処理した場合は、紡糸可能な平均重合度までセルロースが切断するには、高温で長時間処理する必要がある。
【0089】
また、表3に示したように、平均重合度が少ない低分子のセルロース原料を用いた場合には、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドを用いた場合には、60℃で6時間処理することで低分子化させずにセルロースを溶解可能である。
【0092】
さらに、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドを用いてセルロース原料を溶解した場合には、窒素雰囲気下で加熱溶解させることで低分子化を抑制することも可能である。
【0093】
したがって、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドを用いることによって、セルロース原料の平均重合度によって、加熱温度、処理時間、雰囲気を調節することによって、紡糸に適した原料溶液を容易に調製することができる。
【0094】
以上述べてきたように、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライドは他のイオン液体に比べて、セルロース分子を低分子化する特性があるため、高分子のセルロース原料であっても紡糸することが可能な分子量にまで低分子化することができる。また、他のイオン液体に比べて、比較的低温で、短時間のうちにセルロース原料を溶解させ、紡糸性に優れた原料溶液とすることができる。そのため、安全で作業性が良く、また、加熱に要するコストも他のイオン液体に比べかからないという効果を有する。